2012/02/02

仙台平野の歴史津波~巨大津波が仙台平野を襲う! 飯沼 勇義 <6>

<5>よりつづく

Hukkoku
「仙台平野の歴史津波」 巨大津波が仙台平野を襲う!<6> 
飯沼 勇義 (著) 復刻版 2011/09 本田印刷出版部 単行本 p234

 この本を親戚の小母さんにプレゼントしたのは数カ月前のことだ。届いたという連絡があったものの、その感想を聞かずにいた。そうしたら、先日、急に電話が来て、読むのは大変だったけど、とても参考になったという。

 さらには、町内の知人に教えたところ、痛く感銘して、自分もほしくなり、街中の書店を探しまわったけど、見つけることができなかったという。どうやら、これから印刷元に連絡して送ってもらうようだ、とのことだった。

 それはそうだろうな。見る人が見れば、この本の特異性がよくわかるはず。そんな気になって、あらためてパラパラめくっていたら、夜遅くになって来客があった。沿岸部の被災地でイチゴ農家をやっている親戚の小父さんである。

 かろうじて残った農地でイチゴ栽培を再開した。塩害などもありなかなかうまくいかなかったが、ようやく、出荷できるようになったと、そのイチゴを持参してくれたのだった。

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 ああ、ありがとうございます。作ってくれたばかりか、こうして我が家まで持ってきてくれたことに、いたく感動してしまった。まだまだ粒ぞろいとは行かないが、それでも沢山もってきてくれたので、沢山たべた。甘さは、いつもイチゴの甘さである。

 様々な津波体験や、今後の計画を聞きながら、自然とこの「仙台平野と歴史津波」の話題になった。すると、驚いたことに、小父さんは、この飯沼さんを知っているという。それも、だいぶ前から、もう20年以上も前から知っている、というのだった。よく郷土史家として、地元に来て、何度もあっているという。

 だが、この本を出していることは知らなかったらしく、さっそく、この本をプレゼントすることにした。一度に読まなくても、きっと参考になるところがあるはずなので、手元においてください、と「3.11あの日を忘れない」とセットで手渡した。

 さて、私の分がなくなってしまったので、さっそく、また印刷元に行って、数部入手してきた。もう売れ切れになってたら困るなぁ、と思っていたのだが、入手できたのでほっとした。

 「売り切れでなくてよかったです」と言ったら、「いや実はあの時の版は売り切れて、あれから、新たに二度増刷したのです」ということだった。

 そうだろうなぁ。聞いていた部数より絶対売れると思っていたから、増刷は必至だったはず。だが、出版社ならぬ、小さな印刷会社のこと、売れ残ったら大変なので、おそるおそるの再刊なのであった。

 しかし、それにしても、ジワリジワリとこの本は売れている。この本の価値はとてつもないものがある。3.11を早々と預言したばかりでなく、その対策をもすでに提案している。今後の街づくりにも、この提案は大きく生きてくるはずだ。

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 イチゴをいただきながら、私は、この津波でいつまでも落ち込んではいられないのだな、と、つくづく思った。

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OSHO ZEN TAROT <33>TRUST(信頼)

Zen030trust前よりつづく  

OSHO ZEN TAROT <33>

29. TRUST(信頼)

 いずれ取り去られてしまうものを求めて自分の生を無駄にしてはいけない。生を信頼するがいい。信頼して初めて、あなたは自分の知識を落とすことができる、自分の心(マインド)を脇に置くことができる。

 そして、信頼と共に、なにか途方もないものが開け放たれる。そうなったら、この生はもはや普通の生ではない。それは神で満たされ、あふれるようになる。

 ハートが無垢で、いくつもの壁が消えたとき、あなたは無限と橋渡しされている。そして、あなたは幻惑されてはいない。あなたから取り去ることのできるものはなにもない。取り去ることのできるものには、取っておくだけの価値はない。

 そして、取り去ることのできないものであれば、それが取り去られてしまうことをなぜ怖れなければならないのかね? それは取り去ることができないのだ。そんなことはありえない。自分のほんとうの宝を失うことなどありえない。Osho The Sun Rises in the Evening Chapter 9

解説:

