カテゴリー「15)Yahman Osho」の99件の記事

2015/04/24

今日の気分はこの3冊<11>

<10>からつづく

今日の気分はこの3冊
<11>

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1)「苗で始める失敗しない野菜づくり」 はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!2011/04 学習研究社

2)「オーガニックな野菜づくり」 農薬・化学肥料を使わない 千成 真奈美 2009/02 家の光協会

3)「パーマカルチャー菜園入門」自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和 2010/08 家の光協会

4)まずは「苗」から始めよう。そして「オーガニック」ね。この道が「パーマカルチャー」につながっていることを願いつつ。

<12>につづく

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2015/04/22

「市民農園体験記」<4>土づくり

<3>からつづく
市民農園体験記 
<4>土づくり

1)我が家のコンポストでできた完熟たい肥を市民農園に持ち込んでみる。

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2)その他、ついでだから鶏糞もふってみようか。

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3)いろいろ肥料らしきもの播いて、それとなく満足。

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4)あとは耕運機で鋤き込む。

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5)園芸店を覗けば、いろいろな苗が待ち受けている。

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6)さて、どれにしようかな。

<5>につづく

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2015/04/06

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<54>「Yahman Osho 1」カテゴリについて

<53>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<54>「Yahman Osho 」カテゴリについて

1)書かれたのは2015/01/27から2015/04/06まで。

2)このカテゴリ名は、当ブログの独創である。このスペルをどのように表記すべきなのか、まだ確定はしていない。Yamanoshoとすべきなのか、Ya Man Oshoとすべきなのか、あるいはYarman Oshoとすべきなのか。

3)すべては同じ意味なのだが、そのニュアンスは微妙にことなる。隠されている意味はYes-Man-Oshoである。Yesは、人生に対するマスターキーであるし、Manは私たちの本質である。そしてOshoは一人物を表象しておりながら、実は森羅万象を含んでいる。

4)Yahmanとすれば、これは中南米音楽の掛け声で、おい、友達、おい、元気か、生きてるかい、というようなニュアンスになる。レゲエ音楽などのミュージッシャンが使うという。

5)そして日本語表記にすれば、3・11直前よりこの数年関わってきたワークの現場の意味になる。それは表記一体であり、不可分でありながら、また不調和をも含んだひと連なりの事象となる。

6)「再読したいこのカテゴリこの三冊」は次のとおり。

「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」 日本と日本人の原風景(2012/11 Town Mook 徳間書店)

「一茶」藤沢周平傑作選 森繁久彌のNHK日曜名作座 (2010/05 小学館CD)

「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム 山尾三省( 2000/09 地湧社)

7)読書意欲がなくなり、本が読めなくなった。ふとタブレット端末をいじっていたら、サムライ物の動画が目についた。深夜眠れないままその動画を見入っていて、涙が流れた。なんといういい映画だろうと思いつつ、類似の作品を追いかけた。

8)一つ一つが味わい深かった。チャンバラは苦手だが、しかし、そのチャンバラが生きてきた。これらの作品は誰が書いたのだろう、と調べてみると、藤沢周平の名前が浮かんできた。知らなかったわけではないが、改めてマジマジとみた。

9)その後、読書があまり進まないまま、図書館にいくと、沢山のテレビドラマの動画資料DVDがあり、また、本を読書して録音したCD音源があることが分かった。現在進行形で、それらと葛藤しているところである。

10)それら藤沢周平ワールドでも、特に「一茶」が良かった。何度も聞いた。何度も聞いているうちに、三省に一茶をモチーフとした一冊があったことを思い出した。ここからまた三省回帰が始まるかもしれない。

11)小説は苦手なのだが、藤沢周平の原作「一茶」を取り寄せて読んでみると、CDを超えた世界観があることが分かった。当然のことだ。しかし、それは次のカテゴリへと持ちこすことにする。

12)従って、カテゴリ名はここを引き継いだ形で「Yahman Osho 2」とする。

<55>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「Yahman Osho 1」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊

「Yahman Osho 1」編

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「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」 日本と日本人の原風景
2012/11 Town Mook 徳間書店

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「一茶」藤沢周平傑作選 森繁久彌のNHK日曜名作座
2010/05 小学館CD

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「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム
山尾三省 2000/09 地湧社

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「なまえのない新聞」N0.186 きこりの<星の遊行群>前史

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「なまえのない新聞」N0.186
アマナクニ 編集中あぱっち 2015/03  A4 16P
No.3464★★★★★


きこりの<星の遊行群>前史

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「せんだい市史通信」第35号 「”せんだい”の原風景を訪ねて」

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「せんだい市史通信」第35号 「”せんだい”の原風景を訪ねて」
仙台市博物館市史編さん室 2015/03/10 A4版 4ぺージ 仙台柳生「かやの木 薬師様保存会」資料集
No.3463★★★★★

カヤの木は見た?

