カテゴリー「01)現代世界におけるマインドフルネス2」の24件の記事

2017/02/23

「みちのくの仏像」 別冊太陽 日本のこころ


「みちのくの仏像」 別冊太陽 日本のこころ 
大矢 邦宣 (監修),    藤森 武 (写真) 2012/09 平凡社 ムック: 207ページ
No.3899★★★★☆

1)こちらもまぁ、面白くないわけじゃない。これはこれとして、なかなかだ。とにかくビジュアルがきれい。たくさんの画像を見ているだけで、うっとりする。

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2)しかしまぁ、相も変わらず、みちのくとか、仏像とか、そういう切り口はどうなんだ、というところに引っかかりまくる。地球人スピリットというコンセプトは、どうなっておるんじゃ、と。

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3)あちこちに、ひっかかりまくるのが、良い点でもあるし、悪い点でもある。まぁ、個性としておこうではないか。

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「運慶」 リアルを超えた天才仏師 山本勉・他


「運慶」―リアルを超えた天才仏師
山本 勉   (著),    ヤノベ ケンジ (著),    橋本 麻里 (著),    みうら じゅん (著) 2012/07 新潮社 単行本: 124ページ
No.3898★★★★☆



1)たとえばイSムの広告動画を繰り返し聞いているとして、私は一体、ナニに一番魅了されているのだろうか。仏像だろうか。モダンなライフスタイルだろうか。JAZZだろうか。そこにつながってくるところの、郷土史、だろうか。

2)ひとつひとつバラして考えてみる。

3)バックグランドで使われているJAZZも見事なものだ。一曲一曲の演奏者や曲名はわからないが、iPhoneのSIRIに聞くと、半分くらいは教えてくれる。これもまたすごい時代だね。メロディを一部聞かせるだけで、曲全体が分かってしまう。

4)この動画の製作者たちは、どのような意図で、このようなフュージョンやJAZZの曲を使っているのだろう。

5)では、動画を見ずに、音源としてだけ聞いてみる。

6)それはそれで素晴らしいのだが、そもそもJAZZの特別なファンというわけではない私には、やがて飽きがくる。これはこれでいいのだが、そこで終わりにはならない。

7)では、植物や、ワイングラス、オーディオセットに囲まれた暮らしというものはどうだろう。なるほどなぁ、こういう暮らしぶりもなかなかイイね、とは思う。しかし、そこまでだ。だからどうした、という跳ねっ返りが、すぐにやってくる。

8)では最近とみに魅了されている郷土史などの資料集めはどうだろう。これもなかなか面白い。まだまだ続きそうだ。グローバルなスピリチュアリティなどいいつつ、郷土史の石神たちに手を合わせる私がいる。

9)しかし、それとて、決して現代的で、究極的な趣味とはいいがたい。何かが補完されてこその、世界観なのである。

10)さぁ、それでは、仏像はどうだ。仏像もまたこんなに奥深い世界であるとは、実は、ごくごく最近気づいたところである。これもまぁ、ハマるなぁ。実に、興味深い。

11)しかし、それが限りなく完成度が高く、著名で、力がある像である、ということは決して必須条件とはならない。仏像の耽美にふけるほど、深く仏像を愛する人間だとは、実は自分で自分を思えない。

12)たしかに、運慶は天才らしい。革命児だ。運慶がいたからこそ、仏像の世界がこれだけ深まったということもできる。夏目漱石の「夢十夜」に活写される運慶。広く、アートの世界に反響しあう、美の世界。

13)それでもやはり、それほどアートとしての完成度が欲しいわけではない。私は私に見合った世界があれば、それでいいのだ。

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14)仏像は必須ではない。JAZZもフュージョンも必須ではない。モダンなライフスタイルももちろん必須ではない。アートや完成度も、決して必須ではないのだ。ただ、このイSムの動画広告に魅了され続けている私がいることは確かだ。

