カテゴリー「33)プレムバヴェシュの孫たちとの対話」の101件の記事

2012/04/18

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <32>to be continued

<31>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<32> to be continued
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<33>につづく

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OSHO ZEN TAROT <61> SUPPERESSION(抑圧)

Zen048suppression   前よりつづく

OSHO ZEN TAROT <61>

47.SUPPERESSION(抑圧)

 サンスクリット語には「アラヤ・ヴィギャン」という名称がある。社会の条件、文化、文明ゆえに、やりたくてもできないことをあなたがその地下室に放り込みつづけているその家のことだ。

 だが、それらはそこに溜まりつづけ、あなたの行動、あなたの生に影響を与える——ひじょうに間接的に。直接には、それらはあなたの前に出てくることはできない——あなたはそれらを暗やみに押し込んだのだ。

 だが、その暗い面から、それらはあなたの振るまいに影響を与えつづける。それらは危険だ。こうしたすべての抑制を自分の内側にとどめておくことは危険だ。

 人が精神に異常をきたすとき、こうしたものごとがクライマックスに達するのだということは大いにありうる。精神異常とは、こうした抑圧がすべて、もはや自分ではコントロールできないポイントにまで達してしまうこと以外のなにものでもない。

 だが、狂気は容認されるが、瞑想はそうではない——が、瞑想こそ、あなたを完全に正気にさせる唯一の道だ。Osho The Great Zen Master Ta Hui Chapter 11

解説:

 このカードの人物は、まさに文字どおり「すっかりからめとられて」います。それでも彼の光は内側で輝いていますが、ひじょうに多くの要求と期待にこたえようとするあまり、彼は自分自身の活力を抑え込んでいます。

 自分を閉じ込めているのとまったく同じ力によって認められることと引き替えに、彼は自分自身のパワーとヴィジョンをあきらめているのです。このようなやり方で自分の自然なエネルギーを抑圧することがいかに危険か、それはこのイメージのふちで今にも爆発しようとしている火山の亀裂にはっきりと現われています。

 このカードのほんとうのメッセージは、潜在しているこの爆発が癒されるはけ口を見つけることです。まさに今、あなたの内側でつのっているに違いない緊張とストレスをすべて解き放つ道を見つけることが、絶対に必要です。

 枕を叩いたり、飛び跳ねたり、大自然のなかに出かけて空っぽの空に向かって叫んだり——自分のエネルギーを揺り起こし、自由に巡らせることのできることなら、なんでもしましょう。破局(カタストロフィー)が起こるのを待っていてはいけません。Copyright © 2012 Osho International Foundation

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2012/04/17

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<40>「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」カテゴリについて

39>よりつづく 

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<40>「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」カテゴリについて

1)そもそも、当ブログはスタート地点から、まだ見ぬ孫たちへの遺言の性格があった。いろいろな形態の中で、言葉を紡ぎやすいのは、そのスタイルだろう、と思っていた。

2)実際にその存在の登場を予告されると、言葉として沸いてきたのは、グルジェフの「ベルゼバブの孫への話」だった。このタイトルを借りて、最初軽い乗りで「ベルゼバベシュの孫への話」としてみたのだが、落ち着きがわるかった。

3)結局は、プレムバヴェシュとなり、話ではなく、対話となった。最初に狙った軽いジョークの線は、結局は消え、いつものシニカルな記述となった。

4)それにしても、最初、カテゴリ名として考えていた時点より、より具体的な孫たちとの生活が具体化したのには驚いた。これはこれで、抜群に楽しい。

5)この生活が暫定的でほんの数ヵ月で終了してしまうのか、あるいは残る後半生の基本スタイルになるのかは、現在では未知数だ。今はこうである、としか言えない。

6)読書ブログとして、再読したいこのカテゴリこの三冊は次の通り。

「ベルゼバブの孫への話」 人間の生に対する客観的かつ公平無視なる批判 G・Iグルジェフ

「トワイライト・フリークス」 黄昏の対抗文化人たち 山田塊也

「The Back Country」 奥の国 Gary Snyder

7)書かれたのは、 2012年2月17日~2012年4月18日の期間であった。

<41>につづく

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OSHO ZEN TAROT <60>UNDERSUTANDING(理解)

