カテゴリー「13)ねぇ、ムーミン」の107件の記事

2015/12/31

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<58>「ねぇ、ムーミン 」カテゴリについて

<57>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<58>「ねぇ、ムーミン 」カテゴリについて

1)そもそもエコビレッジ構想のなか、一人、森のなかで作業をしながら、スマホのラジルラジルから流れてきたラジオ番組で、ムーミンの紹介があったことが、最初のきっかけである。いつか読んでみたいなと思いつつ、ようやくこのタイミングで、そのタイトルをもらったということになる。

2)「ねぇ、ムーミン」は当然あの日本語バージョンの主題歌から取ってはいるのだが、決してコミックや童話としてのムーミンに偏るつもりはなかった。牧歌的なムーミン谷における、穏やかにしてほほえましい人間関係のような、そんなイメージのなかに、当ブログを沈潜させようとしたのである。

3)ところが、このムーミンは、そんな穏やかな、簡単なものではないことが、調べをつけるうちに次第に分かってきた。これは大ごとになるよ。そう気づいた時、次のカテゴリーもムーミン関連でいこうと思った。

4)スタート時点で、三つの作品が柱になることが決まっていた。

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5)だから、最後の「再読したいこのカテゴリこの3冊」では、敢えてこの三作品をはずした。

6)次がそれである。

「三内丸山遺跡」 復元された縄文大集落 (日本の遺跡) 岡田康博 2014/03 同成社

「植物のある部屋」 宝島社 2010/09

「トリウム原子炉の道」 世界の現況と開発秘史 リチャード・マーティン 2013/10 朝日選書

7)書かれたのは2015/11/01~2015/12/31の2ヵ月間であった。ネグリ&ハート関連もだいぶ読みこんだ。特に「ネグリ、日本と向き合う」(2014/03 NHK出版)は、大きなテーマとなり、かなりのウェイトを占めた。

8)次のカテゴリ名は「じゃこうねずみ」である。「ムーミン谷の彗星」で初めて登場する「哲学者」である。「無駄じゃ、無駄じゃ、全てが無駄じゃ」が口癖の、ハンモック上のなまけモノ、かどうかは、実はまだよくわかっていない。

9)わが身をムーミン谷の誰にシンクロさせようかと悩んだ結果、取りあえず彼を選んだのだ。彼と一体となって、あの地で生きてみよう、という作戦である。

10)このカテゴリ、今日の大みそかに合わせて終わらせようと、最後はちょっと駆け足になってしまった。不備な点は、後日、編集し直すことにする。

11)2015年の今年一年、お付き合いいただきまして、有難うございました。よいお年を。来年、「じゃこうねずみ」カテゴリで逢いましょう。

<59>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「ねぇ、ムーミン」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊
「ねぇ、ムーミン」

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「三内丸山遺跡」 復元された縄文大集落 (日本の遺跡) 岡田康博 2014/03 同成社

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「植物のある部屋」 宝島社 2015/09

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「トリウム原子炉の道」 世界の現況と開発秘史 リチャード・マーティン 2013/10 朝日選書

後につづく

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「瞑想―祝祭の芸術」 Osho<4>

<3>よりつづく  Ma .

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.「瞑想―祝祭の芸術」 <4>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1981/03 めるくまーる 単行本 440ページ

 グリシャンカール Gorishankar

Oshoは言っている。
「この瞑想の第一ステージで呼吸が正しく行なわれたら、血液中の酸素が非常に増加するので、あたかもグリシャンカール(エヴェレスト山)の頂上にいるかのような高揚した感じをいだくだろう。」

 この瞑想は四つの部分からなっている。それぞれが15分間続く。

 第一ステージ(15分)
 眼を閉じて坐り、できるだけ深く鼻から息を吸い込みなさい。その息をできるだけ長く止め、それから、口をゆっくりと吐き出す。もうそれ以上こらえきれないぐらいに息を吐ききり、それからまた鼻から息を吸い込む。この呼吸法を15分間くりかえす。

 第二ステージ(15分)
 ふつうの呼吸にもどり、ろうそくの炎か閃光を見つめる。できたら、青色の閃光ストロボを使いなさい。
 あたかも誰かをいとしく見つめるように、やわらかくやさしく見つめなさい。体は静止したままでいること。