 今こそバンジー・ジャンパーになるときです。紐を結ばずに!そして、なにかを取っておいたり、秘密の安全ネットを張ったりしない、絶対的信頼というこの質こそが、「水のキング」が私たちに要求するものです。

 ジャンプして、未知なるものへ入っていけるとなったら、考えただけでも死にそうなくらい怖いのですが、それでも、この上なく愉快な感じがします。そして、信頼を量子的(クォンタム) 跳躍(リープ)のレベルにまでもってくると、私たちはもはや念入りな計画を立てたり用意したりはしません。

 「いいだろう、これから自分がなにをするのかわかっているのだから、信頼しよう。ちょっと片づけ、スーツケースに荷物を詰めて、持って行こう」などとは言いません。そうではありません。

 次になにが起こるのか考えもせずに、私たちはただジャンプします。その跳躍、そして虚空を自由に落ちていくときの、そのスリルが肝心なのです。

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2012/02/01

The Messiah<6>Osho on Kahlil Gilbran's the Prophet

<5>よりつづく 

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「The Messiah」 Commentaries by Osho on Kahlil Gilbran's the Prophet, Volume 1<6>
Osho (Author) 1987/09 Publisher: Osho Intl; Paperback: 496 pages Language: English
★★★★★

 シコシコと読んでいる。読んでいる、というより、ネット上のMP3のオーディオを聞きながら、やはりネットで下ろしたPDFの文字を追っている、ということだ。つまり、本自体は必要ないのだ。少なくも、ここにおいては、「No Books Noblog」のうちの「No Books」は達成されている、ということになる。

 これはとても便利。いままでなかなか面倒で手がつかなかったスタイルがスタートしている。特にいいのは、極めて臨場感があること。ほとんどブッダホールでのレクチャーの雰囲気になれる。笑いがあり、Oshoの声の変化がある。

 それにダイレクトに声が届くので、インドなまりの英語はつらいところもあるが、テキストを見ながらなので、ああ、こう言っているのか、と理解も早い。少なくとも、普段は、圧倒的に翻訳スタッフのワークに頼って読んでいる本たちではあるが、たまに気にいらない翻訳があったりすると、そこに一枚の皮を感じたりする。

 その距離感がどんどん大きくなると、もっと簡単でお手頃な別の方面の本をめくったりすることになる。しかし、今回は、もう先延ばしすることはできないところまで来ている。すくなくともカリール・ジブランの「プロフェット」を、結局は当ブログの中心位置を占めてしまったのだった。 

 そして、そこを突破していくことこそが、「No Blog」へと繋がっていくはずなのである。その道筋は大体見えてきた。

 いざこのシステムが見えてくると、ニーチェの二冊を初め、最後のZENシリーズの他にも、例えばThe Last Testament シリーズや、心理学シリーズも、と、ついつい欲を出してしまうのだが、それはいつのことになるやら。

 ここはじっくり読み込んでいくことにする。

 この第一巻はおよそ3分の1を読んだところ。船がやってきて、人々が集まり、アルムスタファ―が、愛について、結婚について、子どもについて、語り終えたところ。

 それに触れて、Oshoが語る。すでに四半世紀前のレクチャーだが、これが新鮮。いや、いまこそ読まれるべきなのだと思う。ジブラーンを通して、Oshoの世界が広がる。広がる、というより、広がり過ぎる。

 ここは、結局は、広げるだけ広げて、最後はまたジブラーンサイズに戻ってくるのではないか。きっと、それがいいに違いない。

 

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2012/01/31

OSHO ZEN TAROT <32> TRAVELING(トラベリング)

Zen046traveling_2 前よりつづく  

OSHO ZEN TAROT <32>

45.TRAVELING(トラベリング)

 生はつねに、つねに、連続したものだ。それは最後の目的地に向かって進んで行くのではない。巡礼そのもの、旅そのものが生なのだ。どこかの地点に行き着こうとしているのではなく、ゴールはなく——ただ踊りながら、巡礼の内にあって、どんな目的地も気にせずに楽しく進んで行く——。

 目的地にたどり着いたところで、あなたはなにをしようというのかね? これまで誰もこんなことをたずねた者はいない。誰もが生に目的地を設けようとしているからだ。
だが、それが暗に意味するのは……。
 