Zen031understanding  前よりつづく

OSHO ZEN TAROT <60>

30. UNDERSUTANDING(理解)

 あなたは牢獄から出ている、鳥かごから出ている。あなたは翼を広げることができるのだ。そうすれば、空全体があなたのものだ。

 すべての星と月、そして太陽は、あなたに属している。あなたは超えたものの蒼(あお)さの中へと、消えていくことができる……。

 ただ、この鳥かごへの執着を落とし、鳥かごから出ていくだけで、空全体があなたのものになる。翼を広げ、鷲(わし) のように、太陽を横切って飛ぶがいい。

 内なる空では、内なる世界では、自由にこそ最高の価値がある——ほかのことは、至福、エクスタシーですら、すべて二の次だ。花は数えきれないほど無数にある。

 だが、それらはすべて、自由という風土のなかで咲くことができる。 Osho Christianity, the Deadliest Poison and Zen Chapter 6

解説:

 このカードに描かれている鳥は、鳥かごのようなもののなかから外を見ています。しかし、それには扉もついていませんし、事実、柵も消えかけています。柵は幻想だったのです。そして、ほかの鳥たちの優美さと自由、励ましによって、この小さな鳥は出てくるように呼びかけられています。

 翼を開き始め、まさに初めて飛び立とうとしています。鳥かごはこれまでずっと開かれたまま、空は私たちの探険を待ち受けていつもそこにあったのだという、新しい理解の曙——それは、初めのうちは私たちをちょっと震えさせることもあるでしょう。それでいいのです。

 震えてしまうのは自然なことです。しかし、その震えのすぐそばに差し出されている軽やかさと冒険を体験する機会を曇らせてしまわないようにしましょう。この時期の甘美さと優しさと共に進みましょう。

 内側の羽ばたきを感じてください。自らの翼を広げ、自由になりましょう。Copyright © 2012 Osho International Foundation

次へつづく 

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <31>孫の寝息とともに瞑想する

<30>よりつづく 

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<31>孫の寝息とともに瞑想する

 おしめを代えたり、離乳食をやったり、昼寝の添い寝をしたり。時には、風呂で湯船で遊び、一緒に早めに布団にはいる。そのまま夢路をあそぶことになるのだが、祖父には、それほど長時間眠り続けるほどの力がない。

 夜半に目が覚め、やることといったら限られている。スマホをいじるか、読みかけの本を開いてみるか、あとは、そっと座ってみることとなる。

 かたわらの孫の寝息も、かすかだが、とぎれたり、リズミカルになったり、時にはため息となったりと、必ずしも一様ではない。その存在を確かめながら、自分は自分の世界にはいる。

 プロジェクト567を思った。プロジェクトというかぎり、何かの計画に違いない。 7つのキーワードから導き出されるものは何か。思いを巡らしていけば、行き着くところは、ほぼ限られている。

 いつの間にか、孫たちのためのキッズルームが、祖父のための瞑想ルームになっている。

 プロジェクト567は、いまだ曖昧模糊とはしているが、わが人生の残りを指し示す重要な指針となるはず。

 そのリアリティを、一息一息に、手繰り寄せる。

 <32>につづく

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2012/04/15

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <30> プロジェクト567に向けて

<29>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<30>プロジェクト567に向けて

 気持ちはもう次のカテゴリへといそいでいる。かといって。別段目新しいことでもなく、いままでのテーマを掘り下げていくことだけなのであるが、それでも、心や脳が、なにごとか刺激されているのを感ずる。

