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2009年5月の77件の記事

2009/05/30

私が愛した本<33> ヘルマン・ヘッセ 「シッダールタ」

<32>からつづく

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「私が愛した本」 <33>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

 ヘルマン・ヘッセ 「シッダールタ」

 6番目。私にはヘルマン・ヘッセが見えた。彼は光明を得た人間ではなかった。ましてや光明を超えて行った人などではない。彼はごく普通の人間だった。だがある詩的な飛翔の中で、ヘッセは世界で最も偉大な本のひとつ「シッダールタ」を書いた。

 シッダールタとは、両親が付けたゴータマ・ブッダの本名だ。その人はゴータマ・ブッダとして知られるようになった。ゴータマは彼の名字だ。ブッダとは「目覚めたる者」の意味だ。シッダールタは、占星術師の助言によって両親が彼につけた本名だ。それは美しい名前だ。シッダールタも「真意を達成した者」という意味だ。シッダが「達成した者」を意味し、アルタが「真意」を意味する。それをひとつにしたシッダールタは「生の真意に辿り着いた者」の意味だ。占星術師や両親、彼にこの名前を付けたのは賢明な人たちだったに違いない。光明を得ていないにしても、少なくとも賢い人たち、少なくとも世間的に賢い人たちだったに違いない。

 ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」は、仏陀の物語を別なふうに、だが同じ次元で、同じ意味を持たせて展開している。ヘルマン・ヘッセがこれを書くことができ、しかも自分ではシッダになれなかったとは信じられないほどだ。ヘッセは貧しい一作家に止(とど)まった。たしかに、ノーベル賞受賞者ではある。だがそれはさしたることではない。覚者(ブッダ)にノーベル賞を与えることなどできない。笑ってそれを放り出すだろう。だがこの本はこの上もなくすばらしい。だから私はこれを入れる。 Osho p78

<34>につづく

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2009/05/29

シッダールタ <1>

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「シッダールタ」 <1>
ヘルマン・ヘッセ , 高橋 健二 1971/02 新潮社 文庫: 164p
Vol.2 No.644★★★☆☆ ★★★★★ ★★★★★

ヘルマン・ヘッセ関連一覧

「郷愁 ペーター・カーメンチント」 1956/08  新潮社

「車輪の下」 1961/11 新潮社 

「青春は美し」 1967/01 金の星社  

「クヌルプ」 1970/11 新潮社 

「シッダールタ」 1971/02 新潮社

「ヘルマン・ヘッセと音楽」 フォルカー ミヒェルス 1992/01 音楽之友社  

「人は成熟するにつれて若くなる」 フォルカー・ミヒェルス 1995/04 草思社

「ヘッセからの手紙―混沌を生き抜くために」 ヘルマンヘッセ研究会 (翻訳) 1995/12 毎日新聞社 

「庭仕事の愉しみ」 フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社

「わが心の故郷 アルプス南麓の村」  フォルカー・ミヒェルス 1997/12 草思社

「ヘッセ 魂の手紙」ヘルマン・ヘッセ研究会 1998/10 毎日新聞社

「愛することができる人は幸せだ」 フォルカー・ミヒェルス 1998/12 草思社

「地獄は克服できる」フォルカー・ミヒェルス 2001/01 草思社

「ヘルマン・ヘッセ 雲」 フォルカー・ミヒェルス 2001/04 朝日出版社

ヘルマン・ヘッセを旅する」 南川三治郎 2002/08 世界文化社

「ガラス玉演戯」  2004/1 ブッキング 原書1943年

「ヘッセの水彩画」 2004/09 平凡社

「ヘッセの読書術」フォルカー・ミヒェルス 2004/10 草思社 原書1977

「デーミアン」 2005/10  臨川書店

「ヤーコブ・ベーメの召命」 日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 2006/04臨川書店

「インドから」 2006/07 臨川書店

「老年の価値」 2008/06 朝日出版社

「わがままこそ最高の美徳」 2009/10 草思社

「ヘルマンヘッセ全集」「ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集」リスト 2004/05~刊行中 臨川書店 

 

 若い時、この「シッダルタ」を読んだ。インドに行く前に、いわゆるゴータマ・ブッダの姿を探して、いくつかの本を読んでいた。このヘッセの「シッダールタ」は、必ずしもゴータマ・ブッダの姿を書いたものではなかった。その辺に不満が残った。いくつかの他の本も読んだ。だが必ずしも、ゴータマ・ブッダを的確にとらえたものはなかった。ちょうどあの頃、手塚治虫の漫画「ブッダ」なども読んでいた。あれはあれで面白かったのだが、やっぱり本当の意味でのゴータマ・ブッダではなかった。

 あれからずっと旅は続いていた。あれから何度か、この小説を読んだ。そして今、またヘッセの「シッダールタ」を取り出して読んでみた。若い時は、この小説にゴータマ・ブッダを探そうとして見つけることができなかった。でも、今こうして読んでみて、その読み方そのものが間違っていたことに気がついた。この本はゴータマ・ブッダのライフストーリーを探すような本ではなかった。シッダールタやゴータマや、ゴーヴィンダ、あるいはカマーラ、カーマスワミ、ヴァズデーヴァなど、登場人物のすべては、ヘルマン・ヘッセ自身のことだった。

 この小説は2部に分かれていて、1部と2部の間にはギャップがある。時間的にも、意味的にも。若くして求道の旅をはじめるシッダルータ。まるでゾルバのような世俗の戻るシッダールタ。そしてさらに、まさにボーディサットヴァのような川守の仕事につくシッダールタ。旧友の、そうして、もう一人の自分としてのゴーヴィンダとの邂逅。

 「そうだ」とシッダールタは言った。「それを学び知ったとき、私は自分の生活をながめた。すると、これも川であった。少年シッダールタは、荘年シッダールタから、現実的なものによってではなく、影によって隔たれているにすぎなかった。シッダールタの前世も過去ではなかった。彼の死と、梵への復帰も未来ではなかった。何物も存在しなかった。何物も存在しないだろう。すべては存在する。すべては本質と現在を持っている」 p115

 この小説、あるいはヘッセに対するOshoの言及も興味深い。この小説、私には唐突に終わってしまったように見える。なにか未完成のように思う。この小説を若い時に読んだ。働き盛りの時に読んだ。そして今こうして読み、また、いつか、ヘッセが得たような老齢になった時に、またこの小説を読むだろう。その時、この小説は、また別な顔を見せてくれるに違いない。

 ヘッセについては「ガラス玉演戯」を読んだので、当ブログでもいろいろ読んだ気になっていたが、ほんのさわりだけだった。まだリストをつくるほどでもないが、散逸するといけないので、とりあえずのリストを作成しておく。

<2>につづく

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2009/05/28

魂の科学<2>

<1>よりつづく 
魂の科学
「魂の科学」 <2>パタンジャリのヨーガ・スートラ
OSHO/沢西康史 2007/04 瞑想社 /めるくまーる 単行本 301p
Vol.2 No.643★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 「超宇宙論」をながめていて、サブタイトルが「魂の科学を求めて」となっていたので、こちらのOshoの本を思い出した。「超宇宙論」のほうも、必ずしもウスペンスキーの原書には「魂の科学」というサブタイトルはなかっただろうが、Oshoの本のほうも、講話された段階では、「魂の科学」というタイトルは持っていなかった。

 Oshoは「私が愛した本」の中でパタンジャリに触れ、「私はパタンジャリについては10冊の本で話した。だから彼についてはこれ以上言う必要はない。」と述べている。その10冊とは、「Yoga: The Alpha and the Omega」 シリーズの73/12/25から始まるVol 1から、76/05/10 amに終わるVol 10までの、ちょうど100話の講話のことである。この年代順は「シーポヨのしわざ」の「オショウの講話タイトル:年代順」に詳しい。

 このOshoの「魂の科学」は、これら100話から成り立つ10冊の本から選出された部分が6話にまとめられて、2002年に出た英語本「「YOGA: THE SCIENCE OF THE SOUL」、これが2007年に邦訳出版されたものである。この辺の経緯は、Oshoの講話に普段から慣れ親しんでいる人は分かっているかも知れないが、初めて読む人たちには、もうちょっと親切な案内があってもよい、と思われる。

 だから、魂の科学、という言葉が乱立しているけれども、必ずしも、同じ言語や、同じ内容についての複数の人間の解釈という風に理解しないほうがいいだろう、と思われる。まったく別な独立したアルファベットとアルゴリズムである。

 上の「オショウの講話タイトル:年代順」を見てみると、この「YOGA」シリーズが始まったのが、73年だが、盛んに展開されるようになったのが75年になってから。そして、Vol2からVol3までの間に話されたのが「Tantra: The Supreme Understanding (邦訳「存在の詩」)と「The Grass Grows By Itself (邦訳「草はひとりでに生える」)である。だから、日本において初期的に紹介された、タントラや禅に対するOshoのビジョンが強くて、ヨガについてはあまり語られてこなかったようなイメージがあるが、実は、実態は逆である。むしろ、Oshoはこの時期、ヨガについて10シリーズも長々と語っていたのである。

 今回、このシリーズが一冊にまとまめられ、なおかつ邦訳されたということは、講話から30年の年月が経過しているが、とても意味深いものが感じられる。

<3>につづく

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超宇宙論<2>

<1>よりつづく 

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「超宇宙論」 <2> ―魂の科学を求めて
P.D.ウスペンスキー (著), 高橋 克巳 (翻訳) 1980/08 工作舎  389p  新装版1990/11

 
「新しい宇宙像」2002/06という新訳本があれば、旧訳書はその役目を終わるのかも知れないが、原書も読まず、新訳だって、その価値を十分理解できなければ、二つ並べて比較検討してみる価値はあるかもしれない。ということで、この2組の本たちをながめていた。

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 <旧訳への思い> 出版された当時の日本の読書界のことを考えれば、あの時点でこの本がでたということは、大きなできごとであったことは間違いない。このような著者の、このような本が、このような形で、このような時期に出版されるのだ、という既成事実を作ったことは、とても大きかったというしかない。 しかし、その「意訳」と言われる部分については、心理学をわざわざ「魂理学」としたあたりに、その意欲が感じられ、その意図はわかったが、他に追随する流れがないとなれば、やはり一時的な意欲に終わってしまった感は否めない。

 それぞれの文組みのなかで、改行をしない、というのも文章としては読みにくいことも確かだ。これだけゴツゴツした難解な本なのだから、むしろ、もっと口当たりのよい方向に盛りつけを工夫してもらいたかった、という気分はある。でも、それは決定的なマイナス要素ではない。あえていうなら、この本の決定的な欠陥は、もともと3部作として計画されたのにも関わらず、初版時から10年を経て改訂版として再版されているのに、残りの2部がでなかった、というところだろう。

 <新訳への思い> すでに旧訳を読んでいるからいいや、という安易な思いから、この本を手にすることが遅れた。もともと著者に対する関心がいまひとつもりあがらなかったから、あえて後回しにしていた、ということもある。あるいは、この感覚は、私だけではないかも知れない。旧訳のイメージが強すぎるのである。であるからこそ、この新訳チームは敢然と立ち上がったのだろうが、その意欲は大いに感じられる。

 なにせ、旧訳で読むことができなかった部分も完訳されているので、これはありがたかった。ウスペンスキーはこの時点で、こんなことを書いていたのか、という貴重な部分が多々ある。タロットであるとか、タジマハールについてであるとか、新訳を読まなかったら、完全に見落とすところだった。それに文章も読みやすい。なるほど、こういう世界であったか、と再認識することしきり。

 <比較検討してみて> 旧訳は必ずしも悪訳とは言えないのではないか。あの時点でこのような形になっていた、という功績は、この本にしか与えられることはない。読みにくいけど、読みにくいことがひとつの特徴になっているのではないだろうか。この本はこの本として、その存在価値がなくなることはないだろう。あえて言うなら、残りの未刊の2部も、頑張って出してほしい、とさえ思う。

 新訳を良訳と断定するのも早すぎるのではないか。すでに古典の域に達しているウスペンスキーを現代語に置き換える作業の中では、なんらかの「意訳」が起きていることは容易に推測できる。日本の時代で言えば、明治末期から書き始められ、ほとんどが大正年間にまとめられ、そして昭和の初期に出版された本である。万が一、この本が日本語ででて、それをそのまま現代人が読んでも不都合なことがたくさんあるだろう。

 つまり、私が将来的に時間に余裕ができ、しかも、どうしてもこの本が気になってしかたない、となれば、この2組をもっと細かく読み比べてみるだろうと思う。そして、その互いの相違点の中から、新しい何かの発見がありそうである、と期待する。もちろん原書で読めればなおいいのだろうが、それは私には無理である。だから、いつも翻訳チームには感謝している。

 そして、ウスペンスキーだが、たとえば並び称されるところが多いシュタイナーなどと比較検討してみるのも面白いだろう。シュタイナーの「神秘学概論」で笠井叡が解説しているように、ウスペンスキーもまた、読者によって読みなおされ、それぞれのまったく「新しい宇宙像」が書かれることを期待しているのではないだろうか。

 速読、多読、乱読をよしとしている現在の当ブログであってみれば、一冊の本に長くこだわるというスタイルはとりにくい。しかし、精読、研究、とまでは言えないまでも、気になる本はいつまでも気になるものである。この本たちが今後、当ブログの中で、どのような存在に変化していくかは分からないが、当ブログ自体は、まさに、自分なりの「新しい宇宙像」探究の途上にあることは間違いない。

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2009/05/27

鏡の国のアリス

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「鏡の国のアリス」
ルイス・キャロル / 北村 太郎 1997/12 王国社 単行本: 204p
Vol.2 No.642★★☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 アリスの世界も、チェックしてみると、凄い世界が拡がっているもんだ。本も情報もたくさんある。

 こちらは「鏡の国のアリス」の実写版。

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ふしぎの国のアリス

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「ふしぎの国のアリス」 
「ディズニー名作絵話」6 1978/01 講談社 33p
Vol.2 No.641★★★★☆ ★★★★★ ★★★★☆

 我が家にはこの「ディズニー名作絵話」シリーズがあるらしい。きちんとハードカバーのケースまでついている。もっとも、成人して独立してしまった子供たちも、もうすでに読むこともなくなり、お蔵入り。いや、実にきれい。文庫本でみるのとはまた違う楽しさがある。

 ということはyoutubeでも観れるのかな、と思ったら、やっぱりあった。いい時代だなぁ。

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不思議の国のアリス

不思議の国のアリス
「不思議の国のアリス」 
ルイス・キャロル /矢川澄子 1994/02 新潮社 文庫 181p
Vol.2 No.641★★☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 「私が愛した本」の中でOshoがこの本を168冊の中の1冊に入れている限り、一度は目を通さなければと思っていた。いや「鏡の国のアリス」とあわせて2冊、というべきか。「英文学の地下水脈」で小森健太朗も「ルイス・キャロル論---アリスの『私』探しの旅」p13という30ページほどの論文を第一章にあてている。もっとも小森にあってはOshoの影響下のなかで、この本に触れている可能性もある。

 私がどうしてこういう本を含めるのか、みんなは不思議に思うだろう。私がこれを入れるのは、私にとってはジャンポール・サルトルの「存在と無」と、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」あ、まったく同じだということを世界に対して言っておきたいからだ。何も変わらない。実際は、もしこの2冊の中から1冊を選ばなければならないとしたら、私は「不思議の国のアリス」を選んで、「存在と無」を海の中へに、二度と誰にも見つからないように、はるか向こうの大西洋に投げ込むだろう。私にとっては、この小さな2冊の本は、大いなる霊的な価値を持っている。いや、冗談を言っているのではない・・・・私は本気だ。Osho「私が愛した本」p160

 サルトルの「存在と無」は当ブログにおいては未読なので、比較しようがないが、Oshoがこの「存在と無」に触れた部分は、以前に転載しておいた。さて、小森はどう言っているかというと、長いのでダイジェストできないが、部分だけつまんでおこう。

 「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」の主人公アリスは、成人した大人ではなく、子どもであり、大人とは違ったものの見かたをもち、推論を立てたりする。例えば、物語の序盤でアリスは、「ここが海なら汽車で帰れるはず」という推論をしている。その意味では、私達の現実世界の成人した大人よりは、アリスは<不思議な国>の住人に近いと言える。その分だけ、アリスには、<不思議の国>の住人と交流できる可能性が開かれている。「英文学の地下水脈」p17

 たしかにこの辺は、自分の子供時代にあてはめても思いあたることは多い。ずっと空の雲を見つめていたり、家の中に差し込む光に照らされる煙の陰影に心を奪われていたり、天井の板模様に、人の顔が浮かんだり、遠い町の景色がうかんだり。庭の蟻の行列にずっとついていったり、砂粒の中から様々な色に輝くガラスのような砂だけを取り出して集めてながめたり。なるほど、いろいろあったなぁ。

 私が「不思議の国」から追放されたのは何歳くらいだったのだろう。「太閤記」ばかり読んでいた10歳よりは前だろう。5歳か6歳くらいがせいぜいだろうか。あるいは、男の子だった私には、やはり「不思議の国のアリス」にはなれなかったのだろうか。

 訳者の矢川澄子はこの本の巻末のあとがき「兎穴と少女」で書いている。

 「不思議の国」でも、「鏡の国」でも、アリスはみごとにひとりぼっちです。子供のお話としては、考えてみればこえはとてもおそろしいことではありませんか。なにしろ数多の登場人物のなかでまともな人間はアリスただひとり、自分の同類はひとつもあらわれません。p180

 そうか、この本は「私」さがしであり、「個」の体験なのである。個ということでは、先日からすこし気になっていることがある。トランスパーソナル心理学などで言われるところの個とは、つまりパーソナルが語源となっている。つまりペルソナ=仮面だ。三島由紀夫の「仮面の告白」が有名だが、仮面をかぶって暮らしているうちに、仮面とオリジナルフェースが一体化してしまい、とれなくなってしまうという話だった。トランスパーソナル心理学の超「個」とは、作られた人格を超えてという意味になるのだろう。

 それに比して、たとえばOshoが「個」でなければ「意識」が現れない、とする時、この個はパーソナル(persona=仮面)ではなくて、インディビジュアル(individual=不可分)を使っているのだ。ここは要注意であろう。こまかく分けていって、細分化していった結果、もうこれ以上2つに分けることのできない原点、基本的な個。それをこそOshoはこの文脈では個と言っているのだ。

 さて、不思議の国の少女アリスにとっての「仮面」とはなんだろうか。すでに5~6歳になっていれば、おやつをねだったり、叱られたりしたときの対応だったりと、ひととおりの表情や表現はできているはずだ。しかしそれは、人間として無意識のなかで身につけていく、あらかじめプログラムされている成長であるだろう。

 ところが何かのきっかけで、この表面的な表情と、自分の「本音」の乖離に気づく瞬間が来る。痛くないのに泣いて甘えてみたり、悔しいけど笑ってごまかしたりと、すこしづつ「大人」の仕草を身につけていく。ここにアリスの仮面の萌芽が始まる。

 では、不思議の国の少女アリスにおけるindividual(不可分なる個)とはなんだろう。いままでは母親、父親、兄妹たち、友だちなどと離れて、ひとりで「不思議の国」に入っていくという体験が、まずは「個」の体験となるのだろう。周囲の環境から切り離されて、まずはさまざまな異種なものと触れ合うこと、ここがindividualのスタート地点となるだろう。

 ルイス・キャロルの小説は、すでに人生の思秋期を迎えている私のような熟年男性がはじめて読む本としては、必ずしもふさわしくない。孫になら読み聞かせできるかもしれないが、その世界に没頭しようとするには、そうとう柔らかい感性と頭脳を要求される。しかし、ここにきて「個」を考える場合、ひとつの叩き台としては、意外と便利かな、と思えてきた。

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エニアグラム(基礎編)

エニアグラム(基礎編)
「エニアグラム」(基礎編)あなたを知る9つのタイプ
ドン・リチャード・リソ /ラス・ハドソン 2001/10 角川書店 全集・双書 332p
Vol.2 No.640★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆

 この手の本はもともと読む気がなく「グルジェフ&ウスペンスキー」関連リストにも入れていなかった。結構好感を持って読み進めた(その証拠に★5にしている)前田樹子「エニアグラム進化論」のなかで、これらの性格判断への流れが酷評されていた記憶があるので、へぇ~そんな流れがあるのか、と気にもとめないでいた。

 ところが、 某学校図書館でこの本を見かけてしまったので、これは何かの縁と借りだすことに。裏表紙の内側に貼り付けられている貸出履歴のカードを見ると、なかなか頻繁に借りだされているようで、私が当ブログで取り上げる本の中としては、決して無名な人気のない本とは言えないだろう。ある年代層、つまり、10代とか20代とか、あるいは女性層に人気があるのかもしれない。

 パラパラめくってみて、私は疑問山の赤鬼と化してしまった。ふむ、なんじゃこりゃ。大体において、この「基礎編」という奴が気に食わない。一時我が世の春を謳歌した「セミナー」産業の、「ベーシック」コース、「アドバンス」コースを連想させる。ベーシックコースなら、簡単そうだから、まずここから始めよう。ベーシックコースが終わったら、必然的にアドバンスコースを受けたくなる、というシステムである。

 さらには友人知人への紹介プログラムでも組み込まれていれば、これ間違いなくひと昔前のアメリカ的産業のひとつにすぎない。しかし、かといってざっとググってみるかぎり「上級編」とかのネーミングではほかの書物は流通していないので、それはちょっとこちらのうがった見方かもしれない。だとしたら、なお「基礎編」などとネーミングすべきではなかったのではないか、と、さらに思う。

 本書を手にとるまで気がつかなかったが、この本の翻訳者はC+Fワークショップの「代表」二人になっている。この団体からは、過去数十年に渡ってセミナーの案内などのDMなどが飛び込でいたので、それなりに存在は知っていたが、内状はよく知らない。分かりたくない、というのが本音かも。

 C+Fと銘打つ限り、その「創始者」である吉福某とのなにがしかの関係があるのだろうが、具体的にはなにも知らない。しかし、たしかこのC+Fワークショップを根城に、吉福もホロトロピック・セラピーとやらを展開していたはずだから、まったく無関係とは言えないだろう。むしろ、ふ~ん、結局は彼もセラピストになりたかったのね、と、ちょっと怪訝な気分になったことは確かだった。

 さて、人間の性格を9つのパターンにわけてしまうというのは、かなり乱暴な話ではある。100人には100人のパーソナリティがあるという当ブログの方針としては、70億人には70億人の性格があり、人生があるはずだ、というのがまずもっての考え方である。

 しかるに、血液型のような、わずか4パターンにわけてしまうこともあり得る。A型は几帳面だが内気、B型は外交的だが気まぐれ、O型はリーダーシップはあるが粗暴、AB型は天才型で個性的、などなど、言われてみれば、ああそうかな、と思ってしまうところがあるからタチが悪い。このデンでいくと、たとえばナントカ女史の六星占術とやらよりも、3つもパターンが多いのだから、こちらのエニヤグラム(もどき)の方が確率が高い、などということにもなりかねない。

 いやいや、占いごとなどもまんざら馬鹿にはできない。私なども西洋占星術でホロスコープを作って、たまに他人の運勢を占ったりするが、これがよく当たる。とくに人間関係はほぼズバリだ。恋愛運などは、もう私にまかせてくれ、というほど、自信がある。太陽とともに、その人の火星と金星をみることによって、こうこうこうでしょう、というと、私の「ご宣託」を否定できる人はまずいない。

 家族関係なども、どうしてそこまでわかるの、と言われるほど、よく当たる。何故だかはわからない。自分でも半信半疑だ。よくわからんが、こうこうこうでしょう、いま、ひょっとすると、この子供さんはこうなっていませんか? などと小首をかしげながら聴くと、あら~~、そのとおりですセンセイ!、なんて絶叫されちゃう(大笑)。

 もうずいぶん前に、今この家族はこうだけど、占いでは、将来的にはこうなる運命なんだよなぁ、などとつぶやりたりしていると、それから何年も経過してみると、本当に自分が「予言」した通りになったりしているから、自分でもびっくり。

 まぁ、だからそのような性格判断も、根拠なしとはしないが、もしこのエニヤグラム性格判断とやらも、その類なら、なにもいまさら新しいシステムを身につけなくても間に合っているなぁ、という気分になる。ましてやエニヤグラムを性格にあてはめてみるのはどうなんだろうねぇ・・。

 エニヤグラムの「図形」を現代の世界にもたらしたのは、間違いなくゲオルギー・イワノヴィッチ・グルジェフです。彼はギリシャ系アルメニア人として、1875年に生まれました。若いときから秘教の知に興味をもち、「魂(ソウル)を変容(トラスフォーメーション)する」という完全な科学が古代人によって開発されたものの、その後失われたと確信していました。p39

 この本のターゲットはどの辺にあるのか知らないが、私には、どうも江原某とやらの読者層にも重なって見えてくる。ズバリ言ってしまえば、3~40代の女性を中心とした、いわゆる「スピリチュアル」好きな流れが見えてくるのだが、この層に対して、こういう形でグルジェフが紹介されることにも、なにかの意義があるのであろう、と思う。だが、自分の中では、そうなのだ、と思いこむにはかなりな努力が必要だ。

 ナランホはその頃、アメリカ・カリフォルニア州のビッグ・サーにあるエサレン研究所で、ゲシュタルト・セラピーのプログラムを開発していました。イチャーソは、生徒の自己実現の手助けとなるべく、自分で計画した、40日間の集中プログラムを指導していましたが、彼が教えたことの最初のひとつがエニアグラムです。p46

 グルジェフやらエサレンやら、つぎつぎと「権威」づけが続く。当ブログにおいても「エスリンとアメリカの覚醒」を読み込み中だが、良くも悪くも、このような状況がエサレンにあったとするなら、いずれ、その評価に対する影響がでてこよう。

 この伝統的なスーフィーの教えは、イドリース・シャーが著したものですが、エニアグラムを学ぶことを象徴的に表現しているとも考えられます。p51

 ここまで「権威づけ」が続くと、はっきり言って反吐がでる。ここでイドリース・シャーまで出してきたことは、あきらなかなオーバーな表現だろう。すくなくとも、本書のエニアグラムを現代人のための性格判断の道具として使っていこうとする流れとは、イドリース・シャーは別な次元にある。

 私たちの存在の基盤は、「本質」ないし「スピリット」ですが、個々人においては「魂(Soul)」というダイナミックな現れ方をします。そして「魂」の特定の側面が性格なのです。スピリットを水にするならば、魂は特定の湖や川と言えるでしょう。そして性格は、その水面に立つ波、または川の凍った氷の固まりです。p53

 自分たちのセミナーへ「生徒」として参加する者たちに対してこのような説明をするのは、口伝としては便宜上許されるかも知れないが、文章となって一般に公開されるのは、あまりに奇妙な感じがする。すくなくとも、このような「基礎編」プログラムを頭脳に打ち込まれた生徒たちの行く末が心配になってくる。なぜなら、このセミナーの内部では、このアルファベットやアルゴリズムが通用しても、一般的にはほとんど通用しないだろうからだ。ひとつひとつの言葉があまりに杜撰に使われて過ぎている。

 エニアグラムの深い教えのひとつは、「心理学的統合」と「スピリチュアルな目覚め」が、別々のプロセスではないということです。スピリチュアルな感覚がなければ、心理学は私たちを本当に解放することができませんし、自分自身についてのもっとも深い真実に至らせてはくれません。そして心理学がなければ、スピリチュアルな感覚は、自我肥大や妄想、現実逃避に至ることもあるのです。p54

 ここで使われている「心理学的統合」とは、アサジョーリの「サイコシンセシス」を直接的に指しているのではないだろうが、そのイメージを遠景として借りていることはまちがいないだろう。もっともそうな話ではあるが、最初のボタンが掛け違っているので、どこまでも腑に落ちない落ち着きなさがつづく。「自我肥大や妄想、現実逃避に至ることもある」というのは、このセミナーを実践して、具体的に多発した事象であっただろうと推測できる。であるがゆえに、まずは本書は読者に対して、ここで一本釘を打っておく必要があるのだ。

 意識の発達モデルの先駆者ケン・ウィルバーは、完全な心理学的システムというのは、水平と垂直の両方の次元を説明する必要があると指摘しています。この考え方は、今では明白なことに思えたり、広範囲に使われていますが、筆者のリソが、健全・通常・不健全の各段階を区別し、タイプの垂直の次元を発展させてからの後のことなのです。p107

 権威づけというより、もはや、なりふり構わず、なんとか流行の流れに乗って、すでに投下した資本を回収しようとしているビジネス・システムに見えてくる。商売なら商売として、需要と供給のバランスの中で存在しているのなら、別にヨソ様の商売を邪魔する気はないので、もう余計なことは言う気はない。

 本書後半におけるタイプ別では、私も自分が対応するだろう項目を読んでみたが、まるで納得感がない。他のタイプの分まで覗いてみたが、こんなもんでいいんじゃろか、と心配になってきた。「縁なき衆生は度し難し」。このセリフ、本書に対する私の捨てゼリフだろうか。それとも、本書が私に対して下した「判断」だろうか。

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2009/05/26

秘教の心理学<4>

<3>よりつづく

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「秘教の心理学」<4>
OSHO /スワミ・プレム・ヴィシュダ 1994/09 瞑想社 /めるくまーる 単行本 317p

 「秘教」も「心理学」も、他の書籍にもちょくちょく現れてきたので、この辺ですこしづつ、この本に突入していくのもいい頃だろう。見てみれば、ほとんどのページに付箋だらけの状態で、いったいこの本をそんなに読んでいたのか、と自分なりに驚いてしまうが、内容はほとんど忘れてしまった。というか、覚える(記憶)する気がないのかもしれない。

 ここは初心に帰って、全ての付箋をはずして、新鮮な気分で一章一章、読みなおしてみるのがいいだろう。

 さて、日本語訳名「秘教の心理学」であるが、英語では、「The Psycology of  The Esoteric」。ズバリ英語から日本語への翻訳のように思うが、はて、もともとヒンディー語で行われたこの講義のタイトルは一体何だったのだろう。単に想像にすぎないが、この英語に対応するヒンディー語ではなかったのではないだろうか。

 時は1970年である。日本においても、もろにこのタイトルはつけにくかったのではないだろうか。ましてや、インドの人々を主な対象としていただけに、別な角度からもっと別なニュアンスのタイトルになっていたのではないだろうか。

 そんなことを考えるのは、1900年代初半にウスペンスキーが使うの所の「秘教」や「心理学」と、1970年代に使うOshoが使うそれとは、意味的にも、示唆しているところにも、大きな隔たりがあったのではないか、と察するからだ。もちろん、この本を21世紀になって読む私達の理解のしかたや、その意味するところも、同様にかなり違っているのではないか、と危惧するのである。

 だから、おなじ単語がでてきたとしても、必ずしも同列に並べてしまわないで、それぞれに含みを持たせて、それぞれに注意深く理解していく必要があるのだろう、と思う。

 第一に、無意識的な進化は機械的で自然なものだ。それはひとりでに起こる。このタイプの進化を通じて、意識があらわれる。だが、意識が存在するようになるや、無意識的な進化は止まる。その目的は果たされたからだ。無意識的な進化は、意識が存在するようになるところまでしか必要とされない。p14

 この、ほんの導入部分のわずかに短い一文の中にも、じつに曖昧規定な言葉がいくつも含まれている。無意識、進化、機械的、自然、意識、目的、存在、などなど・・。機械的、という言葉は、オートマチカリー、自動的、とでもなっているのだろうか。ここはグルジェフ的な言いまわしがベースになっているかもしれない。自然、目的、存在。これらの言葉は、ひとつひとつ解釈していったら、一生かかっても、この一文さえ理解できないかも知れない。

 逆に、Oshoのアルファベットとアルゴリズムを使えば、割と分かりやすく、それはそれで一つの世界観があり、その言葉になじんでしまえば、なんの疑問さえ感じなくなってしまう可能性もある。しかし、それではいかんだろう。それこそが、また再び眠りこんでいく原因になってしまう。

 当ブログにおいては、それぞれの発言者たちの言葉を、同じ単語、同じ用語と見られるものでも、あえて、統一しないでバラバラに置いて眺めている。ここでは、たとえば「意識」と「無意識」は極めて重要な用語でありながら、発言者によって、さまざまに使われており、いずれを採用するかによって、意味がかなり違ってくる場合がほとんどだ。

 「無意識」を使うなら、やはり、フロイトまで遡って、いまいちど、キチンとフロイトが言わんとしたこと理解する必要があろう。そして、ユングが言った「集合的無意識」も、ユングが言わんとした形で理解したうえで、使っていく必要があるだろう。そこから逆照射するかたちで「意識」とは何かを、キチンと押さえておく必要がある。

