2017/02/23

「みちのくの仏像」 別冊太陽 日本のこころ


「みちのくの仏像」 別冊太陽 日本のこころ 
大矢 邦宣 (監修),    藤森 武 (写真) 2012/09 平凡社 ムック: 207ページ
No.3899★★★★☆

1)こちらもまぁ、面白くないわけじゃない。これはこれとして、なかなかだ。とにかくビジュアルがきれい。たくさんの画像を見ているだけで、うっとりする。

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2)しかしまぁ、相も変わらず、みちのくとか、仏像とか、そういう切り口はどうなんだ、というところに引っかかりまくる。地球人スピリットというコンセプトは、どうなっておるんじゃ、と。

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3)あちこちに、ひっかかりまくるのが、良い点でもあるし、悪い点でもある。まぁ、個性としておこうではないか。

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「運慶」 リアルを超えた天才仏師 山本勉・他


「運慶」―リアルを超えた天才仏師
山本 勉   (著),    ヤノベ ケンジ (著),    橋本 麻里 (著),    みうら じゅん (著) 2012/07 新潮社 単行本: 124ページ
No.3898★★★★☆



1)たとえばイSムの広告動画を繰り返し聞いているとして、私は一体、ナニに一番魅了されているのだろうか。仏像だろうか。モダンなライフスタイルだろうか。JAZZだろうか。そこにつながってくるところの、郷土史、だろうか。

2)ひとつひとつバラして考えてみる。

3)バックグランドで使われているJAZZも見事なものだ。一曲一曲の演奏者や曲名はわからないが、iPhoneのSIRIに聞くと、半分くらいは教えてくれる。これもまたすごい時代だね。メロディを一部聞かせるだけで、曲全体が分かってしまう。

4)この動画の製作者たちは、どのような意図で、このようなフュージョンやJAZZの曲を使っているのだろう。

5)では、動画を見ずに、音源としてだけ聞いてみる。

6)それはそれで素晴らしいのだが、そもそもJAZZの特別なファンというわけではない私には、やがて飽きがくる。これはこれでいいのだが、そこで終わりにはならない。

7)では、植物や、ワイングラス、オーディオセットに囲まれた暮らしというものはどうだろう。なるほどなぁ、こういう暮らしぶりもなかなかイイね、とは思う。しかし、そこまでだ。だからどうした、という跳ねっ返りが、すぐにやってくる。

8)では最近とみに魅了されている郷土史などの資料集めはどうだろう。これもなかなか面白い。まだまだ続きそうだ。グローバルなスピリチュアリティなどいいつつ、郷土史の石神たちに手を合わせる私がいる。

9)しかし、それとて、決して現代的で、究極的な趣味とはいいがたい。何かが補完されてこその、世界観なのである。

10)さぁ、それでは、仏像はどうだ。仏像もまたこんなに奥深い世界であるとは、実は、ごくごく最近気づいたところである。これもまぁ、ハマるなぁ。実に、興味深い。

11)しかし、それが限りなく完成度が高く、著名で、力がある像である、ということは決して必須条件とはならない。仏像の耽美にふけるほど、深く仏像を愛する人間だとは、実は自分で自分を思えない。

12)たしかに、運慶は天才らしい。革命児だ。運慶がいたからこそ、仏像の世界がこれだけ深まったということもできる。夏目漱石の「夢十夜」に活写される運慶。広く、アートの世界に反響しあう、美の世界。

13)それでもやはり、それほどアートとしての完成度が欲しいわけではない。私は私に見合った世界があれば、それでいいのだ。

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14)仏像は必須ではない。JAZZもフュージョンも必須ではない。モダンなライフスタイルももちろん必須ではない。アートや完成度も、決して必須ではないのだ。ただ、このイSムの動画広告に魅了され続けている私がいることは確かだ。

15)いいなぁ、と思う。この雰囲気に浸っていたい。時にはこのような総合的な組み合わせにヒットされるのはイイ。

16)そして、おそらくはもっともっと自分の世界にくつろいでいることのほうが好きであるだろう。ヘタでもいい。誰かに評価されるようなものでなくてもいい。超アートでなくてもいい。天才とか凡才とかいうものではない。自分が作る自分のための一本ものの人生であるなら、それは、私にとっては超モダンで超カッコいい世界なのだ。

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訃報:マ・アナンド・ミーラ

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昨日2017年2月21日、OSHOアーティストのマ・アナンド・ミーラが南アフリカで、スキューバダイビング中の事故に亡くなったというニュースが飛び込んできた。

詳しいことはわからないが、なんとも勇ましい最期であったことか。

最初に1977年にプーナに行った時、彼女のアパートに招待されたことがある。彼女の部屋にはいっぱい彼女の油絵があって、瞑想してから絵が描けなくなった、と言っていた。

その後、彼女は一転し、たくさんの絵を描き、OSHOアート・グループを率い、OSHOの本のカバーデザインにも採用されるようになった。

ちょうど一年前ほど、仙台のマ・マンシャが亡くなった時に、セレブレーションに参加してくれた。あれが私にとっては最後のミーラになりました。

M10

どうもありがとう、マンシャ。いっぱいの愛を。   LOVE

衷心よりご冥福をお祈りいたします。  合掌

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2017/02/22

「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<7>

<6>からつづく

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「死について41の答え」 <7>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

 意識は、ついには死を意識するようになる。もし意識がついに死を意識するようになれば、恐怖が湧いてくる。その恐怖はあなたの中で、絶えざる逃避を創り出す。そうなれば、あなたは生から逃げている。 

 生があるところがどこであろうと、あなたは逃げ出す。というのも、生があるところにはどこでも、死の気配、一瞥がやってくるからだ。あまりにも死を恐れている人たちは、決して人に恋しない。物に恋する---物は死なないからね。物はまったく生きていないからだ。 

 物ならばずっとずっと持っていられるし、さらには取り換えもきく。ある車がダメになれば、まったく同じ型の車が代わりになる。しかし、人を取り換えるわけにはいかない----もしあなたの妻が死ねば、永遠に死ぬのだ。 

 別の妻を迎えることはできても、他のどんな女性も彼女の代わりにはなれない----良かれ悪しかれ、他の女性は誰も、その同じ女性にはなれない。もし子供が死ねば、別の子を養子に取ることができるが、実の子と同じ質の関係を、養子との間に持つことはできない。その傷は残り、癒されることはないだろう。あまりに死を恐れる人たちは、生を恐れることになる。 

 そうなれば、その人たちは物を貯め込む-----大きな御殿、大きな車、何百万ものドルやルピー、あれやこれやと、死ぬことのない物を。ルピーは、バラより不死だ。彼らはバラのことなどかまわずに、ルピーを蓄え続けるだけだ。

 ルピーはけっして死なない。それはほとんど不滅だ。

 しかしバラとなれば・・・・・・朝には生きていたのに、夜になれば、もうなくなっている。彼らはバラを恐れるようになり、目を向けようともしない。

 あるいはときには、もし願望が湧き上がれば、造花を買うだろう。それはいいものだ。造花とならば気楽にいられる。それはある意味で不死だからだ。それは永遠に、永遠に、永遠にそこにある。

 本物のバラとなれば----朝には、それはとても生き生きとしているのに、夜までには散って、花びらは大地に落ち、同じ源泉へと還っている。それは大地からやって来て、しばらくの間花咲き、その香りを存在全体へと放つ。

