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2009/04/11

我が青春、苦悩のおらびと歓喜

我が青春、苦悩のおらびと歓喜
「我が青春、苦悩のおらびと歓喜」 共産主義と人間実存の狭間での苦闘十年
玉川信明 2003/07 現代思潮新社 単行本 285p
Vol.2 No.578 ★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

  「OSHOガイドブック・シリーズ」「<異説>親鸞・浄土真宗ノート」を晩年に残した玉川信明がみずからの人生を振り返りながら、青春時代のノートを再録し、そしてOSHOへの思いも綴る。良書、推薦書、という位置づけではないが、当ブログが読んできたなかでは、奇書ともいうべき位置にあるだろうか。

 以前、vijayからこの本についての紹介のコメントもあったのだが、一般公立図書館の開架コーナーにあるわけでもないし、書店に並んでいるわけでもない。あてもなくリクエストしておいたら、300キロほど離れた図書館から回送されてきた。

 神のご指示とは不思議なものである。ジャナ専(ジャーナリスト専門学校)の70歳の定年間際になって、もう一度私に最後の人生整理の機会を与えて下さった。それはインドの偉大な超宗教家和尚(元はバクワン・ラジニーシと称していた)という人物を紹介してくださったのである。実はこの人物はとうにその15、6年前から知っていた。本屋で何となくこの人物の著書に引かれて、その著を2,3冊購入していたのである。しかし辻潤同様にすぐには読まず、それらの書は私の本棚でいたずらにアクビをしているばかりであった。p280

 他の物書きたちがどのような人生をおくるのか詳しく知らないが、著者ほど、晩年において、みずからの「整理」をして、この世から去っていく、という人もそれほど多くもないのではないだろうか。失礼ながら、決して有名とも思えず、それほど売れているとも思えない書き手なのに、晩年において、これだけ整理しながら、次々と本を出せた、というのは、本人の強い希望もあったのだろうが、周囲もよくその希望をかなえてあげたものだな、と感心する。

 黒田寛一のこと、山岸会の生活のこと、親鸞や、赤裸々な性体験などがランダムに書きつづられている。

 後から考えて、これが和尚の言う「サマーディ(三昧=悟り)への一瞥」かと納得した。和尚はこれがあるために人は強烈に性に引かれるのだと説明する。したがって彼はフリー・セックス論者のように見られているが、その究極の目的はサマーディによる戒律の成就、セリパシー(宗教的独身者)の完成である。セックスドクター奈良林某の記事で「性と自我の溶解である」というのを読んで即座に納得したが、味わったのはこれが初めてである。そして和尚は相手を寺院とみなす独特の瞑想的無射精(山の谷のオーガセーション)のタントラセックスを知り尽くし、見事神の世界に遊んでいられたのである。p182

 玉川のOSHO理解は、日本に翻訳されたものを中心に、特に本を通じて感得したものだから、OSHO全体の実像からすれば、やや割り切られ方が、独特である。どうかすると、メリハリがききすぎていて、円周率を3.14・・・と曖昧に濁すのではなくて、単に円周率3、と言いきってしまっているところがある。それでいいのか、と思う部分とそれでいいのだ、と納得する部分がある。

 そもそも円周率3も、大きく外れてはいない。あるいは、3.14も実は正解とは言い難いのである。長年OSHOのもとにいても、正しい実像としてのOSHOなどよくわかっていないことが多い。何回も計算しなおしているうちに、ご破算に願いましては、って最初に戻ってしまって演算不能になって止まってしまうこともないではない。

 短い時間で全エネルギーをそそぎ、エイや、円周率は3なり、と決断してしまうことも、まんざら間違いではない。残りの小数点.14・・・・などにこだわっているうちに全体像を見失っているなんてこともある。そういう意味で玉川本は実に割り切りのいい、的確な表現に満ちているのではないだろうか。ましてや、それを切り捨てるために割り切っているのではなく、しっかり把握するために概略をとらえているのである。

 OSHOガイドブックをはじめ、何冊もこの玉川信明の本を読んできたが、そのリストの中に、この「わが青春、苦悩とおらびと歓喜」を加えてこその玉川本であると感じた。玉川信明さんは、生まれ変わって、まもなくサニヤシンになることだろう。

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49)ブッタ達の心理学2.0」カテゴリの記事

コメント

vijay
おはようございます。
朝起きて、いつもの孤独な作業なはずのブログ作業が、まず、コメントへの返信からはじまる、というのは、当ブログにおいては「非日常的」でとてもうれしいです。それに、新しい出会いの人からではなく、vijayのような存在からの返信だと、ぎょっとするやら、安心するやら。
いつも背中から見られていたような、こっ恥ずかしい感じが、なんともここちよくもあります。
いろいろ推薦本、ありがとう、順次、機会をとらえて目を通したいものです。

>僕は仙台雀の森の「時空間」の再読をしたいです。新ブログで、何かそういうことはできませんか?