 次なるカテゴリでは、別な側面から、あるいは、集約され、より整合化された方法で、旅を続ける。

 とはいいつつ、とられる手法は相変わらずのものだ。

 7つキーワードに対して、7冊の本を対応させてみようと思う。

1)「ECOシティ」
 エコビレッジには、この本を対応させる。本来であれば、より森の生活のような、農的で、アニミズムに満ちあふれたキーワードであるはずだが、今日、明日、という現実性のなかでは、夢物語に堕してしまう可能性が大きい。
 ここではむしろ、現実的な都市計画がすすむより至近距離の住環境の可能性を考えたい。

2)「太陽光発電」
 ここは、本来、ハイブリッド車とかエコカーを考えるキーワードであったはずなのであるが、別に車とかぎってしまう必要はない。むしろエネルギー一般を考えるべきチャンスである。
 太陽光発電については、かなり現実的なプランが登場し、あともう少しで契約というところで引き返してしまった。その反省をこめて、もういちど、考え直すとする。

3)「Osho Zen Trot」
 ここは、具体的な中央図書館や、図書館・ネットワークがくるべき位置なのだが、あえて、こちらを選らんだ。そもそも図書館でなにをしたいのか、そのネットワークで、どんな成果を得たいのか、と考えた場合、そのハード面よりはソフト、さらには、よりシンプルで合的な、答えが欲しいのだ、と気がついたからだ。
 このタロットはある意味では、そのような統合性のサンプルになりうる。

4)「ポスト3・11の子育てマニュアル 」
 この本は、著者からのコメントをもらいつつ、なお、読書観としては、いまいち納得がいかないでいる一冊である。具体的な幼児たちと暮らしながら、今一度、再読してみようと思う。
 本来、ここがもっとも中心となるべきテーマであるはずである。

5)「禅へのいざない」
 ここは、本来スマートフォンが来るべき位置だが、あえて、そのスマートフォンの産みの親であるスティーブ・ジョブスが愛したとされる、この本を選んだ。
 しかも、ジョブスが腰巻きに印刷されている新訳ではなく、旧訳を選んだ。新訳はスマートだが、ひっかかりがすくない。ちょっと煙たい旧訳を再読しよう。

6)「チベット密教瞑想入門」
 この本は、3・11関連を追っかけながら、新刊本の一冊として手にしただけで、熟読とはいかなかった。ここで再読しておきたい。
 そもそもホワイトターラーがキーワードだが、必ずしもこの本には登場しないだろう。それでも、そのなかから、地上まれにみる、高度に構築された地球人スピリットのひとつとしてのチベット密教を、再考したい。

7)「宮沢賢治 祈りのことば」
 限定つきではあるが、この本は3・11以降に読んだ本としては、ベスト本の一冊である。本来のキーワードが、3・11であってみれば、ましてや7つのキーワードの、最後の締めの一冊であってみれば、この本が最後を飾るにふさわしいと思える。
 しかしながら、初読のときから感じる、限定性、これが一体何なのか、気になる。それを確認するべく、さらに再読すべきであろう。

 これらを、次のプロジェクト567につなぐ。

<31>へつづく

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <29>孫たちのいる風景

<28>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<29>孫たちのいる風景

 0歳児の区切りのよい日となり、なんごとかの行事をおこなう日となった。親たちは、学生時代にアルバイトをやった縁で、その神社に、宮参りとやらを行う。季節的にはまるで桜の花の咲き始めで、お祝いには、ふさわしい、もってこいの日程ではある。