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「かわいい隠れ家」 ミミ・ザイガー

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「かわいい隠れ家」
ミミ・ザイガー(著), 黒崎 敏(翻訳) 2012/12 二見書房 単行本 167ページ
No.3462★★★★★

1)このシリーズはとても気になるシリーズである。このシリーズの中でも、特にお気に入りの一冊も見つけてしまったし、その中でも、とくに目をつけている一軒も決定してしまっているので、もう全体を見なくてもいい。

2)だけど、この二見書房のこのシリーズが一体全体いつから始まって、どのような経緯をたどったのだろう、と、前から気になっている。いずれ全てに目を通し、メモも付け加えるとして、今回はリストだけでも作っておく。

二見書房の楽しい住まいシリーズ関連リスト

「ツリーハウスをつくる」 2005/7 ピーター ネルソン(著), Peter Nelson(原著), 日本ツリーハウス協会(翻訳)

「ツリーハウスで遊ぶ」 ポーラ ヘンダーソン 2006/09

 「ツリーハウスで夢をみる」2007/7 アラン ロラン(著), ギスラン アンドレ(著), ダニエル デュフール

「可笑しな家」 世界中の奇妙な家・ふしぎな家 60軒ハードカバー– 2008/07

「夢の棲み家」単行本– 2010/1/26 黒崎 敏(著), ビーチテラス(編集)

「可笑しなホテル」 世界のとっておきホテル24軒単行本– 2011/5/26 ベティーナ・コバレブスキー(著), 松井 貴子(翻訳)

「かわいい隠れ家」ミミ・ザイガー 2012/12 

「小さな家、可愛い家」 世界の一流建築家による傑作タイニー・ハウス34軒単行本– 2012/6/21

「可笑しな小屋」居心地のいい「ミニハウス」---羨望の35軒 ジェィン・フィールド=ルイス 2013/12

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2015/04/05

「ミシンと日本の近代」 消費者の創出 アンドルー・ゴードン<3>

<2>よりつづく 

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「ミシンと日本の近代」―― 消費者の創出<3>
アンドルー・ゴードン   (著), 大島 かおり (翻訳) 2013/7 みすず書房 単行本: 434p

1)「名前のない新聞」のあぱっちから依頼を受けて、この1ヵ月ほど、約4000字の原稿をまとめていた。お題は1975年の日本のカウンターカルチャーについてである。当然かなり面白い時代ではあるし、我が人生に欠くことのできない時代であるが、いざまとめるとなると、なかなか難しい。

2)それでも、流峰やキコリ、サキといった旧友たちにチェックしてもらいながら、なんとか締め切りに間に合いそうである。本来であれば、出来たてホヤホヤの原稿をこちらにアップしようかな、とも思ったが、掲載されるのは5月号で、あと一ケ月はあとになるだろうから、それまでは、当ブログ未発表としておく。いつかはブログに貼りつける予定。

3)そして、そのまとめの最中に、やはり私の人生は三つの文章、「雀の森の物語」、「湧き出ずるロータス・スートラ」と、「地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版」で網羅できるな、と確信した。

4)勿論、漏れてしまうことは山ほどある。書かれていることのほうが圧倒的に少ない。しかし、骨子とはそういうモノだ。そして、その三つは、それぞれに関連を意図して書かれたものではないので、その繋ぎの部分もやや不足しているのは間違いない。

5)それでも、第一作の要素は第二作に含まれているし、第一、第二の要素は、第三に含まれている。だから、現在進行中の当ブログ「ダイジェスト版」は、大変重要な位置を占めることとなる。もはや、ライフワークと言ってもいい。

6)ただ、そうとなると、第一作が始まるまえの、幼年時代のことなどをもう少し書かねばならないが、その部分は、ニュートンこと石川裕人を思い出しながら書いた文章もだいぶ増えたので、そこで副次的にメモされた部分も多い。

