<4>よりつづく
「終わりなき山河」 <5>
ゲーリー スナイダー (著) 山里 勝己 (翻訳), 原 成吉 (翻訳) 2002/01思潮社 単行本: 297p
★★★★★
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<8>よりつづく
「祈り」 <9>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p
★★★★★
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「ターラーへの捧げもの」 スナイダー「終わりなき山河」p180~192
Ⅰ
わたしの連れを見ませんでしたか
月のような額をした女性です
この道を通りませんでしたか?
センゲ・チュー、インダス川。
ゴンドワナの大地
テチス海を横切り
ユーラシアにいたる
山並みはたちまちたわんで消え去る-----
インダス川、サトレジ川は
流域の山やまが百万念まえから聳えているように、
はるか昔からいまと同じ場所を流れていたのだ。
いまレーという町にいる。
家の屋根にはボロボロにちぎれた祈りの旗-----
沖積土の斜面、そこは
氷河粉とアウトウォッシュの砂利が丘から扇状にひろ
がる場所、いまは大麦畑となり
いたるところに水路が交差している----
(いくつか疑問がわいてくる。
氷河は、どのくらいjの標高があれば、雪をとられ雨の降らぬ土地で、一年中たえることない流れをつくれるのだろうか?
高知での大麦の産地はどのあたりか、また作られるようになったのはいつのことか?
ここに人びとがやってきたのは、暴君から逃れるためだったのか、あるいは変人で無鉄砲だったからなのか?)
氷原からやってくる水
それは「長く広い仏陀の舌」が、枝分かれし
いくつもの小さな石の水路に分岐したもの----
水は台地をめぐる
大麦畑をぬって
りんごや杏子、ポプラの立木をめぐり
そして峡谷へともどっていく。
角と頭が、織りあげた社(やしろ)の屋根みたいな
野生のヒツジ
-----狩人は農夫やラマ僧よりもまえにヒツジを追ってやってきた
しかし、いまその末裔は石を動かす。
マルパはミラレパに何度も石の家を作らせた。アウトウォッシュの砂利で壁や家を作る人びと。壁のなかに作られた壁。台地のうえに階段状にならぶ台地----泥をまぜ合わせて、煉瓦を乾かし、石を動かす。そして山頂や崖のうえに「ゴンパ」を作る。
斜面に運ばれた沖積土が
ゴンパ、寺院hと姿を変える
自信、忍耐、明るい気だてが
手仕事のなかで、この世の石と砂粒にまざる。
僧侶たちが数週間かけてつくった
卓上の曼荼羅----
スクリーク スクリーク 砂の管が筆のように動くとき
ヤスリをかけるような音---砂の色
細かい粒に挽かれた鉱物は
浸食された川岸や露出した鉱脈から
粉状になった石はh峡谷から集めたもの。
僧侶の芸術家は、ヴィジョンの宮殿をつくる
魂とそのたどる道、そのすべてが織りなす階層の地図は
山の塵からうまれる。それは
ビュジャ、祭礼、捧げもの、食事のため
ミラレパの罪を清めるためマルパは言う
「もう一度、家を建てなさい!」黒糸線を
はじき、水平を定め、石を置きなさい。
Ⅱ
高い空に
ヒメコンドルの巣がある
願わくは変わることなかれ
不変の鳥よ
変わることなく在り続けたまえ
アングドゥの両親はまだ畑に出ていたので、わたしたちは丘の上に立つ、まだ完成していない家に入って、バター茶と黒茶の両方をごちそうになった。家の一角にはターラーを奉った小さな村、床には卓袱台(ちゃぶだい)、そして小さな青い敷物。ターラーを奉った場所の対角線上に引き裂いた防水布があり、その上には何か乾燥したもの、束ねた小枝、ヒメウイキョウの穂があった
わたしたちはターラーのマントラを唱える----
オン ターレ ツッターレ ツレ スワーハー ターレ ターレ ターレ
オム ターレ ツッターレ ツレ スワーハー ターレ ターレ ターレ
オン ターレ ツッターレ ツレ スワーハー ターレ ターレ ターレ