15)いいなぁ、と思う。この雰囲気に浸っていたい。時にはこのような総合的な組み合わせにヒットされるのはイイ。

16)そして、おそらくはもっともっと自分の世界にくつろいでいることのほうが好きであるだろう。ヘタでもいい。誰かに評価されるようなものでなくてもいい。超アートでなくてもいい。天才とか凡才とかいうものではない。自分が作る自分のための一本ものの人生であるなら、それは、私にとっては超モダンで超カッコいい世界なのだ。

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訃報:マ・アナンド・ミーラ

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昨日2017年2月21日、OSHOアーティストのマ・アナンド・ミーラが南アフリカで、スキューバダイビング中の事故に亡くなったというニュースが飛び込んできた。

詳しいことはわからないが、なんとも勇ましい最期であったことか。

最初に1977年にプーナに行った時、彼女のアパートに招待されたことがある。彼女の部屋にはいっぱい彼女の油絵があって、瞑想してから絵が描けなくなった、と言っていた。

その後、彼女は一転し、たくさんの絵を描き、OSHOアート・グループを率い、OSHOの本のカバーデザインにも採用されるようになった。

ちょうど一年前ほど、仙台のマ・マンシャが亡くなった時に、セレブレーションに参加してくれた。あれが私にとっては最後のミーラになりました。

M10

どうもありがとう、マンシャ。いっぱいの愛を。   LOVE

衷心よりご冥福をお祈りいたします。  合掌

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2017/02/22

「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<7>

<6>からつづく

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「死について41の答え」 <7>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

 意識は、ついには死を意識するようになる。もし意識がついに死を意識するようになれば、恐怖が湧いてくる。その恐怖はあなたの中で、絶えざる逃避を創り出す。そうなれば、あなたは生から逃げている。 

 生があるところがどこであろうと、あなたは逃げ出す。というのも、生があるところにはどこでも、死の気配、一瞥がやってくるからだ。あまりにも死を恐れている人たちは、決して人に恋しない。物に恋する---物は死なないからね。物はまったく生きていないからだ。 

 物ならばずっとずっと持っていられるし、さらには取り換えもきく。ある車がダメになれば、まったく同じ型の車が代わりになる。しかし、人を取り換えるわけにはいかない----もしあなたの妻が死ねば、永遠に死ぬのだ。 

 別の妻を迎えることはできても、他のどんな女性も彼女の代わりにはなれない----良かれ悪しかれ、他の女性は誰も、その同じ女性にはなれない。もし子供が死ねば、別の子を養子に取ることができるが、実の子と同じ質の関係を、養子との間に持つことはできない。その傷は残り、癒されることはないだろう。あまりに死を恐れる人たちは、生を恐れることになる。 

 そうなれば、その人たちは物を貯め込む-----大きな御殿、大きな車、何百万ものドルやルピー、あれやこれやと、死ぬことのない物を。ルピーは、バラより不死だ。彼らはバラのことなどかまわずに、ルピーを蓄え続けるだけだ。

 ルピーはけっして死なない。それはほとんど不滅だ。

 しかしバラとなれば・・・・・・朝には生きていたのに、夜になれば、もうなくなっている。彼らはバラを恐れるようになり、目を向けようともしない。

 あるいはときには、もし願望が湧き上がれば、造花を買うだろう。それはいいものだ。造花とならば気楽にいられる。それはある意味で不死だからだ。それは永遠に、永遠に、永遠にそこにある。

 本物のバラとなれば----朝には、それはとても生き生きとしているのに、夜までには散って、花びらは大地に落ち、同じ源泉へと還っている。それは大地からやって来て、しばらくの間花咲き、その香りを存在全体へと放つ。

 そして使命が果たされ、メッセージが届けられれば、それは静かに土に還る。涙の一粒もこぼさず、難の格闘もなしに。

 あなたは花びらが大地に散っていくのを見たことがあるかね? その散り際のなんと美しく、なんと優雅なことだろう。なんの執着もない。一瞬ですらしがみつこうとしないのだ。そよ風がやってくれば、花全体が大地に落ち、源に還っていく。 OSHO p157