 そして使命が果たされ、メッセージが届けられれば、それは静かに土に還る。涙の一粒もこぼさず、難の格闘もなしに。

 あなたは花びらが大地に散っていくのを見たことがあるかね? その散り際のなんと美しく、なんと優雅なことだろう。なんの執着もない。一瞬ですらしがみつこうとしないのだ。そよ風がやってくれば、花全体が大地に落ち、源に還っていく。 OSHO p157

つづく

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「Night Life」 Nick Noble Band

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Nick Noble Band 2014/03 Rock Music Compliation, Vol. 3 (Instrumental) レーベル: AB Entertainment 収録時間: 3:08
No.3897★★★★☆

 

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さとりサマーディにて<13>添い寝

<12>からつづく

さとりサマーディにて

<13>添い寝  目次 

1)さとりサーマディに向かう車の中で、静かな了解が起こる。これでいいんじゃないかな。

2)病室に入ってみれば、静かに休んでいる。声をかけてその休みを妨げる必要もない。私も静かに椅子に座り瞑目する。

3)私はこの女性の三番目の子供だ。末っ子だったから、小学校が終わるまで一緒の布団で寝ていた。私の父である、彼女の夫は、長いこと療養施設に収容され、私は溺愛されていた、と言ってもいいのだろう。

4)あの頃を思い出す。姉兄はすでに小学生になり、家に残っているのは私だけだ。昼ご飯を食べてお昼寝をするときは、母が添い寝をしてくれた。農作業の汗臭さも、子供の私にとっては好ましいものだった。

5)彼女が眠ってしまい、私がまだ昼寝に入らない時など、ちょっと間だが、彼女の寝息を聞いていたものだ。決して等間隔ではなく、たまには無呼吸の瞬間もある。だが、概して、落ち着いた呼吸が続くのである。

6)いつしか目を覚ますと、もう午後も、少し太陽が西に傾き始めている時間であった。ふと我に返り、隣をまさぐると、さっきまでいたはずの母親の体はない。寂しくなり、私は泣く。

7)障子を開け、縁側まで歩き出て、泣く。「おかぁさ~~ん」。

8)そこには母親の姿はないが、広い農家屋敷の中のどこかで作業を、もう始めているのだ。そんな遠くには行っていない。私の声は届く。母親はやってきて、私の昼寝は終わるのだ。

9)今日、さとりサマーディを訪れ、ベットに横になっている彼女の寝息を聞いている間に、あの、昼寝をしていた時を思い出した。添い寝をしてくれているはずの母親のほうがすっかり寝入ってしまい、私はその寝息を聞いている。

10)でも、目を覚ますと、すでに彼女は午後の農作業を始めており、私は縁側から叫ぶ。すると、どこともなく、彼女はやってきて、午後の私の生活も始まるのだ。

11)医師の診断は、いつ突然死が起きてもおかしくない段階だという。今はかろうじて介助つきで食事はしているが、やがては鼻から栄養素を供給するとか、胃婁という手段で生命を維持しなければならない段階は近づいているという。

12)私は、彼女の寝息を聞きながら瞑目した。いくつかの了解事項が並んだ。おそらく、私が深いサマーディに入ろうとしている間に、彼女は姿を消してしまうに違いない。

13)しかし、私はきっとその時「おかぁさ~~ん」と呼ぶだろう。そして、彼女はやってくるのだ。

14)今回、病院のさとりサマーディにいて、添い寝してあげていると思っている末っ子の私は、まだ勘違いしているようだ。添い寝してしてもらっているのは、やっぱり私のほうなのだ。

15)ふと目が覚め、寂しくなって、「おかあさ~~ん」と叫べば、「あら、目が覚めたの?」と、彼女はやってくるだろう。姿を見失っているのは私のほうで、彼女はもうすでに昼過ぎの仕事に取り掛かっているのだ。

つづく

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「あなたの知らない宮城県の歴史」 山本博文 (監修)

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「あなたの知らない宮城県の歴史」 歴史新書
山本 博文 (監修) 他 2013/03 洋泉社 新書: 189ページ
No.3896★★★★☆

1)地区の図書館の郷土史コーナーから類書を借りたついでに交じっていた一冊。良い本ではあるが、ある時代のあるポイントに絞り込んでクリスタライゼーションを進めている現在の当ブログとしては、必ずしもグッドタイミングではない。

2)「あなたの知らない」シリーズとして各県について一冊づつ発行されており、情報もコンパクトにまとめられていて、飽きずに読める本ではある。

3)しかしながら、地域を「県」として限定し、時間軸を2000年スパンで引っ張って見た場合、単なるトリビアに堕ちてしまうことは大いに考えられる。

4)監修者は必ずしも宮城県に縁の深そうな方ではなく、そもそもは5人のバックライターがそれぞれ起稿したものを監修したもののようだ。だから、逆に言えば網羅的で、なるほど、こういう側面もあったのか、という気づきは起こってくる。

5)されど、この一冊では満足できず、類書や専門書をすぐにも必要となることであろう。

6)な~~んにも知らない県について、時間が余っている時に読んだら、きっとおもしろいだろうな。お気軽に手に取れるシリーズ。

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <65>バカ

<64>からつづく

1)わがマスターの教えのひとつは、感情を抑圧しないことにある(と理解している)。みんな和やかに平和に生きることは基本である。だが、みんなで悟りすまして静かに暮らすことは、逆に一つの抑圧になりかねない(と聞いたような気がする)。

2)時には、わが家でも感情のもつれが発生する。互いに修復可能な範囲ではあるものの、限界を超えそうになる時がある。宗教的修行が進んだような人であれば、そこはぐっと抑えるのかもしれないが、わが夫婦の間では、数年に一度ではあるが、その限界が超えていくことがある。

3)さもない痴話喧嘩である。でも、今回はちょっとまずかったかな。

4)若夫婦は所用ででかけ、孫二人を私達老夫婦が預かっていた。私にとって何事か気にくわないことがあって、焼酎の力も借りて口火を切った。

5)普段はまずまずの受け答えをして、適当に呆け役を引き受ける女房殿であるが、今夜の抵抗力は大きい。

6)最初は抵抗の意を示すのであるが、次第に黙りこくる。私は、もちろん手は出さないが、普段ちょっとは我慢している小言のひとつやふたつ、みっつや四つ、あるいは延々と強い口調で飛び出すことになる。

7)それを5歳と2歳半の孫たちが、眺めている。最初は何事が起きたのか、と唖然としているが、どうも彼らの眼には、ジジイが一方的に、バーさんに荒い言葉を投げかけているように見えるようだ。

8)そしてここからが問題なのだが、話題の本質はよくわかっていないようだが、私の強い言葉の中に、「バカ」という言葉が含まれていることに留意する。

9)二人は、この「異常」な状態を見つめていて、最初はあっけにとられたものの、これは修復させなければならない、と思ったらしい。内容の解決など、まぁ、どうでもいい。

10)二人の孫たちは、ジジイに駆け寄ってくる。目にはバァさんは入っていないのではなかろうか。

11)「おじいちゃん、バカっていう人は、もっとバカなんだよ」

12)焼酎の勢いを借りて言葉を投げつけているとはいうものの、言うだけ言えば、そうそうエネルギーは長続きするものではない。そろそろこんなもんかな、というタイミングで、孫たちの言葉が挟まれる。