7)第一作から第二作までの間にも、すこし不足分がある。なければなくても構わないのだが、もし全体像の中で、何かが不足しているとしたら、やはりそこは穴埋めしておかなければならない。

8)だがしかし、ここもまたなかなか書きづらいところではあるのである。当ブログはどちらかというと空想的で抽象性をよしとする傾向がある。その反面、現実的なことや、やっかいなこと、世俗的なことについてはパスをしてきたのだ。

9)ことは職業的なことである。プライバシーの保護だったり、個人情報の管理だったり、今プライアンスの重視だったりして、思うようにはブログには書いておけない。書くとすれば、秘かに日記にでもメモして金庫にでも仕舞っておくのがいいだろう。

10)しかしまぁ、そこまでしなくても、ある程度のアバウトな表現というものも許されるであろう。まんざら嘘でもないので、リアリティが不足する、ということもない。ここは、この本に引っかけた形で、何事かをスタートしておくことにしよう。

11)私は、自分が自分でミシン屋さんになるなんてことを想像したことは一切なかった。あり得ないと思っていた。しかし、現実的にはそういうことも起きる。そして、私の人生を振り返ってみた場合、私の人生からミシン屋さん時代を削ってしまうことは、まったくの片手落ちになってしまうということが分かる。

12)私がミシン屋さんになったのは、経緯がある。

13)私は77年にインドに渡りサニヤシンとなった。78年暮れに帰国し、79年から瞑想センター活動を開始した。そしてその春から農業大学校の寮に入った。二年間在籍して卒業したが、私は最後の半年は大病を患い、生死をさまよった。

14)80年春から私は実家で自宅療養を続けた。一年間の自宅療養の間、そう80年秋あたりに、瞑想会で知り合ったメンバー、私より7歳上の友人に誘われて、このビジネスに加わったのである。

15)最初は病気の身であったので、辞退した。しかし、僅かでもいいから手伝ってほしいと言われ、多少のことを始めた。始めれば始めたなりに、出来るし、面白い。もちろんお金にもなった。小遣い欲しさに手づだっているうちに、これは瞑想センターの若い仲間たちと一緒に仕事できるんではないか、と思うようになった。

16)経緯は後述するとして、いずれ年商数億となり、80年代半ばまで友人たちとこのビジネスを続けた。

17)87年の家族4人でのインド旅行を挟んで、私は都合1995年あたりまでは、ミシン屋さんといわれる仕事をした。ただし、90年代になってからは会社をつくり、自分での他の仕事と重なったので、90年代はもっぱらアフターサービス的な形態となった。

18)このようなおおよそ10~15年間の間のことについてメモしておくとするなら、私が重要視したいことは、およそ私が訪問した1万軒の家庭の在り方についてである。そこで見聞きしたこと、感じたこと、エピソード。ミシン屋さんならではの思い出話、そういうものがある。

19)性質上、時系列に書いていくことは苦痛を伴うが、ひとつひとつエピソード的に、散発的にメモしていくことにする。

20)自分でも、このあたりを整理しきってしまえば、もうすこし私の人生も分かりやすいものになるのではないか、と思う。

<4>につづく

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2015/04/03

「庭仕事の愉しみ」 ヘルマン・ヘッセ <4>

<3>からつづく 


「庭仕事の愉しみ」 <4>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
★★★★ 

1)この季節になると、決まってこの本を読みたくなる。ヘルマン・ヘッセの中から三冊取りだすとしたら、「シッダールタ」と、「ガラス玉演戯」 、そしてこの「庭仕事の愉しみ」 でキマリでしょう。

2)ところで今日、友人のところに行ったら、「菜の花」の種はいらないかい、と来た。お、いいね、というと、どのくらい欲しい、という。できるだけ頂戴、と言ったが、くれたのは100グラムほど。

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3)どうやら彼は、ネットで見つけて1キロ程購入したようだ。そもそも私は菜の花の種なんてあることを知らなかった。「菜」の花だから、白菜とか大根とか、畑のものをそのままにしておくと花が咲くのかな、と思っていたのだが。

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3)その袋を見ると、「景観緑肥用シロカラシ」とある。つまりこれは最初から花を見て、そのまま鋤き込んで肥料にしようという作物だろうか。正式には「シロカラシ」という名称かもしれない。1キロで2000円ほどらしい。送料をいれて3000円だったとか。