つづく

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「Night Life」 Nick Noble Band

Night Life 
Nick Noble Band 2014/03 Rock Music Compliation, Vol. 3 (Instrumental) レーベル: AB Entertainment 収録時間: 3:08
No.3897★★★★☆

 

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さとりサマーディにて<13>添い寝

<12>からつづく

さとりサマーディにて

<13>添い寝  目次 

1)さとりサーマディに向かう車の中で、静かな了解が起こる。これでいいんじゃないかな。

2)病室に入ってみれば、静かに休んでいる。声をかけてその休みを妨げる必要もない。私も静かに椅子に座り瞑目する。

3)私はこの女性の三番目の子供だ。末っ子だったから、小学校が終わるまで一緒の布団で寝ていた。私の父である、彼女の夫は、長いこと療養施設に収容され、私は溺愛されていた、と言ってもいいのだろう。

4)あの頃を思い出す。姉兄はすでに小学生になり、家に残っているのは私だけだ。昼ご飯を食べてお昼寝をするときは、母が添い寝をしてくれた。農作業の汗臭さも、子供の私にとっては好ましいものだった。

5)彼女が眠ってしまい、私がまだ昼寝に入らない時など、ちょっと間だが、彼女の寝息を聞いていたものだ。決して等間隔ではなく、たまには無呼吸の瞬間もある。だが、概して、落ち着いた呼吸が続くのである。

6)いつしか目を覚ますと、もう午後も、少し太陽が西に傾き始めている時間であった。ふと我に返り、隣をまさぐると、さっきまでいたはずの母親の体はない。寂しくなり、私は泣く。

7)障子を開け、縁側まで歩き出て、泣く。「おかぁさ~~ん」。

8)そこには母親の姿はないが、広い農家屋敷の中のどこかで作業を、もう始めているのだ。そんな遠くには行っていない。私の声は届く。母親はやってきて、私の昼寝は終わるのだ。

9)今日、さとりサマーディを訪れ、ベットに横になっている彼女の寝息を聞いている間に、あの、昼寝をしていた時を思い出した。添い寝をしてくれているはずの母親のほうがすっかり寝入ってしまい、私はその寝息を聞いている。

10)でも、目を覚ますと、すでに彼女は午後の農作業を始めており、私は縁側から叫ぶ。すると、どこともなく、彼女はやってきて、午後の私の生活も始まるのだ。

11)医師の診断は、いつ突然死が起きてもおかしくない段階だという。今はかろうじて介助つきで食事はしているが、やがては鼻から栄養素を供給するとか、胃婁という手段で生命を維持しなければならない段階は近づいているという。

12)私は、彼女の寝息を聞きながら瞑目した。いくつかの了解事項が並んだ。おそらく、私が深いサマーディに入ろうとしている間に、彼女は姿を消してしまうに違いない。

13)しかし、私はきっとその時「おかぁさ~~ん」と呼ぶだろう。そして、彼女はやってくるのだ。

14)今回、病院のさとりサマーディにいて、添い寝してあげていると思っている末っ子の私は、まだ勘違いしているようだ。添い寝してしてもらっているのは、やっぱり私のほうなのだ。

15)ふと目が覚め、寂しくなって、「おかあさ~~ん」と叫べば、「あら、目が覚めたの?」と、彼女はやってくるだろう。姿を見失っているのは私のほうで、彼女はもうすでに昼過ぎの仕事に取り掛かっているのだ。

つづく

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「あなたの知らない宮城県の歴史」 山本博文 (監修)

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「あなたの知らない宮城県の歴史」 歴史新書
山本 博文 (監修) 他 2013/03 洋泉社 新書: 189ページ
No.3896★★★★☆

1)地区の図書館の郷土史コーナーから類書を借りたついでに交じっていた一冊。良い本ではあるが、ある時代のあるポイントに絞り込んでクリスタライゼーションを進めている現在の当ブログとしては、必ずしもグッドタイミングではない。