 ところが、Oshoは、無意識や、集合的無意識、とはまったく逆方向に、意識からのベクトルを導きだそうとしている。

 第二に、無意識的な進化は集合的だが、進化が自覚されると、それは個的になる。いかなる集合的で自動的な進化も、人類より先へは進まない。ここからは、進化は個的な過程になる。意識は個をつくる。意識があらわれる以前には、個は存在しない。ただ種(しゅ)だけが存在するだけで、個はない。p14

 ここにおけるOshoの「意識」という言葉には、すでにいわゆるOshoアルファベットの中の重要単語であるエンライトメントをすでに含んでいるかのように思える。後段で、超意識、集合的超意識、宇宙意識などの単語が乱立してくるが、つまりは、集合的無意識→無意識→意識とのベクトルの中では、「個」であるからこそ「意識」が現れ出でる、ということになる。

 だから、いわゆるトンデモ本などの2012年がどうした、というくだりの中で、「知らないうち」に、みんなアセンションしていました、などということはあり得ない、と断言しているとも理解していいんではないだろうか。個になる。何にも依拠しない。親にも、学校にも、信仰や、宗教的な指導者と言われる人々にも、依拠しない。責任感のあるひとりの人間として、個として自ら立ち上がる。この姿なくして「意識」などは現れないし、当然それ以上の「進化」などありえない、と言っているわけだ。

 獏然とした形で、当ブログは「菩薩としてのウェブ」という単語を使い始めているが、マスコラボレーションを持って、あらたなる共同幻想を生み出す素地を作り出すような迷い道に入ってはならないだろう。あくまで、ウェブにつながるのは個人としての「意識」なのだ、ということを、まずはここであらためて再確認しておく必要があろう。

<5>につづく

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ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿

ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿
「ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿」 
S.S.ヴァン・ダイン /小森健太朗 2007/08 論創社 単行本 265p
Vol.2 No.639★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★☆☆☆

 翻訳者つながりで頁をめくってみたものの、本の存在を確認したのみで、当ブログの流れとしては必ずしもタイムリーな本ではない。しかし、いままで何度も体験したことだが、何の気なしにメモしておいた本が、ひょんなことで極めて貴重な位置にある本であることが、あとで分かったりするので、メモだけはしておかなくてはならない。この辺に乱読の楽しみがあるわけだが、「本」に対する態度は当ブログにおいて、いくつかの段階があるようだ。

1)それを知らない。聞いたこともない。

2)どうやらそのような本があるらしい。あってしかるべきだ。

3)たしかにその本はあるらしい。あったらしい。

4)その本には関心がないし、読まないだろう。

5)ひょんなことで、その本についての具体的な情報を得る。ネットで検索。

6)たまたま図書館や書店で、その本を手にする。

7)ぱらぱらめくってみる。立ち読みするが、いまいちピンとこない。

8)つい引きづり込まれる。長時間立ち読みしてしまう。

9)図書館にリクエスト。とりあえず買って積んでおく。

10)読む。面白い。新しい世界が開ける。

11)またリクエストして、また取り出してきて読む。何度も読む。

12)新しい意味を発見する。新しい読み方が分かる。

13)じっくり読む。傍線をひく。付箋を貼る。

14)いつも手元に置きたくなる。座右の書とはこういうものかと思う。

15)他人の意見を聞きたくなる。他人に話したくなる。ネットに書く。

16)これくらいなら自分でも書けるのではないか、と思う。せめて、評価だけでもしておく。

17)どうしても読みたいのだが、見つからない。リクエストしてみるが、絶望的。

18)ようやく見つかって狂喜する。飛び上がるほどうれしい。

19)せっかく入手できたのに、読めない。読んでも分からない。面白くない。

20)その本の存在を確認した。読んで理解せずとも、その存在がうれしい。

21)本が自分に溶け込んでくる。あるいは自分が本に溶け込んでいく。

 と、まぁ、思いつくまま列挙してみた。その他にもいろいろあるだろう。当ブログにおいてメモし続けている本の大半は、6)、8)、10)あたりの本である。1)~5)については、ほとんどメモしていない。11)~15)あたりになれば、お気に入り本の仲間入り、ということになる。17)や19)レベルの本も結構ある。あまり深追いしないのが当ブログの方針だが、時には、深追い、深堀りしたくなる本や著者にも巡り会う。

 さて、翻訳者において、ヴァン・ダインというアメリカの作家(1887~1939)はどのあたりにあるだろうか。まずは2)あたりから始まっているだろう。5)や9)、12)などのレベルを通り越し、翻訳に情熱を燃やしているのだから、16)などは当たり前ともいうべきか。18)なども通り過ぎて、今や、21)の領域にも到達しているかの気配がある。それ以上のレベルももあるのだろうが、今のところ、当ブログの想定外だ。

 はてさて、本書は当ブログにおいてどのレベルであろうか。はっきり言って著者については1)である。翻訳者つながりでいえば7)あたりということになろうか。すでに手にしてぱらぱらめくったのだから、19)は酷評としても、まずは図書館ネットワークで読めることを確認したのだから、20)あたりのランクインしていることにはなるだろう。具体的には、9)レベルの本ということになる。

 ミステリー作家の作品ということだが、ここで取り上げられているのは、どちらかと言うと創作というより、ノンフィクションに通じるものがあり、読んでいてはリアリティがあって読みやすい。佐野眞一ほどの周到な粘着質なものは感じないが、佐木隆三的な猟奇的野次馬性は感じる。むのたけじほどの信念は感じられないし、ブログ・ジャーナリズムが今すぐお手本とすべき内容があるとも思われない。

 事件や小説なら巷に山となって溢れている時代であり、あえて、フィクションかノンフィクションかわからないような事件簿をめくって、当ブログが得られるものは少ない。しかし、このような文芸の世界にあって、このような作家が存在したこと、このような作品群をのこした(らしい)こと。そして、半世紀以上の時間を経て、一人の作家を異国の後世の作家が検索して一冊の短編集を世界で初めて出版してしまうことができる、ということ。これらの副次的な「事件」にこそ、関心を寄せてみるべきだろう。

 巻末に「ウィラード・ハンティントン・ライトの著作概観と『ニーチェの教え』」p265がついている。これは、ヴァン・ダインが別名で発表した文章であるが、ニーチェを極めて高く評価している翻訳者が(上のランクで言えば21)を超えていくだろう)、 この文あたりから、なお一層この作家に惹かれていった所以があるかもしれない。

 翻訳者のいつもの小説で、メタフィクションとやらにドンデンガエシを食らっている、一番末席に座る読者のひとりとしては、どこからがフィクションでどこからが事実(なにをもってそういうかは、また別の問題だが)なのか、読んでいて、なかなか気が抜けない。別名を持っていたり、自分の名前を使わせながら、他の作家に作品群を書かせたりしたというヴァン・ダインのどこかトリッキーな存在が、翻訳者の好みのなにかをヒットするのだろうか。

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2009/05/25

ムガール宮の密室<2>

<1>よりつづく 
ムガール宮の密室
「ムガール宮の密室」<2> ミステリー・リーグ
小森健太朗 2002/08  原書房 単行本 270p

 ウスペンスキー「新しい宇宙像」下巻を読んでいたら、「タージ・マハール」という一章があったので、最近目を通したこちらの小説を思いだした。メインの骨子は、タジマハールの施主であるムガール帝国皇帝シャー・ジャハンと、ペルシャを国外追放になったスーフィーのファキール、サルマッドの話だが、そこに小森小説お得意のの密室殺人事件が絡んでいる。どこまでが、資料などをもとにした史実として書かれ、どこからがフィクションやら、メタフィクションとして書かれているのやら判別としないが、それほど目くじらを立てながら、うんうん唸りながら読む小説ではないだろう。

 1900年代初頭にタージ・マハールを訪れたロシアの思想家P・D・ウスペンスキーは、著書「新しい宇宙像」の中で以下のような感想を述べている。
 「(略)あらゆることを調べたにもかかわらず、何かはっきりしない気持ちが残った。アグラやタージ・マハールについてあらゆることを読んだ。(略)
 ここには神秘があるように私には思われた。タージ・マハールには誰もが感じられる秘密があったが、誰もそれに名づけることはできなかった。(略)
 それは何なのか? それについてはなるべく考えないようにした。既成観念を作りたくなかったからである。しかし何かが私を魅了し、高揚させた。確かなことは言えなかったが、私にはタージ・マハールの神秘は死の神秘に関係しているように思われたのである。それは、ウパニシャッドの表現に倣えば、『神々ですら以前は不思議に思っていた』神秘であった。(略)
 そのとき突然、私とはまったく関係なく、何かが私の頭の中で形成され始めた。(略)
 その瞬間私は、魂は肉体の中に閉じ込められているのではなく、肉体は魂の中で生き、動いているのだということを理解した。そして、古い書物の中で読み、私の心を捕らえた神秘的な表現を思い出した
。(略)」p221~p224

 邦訳からの引用部分を、さらに孫引きして、なおダイジェストしてしまったので、原文の真意をゆがめてしまっているかもしれないことを大いにおそれる。だが、つまりは、この辺がきわめて重要なインパクトのある部分であるはずなのである。

 ウスペンスキーの旅行記に、というより、シャー・ジャハン帝の妃・ムムターズ妃の霊廟として作られた霊廟には、たしかにイスラム神秘主義の「秘教」が見え隠れする。私がタジマハールに滞在したのは約30年前だけども、ウスペンスキーが訪れたのはそれをはるかにさかのぼること1900年代初頭。今から100年も以前のことだ。そして、この霊廟がつくられたのは、それよりはるかに数百年さかのぼるところの17世紀である。時代を超越しながらも、いまだに何かのエネルギーを発し続けているのは、驚異的なことだ。

 邦訳「新しい宇宙像」下巻と、こちらの小説「ムガール帝国の密室」は、おなじ2002/08に出版されている。旧知の作家同士であるならば、連絡しあいながら出版された2冊ということだろうし、お互いが刺激し合って作られて書物群ということになるのだろう。

 本小説においては、スーフィーのファキール、サルマッドについての記述も多くあるが、これらの多くは英語文献からの翻訳であり、日本語で触れられるのはほとんど最初のことだ、ということだ。これらの「史実」に触れることによって、ますます内なるインド像がリアリティを増してくるように感じられる。

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2009/05/24

新しい宇宙像<5>

<4>よりつづく
新しい宇宙像(下巻)
「新しい宇宙像」(下巻)<5>
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/08 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 399p

 存在の根本問題、つまり生と死の謎、存在の到来とその消滅の謎は、常に人間につきまとってきた。人が何について考えようと、結局はこの謎に行き着く。たとえこれらの問題に手をつけまいと決心しても、人はあらゆる機会をとらえて、もう一度この解決不可能な問題を解こうと試みてしまう。p276

 この一文は、この分厚い一冊「新しい宇宙像」の最終段になって「第11章 永劫回帰とマヌ法典」の冒頭にでてくる文章である。この文章はまた、当ブログの「プロジェクトG・O・D」、不可知部分の、もっとも不可知な部分のINDEXに相当する文章でもある。ウスペンスキーは、この「解けない謎」をさらりと解いてみせるだろうか。

「(暫定)カビール達の心理学」フェーズ1
定義c:全ての謎は迷宮入りする。
定義g:(ないしょ)語られ得ないことがある。

 これまで、暇にまかせて図書館をぶらぶらしながら、いくつかのフレーズにまとまりをつけようと、7つの素材をつくっておいた。これらはすこしづつステージをあげて、精製されていく必要がある。

 定義。全ての謎は迷宮入りする。この言葉は矛盾を大いに含んでいる。解ける謎は、謎と呼ばない、という前提が必要だ。解けてしまった謎は、既知であり、すでに謎とは呼ばれない。いずれ解かれるであろう謎は、未知であるが、いずれ説かれる運命にある。だから、それも謎と呼んでしまっていいのか、という疑問は残る。しかし、いまだ知られざるものでありながら、それを知ろうとしなければ、未知とさえ呼ばれない。

 全ての謎は迷宮入りする。この定義はかなり無理がある。全ての謎、というところで、謎がたくさんあるかのような誤解を生んでしまう。実は、知ろうして、いずれ知られてしまう謎はたくさんある。いや、ほとんどが解けてしまうだろう。解けないで残る謎だけが、本来の意味で謎と呼ばれるべきだ。解けないで残ってしまう、最後の問いだけが、謎と呼ばれるべきなのだ。最後に残る謎。それこそが死の問題であろう。

 ここは、最終の謎は迷宮入りする、とでも書きなおしたほうがいいだろう。いや、解けないで最終に残るものこそを謎とよぶべきなのだから、最後に迷宮入りするものだけを謎と呼ぶ、とでも書き換えたほうがいいのだろう。

 定義。(ないしょ)語られ得ないことがある。どうして、語られ得ない、と結論づけることができるのであろうか。語られ得ない、ということが分かるということは、図地反転してみれば、それは語られ得る、ということにならないだろうか。大体において、語る、とは何か。言葉にする、ということか。その存在や状況を理解できるけど、言葉にできない、ということか。それともその存在や状況も理解できない、ということか。

 神という概念は、言葉に置き換えたり、形容できなくても、存在しているのだろうか。あるいは、その存在そのものがもともとないのだろうか。ニーチェが叫んだように、神は死んだのか。あるいはもともといなかったのか。小人物たちが生み出した、負の概念だったのか。

 死という概念は、言葉に置き換えたり、形容できなくても、存在しているのだろうか。あるいは、その存在そのものがもともとないのだろうか。人間としてこの世に生まれた限り、あまねくすべての人間に死はやってくる、という考えは既知である。いずれ、この私、この身にもやってくるはずの死は、未知として、いずれ体験されるべき課題として取り置かれている。いったいにおいて、死は、小人物たちが生み出した、負の概念であると、言うことはできないのか。

 永劫回帰、そして「過去への転生」という考え方は、「進化」という考え方とどう関係するのかという問題に関連して、秘教の中に何らかの社会理論は存在するのかどうかを知るのは興味深い。つまり秘教は、ある文化が最高の結果を得るのを助け、一般に人類の進化に役立つような社会組織の可能性を認めているのか、ということである。 p331

 ウスペンスキーがここでマヌ法典を取り上げ、さらに、次章の12章「セックスと進化」で、死から生への転生の謎をさぐっているのは興味深い。この辺に、当ブログにおける「菩薩としてのウェブ」模索の手掛かりが落ちている可能性もある。

 しかし何でもかんでも、古代から伝わる秘教を探ることに全精力を傾ける、という態度は、当ブログの態度ではない。示唆され、ヒントを得ることがあるとしても、すべての外在物のなかの既知なる回答をあてはめようとするのは、自らの探究を放棄したに等しい。のんびり行こうじゃないか。急いては事を仕損じる。

<6>につづく

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2009/05/23

おくりびと

おくりびと
「おくりびと」 
本木雅弘/広末涼子/山崎努  監督: 滝田洋二郎 2009/03 レーベル: セディックインターナショナル、小学館 販売元: アミューズソフト販売(株) (DVD1枚) 131分
Vol.2 No.638★★★★☆ ★★★★★ ★★★★☆

 笑いどころ満載の映画。笑うところでしっかり笑っておかないと、ず~と涙でぐしゃぐしゃになってしまう。

 先日アカデミー賞を受賞したので、そのうちテレビでやるだろうと、映画は見る気なかったのだが、せめて原作の「納棺夫日記」だけでも読んでおこうと思った。で図書館にリクエストしておいたのだが、2月中旬に予約をいれたところ、ほぼ100人待ちだった。あれから3か月経過したのに、まだ私の前に50人の予約が入っている。

 市内図書館には3冊しか入っていないので、読めるようになるまで、更に3か月かかるということか。私の後ろにはすでに100人の予約が入っている。今リクエストした人は、あと半年待ち、ということですね。

 と、別に急ぐものでもないや、と観念していたところ、町内会の寿会主催で、近くの集会所で「おくりびと」のDVD上映会をやる、ということで、近所のじっちゃん、ばっちゃんと一緒に鑑賞してきた。

 先日遊びにきた友人によれば、原作と映画は別ものよ、ということだから、それぞれに観たり読んだりすることに意味はあるだろう。原作のほうは、友人夫婦によれば「けっきょく、歎異抄よ」とのことなので、それ以上のことは聞かなかったが、私たちの年代も、実生活上でも、話題に歎異抄がでてくる時代になったか、と、寄る年波を感じる(笑)。

 小説や映画については、あまりストーリーを語らない風習があるようだから、別にここでダイジェストを書くつもりはないが、なんともまぁ、ありそうなお話でもあり、まったくなさそうな話でもある。

 母親に連れられてきた小学生の女の子や、PTAで一緒だったお母さんなども来場していたが、圧倒的に寿会員が多い。鼻汁をすすっていたのは、私だけではなかった。あちこちで、ズルズルという音がした。どうかすると、この映画131分ということだから、すこし長すぎるのではないだろうか。ご長寿の方々には、すこし長すぎるのか、途中で退席した人が何人かいたけれど、長すぎるというより、内容が内容だけに、身につまされて、最後まで見通すことができないのかもしれない。 

 じっちゃん、ばっちゃんなら、三回くらいに分けて見ないと、血圧があがったり、下がったりで、余病を併発してしまうかもしれないな、などと、ちょっと心配になった(笑)。もっとも、このくらいストーリーを満載にしないと、アカデミー賞は受賞はできないでしょう。

 今日のあいつが一番きれいだった、とか、結局、私は門番だ、とか、殺し文句はいろいろあった。山形のなんとも言えないあの霊峰・鳥海山の風景がまた、黄泉の世界へと人々をさそう。

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新しい宇宙像<4>

<3>よりつづく 
新しい宇宙像(下巻)
「新しい宇宙像」(下巻)<4>
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/08 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 399p

 水平線や地平線が、必ずしも直線ではなく、大きな円弧の一部だとすると、そこには円として完結し、「直径」が存在することになる。地球に直径があり、地球の行動に直径があるように、太陽にも直径があるだろうし、太陽に公道にも直径がある。太陽系や宇宙にも「直径」が存在している。

 とするなら、人生というサイクルにも実は「直径」が存在しているのではないか。仮に人生80年を天命とするなら、それが一つの「直径」になるだろう。よくドッグイヤーなどと言われるが、犬の生命としては14~15年ほどの直径があるかもしれないし、ネズミや象には、それなりの直径があるはずだ。

 植物ならもっと長いだろう。私の住まいの近くにあるカヤの木の老木は樹齢1300年と言われているし、屋久島の縄文杉ならすでに数千年を生きているはずだ。もしブッダガヤの菩提樹がこの2500年の間に何回か世代を交代してきたとすれば、それぞれ数百年づつの「直径」があったということになるだろう。しかし、この輪廻(サンサーラ)を超えていくことがニルヴァーナとされている。「直径」という概念は超えて行かれなくてはならない。

 本書下巻においては、ほぼ100ページにわたって「新しい宇宙像」という論文が展開されている。1911年までに書かれ、29年頃まで手を加えられた文章ということになるが、アインシュタインが「一般相対性理論」を発表したのが1916年であれば、当時の文化人としても、ウスペンスキーの物理学への理解力は群を抜いた稀有なものだっただろうことが理解できる。

 この本が「新しい宇宙像」というメインのタイトルを持ち、関連する小論文の集合がこの本だとすれば、この論文が、ウスペンスキーのこの本の主要論文ということになるだろう。であればこそ、力の入る一文ということになるのだが、物理学にもウスペンスキーにも詳しくない当ブログとしては、ちょっと鼻白らむ表現がいくつかでてくる。

 「7次元」は不可能である。なぜならそれは存在しない方向へ向かって走るどこにも延びない線となるだろうからである。
 不可能な線が7次元、8次元、そして他の存在しない次元の線である。その線はどこにも伸びず、どこからもやって来ない。どんなに奇妙な宇宙を想像しようと、次がグリーン・チーズでできた太陽系を認めることはできない。同じように、どんなに奇妙な科学的操作を思いつこうと、アインシュタイン教授が地面と雲の間の距離を測るためにポツダム宮殿の上にポールを本当に立てるとは想像できない。とはいえ彼は著書の中でそれをやろうとしているのだが。
p231

 7次元は不可能、と言いつつ、ウスペンスキーは6次元までは可能としているのだ。21世紀の現在、リサ・ランドールなどの気鋭の物理学者たちが5次元時空の謎を解こうとしている。だが、数学的に、あるいは物理学的にその次元について語られているが、生活実感としてはn次元という考え方は、私にはあまり実感が湧かない。

 1次元や2次元ばかりではなく、3次元、という考え方さえ、実はあまり実感はない。j仮にこの世に直方体が存在するとは分かっても、「立方体」や「直方体」は存在しないのではないだろうか。サイコロであったとしても、たしかに「直方体」ではあっても、白い、とか、目がついているとか、転がる、とかいう属性が付加されている。

 宅配便の段ボールであっても、「直方体」としては存在していない。紙でできており、中は空間で、中には何かを入れることができ、満杯にしても、せいぜい10キロ前後の重さである、という属性がある。3次元、という考え方さえ、私には、あくまでも仮定の考え方であると思える。

 先年、「レムリアの真実」にかかわる女性たちと、付近の山を散策したことがある。その時、話題にでた話のなかに、このn次元の話があった。「今はまだ4.8次元くらいまでしか行っていないが、5次元の世界になったら・・・・」などという表現があって、それを聞いているこちらとしてはフムフムとなんの違和感もないような顔して聞いてはいるが、もう、そこからの話は、私の耳には全く入ってこない。

 なにはともあれ、ウスペンスキーが理論的なものや数学的なものに対する理解力(対応力)も、ずば抜けていたらしい、ということをここで確認しておこう。

<5>につづく 

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新しい宇宙像<3>

<2>よりつづく
新しい宇宙像(下巻)
「新しい宇宙像」(下巻)<3>
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/08 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 399p
Vol.2 No.637★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 第8章 実験的神秘主義
 コリン・ウィルソンが「ウィルソンが書いた文章の中で最も興味深いもの」と述べたこの章は、「ターシャム・オルガズム」を執筆していたときの著者の内面世界についてのドキュメントとして読むとさらに興味深さを増す。後にオルダス・ハクスレーが彼自身の「体験」に基づいて「知覚の扉」という有名な作品を書くことになるが、彼がウスペンスキーのこの文章を読み、その影響を受けていたことはほぼ確実であろう。
p396「訳者あとがき」

 たしかにこの「実験的神秘主義」は貴重な資料だ。というのも、それはウスペンスキー自身の体験だし、それについては誰も否定できなければ、また肯定もできないものだ。ただ、ここでウスペンスキーがこのように書く限り、それはそれとして受け取られるだけである。

 ハクスレーについての評価は、私はあまり歓迎しない。誰々の影響を受けた、というようなことを言われたくない。理論的なものや科学的な積み上げは、しかたないとしても、内的な体験については、その人ならではの独特なものだからだ。もし、自らの体験がないままに、誰かの体験を読んでしまって「刷り込まれて」しまうと、あとから「体験」したとしても、それが自らの体験なのか、単に刷り込まれたものを再現しただけで、自らがオーソライズしたものであるかどうか、判明しなくなるからだ。

 だから、まだウスペンスキーの「書いた文章」どころか、本書もまだ全部読んでいるわけではないが、この部分がかなり興味深いところだな、と感じるなら、私なら、あえてマーキングするだけで、飛ばし読みする。自らの体験の解像度がより高まり、動かしがたい「真実」となれば、その後は、他者の「体験」と比較することも一興であろうが・・。

 この「訳者あとがき」にうまいこと、上下二巻の章立てについて短いコメントがついているが、要はウスペンスキーのこの本においてのキーワードは、「秘教」、「四次元」、「超人」、「キリスト」、「タロット」、「ヨガ」、「夢」、「神秘主義」・・・・などなのだな、ということを再認識できる。これらについて、ウスペンスキーがどのような態度を示していたかということはわかる。だが、この本のほとんどの原稿が固まった1915年当時なら、その先駆性は高く評価されようが、21世紀も最初の10年が過ぎようとする現代において、必ずしも、その根拠をウスペンスキーに求める必要はない。

 私は「想像上の」行為と「想像上の」知識のあらゆるケースを「主観魔術」と呼んだ。この中には人工的に喚起された幻影、現実とみなされた夢、交信とみなされた「自分自身の」想念の解釈、アストラル視力や「アカシック・レコード」、そして同様の奇跡の半ば意図的な創造などが含まれる。
 神秘主義はその性質上主観的なものである。したがって私は客観的神秘主義を特別にグループ化しなかった。にもかかわらず、時々「主観的神秘主義」と呼ぶことのできるものが見られることがある。それは偽の神秘状態、あるいは擬似神秘状態であり、「強烈な」感情とは関係のない、ヒステリーや疑似魔術に近い。換言すれば、宗教的な幻視や具体的な形を取った宗教的な夢、つまり正統的な文学が「美(ビューティ)」と呼ぶもののことである。
p53

 当ブログにおいて、過去にも「アカシック・レコード」について何度か触れているが、これもまた、刷り込み効果とか、ネーミング・マジックによって、幻想を生み出す危険性が非常に高いので、あまりこれらの言語を歓迎してこなかった。しかし、このキーワードで、人々がなにごとかを表現しようと努力してきたことにだけは、常に留意していかなければならない。

 私を驚かせた最初の印象の一つは、この世界には神智学と心霊主義で言う「アストラル世界」にどんな意味であれ類似したものは絶対的に存在しないということであった。私が「驚いた」と言ったのは、このアストラル世界を信じていたからではなくて、おそらく私は無意識のうちに未知のものをアストラル世界という形で考えていたからである。
 事実、当時私はある程度神智学文献の影響を受けており、専門用語に関する限りその影響下にあった。もっと正確に言えば、私は明らかに、はっきりとではなかったにせよ、神智学の本に見られる不可視の世界に関する完全に具体的な記述の背後には何かがあるに違いないと考えていた。そのために、最初私は、さまざまな作家が詳細にわたって描写しているようなアストラル世界全体がまったく存在しないということを認めるのが難しかった。しかし後になって、他の多くのものもまったく存在しないことを知った。
p60

 用語のひとつひとつ、体験の重要度などについては、ここではやはり「科学」としてではなく、「詩」的なもの(芸術)として受け取っておくべきだろう。科学と意識をつなぐものとしての芸術の存在価値はこの辺に存在するだろう。ここでのウスペンスキーの表現は、芸術(アート)として受け取られるべきで、科学とか、真実とか、として受け取られるべきではない。

 リードピーターやシュタイナー博士の「透視」やすべての「アカシック・レコード」、神話的なアトランティスで何万年も前に起こったことの記述は疑いなく「ソロモンの神殿のハエ」と同じ性質のものであろう。唯一の違いは、私はその体験を信じていないが、「アカシック・レコード」は著者と読者の両方から信じられているという点だけである。p70

 シュタイナーについても、当ブログでいくつか読み込んできたが、ここでは、Oshoは「私が愛した本」のなかには、シュタイナー本を一冊も触れていないところか、彼の名前さえでてこなかったことを思い出しておくだけにしておく。

 死者について何かを知ろうとする試みは私の実験の非常に不思議な部分を占めていた。この種の質問にはたいてい答えがなく、私は質問そのものの中に本質的な誤りがあるのだと獏然と感じていた。しかし一度私は質問に対する非常にはっきりした解答を受け取った。さらに、その答えは尋常でない死の感覚に関するもう一つの場合に関わっていた。それは実験を行う十年前に私が体験したもので、強烈な感情的状態に引き起こされたものであった。p98

 意識を考えるなら、死の問題は避けられない。最近、なんどか現れるイメージがあるのだが、なかなかメモするチャンスがなかったので、ここに書いておく。

 東の水平線から太陽が昇り、西の地平線の中に、太陽が沈んでいく、という表現があるが、実際には、水平線も、地平線も、自然界には存在していない。実際には、太陽と地球の自転や公転の絡みだけであって、直線すら存在しない。

 水平線や地平線があるように見えるのは、地表に立って、それを見ている「私」がいるからであり、私の小ささから考えれば、その「線」でさえ、2次元的な一直線であるかのように勘違いしてしまう。しかし、水平線でさえ、大きな大きな円のごくごく一部でしかない。

 つまり、朝に太陽が生まれ、夕べに太陽が死ぬように感じるのは、私がいるからで、実際には太陽は生まれたり死んだりしているわけではない。かくのごとく、一人間にとっても、生まれ、死ぬ、という現象があるかのように感じているが、実は、私を離れてしまえば、生死という現象はなくなってしまうのである。

 宇宙空間ですでに数か月生活している若田さんのような宇宙飛行士なら、地球全体をヒト目で見ることができるだろう。そこには直線はない。だが、それでも完全ではない。若田さんには、地球の「裏側」が見えない。決してヒト目で見ているわけではない。もしこの地球をヒト目で見ようとするなら、地球の内部へはいっていくしかないだろう。空洞地球の住人なら、地球全体を見ることが可能であるかもしれない。

 しかし、それでも完全ではない。目が二つだけであり、前方だけを注視するようになっているとすれば、後方を確認できない。振り返ればみることができるが、その時、前方からは目をそらしてしまうことになる。私たちの視角は360度のマルチビジョンにはなっていない。全体を視るには、目を閉じて、全体を感じるしかない。であるなら、目が前方をみるようにできているという「欠陥」を補うことができる。

 そして、もし空洞地球で眼を閉じて全体を感じることができるなら、宇宙船の中も若田さんにもできるし、地表に立っている私にも、できるのである。生と死、という幻想をうちやぶることができるか。この問題に当ブログは突入しつつある。

<4>につづく

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2009/05/22

新しい宇宙像<2>

<1>よりつづく
新しい宇宙像(上巻)

「新しい宇宙像」 (上巻)<2>
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/06 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 406p

 ウスペンスキーの他の書物にも言えることだが、この本も一巻の形は成しているが、書かれた時期やテーマがまちまちなものを、再編集して、ひとつにまとめているものが見受けられる。この書もまさにそのような成り立ちをしており、先駆的に日本で翻訳された「超宇宙論」が部分的な抄訳で終わってしまったことは、必ずしも一方的に責められるべきものではない。ただ、確かに「超宇宙論」は分かりにくく、読者もどう受け取ってよいのか、戸惑いはあったはず。ちなみ私も、出版当時すぐに購入してのだが、よく読みこめなかった記憶あり。

 上巻の後半おいては、東洋文化に深い関心を寄せつつも、西洋文化の中での活動家らしく、キリスト教についての独自の解釈が続く。

 秘密を守るという考え方は、秘教ではエネルギーを保存するという考えに関係している。沈黙、秘密は、閉じた環、すなわち「集積所」を創造する。この思想は、すべてのオカルト体系に行き渡っている。沈黙を守る能力、または必要なことを必要なときにだけ言うという能力は、自分自身を支配する最初の段階である。スクールの仕事では、沈黙を守る能力は、達成すべき特別な段階である。p276

 当ブログにおいては、「ジャーナル」を表題の一部に用いている以上、知り得たものはオープンに公表し共有する、という姿勢を保っている。だが、知り得ないものは知り得ないし、語り得ないものは語り得ない、ということは当然なので、守秘義務や個人情報保護などの観点以外にも、文字やメディアの能力を過信しているものではない。

 しかし、真理とは露わになっているもので、誰にでも知り得るものである、という信念に変わりはない。トップ・シークレットは、オープン・シークレットだ。いたずらに秘密めいたことを語ることによって、何事かの付加価値をつけようという姿勢が世にあるとするなら、それは肯んじえない。

 タロット・カードについての興味深い論点も展開されている。当ブログにおいても「カモワン・タロット」のほか、いくつかのカード類についても読みこんでいるが、これらが帯びている意味性は、色や形、位置に、よってさまざまあり、一概にどの解釈が正しい、とは言えない。ウスペンスキーの解釈がどうの、というより、ここにおいてウスペンスキーが、タロットについての考察に大きくスペースを取っている、ということを記憶しておけば、それでことは足りるであろう。

 ヨガの紹介についての段においても、必ずしもウスペンスキーの独自の解釈の展開ということではなさそうだ。

<3>につづく

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新しい宇宙像<1>

新しい宇宙像(上巻)
「新しい宇宙像」 (上巻)<1>
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/06 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 406p
Vol.2 No.636★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 「OSHOのお薦め本ベスト10(私家版)」の第4位。2位の「人間の未来の心理学」と並んで、お薦め本の中核を成している本である。「ターシャム・オルガヌム」を含めて、グルジェフ+ウスペンスキーの世界観を示す重要な一冊となる。1980/08「超宇宙論 魂の科学を求めて」 という先訳があるが、抄訳の上、悪訳であるとの評価もある。こちらは満を持しての完訳ということになり、その重みもますます増加する。

 秘教という概念は主として高次の頭脳という概念である。この意味をはっきりと知るためには、我々の普通の頭脳(いわゆる天才の知性も含めて)は人間の頭脳の可能な限り最も高度な形態ではないということをまず認めなければならない。人間の頭脳は我々にはほとんど考えられないほどの高みに上昇することができ、我々はその高次の頭脳による活動の成果を見ることができる。piii 「第2版への序文」