 もし、あなたがほんとうに生の目的地に着いたとしても、そのあとは? あなたはとても困ってしまうだろう。どこにも行くところがない……あなたは最後の目的地に着いてしまったのだ——しかも、その旅の途中で、あらゆるものを失ってしまった。

 だから、あなたは最後の目的地に丸裸で立ち、まるで馬鹿のようにあらゆるところを見回すことになる。いったいなんだったのだ、と。あなたは必死になって急いでいたし、次々と心労が絶えなかった。それなのに、その結果がこれなのだ。Osho Rinzai: Master of the Irrational Chapter 7 

解説:  

 この素晴らしい風景をぬって道を歩む小さな人影は、ゴールのことなど気にしていません。彼、あるいは彼女は、旅そのものがゴール、巡礼そのものが聖地だということを知っています。道を歩む一歩一歩、それ自体が大切なのです。

 リーディングでこのカードが現われたら、動きと変化の時期を示しています。それは、ある場所から次の場所への物理的な動きかもしれませんし、ひとつの在り方から別の在り方への内なる動きということもあるでしょう。

 しかし、どんな場合でも、進むのはたやすく、冒険し、成長しているという感触がもたらされることをこのカードは約束しています。余計な苦労や計画は必要ありません。この「トラベリング」カードは、新しいものを受け容れ、抱擁することを思い出せてくれます。ちょうど、私たちが日頃慣れ親しんでいるものとは違った文化や環境をもつ別の国を旅しているときのように——。

 開き、そして受け容れるというこの姿勢は、私たちの生に新しい友人と体験を招き入れます。Copyright © 2012 Osho International Foundation  

<次>へつづく

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2012/01/30

宮沢賢治祈りのことば 石寒太 <2> 悲しみから這い上がる希望の力

<1> からつづく


「宮沢賢治祈りのことば」 悲しみから這い上がる希望の力<2>
石寒太 2011/12 実業之日本社 単行本 223p

 ふりかえっていて、ちょっと変だな、と思った。当ブログのちょっと早すぎる賢治再読リストベスト10」が書かれたのは1月17日。こちらの「宮沢賢治祈りのことば」についての日記は1月11日に書かれたはずなのに、このリストに入っていない。かなりいい加減なリストだなぁ。見落としている。あらためて、やっぱり早すぎたな、と痛感。

 この本、たしかに突出したカラーはない。むしろ並みいるユニークな賢治本のなかでは目立たず、埋没してしまいそうだ。でも、ふりかえってみると、とてもバランスがよく、コンパクトでありながら、深い。私のような賢治ビギナーにもよくわかりやすい。きっと小学生以上の読者でも、この本の意図するところが理解できるだろう。

 ひょっとすると、高段者にも意味ある一冊と評価されうるのではないだろうか。「宮沢賢治幻想紀行 新装改訂版」2011/07求龍堂)もなかなか面白かった。こちらもなかなか読み応えのある一冊だった。元本はすでに17年程前にでているのだから、著者は一貫した賢治研究者であるようだ。

 3.11と賢治をダイレクトにつなげれば、この本になる。3.11に立ち上がる賢治、というイメージなら、この本で決まりだろう。そう思った。そして、まためくってみることになった。

 実にコンパクトだ。これで賢治が分かった気になる。賢治の賢治たることが分かったような気分になる。いまさら、3.11についてはどうこういうつもりはないが、あまりにも悲惨であるがゆえに、ついつい目をそむけたくなる。それはそれでしかたない。

 だが、しばらく目をそむけていると、いや、こうしてはいられない。やはり「行って」なんとかしなくてはならない、と思う。その時、何かの安全弁のように、そう、いわゆる命綱としての「絆」がほしくなるのだ。

 そんな、ライフセキュリティーとしての賢治が、この本の中に組みこまれているかのようだ。そういった意味では、極めて貴重な本だ。「祈り」が込められている。

 たしかに、3.11はこの小さな本だけでは解決しないし、賢治もまた、この小さな本だけで、分かった気になってはいけない。もっともっと多岐にわたる支線が張り巡らされている。だが、その為にも、基本的なポイントが必要だ。

 そういう意味でも、この本は「賢治と3.11」の原点を教えてくれる。この原点を確かめた上で、ここからさらに世界を広げていける。この本、今後もこの本をことあるごとに開いていくことになるだろう。 

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