2)「あなたの知らない」シリーズとして各県について一冊づつ発行されており、情報もコンパクトにまとめられていて、飽きずに読める本ではある。

3)しかしながら、地域を「県」として限定し、時間軸を2000年スパンで引っ張って見た場合、単なるトリビアに堕ちてしまうことは大いに考えられる。

4)監修者は必ずしも宮城県に縁の深そうな方ではなく、そもそもは5人のバックライターがそれぞれ起稿したものを監修したもののようだ。だから、逆に言えば網羅的で、なるほど、こういう側面もあったのか、という気づきは起こってくる。

5)されど、この一冊では満足できず、類書や専門書をすぐにも必要となることであろう。

6)な~~んにも知らない県について、時間が余っている時に読んだら、きっとおもしろいだろうな。お気軽に手に取れるシリーズ。

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <65>バカ

<64>からつづく

1)わがマスターの教えのひとつは、感情を抑圧しないことにある(と理解している)。みんな和やかに平和に生きることは基本である。だが、みんなで悟りすまして静かに暮らすことは、逆に一つの抑圧になりかねない(と聞いたような気がする)。

2)時には、わが家でも感情のもつれが発生する。互いに修復可能な範囲ではあるものの、限界を超えそうになる時がある。宗教的修行が進んだような人であれば、そこはぐっと抑えるのかもしれないが、わが夫婦の間では、数年に一度ではあるが、その限界が超えていくことがある。

3)さもない痴話喧嘩である。でも、今回はちょっとまずかったかな。

4)若夫婦は所用ででかけ、孫二人を私達老夫婦が預かっていた。私にとって何事か気にくわないことがあって、焼酎の力も借りて口火を切った。

5)普段はまずまずの受け答えをして、適当に呆け役を引き受ける女房殿であるが、今夜の抵抗力は大きい。

6)最初は抵抗の意を示すのであるが、次第に黙りこくる。私は、もちろん手は出さないが、普段ちょっとは我慢している小言のひとつやふたつ、みっつや四つ、あるいは延々と強い口調で飛び出すことになる。

7)それを5歳と2歳半の孫たちが、眺めている。最初は何事が起きたのか、と唖然としているが、どうも彼らの眼には、ジジイが一方的に、バーさんに荒い言葉を投げかけているように見えるようだ。

8)そしてここからが問題なのだが、話題の本質はよくわかっていないようだが、私の強い言葉の中に、「バカ」という言葉が含まれていることに留意する。

9)二人は、この「異常」な状態を見つめていて、最初はあっけにとられたものの、これは修復させなければならない、と思ったらしい。内容の解決など、まぁ、どうでもいい。

10)二人の孫たちは、ジジイに駆け寄ってくる。目にはバァさんは入っていないのではなかろうか。

11)「おじいちゃん、バカっていう人は、もっとバカなんだよ」

12)焼酎の勢いを借りて言葉を投げつけているとはいうものの、言うだけ言えば、そうそうエネルギーは長続きするものではない。そろそろこんなもんかな、というタイミングで、孫たちの言葉が挟まれる。

13)「おじいちゃん、バカっていう人は、もっとバカなんだよ」

14)そうかな、と思う。こんな言葉、二歳半の子供がどこから覚えてくるのだろうか。テレビかな。公園かな。新しい言葉を覚えつつ、母親からたしなめられて、いつもこういう風に言われているのかもしれない。今日は、自分たちが言われている言葉を、ジイさんに言ってみたのだ。

15)ほどなくジイさんのエネルギーも枯渇し、孫たちもトミカやブロックに帰っていく。ジイさんは場が持たないので、自室に戻り、雑誌を読むふりなどをしながら布団にもぐり、いつの間にか夢の中。

16)エネルギー爆弾の破裂のあとは、そうそう簡単に修復はしない。一週間ほどは、なんとなく老夫婦間の視線は合わない。言葉も少ないが、洗濯機がどうしたとか、今日はなんのゴミの日だとか、必要な言葉は交わさざるを得ない。