 1934年の文章であるから、割り引いて考えなくてはならないが、2009年の現在なら、当時よりはるかに脳科学が進歩していて、だいぶそのメカニズムが解明されたのではないか、と推測する。だが、これが割と牛歩の歩みで、ここでウスペンスキーが言わんとしている「秘教」は、いまだに秘教のままであるように思える。

 だいたいにおいて、ここで言われているようなことは、必ずしも「アレクサンドリア図書館」に収蔵されていたであろう「書籍」のようなものではないのである。それは人間から人間へと伝えられるようなものでもなく、実際は「教えてくれる人」がいなくても、知ることができるものなのである。秘密の教え、とはいうものの、それは決して隠されているものではない。誰にでも見えるオープンなものなのだが、見えない者には見えない、というだけのことなのだ。

 本、本、本。私は読み、見出し、見失い、再び見出し、再び見失う。ついにある全体像が私の頭の中で形成される。私は、世紀から世紀へ、時代から時代へ、国から国へ、ある人種から人種へと伝えられてきた思想と知識の途切れることのない系統を知る。その系統は宗教や哲学の地層の奥深くに隠されている。宗教や哲学といったものは、実際のところ、その系統に属する観念を歪曲したり曲解したものにすぎないのである。p7

 さぁ、このへんのウスペンスキーの表現を、「科学」的事実と解釈すべきであろうか。あるいはOshoのように「詩的な表現である」と判断すべきなのであろうか。この部分が「科学」であるとするなら、ウスペンスキーは、この上下2巻(日本語版)の後段で、じっくりそこを証明してくれるだろう。もし「詩的な表現」に留まるとしても、ここに書かれていることの「真理」には、それほどの間違いはないように思える。

 ある民族は、内的なサークルという考えに基づいた非常に重要な伝統や伝説を持っている。例えばチベットやモンゴルに伝わる、「世界の王」の「地下の王国」、神秘都市アガルティーに関する伝説のようなものである。それらの伝説が実際にモンゴルやチベットに存在するもので、ヨーロッパの旅行家や「オカルティスト」たちの発明でなければの話であるが。p45

 チベットにもモンゴルにも、それなりの関心を示してきた当ブログではあるが、ここで語られている文脈についても「アガルタ探検隊」を派遣して(笑)、それなりの調査をおこなってきた。観音のマントラに導かれて、さまざまな痕跡をたどってみても、実際のところは杳として知られざる世界へと彷徨っていくのみである。

 秘教の考え方によれば、人類の歴史において、自力で始まった文明というものはない。偶然に始まって機械的に進行する進化というものはない。機械的に進行するのは退化と堕落の過程だけである。文明は自然な成長によって始まるのではなく、人為的な養成によってのみ始まるのである。p44

 ウスペンスキーを科学者として信頼するのか、詩人して注目するのか、あるいは「オカルティスト」の一人と断定するのか、によって、その言葉から受け取られるものは違ってくるが、なにはともあれ、ウスペンスキーはこのように表現していた、ということを覚えておく必要がある。

 内面世界の発達、意識の進化、これこそが絶対的な価値であり、人間以外の中では見出せない特質である。
 意識の変化、人間の内面的成長、これが「超人への上昇」である。しかし内面的成長は一つの線だけではなく、いくつかの線で同時に進行する。これらの線をはっきりと定めなければならない。なぜなら、それをまぜこぜにしてしまうと、間違った道に行くことになり、袋小路に辿り着いてしまうからである。
p169

 「超人への上昇」というフレーズは、当ブログの得意とする分野ではないが、ニーチェに大きく影響されているウスペンスキーの当時の文脈からすれば、言わんとするところは理解できる。そして、「まぜこぜ」の危険性も、なおわかる。

<2>につづく

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2009/05/21

アレクサンドリア図書館の謎

アレクサンドリア図書館の謎
「アレクサンドリア図書館の謎」 古代の知の宝庫を読み解く
ルチャーノ・カンフォラ /竹山博英 1999/06 工作舎 単行本 282p
Vol.2 No.635★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 一番最初に自分のものにしたのは、ポケット・コンピュータだった。コンピュータというより、ちょっと大きめのプログラマラブル電卓というべきか。それでもベーシック言語でプログラミングができたので、これがなかなか楽しかったのである。

 プログラミングするのはいいが、記憶装置がついていなかったので、別なソフトを走らせようとすると、せっかく手打ちしたプログラムを一回抹消するか、外部装置にアップロードしなくてはならなかった。その時に活躍したのが、音楽用のカセット・テープレコーダーだった。

 フロッピー・ディスクのような優れモノ(笑)がなかった時代なので、このカセットテープにプログラムをアップロードできるというところに、やたらと感動したものだった。自作のプログラムや雑誌に載っているプログラムを小さなボタン・キーボードから入力して、盛んにカセット・テープレコーダーに溜めこんだものだった。

 当時、パソコンにニックネームをつけるのがはやっていたので、私もこのポケット・コンピュータに名前をつけた。その名も「アレクサンドリア」。なんとまぁ、大仰な名前ではあったが、初めて自前のコンピュータ(電卓に毛が生えただけだが)の所有することになった私は、有頂天になったものだった。「携帯コンピュータ資格4級」とともに、甘酸っぱい青春の思い出である。

 30年経過して、あの頃、漠然と夢見た、「ポケットにアレクサンドリア図書館」という驚異の理想形は、現在では「ケータイ+ブロードバンド+Google」と言う形で、完全に実現してしまっている。しかも、特段の知識もいらず、経費だって、目が飛びぬけるほどのこともない。あの頃で言えば、誰でも宇宙船で観光旅行ができる時代、というのと同じくらいの夢のような話であったはずである。

紀元前3関、エジプト・ナイル河口の都市アレクサンドリアに
世界中の書物を収集するべく一大図書館が建設された。
その蔵書数は70万巻ともいわれヘレニズム期を代表する知識人たちがここで学んだ。
ところが、このアレクサンドリア図書館は、
その後、歴史の混乱の中で、忽然と姿を消してしまった。
その消滅の原因は? 実際はどのような建物だったのか? アレクサンドリアのどこにあったのか?
イタリア気鋭の文献学者カンフォラが、豊富かつ綿密な文献渉猟をもとに、
謎に包まれた古代図書館の実像を推測する!
 (表紙見返し)

 現代において70万巻の書籍など、別に驚くことではない。大体の文化国家の住民であれば、だいたいそれ位の蔵書を持つ図書館の利用は誰でも可能になっている。もちろん70万冊を読めるかどうかはともかく、その可能性は広がったことはまちがいない。ましてや、このインターネットの時代、Googleブックサーチのようなサービスを使えば、遅かれ早かれ、ほとんどの書籍はネット上で「なかみ検索」できるようになるだろう。

 アレクサンドリア図書館の存在が貴重なのは、それが現代ではなく、紀元前3世紀といわれる時代に存在したらしいというところだ。この図書館が焼失(あるいは他の原因かも)しなければ、人類の歴史は、すこしは変わっていたかもしれない。変わっていたかもしれないが、変わらなかったかも知れない、とも思う。

 そもそも、人類において「知の集積」だけで、その進化を究極まで遂げることができるだろうか。いくら書籍を量的に集めたとしても、それを質的に集積し、活用する技術がなければ、焼失しようが、虫に食われようが、同じことなのではないか。

 現在のネット上のブックサーチは、焼失前のアレクサンドリア図書館と同じような状態だ。当ブログのような小さなチャンネルからでも、やろうと思えば、あらゆる図書館にアクセスできる状態になっている。当ブログへアクセスしてきた大学の図書館だって、OPACなどの機能を使えば、ほとんど使用可能な状態になっている。

 だがしかし、この「知の集積」が進んだとしても、私にはどうも、人類の進化が可能領域の最終地点まで到達するとは思えない。もし「知の集積」が進むとしたら、「意識の集積」もすすまなくてはならないのではないか、という思いがつよくなる。

 仮に、たとえばGoogleのコンピュータが破壊され、アレクサンドリア図書館の消滅のような状態になったとしても、本質的に失われるものはそれほど多くないのではないか、と思う。SF作家ブラッドベリ描くところの「華氏451」のような時代になり、書物が積極的に焚書の目にあうような時代に仮になったとしても、一人が一冊づつ自分の脳みそに記憶すれば、失われるものは確かになくなる。

 いや、そうではない。書物に書かれたものを、「もの」として蔵書することの価値よりも、その書物を理解し、それを生き、それを「意識」としてプールすることのほうが、はるかに大事なことなのではないか、ということだ。インターネットの「アレクサンドリア」化に目途が立った今、あらたに人類が目指すべきは、インターネットの「アカーシャ」化ではないだろうか。

 アカーシャとは、意識のプールされたものだとされている。アカーシャ理解の共有もまだ進んではいない。また、そのメカニズムも、活用方法も、十分開発されているとは言えない。しかし、時代の流れは、次第にそちらのほうに向っていると、当ブログは考えている。

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スピリチュアル・ライフ

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「スピリチュアル・ライフ」 
宮国 靖晟 2004/01 新風舎 単行本 156p
Vol.2 No.635★★★☆☆  ★★★★☆

 
同じ著者による「ノーバディ・ザ・ブッダ」が面白かったので、図書館にリクエストを出しておいた。ようやく、一ヶ月後に800キロも離れた図書館から送られてきたのがこの本。前著と同じく、語り口は軽口で、内容はOsho話と印度プーナ体験記。

 前書は小説という触れ込みだったが、こちらも小説ということでいいのだろうか。それともエッセイとかノンフィクションという部類なのだろうか。ジャンル分けはなかなか難しい。だけど、書いてあることはまぁよくある話で、似たような体験をした人々なら、にやにや笑いながら読んでしまうに違いない。

 この人、周囲の人々のサニヤス名はどんどん惜しみなく出してくるのに、自分のサニヤス名を出していない。見落としたかもしれないが、少なくとも特記はしていない。ひょっとすると、この人、長いことOshoの本を読んでいるし、グルジェフも愛しているし、印度プーナの生活も7か月とかの体験をしているのだが、サニヤシンではないかもしれない。

 このような本では、ちょっと時代が遡るが、1983年にでた幸野谷 昌人の「エクスタシーへの旅」を思い出す。この手の本は、いくらでも書けそうだし、いくらでもありそうなのだが、意外と少ない。書けそうなのだが、書けないのである。

 この本は「スピリチュアル・ライフ」などというベタなキーワードでは、なかなか検索に引っかからない。宮国靖晟という著者名だとすぐでてくる。なにやら賞までもらったりしていて、たいしたものだ。アシュラム風景もなかなか活写されていて、興味深い。

 プーナのOshoアシュラム体験記は、断片的にはいろいろな話を聞くが、まとまった形で一冊になっている本は限られている。そういった意味では、とても貴重な本だ。95年ごろに、プーナに滞在していた人たちは、ひょっとすると、自分では知らないうちに、この本に登場している可能性があるので、ちゃんと確かめておいた方がいいだろう(笑)。

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ナレッジサイエンス

ナレッジサイエンス改訂増補版
「ナレッジサイエンス」 改訂増補版 知を再編する81のキーワード
杉山公造 /北陸先端科学技術大学院大学 2008/03 近代科学社 サイズ: 単行本 ページ数: 313p
Vol.2 No.634★★★★★ ★★★★☆ ★★★★☆

 元本が2002/12発行だから、全体的なフレームがどことなく古びて感じることはやむを得ない。しかし、元本が「64」のキーワードだったのに、こちらの改訂増補版は「81」のキーワードとなっており、大幅に手が加えられていることは間違いない。

 2002年の段階でも、この元本を目にする機会があったのだろうが、読み手としてのこちらの側にやや偏見があり、当時ではあまり素直にこの本に手を伸ばそうという気分にはならなかったのではないだろうか。

 文中に挟まれている「知のダイナミックをめぐる8冊」など、40冊の本のブックガイドもついているが、日進月歩ならぬドッグ・イヤーがまかり通るIT社会のIT分野につき、ちょっと古めの本が並んでいることにやや惜しいものを感じる。逆にいえば、日々の波に洗われて、それでも残った宝珠の数々ということにもなるだろうが、機会があれば、このブックリストを追っかけてみる価値はありそう。

 「知を再編する」と標榜する本書だが、その81のキーワードをつらつらと眺めていくと、門外漢なる当ブログとしては、どうも同義反復のような部分も感じないわけではない。あれとこれとでは、どう違うのか、これとあれは一緒にできるのではないか。そう考え始まると、当ブログなら、これのキーワードを10分の1ほどに縮めてしまいそうだ。

 だが、それぞれのキーワードには、その出てくる経緯があるのだろうし、取り組み方が違えば、おのずとネーミングの仕方も違うのだろうから、門外漢がいちいち文句をつけるべき筋合いのものでもない。むしろ、収縮過程と拡大過程があるとするなら、ちょうどこのくらいの項目立てが適当と編集者たちは考えたのだろう。専門家なら、ここからさらに100倍もの項目を再分化させていくに違いない。

 逆に言えば、最近「菩薩としてのウェブ」という新たなキーワードを見つけた当ブログとしては、ものごとをいわゆる科学やITレベルではなくて、もっと人間の死を含む、意識レベルまで拡大して欲しかったな、と思うが、それはないものねだりと言うものだろう。

 人間以外の自然界に「知」が存在するとすれば、たとえば数十億年という時間の中で淘汰と進化を重ねてきた遺伝子のような、いわば「無意識の知」であろう。しかし、人間の知識は、意識あるいは思考と切り離せない。生命の起源と同時に自然界に個体の内部世界と外界という区別が生じ、個体の内部世界が外界との間に何らかの齟齬そ生じたとき、それを解消するために外界に働きかけ、外界を変化させると同時に個体自身も変化してきたのが生命の進化の歴史であると言える。生命界の進化の過程に人間が登場するに至って、個体としての自分と外界としての対象的自然の間に生じる齟齬を「問題」としてとらえ、それを解決するために思考を働かせるようになった。そこに主観的な視点からも客観的な意味でも「主体」という存在が生まれ、「意識」が登場したと考えられる。野口尚孝136p「人間の知識の土台を支える『ものづくりの知』」

 この本自体が、北陸先端科学技術大学院大学というところの監修になっていることを考えれば、話の展開がだんだんと「もの」のほうになっていくのはしかたないとしても、当ブログとしては、この辺あたりに「菩薩としてのウェブ」へのインターフェイスを見つけていくことになる。もしこの本が左脳的な「知の再編」なら、右脳的な「意識の再編」は、一体どこまで進んでいるのか、その辺あたりが、かなり気になる当ブログではある。 

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ムラ・ナスルディン物語<2>

<1>よりつづく 
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「ナスレッディン・ホジャ物語」<2>―トルコの知恵ばなし
護 雅夫 (翻訳) 1965/03 平凡社 文庫: 310p

 ナスレッディン・ホジャが本著における翻訳名だが、長いこと(かれこれ35年くらい)ムラ・ナスルディンという名前でなじんできたので、これから、当ブログにおいてはムラ・ナスルディンと統一することにしよう。とは言っても、本文の中では、呼びかける言葉は「ホジャ」だから、ちょっと違和感が残る。Osho本では「ムラ」が採用されていた。

 最初から覚悟はしていたが、この小さなジョーク小話集だが、読み込むことはそう簡単なことではない。評論物なら、自分の関心のあるところだけを拾い読みすればいいだろうし、論文や小説でも、大意をつかめれば、あとは流し読みしていけばいい。ところが、小さな小話集なので、登場人物や主人公は限られているとしても、一つ一つの話の中での状況や性格づけがまちまちなので、ぜんぜん気が抜けない。

 或る日、ホジャ・ナスレッディンに、
 ホジャどん。内儀(かみ)さんと接吻したら、断食を破ったことになるかな? ならんかな?
と訊いたげな。
 故人(ホジャ)はニコニコ笑いながら、
 新婚ホヤホヤならば破ったことになる。結婚2年目じゃぁ、ちょいとわからん。じゃが、3年目なら、木の板とやるようなもんじゃ。破ったことにゃ、絶対ならんわい。
と答えたげな。
  p63

 いかにも断食月(ラマダン)があるイスラム社会ならではのジョークだが、全体としては、このような艶話は全体的にすくない。ただ、まだ5分の1位しか読みすすめていないので、後半にある「ホジャと内儀(かみ)さん---とかく女というものは---」などという一項があるので、まだ即断はできない。

 なにせ、イスラム社会への関心もいまいち盛り上がらない、ましてやインターネットを中心としたグローバル社会などまだまだ予想さえ難しかった1965年の翻訳である。当時の日本社会の生活環境に置き換えてイスラム社会を理解しようというのだから、土台無理な面が残っている。その言葉使いといい、落とし所の理解の仕方を、当時の日本社会でも理解しやすいように工夫されていることに、翻訳者の苦労を感じる。

 イスラムの聖典や聖人たちの世界観もまた関心があるところだが、一般イスラム社会の人々の日常生活も、私たち日本人となんら変わらない日々があるのだ、と理解できるところが、なんとも民俗学的な一冊でもある。

<3>につづく

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2009/05/20

印度精神文化の研究<2>

<1>からつづく

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「印度精神文化の研究」 <2> 特にヂヤイナを中心として
金倉円照 1944/02  培風館 単行本 506p

 ジャイナについては、Oshoの出自であるというだけで、あとはそれほどのこだわりはない。当ブログにおいても、一冊だけ「ジャイナ教入門」(2006/8 現代図書)を読んだだけであり、そこから展開しそうなものは多くはなかった。

 ということで、まずは「ジャイナ教入門」をまたペラペラとめくってみた。この本、出版されたのは2006/08であり、当ブログがめくったのは2006/12だったのだから、出版されてホヤホヤの新鮮な状態だったと言える。巻末には「日本のジャイナ教研究書」として約20冊ほどの文献が紹介されているが、ここで取り上げている金倉円照の「インド精神文化の研究」は、前から2番目にリストアップされている。

 トップは世界聖典全集刊行會というところが出版した本の鈴木重信「耆那教聖典」(1920)で、付近の図書館を検索してみると、実はこれも在庫があることを発見した。なるほど、あまり目にはつかないが、ジャイナはジャイナでおっかけてみれば、かなり深味がある可能性があるな、と分かってきた。

 しかしまぁ、ここは、あまり深追いせず、ゴータマ・ブッタの時代には六祖外道の一つとして数えられたジャイナではあったが、地獄への切符でも意味するかのような「外道」という表現は、あまりに極端は評価であろう、と理解する程度でいいのではないだろうか。

 ジャイナについては、Osho「私が愛した本」p71のなかでハヴィーラの「ジャイナ・スートラ」にも触れいるが、一般にはマハヴィーラ自身は経典を残していないとされる。その後5~6百年を経て、ウマースヴァーティの「タットヴァ・スートラ」が登場するわけだが、彼自身は白衣派に属するにも関わらず、空衣派の聖人とも目される場合があるようだ。

 白衣派と空衣派は解釈が違い、ジャイナ共通の経典とするには微妙な部分が多いのだが、この他に適当な文献がないかぎり、この「タットヴァ・スートラ」は、21世紀に生きる現代人がジャイナを理解するには、大きなひとつの手掛かりになりそうだ。

 「ウマースヴァティのヂャイナ教義」以降、約130ページほどをパラパラとめくってみると、金倉本人の解釈の部分を除けば、この「諦義証得経」(タットヴァ・スートラ)も、それほど、理解できないほど難しく書いてあるわけではない。仏典の一部かとみまがうような文脈が並ぶ。翻訳にあたって、仏教用語を多用しているのだから、とっつきかねる、というほどのことはない。

 あえていうなら、殺害はするな、とか、嘘はつくな、と言った倫理観の強さが強調されていて、なるほど、この辺がジャイナだなぁ、と感じるのは確かなことである。「密室殺人+探偵小説」などは、まさに、殺人と嘘のアートのようなものだが、ジャイナから見たら、いったいどんなことになってしまうだろう、と、ちょっとヒヤヒヤしないでもない(笑)。

 さて、この本のページの他の部分に目を移すと、「ジャイナ哲学の一様相」として「クンダクンダのヂャイナ教義」という一文も加えられている。経典そのものではなく、解説だが、このウマースヴァティと並ぶ、空衣派の聖者とされるクンダクンダについても、初歩的とはいえ、基本的なことは押さえておくことも必要だろう。

つづく 

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解説ヨーガ・スートラ

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「解説ヨーガ・スートラ」 
佐保田鶴治 1980/02 平河出版社 単行本 281p 新装版1983/08
Vol.2 No.633★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 どうしてヨーガの「馬を車につける」という古意から「三昧(瞑想、精神統一)の意味が出て来たのか? この疑問に対して、歴史の偶然の幸運というか、まことに適切な答えがカタ・ウパニシャッドによって与えられている。p183 

 「馬車、馬、御者、主人」は極めて分かりやすいし、「馬車、自動車、飛行機、大鳥」論も面白い。ヨーガのもともとの意味は、馬車と馬をつなぐ、という初歩的な意味を持っているだけだが、もちろん、長い体験とインスピレーションの歴史のなかで、もっともっとはるかに高度に積み上げられた体系が出来上がっている。

 前々世紀(1899年)生まれの佐保田鶴治が、自らの病弱体質を治すために取り組んだヨーガ行は、自らの学問的探求的側面に裏付けられて、日本におけるヨーガ理解に大きな道を開いた。後の1980年代NHKテレビにおけるヨーガ講座などの指導も記憶に鮮やかである。

 ヨーガ・スートラは各章各節の排列の仕方が極めて特異なので、本書の一貫した思想をつかむとか、章節間の関連をとらえるということは非常にむつかしいのです。p5

 この一冊に目を通しただけでも、いわゆるヨーガ・スートラというパッケージのなかにインド5000年の歴史がてんこもりに盛り込まれている。あの手この手の配慮が行き届いている。だから、この本の中に、ほとんど誰もが自らの足がかりを見つけることができろうだろう。しかし、この本の全部を必要とする人はそうそういないだろうし、全部を頭に入れてしまうことは、時と場合によっては弊害をも生みかねない、と私なら思う。

 この本は、プラネタリウム館の非常口のように思える。非常口は必要だ。しかし、満天の星々を映し出すには、非常口の明かりを消す必要がある。でも、非常口がなくなるわけでもないし、非常口があるからこそ安心できる。万が一の場合は、非常口を使わざるを得ない。絶対必要だ。だけど、その位置を最初に確認したら、あとは、それを忘れてしまいたい。もちろん、使わないで済んだほうがいいにきまっている。

 その同じ静慮が、外見上、その思考する客体ばかりになり、自体をなくしてしまったかのようになった時が、三昧とよばれる境地である。p122

 当ブログにおいては、ようやく話題が瞑想というところに行きつこうとしているところであるが、こまかくは突っ込んでいない。瞑想や三昧という言葉を使うことによって、なにかが分かってしまったような気分になるのは、そうとうにヤバイなという危機感がある。だから、当ブログにおいては、いまだに「瞑想」は「(なんちゃって)瞑想」でしかない。言葉や知識が先行することによって、自らの体験を抜きにして、イメージだけが先行しすぎるのはぜひ避けたいと思う。

 しかしながら、地図なき道としての(なんちゃって)瞑想におけるリスクは決して少なくない。万が一、乗り上げたり、落っこちてしまったら、このヨーガ・スートラは、多いに役立ってくれるに違いない。だけど、それはエマージェンシーの場合にとっておいてもいいのではないか。

 チベット密教においては、ラマの指導が絶対とされる。グルジェフ&ウスペンスキーにおいてはスクールが必要とされる。さて、ヨーガ・スートラにおいても、そのテキストはかなりの説得力を持って存在している。

 よく三つの宝と言われる仏法僧。仏教においては、もっとも基本とされるシステムだ。しかし、もし私がOshoのサニヤシンとして瞑想をしていくとするなら、仏=ブッタム(ラマ)も、僧=サンガム(スクール)も、やんわりと否定される(あるいは熟考を要す)。とするなら、法=ダンマム(ヨーガ・スートラ)も、どのように取り扱われるべきかは、自ずと理解されることになる。

 業、輪廻の思想はウパニシャッド神秘思想以来のインド哲学思想の根幹の一つである。これなくしてはインドの哲学思想は成り立たないのである。p269

 さまざまな教説がある。だが、自らの体験をおろそかにして、教義や経典に対する依存度をいたずらに高めていくことは、避けなければならない。

 法雲三昧 最高英智に対してさえ執着の念を起こさず、あらゆる形の弁別智を展開した後に発言する三昧であって、この三昧の境地においてすべての煩悩と業は滅び去る。その結果無限の英智が発現して、知らねばならないことはすべてなくなる。仏教でもボサツの最高の修習位を法雲地とよんでいる。p281

 著者におけるヨーガ・スートラ解説の最終項においても、菩薩に触れられていることは興味深い。

 3番目の本は、パタンジャリの「ヨーガ・スートラ」だ。バーダラーヤナはあまりにも深刻だ。ナラダはあまりにもおどけている。パタンジャリはまさにその中間、正確にその真ん中だ。性真面目でもなければ、不真面目でもない。まさに科学者の精神だ。私はパタンジャリについては10冊の本で話した。だから彼についてはこれ以上言う必要はない。10冊話した後で、これ以上何かを言うのは、それに何かを付け加えるのはむずかしい・・・・。ただ私がこの人を愛しているということだけをつけ加えておこう。Osho「私が愛した本」p58

 当ブログで未読であるが、Oshoパタンジャリ講話日本語訳には「魂の科学」がある。

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2009/05/19

現代アート、超入門!

現代アート、超入門!
「現代アート、超入門!」 
藤田令伊 2009/03 集英社  新書 204p
Vol.2 No.632★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

 ちょっと甘いが、この本、満点。満点とは言っても、当ブログには、7つ星とか、レインボーカラーなんていう奥の手があるので、天を極めたものではないが、期待値に対する結果は、はるかに凌駕していたと言える。なんせ、「超入門」、というのがいい。しかも、当ブログ好みの新書である。久々のヒット新書本。

 当ブログにおいては、サイエンス---アート---コンシャスネス、という3分野についての、均等なアプローチをよしとしている。サイエンス(科学)にも様々な分野があり、あえて当ブログでは、その代表をインターネットに務めさせている。同様に一言でアート(芸術)と言っても、さまざまあるが、ひとつの文芸としてジャーナリズムに代表を担当させている。コンシャスネス(意識+α)については死を持ってその任を果たすべく配置している。

 つまり、当ブログにおいては、アートとジャーナリズムは等価なものとして位置づけられているのだが、これはかなりぶった切りのはなはだしい話であって、アートとジャーナリズムはまったく対極において語られるべき場合もあるはずである。

 しかるに、つまり、アートとはなにか、ジャーナリズムとはなにか、という目的論的に論を進めたときに、結局はアートとジャーナリズムには違いがないのだ、ということを、この本は私に痛感させてくれた。つまり、科学と意識をつなぐ、架け橋としての存在、それが芸術(アート)だ、と言っているのだ。

 この本、現代アートの超入門書であり、マティスやピカソの口絵から始まって、はてはウォーホール、さらにほぼ無名の管亮平の2008年の作品まで続いていくが、この本、決して現代アートだけを論じているわけではない。いや語られているのは現代アートだけなのだが、現代アートへの足がかりを探りながら、クラシックアートを再認識するための足がかりをも、しっかりと見つめさせてくれるし、芸術全体への再認識のチャンスを与えてくれる。

 デュシャンは、「ダダ」(あるいは「ダダイズム」)という、ちょっと変わった名前のグループの一人と見なされている。p94

 近所のダダイスト、日本のハプニング・アートの鼻祖とされるダダカンこと糸井貫二のことを思い出すたび、私は、身が縮みあがる。彼のアートは、額縁に入れられたり、博物館に飾られたりするアートではない。それでも、額縁アートや博物館アートより、はるかに評価が高い場合があり得る。末永蒼生だって、本来は、ハプニング集団「PEAK」を率いるアーティストだった。決してお絵かき教室のおじさん(だけ)ではない。

 モンドリアンはまた、神智学という少々オカルティックな学問を学んでいた。神智学とは、この世界は神的な存在の意図に基づいてできており、すべての物事にはすべからく理由があり、物事と物事のあいだには必然的な関係があるとするものである。p102

 モンドリアンのアートは、「英文学の地下水脈」とのつなげて鑑賞したら、面白かろう。何が、「少々オカルティック」なもんか。神智学はオカルトの本道だ。一枚の絵として、そのアートを鑑賞することなどできない。アートという切り口を通して、彼が取り組んでいたのは、アートを通り越した別のなにかだ。

 評論家たちの話は難解で、現代アートはそれを理解することのできる一部の特権階級のものだというエリート意識をくすぐるような風潮さえ生まれた。p140

 いわゆるモダンアート、現代アートと呼ばれているものは、すでに過去のものになっている可能性がある。その役割は明確で、その仕事量も半端ではなかったけれど、現代思想や哲学が病弊してしまっているのと、おなじ危機に瀕している可能性がある。

 ポップアートは、価値あるものとそうでないものの境界だけではなく、高尚と低俗の境界、アートとビジネスの境界、アートとデザインの境界などをすべて曖昧にし、可能性を広げたと同時に、それぞれのアイディンティティを希薄にもした。p158

 ポップアートですら、すでに旧聞に属する。

 インターネットをはじめとしたITは、私たちに一昔前とは比べものにならないくらいの利便性をもたらした。(中略)昨今では、インターネットのなかにバーチャルな社会が成立するようになり、そこでは現実の社会と同様の営みがなされている。p196

 その結果、

 近年のアートは感覚に偏った傾向が顕著になっている。こうした現代アートの状況を「マイクロポップ」とか「インプライベート」といったキーワードで解読しようとする試みがなされたりしている。p198

 科学が進化し、意識が深化する限り、そのかけ橋であるアート(芸術)も変貌を遂げざるを得ない。

 私が常々思っているのは、「菩薩になりたい」ということ。如来のように完全に悟りきるのはムリだとしても、自分なりの努力によって菩薩となり、自分も修行しつつも、自分がこれまでに得られたものをほかの人にも伝えられれば、という想いで、そういった菩薩の位置付けが自分にはピッタリに思えるのである。p201

 「悟り切るのはムリ」、とは、ご謙遜だろうが、一応申し上げておけば、菩薩とは、悟り切ることができるのに、悟り切らないで、此岸に留まる、ということ。この菩薩行は、半端なブッダ行よりはるかに優れたアートと言える。「菩薩としてのウェブ」の探究を始めたばかりの当ブログではあるが、さっそく一冊よい足がかりを見つけることができた。

 藤田令伊菩薩に、合掌。

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色彩自由自在

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「色彩自由自在」 
末永蒼生 1988/07 晶文社 単行本 174p
Vol.2 No.631★★★★☆ ★★★★★ ★★★★☆

 図書館に行ったら、この本があったので、へぇーこんな本がでているんだ、と早速ページをめくってみた。なかなか面白い。途中まで読みすすめてから、フィリピンのアキノ大統領あたりの話になって、ふと奥付を見て、初めて、この本が20年前の本であることに気がついた。なんとまぁ、時代を超越していることか。

 末永蒼生追っかけをしたことがないので、当ブログでは「心を元気にする色彩セラピー」  (2001/01 PHP研究所)程度しか読みこんでいないが、最初に彼の文章を読んだのは、今から40年前、私はまだ高校生だった。彼もまだ20代だったに違いない。その名も雑誌「黒の手帖」は今は懐かしい幻想文学の月刊誌だったが、彼はその中に、児童画とアサリ式心理診断法を取り上げていた。

 あの時のイメージは、この本を読んでも、何ら変わらない一貫したものがある。当ブログでは、著書にこそ触れていないが、著者やアサリ式については、自分でググってみると、何度も何度も触れていることがわかる。はて、私は、これだけこの潮流に関心を持ちながら、なぜに直接追っかけをしないのだろうか、と、不思議な気分になる。

 20歳前後の頃、アサリ式のノウハウの基本を学んだあと、仲間たちと絵を書いたり、批評をしあった。後年、未就学児童や、極端に口数のすくない青年などのカウンセリングの担当をする時は、積極的にこの「お絵かき」を採用した。必ずしも「診断」とか「セラピー」という意識は持たなかったが、切り口としてはかなり有効だった。

 ただ、ひとつのノウハウを身につけてしまうと、その価値基準が縛りになってしまい、ものごとを何でも一律に理解してしまおうという「サボり」がでてくるように感じるようになった。だから、あえて、ある時期から、このノウハウには距離を保つようになったのだった。

 それにしても、そのような中で末永蒼生という人は一貫して、彼自身のスタイルを貫いてきたように思われる。心理学のようなアカデミズムに逃げてしまうのではなく、自らの「画業」に浸っていくのでもなく、児童画やカラー&アートという分野で走り続けてきた、というところに稀有な存在価値を感じる。