これは、嬉しいお申し出ではありますが、個人的に市中引き回しにあうような、責苦の煮え汁を飲まされるような、苦痛を伴うのではないか、と、まずは連想してしまいます。(;´Д`A ```

不思議なもので、今日午後に、雀の森時代の流峰が、久しぶりにETC土日日帰りコースで遊びにきてくれることになりました。あの時代に置き忘れてきた、なにかを、取り戻しにいく作業も必要なのだな、と感じることもあります。

かなりの覚悟が必要ですが・・・。

投稿: Bhavesh | 2009/04/12 06:52

ヴァベッシュ

嬉しいお返事、ありがとうございます。竹中労さんとの胸踊る出会い話、読ましていただいて感動しました。僕がお会いした時はやっぱりアナキストのMさんの家でだったので、労さんは何か小さくなって、猫を被ってましたね。僕は竹中労の書くものならなんでも好きです。あの文体が好きです。つい最近も、図書館で松下竜一の「久さん伝」を読み直し、ついでに苦労して押入れの奥から「黒旗水滸伝」を取り出しました。ヘッセは、すべて好きですが、この間、初めて「光のふるさとへ 東方への旅」というのを読みました。読みにくく、これは何か重要なもののような、そうでないもののような読後感でした。これが「ガラス玉遊戯」につながるみたい。今日はひさしぶり本屋と古本屋でたくさん入手して、「OSHOタイムス39」「平山郁夫 私が歩んだ道 第五巻 仏教伝来」「スティーブン・キング ゴールデンボーイ」「ディートリヒ・ボンヘッファー 共に生きる生活」「ライアル・ワトソン アースワークス」「リリー・フランキー・コミックス1号」「ビツクコミックオリジナル増刊」「ムー・マックス 2002年 巨大惑星ニビル地球接近」(共に花輪和一の漫画を発見したから)「カザンツァキ アシジの聖者」と大量に、買いましたが、たぶん「アシジの聖者」は名作そうだけど、読むのに時間がかかりそうです。本ではありませんが、諏訪瀬島のナーガ(長沢哲夫)の朗読CDが手に入って「そして旅が終わったら」というタイトルですが、これにはひさしぶりに打ちのめされた(ビート!された)ました。というわけで乱読ですが、今のところお勧めの本は思いつかず、僕は仙台雀の森の「時空間」の再読をしたいです。新ブログで、何かそういうことはできませんか?

投稿: VIJAY | 2009/04/12 01:13

>vijay

長いコメントどうもありがとう。新しいブログをスタートしたばかりで、訪問者もまだ少ないので、とてもうれしいです。
やっぱりこの本、読めてよかったです。独特のスタイルなので、とまどうことがないわけではないですが、玉川信明という人の、最後の本音みたいな、置き手紙みたいな愛情を感じます。
竹中労は、僕も10代のころ一緒に飲んだことあります。別なところにちょっと書いておきました。僕も彼のことは大好きです。http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200707260000/
ドラゴン将軍は、オバマ本でも、アガルタ本でも、アセンションでも、なんでも出てきますが、いまや、日本においては、これ以上ないのではないか、というほどのトンデモ本の大御所という感じですね。なにかコメント加えようかなとも思うけど、ほぼあきらめ状態です。

カザンザキスもいいですね。小説は苦手なのですが、そのうちまとめて、目をとおしたいです。へっセもいいですね。

また、なにか紹介本があったら教えてください。LOVE

投稿: Bhavesh | 2009/04/11 15:50

膨大なやらなくちゃいけないリストには、上がっていて
忘れていたわけではないのですが、ずるずると先延ばしになってしまって、ヴァベッシュとの約束を果たせませんでした。ごめんなさい。申し訳ない。遠方の図書館から届いて、しかもヴァベッシュからこれほど評価されたとは、僕としてはアナキストを名乗っている人はどんな人もみな親戚という感じなので(サニヤシンは、近親憎悪もあって・・)嬉しい限りです。まさしく僕も、「玉川信明さんは、生まれ変わって、まもなくサニヤシンになることだろう。」と思います。宗教色のない今のリゾートが案外気に入るかもしれないですね。今、僕はカザンザキスにはまっていて、その男ゾルバ以外も、難しいけれど面白いです。彼とか、ヘルマン・ヘッセとか、宮沢賢治とか、サニヤシンに生まれ変わってないかなあ?と考えたりしています。ヴゥベッシュが書いてるようにまさに「奇書」といえるこんなノートのような本を出版できて、玉川さんは幸福な人ですね。実際、ニヒリストぶりは隠したニコニコと生を楽しむ感じの方だった印象はあります。僕のもっと大好きだった竹中労は、部族のおっさんみたいに決して、生まれ変わってもサニヤシンにはならないでしょうね。ドラゴン将軍は、ついに爬虫類人類とか言い出して、船井行雄と対談したりしてるから、彼も死んだら無理かなあ・・とにかくすいませんでした。

投稿: vijay | 2009/04/11 13:45

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