・
ターラーの誓い
「男の姿で最終解脱を得たいと望む者
その数多くあり・・・・
それゆえ願わくは、
この世が空(くう)となるまで
わたしは女の身体で
人びとの役に立てますように」
この険しい山並み
湖や牧場の場所はない
生まれたての山並み
ベイビー・クリシュナ・ヒマラヤ
雪の貯蔵庫の山(ストアーハウス・マウンテン)
雪のバスケット 続く山並み
ベイビー・ヒマラヤの鉱物はバター
そして泥
赤ん坊の山並み----古のブッダ----
裸のブルー・サマンタパドラ
カラチャクラ、ヤマンタカ
浸食によって新しく形成された
ヒマラヤ
高山に広がるアオヒツジの牧草地
アオヒツジはヒマラヤ山脈がお気に入り----
それぞれのヒツジが、ヒマラヤは
自分だけのものだと思っている。
岩石はつねに褶曲を重ねながら
また折り返され、さらに褶曲され
重なり合い、内に外にねじれる、まるでパン生地のよう。
「きみの編んだ髪は 群れたミツバチのように真っ黒」
Ⅲ
偉大なるインダスの流れは
そこの壁をめぐる
(遠い岸辺
野生の鮭が産卵するのは
古い鉱山の廃石の砂利のなか、いまは遠いユバ川の流れ)
コールラビ、豆、そしてじゃがいもの畑へと続く
黄金色をしている乾いた大麦
歌姫の鳥たちがくる
平らな屋根の家があつまる村
そしてそよ風に揺れる旗
いつもそこにある流れのささやき
いまこの時を生きる
喜びの空間
オーム、精神、現象のなか、フーム
曲がった鎌がアルファルファをなぎ倒す
その束を背にのせて運ぶ
夫と妻は歌いながら歩く
ふたつの声の狭間に踊る歌が
石を敷き詰めた道を
貯蔵庫や馬小屋へと下っていく
そしていくらかを捧げる。
石の塔や通路
アパートや部屋の上には
混沌とした雲が立ちこめている
下には蛇行するセンゲ・チューの流れが銀色に輝く
川のほとりには畑、白い点のような家
天日に干される大麦。
屋根の上からほら貝の音
栗色の服を着た僧侶たちが
歌い、微笑み、ちらりと見る
するとリーダー格の少年が
みんなにお辞儀をさせる
胡坐をかき、頭をすこし傾けたターラー
両手は「施し」のかたち
赤い身体、金色の身体、緑
ヒマラヤ高原全域が
ビスジャの祭り、粗飯がふるまわれる
-----チャンを舌に一滴
大麦の生パンのおつまみ
塩茶とりんごの薄切り----
インダス川の上流域に建たれた寺院で
悪魔を踏みつける
内部の混乱、身をくねらせながら踊り狂う男たち女たち
空にそびえる仏堂の暗い壁に
描かれた
馬、牛、すべての頭。
・
(ターラーの愛の魔法
男の心から生まれた赤い光線は、かれの右の耳から抜け出ると、男の矢筈(やはず)に入り、矢の根から出てゆき、そして、光線はひかり輝きながら、まっすぐにその男の愛する者の膣にたっする----月経の血が滴り落ち、男は女の精神に入りこみ、女は欲望に満ちあふれる。)
・
胡坐をかいて
わたしたちは板床に座り
ビュジャ、ターラーへの捧げものをいただく
ショームが奏でる音楽に合わせて
年老いた僧侶たちと一人の少年が食べ物をもってくる。
野生ヤギ(アイベックス)、羚羊、野生ヒツジ(アルガリ)、イヌワシが
山や谷のいたるところに生息している
(屋根の上に夏が眠っている
インド---チベット部隊が
空港のとなりに野営し
ジープの騒音をたてながら、丘を登りレーの町へと向かう)
いまこの時の心のなかの
喜びの空間
祈りがエンジンのクランク・ルームで回る
ベイビー・ヒマラヤは
バターが大好き、ドrの味が大好き
ヒツジ飼いの少女が大好き、大角を持ったヤギ、アイベックスが大好き
星星のターラー女神
汚れた手をして大麦を刈る
水を導き
石を動かす。
そびえ立つ山に
鷹の巣はある。
そびえ立つ岩には
白い鷹の巣。
不変の鳥よ
変わることなく在り続けたまえ。
スナイダー「終わりなき山河」p180~192 「ターラーへの捧げもの」
山尾三省「祈り」<10>につづく
スナイダー「終わりなき山河」<6>につづく
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