 第三ステージ(15分)
 立ち上がって、眼を閉じ、「ラティハン」を起こらせなさい。ラティハンでは、体がやわらかくゆったりとさせておく。そのうちに、微妙なエネルギーがあなたの体のなかを動いているのが感じられるだろう。そのエネルギーがあなたの体を動かすのにまかせなさい---ゆっくりと、穏やかに---。あんたが動かすのではなく、動きにあなたを動かさせるのだ。

 これらはじめの三ステージは音楽を伴奏しなければならない。その音楽は、やわらかいバックグランド・ミュージックに一定した拍子の加わったもの、そしてその拍子は通常の心臓の鼓動の7倍の速さであることを必要とする(私たちの誰もが最初に聞いた音は、母親の心臓の鼓動だった)。

 第四ステージ(15分)
 沈黙して横たわり、完全に静止しなさい。
 p414

 

<5>につづく

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Comet in Moominland (The Moomins #2)

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「Comet in Moominland」 (The Moomins #2)
No.3641★★★★☆

 日本語ではムーミン谷と言っているが、英語ではMoominlandなんだね。

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「ムーミン谷の彗星」 新装版 トーベ・ヤンソン<1>

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「ムーミン谷の彗星」 新装版 <1>
トーベ・ヤンソン(著), 下村 隆一(翻訳) 2014/02 講談社 青い鳥文庫 新書: 256ページNo.3640★★★★☆

 ムーミン関連リスト 編集中

<2>につづく

 

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「ムーミン谷の彗星」 トーベ・ヤンソン原作 斎藤博監督

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「ムーミン谷の彗星」 
トーベ・ヤンソン原作 斎藤博監督 高山みなみ, かないみか他出演、1992 DVD 62分No.3639★★★★☆

 DVDのある作品は、まずDVDから見る方が、私の楽しみかたである。しかしまぁ、思っていたより、ムーミンの楽しみ方はたくさんある。初心者の私には、はてさてどっから取りかかってよいやら、悩むことが多い。

 とにかく今回は、「ねぇ、ムーミン」から「じゃこうねずみ」へとカテゴリを移すために、じゃこうねずみの登場するという「ムーミン谷の彗星」を見ることに。

 なるほどね、こうしてじゃこうねずみはムーミン家にやってきたのだった。地球の終りがやってくる? この作品はだいぶ最初のほうらしい。この巻でムーミンは、あのガールフレンドと出会うのだ。

 すこしづつ楽しんでいこうっと。

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「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<4>

<3>からつづく 

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「死について41の答え」 <4>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

 人生の中では、いろいろな特徴のある日々が続くことがある。ある時は祝祭が、ある時には忌み事が、続きに続く。不思議な縁である。

 今年は、お隣のおじいさん、元町内会長がお二人、母方の叔父さん、女房の母方の伯父さん、義妹のお姑さん、そして大事な友人の奥さんが亡くなった。ひとりひとりが縁のある、大事な人々だったので、私にとっては、悲しいことの多い一年だった。

 しかし、死は、人生につきものである。その死を、人生の最高の贈り物、と納得することができるだろうか。祝祭とする方法は、あるだろうか。

 死を超えるための瞑想法

 ナーダブラーマでは、そのメカニズムはこう動く[ハミングを]始めて、あなたが内側で響き始めれば、身体はそれに応答し始める。遅かれ早かれ、身体とマインドが初めて一つの方向へとまとまる瞬間がやってくる。

 身体とマインドが一つになると、あなたは身体とマインドから自由になる---あなたは引き裂かれてはいない。すると、実際のあなたである第三の要素---それを魂、スピリット、アートマ、どのように呼ぼうとも---その第三の要素がくつろぐ。それは別々の方向へと引っぱられてはいないからだ。

 身体とマインドが[ハミングに]すっかり夢中になっているので、魂は気づかれることなく、とても楽に抜け出し、観照者になることができる---外側に立ち、マインドと身体の間で続いているゲームの全貌を見ることができるのだ。