13)「おじいちゃん、バカっていう人は、もっとバカなんだよ」

14)そうかな、と思う。こんな言葉、二歳半の子供がどこから覚えてくるのだろうか。テレビかな。公園かな。新しい言葉を覚えつつ、母親からたしなめられて、いつもこういう風に言われているのかもしれない。今日は、自分たちが言われている言葉を、ジイさんに言ってみたのだ。

15)ほどなくジイさんのエネルギーも枯渇し、孫たちもトミカやブロックに帰っていく。ジイさんは場が持たないので、自室に戻り、雑誌を読むふりなどをしながら布団にもぐり、いつの間にか夢の中。

16)エネルギー爆弾の破裂のあとは、そうそう簡単に修復はしない。一週間ほどは、なんとなく老夫婦間の視線は合わない。言葉も少ないが、洗濯機がどうしたとか、今日はなんのゴミの日だとか、必要な言葉は交わさざるを得ない。

17)いつのものことではあるが、こうして、見慣れた風景に戻っていくのである。

18)しかしまぁ、背負うた子に道を教わる、ということはあるが、今や、私は、背負うた孫に道を教わる時節となったのである。

つづく

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2017/02/21

さとりサマーディにて<12>さとりサマーディについて

<11>からつづく

さとりサマーディにて

<12>さとりサーマディについて   目次 

1)さとりとは母親の名前である。母はその名前を気に入っているのかどうか、定かではなかった。何事について自分の父親に対する敬意はすこぶる大きかったので、親がつけてくれた名前だ、というだけで、それ以上のものはなく、基本満足していたはずである。

2)しかるに、自らの名前を仏教や宗教と結びつけて語られることは、あまり好みではなかったようだ。内心は喜んでいたのかもしれないが、そういうことについて大っぴらに語られることが好きではなかったのかもしれない。

3)自らは、その名前の意味を問われると、「作を取る」から「さとり」なのだ、と答えていた。農家の長女に生まれ、農家の家督に嫁ぎ、その亭主を病気で失ったあとは、ひたすら三人の子供を養育するために働きづめに働いた人だっただけに、農業を職業として、「作物」を「取る」ことこそ我が人生、つまり「さとり」なのだ、と説明していた。

4)そんな真摯一途な彼女を、近隣の口の悪い村人たちは、今日もさとりさんが「くさとり」をしている、と笑った。

5)この名前を付けた彼女の父、つまり祖父にだいぶ前、私が二十歳を過ぎたころに聞いたことがある。あの名前の意味はどういう意味なのですか。彼は答えた。もちろん「悟り」という意味だよ。若い時分から近所のお寺で坐禅を組んで仏教を学んでいた。長女が生まれて、冬の農閑期に、和紙漉きの仕事をしながら、考えた名前だよ。

6)サマーディとは、三昧ということだ。つまりすっかりその世界に浸りきっていること。昔、中華三昧という高価ラーメンがあったが、それだけ一般化している名前ではあろう。

7)OSHOのメモリアルホールもサマーディと呼ばれている。

8)さとりさんを若い時分から知っている私の友人が、最近彼女はどうしてますか、と聞いてきた。こういうわけで今はホームにいるよ。へぇ~、それならお元気なうちにお会いしてみたいですね。覚えていますかね。もちろん覚えているよ。物覚えはすこぶるいいよ。

9)で、二人の間では、そのホームに横たわるさとりさんのいる空間はサマーディと呼ぶことになり、さとりサマーディができあがった。

10)そのさとりさんが、この一週間、体調がすぐれない。あまりにリハビリ効果があって、元気いっぱい、という時期があったのだが、その元気があまり過ぎて、夜中にベットから落ち、体を痛めた。

11)それをきっかけに向かいの病院に入院し、痛み止めが効いたのはいいが、どうも効きすぎたみたいで、意識がもうろうとし始めた。

12)緊急車両で、近くの脳外科専門の大病院でMRIなどの検査を受けたが、脳にまつわることに関しては健全であるという。

13)満で95歳を過ぎていれば、長寿の部類であるし、いつお迎えが来てもおかしくはない。

14)この数日は、どうも反応が鈍い。健やかな寝息は立てるが、こちらの声が聞こえているのかどうか、定かではない。そもそも両目はすでに白内障を通り越して失明しており、耳も片耳だけはなんとか聞こえていそうではあった。

15)彼女のホームや病室の椅子に座って、瞑目する。さまざまな障害があるので、そうそう長時間瞑想していることなどできないが、それでも、彼女を思い目を閉じると、それはそれで、私を深い瞑想空間へといざなう。

16)そのことを、私(たち)は最近、さとりサマーディと名づけているのである。

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<13>につづく

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「D & E」 オスカー・ピーターソン・トリオ

「D & E」
オスカー・ピーターソン・トリオ 1963/12 収録アルバム: マイ・ファースト・ジャズ:オスカー・ピーターソン
No.3895★★★★☆

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「解き明かされる日本最古の歴史津波」<35> 名取熊野本宮

<34>からつづく


「解き明かされる日本最古の歴史津波」  <35>
飯沼勇義 2013/03 鳥影社 単行本 p369 飯沼史観関連リスト
★ 

名取熊野本宮

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 名取熊野三社で言えば、そもそも「本家」であるはずの熊野本宮。他の新宮、那智社に比較すると、ややおとなし目ではあるが、逆に俗化されていないような、素朴なオーソドックスさを感じる。

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 そもそも本来はこの地より南に500メートルほどの高台・小館というところに鎮座しておられたらしいが、いつのことかこの地に遣座されたという。

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 広い敷地であるが、それこそ森の中のカラスの声がゆったりと響く空間性である。クルマの喧騒から離れている。 

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 まさにおカラスさんのお迎えか、というほど、参拝する度に鳴き声が響いてくる。


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 かつては熊野堂十二神とも称されたという熊野本宮。その時代々々の世の流れとともに、神様達も生息されている。

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 先日、図書館から借りてきたDVDで熊野堂十二神鹿踊という神楽も拝見することができた。

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 かなり歴史が乱れ飛んでいる。これは、一社ならず、三社および、地区の伝承を500年、1000年、1500年サイクルで年表をつくって整理しなければならないかも。

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 かたちとしては社前を音無川という小川が流れている。

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 この神楽殿で熊野堂十二神鹿踊が奉納されるのだろうか。

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 実にゆったりとした時間が流れる。

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 碑を見る限り、名取老女が最初勧請したのは岩沼市長岡三色吉にお祀りされていたということだ。

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 その後、この最終地点にたどり着く前には小高い小館というところに祀られていたらしい。おそらくこの辺かな、というところから海を見てみる。なるほど、この辺も開けているね。

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つづく

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「奈良・国宝 室生寺の仏たち」 仙台市博物館特別展

 

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「奈良・国宝 室生寺の仏たち」 仙台市博物館特別展

2014/07/04~08/24 仙台市博物館 いとうせいこう+むうらじゅん トークショー

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OSHO 「瞑想―祝祭の芸術」<10>

<9>からつづく

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「瞑想―祝祭の芸術」 <10>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1981/03 めるくまーる 単行本 440ページ

 瞑想は心(マインド)で始まるが、それはほんとうの瞑想ではない。瞑想に向かって進めるように、まずは心(マインド)から始めなさい。そうすれば、心(マインド)が止滅し、あなたが心(マインド)を超えたとき、ほんとうの瞑想が始まる。