 観念的に考えている未来と、実際にその未来をいきるであろう具体的な孫たちを配置してみる風景とでは、視線のやり場がちがう。

 孫たちの視線の先には、同じ年頃の子供たちがいる。やわらかいものながら、自然に、すこしづつ、彼らなりのネットワークができつつあるようだ。

 彼らなりの挨拶のしかたがあり、応答のしかたがある。発信をして受信する。発信しても受信されないこともあり、向こうからくるものを受信でいない時もある。

 総じて曖昧なものであり、それは、彼らの言語体系ほどに、実に曖昧なものである。ただ、確実にそれは芽生えている、とも言える。

 花よ、蝶よ、と心踊らすことは、年齢に関係なくあることではあるが、孫たちといれば、それがまた、一段と新鮮に感じられるから不思議である。

<30>へつづく

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2012/04/14

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <28>収束に向けて

<27>よりつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<28> 収束に向けて

 さて、当カテゴリも残すところわずかになってきた。十分な考察になったとは言い切れず、大きな成果があったとも思えない。このまま、次のカテゴリも継続して同じテーマで引っ張って見ようかな、という気がないでもないが、それはやめておこう。

 というのも、どうも、仮称プロジェクト567のコードネームで進行してきた動めきが、すこしづつ形を持ち始めているのを感じるからだ。

 当ブログの一行紹介は、長いこと、意識をめぐる読書ブログ、というものであった。その後、最近になって、読書にも、ブログにも、見切りをつけようと、新たに、意識としての愛の探求、というものをこしらえてみたが、いまいち納得はいっていない。

 もし、今回のこのカテゴリの成果があったとすれば、当ブログの今後の継続に、方向性を与えてくれたことであろう。

 そもそも、プレムバヴェシュとは誰か、孫たちとはなにか、対話とはなにか、という考案はそのままそっくり残されてしまうのだが、それらをベースにして、今後につないでいくことはできそうである。

 少なくとも、当ブログは、形としては、モノローグからダイアローグへと流れていくべき時にきている。

 もちろん、孫たち、という表象は、具体的でありつつ象徴的なものであり、この地球文明を継ぐべき、未来のニューマンたちをも意味している。その中に、個としてのプレムバヴェシュも包含されるのであり、そうありたい、と願ってもいるのである。そこへむけての対話である。

 次なるカテゴリは、プロジェクト567となる。ある期間のなかで採集された7つのキーワードを基に、整合性をはかり、また違和感をのこしたまま、全体性を感じ、あるいは、一なる源泉を探る。

 方法論としては、結局は読書ブログ時代の手法を踏襲する以外になさそうである。7つのキーワードに対して、7冊の本を立て、そこを切り口に、思案し、瞑想へとつなぐ。

<29>へつづく

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2012/04/13

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <27> ホワイトターラーなのか、かぶと&鯉のぼりなのか

<26>よりつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」

<27> ホワイトターラーなのか、かぶと&鯉のぼりなのか

 孫たちにとってのホワイトターラーとは何か、という設問は、なかなか難しい難問である。そもそも、プロジェクト567においても、他のキーワードとの整合性がいまいち悪く、また、トフラーの三つの波の図式の中でとらえることも、なかなかしんどい。

 そもそも、ホワイトターラーはチベットの民衆に愛されている女神さまで、男性性の強い観世音菩薩にたいする女性性の象徴ともされているようだ。

 観世音菩薩が、いくら慈しみをもっても救いきれない衆生をみて、涙
を流した時、その涙から生まれたのが、白多羅菩薩とされ、英訳されたのが、ホワイトターラーらしい。

 一緒にグリーンターラー菩薩も生まれたらしく、ふたりで観世音菩薩をお慰めしたともいう。

 はてさて、いずれは孫たちも人間としての成長過程において、これらの菩薩さまたちにお会いすることもあるだろうし、その菩薩心を自らのものとすることもあるだろうが、今、0歳児1歳児にとって、それらをとらえることなど出来るであろうか。

