仮想世界で暮らす法
「仮想世界で暮らす法」 「Web 2.0」社会でどう生きるか
内山幸樹 2007/10 講談社 新書 166p
★★★★★ ★★★★☆ ★★★☆☆
足かけ5年、実質3年間、ひとつのブログと付き合えば、愛着が湧いてくるというもの。アバタもえくぼで、いまさらあちこち浮気をしてもどうもにもならん、とは分かっているが、やはり畳と女房は新しいに限る(って、ちょっと失言か)。
このまま使い古したブログを、新たな気持ちで更新続けるか、あるいはここで意欲的に新たな地平に再スタートを切るか、微妙な選択を迫られている。ブログに何を求めるのか、ブログは私に何を求めているのか。少しの時間、メンテナンスに時間をかけて、じっくり考えてみたい。
そもそもネット社会への参加の仕方はさまざまあり、すでに好む好まざるにかかわらず参加させられてしまっているのだが、積極的にネット社会へ参加しようとすれば、ブログは多いなる機会であり可能性でもある。
ブログには三つの機能を要望したい。ひとつはコンテナとしての機能。自己表現のもっとも身近で便利で説得力ある道具として、使いやすくあってほしい。ふたつ目には、コンテンツとしての機能。表現したいものを不偏不党、自立した個人としての立ち位置を確保し、確認する場として、確立されたものであってほしい。みっつ目にはコンシャスネスとしてのひろがり。全体への統合、存在へのインターフェイスとしてのブログの在り方だ。
そのような思いを秘めながら、いままでのブログを再点検しながら、ほかの数個のブログにもマルチポストを続けてテストしている。手身近なところから実験しているが、一長一短、これと言った決定打はない。最終的には、本命、対抗、穴馬、と三本に絞って、さらにテストを続けてみるつもり。そこから一本に絞られるのか、三本程度のブログ(あるいは機能)を同時進行させていくのか、今のところは未定。
ブログとして、まずは、やはりオンオフ、つまり、みずからの記録としての機能と、他者への呼びかけの機能が、うまくかみ合ったものが、最初に要求される。変にブログ独特のカラーに染められるのもちょっと困る。あるいは、書けども書けども、誰にも注目され得ない、というのも情けない。ここがオンオフ可能であることが大事だ。
次には、アフェリエイトなどの経済活動の可能性と限界性の見極めが大切だ。ブログに、アフェリエイトなどの機能があることはわかるが、所詮、ブログとして機能の10分の1にも満たない魅力であるに違いない。ブログを続けていたら、アフェリエイトのポイントがたまっていたよ、という程度のものでいいはずなのだ。すくなくとも私はそのような態度でいる。
次には、他者、とくに他者とのつながり。すでに自分のブログでは、日本の都道府県レベルではすべての地域からアクセスされていることを確認しているし、かなりの数の大学や地域プロバイダを通じてサクセスされていることも分かっている。これだけのつながりのなかで、何を自らは発信できるのか。
地球レベルでも言語の違いを超えてつながりを持ち始めている。すくなくともこの一か月程度で確認したのは20の国と地域からのアクセスだ。かなりのレベルでの絞り込みもできている。このつながりの可能性を伸ばしていきたい。八真するばかりではなく、受信もしっかり行いたい。
さらには、この機能を通じて、人間とはなにか、人間としてどう生きるのか、真善美とは何か、というところあたりまでつながり得るものを求めたい。すこしてんこもりの欲張りすぎでもあるようだが、まずは転換期でもあるので、すこし理想は高くもっていたほうがいいだろう。
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