 だから、まず心(マインド)から始めなければならない。なぜなら、私たちがいまいるところは心(マインド)のなかだからだ。心(マインド)を超えるためためでさえ心(マインド)を使わなければならない。

 だから、心(マインド)は絶対に積極的(ポジティブ)には使わないこと。それをネガティブに使ってごらん。そうすれば、あなたは瞑想を成就するだろう。

 もし心(マインド)を積極的(ポジティブ)に使おうものなら、あなたはますます投影を生み出すだけだ。だから「積極的(ポジティブ)な思考」とはすべて、徹底的に反瞑想的なものだ。ネガティブな思考こそが瞑想的なものであり、否定こそが瞑想の方法なのだ。

 否定するものがなくなり、当の否定者しか残らないような地点まで、否定しつづけてゆきなさい。そうすれば、あなたは純粋になり、あるがままの存在を知るに至る。それ以前に知っていたものは、ことごとく心(マインド)の想像、夢想、投影に過ぎないのだ。p379 OSHO「心象化の技法

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2017/02/20

「ジョードゥ」 クリフォード・ブラウン

「ジョードゥ」
クリフォード・ブラウン 2008/12   収録アルバム: ジャズの巨人たち~スーパー・ベストレーベル: Universal Music LLC  ジャズ・ヒュージョン 収録時間: 4:02
No.3894★★★★★

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「イSム」 Modern Life from Traditional Style <3>

<2>よりつづく

「イSム」 Modern Life from Traditional Style <3>

  

  

  

  

  

  

つづく

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2017/02/19

「解き明かされる日本最古の歴史津波」<34> 名取熊野新宮

<33>からつづく


「解き明かされる日本最古の歴史津波」  <34>
飯沼勇義 2013/03 鳥影社 単行本 p369 飯沼史観関連リスト
★ 

名取熊野新宮

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 もっとも近くて忘れがちになる歴史的史跡は名取熊野新宮であろう。いろいろな言い方がされてはいるが、この表記が一番わかりやすい。

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 東街道に面した交通の要所にある神社ではあるが、時代とともに道路も整備され、それとなく時代の経過を感ずる。

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 こんなに近くに住みながら、なぜか私はこの神社の祭典に参加したことがない。理由はいろいろ考えられるが、遠くの神様はありがたく、近くの神様は忘れがちになる、という法則ではないだろうか。

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 山門(鳥居)をくぐるとまずは左手に文殊堂がある。これは正式には神社の敷地外で、神仏分離の苦しい言い訳を聞かなければならない。

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 されど、ここには文殊菩薩と一切経が長期にわたって収められており、近年盗難に遭遇したこともあったが、みごと戻って真宮寺の社殿に再収納されていると聞く。

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 決して華美ではなく、整備されているとはいいがたいものの、近隣の類似の施設にあっては、かなり重厚で歴史を感じさせる。

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 本殿の前にまずは、芸能が奉納される神楽殿が目に入る。

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 こちらは神楽ならぬ、舞楽が奉納されるための舞台装置を据えるための石積みである。

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 みなれた風景なれど、よくよく見れば、なかなか良くできたシステムだ。

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3.11後は、崩落の危険のために鐘堂への登壇は禁止されているようだ。

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 書かれている来歴のどこがどうなっているのか、ということを解釈し直すことも、にわか歴男の楽しみでもある。

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 かつてはなかったはずの宝仏殿というものができていた。

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 敷地内はこうなっている。

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 今日の参拝来意の一番は、羽黒飛龍権現の確認である。

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 しかしなんと、そのお名前は那智飛龍権現であった。

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 本殿は一つにまとめられている。

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 しかし、裏手にまわれば、奥殿の那智飛龍権を拝見することができる。

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 老女の宮とか十二社殿とかあるものの、やはり気になるのはその飛龍権現である。

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 裏手に回っても、それと明記されているものはない。通常ならどなた様が祀られているのか見逃してしまう。

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 以前は、社林がうっそうとして裏手に回ることなどできなかったが、3・11震災後は思い切った改革がされているようでもある。

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 ここにこういう形で祀られることになったのは、それなりの経緯があることであろう。

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 それにしても、これまでそれと気づかずにいた自分が恥ずかしい。

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 きょうは、ここのところを確認させていただければ、参拝のかいがあったというものである。

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 なんの余興か、源頼朝の腰掛石などというものもある。

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 ふと社殿前の池を見ると、一羽の白鳥が舞い降りていた。

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 なお神仏分離で別当寺、熊野山新宮寺に移された一切経はどうなっているのだろう。

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 新宮寺は拡張されて広くなった街道の斜め向かいに存在しており、近年改装されたものと思われる。

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 いわれ書きもあり歴史も銘記されている。

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 ちょっと読みにくい画像だが、平易な文体で分かりやすく書いてある。
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 近年になって文殊菩薩像と一切経の収蔵庫が設置されて保存されているようだ。

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 東北に現存している一切経は、平泉とこの名取熊野の地だけ、ということが表示されている。

<35>につづく

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「イSム」 すべての人に、仏像のある毎日を <2>

<1>よりつづく

「イSム」 すべての人に、仏像のある毎日を <2>

<イSム>社長インタビュー 3:00以降 一時間(長時間注意)

<3>につづく

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2017/02/18

「解き明かされる日本最古の歴史津波」<33> 紹楽寺

<32>からつづく


「解き明かされる日本最古の歴史津波」  <33>
飯沼勇義 2013/03 鳥影社 単行本 p369 飯沼史観関連リスト
★ 

 先日急用で高舘那智が丘周辺に出かけた。ちょうど名取熊野三社について思いをめぐらしていた時だったので、あれ、これは呼ばれたかな、と思ったものだった。用を済ませたあと、熊野那智神社、熊野新宮、熊野本宮、紹楽寺、慶蔵院、と回ったのだが、どうもあの日は、写真を撮影しようというエネルギーがでてこない不思議な日だった。

 今日もまた続けて呼ばれたので、今日こそは画像をすこし増やそうと思い、スマホを手にした。

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 新しくできた那智が丘神社から熊野那智神社に向かうと、一番最初に「謎」のお堂が見えてくる。

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 このお堂こそは、名取熊野那智神社開山にも関わる神仏の像が納められて(いた)いる紹楽寺の観音堂ではなかろうか。

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 そう思って参拝するのだが、にわか歴男には判読する手がかりがまったくつかめない。看板や石碑がまったくないのだ。

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 この名取熊野那智神社の開山に関わるところの養老3(719)年に奉納されたとされる「羽黒飛龍権現」とは、いったいどんな神仏像だったのか。あちこち読みのにわか参拝者の記憶は定かではないが、どこかで三十三手観音とも、十一面観音とも聞いたような気がする。

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 熊野那智神社の本殿の裏には、右手からそのご神体の発見者である治兵ェの碑が、そして左手からは例の名取老女の碑が支えるように建てられている。

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 ところで、名取老女の勧請がなったのは、この縁起文を読んでも、保安4(1123)年なのであり、時系列的には、はるかに治兵ェのほうが老女より400年も前であることがわかる。

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 だから、そもそものご神体である羽黒飛龍権現像は、熊野の神々がお越しになるよりはるか前からこの地に鎮座されていたことになり、その像は一体今、どこにあるのだろう、という疑問が生まれてくる。