 そんなことを峻巡していたら、その解決というか、流れは、以外な形で展開しはじめた。

 春分の日もすぎ、庭先の日差しがあかるくなって、子供の日が近づいてくるにつれて、ふたりの男子に、兜人形が届くことになったのである。

 なにはともあれ、それを飾るののにふさわしい空間は、我が家の場合、ささやかながら和室の床の間しかない。なにはともあれ、1歳児にイタズラされないガードも必要である。

 ところが、床の間には、先年より、ホワイトターラーさまが鎮座されているのである。どうすべきなのであろうか。ホワイトターラーと兜や鯉のぼりは、いかにもバランスが悪そうにも思えるし、いかにも我が家らしい、とさえ言えるかもしれない。

 しかし、ここは、ちいさなスペースにこぎれいに飾り付けるためにも、いちどホワイトターラー菩薩にはご退席いただき、わがベットサイドに、お移りいただくことになったのである。

 いずれにせよ、子供の日までの、暫定的なひと月のことである。いまは、孫たちにとっては、兜や鯉のぼりのほうが優先課題である。

 かたや、じいさんのほうは、もう少し気を入れて、白多羅菩薩様との瞑想の時間を増やす結果となったのである。

<28>につづく

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OSHO ZEN TAROT <55> BREAKTHROUGH(突破)

Zen012breakthrough     からつづく

OSHO ZEN TAROT <55>

11.BREAKTHROUGH(突破) 

 挫折(ブレイクダウン)を、突破(ブレイクスルー) に変容させることがマスターの役割のすべてだ。サイコセラピストたちは、ただあなたにつぎを当てて修理するだけだ。それがサイコセラピストの役割なのだ。

 サイコセラピストは、あなたを変容させるためにいるわけではない。あなたに必要なのはメタサイコロジー、ブッダたちの心理学だ。

 意識を保ったまま挫折を経験するのは、生における最大の冒険だ。挫折(ブレイクダウン)が突破(ブレイクスルー) になるという保証はなにもないのだから、それは最大のリスクだ。それはたしかにそうなる。だが、こうしたものごとは保証されえない。

 あなたの混沌(カオス)は太古の昔からあるひじょうに古いものだ——多くの、多くの生にわたって、あなたは混沌としていた。それには厚みがあり、濃密だ。それ自体がほとんどひとつの宇宙。

 だから、あなたが自分の小さな許容力でその中に入って行くと、もちろん、危険なことになる。だが、この危険に直面せずに統合された人など、これまでひとりもいなかった。個人(インディヴィジュアル) に、わけることのできないもの(インディヴィジブル) になった人などひとりもいなかった。

 禅、あるいは瞑想は、あなたがこの混沌、魂の暗夜をバランスを保ちながら、規律を保ちながら、油断せずに通り抜けるのを助ける技法だ。

 夜明けは遠くない。だが、夜明けに行き着く前に、あなたは暗い夜を通り抜けなければならない。そして、夜明けが近づいてくるにつれ、夜はますます暗くなる。Osho Walking in Zen, Sitting in Zen Chapter 1

解説:

 このカードでは赤がひときわ目立っていて、一目で、そのテーマがエネルギー、パワー、そして強さにあることがわかります。この人物の太陽神経叢(そう) 、あるいはパワーの中心からは明るい輝きが発せられ、そのポーズは、はちきれんばかりの力と決断を表わしています。

 私たちはみな、ときとして、「もう、うんざりだ」というポイントに行き着くことがあります。そのようなときは、自分を縛っている重荷と制限を放り出すために、なんでもいいから、たとえそれが後になって失敗だったとわかるようなことであっても、とにかくなにかしなければならないように思えるものです。

 もしなにもしなければ、おまえの生のエネルギーそのものを窒息させ、使えなくしてしまうぞ、と脅されるのです。もし今、「もう、たくさんだ」と感じているのであれば、これまであなたのエネルギーの流れを止めてきた、古いパターンと制限を粉々に打ち砕いてしまうリスクを冒しましょう。

 そうすれば、あなたはこの「突破(ブレイクスルー)」によって生にもたらされるバイタリティーとパワーに驚くことでしょう。Copyright © 2012 Osho International Foundation 

次へつづく

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