 とにかく、一回、その辺のところを積極的に追っかけてみようと思っている。彼の弟の名前は「朱」の文字がつく。画家だった父親が「蒼」と「朱」を息子たちの名前につけたことを考えると、その鮮烈なイメージがさらに際立ってくる。当ブログ、最近は「心理学」というものに、それなりにアプローチをし始めている。更に一歩進めるには、この「色」から近づいていくのも一考かな、と思いだした。

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印度精神文化の研究<1>

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「印度精神文化の研究」 <1>特にヂヤイナを中心として
金倉円照 1944/02  培風館 単行本 506p
Vol.2 No.631★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 もとより公立図書館の一般開架の本を中心に読み込んでいこうという方針の当ブログではあるが、時には閉鎖書庫から出してもらって読まなければならない本も多数ある。それはキチンとリストに乗っているのであるが、たまたまスペースがなくなってしまったとか、新版がでたとかでしまわれてしまった書籍たちの場合もある。

 ところが、リストにも引っかからず、読む人もすくなくなっていて、ネットオークションでも出品されておらず、ようやく古書店で見つけることができた、などという本も少なくない。それらはマニアックな読み方をされており、読むと言うより稀少本として蔵書棚を満たすために売買されていることも多いようだ。

 もともと発行部数がすくなく、一部の人々の手にしか渡らなかったものもあり、さまざまな経緯があるものだが、さて、この「印度精神文化の研究」も第二次世界大戦中の末期に発行されたということもあり、かなり貴重な一冊と言えるのだろう。Osho「私が愛した本」のなかのウマースヴァーティの「タットヴァ・スートラ」の全訳が収録されている、と、この道の先達に教えてもらえなければ、とてもとても行きつく書籍ではない。

 さて、行きついたものの、この本を読みこむことはなかなか難しい。ひとつにはジャイナ教の経典だからであり、また、時代を感じさせる表現形態をもっていることである。どこが大事で、どこを読みこめばいいのか、いざ、この稀少本を手にして、うろたえることしかり。

 じつは、この金倉円照という人の別の書籍も今手元にあり、はてさて、どのように取り組んだらよいのか、思案中ということになった。「チベット密教」追っかけ中にも、素晴らしい稀少本に巡り合えているのに、自らの力不足ゆえ、なかなか読みこめず、けっきょく当ブログにおいても「お蔵入り」になってしまった本も少なくない。

 しかしまぁ、ここは、ようやくこの本に巡り合えた、我が機縁の恵まれていることに感謝して、今日のところはメモだけを残しておく。

<2>につづく

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2009/05/18

OSHO、聖典を語る<3>

<2>よりつづく
和尚、聖典を語る
「OSHO、聖典を語る」 エッセンス集 <3>
OSHO /玉川信明 2003/12 社会評論社 単行本 310p
Vol.2 No.630★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 「コーラン」をめくっていて、なんとなくこの本を思い出していた。以前より、「聖典」というところに、やや違和感を持っていて、「和尚ガイドブック・シリーズ」全4冊のうち、最後の一冊でもあり、どこか個性が薄い感じがしていた。トランスパーソナル心理学や、ZEN、あるいはTANTRAに触れた前の3冊に対して、この本は、いまひとつ取り組めないでいた。

 ところが、「私が愛した本」つながりでスーフィーを追っかけているうち、ハッキム・サナイにぶつかった。サナイについては、Oshoはかの本において4ページ以上にわたって触れている。長文過ぎる上、内容的にもやや転載するには、微妙なものを含んでいる。かと言って、ほかに日本語文献が翻訳されているわけでもない。

 そこでOshoがサナイについて語った「ユニオ・ミスティカ」を思い出したが、当ブログではまだ未読であった。あらたに読み込みをするのには、丁度よい機会かなとも思ったのだが、あ、そういえば玉川本があるなぁ、とこちらのことも思いだした。

 玉川本シリーズについては、出版当初より、いろいろ思いは錯綜したが、出版当初のうろたえた気分より、やや落ち着いていて、ああ、こういう「ガイドブック」というものもあっていいのだ、と思えるようになってきた。いや、むしろ、こういう形でまとめてくれてありがとう、という感謝の気持ちにさえなってきている。

 「ユニオ・ミスティカ」は474ページにわたる大冊だが、その要約としてこの玉川本にまとめられている分は、30数ページ。はて、それで足りるのかどうかは、読み方しだいだが、数行の紹介ですら、力を持つ場合の多いOsho講話である。そのダイジェストの方向や引用方法が間違っていなければ、それなりにOKということになるのだろう。

 第2章 世界の闇と光は溶け合っている ----ハキーム・サナイ「ザ・ハディカ」(真理の花園)  p43

 約30ページと、かなりコンパクトであるが、コンパクトであるがゆえに全体をとらえやすい。とらえやすいけれども、サナイの場合、他のスーフィーたちと同じく、なにか論評を加えるという雰囲気にはならない。ただただ拝聴しているだけで、なにか不思議な世界へとリンクされていることに気づく。

 このガイドブック(4)には、他に老子「道徳経」、「イーシャ・ウパニシャッド」、「般若心経」、「ダンマパダ(法句経)」、「トマスの『聖書』」、「ティロパ『マハムドラーの詩』」、「サラハ王の歌」などのダイジェストが収録されている。

 聖典といえば聖典なのだろうが、どうもその括りではすべてを表現しているとは思えない。玉川としては、前の3作に収録しきれなかった分を、さらに一冊追加した、ということだろう。ましてや、サナイを「聖典」という括りではなかなか考えることは難しい。スーフィーはやはりスーフィーだ。

<ご注意>次のリンクへ進んでください。2010/02/27

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コーラン

コーラン(上)改版 コーラン(中)改版 コーラン(下)改版

「コーラン」(上)  (中)  (下)  
井筒俊彦 2009/04 岩波書店 文庫 368p 369p 398p
Vol.2 No.627~9★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 11番目。このシリーズの最後は、ハズラット・モハメッドの「コーラン」だ。「コーラン」は、読むべき本ではなく、歌うべき本だ。読んだら、それを逃すことになる。歌ったら、もし神が望むなら、それを見いだすかも知れない。

 「コーラン」は、学者や哲学者によって書かれたわけではない。モハメッドは、完全な文盲だった。彼は自分の名前すらかけなかった。だがモハメッドは神の霊に乗っ取られた。純真無垢ゆえ彼は選ばれ、そして歌い始めた。その歌が「コーラン」だ。

 私にはアラビア語がわからない。だが「コーラン」は理解できる。なぜなら、私にはそのリズムが、そのリズムの美しさが、アラビア語の音の美しさが分かるからだ。意味など誰が気にする? 花を見て、「それはどういう意味か?」と尋ねるかね? 花は花で充分だ。炎を見て「これは何を意味するのか?」と尋ねるだろうか? 炎は炎で十分だ。その美しさがその意味だ。リズムがあれば、その無意味さそのものが深い意味を持つ。

 「コーラン」がそれだ。そして私は、ありがたいことに神に許されて・・・・いいかね、神はいない、これは表現にすぎない。私を許している者など誰もいない。インシャラー、ありがたいことに、私はこのシリーズを「コーラン」で終えることができる。人類の全歴史の中で最も美しい、最も無意味な、最も意味深い、しかもなお、もっとも非論理的な本で終えることができる。Osho「私が愛した本」p66

 Oshoあるいはその周辺は、このシリーズを最初は50冊で終了する予定であったようだ。そして、その尻んがりをしっかりと「コーラン」で、一回締めてしまったのだった。「ツラトウストラ」から始まって「コーラン」で終わる。これはこれでコンパクトな円環をイメージできる。しかし、最終的には「信心銘」から始まってアラン・ワッツの「本」への大きな外環状の168冊に拡大してしまうのだが、やはり、「コーラン」は内環状の中にはいらざるを得ない一冊と言えるだろう。

 ましてや、当ブログにおいてもスーフィーのファキールやダルビッシュたちを追っかけていくなら、彼らがどのように扱い、あるいは彼ら自身がそれによってどのように扱われたとしても、「コーラン」には一度目を通しておかなければならない。

 とはいうものの、翻訳者も言っているとおり、コーランを文字にし、あるいは現代日本語の口語体に移し替えるという作業は無謀な行為ではあるようだ。ほとんど不可能であり、また、翻訳されたものはまったく別ものである、とさえ断言している。さらにまた、アラビア語という言語体系は、ほんのちょっとの表記のしかたで、まったく意味の反対になってしまう場合があり、解釈のされかたはさまざまあるようだ。

 時に、なんとか原理主義とかいう単語が飛び出すが、幾通りの解釈が存在し、また、あらゆる理解が可能であるコーランから、「原理」を引き出すことなど不可能にさえ感じる。もし「原理」があるとすれば、自らの解釈を固定的なものと考えて、他の解釈の自由を許さない、という頑固さ、その頑迷さこそが原理を生んでしまうのだろう。 

 世界三大宗教と呼ばれる、仏教、キリスト教、イスラム教の中ではもっと縁遠く、ましてや「コーラン」など理解不能だと、最初っからあきらめがちだが、この文庫本3冊にまとめられたコーランは、割ととっつきやすい。ものごとの本質に到達しえないまでも、コーランとはこういう仕組みになっているのか、こういう世界のことが書かれているのか、というイメージは湧いてくる。

 小説ぎらいを標榜する当ブログではあるが、不謹慎ながら、この3冊を小説ごときのように一読してみるのも悪くないな、と感じる。ざっと眼を通したかぎり、マホメッドという人間の存在感にも触れることができるし、その歴史的な周辺地域との関わりなどにも、関心が湧いてくる。

 今年2009年4月に、この文庫本の「改版」がでているようだが、当ブログでは1998~9年にでた旧本を読んだ。訳者の解説もなかなか興味深く、新しい改版では、なにか新しい記述がプラスされているかもしれない。

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2009/05/17

私の愛した本<32>アル・ヒラジ・マンスール

<31>からつづく

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「私が愛した本」 <32>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

 「アル・ヒラジ(ハッラージュ)・マンスール」

 4番目。私は最も美しいひとりの男を見た。私は彼について話したことがある。だが50冊のリスト、あの独断的なリストの中では彼に触れなかった。その男の名前はアル・ヒラジ(ハッラージュ)・マンスールだ。アル・ヒラジは1冊の本も書いていない。あるのはわずかな言葉、むしろ宣言とでも言うべきものだ。アル・ヒラジのような人は宣言するだけだ。それはいかなるエゴイズムによるものでもない。彼らにはエゴはない。だからこそ「アナルハック」と宣言するのだ。「アナルハック!」が彼の宣言だ。そしてそれは「私は神だ。そしてほかに神はいない」という意味だ。

 イスラム教徒たちはこの男を許すせなかった。彼らはアル・ヒラジを殺した。だがアル・ヒラジを殺すことなどできるだろうか? それは不可能だ! 殺されている最中でさえ、彼は笑っていた。誰かが「なぜ笑っているんだ?」と尋ねた。

 彼は答えた。
 「お前たちが殺しているのは私ではないからだ。お前たちが殺しているのは肉体にすぎない。そして私は、私は肉体ではないと何度も何度も言ったはずだ。アナルハック! 私は神そのものだ」
さあ、こういう人間こそまさに地の塩だ。

 アル・ヒラジ・マンスールは、一冊の本も書かなかった。そのいくつかの宣言が、彼を愛する者と友人たちによって集められたにすぎない。私は、信奉者という言葉さえ使おうとは思わない。なぜならアル・ヒラジのような人間は、信奉者、模倣者でさえ受け入れはしないからだ。こういう人たちは恋人、友人しか受け入れない。

 申し訳ない。私は彼のことをすっかり忘れていた。これは私の落ち度だ。しかし、アル・ヒラジよ、あなたは私の窮境を理解してくれなくてはいけない。私は、あなたが耳にしたこともないようなたくさんの本を読んでいる。10万冊以上の本を読んでいる。さて、そのすべての中から50冊だけを選び出すのは、実に難しい仕事だ。私はごくわずかを選ばなければならなかった。そして、当然のことだが、目に浮かべながらも、たくさんの本を除外せざるをえなかった。できることならそれらの本も選びたかった。だがあなたのことは追補の中で記録しておこう。 Osho「私が愛した本」 p74

<33>につづく

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音の神秘

音の神秘
「音の神秘」 生命は音楽を奏でる
ハズラト・イナーヤト・ハーン /土取利行 1998/05 平河出版社 単行本 378p
Vol.2 No.626★★★★☆ ★★★★★ ★★★★★

 「『場所』論」を読んで、「当ブログとしては、コミュニケーション=ハーモニー=コンシャスネス、という要素をもうすこし探求すべきなのだ」と痛感したところだったが、まさにそこんところを補完してくれる、強力な一冊と言える。

 世の中にはなにかと不思議なものを探し求める人がいますが、気をつけて見さえすれば、どんなに世の中が不思議なことばかりなのかが分かるはずです。現象という現象は、何もかも謎につつまれているのです。p21

 現代社会にスーフィー文化が広く理解されるようになっているとすれば、このハズラト・イナーヤト・ハーンの名前をはずすことはできない。1882年、スーフィーのマスターにして音楽家の家系に生まれ、西洋社会にスーフィー文化をその活動と著書を通じて広く紹介した。44歳で亡くなったが、その仕事は、その息子、ピール・ヴィラヤット・ハーンに受け継がれた。

 7番目。7番目は臨済のように光明を得た人ではないが、きわめて近かった。ハズラット・イナヤット・ハーン。西洋にスーフィズムを紹介した人物だ。彼は本を書かなかった。だがその行為がすべて12巻の書物に集められている。そこここにすばらしいところがある。申し訳ないが、それが全部すばらしいという言うわけにはいかない。だがそこここに、ときたま、特にスーフィーの物語を語っているところが素晴らしい。

 彼は音楽家でもあった。音楽では彼は本当の巨匠だった。精神世界では巨匠ではなかったが、音楽の世界では間違いなく巨匠だった。だが彼はときたま精神世界を飛び立つ。雲を超えて上昇する・・・・・むろんその後でドスンと落ちてくるのだが。彼はあれで苦しんだに違いない・・・・デヴァラジ、あれは何と言ったかね? 多重骨折(マルティ・プラクチュア)かな? 複雑骨折(マルティブル・」フラクチュア)、多分それが正しい言葉だろう。Osho「私が愛した本」p131

 「むろんその後でドスンと落ちてくるのだが」というあたりが、ちょっと気になるが、Oshoがいわんとしていることは分かる。ハズラト・イナーヤト・ハーンの「著者略歴」をみると全14巻などの著書があると書かれている。この「音の神秘」はそのどの部分かは明確ではないが、その代表的部分で重要部分、と理解していいだろう。

 色彩や音のもつ魅力は、それらの背後には神秘が隠されており、聴き知ることの色彩や音の言語があるのではと、人を不思議がらせます。しかし、色彩や音の言語は魂の言語であり、私たちの外的な言語がその内なる言語の意味を混乱させてしまいます。色彩や音は生命の言語です。生命は自らを、ありとあらゆる存在のレベルに、色彩と音の形で表現します。ところが、外部に現れる生命はとても硬直してにぶいので、それらの本質や特性の秘密は表面下に埋もれてしまいます。p83

 当ブログにおける探求途中の、コミュニケーションとかハーモニーとは、必ずしも、人間社会における世渡り法のようなものと理解してはいけないだろう。それは天上とか宇宙との調和、とかいうものでもないだろう。コミュニケーションは、何か外在するものとの交流でもなければ、他のものとの調和でもない。

 霊感は直観のより高度な形です。というのは、霊感はある着想として、即興的に作られる完全な主題として、詩を生みだす一つの詩句としてやってくるからです。霊感は流れです。人をとまどわせる不思議な流れです。真に霊感を受けた人は、作家であれ詩人であれ作曲家であれ、その人の仕事が何であろうと、ひとたび霊感を受け取れば、自分自身にではなく、自分のものとにやってきたものに満足をみいだします。それは、その人の魂をとても安心させます。魂は何かに引き寄せられ、引き寄せていた当のものが魂に従い、魂が求めていたものをあたえたからです。それゆえ霊感は魂の報酬ともよばれるでしょう。p352

 Oshoはその息子の本も紹介しているが、当ブログとしては、いつになったら読めるか分かったものではない。ましてやこの本も、ハズラト・イナーヤト・ハーン全体のどの程度を紹介しているのか、わからない。だが、この一冊だけでも、たくさんのインスピレーションに彩られており、現代のスーフィーを理解しようと思ったら、グルジェフ・ウスペンスキー以外の流れのなかで、この本ほど重要度が高い本もそれほどない。再読の価値あり。

 8番目。ハズラット・イナヤット・ハーンの息子だ。その名前は、西洋の求道者にはよく知られている。ハズラット・ヴィラヤット・アリ・ハーンだ。この人はすばらしい人だ。まだ生きている。父親の方は死んだが、ヴィラヤットは生きている。私が生きているといえば、それは本当にそのとおりの意味だ・・・・・ただ息をしているというのではない・・・・むろん息はしているが、ただ息をしているだけではない。
 彼の本もすべてここに含めておく。ヴィラヤット・アリ・ハーンも、父親とまったく同じように音楽家でもある。ただもっと高い質の、より深みのある音楽家だ。彼の方がより深遠だ・・・・この休止を聴いてごらん・・・・・より静かでもある。
「私が愛した本」p132

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2009/05/16

ギーターンジャリ<1> タゴール詩集

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「タゴール詩集」 ギーターンジャリ<1>
ラビンドラナート・タゴール /渡辺照宏 1977/01 岩波書店 文庫 408p
Vol.2 No.625★★☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★★☆

 9番目、「ギータンジャリ」だ。 これは「歌の捧げもの」という意味で、ラビンドラナート・タゴールの作品だ。この作品で彼はノーベル賞を受けた。「私が愛した本」p14

 Oshoは「私が愛した本」の初日にリストアップしているが、他の初日の本と同様に、タゴールの詩については多くを語ってはいない。あまりにも有名な詩であり、Oshoは他の講話で何度もタゴールに触れている。タゴール自身は、ガンジーに「マハトマ」という称号をおくったりして、国民運動にも参加した人物でもあり、英国に留学して文学や哲学を学ぶとともに、理想として「世界市民(コスモポリタン)」を強く強調したことで知られる。

 タゴールのコスモポリタンと、当ブログにおける地球人と、どのような親和性があるのか詳しくは調べていないが、耳には優しい、肯定的な響きが残る。インド文学、とくにタゴールの詩の場合、自分で訳した英語で発表されたものもあるが、その真髄は、母国語であるベンガル語で読まれるべきであり、また詩に作曲までされているというから、唄として聴かれ、味わわれる必要があるのだろう。

 図書館には、タゴールの他の多くの著書とともに、ベンガル語の詩や唄をおさめたCDやDVDもあるので、チャンスがあれば、いつか聞いてみたいと思う。

 さて、右にいったり、左にいったり、なかなか忙しい当ブログではあるが、論理と感性と霊性が、いろいろ攪拌されて、ほどよい発酵をするよう期待しているのだが、この詩集を目を通していて、また、湧き上がってきたイメージがあったので、メモしておく。

     プロジェクトG.O.D

        空  間  軸  
        G 既 知   O 未 知   D 不可知
G 過 去 ネット社会の未来 新しい地球人 アガルタ探検隊
O 現 在 ブログ・ジャーナリズム 私が愛した本 死者の書と死の世界
D 未 来 菩薩としてのウェブ ブッダ達の心理学 集合的宇宙意識

  同じ9分割なので、agarta-david mandala 2008」 となにごとかの対応があるだろうかと思ったが、こじつけになってしまうので、それぞれ独立した存在としておこう。だいたいにおいて、あちらは下から上への気の上昇気流になっているが、こちらは、上から下への下降エネルギーになっている。

 Gは、Glovalgoogleのイメージ。どちらかと言えば、コンテナを意味している。OObamaOshoのイメージ、主にコンテンツの意味をだぶらせよう。DDeadD。他になにかコンシャスネス部門に相応しい、もうひとつ単語を探してみたが、うまいことDからはじまる単語を思いつかない。むしろ○の半分の形をしているDであるがゆえに、Dの残り半分で、語り得ぬエンプティを意味している、としておこう。

 いろいろな支線が輻輳しているので、このような図があると、当ブログの全体のイメージがしやすくなるだろう。

<2>につづく

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スーフィズムをめぐる思想と闘争

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「メフィスト」 小説現代 2009年1月増刊号
「スーフィズムをめぐる思想と闘争」小森健太朗 2008/12/11  講談社 雑誌 1152p
Vol.2 No.624★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 この雑誌、闇の中に光を放つことを自らの価値と任じている、かどうかは知らないが(笑)、なんと、表紙の「M」の文字が大きく夜光塗料で印刷されている。読み疲れて、脇によけて、ライトを消すと、ジンワリとこのMの文字が光り出す。

 講談社が発行する「小説現代」の増刊号。ミステリ、ハードボイルド、ファンタジー、SF、伝奇など、広義のエンターテイメント作品が集められており、「メフィスト賞」というものも主宰しているので、新人作家の登竜門にもなっているようだ。

 この雑誌の中に小森健太朗が「スーフィズムをめぐる思想と闘争」p912という8ページにわたるエッセイを書いている。この「メフィスト」読者でなければ深く理解できないようなメフィスト地方言語もちりばめられているが、一般的なミステリーやいわゆる探偵小説などをさまざまな角度からつなぎ止め、いわゆる小森ワールドの全体的な紹介や見取図となっている。

 ジュナイドはむしろ「素面(しらふ)であれ」と説き、両者には対立があった。それでは、ジュナイドは、弟子の「我は真理なり」の宣言にどう対したのか。ハッラージが瀆神の罪で処刑されたときには、既にジュナイドは物故していたが、ハッラージはジュナイドのもとに学んでいるときに既に「アナー・アル・ハック」を宣言していた。それに対してジュナイドは、「私もまたそれが正しいことを知っている。しかし、それを人前で宣言するのは控えよ」とハッラージにさとしたという(註2)。p913

 ジュナイドもアル・ヒラジ(ハッラージュ)・マンスールも、Osho「私が愛した本」にはリストアップされているが、現在のところ当ブログがアプローチすべき日本語文献は見つかっていない。ところで、ここで(註2)となっているので、文末を見ると、英語版の「私が愛した本」がちゃんと紹介されている。

(註2) "BOOKS  I  HAVE LOVED"  by  B.S.RAJNEESH, RF ,p112

 ここでのページ数は英語版なので、対応する部分は邦訳版だとこうなる。

 6番目。もうひとりのスーフィーの神秘家、アル・ヒラジ(ハッラージュ)・マンスールの師、ジュナイドだ・・・。アル・ヒラジは殺されたために世界的に有名になった。そのためにジュナイドは陰に隠れた。だがジュナイドの言葉で残っているもの、2、3の文章、その断片は実に偉大だ。そうでなくて、どうしてアル・ヒラジ・マンスールのような弟子を生み出すことができよう? ほんの2,3の話と詩と言明(ことば)が残っており、すべて断片的なものだ。

 それがこの神秘家のやり方だ。それらをひとつの全体として結び付けることにすら関心がない。彼は花輪を作らない。ただ花を積み重ねるだけだ。その花を選ぶのはこちらの仕事だ。

 ジュナイドは、アル・ヒラジ・マンスールに言った。
 「お前が知ったことは、自分の胸に止めておきなさい。我は神なり(アナルハック)、と大声で叫んではならない。それを言うときは、誰にも聞こえないように言うことだ」と。これまで誰もジュナイドに対して公平ではなかった。人はジュナイドが少し恐がっていると思った。そうではない。真理を知ることはたやすい。それを宣言することはたやすい。それを人に言わず自分の胸に止めておくことは途方もなくむずかしい。自分の存在の泉に、その沈黙の許に、来たい人々が来るにまかせるということは。
p113

 続いて、マンスールの部分も転記したいのだが、それは別な部分に譲ろう。いずれにせよ、この「メフィスト」特別増刊号の読者が、どれだけがこの小森の文章に気をとめ、このジュナイドとマンスールの話に関心を持ち、巻末を見、英語版の「BOOKS  I  HAVE LOVED」に気づき、邦訳「私が愛した本」を手にとり、さらには、ネットをググって当ブログにおけるこの日記に気づいてくれることだろう。

 かぎりなく遠い円環だが、絶対ないとは言い切れない。それにしても、このコラムでも展開されているスーフィーの世界などにおける現代的理解は、一生懸命さがした結論ではないけれど、ざっと見るとかなりすくないように思う。それを考えるとサルマッドを描いた小森「ムガール宮の密室」などはかなり貴重な存在になると思われる。

 このコラム、短文ではあるが、当ブログとリンクする部分が、このほかにもいくつかあるが、そのうちに順々にほどかれていくこともあるだろう。

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列子<2>

<1>よりつづく
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「列子」<2>
福永光司 1991/06 平凡社 文庫 338p
Vol.2 No.623★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 はてさて、列子という存在は、このような好々爺とした風情が持ち味だったのだろうか、とふと疑問になった。むしろ、いままで持ってきたイメージというのは、もっと神秘的で超然とした鋭角的な存在ではなかったのだろうか。

 かの偉大なる禹王がいった。
---天地四方の宇宙空間、四方を海で囲まれた地上の世界は、そこを日月で照らし、星で系列づけ、四季の運行で秩序づけ、太歳すなわち木星でしめくくっている。そして造化の霊妙なはたらきが生成した万物は、そのさまざまな形や、寿命の長短など、ただ聖人だけがなぜそうなのかという道理に通じうるのである。

 それに対して夏革はいった。
---だとすれば、霊妙なはたらきを待たなくても生じてき、陰陽のはたらきを待たなくても形をそなえ、日月の照らすのを待たなくても明るく、殺されるのを待たなくても短命であり、養育されるのを待たなくても長命であり、五穀を用いなくても食い、衣服を用いなくても着るものだって存在するということになりますね。その存在はおのずとそうなるのであって、聖人もそのことわりに通じることはできないのです。
「聖人も知り得ない自然の神秘」p46

 つまり列子における神秘とは、魑魅魍魎が跋扈する世界ではなくて、目に見えているこの目の前のできごとのなかにあるのであった。この東洋文庫シリーズは、現代日本語に読み下されており、カタカナこそでてこないが、ほとんどが日常会話で使うような言葉に置き換えられている。これをもとの漢字なり中国文字で読めば、もっと霊妙なムードにもなるかもしれないが、もともと英語や他の言語で読む人々のことを考えれば、この日本語でその霊妙さを味わえない、と考えてはならないだろう。

 同じく孔子の弟子でありながら、原憲は魯の国でひどい貧乏ぐらし、子貢は衛の国でせっせと財産づくり。原憲の貧乏ぐらしは生命をすりへらし、子貢の財産づくりは身を苦しめた。してみると貧乏ぐらしもいけないし、財産づくりもいけないということになる。それならばいったい、どうすればよいのか。その問いにはこう答えたい。生き方としてすぐれているのは人生をエンジョイすることであり、体を安楽にさせることである。だから人生をエンジョイすることの達人は、ひどい貧乏ぐらしをせず、体を安楽にさせることの名人は、せっせと財産づくりなどしない、と。p182

 一貫してカタカナを排除してきた訳者はここで、いきなり「エンジョイ」という言葉を出してきた。他には「毛皮のジャンパー」p87などという表現がある程度で、かならずしも重要な位置になる単語ではない。しかるに、ここにきて、「エンジョイ」である。この翻語としては現代日本語にも多くあるだろうし、原文の中国語であったとしても、必ずしも意味が通じないわけでもないだろう。しかるに「エンジョイ」という単語は実に光っている。エンジョイ、という単語でしか伝えようがなかった何かがあるのだろう。

 だれかガイジンさんに「Lieh Tzu(列子)は何を説いていたんですか?」と聞かれたら、「enjoy! enjoy!」と答えることにしよう。それでも、まんざら間違いあるまい。うん、エンジョイ、エンジョイ。この「列子」上下2巻で覚えたことは、エンジョイ、エンジョイ。「人生をエンジョイすることの達人」・・・。いいなぁ・・。

<3>につづく

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2009/05/15

列子<1>

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「列子」 <1
福永 光司 1991/05 平凡社 東洋文庫 単行本  単行本  288p
Vol.2 No.622★★☆☆☆ ★★★★★ ★★★★★

 インドにおける宗教性の極みは仏教だと決め付け、その象徴はZENだと、勝手に思い込んでしまうと、チベット密教や、ヒンドゥーやスーフィーなどをすっかり見落としてしまう。中国においても、老子が究極とひとり合点すると、荘子や列子のことも見落としてしまう。Oshoが自らの住まいをラオツ(老子)ハウスと名づけ、その付属の建物をチャンツ(荘子)オードトリアムとなずけていたものだから、リーツ(列子)についても語っているのだが、ついつい忘れがちになってしまっている。オレゴンのコミューンのどこかにこの名前がついていたようにも思うが、忘れてしまった。

 3番目は「列子」だ。私は、老子については触れたし、荘子については触れた。が、列子を忘れた。ところが、彼こそは老子と荘子ふたりの完成だ。列子は3代目だ。老子が師(マスター)だった。荘子はその弟子だった。列子は弟子の弟子だ。多分、それで私は彼のことを忘れたのだろうが、彼の本は途方もなく美しい。だからリストに入れなければならない。「私が愛した本」p18

 この東洋文庫に収められた「列子」はとても読みやすい。縦書きだし、コンパクトだし、現代文の読み下し文だ。カタカナもなければ、アラビア数字もない。翻訳者も適任だったのだろう。しかし、こころに文章がしみ込んでくるのは、それだけが理由ではないだろう。

 さて季咸の事件があってからというもの、列子は自分の学問がまだほんものではなかったという自覚をかみしめながら我が家に帰ってきた。そして三年間というもの一歩も外に出ず、謙虚な気持ちで己の妻のために炊事し、豚を飼うのにも人間を養うのと同じ誠実さをもってし、何事においても親疎愛憎の偏見をもつことがなくなった。そして虚飾を捨ててあるがままの自然に復帰し、つくねんとして枯木のごとき身をただひとり持し、ごてごてと入り乱れた万象の世界のあるがままのすがたにそのまましたがって、ひたすらこの境地を己れの境地としながらその生涯を終わることができた。p126

 奇をてらうこともなく、陰陽あい交わる中でのありのままの姿には、神や仏の話はでてこない。天と地のことわりに素直にいきる人間の道が淡々と述べられている。

 かくてはじめて眼はあたかも耳のように、耳はあたかも鼻のように、鼻はあたかも口のようになって、五官のはたらきは全く一体化し、心はひっそりと静まり、体はしこりがすっかり解けて、骨と肉とは渾然一体となり、体が何にもたれ、足が何をふまえ、心に何を考え、言葉がいかなる意味を含んでいるかなども、すべて意識しなくなってしまった。ひたすらこのような境地に到達すれば、あらゆる真理は、すべておのれの前にあらわになるのである。p229

 <2>につづく

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探偵小説の論理学<4>

<3>よりつづく
探偵小説の論理学
「探偵小説の論理学」<4>ラッセル論理学とクイーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説
小森健太朗 2007/09 南雲堂  291p

 いつまでも手元に置きたいが、図書館への返却期日が迫ってきた。再度リクエストするとしても、なにはともあれ、いちど、まとめておかなければならないだろう。

 まず、小森追っかけでいきなりこの本を読んだ時は、あんまりにいきなりなので、つんのめってしまって、何も頭に残らなかったというのが本音のところ。むしろ、あちこちの断片が、さまざまな妄想ともいうべきイメージのふくらみをもたらした。

 何度かパラパラとめくっているうちに、それなりの狙いが分かってきた。当ブログが過去に彷徨ってきたエリアにすこしかぶらないこともない。クィーンや西尾維新などについては、まったく予備知識がないが、ラッセルやウィトゲンシュタインなどについては、当ブログとしても、継続読書中であった。Osho「私が愛した本」にもリストアップされていることもあり、今後も折を見つけて、また追っかけてみたい。

 ウィトゲンシュタインについては、どれということはないが、そのうち、図書館に並んでいる本を片っ端からめくってみたいとは思っている。ラッセル+ホワイトヘッドの「プリンキピア・マテマティカ」については、超難解で分厚い本である、とは察しがついているが、そのうち、あの本をこの手にして体重計に乗り、その重量くらいは体感しておきたい。

 ホワイトヘッドについては、大学の講義のレポートで、全然勉強をせず、「テレビをつけっぱなしにしておくと、放送終了後も流れるホワイトノイズというものがあるが云々」と、ヘッドとノイズをかけたコントのような文章を提出して0点をもらったことがある。

 こちらとしては割とマジに書いたつもりだったのだが、0点をつけなければならない教員の立場もわかる。シンセサイザーなどは、もともと、あの雑音のようなホワイトノイズから音を作り出し、リズム、メロディー、ハーモニーに作り変えて、あのような素晴らしい楽器として存在しているのだから、私の論旨もまんざらではないとは思うのだが、これは捲土重来、いつかはリベンジを果たさなければならないと、思い続けてきた。

 さて、この本を返却するにあたって、当ブログとしても暫定的にメモしてきたあの(なんちゃって)「論理学」を振り返ってみる時期になっているやもしれない。暫定的に書き散らしてきたものであるが、散逸するといけないので、ここで、一まとめにしておく。

「(暫定)カビール達の心理学」フェーズ1

定義a: かもめのジョナサンは、アウトサイダーとして、トゥリアに到達する。

定義b:「マジックナンバー7」にご用心!

