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2009/04/29

英知の辞典<22>意識

<21>からつづく 
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「英知の辞典」<22> 意識 

OSHO, スワミ・アナンド・ソパン 1996/05  めるくまーる 単行本  579p  

 「意識」 CONSCIOUSNESS

 意識には3つの通常の状態がある。ひとつジャグルット---目覚め、第2はスワプナ---夢見、そして第3はスシュプティ---夢見のない深い眠りだ。

 人間はふつうこれら3つの状態を生きており、あるときは目覚め、あるときは夢を見、あるときはぐっすりと眠りこんでいる。人間はこの輪をぐるぐる巡っている。これら3つの心(マインド)の状態ゆえに、人間の意識、その文化、文明には多くのことが起こってきた。

 最初の種類の意識、「目覚め」は固有の文化、固有の文明を生み出した。西洋がそれを代表している。2つめの文化は第2の種類の意識、「夢見」から生み出された。東洋がそれを代表している。意志の疎通がきわめて難しいのはそのためだ。西洋の精神は、東洋の精神と意志を通じあうことがほとんど不可能なことに気づく。それはたんに言語の問題ではない---言葉なら理解できる---問題は心の姿勢(オリエンテーション)だ。

 目覚めている意識は客観的であり、それは対象のこと、外側の世界(リアリティ)のことを考える。それはある種の集中だ。西洋の精神は、集中の力を発達させてきたために、科学を誕生させた。集中の力からは科学が生まれた。東洋が科学を誕生させることができなかったのは、東洋が最初の種類の意識にさほど注意を払ってこなかったからだ。

 東洋は夢見の見地から考える。東洋は内なる世界の見地に立って考える。東洋は主観的世界の立場から考える。東洋は眼を閉じて考え、西洋は眼を開いて考える。西洋は集中する。東洋精神は瞑想する。東洋では幻視者、詩人---内側で大いなる啓示を体験した人々が見いだされるのはそのためだ。だが、彼らはそれを証明できない。その経験は個人的なもの、私的なものにとどまっている。西洋の力点は客観的なもの、歴然としたものにある。目覚めていれば、あなたが見たものは何であれ他人もまた見ることができる。あなたはいま私を見ているが、誰も私を見ることができる---眼がありさえすれば---そのような証明もいらない。太陽が昇れば、それはすぐにわかる。証明は経験そのもののなかにある。誰もがそれを経験している---それについてはみなの意見が一致する。だが、もし私が夕方に太陽が昇るのを見たと言ったら、それはもはや誰もが共有できる経験ではない。それはもはや客観的ではなく、主観的なものになる・・・・。

 これが2つの通常の状態だ。第3の状態はどちらにも起こるが、それをとらえることはできない。心(マインド)は解け去る。スシュプティ、夢見のない眠りでは、自我(エゴ)としてのあなたは消え去り、完全に消え去ってしまうので、朝になっても何が起こったのか思い出すことができない。夢なら思い出すことができるが、夢見のない眠りを思い出すことはできない。せいぜい透き間(ギャップ)として思いだされるだけだ。「ぐっすりと眠っていたので夢さえ見なかった」という言い方がある。だが、それは憶測だ。スシュプティを直接体験することはできない。

 スシュプティからどのような文化も発展してこなかったのは、それを直接にとらえることができないからだ。だが、それは通常の心の状態としては最も深い。スシュプティ、夢見のない眠りから、あなたは毎朝元気を回復して出てくる。あなたは源泉へと向かい、源泉におもむき、再び原初的な意識と接触を持ち、ふたたび自らの基盤と接触を持つ。あなたはもはや人間ではなく、もはやヒンドゥー教徒ではなく、キリスト教徒でもなく、もはや男でも女でも、白人でも黒人でもない。あなたは西洋人ではないし東洋人でもない。すべてが消えうせる---すべての区別が。あなたは在るが、そこにアイディンティティはない。夢見のない眠りから目覚めたとき、大いなる安らぎが感じられるのはそのためだ。

 瞑想がより深まってゆくなら、あなたは第3の状態を知るようになり、夢見のない眠りにも気づくことができるようになる。多くの者がここで止まってしまった。それがあまりにも至福に満ちているので、多くの宗教はそこで止まってしまい、それを超えようとしない。

 さらに第4の状態があり、その第4に到達するまでは、第3はきわめて魅惑的であることを覚えておきなさなさい---第3は非常にすばらしく、至福に満ちているが、まだわが家に到達していない。第4がわが家だ。東洋の神秘家はそれを「トゥリーヤ」と呼んだ。トゥリーヤは「第4」を意味する。

 目覚めは客観的であり、外側のものだ。それはある種の集中だ。夢見は外側と内側の中間にあり、目覚めと深い眠りをつなぐ環(リンク)だ。そして内側には深い眠りがある。では第4、トゥリーヤとは何だろう? それは両方であり、そのどちらでもない。それは内側でありかつ外側であり、その両方であるがゆえにどちらでもない。それは両者を超越し、非二元的であり、全体的だ。もはや外側のものはないし、内側のものもない。客体が消えうせて、それと同時に、主体も消えうせる。経験もなければ経験する者もいない。この第4の状態は「サマーディ」「悟り」と呼ばれる。この第4がすばらしいのは、世間のなかに暮らしながらもその一部にならずにいられるということだ・・・・。

 第4は原初的な状態であり、これら3つが起こってきたそのまさに根源、根本の状態だ。これら3つは枝であり、第4は根だ。 THE SUN RISES IN THE EVENINNG

p43

<23>につづく

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