 それはあまりに美しいリズムなので、マインドも身体も魂がこっそり抜け出したことにまったく気づかない・・・・というのも、彼らはそうしたことを簡単には許さないからね。彼らは、魂を所有し続ける。誰も自分が所有しているものを失いたくない。身体は魂を支配したい。そして、マインドも、魂を支配したいのだ。

 これは、彼らの縛りから抜け出すための、非常に狡猾な方法だ。彼らは[ハミングに]酔っ払い、あなたはこっそりと抜け出す。だからナーダブラフマでは、このことを覚えておきなさい。身体とマインドを完全に一つにさせておく。

 しかしあなたは、観照者にならなくてはならないと覚えておくのだ。彼らから抜け出してごらん、楽に、ゆっくりと、裏口から、どんな戦いや格闘もなしに。彼らは酔っ払っている---あなたは外に出て、外側から見守りなさい。

 外側に立つ---これが、英語のエクスタシーという言葉の意味だ。外側に立って、そこから見守ってごらん。それは途方もなく安らかだ。それは静寂だ。それは至福だ。それは祝福なのだ。p291「ハミング瞑想(ナーダブラーマ)」

<5>につづく

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「トリウム原子炉革命」―古川和男・ヒロシマからの出発 長瀬隆<1>

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「トリウム原子炉革命」―古川和男・ヒロシマからの出発<1>
長瀬 隆(著) 2014/8  ゆにっとBOOKS 単行本  238ページ
No.3638★★★★☆

1)この本についてのこの記事、実はすでに書きかけてから2週間の間、放置してあった。とても重要な読書になるような気がするのだが、他の仕事が次々と起こり、ついぞ年内に読書は進まなかった。

2)書きかけの記事が終わらないまま新しい年になるのは、どうも気持ちがわるので、暫定的に、ここにメモしておく。読書もわずか25頁までである。

3)私は反原発派である。別段に3・11以降に目覚めたというわけではない。1972年当時、小出裕章氏らが編集していた機関紙と並列してリストアップされたことのあるミニコミを編集していた高校生時代から、自分は反権力・反原発派であると自認している。

4)さりとて「運動家」であるか、と問われると、そうではない、と答えるしかない。敢えていうなら、運動はしたことない。物事はかくあるべし、という確たる信念があるわけではないし、固定的な観念や、頑固な信条を持っているとも言い難い。

5)しかし、3・11後において、福一惨禍が収まらない東北日本の住人にして、しかも生後わずか数年の孫たちと一緒にくらす一地球人として、原発に無関心でいられる筈もなく、反対しない訳にもいかない。

6)反面、広く多くの人の言論も気になるし、自らの感性を補強してくれる論理も必要だし、反対意見にも、懐を開いて耳を傾けるようにもしている。固定的で、激情的、かつ攻撃的で、偏狭な意見は願い下げだが、すべてにおいて両論あってしかるべし、という態度は、わが人生の大前提である。

7)はてさて、ホール・アース・カタログの編集者、 スチュアート・ブランドの「地球の論点」 現実的な環境主義者のマニフェスト(2011/06 英治出版)などにおける、原発容認派の言説は実に困ったものだと、実は思っている。

8)思っているだけでなく、実はこのあたりで、ひとつ何かが止まってしまっていることを、ずっと感じている。当ブログとしては、この辺あたりを、よくも悪くも突破していかなければならない、とずっと思っている。

9)両論あってしかるべし、ではあるが、ここにおいて、原発は原発でも、仮に「トリウム原子炉」が「革命」を起こす可能性があるのかないのか。そこを見極めたいのである。そこを見極めるのに、図書館から借りてきた本だけで行なうというのは、実は無理がある。しかし、そのレベルでできてこそ、地球上のコモンレベルに降りてくるのではないだろうか。

10)難しい、専門的な判断は、専門家に任せればいい。しかし、そこに至るまでの、個人的な存在でさえも身につけておくべき一般教養は必要であろう。何も知らずに反ばかりと唱えるのもどうかと思うし、何も調べずに受容するのも、なんとも愚かしいと思う。

11)そんなこんなで、この本を読むことは、実は当ブログにおける大きな大きな曲がり角なのである。抱えたこの問題をごくごく短期で乗り切ろうとは思わない。じっくり腰を据えてやろう。そういう意味で、この本はこれからゆっくり読み始めるところなのである。

