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2009/05/30

私が愛した本<33> ヘルマン・ヘッセ 「シッダールタ」

<32>からつづく

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「私が愛した本」 <33>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

 ヘルマン・ヘッセ 「シッダールタ」

 6番目。私にはヘルマン・ヘッセが見えた。彼は光明を得た人間ではなかった。ましてや光明を超えて行った人などではない。彼はごく普通の人間だった。だがある詩的な飛翔の中で、ヘッセは世界で最も偉大な本のひとつ「シッダールタ」を書いた。

 シッダールタとは、両親が付けたゴータマ・ブッダの本名だ。その人はゴータマ・ブッダとして知られるようになった。ゴータマは彼の名字だ。ブッダとは「目覚めたる者」の意味だ。シッダールタは、占星術師の助言によって両親が彼につけた本名だ。それは美しい名前だ。シッダールタも「真意を達成した者」という意味だ。シッダが「達成した者」を意味し、アルタが「真意」を意味する。それをひとつにしたシッダールタは「生の真意に辿り着いた者」の意味だ。占星術師や両親、彼にこの名前を付けたのは賢明な人たちだったに違いない。光明を得ていないにしても、少なくとも賢い人たち、少なくとも世間的に賢い人たちだったに違いない。

 ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」は、仏陀の物語を別なふうに、だが同じ次元で、同じ意味を持たせて展開している。ヘルマン・ヘッセがこれを書くことができ、しかも自分ではシッダになれなかったとは信じられないほどだ。ヘッセは貧しい一作家に止(とど)まった。たしかに、ノーベル賞受賞者ではある。だがそれはさしたることではない。覚者(ブッダ)にノーベル賞を与えることなどできない。笑ってそれを放り出すだろう。だがこの本はこの上もなくすばらしい。だから私はこれを入れる。 Osho p78

<34>につづく

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