定義c:全ての謎は迷宮入りする。

定義d:(なんちゃって)瞑想が唯一、最後の道である。

定義e:(自)意識から始まり(宇宙)意識に至り、更に(自)意識に円環する。

定義:(盗作)ウェブは菩薩である

定義:(ないしょ)語られ得ないことがある。

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ウェブは菩薩である

ウェブは菩薩である
「ウェブは菩薩である」 メタデータが世界を変える
深見嘉明 2008/07 NTT出版 単行本 218p
Vol.2 No.621★★★★★ ★★☆☆☆ ★★★☆☆

 タイトルに惹かれて読んでみた。1976年生まれの電通リサーチ研究員。専門学者見習い中とでもいうのだろうか。巻末で指導教官よろしく國領二郎K大教授が「解説」している。まぁ、一度できた原稿を「まだかなりオタクで、狭い世界の話」p214になっていたので、いろいろアドバイスした、ということだろうか。

 76年生まれといえば、33歳。むしろウェブ社会では主役を演じている年代であり、逆に50年配の國領を啓発すべき位置にさえあるように思うが、学者の世界は学者の世界なりに先輩の指導にしたがうものでもあるのだろう。

 一人ひとりが本当に自分が好きなことを、自分のペースで行って、それが誰かの役に立つ。そうしたことが世界中で少しづつ積み重なって、みんなの日常が効率的になっていく。人々の活動が効率的になるということは、同じエネルギーでより多くの価値が生み出されるということ。そしてその果実はみんなが必要なときに必要なだけ利用することができます。無理な努力も、結果も平等に振り分ける必要もありません。すべての人が、自分の意思や感性に素直にしたがって活動することができるのです。将来、万人に御利益がもたらされます。まるで慈悲深い菩薩のようではありませんか。ウェブは一握りの(旧来型)エリートのためだけにあるわけではありません。万人の自由を拡大するというのがウェブの進化の本質です。p212

 「菩薩」というキーワードで読み始めた本書ではあったが、菩薩理解がこの程度では、不合格です。ましてや、となりに「御利益」なんぞという単語を並べておいては、なりませぬ。菩薩とはボーディサットヴァのこと。悟りを一歩前にして、此岸に最後の最後の一歩を残しておいて、生きとし生けるものを救おうとする存在。優しいだけでもないし、万人にご利益を与えるだけの存在でもない。人々は彼が指し示す「悟り」=彼岸を真摯に探求する必要がある。真理を探究しようとしないのであれば、菩薩が菩薩として存在している意味がない。菩薩は使い捨てのティッシュペーパーのようなものではありません。

 仮にこのオプティミズムが本書の本旨だとして、「ウェブ進化論」の梅田望夫などに比較しても、アマアマでユルユルすぎる論旨ではないだろうか。

 筆者の「好きなこと」とは何かって? それは、このウェブ進化と、進化によって世界が変化していくそのダイナミズムを肌で感じ、捉えること、これに尽きます。だから、本書は「好きなこと」そのもの。つまりウェブの進化の産物なのです。p212

 ふう・・・・。ユルユルですなぁ。「万人の自由を拡大するというのがウェブの進化の本質です。」とひとことで片づけてしまうことは簡単だが、では、万人とは誰? 万人の中のひとりの自分の立場から見えた人々のこと・・? それとも、北朝鮮の人々や、国境や人種問題でいまだに戦火のたえない地域の人々や、いまから死にゆかんとする「後期」高齢者や、冤罪によって長期に拘留されたりしている政治犯など、地球上のすべて70億人のことが含まれているのだろうか。

 この本、タイトルは素晴らしく、100点どころか、200点つけてあげてもいいのだが、本としては月並みな凡庸なもので、目新しいものはない。この本のタイトルには「ウェブは煩悩である」とでもつけといたほうがいいのではないだろうか。

 そして、このタイトル「ウェブは菩薩である」というフレーズは、当ブログで借り上げたい。ウェブは、「トゥリア」に向って人類の集合的超意識を引き上げていくための方便である。地球人スピリット・ジャーナルのキャッチフレーズにピッタリだ。

「(暫定)カビール達の心理学」
定義:「(盗作)ウェブは菩薩である」

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2009/05/14

多読術<1>

多読術
「多読術」
松岡正剛 2009/04 筑摩書房 新書 205p
Vol.2 No.620★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 ちょっと時間ができたので、大型書店でブラブラ。相変わらず新刊本は出続けている。トンデモ本のコーナーも相変わらずのにぎわいだが、店員のミスだろうか、真面目な本もトンデモ本コーナーに並んでいる。注意しようかと思ったが、気がついてみれば、トンデモ本というジャンルは、勝手に自分がつけたもの。みずからトンデモ本であると自称している本は少ない。一応、みんな真面目を装っている。

 茂木健一郎は、ひととおり目を通してやろう、と思っていたのだが、今日、書店に行ってみたら、またまたあっというまに増殖していた。脳科学者という触れ込みだが、彼って真面目なのかな・・・? つうか、トンデモ本の流れで茂木健一郎も読まれている可能性もあるのではないだろうか。つまり、軽いノリで、面白可笑しく、ざっと目を通せばそれでいいのかも知れない。

 さてセイゴー親分の新書もでていた。内容はまずまず面白い。10分くらいで読めてしまう軽い本。だけど、結局、彼の半生やら、編集工学やら、読書歴やら、ネットに対する心構えやらが、ひととおりわかるようにできている。

 仕事場に7~8万冊、自宅に2~3万冊の本があるとか言っていて、その写真もついていたが、やはり、個人で図書館を所有しているという感覚だろう。立花隆の猫ビルといい、なんとも、贅沢と言えば贅沢、ご苦労さまと言えば、ご苦労さま、としかいいようがない。仕事柄、車屋が修理工場を持つように、農家が田畑をもつように、文筆家たちには必要品なのだろうが、なんだか時代遅れのような気もする。すくなくとも、我ながら嫉妬心が湧いてこないが不思議だ。

 仮に10万冊を50年間で読んだとして、年間2000冊。1日6冊を読み続けてきたことになる。まぁ、それは可能だろう。朝刊新聞をトップ記事から最後のページまで目を通せば、だいたい新書本を一冊読んだことになる、という。つまり逆に言えば、1日、に新聞を、朝刊、経済紙、地方紙など6種類を丁寧に読んでいく程度の読書量だろうから、できないこともない。しかし、それもなんだか偏った人生だなぁ、と思う。

 それにしても、編集工学とやらの、結局の結末はなんだったのかな、と、ちょっと首をかしげることがある。雑文や、売文やで、結局は御商売に励まれることはよいことだけど、けっきょく松岡セイゴーの一生かけておこなった業績とはなんだったのだろう、と、ますます私は首をかしげてしまう。

 ネット時代における読書の在り方は、もうすこし違ってくるのではないだろうか。すくなくとも、一般人は、蔵書のための特別なスペースを確保することはできない。ほどほどの蔵書と図書館を利用し、あとはBOOK OFFにでも売りさばく、というスタイルになっているのではないだろうか。

 「術」まで使って「多読」する必要もないとは思う。3割5分くらいのヒット率であればよい、というような言葉があったが、本当は一生に一冊あればよいのかもしれないぞ、と思う。いやいやそんなにすごい本はない。やっぱり、いっぱい読んで、その中から探していくしかないのかな。本は2回読め、というアドバイスもあった。勝間和代の本もやたらと目立つ今日この頃ではあるが、本屋の陰謀も絡んでいるだろうから、あんまり純に素直にだけ、とばかりは受け取れない。

<2>につづく

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ギータ・ゴーヴィンダ<1>

ヒンドゥー教の聖典二篇
「ギータ・ゴーヴィンダ」 ヒンドゥー教の聖典二篇 <1>
ジャヤデーヴァ  小倉泰 /横地優子 2000/09 平凡社 文庫 280p
Vol.2 No.619★☆☆☆☆ ★★★★★ ★★★☆☆

 イスラムやインド圏における文献は、なかなかとっつきにくく、思いたって闇雲に読み込みを始めてみたものの、よくよく考えてみれば、ヒンドゥーもイスラムもまぜこぜで読みすすめていることになる。「(暫定)カビール達の心理学」という枠組みの中での編集作業ととらえるなら、それで特に問題ではないのだが、読みすすめていて、あれ? これは? と、そのひとつひとつの違いに気づくことになる。

 「ナスレッディン・ホジャ物語」が、ムラ・ナスルディンという伝説上の人物に仮託したイスラム圏における知恵話だとするなら、こちらの「ギータ・ゴヴィンダ」は、まるでポルノグラフィーか、とみまがうような妖艶な恋愛話に仮託した宗教的信条のヒンドゥー的表現ということになろうか。「ルバイヤート」においても酒や恋人というシンボルがコンパクトな感覚で使われているが、こちらは、フルカラーの一大絵巻物というイメージすらある。色彩が飛び出してくる。

 三番目。「ギータ・ゴヴィンダ」---神の歌だ。この本は、インド人にひどく非難されているある詩人によって書かれた。というのはその「ギータ・ゴヴィンダ」、その神の歌の中で、彼はあまりにも多く愛について語っているからだ。インド人は愛に反対するあまり、この偉大な作品を一度も評価したことがない。

 「ギータ・ゴヴィンダ」は歌われるべきものだ。それについては何も語ることができない。それはバウルの歌、狂人の歌だ。それを歌い踊れば、それが何かが分かる。他に方法はない。

 私はそれを書いた人間の名前には触れていない。それは必要ではない・・・・X---Y---Z・・・・私がその名前を知らないというのではないが、彼が覚者(ブッダ)たちの世界に属していないという単純な理由で、それについて触れることはすまい。とはいえ、彼は大いなる貢献をした。Osho「私が愛した本」p35

 バウル、そう、この単語を久しぶりに思い出した。瞑想の道と愛の道があるとするなら、これは愛の道ゆきだ。高く天空に飛翔するというイメージではない。この地上にさも天国が舞い降りてきたような快楽の世界だ。

<2>につづく

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2009/05/13

ナスレッディン・ホジャ物語<1>

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「ナスレッディン・ホジャ物語」<1>―トルコの知恵ばなし
護 雅夫 (翻訳) 1965/03 平凡社 文庫: 310p
Vol.2 No.618★☆☆☆☆ ★★★★★ ★★★★☆

 ムラ・ナスルディンの日本語訳なんて存在しないと思っていた。その証拠に「私が愛した本」の巻末のリストにも日本語本の紹介はないし、ググってみてもネット上では、単行本としては発見できなかった。ところが、あったのである。それも、なんと1965年の発行である。

 このナスレッディ・ホジャ、または、コーカサス・トルコ人のあいだでモルラ・ナスレッディンと言われる人物は、その名前のもとに集められた数多くの滑稽・頓智ばなし、奇矯な行状記、逸話の主人公、いわば「トルコのオイレンシュピゲール」、「トルコの一休禅師」である。p1 

 なるほど「モルラ・ナスレッディン」=「ムラ・ナスルディン」だったのだ。これでは、検索してもなかなか引っ掛かってこないわけだ。しかしそれにしてもすでにこういう形で日本にも紹介されていたとは、知らなかった。翻訳が一定せず、名前の翻訳もまちまちだ。ホジャとは、・・さん、とか・・様、とかいう程度の意味らしい。

 ムラ・ナスルディンは実在したのかどうか、というは諸説あるようだが、仮に実在したとしても、一休禅師が、かならずしもトンチ小僧・一休ではないことは、日本人ならよくわかっている。

<2>につづく

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精神的マスナヴィー<1>

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「精神的マスナヴィー」<1>世界文学大系〈第68〉アラビア・ペルシア集
ルーミー 1964 筑摩書房  全集 p442
Vol.2 No.617★☆☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 7番目、ジャラルーディン・ルーミーの「マスナヴィ」だ。それは小さな寓話を集めた本だ。偉大なことは寓話でしか表現できない。イエスは寓話を話す。「マナスヴィ」もそのように話す。なぜ、私はこれを忘れたのだろう? 私は寓話が大好きだ。忘れるはずはなかったのだが。私はそこから何百という寓話を使った。おそらく、あまりにも私自身のものになってしまっていて、別個に言及するのを忘れてしまったのだ。だがそれでは弁解になるわけではない、やはり謝罪は必要だ。Osho「私が愛した本」p20

 お、これは異な事を。「偉大なことは寓話でしか表現できない」とは・・・・・。ブログ・ジャーナリズムとは言え、当ブログはジャーナリズムにそれなりの重きを置いている。真実は言葉で表現できるはずだ、という幾ばくかの期待はいまでも持っている。しかし、よくよく考えてみれば、はるか10代の頃から私はすでにジャーナリズムに決定的な限界をも感じていたことも確かだった。

 最初にインドに行って、Oshoのヒンディー語のレクチャーにでていたときのことを想いだした。1977年のこと、当時はインド人の聴衆はかならずしも多くはなかったが、それまでの流れで、Oshoはヒンディーのレクチャーを二か月に一遍、10日間づつやっていた。

 英語の講話を聴きとるのもどうかという状態なのに、ヒンディー語のレクチャーなど、出席しても聞き取れるわけがない。単語ひとつすらわからない。しかし、私だけではなく、欧米人たちも、積極的にヒンディー語レクチャーにでていた。それは、必ずしも言葉としてのOshoだけではなく、エネルギーとしてのOshoを感じたいという現れであった。

 ある日、Oshoの住まいである老子ハウスの中にある荘子オードトリアムで座って、ヒンディー語を聞くともなく聞いていた。目を閉じたり、鳥のさえずりを聞いたりしていた。静かな静寂の中で、Oshoの声だけが静かにながれていた。目を開けると、英語レクチャーが行われる仏陀ホールよりもこじんまりとした荘子オードトリアムでは、Oshoが一層近くに見えた。

 Oshoは講話を続けていたが、ふと、Oshoをみると、その姿がエネルギーとなってみえた。それはまるで、大きなガジュマルの老木にみえた。大木だった。しっかりと根をはやし、幹はあくまで太く、枝は限りなくこんもりとして、大きくを両手を広げて広げているかのようだった。まさにOshoのエネルギーそのもののように思えた。

 そして、しばらくその姿を楽しんでいると、なにかOshoの肩あたりから上に伸びてきたものがあった。羽根だった。大きな大きな羽根だった。それは鷲なのか鷹なのか、とにかく巨大な鳥だった。まさにいま飛び立たんとしていた。まさに飛翔の瞬間だった。

 ヒンディー語の講話は流れつづけているのだが、私は自分が今見ているビジョンに圧倒されていた。まさに大木としてしっかりと根付きながら、巨大な羽根を持つ大鳥として飛び立たんとしている。二つのビジョンが重なっていた。

 Oshoの言葉のなかに「Roots and Wings」という寓話があったことを知ったのは、それからずっと後のことだった。この言葉を知って、あらためて、あの時の自分のビジョンの確かさに再び圧倒された。

 「神秘家の道」を読んでいて、それはまるで、意識から、超意識、集団的超意識、そして宇宙意識への高見へと飛翔する翼を連想する。「上昇して、土台のことなど忘れることだ。」とOshoは強調する。なるほど、と納得した。

 しかし、どうも腑に落ちない。いや、これはひょっとすると、半分の真理なのではないか。ウルグアイでの「神秘家の道」の前に、Oshoは1986年4月に「Beyond  Psychology」という講話をしている。ひょっとすると、この二つの講話は対をなしているのではないだろうか。

 Oshoの文脈で言えば、心理学とは、意識、無意識、集合的無意識、そして宇宙的無意識へと下降していく、まるで、神秘が、意識、超意識、集団的超意識、宇宙意識へと上昇することに対応しているかのようだ。

 しかるに、上昇するはずの「神秘家の道」は、「神秘家の天空」とは言っていない。上昇しながら「道」へと、地上へと舞い降りている。そして「心理学」という暗黒へと下っていくはずなのに、そこには「Beyond」という単語がある。

 これはまるで、「易経」にある。陰と陽、のふたつのエネルギーを表しているかのようだ。下位にあるものは、上へと上昇する。上位にあるものは、下へと下降する。そして、エネルギーは一つになるのだ。これはどうやら新刊「神秘家の道」を読み終わった今、ここであらためて「Beyond  Psychology」を続いて読む必要があるようだ。

神の秘密をわきまえた者に
創造されたものの秘密とはいったい何ぞ!
天体を行くものに
地上を歩くことがなんで困難であろう!  
p358

 この「精神的マスナヴィー」、本書のなかでは30ページほどの中に収まっているが、やはり三段組みなので、文庫本にしたら、やっぱり一冊分くらいにはなりそうだ。小さな寓話集のなかに、幾重にもかさなる意味が隠されている。

<2>につづく

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神の詩 バガヴァッド・ギーター<1>

神の詩
「神の詩」 バガヴァッド・ギーター
田中嫺玉 /ラーマクリシュナ研究会 2008/09 TAO Lab 単行本 300p

Vol.2 No.616★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆ 

 某SNSの管理人が紹介してくれた本。先約があるのかなかなか自分の番がやってこない。そんなことで忘れかけていたのだが、さっき書店をのぞいたら、新装版がでていたので、さっそく目を通した。いままでもバガヴァッド・ギーターもいくつかのヴァージョンを読んできた。古くは70年代初半から読んではきたが、はっきり言って、今、あらためてバガヴァッド・ギーターを読んだからと言って、なにごとかが急に変わるとは思えない。

 8番目は「バガヴァッド・ギーター」---クリシュナの神聖なる歌だ。ところで「キリスト」というのは「クリシュナ」の発音のまちがいにすぎない。ちょうど「ツァラトゥストラ」に対する「ゾロアスター」のようなものだ。「クリシュナ」とは意識の最も高い状態を意味する。そしてクリシュナの詩「バガヴァッド・ギーター」は、存在の究極の高みにまで達している。Osho「私が愛した本」p13

 Oshoはこのシリーズ初日の第8番目にこの本をあげているが、多くの語っていない。初日にリストアップされた本はほとんど、なにも語られていないのだが、要は、この辺あたりは、基本中の基本ということになろう。今日は立ち読みだったが、あらためて予約本が手元にきたら、あらためて、もういちど、目を通すことにしよう。

<2>につづく

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ラビアの奇跡 イスラムの奇跡譚集 <1>

書物の王国(15)
「ラビアの奇跡」「イスラムの奇跡譚集」 「書物の王国」(15)「奇跡」<1>
イードリース・シャー 小森健太朗訳 『書物の王国』編纂委員会 2000/01 国書刊行会 全集・双書 250p
Vol.2 No.615★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★★

 
「書物の王国」は全20巻で、国内外の小さな文学作品が、それぞれのキーワードつながりで、まとめられている。この15巻は「奇跡」がキーワードで、タゴールやトルストイ、芥川龍之介、宮沢賢治といった作家たちおよそ30人ほどが並んでいる。登場作品が多すぎるために、ひとつひとつは小さなスペースしか与えられていないが、書物という王国への入口と考えれば、これはこれで価値ある試みである。

 この中には、「ラビアの奇跡」マーガレット・スミスp24、「イスラムの奇跡譚集」イードリース・シャーp53、「神の道化師」ジブランp191の三つの作品が、小森健太朗の訳・共訳になるものとして収録されている。

 ・・・・かの有名な賢者---この時代の驚異とも言うべきあの聖者は、弟子たちに、無尽蔵とも思える知恵の泉を与え続けた。
 彼は、自分のすべての知恵が、自室に恭しく保管されていいる大冊の書物に由来すると言っていた。
 その聖者は、何人もその書物に触れることを許さなかった。
 聖者が死んだとき、周囲にいた人々は、自分たちが相続人であると自認して、彼が大事にしていた書物に見いだせるはずの大いなる知恵を得ようと、その安置所へと殺到した。
 しかし、その書物を開けてみて、彼らは驚き、混乱し、失望した。それはたった一頁にしか文字が記されていなかったのだ。
 そこに書かれている言葉を読んで、彼らはさらに驚愕し、ついでに当惑した。
 それは以下の通りだった。
<入れものと中身の違いがわかるとき、あなたは、知識を得るだろう>。
p53

 これはいわゆるスーフィーの「本」を意味している。私はこの本自体のことは知らないが、この本になぞられてOshoのもとでつくられた「The Osho Nothing Book」は手元に一冊ある。当ブログは、正月早々、まさに、この一冊から2009年をスタートさせたのだった。

 「ラビアの奇跡」については、Osho「私が愛した本」の中では、「ラビア・アル・アダビア」として紹介されている。

 彼女はスーフィーだ。その名前は、ラビア・アル・アダビアだ。「アル・アダビア」とは、「アダビアの村から来た」という意味だ。ラビアというのが彼女の名前で、アル・アダビアが出身地だ。スーフィーたちは彼女をそう名付けた。ラビア・アル・アダビア。その村は、ラビアの生存中に、まさにメッカになった。世界中からの旅行者、いたるところの求道者がラビアの小屋を探し求めてやって来た。彼女は実に過激な神秘家だった。手にもったハンマーで誰の頭骸骨でも叩き割りかねなかった。実際、たくさんの頭骸骨を叩き割って、その中から隠された精髄を取り出したものだ。Osho「私が愛した本」p63

 ZENやTANTRAという時にひとつのイメージが湧いてくるように、SUFIというと、やはりひとつのイメージが湧いてくる。しかし、スーフィーとは、羊毛の衣を身にまとった修行者、という意味合いがあるだけで、その本来の意味合いについてはあまり良く知られていない。まだ十分に紹介されていない、ということもあるだろうが、当ブログを含め、一般読者も十分に知ろうとしてこなかったのではないだろうか。

 ZENやTANTRAにしても、かなり以前から知られているわけではない。それぞれの紹介者があって、時期を得て、それぞれに世界的な認識が深められていったのだった。文献を見る限り、スーフィーについても、かなり以前から紹介はされている。しかし、それはやや散発的で、必ずしも体系的なものではない。

 チベット密教についての日本における紹介者としての立川武蔵なども、学者としてかなずしも「チベット密教」の専門家としてスタートしたのではなかったかもしれないのに(未確認)、次第に、その道の権威となった人もいる。それは学者としての能力とタイミングにもよるだろう。当ブログは、立川の学者としての変遷にはすこし頭をかしげるところもあるが、読書ブログとしては大い恩恵をうけている。

 ことほど左様に、もし学者としての方向性と、時代のタイミングがあえば、小森健太朗は、新たに日本社会におけるスーフィー文化を蘇らせた紹介者、という位置を確保できるのではないだろうか。「ムガール宮の密室」において、日本においてはほとんど無名なスーフィーの聖者を蘇らせたように、今後の活動にも期待したいところである。

 ただ、気になるところは、たとえばスーフィーにしても、だれだれの悟境という個性より、なにか共通した世界観に通じるところがあり、個別に伝記物として、こしらえすぎるのもいかがなものか、ということだ。言ってみれば、Oshoがいうところの、超意識から、集団的超意識へという道があるとすれば、スーフィーとひとことで括られるところに集団的超意識が存在するようにも思える。

 だから、痛し痒しなのではあるが、個別的な歴史や情報が再発見、再紹介されるのは大変うれしいことなのだが、全体としてのスーフィー意識が見落とされないように願いたい。パンディットやアーティストであることの落とし穴もまた存在する。

 超意識から集団的超意識、そして集団的超意識から宇宙意識、と昇りつめて行った場合、TANTRAやZEN、HASIDとともに、SUFIも、間違いなくその一角を占めるだろう。だが、宇宙意識のなかでは、それぞれのネーミングは失われるだろう。

 情報が少ない中、あるは情報を見つけるやり方が上手でないゆえに、どうしてもスーフィーというとグルジェフ+ウスペンスキーがらみの、一種独特の味付けがなされた後のスーフィーにしか触れられないことが多い。いつのまにかステロタイプのスーフィー理解をしてしまい、やがて膠着してしまいかねない。

 こういう形で、小さな紹介とは言え、多面的なスーフィーが紹介され続けていくと、小さなジャブが、いつの間にかカウンターパンチに匹敵するような威力を発揮するように、必ずや、読者に新しい真のスーフィーを知りたい、という探求心を起こさせるだろう。

「(暫定)カビール達の心理学」
「定義e:意識から始まり(宇宙)意識に至り、更に意識に円環する。」

<2>につづく

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2009/05/12

神秘家の道<8>

<7>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 珠玉の質疑応答録 <8>
OSHO /スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 東洋では一万年も前から---精神分析は百年の歴史もない---精神分析に似ても似つかぬ、誰一人したこともないような方法でマインドに働きかけてきたのは、驚きに値する。

 彼らは全く異なる方法で試みた。彼らは決して、無意識層にかまわなかった。無意識層に注目するのは、終わりのない森に入るようなものだからだ。戻る道を見つけられなくなるだろう。

 東洋は、反対方向に試みてきた。上昇して、土台のことなど忘れることだ。あなたの意識の上にも三つ階層がある。意識を活用して超意識に入りなさい。超意識を使って集団的超意識に入り、それを宇宙的意識に入るために使いなさい。秘訣は、この三つの意識に入る瞬間に、多くの光を得る。カビールはこれを、「幾千もの突然昇ったよう」と表現した。光があまりに強いので、無意識の抱えるものはすべて燃えてしまう。無意識層の闇は、消滅してしまう。

 もし長い道のりを行きたいなら、無意識を掘り下げなさい。道は長く、ゴールに至ることもない---誰も至ったことはあるまい。

 だが二番目の、存在のより意識的な領域に入っていくなら、事はとてもシンプルだ。それこそが私が教えてきたものだ。

 瞑想はあなたを、より意識的な領域に連れて行く。あなたの全存在が目覚めたとき、そのまさに臨在が幾千もの生で溜め込んできた闇を消し去る。

 私は精神分析ではなく瞑想を教える。精神分析は自分自身を欺く技法だ。自己欺瞞だ。何かをし続けるだけだ。精神分析医にお金を支払うと、あなたの夢を専門家に分析させるが、終わりのない小道につれて行かれる。どこまでも、どこまでも、どこまでもだ。だから精神分析医は、ただ一人の光明を得た人も生まなかったが、瞑想は何千もの光明を得た人を生んできた。

 単純な事実だ。部屋が暗いなら、闇と戦うのをやめて明りを持ち込みなさい。たった一本のろうそくで闇は消え去るだろう。もし闇と争い闘い始めたら、複雑骨折で勝利すらおぼつかない。

 最も簡単で知的な方法は、超意識への道を見い出すことだ。それはより高いドアを開く鍵を、あなたに与えるだろう。

 意識のまさに頂点に達したら、心配はいらない。したいと思うことは何でもすることだ。それはあなたの暗い実存を、純粋な光に変容するだろう。  p728

<9>につづく

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ルバイヤート<1>

Photo

「ルバイヤート」<1>世界文学大系〈第68〉アラビア・ペルシア集
オマル・ハイヤーム 1964 筑摩書房  全集 p442
Vol.2 No.614★☆☆☆☆ ★★★★★ ★★★★★

 教えてもらわなければ、アラビヤやペルシャ関連の書籍はタイトルさえわからず、どこにあるのかさえ分からず、探そうともしないで終わってしまう。この本もまた、Osho「私が愛した本」の中のジャラルーディン・ルーミー 「マスナヴィ」があるというよ、と教えてもらい、借りてきた本だった。この本、図書館でもいつもは行かないコーナーにあり、なるほど、こういうところにあるのか、と自称・図書館フリークの、館内における行動範囲もすこしづつ広がりを見せている。

 この本、11編の作品が合本となっており、オマル・ハイヤームの「ルバイヤート」が収録されており、まずはそっちのほうに目がいった。「ルバイヤート」はだいぶ前に文庫本で読んでおり、今回も読みこもうと思って、納戸を探していたのだが、小森健太朗の「ネメシスの哄笑」の登場人物たちの書庫と同様な状態になっており、どうやら足を踏みこむと、大変な事態が起きてしまいそうなコーナーに挟まってしまったらしい。

 そのうちなんとかしようと思いつつ時間ばかりが経過してしまったが、今回、こちらで読めたのでラッキーだった。所蔵していたのは確か文庫本だったと思うが、この大判の全集のなかでは、三段組みになっており、全296の四行詩も、わずか30ページたらずの中に収まっている。

 長編ものは苦手な当ブログであるが、このような四行詩だけの本、というのも珍しい。他には仏陀の「ダンマパダ」などもあるけれども、「ルバイヤート」はまた独特のふくいくとした味わいがある。続出する酒や恋人というシンボリズムは、そのまま受け取らずに、その奥を感得すべきだとはわかるのだが、やっぱりどうも、場末の小さなバーを連想する。

 小学生の時の新聞配達から始まって、若い時はいろいろアルバイトをしたことはあるが、水商売はやったことがない。せいぜい、手打ち蕎麦屋の出前持ちをやった程度で、自転車に乗りながらザル蕎麦13枚を配達していたというのが今でも自慢のひとつになっているだけだ。若い時は、どうも喧嘩っ早くて、水商売などで客を相手にしていたら、しょっちゅう客と殴り合いなどしていたのではないだろうか。

 だけど、今回「ルバイヤート」を読んでいて、いいなぁ、他にやることがなくなったら、駅裏のちょっと入り組んだところあたりに、ほんの数席の小さなバーでもやろうかな、と思った。酒なんぞ、最近気にいった焼酎の2~3本でもおけば、いい。サカナはあぶったイカ(笑)と、近所のおばちゃんが引き売りしている野菜でつくった煮物でもあればいいだろう。で、あとは、カウンターの脇には、この「ルバイヤート」を一冊置いておこう。

 たった四行のちいさな詩たちである。ここに引用するのは、なんの苦にもならない。だけど、なんだかそんな自分の行為が恥ずかしく思える。この小さな詩たちは、「引用」される、というようなものではない。歌として唄われ、酒とともに愛でられるべきものである。なんどもなんども、唄っているうちに、次第に意味が変わっていきそうだ。

 駅裏の小さなバーのプランはいつのことになるか分からないが、すこしづつ、当ブログを訪問してくれる常連さんも、ひとりふたり、とでてきている。当ブログが、オマル・ハイヤームの「ルバイヤート」のような、小さなバーのような、そんな雰囲気になっていければ、いいなぁ、と思った。

290
おお、心よ、おまえは謎の神秘には達しない、
賢者の域にも達しえない。
酒と盃でここに天国を築こう、
天国に行けるかどうかわからない。

<2>につづく

  

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2009/05/11

神秘家の道<7>

<6>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 珠玉の質疑応答録 <7>
OSHO /スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 瞑想は馬車として使うことができる---そしてそれが、あなたの使っている方法だ。ただ自分が集めたゴミを掃除するだけだ。だが、あなたは毎日ゴミを集めることになり、それを毎日掃除しなければならないことになる。瞑想は大きな鳥だ。ところがあなたは、本来の目的とは違う使い方をしている。確かに瞑想そのものにはその仕事ができるのだが。p513

 飛行機は、滑走用のタイヤがついている限り、牛や馬に引かせれば、馬車として使うこともできる。しかし、エンジンがついているのだから、スイッチさえ入れれば自動車として陸地を疾走することもできる。そして、翼がついていることに気づきさえすれば、それは飛行機として、離陸することになる。高く飛ぶことができるのだ。

 だから瞑想が重荷を取り除いてくれたら、また集めないように気を付けることだ。重荷を集める何の必要がある?---単なる無意識にすぎない。そしてあなたが集めるものは、全部がらくただ。あなたはそれを知っている---だからこそ、瞑想でそれを拭い去られたら、新鮮に感じるのだ。とすれば、どうしてその新鮮さを壊す? ゴミを集めてはいけない。そしてその方法は、もっと気づいていること、他のことしているときでさえ、もっと瞑想的でいることだ。これは大変な防御だ。それはどんなゴミが集まるのも許さない。すると徐々に、あなたが集めるゴミは少なくなっていき、ある日、二つの瞑想の間で自分が何もゴミを集めていないのに気がつく。p515

 あちこちで瞑想という言葉に出会う。しかし、他の意識や醒覚などという単語と同様に、意味していることはさまざまで、統一感がない。ざっとみるだけだと、「なんちゃって瞑想」でしかない場合が多い。いや、自分の理解、自分の体験もまた単なる「なんちゃって瞑想」でしかないかもしれない。わかったふりはしないでおこう。

 今や、馬車は自動車になれる---この二つの間には大きな距離がある。もうあなたには、それを運ぶ牛や馬はいらない、それはもっと早く進むことができる。今ではあなたにはスピードもついた。そうしないと、毎日同じことをして、同じまま死ぬことになりかねない。p516