<2>につづく

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雑誌宝島41年目にして休刊! 「宝島30」 1996年 6月号 島田裕巳 私の「中沢新一論」

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「宝島30」 1996年 6月号 島田裕巳 私の「中沢新一論」
上田 高史(編集)1996/06  宝島社 雑誌
No.3637★★★★★

 9月あたりに、何故か書店で後ろ髪引かれる本が一冊あった。「植物のある部屋」(宝島社 2015/9/17)のことだ。いま1、いま2、だなぁ、と思いつつ、書店に何回も出向き、何度もひっくり返しては棚に戻しを繰り返したのち、あまりに気になるので、結局は一冊購入した。

 購入したところで、結局はあまり精読しないまま放置しているのだが、ネットを検索していて、雑誌「宝島」がこの夏に休刊になったことを知って、ああ、なるほど~、膝を打った。雑誌「宝島」は創刊41年目にして、8月25日発売の10月号で休刊になったのだ。

 私は思わず瞑目した。そうであったか。この「植物のある部屋」は「宝島」の断末魔であったか! この41年間を思った。私にとっての宝島は、前走部分の「ワンダーランド」はともかくとして、別冊宝島「全都市カタログ」(JICC出版局 1976/04)から始まる。内容もともかくとして、この第一号には、当時の私たちが発行していたミニコミ雑誌が紹介されている。

 植草甚一や片岡義男、北山耕平と言ったエッセイスト・編集者をリーダーとして、シティ・ボーイ路線を闊歩した雑誌「宝島」は面白くもあり、面白くもなかった。興味あるところを、商業誌として光をあてつつ、時にはエンタメ系と偏り過ぎていった。

 別冊宝島もだいぶ号が続いたが、モノになったかどうかはともかく、「英会話」シリーズは、漏らさず毎回チェックし、よく読んだものだった。90年代中盤以降は、「パソコン」シリーズが役だった。インターネットやWin95から98あたりまでは、テキストとして赤ペンで傍線をひきながら、「勉強」」したものである。

 その「宝島」も21世紀に入ったあたりであったか、「ビジネス誌」化するということで、なるほどそういう時代であるか、と2~3回手に取って開いたような記憶もあるが、読書の対象からはまったく離れてしまっていた。

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 私にとっては「全都市カタログ」で始まり、「植物のある部屋」で終わってしまった「宝島」だが、さて、その中間に属する一冊となれば、どの辺だろう、と思い付いたのが、1995年頃のことである。本来は、島田裕巳が、オウム真理教のサリン施設に入り、これは瞑想施設である、と写真付きでレポートしていた、あの号を思い出したのである。

 残念ながら、その号は、わが天井階の書庫からすぐ見つけることはできなかったので、類似の一冊を引っ張り出してきた。この号、いまネット検索してみたら、3500円の高値がついている。こんな本、年末のゴミに出そうと思っていたのだが、いやいやトンデモなお宝かも、と取りあえず手元に温存することにした。

 70年代中盤の宝島を象徴する人物像をシティ・ボーイとするなら、90年代の人間像はオタクだったかもしれない。オタク文化とか、精神世界オタクとか、言い換えてみれば、なんとなく当時の宝島像が浮かんでくる気がする。

 さて、それでは、2015年代のいま、若者文化いうべきか、カウンターカルチャーというべきか、象徴する人間像はどんなものとなろうか。敢えて私がいま思い付いたのは、ネット引きこもり、というライフスタイルだ。

 ミニコミ時代からカルチャー雑誌として抜け出した「宝島」。英会話やパソコン、そしてビジネスシーンを駆け抜け、辿り着いたところはどこなのか。思えば、今となっては伝説の、あのお笑いアプリでしかない「セカンドライフ」の三要素を思い出す。

 英語力、ITスキル、財務力、この三つが必要と言われたものである。その世界を突き抜けて、雑誌宝島が辿りついたのは、「ネット引きこもり」の世界観ではなかったのか。それであればこそ、「植物のある部屋」が、よく似合うのではないか。

 70年代のシティ・ボーイは、地球を考え、緑色革命を志向した。90年代の精神世界オタクは、反権力的自滅の危機に陥り、2010年代のネット引きこもりは、植物のある部屋で、夢見る独居老境の世界をさまよっているのでは、ないか。わが身に置き換えてみて、この41年間を、そう総括することもできるのではないか。