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4)ドイツ産である。昨年に採種して、ことしの6月までは発芽保証とかのようだ。友人も自宅の周りに播くだけでは多すぎると思ったのか、試しに私にも分けてくれた。

5)はてさて、私はこれをどこに播こう。自宅のプランターに播くか、花壇の片隅に播くか、それとも、森に持っていって播いてみようか。

6)きょう、私はこのヘッセの本を3分の1程読んだ。小説も悪くはないが、この本は原寸大のヘッセが表現されていて好きである。それに、写真やヘッセの水彩画がいっぱい綴じられている。

7)森にいて、花や樹木、植物を楽しむというのは三省もそうであったが、ところで三省は絵を描いただろうか。寡聞にしていままで聞いたことがない。三省になくてヘッセにあるのは、この水彩画たちである。

8)少年は散歩などしない。少年は、森へ行くなら盗賊か、騎士か、あるいはインディアンになって行く。川に行くなら筏乗りか、漁師か、あるいは水車小屋作りになって行く。草原へ走るのは、蝶の採集か、トカゲ捕りにいくのだ。
 こうして私の散歩は、自分が何をしてよいかわからない大人の、上品だが少々退屈な行為のように思われた。
p20 「少年の庭」

9)私は森に騎士になっていくのだろうか。トカゲ捕りにいくのだろうか。それとも、本当は、自分は何をしたらよいのかわからない大人なのだろうか。

10)世界がかつては一瞬のあいだあんなにも光で満たされ、完全であったことを、もう思い出すこともできなくなるだろう。考えを切りかえるために、私は夕食後十五分間読書する。が、最近は精選された良い物しか読めない・・・・p108「夏と秋のあいだ」

11)この本は、ヘッセがあちこちに書いた文章を、研究者のフォルカー・ミヒェルスが編集したものだ。だから、出典もまちまち、年代もまちまちだ。だから本当のことを言うと、ヘッセそのものを味わうには、すこし邪道であると言える。

11)この文章は1930年のもの。1877年生まれのヘッセ53歳の時だ。「最近は精選された良い物しか読めない・・・・」。 最近の私も実は、「精選された」ものしか読めなくなっている。もともとは乱読なクセに、どうも最近は再読本が多くなっている。だが、私は、自分が精選したものが「良い物」という自信は本当はない。

12)私はいつか、ゆったりと森の中に沈み、ヘッセの最高峰「ガラス玉演戯」をゆっくりゆっくり読んでみたい。あの高貴な精神の高見に浸ってみたい。だが、それは彼の「作品」だと知っているから、そうするのだ。

13)本当のヘッセは、むしろこちらの「庭仕事の愉しみ」のほうにいる。原寸大のヘッセが夢の世界で「ガラス玉演戯」を夢見ている。そんな風景が好きである。

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2015/04/02

「藤沢周平傑作選」森繁久彌の日曜名作座

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「藤沢周平傑作選」森繁久彌の日曜名作座
CDセットカタログ 2010/05 小学館  p80 
No.3461★★★★★

1)やみくもに突っ込んだ藤沢周平ワールドであったが、やはり交通整理してくれるガイド役は必要である。今のところ重宝しているのが「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」日本と日本人の原風景 (2012/11徳間書店)。これがなかなかいい。これでひととおり藤沢周平ワールドを見渡せるかな、というところ。

2)それに加えるところのこちらの本もなかなかタメになる。前半部は森繁久彌ワールドになってしまって、ちょっと当ブログの現在の方向性とは異なっているが、後半以降はキチンと藤沢ワールドに戻ってくる。

3)藤沢CDワールドに目をつけたはいいが、とにかく作品はたくさんある。借りてきてスマホに入れてイヤホンで聞く生活もなかなか楽でいいが、これらをひとつひとつ聞いていくのは大変だ。楽しみが苦しみにさえなりかねない。だから、今は小休止。

4)ひととり落ち着いたら、このページにこのCD全体の構成をまとめて、ひとつひとつメモすることにする。

5)ところで、ごく最近まで、私は山形の米沢と鶴岡がごっちゃになっていた。鶴岡は鶴岡で日本海に近いほうであった。

6)そして思えば、最近知り合いになった自然派山形県会議員は、実はこの鶴岡出身だということが分かった。というか、今でも本拠地が鶴岡なのだ。なるほど~、と何かが立体的になってきた。

7)そのうち機会があったら、あっち方面に遊びに行ってみよう。

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