 私の同級生などもすでに50代の半ばになり、1年に何人かの訃報も届くようになった。ずっと年上の父母の世代は当然として、先輩、知人でも、すでに鬼籍にはいった人々もかなりの数になってきている。私の人生の上においても、自分の「死」はごくあたりまえのイベントになりつつある。

 そして他に何も掃除するものがなくなったら、そのとき瞑想は、あなたのエネルギーは、地上での仕事がなくなったために上昇し始める。あなたは離陸できる。あなたは内なる空で鳥になれる。そうなったら、それは単なる元気になることではなくなる。それは成長になる。あなたは成長し、成熟し、より中心に座り、もっと個人的になる。そして高く進めば進むほど、それだけ、新しいことが自分に起こるのがわかるようになる---あなたに春が訪れ、まわり中に草が伸び始める。生のすべてに緑が溢れ、ジュースが溢れる。p517

 当ブログも次第に、高く飛ぶことを意識しはじめよう。

 あなたはその道を見つけた---今度は進み続けなさい。発見すべきことが実にたくさんある。あなたが忘れていた自分自身の領域、忘れてしまっていたあなた自身の帝国だ。それを思い出しなさい。思い出すこともまた、ひとりでにやって来る。
 だから、今起こっていることは良いことだが、充分に良くはない。もっとたくさんのことが可能だ。小さなことで満足してはいけない。
 自分が完全に満足を感じる地点に行き着かない限り、止まってはいけない。
 それこそが、ひとりひとりの個人が神になる進化の絶頂だ。
p516

 

「(暫定)カビールたちの心理学」
「定義d:(なんちゃって)瞑想が唯一、最後の道である」

<8>につづく

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「場所」論

「場所」論
「『場所』論」 ウェブのリアリズム、地域のロマンチシズム
丸田一 2008/12 NTT出版 単行本 271p
Vol.2 No.613★★★★★ ★★★★★ ★★★★☆

 前著「ウェブが創る新しい郷土」 では、「地域=郷土、ここに『ウェブ』が何をし得るのか」というのがテーマだったが、こちらでは、「ウェブの中に、どのように『地域=郷土』を求め得るのか」がテーマとなっている。

 音楽の要素は、メロディ、ハーモニー、リズムの三つである。その枠組みを借りれば、本書は、音の時間的な流れとして口ずさみやすいメロディではなく、音の響きとして空間に広がるハーモニーを主題とした。美しさの基準は時間によってまちまちだが、今求められているのは響きとは何かを考えてきたつもりである。「あとがき」p270

 このメロディ、ハーモニー、リズム、の例えは興味深い。後だしジャンケンだが、実は、私もこのことは考えていた。この三要素は、リズム=コンテナ、メロディ=コンテンツ、ハーモニー=コンシャスネス、として対応するのではないか、ということだった。楽器で言えば、ドラム、リードギター、キーボード、というところだろうか。これを例えば雅楽とかインド音楽にあてはめてみると、なかなか面白いのだ。

 この三つの要素がそろわなければ音楽にならない、というわけではないが、音楽全体を見渡した時、その要素をこの三つの方向に大分けすることができるだろう、ということだ。一要素だけでも音楽になり得るし、逆に三つそろうことのようが不自然、とも思える。

 リズムだけ、というキーワードで思い出すことがある。

 20前後の時、自分のアパートで痩せた布団にくるまって寝ようとしていた。風の強い夜だった。窓辺の外にかけておいた、洗濯物用のハンガーが、風に揺れて、ガラスを叩いた。それほど大きな音ではないが、カツン、カツンと、ガラスに触れた。ちょっと大きめなものだったから、振り子のように揺れていたのだろうか。

 眠れないまま、聞くともしないまま、耳にその音が届いていた。カツン、カツン、カツン、とその音が、かすかに、しかし、明らかに定則性をともなって聞こえてきていた。

 すこしづつ夢に領域に入ろうとした時、その音は次第に音量を上げたようにも思えた。ガツン、ガツン、ガツン、という振動音は、やがて、ドォン、ドォン、ドォン、と広がりはじめた。その定期的に聞こえてくるリズムは、大いなる催眠効果を働き、私は夢の領域におちた。 

 ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ、その音は、南米かアフリカ大陸の民族音楽のようなものとなって響き始めたのである。私は、そのリズム音ですっかり、いわゆる金縛りに入っていっていた。意識はあるけど体は動かない。耳に入ってくる音は、風に揺れるハンガーの音か、民族音楽かさだかではなくなっていた。ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ、私は夢の中で踊っていた。

 そんなことがあったから、リズムだけでも催眠性があることがわかるし、ましてや、笛ひとつのメロディ、アカペラだけのハーモニーさえ、素晴らしい音楽になり得る、ということはよく分かる。リズム、メロディ、ハーモニーがそろえば、これは本格的な音楽であると言えるだろう。

 本書においては、ハーモニーが主題となっており、当ブログにおいては、目下のおっかけはコンシャスネスとなっている。ハーモニーとコンシャスネスの、どこかに底通する類似性があるのではないか。そんな思いが強くなった。

 本文ではないが、後ろカバーをめくった最後のページに「叢書コムニス刊行の辞」として「編集を代表して 西垣通」の、たった一ページの文が掲載されている。西垣は、ネット社会の交番の署長さんか、防犯協会の会長さんのような素振りが目立つので、ちょっと苦手だが、その先駆的な視点には、学ぶべきところが多い。

 そこで<情報><メディア><コミュニケーション>が新たに問い直されることになる。これらはあまりに正攻法すぎるキーワードだろうか? いや、実はこれらこそ、あいまいなまま濫用され、薄っぺらなIT未来社会論やトンデモ本めいたハウツー本の洪水を生み出し、社会を混乱させている張本人なのだ。よく考えてみれば、これら三つの概念を明解に整理して説明することさえ、なかなか難しい。だからこそ、その根底を問い直し、鍛え直してていかなくてはならないのである。巻末

 この三つもなかなか興味深い。当ブログに引き寄せて考えれば、メディア=コンテナ、情報=コンテンツ、コミュニケーション=コンシャスネス、ということになろうか。三位一体で考えれば、いずれも外せない要素ではあるが、目下のところ、当ブログにおいては、ここでいうところのコミュニケーション=コンシャスネスが、メインのテーマということになる。

 つまり、本書におけるさまざまな考察はていねいに拝聴するとして、当ブログとしては、コミュニケーション=ハーモニー=コンシャスネス、という要素をもうすこし探求すべきなのだ、ということを確認できれば、この本から何事かを学んだ、ということになるだろう。

 三つの要素がそれぞれに独立しながら絡み合い、何事かの状況を生み出すとき、その状況を浮かび上がらせている「場所」とはなにか。命題は、螺旋階段のように昇りはじめる。

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メディアと異界

メディアと異界
「メディアと異界」 「心眼」と「存在の奥行」を取り戻すための「情報学」
仲田誠 2008/06 砂書房 単行本 292p
Vol.2 No.612★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆

 「異界」には「遠くにあるもの」とルビが振ってある。前半は、あちこちから切り取った断片的な情報を、今は懐かしきKJ法でも使って、再構成したのではないか、と思えるくらい、ランダムな論点のつなぎ止めが行われている。後半はそれなりに自らの視点・論点を明らかにするが、明らかになった時点で私としては愕然とするような一節にぶつかった。

 トフラーの嘘
 まず、第一に「バラ色の未来をとく情報社会論」の古典とされるトフラーの『第三の波』が嘘であった。すくなくとも、日本に関しては、まったくのでたらめであった。
 1980年に出版されたトフラーの『第三の波』は、情報・通信技術の発達が人間の営みに利益をもたらすという楽観的予測をうちたてて、1980年代、1990年代において「技術決定論(つまりバラ色の未来をとく)情報社会論者」のバイブルであった。
p222

 はて、この一節はいただけない。その解釈は、私とはまったく異なる。私はこの「第三の波」を1980年。がんセンターの死のベットの上で読んだ。時期的にいえば、1977・8年のインド旅行と、1982年の米国オレゴン州のコミューン訪問の間の時期であり、私の人生の中の10冊に数えることができる一冊であるだけに、著者のこの一節は決して看過できない。

 私の闘病生活は別な機会に譲るが、当時26歳だった私は、体調に不調を覚え、原因不明のまま4つ目に紹介された国立病院において、余命半年を宣言された。宣言されたのは家族であって、まだ独身の青年に告知するという風潮はまだなかったから、私は周囲の反応を見て類推して知っていただけだ。その正確な実体を家族から知らされたのは、このごく最近のことである。

 私はあの死のベッドから立ち上がってきたモンスターのようなものであろうか、と我を疑うが、生きていることは間違いない。あの体調不良と絶望感の中から、私を引き戻したものの中に、たしかにアルビン・トフラーの「第三の波」の仲田言うところの「バラ色の未来をとく情報社会論」があったことは間違いない。

 ああ、将来はこうなるんだ。こういう社会に生きてみたい、と思わせたとすれば、トフラーは私の命の恩人のひとりということにもなろう。高度成長期から成熟期へと向かう日本経済の、ちょうど時期的には、促進剤になったのが、この一冊であったと言っても過言ではない。

 「トフラーの嘘」と、ひとりの学者にバッサリとやられてしまうことには抵抗がある。御本人はあの本をどれだけ読んだか分からないが、あの本は必ずしも「バラ色の未来をとく情報社会論」ではない。一つの枠組みを提示し、彷徨する現代社会に一つの指針を提示しようとした意欲的な試みであって、よく読めば、あの本がトフラー夫妻の前後に発刊されたシリーズ本の中の一冊であることはすぐ分かる。

 だから、本来であれば、その前後のつながりの中から読みこまれる本であり、すでに1990年代あたりには、本人たちも別な視点から国際社会を展望していたのではなかったか。最近においても「冨の未来」を読んだ私は、かなり批判的にならざるを得なかった。

 ただあの本が発行された1980年においては、あの矢印は正しかった。多くの人を魅了したのは間違いない。あの時の分岐点において、道しるべとして出されていた「←」マークは正しかったと言える。ただし、あのポイントで正しかったからと言って、ただひたすらその方向に一直線に走り続ける、というのは愚の骨頂だろう。道行きは曲がりくねっているのであり、時には加速し、時には急ブレーキをかけなくてはならない。次なる「→」マークも見落としてはならない。

 すくなくとも日本に関してはいえば、この予測はまったくはずれている。トフラーのいうような変化が起きているとしても、部分的な現象にしかすぎない。あるいは、トフラーのいうような変化が起きているとしても、それはバラ色の未来をもたらすものではなかった。p224

 著者の言葉を借りて「バラ色の未来」という言葉を上で多用したが、はて、トフラーは「バラ色の未来」を説いていたのだろうか。社会に生まれた「変化」を理解しようとすると、このような枠組みが有効なのではないか、と提言したのであって、バラ色の未来図を書いて、旗振り役をやっていたのではないはずだ。

 膨大な数と時間の取材の中から見えてくるものを、大きな枠組みのなかでとらえようという試みであって、社会自体が変化し、減速し、あるいは飛躍してしまい、著者がこのまない社会へと突き進んでいるように見えたとしても、その責任をトフラーにおっかぶせようという姿勢は腑に落ちない。

 トフラーが重視した、「フレックス・タイム制の普及やパートタイム労働従事者の増加」は、日本では、雇用条件の悪化を意味するし、「多様化・個性化を求める動き(脱規格化)」は、「ゆとり教育」の失敗につながっている。「古典的官僚主義」の弊害は、ますますひどくなり、防衛省の不祥事のように、官僚主義の弊害は、いまや「非人間的」、「非能率」という弊害の範囲をこえて、公然と自己の利益をむさぼる輩の跋扈という現象まで範囲をひろげている。「化石燃料」への集中はさらにひどく、いまや1バーレル、100ドルの時代を迎えている。p224

 ここあたりで、あまりに筆が走りすぎてはいまいか。私はフレックス・タイム賛成である。「多様化・個性化」も賛成である。「ゆとり」も賛成である。教育現場での失敗は、教育行政当局のの失敗であって、トフラーの責任ではない。もっとも私個人は「ゆとり教育」を失敗だとは思っていない。

 防衛庁の不祥事や官僚主義、化石燃料の価格暴騰まで、その犯人はトフラーであるかのような言節には、私はくみしない。それではいかに「トフラー老いたり」とは言え、あまりにかわいそうである。化石燃料の価格などは、もっと複雑な仕組みになっているのであり、たしかにこの本がでた2008年前半では暴騰していたかもしれないが、その一年後の現在は、むしろ安値で安定している。著者は言いすぎであろう。

 つまり、著者は、自らの世界観を書く上でも、KJ法ならぬコピペ執筆法をも活用しているかに見え、社会を理解するうえでも、情報をネット上であちこちからかき集めて、つなぎとめているだけではないか、とさえ揶揄したくなってしまう。時間と足を使って直接に取材しまくったトフラーに、いくばくかの敬意があってもよかろう。

 ある年齢以上の世代はメディアに対する不信感を持っていたのだが(私はそう思っている)、今の若い世代にはメディアそのものに対する不信感はまずない。消費社会に対する不信感も同様にない。p285

 著者は、若い年齢層を世代論としてとらえようとしている。しかもそのとらえ方の、なんと紋切型のことか。私も著者のいうような若い世代と接することがあるが、ひとりひとりの個性・多様性を認めることはあっても、このような紋切型でことが済むとは、とても思えない。彼らも十分、メディアに対する免疫も持っているし、消費社会に対する警戒もおこたっているわけではない。

 タイトルからして、お、これは面白そう、と手にとった一冊ではあったが、目を通し終わってみれば、体から力が抜けて、ゲンナリしてしまった。

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2009/05/10

覚醒のメカニズム<2>

<1>よりつづく
覚醒のメカニズム
「覚醒のメカニズム」 <2>グルジェフの教えの心理学的解明
チャ-ルズ・T.タ-ト /吉田豊 2001/01 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 506p

 乱読につぐ乱読ゆえ、自分が過去に何を読んだのか、わからなくなってしまう場合がある。そのための記録としてこそのこの読書ブログではあるが、今回もリクエストミスをしてしまった。「覚醒のメカニズム」? お、目新しいな、なんだろう。素適なネーミングだな、と思って予約を入れておいたら、なんだ、過去に目をとおした本でした、と、ちょっとがっかり。

 でも、せっかく手元にきてくれたのだから、もういちどパラパラと目を通した。なんとも素適なネーミングではある。サブタイトルも「グルジェフの教えの心理学的解明」。なるほど、こうでなくてはいけない。かっこいい、と思った。

 原書のタイトルはWaking Up: Overcoming the Obstacles to Human Potential 」。自動翻訳では「目を覚ます: 人間の可能性への障害を克服」となって、まぁ、当たらずとも遠からず。「人間の可能性」というあたりはウスペンスキーの「人間に可能な進化の心理学」を連想するから、これはこれでいいのだろう。

 前回は、かなり乱雑に読み飛ばしたはずだから、これはちょっと大事なことを読み落としているかも、ともう一度目を通してみることに。だが、途中まできたところで、やっぱり、前回同様、食当たりの悪さを感じ始めた。なにかが違う。どこかがおかしいのだろう、と、ちょっと首をひねった。

 概略としては、この本は間違いない。なにかのゼミや研修などで、このテキストが使われるとすれば、私なら大喜びするだろう。これほど限りなく近い形で、表現してくれていることに、自らのなかの未表現の部分が喜んでいる。だが、違う。なにかがさらなる協和音を生み出さない。

 まず、「Waking Up」を「覚醒のメカニズム」と翻訳してしまったのは、いかがなものであろうか。「メカニズム」とは金属的機械の構造のことである。人間を「機械」である、と言い放ったグルジェフの解釈本にしてみれば、「メカニズム」という翻訳もグルジェフ本人に対しては、特段に誤った態度ではないだろう。

 あるいは、要所要所で著者のT・タートも、コンピュータのことを盛んに類推として引用するので、金属的機械の構造の延長としてのコンピュータをイメージしている限り、この「メカニズム」というタイトルには、それなりの妥当性はあろうと思う。

 しかし、この本が書かれた1986年におけるコンピュータとは違い、現在のGoogleを象徴とするネット社会やクラウド・コンピューティングは、限りなく非金属化している。一部のマニアックな手作りPCファンならまだ金属的工作として、メカニズムという言葉にはなじめるかもしれないが、一般の、ごくごく一般のユーザーは、コンピュータを金属的なメカニズムとはとらえていないのではないか。

 「カブトムシが壊れてしまった」という表現があるらしいが、カブトムシは生命体であり、カブトムシが生命体として機能しなくなる場合は、「死ぬ」と表現される。「脳細胞が壊れてしまう」とか「白血球が壊れてしまう」と表現されるときもあるが、実は、脳細胞も白血球も生命体であれば、それは「壊れる」ではなく「死ぬ」と表現されるべきだろう。

 1986年のT・タートの時代は、コンピュータが壊れてしまう、で正しかっただろう。当時、パソコンであれ、スーパーコンピュータであれ、限りなくモノとしての物理的な存在であった。モノとしてのコンピュータが壊れれば、メカニズム全体が機能しなくなるのである。だから、歴史的資料としてのグルジェフ理解としては、グルジェフの意図に即した形での「覚醒のメカニズム」という表現は、むしろ、史実に即した紹介の仕方であると、好意的に評価されるべきだろう。

 しかるに21世紀もすでに最初の10年が経過しようとしている現在、アーサー・C・クラーク描くところの「2001年宇宙の旅」も「2010年」も、とうに読み込み済みの社会に、人々は生きているのである。コンピュータを機械的メカニズムとして理解しているユーザーは時代遅れにならざるを得ないだろう。コンピュータは機械的メカニズムを超えた、別の何かに進化してしまっている。

 メカニズムではなく、プログラムとかアルゴリズムという言葉ならまだ理解されやすいかも知れないが、それでももう手垢のついた古い言葉になりつつある。もし、現在Googleの金属的機械としてのコンピュータ・エリアが破壊されても、地球全体のコンピュータ・システムは、生き延びることができるだろう。マイクロソフト社がそのサービスを停止しても、コンピュータの進化が止まることはない。IBMが倒産しても、それを凌駕する別の会社が台頭するだけだ。

 コンピュータ社会をメカニズムととらえることはすでに間違いで、さらに人間そのものを機械的メカニズムに例えることは、超時代遅れとなっているのだ。歴史的人物としてのグルジェフの言節として「メカニズム」という言葉を多様することは構わない。だが、この生身の、21世紀に生きている、人間、ひとりひとりの覚醒にまつわるものごとにおいて、機械的メカニズムに置き換えて理解しようとするのは、時代遅れとしかいいようがないし、人々を理解させる説得力をもたない。

 つまり、極限すれば、グルジェフは時代遅れだ、と言いたい。もちろん、グルジェフが到達した「トゥリヤ」そのものについてのことではない。2500年前のブッダや数百年前の化ビール達が到達した「トゥリヤ」を、時代遅れだと批難したとしても、その批難者の愚かさがただただ際立ってくるだけだ。

 ただ「マスター稼業」を自らの仕事と任ずる人々が、様々に用いたメタファー、マヌバー、方便は、古くなり得る。グルジェフ貴しとして、グルジェフの小道具類にこだわり続けてはいけない。それは、お芝居の小道具類にすぎない。大道具や大きな仕掛けや、ステージそのものであったとしても、つねに最新のものが工夫されていく必要がある。

 だから、このチャールズ・T・タートの「覚醒のメカニズム」は、書き換えられなければならない。それはグルジェフによるのでもなく、ましてや、チャールズ・T・タートによるものでもなく、21世紀を生きる本人そのひとによって、全面的に改訂されなければならないのだ。

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探偵小説の論理学<3>

<2>よりつづく
探偵小説の論理学
「探偵小説の論理学」<3>ラッセル論理学とクイーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説
小森健太朗 2007/09 南雲堂  291p

 これまで、ひととおり小森作品に目を通してみて、翻訳の一部や最近の雑誌類に発表されている短文などは、これから見つけ次第、目を通してみるつもりだ。一度もお会いしたことのない存在ではあるが、文字を通じて表現を続ける存在に対しては、その文字を追うことで、理解を試みることは、それほど間違っているとは思わない。

 ましてや、理解力も十分ならず、論じられている対象についての直接的な細かい基礎知識のないまま、このような本を読むのは、著者に対して失礼になるやもしれないが、私文書や閉じられた空間における講義のようなものでない限り、拙い読者は拙いなりに、読み込んでいくしかない。すべては著者に対して失礼なものでないことを願う。

 チベット密教においては、さまざまな秘教が明かされている現代ではあるが、その道を歩むには、導師であるラマの指導に従うべきだ、とされている。グルジェフ+ウスペンスキーについても、エニヤグラムやエクササイズのような形で秘められた教えが一般に広く公開されつづけているが、ついには、そのスクールのような存在が不可欠になるものと思われる。

 しかるに、ラマにもつかず、スクールにも参入していない私は、その道を歩む上においては、唯一頼むものとしては、Oshoのサニヤス、というシステムしかない。そのシステムを認知し採用するにあたっては、その偏狭化の弊害を知りつつも、むしろ効能の大なるを信じ、自らの道として歩いていこうと思っている。

 そのような自らに強く引き寄せた視点から考えれば、この「探偵小説の論理学」は、Oshoの「私が愛した本」との合わせ鏡と考えてみると、とても面白いと感じている。合わせ鏡とはちょっとほめすぎだとしたら、副読本と考えてもいいだろうか。もっとも副読本という位置まで引きずり降ろしたら、著者ばかりではなく、この本に好意的な読者からもクレームがつくに違いない。

 「論理学」とは、ついには越えられて行かれるべきものとの認識が当ブログにはある。もし、大学の初学者において、論理学の講義として、この教材が使われるなら、その学生たちはとてもラッキーな立場にあるだろう。著者の他のミステリー小説のようなドンデンガエシが待ち構えているのではないか、と用心しつつ読みすすめていって、結局は、ドンデンガエシがないことが、この本におけるドンデンガエシであると分かると、なんとも著者にじんわりとした親近感がわいてくる。

 ラッセル&ホワイトヘッドの「プリンキピア・マティマティカ」や、「哲学探究」や「哲学的考察」をはじめとするウィトゲンシュタインの一連の著書のみならず、クィーン、笠井潔、西尾維新といった人々についての予備知識も決定的に不足しているが、私自身は、なにもそのことを恥じるべきではない、と今は豪語しておこう。無知なるを恥じるべきではなく、探求をあきらめることを持ってもっとも恥ずべき行為だと信じるがゆえに。

 拙いひとり旅の当ブログにおいて、現在は「(暫定)カビール達の心理学」というテーマを掲げてみたところである。実際は、カビール達という単語はあくまで暫定的なものであり、当ブログのタイトルである「地球人」という単語に達するべき概念であろうと推測している。

 しかるに「心理学」という単語は、違和感がありつつも、その言葉のついに到達地点をまだ想定できていない。心理学とは、心理+論理学ということであろうから、心理学を学ぼうとすれば、論理学は基礎として身につけなければならないものである。Oshoは論理学の祖であるアリストテレスを評するにあたって、唯一「詩学」をもって推薦すべき本としている。

 「詩学」そのものの字義はともかくとして、論理学は、ついには詩へと昇華し得るもの、昇華されるべきものと理解しても、そう間違ってはいまい。つまりOshoにおいては、心理学は、ついには心理「詩」にさえ変容されるべきもの、ととらえることができるだろう。それに呼応したかたちで、当ブログはその心理詩は、語られるものでも、聞かれるものでもなく、沈黙をさえ含むものとして理解する。しかも、自らが体験すべきもの、と解釈していったときに、「心理学」という言葉は、ついには「スピリット」という単語に帰結していくことにすることは、まんざら牽強付会とばかりは言えないのではないか。

 つまり、「(暫定)カビール達の心理学」は、当ブログにおいては、ついに「地球人スピリット」という単語に置き換えられてしかるべきだと考えられる。いや、むしろ「地球人スピリット」という既定の目的地点に向って、さまざまな各論を試みている、と言えないこともない。

 さて「探偵小説の論理学」を「地球人スピリット」へ向かう道程の一里塚と考えてみると、なかなか重要な位置を占めている一冊と言える。「ターシャム・オルガズム」を初めとするグルジェフ+ウスペンスキーについての「本丸」にたどりついていないというもどかしさを語る著者p284ではあるが、著者においては、その本丸として、可能な限り、「地球人スピリット」という概念を含めてもらいたいものだと思う。

 ないしは、著者の今後の展開をにらみつつ、当ブログにおける彷徨の方向付けとして、著者のさらなる展開に学んでいきたいと思う。

「(暫定)カビール達の心理学」
「定義c:全ての謎は迷宮入りする」

<4>につづく

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2009/05/09

スパイダー・ワールド 神秘のデルタ

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「スパイダー・ワールド」―神秘のデルタ
コリン ウィルソン, 小森 健太朗 2001/12 講談社 新書: 422p
Vol.2 No.611★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 「賢者の塔」の続編であり、超長編の後半部分という位置づけ。もともとコリン・ウィルソンはこの小説を若年層向けに書いたようであり、1987年に原書が出版されているという。しかし、日本では2001年に翻訳出版されており、ひょっとすると、当時、日本のみならず世界中に盛り上がった「ハリー・ポッター」シリーズなどに刺激されて、出版の企画が加速したのではなかったのだろうか。

 そんなことを思いついてしまうほど、コリン・ウィルソンのあとがきなどのコメントに、著作権やら前渡し金やらの話題がでてくる。彼流の「俗」さがどこまでもつきまとい、独特の雰囲気が醸し出される。

 小説としては今回読んでいないので、いつかウィルソンつながりで、目を通す時もあろうかと思う。巻末にはおよそ90冊ほどの日本語に訳された本のリストが載っている。当ブログでも何冊か読んだが、これだけの本を全部読むことは、ないだろう。むしろ、これだけのリストを見せられると、最初っから、ちょっと萎えてしまうところがある。

 彼の作家生活は長い。著作も膨大になるのも当然だろう。しかし、と思う。一生に一冊しか残さなかった老子などがいる。いや老子は、一冊も残すつもりはなかった。弟子たちによって書きとめられにすぎない。それでもたった一冊のなかに、籠められたエネルギーは甚大なものがある。いや、数少ない言葉だったがゆえに、重い重い言葉になる、ということさえあり得る。

 沈黙を保った真理体験者たちの報告もある。何も残されなかったのか。沈黙そのものが残されたのか。コリン・ウィルソンの多弁は、はて、同時代人たちにどのように理解されてきたのか。後生、彼の言葉の密林は、どう解釈されるのか。たとえば、彼の何十万語は、もっと分かりやすい形でまとめられ得るものなのか。そして、そこには何が残されるのか。

 いろいろ疑問やら不審やらが、ないではない。しかし、当ブログの手のとどく研究テーマではないかもしれない。いつかは、そんなことを思いつつ、コリン・ウィルソン山を登りはじめるときがあるかもしれない。

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スパイダー・ワールド 賢者の塔

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「スパイダー・ワールド」 賢者の塔
コリン・ウィルソン 小森 健太朗 2001/03 新書: 614p
Vol.2 No.610★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 小森健太朗つながりでこの本を手に取ったが、本来であれば、コリン・ウィルソンつながりで読むべき一冊であろう。当ブログにおいては、すでに何冊かウィルソンものを手に取っているが、その厖大に書籍群にくらべれば、ほんの数つまみだけで、リストを作るほどではまったくない。

 20世紀のオカルティズム、とくに西洋神秘主義の底流を理解する方法はいくつか想定できるが、その一つは、ナビゲーターとしてコリン・ウィルソンを選ぶことだ。しかし、コリン・ウィルソン自体が密林である。彼を選ぶためのさらに別なナビゲーターが必要となってしまうくらいだ。

 であるなら、コリン・ウィルソンに対するナビゲーターとして小森健太朗を選ぶという選択肢もあるのではないだろうか。そう思って改めてこの名前を見てみると、コリン=小森(林なら、もろにコリンだが)と読めないこともない。wellth+son = 健太朗 とさえ読めてくる。小森健太朗は、ペンネームで、実は、その元の名前は、小森が私淑するところのコリン・ウィルソンだったのではないか。まぁ、そんな妄想さえ湧きあがってくる。

 今回、この小説は読まない。別な文脈で読むことにしよう。とにかく目の前にあるので、メモだけ残しておく。

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魔夢十夜

魔夢十夜
「魔夢十夜」
小森健太朗 2006/05 原書房 単行本 456p
Vol.2 No.609★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 続いて読もうとして、この本も借りてきておいたら、何気なくこちらをチラッと見た我が家の奥さんが、「あら、これ私も読みたいわ」と来たもんだ。「あ、そう、ちょっと待っててね。こっちが読んだあとでね」と待たせておいたのだが、どうやら、彼女は自分用に別な図書館からこの「魔夢十夜」を借りてしまったらしい。現在、我が家には、この本が2冊ある。

 なるほど、ここまで来ると、50の齢も遠に過ぎ、老眼鏡なしには一行も読めないようなむつけっき男が、いそいそと読むような内容ではないような気もしてくる。むしろミステリー好きの奥さん向きだ。中学校図書館の司書をしている彼女は、だいたいがこの本のあたりがテリトリーなのだ。

 で、こちらはというと、ちょっと小説疲れがでてきて、すこしお休みしたい気分でございます。彼女が読み終わるのを待って、感想やらダイジェストを聞き出しながら、自分も折りを見て再読することにしよう。・・・と、熟年カップの対話は、ミステリー小説を媒介として、すこしづつ戻ってはきているのである。めでたし、めでたし。

 文中になにやら気になる<イナーサークル>の文字がチラチラ見える。これは<インナーサークル>の変形か。この本、ブルーの表紙が洒落ていて、この色が彼女の気をひいた要因のひとつでもあるだろう。「魔夢十夜」なんてのも、妙なタイトルで、こんなところも彼女としては黙っていられないところだろう。

 表紙のデザインはよく見ると、「駒場の七つの迷宮」に似ている。ひょっとすると、何かのトリックがすでにこの表紙に仕組まれているのか。巻末の「引用・参考文献」には、「錠前ハンドブック」と並んで「易経」のタイトルが見える。「易」なら私も一家言ある。文中になにやらタロットについてのくだりもあるぞ、この辺あたりも、言いたいことはいろいろある。

 まぁ、そんなこんなではあるが、いずれこの小説は「探偵小説の論理学」や「英文学の地下水脈」とともに、小森ワールドの最近作として、見直しをかける必要がでてこよう。コリン・ウィルソンの訳書「スパイダー・ワールド」も気になるところ。いずれ、スパイラルの階梯を一段上げなければならない。

 なにはともあれ、再見。

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大相撲殺人事件

大相撲殺人事件
「大相撲殺人事件」
小森健太朗 2004/02 角川春樹事務所 新書 236p
Vol.2 No.608★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 いやはや、あらゆることに「殺人事件」という接尾語をくっつければ、それなりのイメージができてくるからすごいものだ。ましてや、大相撲とくれば、駅のキヨスクにでも置いてあって、気軽に旅のお供に一冊読めてしまう、というスタイルだろうか。出版社も角川春樹事務所である。プロモーションをかけてもらえば、映画や音楽などと一緒にメディアミックスで、我らが小森健太朗も一気に流行作家の番付表の上位を狙うような作家にのし上がるのではないだろうか。

 16歳で元祖「ローウェル城の密室」でデビューした頃が入門・序の口だとすると、「ミルダッドの書」「漂泊者」あたりが序二段で、「ネメシスの哄笑」あたりで十両入り。「マヤ終末予言『夢見』の密室」あたりでは、すでに幕の内力士となっていたはずだ。

 「Gの残影」は「グルジェフの残影」と改題されて再発売されるくらいだから、人びとの記憶に残る作家に成長しているのは間違いない。幕下から関脇、大関を狙う位置につけているのはまちがいない。

 ここにきて「探偵小説の論理学」「英文学の地下水脈」で、いよいよ更なる上を目指して、もち前の決め技を練り上げてきた。次に狙うは、大関、横綱の位置か。大相撲ファンには目が離せない場所が続く。おっと、「ミステリーファンには目が離せない」、だった。夢を大きくして、来場所を待とう。