 今となっては、急に新たなる感慨が生まれているわけではないが、41年目の休刊、という事態を迎え、ああ、そう言えば、そういう雑誌があったなぁ、と、植物のある部屋で、ひとりシニカルに瞑目するのであった。

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2015/12/30

弔辞 Beloved マ・プレム・マンシャ 

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 明子さん、急なことでただただ驚いています。今でも信じられません。でも、一番驚いているのは、明子さん、ご本人かもしれませんね。

 先日、仕事の書類をお届けにご自宅をお尋ねした時、ご主人からあなたが入院されていることをお聞きしました。先月末までは大変忙しく働いていらっしゃったのに、急に体調を崩されたそうですね。今月になって診察を受けたところ入院を勧められ、いくつかの検査も受けられたとのことでした。

 シロートの私たちには、病状の内容はよくわかりませんでしたが、早く回復されて、お元気になりますように、とみんなで祈っているところでした。

 仙台の友人たちがあなたとお会いしたのは、ちょうど平成の時代がスタートした頃でした。もうすでに二十数年が経過しています。ご主人の好郎さんと私は、彼が十代の頃からのお付き合いですから、もう人生のほとんどの期間の長いおつきあいになりました。

 あなた達お二人は、文化的で、活動的で、アジア各地を旅している時に出会い、意気投合されたと聞いています。インドネシアの観光地バリ島でお二人だけのスィートな結婚式を挙げられ、帰国してから仙台でご家族や多くの友人たちに囲まれて、披露宴が開かれたのでした。 

 お二人は、豊かな海外生活体験を生かし、仙台駅前に、当時大変めずらしい輸入雑貨のお店をオープンしたのでした。独特のアジアンスタイルのグッズが沢山ならんだお店には、多くの若者たちが集い、新しいネットワークが生まれました。

 お店を後輩の方に譲られた後も、ご主人のお仕事を支えながら、あなたは独自の文化活動を続けられました。専門学校で絵を教えたり、沢山のギャラリーで個展も開きました。その活動を通じて、新たにご友人もたくさんできたとお聞きしています。

  ある時、私たち夫婦も、お二人のご自宅に招待されたことがあります。岡山県にある代々五代も続いた老舗料亭にお生まれになったあなたは、料理も大変お上手だったし、おもてなしの達人でもありました。いつも笑顔で、優しい心遣いのできる人でした。あの時、ご馳走になった鍋料理が今でも思い出されます。

 世の中が二十一世紀になる頃には、ご主人のお仕事の関係で神奈川県に転居され、活動のエリアを関東方面にも広げられました。多くの出会いがあり、数々の作品が生み出されました。あなたの素直で大らかな優しい性格を表現している作品が多かったように感じています。

 そんな順風満帆なお二人の人生に、突然起こったことは、忘れもしない、あの、3・11東日本大震災でした。東北に住む私たちにとっても、人生のなかで一度起こるかどうか、という未曽有の体験でした。

 この東北の地に、日本全国はもとより世界からボランティアや援助の手が差し伸べられました。お二人も故郷の東北を想い、その惨状を見て、再び活動の中心を東北に移すことを決断されました。ご主人は、故郷の金成町をはじめ、三陸海岸沿岸部や、福島県近くまで取材し、公共団体が運営するインターネット・サイトで現地の人々の現状を伝えました。

 千年に一度と言われる大震災の復興にはまだまだ時間がかかり、これからますます本当に心からの援助が望まれるところです。地道でしかも力強く、多くの人々が心を合わせなくてはなりません。

 そんな折、お仕事を通じて、障害を持つ人々の社会援助活動を続けておられたあなたが倒れられたことは、誠に大きな損失です。これから、もっともっと、あなたのように心から親身になって活動できる方にご活躍願いたいところでした。

 それにしても、現実はあまりにも過酷です。今は、明子さん、穏やかにお休みください。これからも、ご家族や友人たち、そして多くの人々を見守っていてください。 

 心よりご冥福をお祈りいたします。 合掌

 平成二十七年十二月三十日 友人  阿部清孝(Bhavesh)

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