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2009/04/18

神秘家の道 <4>

<3>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 珠玉の質疑応答録 <4>
OSHO /スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 「唯一の理由は、私が自分のイメージなど気に懸けていないからだ。私はあなたの書く記事など気にしていない。あなたが何を書くかなど、気にしていない。その瞬間、私がただ気にかけることは、何であれ自分が言っていることがあなたに届くかどうかだけだ。その他には、何の関心もない。もう7年間私は何の本も読んでいない。どんな雑誌も新聞も読んでおらず、ラジオも聴いていないし、テレビも観ていない---何一つだ。そういうものは、すべてががらくただ」p185

 この講話がなされたのは1986年4月のウルグアイだとされる。多少の誇張があるのかも知れないが、7年間、何の本も読んでいない、というの事実だとすると、1979~80年頃にプネ1においてOshoがサイレンスに入って以来ということになる。

 サイレンス直前に語られたシリーズ「私が愛した本」の中で、「 もし私が再び本を読むことがあったら、これが、私が読む最初の本となるだろう。」とOshoが言い残した本がある。D・H・ロレンスの「精神分析と無意識」だ。当ブログとしては未読であるが、図書館から借りだして、今、手元にある。この小さな本をめくり始めながら、Oshoはいったいこの本のどこがよかったのだろう、とすこしいぶかしく思ったりもする。

 Oshoは実際に、再び、この本を読んだだろうか。それとも、あのまま、結局は実質「サイレンス」のまま肉体を離れていったのだろうか。またまた、そんなことを考えていると、それはOshoがいわんとしたことが、私のなかに「届いていないよ」と言われそうだ。

 ジャーナリストが私に質問するときには、その質問者はその解答を聴くために、目醒めていなければならない。彼は政治家の言葉を聴いているのと同じでいるべきではない----そのことが間違いなく私を断定的にするのだ! ああいう人々には、穏やかで謙虚であっては、その声を届かせることはできない。それは彼らには弱さと映る。p185

 
もとより当ブログは、バトルや炎上ネタを得意とするものではない。出来得れば、穏やかに、言葉少なに、本来あるべきところに、あるがままに、滞りなくたどり着くことをよしと考える。

 いままで、雑食系、大食系であった当ブログ<1.0>だが、<2.0>においては、すこしダイエットし、草食系、小食系に変身したいと思っている。よりターゲットを絞り込み、より受容的に感応できる方法を選んでいきたいと思う。そのためにも例の「(私家版) Oshoのお薦め本ベスト10」あたりから再読しはじめるのがいいだろう。

 集合意識と集合無意識を一緒にできたら、人はそれまでかつて感じたことがないような注意深さの、気づきの、まさに大いなる力を持つことになる。人は宇宙無意識に直接に近付いていける。それは難しくはあるだろうが、可能なのだ。私の提案は、なぜ不必要に困難な道を行くのか、ということだ。私が自分の道を、怠け者の悟り方と言っているのはそのためだ。どんな葛藤もなしに、より容易に行くことができる時に、不必要な争いを引き起こす必要はない。まず宇宙意識へ行きなさい。いったんそこへ到達したら、人は大変な力を持つので、宇宙意識はひとりでにその扉を開く。今やその意識の重みはあまりにも大きく、そのエネルギーはあまりにも大きいので、宇宙無意識は閉じたままではいられない。p197

 当ブログは、科学、芸術、意識の統合を目指す、としてきた。「科学」の進歩の粋として一つの指標としてはグーグル(Goggle)あたりの動きに注目し、またその成果を活用していくことを考えている。

 「芸術」については、人間の表現としてより広い範囲を考えており、情報や政治もまた、人間活動表現の中に取り入れている。人間界が抱えている問題を、いまスタートしたばかりのオバマ(Obama)政権の取り組みあたりから覗こうと試みていている。

 そして三つ目の「意識」については、死(Dead)の問題からみつめようと思っている。頭文字を取って「G・O・D」プロジェクトと称している。この三分野は分かちがたく存在しているが、当ブログとして、もっとも関心の高いのはDの分野であり、最も難しそうな分野でもある。

 そのDに迫る単語こそ、「意識」なのであり、ここでOshoが言っているような、無意識、意識、宇宙意識などの用語は、雑然とながら、なんでもかんでも、好意的に受け入れ、雑食系に恥じない程度に、いろいろと稼集してきてはある。

 しかし、実に雑然としており、それぞれの流れの整合性やインターフェイスもそろえないまま、乱雑に投げ出されているだけだ。今後は、ここから純金をとりだす練成作業を開始しようと思う。

<5>につづく

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