17)いつのものことではあるが、こうして、見慣れた風景に戻っていくのである。

18)しかしまぁ、背負うた子に道を教わる、ということはあるが、今や、私は、背負うた孫に道を教わる時節となったのである。

つづく

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2017/02/21

さとりサマーディにて<12>さとりサマーディについて

<11>からつづく

さとりサマーディにて

<12>さとりサーマディについて   目次 

1)さとりとは母親の名前である。母はその名前を気に入っているのかどうか、定かではなかった。何事について自分の父親に対する敬意はすこぶる大きかったので、親がつけてくれた名前だ、というだけで、それ以上のものはなく、基本満足していたはずである。

2)しかるに、自らの名前を仏教や宗教と結びつけて語られることは、あまり好みではなかったようだ。内心は喜んでいたのかもしれないが、そういうことについて大っぴらに語られることが好きではなかったのかもしれない。

3)自らは、その名前の意味を問われると、「作を取る」から「さとり」なのだ、と答えていた。農家の長女に生まれ、農家の家督に嫁ぎ、その亭主を病気で失ったあとは、ひたすら三人の子供を養育するために働きづめに働いた人だっただけに、農業を職業として、「作物」を「取る」ことこそ我が人生、つまり「さとり」なのだ、と説明していた。

4)そんな真摯一途な彼女を、近隣の口の悪い村人たちは、今日もさとりさんが「くさとり」をしている、と笑った。

5)この名前を付けた彼女の父、つまり祖父にだいぶ前、私が二十歳を過ぎたころに聞いたことがある。あの名前の意味はどういう意味なのですか。彼は答えた。もちろん「悟り」という意味だよ。若い時分から近所のお寺で坐禅を組んで仏教を学んでいた。長女が生まれて、冬の農閑期に、和紙漉きの仕事をしながら、考えた名前だよ。

6)サマーディとは、三昧ということだ。つまりすっかりその世界に浸りきっていること。昔、中華三昧という高価ラーメンがあったが、それだけ一般化している名前ではあろう。

7)OSHOのメモリアルホールもサマーディと呼ばれている。

8)さとりさんを若い時分から知っている私の友人が、最近彼女はどうしてますか、と聞いてきた。こういうわけで今はホームにいるよ。へぇ~、それならお元気なうちにお会いしてみたいですね。覚えていますかね。もちろん覚えているよ。物覚えはすこぶるいいよ。

9)で、二人の間では、そのホームに横たわるさとりさんのいる空間はサマーディと呼ぶことになり、さとりサマーディができあがった。

10)そのさとりさんが、この一週間、体調がすぐれない。あまりにリハビリ効果があって、元気いっぱい、という時期があったのだが、その元気があまり過ぎて、夜中にベットから落ち、体を痛めた。

11)それをきっかけに向かいの病院に入院し、痛み止めが効いたのはいいが、どうも効きすぎたみたいで、意識がもうろうとし始めた。

12)緊急車両で、近くの脳外科専門の大病院でMRIなどの検査を受けたが、脳にまつわることに関しては健全であるという。

13)満で95歳を過ぎていれば、長寿の部類であるし、いつお迎えが来てもおかしくはない。

14)この数日は、どうも反応が鈍い。健やかな寝息は立てるが、こちらの声が聞こえているのかどうか、定かではない。そもそも両目はすでに白内障を通り越して失明しており、耳も片耳だけはなんとか聞こえていそうではあった。

15)彼女のホームや病室の椅子に座って、瞑目する。さまざまな障害があるので、そうそう長時間瞑想していることなどできないが、それでも、彼女を思い目を閉じると、それはそれで、私を深い瞑想空間へといざなう。

16)そのことを、私(たち)は最近、さとりサマーディと名づけているのである。

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<13>につづく

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「D & E」 オスカー・ピーターソン・トリオ

「D & E」
オスカー・ピーターソン・トリオ 1963/12 収録アルバム: マイ・ファースト・ジャズ:オスカー・ピーターソン
No.3895★★★★☆

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