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 神仏習合、そして廃仏毀釈の時代には、仏教に関わる縁起物はすべて秘匿されてしまったというから、その際に那智神社の中からは排除されてしまった可能性は高い。そして、今日の一番最初に画像を掲げたあのお堂が、別当寺としての紹楽寺の観音堂として建てられ、そこに収められていた、という記述も目にした記憶がある(確かではない)。

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 那智神社裏手の階段を下りていくと、修験者が滞留して修行をしたとされる那智の滝がある。この小さな滝が、熊野那智信仰と取の地をつないだのかもしれないが、実は、名取老女が最初に勧請したのは、高館山より10キロほど南の現在の岩沼市三色吉周辺であった、とする文献も目にした(確かではない)。

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 そもそも、那智が丘団地が開発される前の高舘山の参道は、採石場のある険しい山道のほうであった。小学生時分から私たちはこの山に登ったものであるが、なかなか山深いうっそうとした雰囲気のところであった。

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 しかし最近訪れてみるとかなり雰囲気は一変している。頻繁に通る採石場のトラックは3・11後、更に増えたようにも思うが、この紹楽寺の雰囲気もかなりガラッと変わったのではないだろうか。看板を見ると開山が飛鳥時代(592~710)となっている。

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 しかし、その割には建造物や石碑は、やたらと新しく見える。最近できたお寺のような雰囲気さえある。実は、このお寺は長い間住職のいない無住の寺であったように記憶する(定かではない)。つまり荒れていたのだ(ごめんなさい、そういう印象がありました)。

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 しかるに、いつの頃からか、かなり明るい雰囲気になってきた。その理由はいくつかあるのだろうが、御縁のある和尚さんが、いつの頃からかこのお寺に住むようになったのだ。毎年年賀状をいただきながら、あまり深い関心を抱かぬままに今日まで来てしまったが、実はかなりな変遷があったのではなかっただろうか。

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 なんの深い理解のないまま本堂に近づいていくと、一番先に飛び込んでくるのは、見上げるほどに大きな十一面観音像である。

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 そう、あの治兵ェが閖上の浜で揺りあがった神仏を見つけたとされるあの像こそは、この十一面観音ではなかっただろうか。

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 碑を見ると、治兵ェの文字も、十一面観音の文字も見つかるが、その二つを明瞭につないでいる風には読めない。また、入り口では開山が飛鳥時代であると言いつつ、こちらの碑では、応永20(1413)年などと書いてあるので、私のような歴史音痴の頭にはますます???マークが浮かびあがるのである。

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 いずれにせよ、民話をもとにしたり、自然崇拝の出羽三山の伝承や、あるいは歴史書にでてくる名取老女の話、そして神仏分離により一山が開かれ曹洞宗門下の修行場となったりしたのだ。どこに時間の基軸を置くかによって、かなりあやふやな表現が存在することになるが、逆に言えば、しっかりとした歴史は把握されていない、ということにもなろう。

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 それにしても秘仏とされる十一面観音が今や石碑となってそびえ建ち、街道から丸見えなっている、というのも、皮肉と言えば皮肉なものである。

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 この石碑は分霊されたものだというが、さて本体は山頂にある、とのことだが、どこにあるのだろう。名取熊野那智神社に収められているのか、あるいは、その敷地内にある名称不詳(ごめんなさい)の一説に紹楽寺観音堂と呼ばれるあの荒れた(またまた大変失礼<(_ _)>いたします)お堂の中に、今でも秘匿されているのだろうか(おそらくそれはない)。

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 そしてまた710年代に閖上浜で揺りあがったとされる神仏像も本当はまだ十一面観音とは特定できないでいる。少なくとも名前は羽黒飛龍権現であるとか、聞いてはいるが、どうもあやふやな理解しかできない。

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 少なくともこの紹楽寺境内にある「湯殿山」の古びた石碑が、羽黒山を含む出羽三山との関係浅からぬニュアンスを表現しているかに思える。もっとも湯殿山は、出羽三山の中にはあとから加えられたもので、その位置は以前は月山、羽黒山、そして鳥海山(異説あり)が占めていたとのことである。

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 ところで今回高舘山を参拝して太平洋を望んだとき、ふと気づいて七島観音堂の方向を計ったら、ほぼ真東であることが分かった。距離的に言えば、高館山と太平洋のちょうど中間にあたる(後日地図できちんと確かめてみよう)。

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 高舘山から射られた矢が「矢越の橋」を超えて突き刺さったところに観音堂が建てられたということだが、太平洋(羽黒飛龍権現)→高舘山(十一面観音)→上余田(七島観音)という経緯をたどったとする推測もできないわけではない。なんだかそんなネットワークを発見したような、しなかったような、不思議な気分である。

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 このネットワークには、もっともっと地理的にも、時代的にも、人脈的経緯からも、さらには個人史的にも、深い縁があるような、ないような、感じがするので、まぁ、これからも、不思議BOXのパンドラでも開くような気分で、ゆっくり対応していきたいと思います。合掌

<34>につづく

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「イSム」 すべての人に、仏像のある毎日を <1>

「イSム」 すべての人に、仏像のある毎日を

◎「イSム」というブランド名とログマーク

「仏像」の「仏」という漢字の中心に「S=Spirit(魂)」のSを据えてブランド名としました。
仏の抱く魂を現代のライフスタイルに取り入れるため、「イSム(イスム)」というブランド名をモダンにデザインし、ロゴマークに表しました。
同社HPより

<2>につづく

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2017/02/17

OSHO 「瞑想―祝祭の芸術」<9>

<8>からつづく

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「瞑想―祝祭の芸術」 <9>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1981/03 めるくまーる 単行本 440ページ

 無意識というものは、実際は無意識ではない。むしろ、それはただ意識が減少したものに過ぎない。だから、意識と無意識の違いは、単に程度の差なのだ。その二つは対局のものではない。その二つは関係し合い、結合されている。 

 論理の間違った体系のために、あらゆるものが対極に分裂している。論理はこういう、「肯定か否定か、光か闇か」。論理に従うかぎり、その中間などない。しかし、<生>とは白でもなければ黒でもない。むしろ、広大は灰色のひろがりなのだ。  

 だから、私が「意識的」あるいは「無意識的」と言ってもその二つが互いに対立しているということではない。フロイトにとっては、意識は意識、無意識はあくまで無意識だ。つまり、それは白と黒、肯定と否定、生と死のあいだの違いなのだ。だが、私が「無意識」というとき、それは「意識が減少した状態」ということだ。また、「意識」と言うときは、「無意識が減少した状態」ということを意味している。それらは重複し合っている。 

 どうしたら無意識に出会えるだろう? フロイトに関するかぎり、その遭遇はありえない。もしフロイトにどうやって無意識と遭遇するのかと尋ねたとしても彼はこう答えたに違いない。
 「それは馬鹿げている。あなたは無意識に遭遇することはできない。もし遭遇したとしたら、それはもうすでに意識だ。というのも、遭遇するということは意識的な現象だからだ。
 

 一方、私にどうやって無意識と遭遇するのかと尋ねたら、こう答えるだろう。
 「無意識に遭遇するための道はある。」
 私にとって、第一に銘記されなければならないことは、無意識とは単に「意識が減少した状態」だということだ。だから、あなたがもっと意識的に成長すれば、それに遭遇することはできる。
 