 ここにきて、一部の最新本と翻訳書や各評論などを残して、半数以上の小森本に目を通したことになる。リストを作っておく。

「ミルダッドの書」翻訳 1992/12

「漂泊者」翻訳 1993/05

「コミケ殺人事件」 1994/11

「ローウェル城の密室」1995/9

「ネヌウェンラーの密室」1996/01

「ネメシスの哄笑」1996/09

「バビロン 空中庭園の殺人」1997/04

「神の子の密室」1997/5

「眠れぬイヴの夢」1997/11

「マヤ終末予言 『夢見』の密室 」1999/04

「ターシャム・オルガヌム」解説 2000/06

「駒場の七つの迷宮」2000/08

「スパイダー・ワールド 賢者の塔」翻訳 2001/03

「スパイダー・ワールド 神秘のデルタ」翻訳 2001/12

「ムガール宮の密室」2002/08

「Gの残影」2003/03

「大相撲殺人事件」2004/02

「魔夢十夜」2006/06

「ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿」翻訳 2007/08

「探偵小説の論理学」2007/09

「星野君江の事件簿」2008/06

「スーフィズムをめぐる思想と闘争」小説現代増刊号「メフィスト」収録2009/01

「英文学の地下水脈」 2009/02

「人の子イエス カリール・ジブラーン」翻訳 2011/5 

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星野君江の事件簿

星野君江の事件簿
「星野君江の事件簿」 
小森健太朗 2008年06  南雲堂 単行本 262p
Vol.2 No.607★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 小森作品を読んでいると、予期せぬことを思い出してしまうことが多々ある。当ブログ、今回も、小森ワールドのメタフィクションとやらに誘発されて、いらぬ自己開示を、いくつもしてしまった。ネット上の準匿名のブログにつき、個人情報の取り扱いはデリケートにならざるを得ないのだが、ついつい乗せられてしまったというべきか。

 この「星野君江の事件簿」は1996年から2001年の小説雑誌などに掲載された7編の短編が収録されており、「チベットの密室」や「インド・ボンベイ殺人ツアー」などが含まれている。

 「今年になってから彼女、このインドのプーナに来ていてね。かれこれ2ヵ月くらい滞在していることになるかしら。そこの瞑想道場で、瞑想の修行をしているの。2年に1回くらいは、その修行をしないと、匂い能力が弱まってしまうっていっていたわ」p82「ロナバラ事件」

 450万人の人口をかかえるプーナのことである。さまざまな道場があることだろうが、ちょっとそば耳を立てて聞きたくなる部分ではある。

 小森作品を読んでいると、あらぬことを思い出すのが通例となってしまったが、なぜにこのようなことが起きるのであろうか。

 誰かと出会う。あれ、他の誰かと似ているな。あれ、あいつだ。あいつ本人ではないけど、よく似ているなぁ。そして、○▼×に似ている奴、という風にして、自分のハードディスクに書着こんでいるのだろう。関連付けないと覚えられないというのは、記憶力の衰退でもあろうか。

 今回もまた、この「星野君江事件帖」を読んでいてあらぬことを思い出してしまった。いや別に忘れていたわけではない。むしろ忘れてしまいたいことではあったが、あの忌々しい事件のことは、そう簡単に忘れられるものではない。

 1992年に「湧き出るロータス・スートラ」を書いたあと、個人的には、長期の執筆計画を立てていた。着想もあたためていたし、協力してくれる人もいた。しかし、それからまもなくして、ある日の朝、その計画は無残にも変更を余儀なくされた。

 初歩的な文書のミスによって、私は何事かの嫌疑がかけられたようだった。被害がある事件でもなく、ちょこちょこっと訂正すれば、はい完了、という程度の修正ですむはずだった。簡単なことだ。それなのに、ものごとはそう簡単にはおわらなかった。

 なぜなのだろう。最初はわけが分からなかった。なぜにこれだけのことで、このような作業が進められているのか。前代未聞である。慣習的にはよくあることだ。なぜに私にだけ白羽の矢が立ったのか。いや、この場合、黒羽の矢、と言うべきか。

 それから数日して、ふと私は気づいた。私はある大事件に巻き込まれようとしていたのである。いや、すでに1年前に起きた大事件の容疑者として、だいぶ以前からマークされていたのだ。

 一部地方では大々的に繰り返し報道されていたから、私もその事件については知っていた。しかし、それは、別世界のことの話。困ったこともあったものだねぇ、というくらいの認識しかなかった。

 発生当初は早期に解決するだろうと思われていた事件だったが、意外に難航した。まもなく発生後一年という時、当局は、ひとつの成果を提示しなければならなかった。

 その図式が薄ぼんやりと見えてきた時に、なるほど、と私は手を打った。私の嫌疑は、小さな形式的なものだ。そのミスを問われることさえ不思議なことだ。だが、しかし、もし陰に隠れていた大事件に関わる存在としてなら、私はなるほど怪しい存在となる。

 土地カンがあること、毒物劇物取扱の資格を持っていること、ワゴン車を所有して、しかも最近急いで処分したこと。いや別に急いでいたわけではない。予定通りの計画だ。だがしかし、疑おうとすれば、どこまでも私は怪しい。

 事件にかかわるA地点とB地点にも知人がおり、しかも事件当時、その知人たちを訪問していること。しかも、事件現場には、数少ない手掛かりとして、マルーン色の紐が落ちていたと新聞にも書いてあった。おいおい、これでは、私以外に犯人はいないことになるのではないか。ゾッとした。

 当局は難航する捜査のなかで、今でいうところの、キーワードをいくつか入れて検索してみたのだろう。そして引っかかった存在をしらみつぶしに調べ挙げていたのだ。なるほど、考えてみれば、私は怪しい。文書ミスなどたいしたことではない。しかし、私をあの大事件の一方の当事者に仕立ててみれば、うまくこのジグソーパズルには、あてはまる。

 ただ、当局は大事件のことには触れない。あくまで文書ミスについての形式的な手続きを進めている。これは明らかに別件で調べられていたのである。

 いくら調べても手掛かりはでてこない。当時、私の所持品の中から小森健太郎著「コミケ殺人事件」の一冊でもでてくれば、私の嫌疑はさらに深まったことだろう。なぜなら、被害者の女子高校生とコミケには、なんらかのつながりをみつけようとすれば、見つけることができるからだ。「コミケ殺人事件」一冊で、容易に「動機」はねつ造できる。

 だが、残念ながら、私はミステリーには一切興味がない。蔵書は一部屋をひとつ埋めるくらいはあるだろうが、推理小説などない。ましてや、ロリコンやら、コスプレやら、ミステリーなどにまったく無関係な無粋な中年男にすぎないのである。たばこも吸わない無趣味な男である。薬物などの線から追及することなど更にできない。当局は諦めざるを得なかった。

 この事件で私が学んだことは多かった。すくなくとも1年間に渡って私は尾行されていた可能性がある。あの場所でのあのこととか、あそこでのあんなこととか、つなげようと思えば、いくらでも事件を構成する要素に成り得る。あの体験から私が学んだものは多かった。常に身辺を綺麗に整理しておくことも必要なのだな。余計な事件にはまきこまれたくない。 

 それから私は少し大人しくしていようと思った。せめて真犯人が上がるまで、余計な動きはしないでおこう。そして、社会的に善人として振る舞うことも、これも大切なことなのだ。

 当時たまたまたまわってきた町内会の班長を快く引き受けた。翌年には町内会の青年部のたち上げを依頼され、こころよく準備委員会から設立まで走り回った。せめて、あの事件が解決するまでは、周囲からも良い人と思われるようにしておこう。

 夏祭り、火の用心の巡回、道路清掃、花いっぱい運動、新年会に、忘年会。町内会にも、さまざま行事がある。子どもたちと積極的に参加した。だが、なかなかあの事は解決しなかった。

 小学校では父親の会が立ちあがった。私も設立メンバーとして参加し、ミニ四駆大会やら、河原でのキャップなど、いろいろな企画もやった。テレビ取材などがきたときには、デカイ顔をさらしたことも2~3度あった。

 子どもが中学校に進学したのに、ともなって、私はなぜかPTAの役員を引き受けることになった。これもしかたない。一種の隠れ蓑として使えば、使えないこともない。善人でいよう。その計らいが、幸か不幸か、おもわぬ結果を引き起こした。下の子が中学校を卒業しようという時には、会長職さえ引き受けていたのである。しかし、ここは我慢、我慢。

 そして・・・・、子どもの進学に伴って、私は高校PTAの会長職をも引き受けることになってしまったのである。しかも3年間も。最初、「年4回、学校にきていただければ結構です」、と事務長が言っていたではないか。入学式、総会、文化祭、それに卒業式。それならなんとか私にもやれるかな、と思っていたが、これが大間違いだった。

 地方によくありがちな傾向なのだが、高校の野球部は一部の優良高校だけが常連で、ほかの高校はなかなか甲子園にいくなどは夢の夢。甲子園にいくぞ、がスローガンではあっても、一般の高校が地区大会で優勝することなどほとんど皆無だ。

 その皆無とおもわれていた珍事が、私が会長職をしていた高校に起きた。県内から夏の大会に公立高校として出場するのは40年ぶりとかで、教育委員会もびっくりすらウロウロするやら。優勝の喜びもつかのま、選手たちを送りだす予算がない。聞けばウン千万円、かかるというではないか。

 創立して20周年しか経過していない若い学校である。OB達もまだまだ社会の中の中堅とは言えない。寄付金を募るものの、多難が予想された。やむなく、PTAが主導権を握り、OB会と野球部親の会、三者一致結束してなんとか無事その予算を創り出せたことには、いまだにびっくり。当時の関係者の方々に頭があがらない。感謝でいっぱいである。

 甲子園のあとにも仕事は残っていた。一回戦で1:4で敗退したため、せっかくの寄付が余ってしまったのだった。半端な額じゃない。協議の結果、その御好意は、野球部の雨天練習場となって残ることになった。

 公立高校の敷地内に建てる建物は、競争入札でなければいけない。そのようなことが分かったのは、あとからだった。手続きも大変なものだった。自治体と交渉し、工事会社と図面を見較べる。毎日毎日が緊張の連続だった。何が年に4回なもんか。私は週に4回くらい学校に通っていた。

 善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。親鸞聖人の言葉をもうすこし早く含味すればよかったかもしれない。私は、なにも善人にならなくてもよかったのだ。後悔は先に立たずだが、ほんの短期のつもりだった、善人のふりをする作業は、果てしなく続いた。子どもが高校を卒業しても、教育委員会の外部委員とやらを何年もやりつづけることになってしまったのだった。

 「湧き出るロータス・スートラ」以来、お前はなにをやっていたのだ、と友人たちからは問いただされそうだ。たしかに私のキャリアには10数年の空白がある。しかし、小森健太朗ファンには、このストーリーの種明かしが見えてきているだろう。

 あの事件はついに時効を迎えた。迷宮入りしたのである。あれだけの有力な手掛かりがありながら、私なんぞにかかずらっていたものだから、真犯人を逃してしまったのだ。本当の被害者は私かもしれない。我が身の置かれている状況を把握して以来、時効を迎えるまでの10数年間を、大人しくして善人としてふるまわなければならなかったのだから。

 迷宮入りしたとは言え、肩の荷がおりたわけではない。まずは被害者の冥福を祈り、そのご家族にも御痛みを申し上げたい。そして、いまだに私は参考人の上位にランクされつづけているかもしれないのだ。その嫌疑ははらしたい。

 私はこの事件の解決のため、いずれ星野君江探偵事務所を訪れ、手持ちの膨大な証拠資料を提示するつもりである。とくに私の無罪を証明するための証拠品。歯医者の治療代のレシートを確認してもらおうと思っている。事件のあった当日。私は歯痛がひどくて、歯医者から帰ったあとは自宅で寝ていたのだ。私には絶対的なアリバイがある。証人もいる。私は無実である。犯人でなどあるはずがない。

 そのためにも、私はあの事件を迷宮入りのままに放置せず、なんとか解決してもらいたいと思っている。ただ、そのための経費を準備するまでには、またまた時間がかかりそうだ。

 見事この事件が解決したら、私はこの事件と体験をもとにミステリー推理小説を書くつもりだ。出来がよかったら、なにかの文学賞でも狙おうではないか。私の人生哲学は、転んでもただでは起きない、だ。

 いやまてよ。そんなことをしていたら、何回生まれ変わっても人生の最終目的は達成できない。ここはプロにまかせたほうが早いだろう。現代日本のミステリーの鬼才・小森健太郎なら、うまいことサバいて、見事な推理小説に仕上げてくれるに違いない。そして、いずれは「星野君江の事件簿」のひとつに加えてくれるだろう。それを読むまでは、あの事件のことは忘れないでおこうと思う。

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2009/05/08

バビロン 空中庭園の殺人

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「バビロン 空中庭園の殺人」 古代文明ミステリーファイル
小森 健太朗 1997/04 祥伝社 315p
Vol.2 No.606★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 リアルとフィクションというと思いだす一つの体験がある。

 1975年に「存在の詩」を読んで、1977年にインドに行くまでの間、私は全部で10名ほどの小さな印刷会社で働いていた。旅行資金のために一生懸命だったということもあるが、仕事そのものがとても楽しかった。写植、版下、デザイン、編集、校正、製版カメラ、フィルム現像、オフセット印刷機の運転、製本、と、印刷技術者として学ぶべきことのひととおりを覚えた。この時の体験がいかに楽しかったかは、いまだに年に何回か当時の夢を見ることで確認できる。

 そんな時、その会社の社長の甥で、高校の教師をしている青年が、印刷工場を訪ねてきた。演劇集団を立ち上げるためのパンフレットやチラシ、ポスター、チケットなどの印刷を依頼されたのである。窓口になってひととおり面倒みたのだが、最後の依頼事には参ってしまった。

 演劇をやるのだが、ひとり役者が足りない。ひとつ、その面も手伝ってくれないか、という。とんでもないことを見こまれてしまったものだ。例によって、私は小学校3年生以来、芝居や演劇の役者としては、自らの才能を確認できなかったので、すみやかに辞退した。

 しかし、相手の依頼も強引だった。まるで、候補者は私しかいなくて、しかも台本は私のために書いたような口ぶりだ。ましてやこの青年、私の学校の先輩にあたっていたので、ついつい、断りきれずに、その演劇集団の立ち上げに役者として参加することになったのだった。

 練習そのものは面白かったが、そのシナリオがいまいち面白くなかった。高速道路を疾走する観光バスには、ある結社の人々が乗っている。さまざまな歌が唄われ、高揚する。やがて全員が恍惚となった時に、突然、いままで静かだった運転手が、ハンドルから両手をあげて「万歳!」「万歳!」を連呼する。軌道を失った観光バスは、突然、異次元の世界に突入する。その時、突如、空間に現れるのが、上半身裸、スキンヘッドの右翼少年だ。その背中には、「南無妙法蓮華経」と大書されている。そしてアジテーションをブツのだ。

 その右翼少年の役をもらったのだが、どうも私は乗り切れなかった。真夏の練習で、クーラーもないアングラ演劇団のけいこ場も蒸し暑い。街なかのメイン通りに面したビルの階上にあるとは言え、なんともぐったりしたものだった。

 ところがある日、にわかに空がかき曇り、ものすごい雷鳴が下った。練習していた団員達は、全員けいこをやめ、窓際に走り寄った。まだ昼下がりだというのに、西の空はどんよりと暗雲を垂らし、稲妻が何筋も走った。まるで、倦怠していた団員たちを激励するのか叱責してくれているかのようにさえ思えた。いやいや、あの迫力は、まるで街全体に「喝!」を入れているような、激しいものだった。ビルの階上から眺める稲妻は、それこそひとつのエンターテイメント・ショーだった。

 私はかの青年に言った。「もし、あの稲妻を、あなたの演劇のステージに乗せることができるなら、私はあなたの演劇団の一員として、一生付き合ってあげるよ」

 芝居そのものは好評で、最後まで責任をはたした私は、観客からもらう拍手が、これほど気持ちがいいものか、と、つくづく思った。なるほど、なんとかと役者は、3日やったらやめられない、とか。その気持ちがよくわかった。だが、この演劇集団は、この立ち上げ公演一回きりで解散した。

 それ以降、こんな体験をしたことなど、すっかり忘れていたが、私はこの、自分のセリフを5年後に思い出すことになる。1982年、7月。私は、自分の瞑想センターの仲間たち21人と、米国オレゴン州のコミューンのセレブレーションに参加していた。巨大な温室として作られた瞑想ホールに、一万人を超すサニヤシンが、Oshoがロールスロイスで到着するのを待っていた。

 その時、にわかに雷鳴がとどろき、龍雲をともなって彼はやってきたのだった。巨大な瞑想ホールの中央に彼が立って、人びとにナマステを送っている時、ふいに私は、自らの5年前のセリフを思い出した。

 「もし、あの稲妻を、あなたの演劇のステージに乗せることができるなら、私はあなたの演劇団の一員として、一生付き合ってあげるよ」

 Oshoは、見事に稲妻を自らのステージに乗せることに成功していた。私の体験は、私個人の体験ではあるまい。マックス・ブレッカーは著書で書いている。 

 7月6日、新たに設けられた「マスターズ・ディ」では、毎日のドライブバイのコース上空を小型飛行機が飛んで、ポートランドから仕入れた5万ドル(約1300万円)分のバラの花びらを降り注がせた。その夜、ラジニーシが弟子たちと座る最後のラウンドの直前、急に天候が崩れた。稲妻が光り、雷鳴が轟き、にわか雨が天井があるだけのホールへと吹き込んだ。ラジニーシを反キリスト、その信者たちを邪神バールの子供とみなす者たちの目には、それは天罰の前兆のように見えたかもしれない。
 ラジニーシのサニヤシンたちにとっては、それは笑ったり踊ったりして、大声で嵐を吹き飛ばすもうひとつの機会にすぎなかった。 「アメリカへの道」p131

 あれ以来、私はOshoの演劇に参加していると言える。それまでの確信は、さらに確かなものとなった。それ以降の、確信につぐ確信も、そのつどの体験の中で深まっていったのだが、リアルとフィクションが重なってしまう瞬間というものがある、ということを理解した。これは私にとっての貴重な体験のひとつだった。

 さて、私が米国オレゴン州で、こんな体験をしていた1982年、小森健太朗は、まだ16歳の高校生だった。すでにミステリーを書いており、史上最年少で江戸川乱歩賞の候補となったというから半端じゃない。その時の審査委員のひとり新保博久が巻末の「解説」にその時の顛末を書いていて笑える。一読の価値あり。

 なにはともあれ、当ブログにおいては、2000年以前に書かれた小森作品の大まかな部分は読み切ったということになる。小さな「チベットの密室」とか「インド・ボンベイ殺人ツアー」などは、2008年にでた「星野君江の事件簿」に収録されているから、これから読むとしても、おおよその前半部は終了した、ということになる。

 そういう視点からいえば、この「バビロン空中庭園の殺人」は、実に完成度の高い小森ワールドに仕上がっている。ドラマツルギーができあがり、どこか安心して読めるのである。ただ、であるがゆえに、一沫の不安を感じる。読者というものはなんとも理不尽な要求をするものだ。

 ドラマツルギーが完成したということは、「水戸黄門」化した、ということだ。月曜日の8時、人びとは水戸黄門を見る。先週の土日はいろいろあった。大変だった。しかし、いろいろあったが、結局は月曜日になれば、水戸黄門があり、いつもの月曜日じゃないか。さぁ、今週も一週間ガンバロー・・・。

 なにも間違いではない。これが現実ではあるのだが、一旦、異次元ワールドに引きづり込みながら、もとの鞘にもどして終わりでは、なにかが違うのではないか。小森が最大限評価するニーチェやグルジェフ+ウスペンスキーの、どこに水戸黄門の「日常」があるというのか。

 彼らは、人びとを日常から非日常へとおびき寄せる。まんまと非日常へ引きづり出したあとは、そのまま放置する。その勇気、大胆なマスター・ワークがある。この段階の完成度だと、小森作品は、安心安全な娯楽に転じてしまうだろう。それでいいのか。それでいいのだろう。しかし・・・・。

 読者の要求とは、理不尽なものだ。

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ムガール宮の密室<1>

ムガール宮の密室
「ムガール宮の密室」 <1>ミステリー・リーグ
小森健太朗 2002/08  原書房 単行本 270p

Vol.2 No.605★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★★

 サブタイトルで「SARMAD The Saint and the Detective」とある。サルマッドという聖者とDetectiveだから、ここは研究と読むべきなのか、探究、あるいは探検、探偵、と読むべきなのか、語学力が不足しているので確定できない。いずれにせよ。SARMADという聖者の存在が重要なポイントとなる。

 サルマッドは、その生涯同様に名前もまた奇妙な聖者である。「サルマッド」の意味は「恩寵」とか「天啓」を意味するとされていると説と、「永遠」を意味するという説がある。この名前自体が、サルマッドが自分の詩文に付した、いわばペンネームにあたるもので、本名は今日に伝わっていない。 p7

 サルマッドが残したペルシャ語の四行詩「ルバイヤート」は、約330編からなっているというが、はて、ルバイヤートとなると、オマール・ハイヤムが有名で、Oshoの「私が愛した本」の中にも登場する。Oshoは、「ゾルバ・ザ・ブッダ」という名前をベジタリアン・レストランの名前に摸したことがあるが、一方で、この「オマール・ハイヤム」を、サニヤシンたちの経営する「バー」の名前の候補とするよう提案したことがある。ことほど左様に、私の頭のなかでは「ルバイヤート」と「オマール・ハイヤム」は一体化してしまっていたが、「ルバイヤート」とは、俳句や短歌、というように四行詩などを表す一般名詞のようだ。

 知るがよい 友よ
 汝が世にいるのは、ほんの数刻だけ
 天が汝に、世俗の甘酒を注ぐとも
 断固として拒むがよい
 その中に幸福はみつからぬ
 ただ苦き酩酊があるのみ
   p17

 うむ、このルバイヤートを読んだだけでは、私ならオマール・ハイヤムとの違いを発見できない。つまりは、ルバイヤートとは、全体としてこのようなシンボリズムとアルゴリズムを使うのだろう。

 私たちは不可知領域からやってきて、ほんの一瞬後には、また不可知領域に帰っていく。その全体を知り得たら、その一瞬に何事かの執着をもつことは、幸福への道ではない。

 この小説の表紙にもなり、文中にも登場するタジマハール宮殿に私は1週間ほど通いつめたことがある。というか、近くに安宿を取り、毎日でかけて、呆けていた、というだけのことだが。あの荘厳な建築物には、巨大なスケールの割には、それほど見るべきこまかい資料があるわけではない。だが、その場の持っているエネルギーはただものではない。私は階上の回廊から、川向うの、もうひとつの未完の宮殿予定地をながめていた。そして、その二つの宮殿をつなぐべき巨大な橋を想像したりしてみていたこともある。

 長い池はその威容を映し出す鏡になっている。しばしここで私は坐って目を閉じていたものだ。他にすることもないので、自然と瞑想が起こる。たまに旅行客が来て声をかけられることもある。ある時、日本からごく短期のJALパックツアー団体旅行客がやって来て、若きお嬢さんに声をかけられたことがある。

 「日本人の方ですよね・・・?」

 たしかに、髪はぼうぼう、ひげも伸ばし放題。全身オレンジ色のインドで求めたごく簡単な布を纏っていただけの私だが、いくら日焼けして、首から108のビーズのをぶらさげていても、独特の嗅覚で、日本人は、日本人同士を見分ける能力があるらしい。

 「そうですけど・・・」

 薄ぼんやりと目をあけると、いかにもアンノン族の典型というばかりの日本人女性が目の前に立っていた。

 「わ~~い。すみません、一緒に写真を撮らせてくださ~い」

 やれやれ、と思いつつ、もう一人の女性がカメラマンとなって、日本の香りいっぱいの彼女と並んだツーショット写真に収まった。私はインド旅行中、カメラは持っていたが、ほとんど写真をとらなかったから、手元に残っている写真はごくわずかだ。もし、あの時の写真が手元にあれば、このブログで公開したら、大笑い、ということになるだろう。

 1978年の夏ころのことだから、当時JALでインドを旅した女性も、いまや、50代後半になっておられるだろう。もし、偶然が重なり、彼女がこのブログを見ることがあったら、あの時の写真を見せてもらうことも可能だろう。少なくとも、日本のどこかで、あのツーショット写真が、誰かの青春グラフティアルバムに挟まれている可能性がある、と考えるのは愉快なことである。

 ティムールはチンギス=ハーンの小型版にしかなれず、アクバルもまた征服者としてティムールに及ばなかったように、征服者としてのシャー・ジャハンは、ティムールやチンギス=ハーンは言うの及ばず、祖父アクバルの広げた版図を超えることはできないでいる。p28

 今回のこの小森作品は、ジャンル分けで言えば、歴史ミステリーとも言うべきものなのであろうか。いろいろ細かい区分けはあるのだろうが、横紙破りの当ブログとしては、図書館に並んでいる本、という大きな括りで読んでいくしかない。あまりに大きすぎるが、それこそは、規模こそ違え、インターネットのやろうとしていることだ。

 チンギス=ハーンを別な角度から現代に生き返らせた杉山正明は、千年の昔の歴史を扱いながら、現代という時代を見つめ直す視点を失っていないようだ。

 21世紀という「とき」の仕切りに、はたしてどれほどの意味あいがあるものなのか、わたくし個人にはよくわからない。しかし、人類社会もしくは地球社会という空前のあり方のなかで、生きとし生けるものこぞって、ともども生きていかなければならない時代となった。たしかに、「いま」は、これまでの歴史とは画然と異なった「とき」に踏み込んでいる。かつてあった文明などといった枠をこえて、人類の歩みの全体を虚心に見つめ直し、人間という立場から共有できる「なにか」をさぐることは、海図なき航海に乗り出してしまったわたくしたちにとって、とても大切なことだろう。それは、一見、迂遠な道におもえるが、実はもっともさだかで有効なことではないか。「疾駆する草原の征服者」2005/10 p374

 小森が積極的に作品を発表するようになった1990年代から現在までの、大きな括りの20年間のなかで、特筆すべき大事件としては、1995年に起きた麻原集団事件であるだろうし、2001年9月11日におきた世界貿易センタービル崩壊=いわゆる9.11の大惨事である。

 しかるに、この2大事件に対する小森の同時代的なアップデイトな反応をまだ見つけていない。漫画だから、詩だから、小説だから、音楽だから、一般向けじゃないから、などなど、いろいろなエクスキューズを見つけることはできる。しかし、これらどのジャンルにおいても、同時代に深くコミットしているアーティストたちは多くいる。

 当ブログは小森作品を、ちょぼちょぼと、あちこち蚕食しているにすぎないので、いまだ全体像を掴みみきれていないが、この本が出版されたのは、9.11勃発してまだ1年を経ない時点である2002年8月である。あの事件が起きたことを知らないわけもないだろうし、すでに原稿に着手したのが遥か以前であったとしても、脱稿する段階でいくらか手を加えることはできるであろう。

 私はなにも、特別に9.11だけを特筆しようとは思わない。いろいろなことがあり、いろいろな取り組みがある。しかし、この小説「ムガール宮の密室」において扱われているテーマは、3~400年前のインドの「統治者」「神秘家」の対峙だとするならば、現代においても、その構造は、いくらでも見つけることはできる。

 サルマッドに関する記述はすべて英語文献から得たものばかりで、参考文献にあげた著書でも、サルマッドのことを扱った日本語の本は皆無でした。本書は、日本語でサルマッドのことを扱った最初の本でもあります。宗教史上非常に重要な意義をもつこの聖者が、これまで日本でまったく扱われてこなかったのは、残念かつ不当に思うところです。これを機に、文学著作としてサルマッド作品の邦訳が行なわえることにも期待を寄せたいと思います。p266

 サルマッドについては、「私が愛した本」p99の中でOshoも触れていて、ほとんど日本語文献のない中にあって、この小説は実に貴重な資料となろう。

 しかし・・・・、と、それでもやはり、なにかが腑に落ちない。

 当ブログにおいては、個別な存在としてトゥリヤに到達した人々を、なんとも無造作に「カビール達」とひとくくりにしようとする作業の真っ最中なのである。歴史家でもなければ、心理学者でもなく、ましてや文学を深く理解しているわけでもなく、単に居並ぶ書籍たちを、自分のほうに引き寄せて、門外漢の自分にも分かるようにしておこうという当ブログにとって、サルマッドは「カビール達」のひとりでしかない。

 つまり、当ブログにおける関心は、歴史上のカビールやサルマッドの姿をよりリアリティを持って感じてみたい、という欲望とともに、現代におけるカビール達とはなにか、という問いにある。つまり、当ブログはこう言いたい。小森作品は、もっと現代のカビール達に触れるべきではないのか。グローバル時代のインターネット上にあって、世はさらに加速的にアップデイト化している。

 当ブログにおいては、米国オバマ大統領の言動に注目している。十分に触れることはできないでいるが、彼が国民の教育や皆保険に政策を集中させ、グリーン・ニューディールへと舵を切ろうとしている。いままで反米を旗頭にしてきた近隣諸国とも対話の姿勢を示し、核武装のシステム全体を見直そうとする姿勢にも、どのような実態的な成果を挙げられるのか、積極的な支持の姿勢を示しつつ、注視しつづけたい。

 そのオバマの目の前に立ちふさがっているのは、人種問題や、宗教論争である。経済問題や環境問題よりも、ある意味では根が深い。9.11における根本にある問題は、なにもフセインやオサマ・ビンラディンらの存在だけではない。特に、西洋側から見た場合のイスラム教理解は、以前として進んでいない。

 自らフセインというミドルネームを持つオバマは、このイスラムに対する理解をも示そうとする。疑似キリスト教国家である米国は、そのことに必ずしも好感を持ってはいない。もちろん、当ブログにおけるイスラム教理解もほとんど進展していない、というのが実態である。この小説をきっかけとして、イスラムに目を向けるチャンスが増えてくるのは、大いに賛同できるところだ。

 ただ、イスラム、と大きく構えた場合、あまりに巨大なエネルギーでもあり、雑多な要素が含まれすぎて、なにがなにやらわからないままステロタイプのイスラム理解に終わってしまい、結局なんの相互理解にもならない可能性もある。

 ここは、このサルマッドのようなスーフィー達、イスラムの真髄であり、地球人としてのスピリチュアリティの真髄に到達した、個人の姿としてのスーフィー達に、まずは耳を傾けていく必要があるのではないか。そういう視点からもういちどこの「ムガール宮の密室」を読みなおしてみると、生き生きと活写されたスーフィー達の生きざまから、現代人が学ぶべき多くのことを発見できるのではないだろうか。

 雄々しくあれ 光の道を歩む者
 自己を滅するのを恐れるな
 臆病者に道は示されぬ
 蝋燭のごとく自己を焼却せねば
 神は光で導かぬ
      p234

<2>につづく 

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2009/05/07

駒場の七つの迷宮

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「駒場の七つの迷宮」
小森 健太朗 2000/08 光文社 単行本 315p
Vol.2 No.604★★★★☆ ★★★★★ ★★★★☆

 本作品は1985年の駒場の大学キャンパスを舞台に展開する。続編に「本郷の九つの聖域」があるはずなのだが、ググってもでてこないので、未刊なのではないだろうか。いずれにせよ、この作品は構想されてから完成するまで、そうとうに遅れたそうなのだが、私はむしろそこのところに、一抹の安堵感がある。

 1985年の大学キャンパスを舞台にしているとは言え、1995年に起きた事件をモチーフのひとつに用いているのは明らかである。あの事件については様々な文献をめくってみたが、一橋文哉のものしたあの「帝国」についての一冊などは、それこそ深まる迷宮をさらに深くえぐり出そうとする本であり、とても当ブログなどにお気軽にメモなどしておく気にはなれない。

 小森がお気軽なキャンパス・カルチャー風にあの事件を風刺しようとするには、あまりにも問題は深すぎると思う。だから、(はなはだしく)遅れたとするところに、むしろ私は良心を感じ共感を覚えたりする。

 小学生3年生の時の学芸会に、劇の主役にいったん選ばれたのは、私だった。しかし数回の練習ののち、結局、主役の座は私の後の親友となる友人に奪われてしまった。私は、「村の子供3」にコンバートされたのである。あれ以来、私は芸術としての芝居の道は断念した。とかく持ち回った言い方で、芝居やフィクションについて、チクリチクリと苦言を呈しているのは、そのためである。

 この親友は、のちに私が社会保険労務士の勉強する時の教材を販売している会社と同じ名前をニックネームとしている男なのだが、中学校時代には一緒に200ページを超える漫画「肉筆誌」を5号まで一緒に作ったし、3年生を送る予餞会では、10分にわたる漫才のコンビを組んだこともある。ダブル突っ込みでなかなか好評であった(と自分たちでは思っている)。

 その後高校時代には赤テント、黒テント、夜行館をはじめ、さまざまな芝居を一緒に見に行ったが、彼は当時からすでに自らの演劇集団を立ち上げ、多くの仲間や後輩を育て、のちには自治体の芸術選奨を受賞したのだから大したものだ。私はステージには乗らなかったが、ポスターやパンフレットのデザイン、チケット制作としてスタッフに一員であったこともある。私自身は一度、別な演劇集団のステージに立ったことがあるが、この話もなかなか面白い話なのだが、別の機会にゆずる。

 この友人が1995年後半か1996年の初めに、やはりあの事件をモチーフとして一ステージ企画したことがある。一般の評価はどうだったのか知らないが、私はあのお芝居を見て、あの事件をお気軽、お手軽、お遊び風にアレンジすることは、絶対にできないな、と痛感したのだった。あれ以来、私の中では半ばタブー化した題材である。