 第二に、意識と無意識は固定した境界ではないということだ。その二つは、ちょうどあなたの眼のなかの瞳孔のように、たえず変化していいる。光が多ければ瞳孔は狭まるし、暗くなればそれは広がる。外界との光と絶えず均衡を保っているのだ。同じように、意識もたえず変化している。実際、肉眼の現象から類推して意識現象を理解することは非常に要領を得ている。なぜなら、意識こそ内なる眼であり、魂の眼だからだ。だから、ちょうど肉眼のように、あなたの意識もたえまなく拡張したり収縮したりしている。 

 たとえば、怒っているときには、あなたはより無意識になる。いまや無意識がより広がって、あなたのなかのごく小さな部分しか意識として残っていない。ときには、その小さな部分さえ消えて、完全に無意識になる。一方、突然の事故の場合-----路上で突然事故が起こりそうになるのを感じて、あなたが死の淵にのぞむような場合-----あなたは完全に意識的になり、無意識な部分はまったくなくなる。突如として、心(マインド)全体が意識的になる。だから、この変化はたえず起こっている。 

 私が「意識」あるいは「無意識」と言うとき、その二つのあいだに何か固定した境界線があるというつもりで言っているのではない。そういうものは何もない。それは変動する現象だ。それは、あなたがより意識的でないか、あるいはより意識的であるか、あなた次第なのだ。あなたは意識をつくり出すことができる。あなた自身を鍛錬し、訓練して、もっと意識を増大させることもできるし、逆にもっと意識を減少させることもできるのだ。 

 もしあなたが、意識を減少させるように自分を鍛錬したら、あなたは絶対に無意識とは遭遇できない。実際、それに遭遇することなどできなくなってしまうに違いない。誰かが麻薬や酒類を吸引するとき、その人は自分の心(マインド)がすっかり無意識になるように訓練しているのだ。眠りに入るときには、あるいは催眠術をかけられたり、自己催眠をかけたりするとき、あなたは意識を失う。 

 たくさんの方法があって、無意識をさらに増大するのに役立つようなその方法の多くは、宗教的な修行として知られてさえいる。退屈を誘うようなものはすべて無意識を生み出す。p357OSHO「鏡の凝視」

<10>につづく

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「地球人スピリット・ジャーナル」エッセンス版<4>

<3>からつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」エッセンス版

<4>芸術      目次

1)芸術は英語でアートと翻訳される。だが英語でのアートは、かならずしも芸術とは意味しない。大工さんの技もアートであるし、何が何だか意味不明という前衛芸術もアートされる。本来、アートとは人間の営みすべてにおいて、そう表現できるのではないか。

2)日常生活に使われるカゴやザルや土器、装飾品など、別段に気をてらったものではなくても、そして時代が経て、無用になったものは、むしろ民芸として珍重される場合さえある。目的はなんであれ、土で作られた人形が大地から掘り出され、国宝として厳重に保護される場合さえある。

3)労働の疲れをいやすために唄われたつぶやきに似た歌謡が、やがて無形の芸術として高く評価されたりする。自らの存在証明のために必要にせまられた絵画的表現は、単なるメッセージであったかもしれないし、意味すらない排泄に近い行為の結果だったかもしれない。

4)それがどのような空間で、どのように記されたものであれ、それは芸術となりうる。あるいは、もっと広く、アートを「技」と言いかえることができるなら、この世の出来事はすべてがアートでありうる。

5)森にかかった蜘蛛の巣に雨のしずくがかかって虹色に光っていたりすれば、そこに誰彼の意図を超えた大きな天の技を感じることができる。流れる雲、山間をくだる谷川のせせらぎは、誰に聞かれようともしていないが、官能するものには、とろけるような快感を生み出す。

6)人間が生み出す物をすべて技であると規定した場合、外的に有用なものは技術であると表現され、利用価値があまりないがどこか内面に響くものは芸術と称される。役にもたたず、心も打たないものはガラクタとして捨てられる。

7)現代の技の最先端、科学技術のシンボルは大きくわけて二つに表現できる。ひとつはコンピュータである。類人猿が最初に道具として使った技が、他の動物の死骸からとった骨であろうが、石のかけらであろうが、そこから技は始まった。火を使うことが可能になり、やがて、言葉が発明された。その結果、農業の第一次革命、工業の第二次革命、そして情報革命の「第三の波」(アルビン・トフラー 1980/10 日本放送協会出版局)となった。

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8)トフラーの預言は実現され、インターネットは普及し、「ウェブ進化論」(梅田望夫 2006/02 筑摩書房)に刺激される形で当ブログはスタートした。当ブログの最も根幹を形作ってくれたのはこの本である。

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9)経緯あって、あれから10年、振り返ってみれば、パソコン、インターネット、そして次なるものが求められる時代になっている。ケヴィン・ケリー「<インターネット>の次に来るもの」 未来を決める12の法則(2016/07 NHK出版)に集結すべきプロセスが当ブログの本幹だった、と規定することも可能である。

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10)さて、現代科学技術の片一方の「技」は、原子力発電である。

ーーーーーーーーーーーーー

と書きかけてから、すでに一か月以上放置してしまった。今となっては同じような論調では続けることができなくなってしまった。でももったいないから(笑)、ここにアップしておく。今後はいきなり論調が違うことになってしまうかもしれない。

 あるいは、この連続記事は、このような不連続の連続として続いていくことになるのかもしれない。

つづく

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「スマホをやめたら生まれ変わった」クリスティーナ・クルック<2> さよならインターネット」 まもなく消えるその「輪郭」について 家入一真<3>

<1>からつづく

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「スマホをやめたら生まれ変わった」  <2>
クリスティーナ・クルック (著) 2016/09 幻冬舎   単行本: 310ページ
★★★★☆

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<2>からつづく 

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「さよならインターネット」 まもなく消えるその「輪郭」について <3>
家入 一真   (著) 2016/08 中央公論新社 新書 253ページ
★★☆☆☆

1)私は、スマホをやめてしまったわけでもないし、インターネットにさようならしたわけでもない。敢えていうなら、そしてそういう言葉があるとしたらの話だが、表現としてはSNS断食、というものに近いシンドロームを発している。

2)ひとつのきっかけは、世界一大きいSNSのアプリケーションのアップデイトがあって、別段に内容を確認しないまま、どうせOKしなければならないのだからと更新したら、こればまぁ、ウルサイ。

3)いままでは、見たい時に行けばいいいのであって、普段はあまり気にしないでいた。ところが新しいアプリは、トンデモなくウルサイ。何百人かいる中のだれか一人が記事をシェアすると、その度、ポケットの中でピン、ピン、となるのである。これは困った。

4)誰が飯食おうが、どんなジャンクなニュースをシェアしようが、いいじゃないか。たまにはお付き合いして暇つぶしも悪くない。ヘタな新聞なんか見ているより、自分に身近なニュースが流れている。

5)しかるにである。一日に何十回も、何百回もピンピンなるのは困る。おそらくこのアプリも設定があって、ならないようにすることもできるのだろうが、少なくとも主催者たちの意図は、もっともっと注目してほしいということなのだ。しかも、アップされる記事は友人たちの書いた記事の全部ではない。主催者のアルゴリズムによって、操作されているのである。つまり知らず知らずのうちに、白痴化、洗脳化されていく可能性がある。

6)私のやった手段は、SNSの退会ではなく、アプリの削除。とにかく端末から削除した。どうせ見たければまたブラウザ本体からつなげばいいのだ。そんな便利につながらなくてもいい。

7)逆に、たまに自分が書いた記事に対する注目度も、極端に下がったように思う。それは、相対的に流れている記事が多くなりすぎて見えなくなったのかもしれないし、主催者のアルゴリズムが一挙に変わったのかもしれない。とにかく信頼できなくなった。

8)思えば、ワープロ通信、パソコン通信から始まって、メーリングリスト、フォーラム、ネットマガジン、国内巨大掲示板、国内最大手SNS、つぶやきネット、世界大実名SNS、画像ネット、と次から次とネットサービスが続いてきた。

9)最近、これはもうだめだな、と思ったのは、簡易吹き出し型文字通信。これはウルサイ。それに個人情報の扱いが雑。ここが私のネット社会との付き合いの分水嶺だった。年配者でも結構使っているようであるが、私はイヤじゃ。実際に会うか、せいぜい電話のほうがいい。

10)そして最近のアニメキャラのGO!とかいうやつ。わが同輩たちも、結構夢中になっている連中がいる。近所の歯科医が我が家周辺をうろついているなぁ、と思って聞いてみたら、どうやら我が家周辺はアニメキャラの宝庫なのだそうだ。

11)あるいは近所の美容師は、休み度に石巻まで車を飛ばすという。いや、仕事が終わってから、夜中に行く場合もあるらしい。これもまた、特別なキャラがたくさん出現する、とかの理由らしい。

12)まぁ、それもいいだろう。それぞれのライフスタイルがあるのである。職場に縛られることの多い友人たちゆえ、自由に時間になるときは、なんらかの理由をつけて散歩したり、ドライブするのもいいだろう。

13)だが、私には必要がない。

14)今現在、まだまぁまぁかな、と思っているのは、つぶやきネットと、画像ネット。つぶやきネットはほとんど行かないが、たまにいくと面白い。やっぱり世の中知らないことが多い。

15)それと画像ネット。うるさく友人のだれだれがこういう名前で参加してますよ、という案内は来るが、それは一切無視。私にはフォローしている人はいない(その割にはフォローしてくれている友人が結構いる)。私のやることは、画像一枚と、五七五をひねること。

16)なかなかいい句がでてこないが、いいのだ。誰に聞かせるわけでもなく、単にメモしているだけだから。自分としての記録メモでもある。画像も最近は実はあるテーマに絞られつつある。

17)つぶやきネットも、ある特定のつぶやきストが好きで、彼だけはたまに読みにいく。そして最近めっけたのは、毎回毎回美しい仏像を画像つきで紹介しつづけているつぶやき。ほう、こういう趣味の人がいるのか、というのと、こういう仏像があるんだぁ、という驚きと、ふたつの興味が湧いてくる。

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18)国際実名SNSでも、実は広告なのだろうが、最近仏像フィギュアのお店が頻繁に登場する。

19)十数万円するような装飾品を購入できるような身分ではないが、なるほど、こういうのが流行っているんだなぁ、と我が意を得たり。友人たちが、結構「いいね」をつけている。このお店では、近々薬師如来と十二神将のセットを販売するという。

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20)しかしだ。薬師如来ときたら、わが樹齢1300有余年のカヤの木から彫った薬師瑠璃光如来で決まりでしょう(微笑)。

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21)私はスマホをやめる気もないし、インターネットにさようならする気もない。ましてや、仏像鑑賞や彫刻を一生の唯一の趣味とは考えてはいないけれど、たまにはSNS断食みたいなことをして、何か手作業をやりたいな、と思うというのは本当のことだ。

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2017/02/16

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<20>

<19>からつづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <20>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

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つづく

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2017/02/15

OSHO 「瞑想―祝祭の芸術」<8> さとりサマーディにて<11>

<10>からつづく

さとりサマーディにて

<11>さとりサーマディにて   目次 

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<7>からつづく 

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「瞑想―祝祭の芸術」 <8>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1981/03 めるくまーる 単行本 440ページ

 サマーディはひとつの隙間(ギャップ)として始まる。だが、それは決して終わらない。

 通常、隙間(ギャップ)は始まると必ず終わる。つまり、境界線---始まりと終わりがある。が、サマーディは隙間(ギャップ)として始まり、それから永遠につづく。そこには至り着く終わりはない。だから隙間(ギャップ)が生じて、しかも終わることがなければ、それはサマーディだ。が、始まりと終わりのある純然たる隙間(ギャップ)だったら、それはさとりだ。サマーディとさとりの違いはそこにある。

 もしそれがただの一瞥、ただの隙間(ギャップ)でしかなく、その隙間がまた見失われるなら----もし、さるものが括弧でくくられ、その括弧が完結していたら(あなたはちょっとのぞきこんではもとに戻り、跳びこんではもとに戻る)、もしあることが起こってもまた失われるのなら----それはさとりだ。

 さとりは一瞥、サマーディの一瞥だ。が、サマーディそのものではない。サマーディとは<智>の、はてしなき<智>の始まりなのだ。OSHO p290<さとり>と<サマーディ>の相違

 サマーディは一瞥ではない。サマーディは死だ。しかし、さとりは一瞥であって死ではない。さとりはさまざまな方法で達成できる! 審美的な体験がさとりの源泉になりうる。音楽がさとりの源泉になりうるし、愛がさとりの源泉になりうる。 

 そのなかにあっては過去が無意味になってしまうような強烈な瞬間j、あなたが現在に存在している強烈な瞬間----愛、音楽、誌上、あるいは過去が介在せず未来への欲望もない審美的な瞬間----そういったどんな瞬間においてもさとりは可能になる。しかし、これはほんの一瞥だ。 

 この一瞥が意味深いのは、さとりを得てはじめてサマーディの何たるかを感じとれるからだ。サマーディの最初の味わい、最初のはっきりした香りが、さとりを通して訪れる。さとりが役に立つのはそこだ。ただし、どんなに役に立つものでも、それにしがみつき、それがすべてなのだと思いこむと、邪魔になりかねない。さとりにはあなたをまどわすような至福がある。それにはそれ独自の至福がある。 

 あなたは未だサマーディを知らないがゆえに、さとりが、あなたに訪れる究極的なものになってしまう。そしてそれにしがみつく。が、しがみついたら、あなたは以前は助けになったものや友だちだったものを、障害や敵に変えてしまいかねない。だから人は、さとりには危険がつきまとう可能性があるということに、目覚めていなければならない。あなたがこのことに気づいていれば、さとりの体験は役に立つ。OSHO p293 同上

さとりサマーディにて<12>につづく

「瞑想ー祝祭の芸術」<9>につづく

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2017/02/12

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<19>

<18>からつづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <19>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

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<20>につづく

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地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<65>「Mindfulness in the Modern World」カテゴリについて

<64>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<65>「Mindfulness in the Modern World」カテゴリについて

1)書かれたのは 2016/12/21~2017/02/12の間の55日。

2)「再読したいこのカテゴリこの3冊」は次の通り。

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他   2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 

「2001年宇宙の旅」 スタンリー・キューブリック監督   1968 

「Mindfulness   in the Modern World」OSHO 現代世界のマインドフルネス How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? OSHO 2014/04 Griffin

3)最初からこの三冊で行こうと決めて、最後までこの三冊で進んできた。今後数カテゴリにおいて同じテーマが続くことだろう。

4)英語表記から日本語表記に変えて、次なるカテゴリは「現代社会におけるマインドフルネス」となる。

5)私は2061年に生きているわけでもなく、ましてや3001年に生きているわけでもない。あるいは、1300年前に生きているわけでもなく、2500年前に生きているわけでもない。2017年のこの地球に生きているのである。私が私として。

6)読み方はなんであれ、瞑想でもマインドフルネスでもいい。手垢がつかず、より率直な表現であれば、何事かを成しうる。

7)わがマスターはOSHOである。そう決めて生きてきたのだから、そうならざるを得ない。それが許されてきたのであるし、そうあることこそが自分にとっては一番ふさわしかった。

8)「現代社会におけるマインドフルネス」 つづく。

つづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「Mindfulness in the Modern World」編

前からつづく  

再読したいこのカテゴリこの3冊
Mindfulness in the Modern World」

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他   2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 

「2001年宇宙の旅」 スタンリー・キューブリック監督   1968

「Mindfulness   in the Modern World」OSHO 現代世界のマインドフルネス How Do I Make Meditation Part of Everyday Life?
OSHO 2014/04 Griffin

つづく

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OSHO 「瞑想―祝祭の芸術」<7>

Ma<6>からつづく

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「瞑想―祝祭の芸術」 <7>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1981/03 めるくまーる 単行本 440ページ

 死とは、表面的な生、取るに足らぬいわゆる「生」からの扉だ。そこには扉が在る。その扉を通り抜けたら、あなたはもうひとつの生に達する。より深い永遠の生、死なき生、不死なる生に----。 

 だから、実際死ぬこと以外の何ものでもないいわゆる「生」と呼ばれるものから、人は死という扉を通り抜けてゆかねばならない。そうしてはじめて、人は、本当に実在的で活動的な生、不死の生に到達するのだ。 

 しかし、その「扉は非常に意識的に通らなければならない。私たちはこれまで何回も死んできた。が、人は死ぬとき必ず無意識になる。あなたは死を非常に恐れているから、死が訪れる瞬間あなたは無意識になる。 

 あなたは無意識状態でその「扉」を通り抜ける。それからふたたび生まれ、同じナンセンスがそっくり始まる。そしてまたしてもあなたは死とかわかわらない。 

 生よりむしろ死のほうにかかわる人は、「扉」を意識的に通るようになる。それこそ瞑想によって意味さえていることだ。はっきり意識して死という扉を通こと----。意識的に死ぬということこそ瞑想だ。 

 しかし、あなたは死を待つことはできない。また待つ必要もない。なぜなら死は常に存在するからだ。死はあなたの内部に存在する扉だ。それは遠い未来に起こるものではない。それはあなたが到達しなければならないような外部のものではない。それはあなたのなかにあるひとつの扉なのだ。 

 死という事実を受け入れ、それを感じ、それを生き、それを意識するようになるやいなや、あなたは内なる飛び粗を通して落ちはじめる。その扉が開く。そしてその死の扉を通して、あなたは永遠なる生を一瞥しはじめる。死を通してはじめてhとは永遠なる生を垣間見ることができる。 

 ほかに方法はない。したがって実際のところ、「瞑想」として知られているものはすべて意志的な死にほかならない。内なる深化、内なる沈潜、内なる下降、表面から離れて深淵へと入ってゆくことにほかならない。

 むろん、その深淵は暗い。表面を離れた瞬間、あなたは自分が死ぬように感じるだろう。生の表面を自分自身だとみなしてきていたからだ。表面の波はただ水面の波ではない。あなたはその水面の波と自己同化してしまっている。あなた自身が水面になっているのだ。 

 だから水面を離れるとき、あなたは単なる水面を離れるだけではない。あなたはあなた自身を、あなたの存在証明を離れる。過去や心(マインド)、記憶を離れるのだ。あなたは死んでゆく・・・・・。

 そしてあなたにこの意志的な死を死ぬ用意があってはじめて----深く自分を超えて進み、自己を離れて表面を超越しはじめて-----あなたは真実(リアリティ)に到達する。そしてその真実は永遠だ。p216 OSHO 「全面的な欲望:無欲への道」

<8>につづく

 

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「国際SFシンポジウム全記録」 日本SF作家クラブ <1>

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「国際SFシンポジウム全記録」 冷戦以後から3・11 以後へ <1>
日本SF作家クラブ (編集) 巽 孝之 (監修),  2015/08 彩流社 単行本 254ページ
No.3893★★★★★

1)クラーク 「2001年宇宙の旅」の筋書はいま、あなたがご紹介下すったようなわけです。人間とは何かそれ以上にすぐれた存在というものとの接触は(必ずしも常にすぐれたとは限らないでしょうが)SFの一番古いテーマなんですね。

 これはある意味においては昔の昔話的なものからうまれたものかもしれません。たとえば怪物であるとか魔物であるとか、そういったイメージからの産物化もしれません。

 しかし、今日ではそれがひじょうに重要になっているのです。宇宙研究家も、天文学者も生命というのは実は宇宙にたくさんあるのだといいはじめています。

 何億、何十億とある天体の中に生命がないと考えることのほうが不合理な、考えられないことです。

 したがって、われわれ人類というのは、この天体において比較的その歴史は若いわけで、せいぜい数十万年という、宇宙の歴史から考えれば、ほんの一瞬といっていいほどのわずかな歴史しか持っていないわけですね。

 したがって、この実際の全宇宙系の序列から見ると、人類は一番下のほうにあることになる。ですから、いずれ、どこかほかの天体の生物の存在が観測機械でわかるかもしれませんし、また、ここへくるかもしれません。また、われわれのほうが他の星へ行って、そういう生命に接触するかもしれません。

 そんなわけで、こうした人類以外の代物との接触は-----ある場合には人間より優れていることもあるでしょう----もはや単なる空想ではなくて、現実になりつつあると考えていいと思います。p41 アーサー・C・クラーク(小松左京との対談 1970/09/24 NHK教育TV放映)

つづく

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「郷土の文化財」名取市自作教材グループ

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「郷土の文化財」
名取市自作教材グループ DVD 14分45秒 名取市図書館所蔵
No.3892★★★★☆

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1)ついでに借りてきたDVDであったが、大きな収穫があった。実は、現在進行形の彫刻薬師瑠璃光如来が完成したら、次は、茅葺農家のジオラマを造ろうと思っているのだ。先年、遠野に遊んだとき、博物館で見たジオラマで火がついた。

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2)名取の郷の我が生家は当然ながら、曲がり家ではないのだが、ちょうど、この資料DVDにでてくる洞口家と旧中沢家住宅のちょうど中間くらいの大きさだった。

3)これに冠木門(かぶきもん)がついていた。

Photo_34)資料は少しづつ集めているのだが、そうそう1976年当時、近くの工業専門学校建築家の先生が実施調査したデータがあるはずだから、それを探し出して、詳しく再生してやろうと思う。

5)こちらは仙台市指定文化財の石垣家住宅

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5)おそらく、母屋の大きなモデルと、屋敷全体のモデルと二通りになるだろう。古い写真も探し出しておこう。

6)冠木門についての記述している家もある。(名取市高舘地区)

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