 今回、小森があえてこのテーマをモチーフとしたキャンパス・ミステリーをモノしたものの、その続編で書かれるべきであろう「問題」も、そうたやすいものではないはずだ。いまだ未刊であるらしいことも、ある意味、そうでなくてはならない、と私は思う。そう簡単に書かれ得るものではないのではないか。「プロの嘘つき」村上春樹は、この問題についてはノンフィクションで対応した。

 時代は入れ子状態であちこち前後するが、1985年、私は30歳を過ぎてから、某K大の通信教育部「哲学と心理学を中心としたコース」の学生になった。夏のスクーリングのために一か月通ったことが懐かしい。だから、1985年の駒場の風景も自分なりの体験として、なんとなく類推することができる。

 さらに、遡ること1980年代前半、私たちは、街中に「瞑想センター」を作ったことがある。7階建てのビルの4階のワンフロア50坪を借りきって、それこそダイナミック瞑想やクンダリーニ瞑想を連日行った。月に何回かは、瞑想キャンプと称して、3日間のグループ・セラピーを開催した。それまで、男性サウナとして使われていたスペースだったが、これがなんとも私たちの目的にぴったりのスペースで大いに楽しんだものだった。

 私たちは「勧誘」することもなかったし、他から「勧誘」されることもなかったが、たまたま大学に近い住所に位置していたものだから、よく学生たちが遊びにきた。当時Oshoについてのネガティブ情報はなかったわけではないが、圧倒的に日本人社会からは好意的に迎えられていたはずである。まだ実態が知らされてなかったということもあっただろうが・・。

 いろいろな学生が遊びにきたが、たまたま医学部が近くにあったものだから、医学生も遊びに来た。今回この作品を読んでいて、二人の医学生を思い出したので、メモしておく。

 ひとりは、一度理系学部を卒業した後に医学部に入りなおした男だったが、これが軟弱者だった。ほとんど女性の手も握ったこともないようなご仁で、Osho本を読んでやってきたのだが、実際に瞑想しているうちに気分が解放されたのか、女性スタッフに抱きついてしまったことがある。いや別に現在なら「ハグ」と称して、親密さを表す挨拶程度に取られており、金賢姫に会いに行った田口八重子さんのご子息が、二人してハグして、互いの境遇を確認しあった件が記憶にあたらしい。

 この男性はしかし、その直後に自らの行為を深く恥じたらしく泣き出してしまった。自らの行為に罪悪感を覚えたのである。一人で帰宅できないほどに消耗してしまったので、付き添って自宅付近まで送って行ったのだった。迎えにでた母親にもたれかかって、「ボク・・・・、ボク・・・・」と泣きじゃくってしまった。おい、おい20代も半ばもゆうに過ぎて、ましてや、やがては「センセイ」と呼ばれる人の、これが実態かよ、と、呆れかえったものだった。

 もう一人は、もうちょっと凛々しかった。体は小柄だったが、探究心が強かった。しかし、なにか視線に違和感があるというか、いわゆるOshoの雰囲気とはちょっと違っていたかもしれない。彼は積極的に一か月ほど瞑想していたのだが、ある日、カウンセリングを受けたいという。守秘義務があるので、すこしボカして書いておくが、つまり彼はこうしてOsho瞑想センターに通いながらも、例の壺売り集団Tに入りたい、というのであった。

 私たちは「勧誘」もしていなかったが、「追っかけ」もしていなかった。来る者は拒まず、去る者は追わず。実際そうだったはずである。だから、どのような立場であろうと、その人がそのような道に行こうとしているのか、聞いてはおくけれど、それについてのコメントは一切しなかった。それから彼は来なくなったが、あれからどうしたのだろうか。勉強、勉強の生活の中で、世界観が広くない。強い「勧誘」があると、あっというまにある種の色に染め上がっていくのだろう。

 ことほど左様に、瞑想センターのカウンセラーという立場ゆえに見えた人間模様というものがさまざまある。作家たちのような文才とまでは言わないまでも、文学的表現を身につけておけば、いくつかの小説でも書いてみたいとは思うが、ない袖は振れない。あの、人間博物館とも、人間美術館とも言えず、あるいは人間動物園といったら失礼だろうが、人間骨董屋とか、人間リサイクルセンターと言ったら、さらに失礼だが、実にさまざまな人間模様をみせていただいたものだ。

 「駒場の七つの迷宮」を読んでいて、そんなことをいろいろ思いだしていた。そして、ひとつ、一番大事なことをメモしておく。ここで小森はなぜに「七つの迷宮」を持ち出してきたか、ということ。そして続編である作品になぜに「九つの聖域」というタイトルを選んでいるか、ということだ。そこんとこは慧眼なる読者諸氏が推理するところとあいなるわけだが、当ブログのおいて、じつは、この7がひとつのキーワードになっているのである。

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「ラジニーシ・ニューズレター26」p39 1980/11発行 参照

 このマークは、上記の瞑想センターをやっていた当時の私たちのセンターの独自のマークであり、私がデザインしたものだ。このマークの中に7が隠れているのを、見つけていただけるだろうか。私には7というのは、生家の屋号の連想から「丸七」というのが正しいと思う。7ではなく、○7なのだ。

 この世が創造されれば、それはひとつの○である。それはゼロでもあり、1でもある。円でもあり空でもある。ここに陰陽二つが発生して、○の中に8が発生する。これが回転すればいわゆる陰陽のマークとなる。回転すれば中心が発生するので、最初の○は、本当はこの8の中の二つの○の接点に位置することになる。

 つまり、1が生じ、2が生じることによって、3が生じているのである。これがマジックナンバー3である。ほとんどはこれで物事は解決する。

 しかしながら、もう少し深く突っ込んでみたい、という探求は誰にも起こりうる。もう一段入れ子状態がすすむと8が二つ重なった状態になる。この状態を良く見ると、7つの○で構成されているのである。つまり3と7は、基本的にここで確認できる。

 つまり、陽の陽、陽の陰、陰の陽、陰の陰。これほとんど世界を表すことができる。もちろん、さらにこれをn回連続して展開しつづけることもできるが、そこまでものごとを複雑に考えたいという人間はそれほどいない。この7つの○でほとんど90%以上の解明度を持っていると判断しても悪くはない。

 ところで、この図全体が回転しているとすると、一番外側にある○の中心は上の8と下の8の接点に位置することになる。

 つまり、一番最初に登場した丸の中心は、ちょうどまん中に存在していることになる。この図での○はつまり回転や円環をあらすものと考えて、その中心点だけをチェックすると、一直線上に7つの点が残るだけだ。

 センターのマークとしてデザインされた外側の△は実は、坐禅をしている姿を表している。つまりマーク上の7つの○は、身体上にあるチャクラに対応していると考えているのである。だから、その伝でいうと、人間はハートチャクラで生まれ、ハートチャクラに留まるべきである、ということを意味している。それが全体的に円環するコツなのである。

 さて、○は2次元的な表現だが、ここでは、実は一直線に並んだ7つの点で表されるのであり、1次元的なものである、と考えることができる。

 もしこの一次元的な○7から21を生み出すにはどうするかというと、x軸、y軸、z軸上に展開すればいいのである。7*3=21。これで完全数21が発生する。もちろん交錯する0ポイントは、ハートチャクラの位置である。

 人間は1次元にも2次元にも生きていない。3次元に生きている。もちろん、数学上は4次元や5次元というものも仮定はできるけれど、1次元、2次元に人間が生きられないとおなじように、人間は4次元にも5次元にも生きることはできない。人間は3次元のありのままの姿が完成体なのである。

 さて、ここでなぜにこんなことを書いているかというと、自説を強調したいがためではない。「マジックナンバー7」については、グルジェフ+ウスペンスキーを初め、諸説ある。どれも説得力があり、魅力にあふれてはいるが、どれにも固執するべきではないと、当ブログは考える。

 もし、ウスペンスキーがグルジェフを超えることができなかったとしたら、それはあまりにもグルジェフのシステムを愛しすぎたがゆえのことである。グルジェフが感知した真理の一端をウスペンスキーは絶対のものとしてしまった。それではいけない。

 グルジェフを愛するなら、グルジェフが真理を感知した「感性」をこそ学ぶべきである。この宇宙から3なり7なり9なり、あるいはエニヤグラムを読みとったグルジェフの感性をもってすれば、ウスペンスキーは、まったく別な体系を感知することができた。そのような姿勢こそが、グルジェフの求めていたものである。

 当ブログにおいては、いままでも、そしてこれからも、7という数字が登場する機会が多くなるだろう。しかし、それにこだわってはいけない。もしそれを感知したら、次の瞬間それを即投げ捨てる、あるいはスルーするコツを身につけなければならない。こだわりは間違いの道である。

「(暫定)カビールたちの心理学」
定義b:「マジックナンバー7」にご用心!
 

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2009/05/06

コミケ殺人事件

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「コミケ殺人事件」 
小森健太朗 1994/11 出版芸術社 300p
Vol.2 No.603★★★☆☆ ★★★★★ ★★★☆☆

 当ブログは、確かに読書ブログではあるのだが、読書感想文ブログではない。ましてや評論文化に寄与するような高踏な作業ができるわけでもない。むしろ、ネタを読書に求めながらも、結局は、本を読んだ時に、自分の中からでてきた何事かをメモし続けているだけだから、正統な読書ブログを運営している人々や、ましてや正統なミステリーの読者の人々にとっては、当ブログのような存在は目ざわりであるかもしれない。

 しかしながら、グルジェフ+ウスペンスキー追っかけの途中で、翻訳や紹介をしているこの作家について、その全体像を知っておこうかな、と思うと、どうしても、この本をパラパラめくっておかないと、なにかが始まらない感じがする。

 コミケ、とはなんじゃいと思う私のような向きには、この本を一回読めば大体のことはわかるようになっている。コミケについて知っている人には、いまさら何を言っているのか、と言われそうだ。こまかいことは省いておこう。

 ましてや、このようなミステリー小説を、当ブログのようなトンチンカンな門外漢はどのように扱えばいいのだろう。ストーリーをうっかりばらしてしまえば、ネタばらしになってしまうだろうし、文章を引用すれば、著作権の侵害になるやもしれない。うろうろしていると、タイホされてしまうかもしれない。

 では、当ブログにとって、どんな題材が適しているのだろうか。大体1600冊の本を読みこんできてみて感じるのは、一番楽なのは、この半年間に出版された新書本について書くことのようだ。話題もアップデイトだし、大体、分量がすくない。15分もあれば読める本がほとんどだ。種類も豊富なので、選択するのも楽だ。

 そのようにして、新書を中心にしてブログを展開してみたが、これがまた、結局、あとから自分のブログを読みなおしてみた場合、なんだかつまらない。どんどん流されていくだけのようで、何の積み重ねもできていないむなしさを感じる。

 だから、反動でやたら難しそうな哲学書や宗教書に手を出して、すこしは分かった振りをしたりしている場合もある。自分の守備範囲外の本に手を出して、けちょんけちょんに敗北感を味わったりしたのは1度や2度ではない。

 古い本を探し出して、悦に入っている場合もある。古い埋もれた本もなかなか面白い本がいっぱいある。だが、個人的に読書を楽しむだけならいいが、それではブログという形の機能をどう生かしているのか、自分でもよくわからなくなることがある。

 ジャンルについても、いまいち定まらない。社会学だったり、心理学だったり、政治だったり、コンピュータだったり・・。しかし、図書館の本のジャンル分けで言えば、手を出しているほうが圧倒的に少ない。知らない、わからない、関係ない、敬遠しているジャンルなどのほうが圧倒的に多い。

 結果として言えるのは、ありのままでいいんじゃないか。読みたい本を読み、書きたいことを書く。そんな基本的なことを繰り返していけば、きっと、明るい未来がやってくるヽ(´▽`)/ことを信じて、今日も当ブログは、堂々と我が道を行くのでアール。

 「この申込書に書いてある『コミケットの歴史』によりますと、第一回が開催されたのは1975年です。そのときのサークル数は僅か32だそうですから、大教室一つに収まるような規模だったわけです---今とは全然違いますね。おわかりになりますか?」p54

 そうであったのか、1975年から始まっていたとは・・・・。1975年といえば、私は21歳。自分たちで手作りのミニコミをつくり、全国に販売していた。いや、口でいうほどカッコいいものではない。一か月アルバイトして三か月の生活費を稼ぎ、次の一か月で、自分たちの共同生活スペースに籠って原稿書き、ガリ版切り、輪転機回し、製本し、全国の定期的読者に郵送する。残りは、一か月をかけて、各地のミニコミ書店においてもらったり、各地にヒッチハイクで出かけては、個人的に販売した。まるで、ちょっとしたフーテンの寅だった。

 そしてその一か月間の旅で取材してきたことを、アルバイトしながら原稿にし、また印刷して、発送する。そんな3か月サイクルの生活を約4年間繰り返した。ほとんどの青春時代をそのような生活をに費やしたのだ。ちょうど、他の人々の大学生活と年齢的にも対応する。

 しかし、そのような暮らしにも終止符をうつ兆しがみえてきた。それが1975年。Oshoの「存在の詩」だった。この小さな本については、別に書いたからここでは触れない。今回、ここでメモしておきたいことは、もし、あの1975年という年代に、もし、私がコミケに参加するようなノリがあったら、決してインドに出かけようとは思わなかっただろうし、瞑想などにも首をつ込まなかったんではないだろうか、ということ。

 いや、逆説的だが、私はコミケなんぞには絶対に参加しなかっただろう、ということなのだ。なんだ軟弱もんが、漫画かよ。それがどうした。書いて満足して、どれがどうした。などと挑発的に構えだろう。年代は1975年である。深い敗北感が蔓延していたとは言え、まだまだあの「70年安保」から5年しか経過していないのである。連合赤軍の事件や、警察のアパートローラー作戦などで、かつての「活動家」は次第に潜伏化していった。

 決して明確なスローガンを持っていなかったり、表面的な活動をしていなかったりしていても、まだまだ意識は「新左翼」という人々は少なくなかった。いまでこそ「昔、革命的だったお父さんたちへ」なんて冷やかされている団塊の世代だが、別に全員が日和ったわけではない。単独爆弾闘争に入っていった猛者もひとりやふたりではなかった。

 いや、もういい、やめよう。それらについては、いままでもだいぶいろいろ書いた。しかし、今日、ここにキチンとメモしておかなくてはならないことは、コミケの「第一回が開催されたのは1975年」という事実である。そうであったのか。あの頃、すでにコミケは生まれていたのか。現在、このコミケという奴がどのように成長しているのか知らない。しかし、このコミケやコスプレという文化が、いまや「クールジャパン」というネーミングで、クローズアップされていることは知っている。

 そういった大きな時間の中で、今や熟年図書館フリークとなりはてたわが身も、いろいろ変化してきたし、この小説の著者・小森謙太朗も、その人生を送ってきたのだ。ミステリー小説作家としてはデビュー作となる本は、著者にとって記念碑的なものであったとしても、代表作と考えてはならない。

 「Gの残影」のあとがきで、著者自身も書いていたが、私もいままで読み込んできた、この著者の作品の中で、好きなのは「Gの残影」「『夢見』の密室」だ。しかしながら、まだ全作品の半分も読んでいないだろう。もう少し目を通してみないと分からないが、ここで暫定的な感想を述べておけば、著者はまだ、本当の代表作、というべきものを書いていないのではないか、ということだ。

 著者は、自らのジャンルの幅広さと可能性を確認しながら、いまだ自らのテーマを固定させていない。まだ見つけてもいない、というのではない。インプットとアウトプットでいうと、まだバランスはとれていないように思えるのだ。これからのアウトプットにどのようなものがでてくるのか、そこのところに当ブログの関心がある。

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人間に可能な進化の心理学<7>

<6>よりつづく 

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  「人間に可能な進化の心理学」 <7
P.D.ウスペンスキー , 前田 樹子 1991/03 めるくまーる 単行本 162p

 この本、薄い本だし、せっかくのOshoの推薦もあることだから、当ブログもサニヤシンのひとりとして「研究」しようと思ったのだ。だが、読むだけなら簡単だが、その内容の、特に後半に納得がいかないものがある。

 「人間に可能な」という部分は、当ブログの「(暫定)カビールたちの」という言葉に置き換えることができる。「心理学」の部分は、ちょっとまだ含味しつくしてはいない。いずれにせよ、「進化可能な」という概念ではなく、実際の存在としての「(暫定)カビール達」のほうが説得力がある。

 そして、この修飾をうける形の部分におけるシステムには、なにやら「マジックナンバー7」が絡んでいる、というのは分かっている。「トリックナンバー7」といってもいいし、「ミステリーナンバー7」と言ってもいい。

 この本においてもウスペンスキーはその「マジックナンバー7」を使って、何事かを説明しようとするのだが、自分ではミステリアスなナンバーとして紹介しているのだろうが、どうもヌメロジー7のトリックに引っ掛かっているような気がする。

 だから、この本の後半は、なんど読んでもすっきり入ってこない。シュタイナーを読んだときと同じようになんとも違和感がある。言っている本人はまじめなのだが、どうも説得力がない。つまり・・・、わかっちゃぁ、いないんではないかな。

 だから、最初はこの本をメインに「心理学」を組立てようと思ったのだが、べつに信用しないわけではないが、メインのもの、スペシャルなものとしては採用しないことにした。当ブログにおいては、「新しい宇宙像」(全二冊)はまだ未読であり、「ターシャム・オルガヌム」の読み込みも始まったばかりであり、ウスペンスキー全体を理解しているわけではない。しかし、ここからはスペシャルなものとして、ここ一点に依拠しよう、という態度にならないだろう。

 「マジックナンバー7」の解明にはいる前に、多少の「メタフィクション」を活用しながら、自分なりの「7」のイメージをメモしておく。

 直前の生において、死の直後、日本を目指した私は北米大陸から太平洋を横断し、目印にしていた小さな無人島を目印にして日本列島にやってきた。着陸地を探していた私の目にはいったのは、7つの小さなピラミッドだった。いや、ピラミッドというにはちょっと小さな土でできた小高い遺跡が7つ、東西に並んでいる姿だった。私の意識は、ここぞ、と決意し、その近くに門構えのある家の中へと飛び込んでいった。

 今生において、私が生を受けた地域は、七島と呼ばれている村だった。家並みの後ろには川の流れにそって、7つの塚があった。言い伝えでは前九年、後三年の役にまつわる伝説があり、その一番西側の塚には社がしつらえてあった。熊野信仰とのかかわりもあるという。

 その村は、親戚縁者が中心となって何百年と経過した地域だったが、それぞれに屋号を持っていた。西とか東とか、あるいは本家の意味を表す屋号の家もあるし、後からやってきたので「間」を表す家もあった。

 私の生家は、単に「丸七」と呼ばれていた。家の印が○の中に七を書いたものだから、そう呼ばれていたのだが、となり村などから呼ぶ場合は、「七島」とは、この「丸七」の我が家を意味した。その七つの塚(ピラミッド)にまつわる、なにかの伝承があったらしく、前生の私は、死後、この「マジックナンバー7」にまつわるエネルギーに引き寄せられて今生の肉体を持ったものと思われる。

<8>につづく

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英文学の地下水脈<1>

英文学の地下水脈
「英文学の地下水脈」 古典ミステリ研究~黒岩涙香翻案原典からクイーンまで<1>
小森健太朗 2009/02: 東京創元社 単行本 244p
Vol.2 No.602★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 2001年から2005年あたりまでの初出文献がまとめられている一冊。一部2008年に書かれたものや、今回の書き下ろしの部分もある。やはり、読んでいて書き下ろしの部分は新鮮であるし、ちょうど当ブログの関心事とかさなる部分も多い。

 神智学協会は、広く世界に支部をもち、日本では仏教学者として著名な鈴木大拙が、神智学協会の日本支部長をつとめていた。鈴木は仏教学に傾倒する以前は、スウェーデンボルクなどの心霊主義にのめりこみ、「天界の(ママ)地獄」などの翻訳をしていることが知られている。鈴木大拙の妻・ベアトリスは、神智学協会で秘書をつとめたこともある神智学徒である。P161

 うすうす気がついてはいたが、大拙についてここまで言い切っている文は、個人的にはこれ以外に知らない。他でもこの件に触れているので、著者としては気になる部分なのであろう。

 この本が「英文学の地下水脈」というタイトルであるかぎり、ひょっとすると、当ブログの隠しテーマでもある「来るべき民族」ブルワー・リットンについて、なにごとか触れているかな、と思って巻末の人名索引をみたが、

 ブルワー・リットン・・・・「ポンペイ最後の日」「ザノーニ」他29作。 P108

とあるだけであった。「ポンペイ最後の日」「ザノーニ」などの29作の中に、かの一文も入っているはずであり、機会があったら、著者に尋ねてみたいものだ。

 この本も、さまざまな予備知識や読書体験があれば面白かろうが、当ブログとしては、圧倒的に読み込みが足らない。もしこの本に糸口をつけるとすれば、ズバリ、第一部第一章の「ルイス・キャロル論」からだ。Oshoも「不思議の国のアリス」を例の「私が愛した本」168冊の中にキチンと入れている。

 全国の大学図書館を所蔵を調べたが、東大の図書館でコレリやブラッドン作品が一部所蔵されていたくらいで、ほとんど入手できないものばかりだった。

 その状態に変化が訪れたのは、インターネット環境が整ってきた1995年以降である。英米の古書店のサイトには19世紀の古い作品をあつかっているところがいくつかあり、価格も、大体1冊数十ドル程度のものが多く、新刊書籍を買うよりは高くても、手が出せないほど高価でないものがかなり見つかった。

 それらの本を漁るうちに、涙香の作品の原点---多くは幻の作品とされたり、原著不明だったものが相当数見つかり、入手して読むことができるようになった。これらの作家・作品に関しては、日本国内でも英米でも、まともに論じられたことがないものばかりである。そこで、これらをテーマにして、評論を書きたいと思うようになったのが、一つの契機である。
「序文」p7

 著名作家にとってもインターネット環境の整備は大きく影響しているようだ。当ブログは、英米の埋もれた文学を対象にしているわけではないが、コンテナとしてのブログ機能と、コンテンツとしての図書館ネットワークの発達がなければ、存在していなかった。ここからは、インターネット環境が整備されたからこそ可能となったはずの「コンシャスネス」とは、という命題が明確になっていくことを期待する。

<2>につづく

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探偵小説の論理学<2>

<1>よりつづく
探偵小説の論理学
「探偵小説の論理学」<2>ラッセル論理学とクイーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説
小森健太朗 2007/09 南雲堂  291p

 著者の一連の表現物のうち、最新のものは「英文学の地下水脈」2009/02だが、一部の書き下ろしなど以外は、2000年代前半初出の文献が多く、著者の最近の動向という意味では、むしろ2007/09発行のこちらの一冊のほうが、より近い、ということになるのであろうか。

 この本のタイトルやサブタイトルはともかくとして、当ブログとしては、この本にそそられる部分も多くある。「プリンキピア・マテマティカ」やウィットゲンシュタインに触れるあたりは、いずれ当ブログとしては、突入、再突入のタイミングを計っている最中である。

 しかしながら、当ブログにも、流れというものがある。漫然とした図書館訪問のなかから拾い出した一連のマルチチュードつながりをたぐりよせ、スピノザあたりをうろうろしながら、西洋哲学に抵触していった。

 そういえばOshoも西洋哲学に触れていたな、ということで「私が愛した本」にうつり、やがて、東洋思想や心理学のほうへ流れを変え、いまやインド神秘主義の「(暫定)カビール達の心理学」を模索中である。ここから、いきなり、西洋哲学に戻ると、すこしもんどり返ったったような、急ブレーキ、急ハンドルで、Uターンしたような雰囲気にもなりかねない。

 ここはすこし間合をみて、この本の各章に入りこむのはすこしあとからにしようと思う。とはいうものの、心理学(サイコ+ロジー)にもしっかり論理学(ロジック)が入っているかぎり、つながり具合によっては、面白い展開になる可能性は高い。いつでもこの本には戻れそうである。

 あの角を曲がったら次はこう、その次はこうと、論理的な道筋の思考で三歩前くらいを想定すると、二歩前まではついてきても、その向こうが想定できないという学生がいる。それだと、論理的経路での三歩先は闇、見通せるのは一歩前までということになりそうなので、そういう人にはミステリが楽しめないのも無理もない。ミステリに限らず、彼らは長い小説作品を読み通すことがおそらくできなさそうである。P203  

 バリバリの現役学生さんたちがそうであるのなら、おっとり刀の熟年図書館フリークの当ブログにおいて、なかなかミステリや小説は読み込めないはずだ、納得。まぁ、しかし、必要に迫られれば、なんとか挑戦しようという意欲は失ってはいない。タイミングが大切じゃ。

 本全体としては後半の一部ということになるが、コリン・ウィルソンやR・D・レインに触れている部分もあり、現在の当ブログにダイレクトにつながってくる部分も当然ある。

 1960年代から1970年代にかけてアメリカを中心に興ったヒッピー・ムーブメント、フラワーチルドレンらの大きな思想的バックボーンになったのが、レイン、ロロ・メイ、アサジョーリらを機種とする人間性の回復を訴える心理学派だった。その時代のフラワーチルドレンにレインは、偶像的に崇められた一人であったことを想起する必要がある。そのムーブメントを主導した思想は、マルクス主義と精神分析を融合しようとしたヘルベルト・マルクーゼやウィルヘルム・ライヒといった左派から、ビジネス界で評価されたエイブラハム・マズローや、オカルト思想を持ち込んだコリン・ウィルソンなどをあげることができるが、いずれも現在の思想界の評価は低められている。P196

 先日、事務所にやってきた20代の保険会社営業マンとひょんなことでヒッピーの話になり、「ヒッピーってなんでしたっけ? 乞食・・・のことでしたっけ」と言ったのには失笑した。連休にやってきた愚息の彼女なども「ヒッピー、って民族衣装のことですか?」なんて言っていた。16歳でデビューした小森健太朗も若いイメージがあるが、本当に若い連中に比べたら、なんとも古びてきましたな。歴史学もほどほどにしないと、時代に置いてきぼりを食う可能性あり(笑)。 しかしながら、熟年読書フリークとしては、なかなかあちこち気になるところが多い一冊ではある。捲土重来。体制を整えて、後日、この本に再突入することもあるだろう。

<3>につづく

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2009/05/05

チョイトンノ伝

「チョイトンノ伝」(1) 「チョイトンノ伝」(2)

「チョイトンノ伝」(1) クリシュナ信仰の教祖
「チョイトンノ伝」(2)
コヴィラージュ・クリシュノダーシュ /頓宮勝 2000/11 平凡社 文庫 405p /2001./01
418p
Vol.2 No.600~1★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 教えてもらえなかったら、このチョイトンノが、Osho「私が愛した本」のなかのゴーラングことチャイタニヤだとは、分からない。最初からこの本を探すこともないだろうし、読まないで終わるだろう。情報提供者に感謝。

 紀元前をさかのぼる古くから、主として北インドの民衆の間で、クリシュナ(=ヴィシュヌ)伝説が様々に語られてきた。中世後期、イスラーム政権化の時代に、ベンガル地方において、そのクリシュナ伝説を集大成し、ヒンドゥー教ヴィシュヌ派の新展開として一教団が創始された。本書は、その後、長く大きな影響を与えたこの教団の創始者チョイトンノ(サンスクリット語表記ではチャイタニヤ)の生涯を、詩の形式で伝記に著したものである。p3

 私はチャイタニヤなら聞いたことがあるが、さて、その内容となると意味がよくわからない。人物の名前なのか、神様の名前なのか、地名や技法の名前なのか、さえ、判別がつかない。

 8番目。インドの神秘家ゴーラングのこの上もなくすばらしい本だ。ゴーラングという言葉そのものは「白き人」の意味だ。この人は実に美しかった・・・・。私には目の前に立っている彼が見える---真っ白な、あるいはむしろ雪のように白いその姿が。あまりに美しかったので、村中の娘たちみんなが彼に恋をした。そして彼は独身を通した。無数の女の子と結婚するわけにはいかない。ひとりでもたくさんだというのに、無数の女の子ときては、やれやれだ! 誰だって死んでしまう! 私が独身である理由がこれで分かったかね?

 ゴーラングは自分のメッセージを踊り、かつ歌を歌ったものだ。彼のメッセージは、言葉というより、むしろ歌に似たものだった。ゴーラングは本を書いていない。たくさんいた恋人たち、実際多すぎるほどいた彼の恋人たちが、その歌を集めた。それは最も美しい歌集のひとつだ。私は後にも先にも、あのようなものには一度も出会ったことがない。あれについて何が言えるだろう?---ただ私がそれを愛しているということだけだ。Osho「私が愛した本」98p

 たしかにこの本は美しい。日本語の翻訳で味わうべき本ではないだろうが、漂ってくる香りがまた格別だ。インドの民衆が保ってきた歌や踊りは、日本語や翻訳本では十分に表されてはいないだろう。それに、一遍にはそのアルファベットも理解できないし、全部を読み切ることはできない。今回は、この本がとても身近に存在していることを確認するのが精いっぱいだ。それでも、なんだか、とても美しい。

 この本をめくっていると、私はいつかヒンズーの民衆の中にいる感じになる。ふと30数年前のことを思い出した。24歳の時、私はインドを旅していた。ひとり旅だった。すでに半年もインドで暮らしていたので、ひげも髪も伸びて、すっかりインド体型のスリムなボディだった。Oshoがサニヤシンに与えたオレンジ色のローブと首にぶら下げた108個のビーズのマラは、異邦人の私には単にサニヤシン・スタイルでしかなかったが、南インドの、ほとんど異邦人のやってくることのない土地の人々には、伝統のスタイルであったのかもしれない。

 すでに何週間もひとり旅をしていた。鉄道の長旅の中であまりに美しい風景があったので、見知らぬ駅に降り立った。方角も地名も分からない。ただあるのは、インドの原風景とインド風の文字が描かれた数個の看板くらい。土煙りがたちこめ、石ころがころがる道の両側にある商店街は、なんの商売をしているのかすらわからない。英語なんて一個もない。

 見知らぬ街をとぼとぼと歩きつづけた。子どもたちが走ったり、老婆が坐っていたりする。それでも街のインドより、村のインドのほうが、どこか懐かしい風景に思える。牛がいる。犬がいる。すでに高くあがった太陽が、あくまでまぶしい。バックパッキンの私はとぼとぼと歩いた。

 ふと喉にかわきを感じ、食事をしようと思った。一軒の定食屋風のお店があった。店はあいていたが、他に客はいなかった。声をかけたら、若い青年がうなづいたので、食事をすることにした。店のベンチに腰かけ、バックパックを背中からおろした時、気がついた。私の背中には花がかけられていたのだ。ジャスミンや季節の花々を糸でつないだ花の輪がいくつもバックにかけてあったのだ。

 誰かが私にきづかないように後ろから近づいてきて、そっと花を添えたのだろう。一瞬ぎょっとした私は、ひょっとすると誰かが私をからかっているのかとさえ思った。でも、どうやらそうではなかった。当時、Oshoはすでにインド全土に物議を醸しだしていたが、地方のちいさな村に、そんなことを知っている人など皆無だ。インドの村の風景のなかでは、私はごくありふれたオレンジ色のローブを来た旅人でしかなかった。彼らには私の姿はヒンドゥーのサドーにさえ見えたのかもしれない。

 そのお店も素晴らしかった。目の前がひとつの宇宙だった。かまどで焼いたチャパティーが出された。乗っているのはバナナの木のような大きな葉でつくった皿だ。いや皿とまでいえない。丁度皿に大きさに切っただけの、道端に生えているような木の葉だ。

 食べ終わってチャイを飲もうと思って、その木の葉でできた皿を返そうとしたら、その青年は、そのままテーブルの下に捨ててくれ、という。いぶかしげに思いながらも、言われるままにした。すると、さきほどまで、ゆったりと足を折って坐っていた牛が、やおら起き上がり、ゆったりと私の足元によってきた。そして私がテーブルの下に落とした葉を食べたのである。

 使い終わった皿を洗う手間もかからなければ、発砲スチロール製の食器のように、そのゴミの処理に頭を悩ますこともない。私の使い終わった食器はすぐに、牛の餌になるのだ。静かに離れていった牛は、道の向こうにいって、糞をした。すると、道端で遊んでいた小さな子供が、走っていってその牛の糞を拾った。どうするのかなと眺めていると、その糞を自分の家の壁に貼り付けていた。

 よく見れば、広い壁にはいくつも牛の糞が貼り付けてある。上のほうから順番に随分と乾燥しているようにも見えた。そう、インドの牛の糞は植物性の残留物が多く混じっており、乾燥されたあとは燃料として燃やされるのである。

 そう思ってみれば、先ほどの青年がチャパティを焼いたあのカマドの燃料は、牛の糞を乾燥したものだった。おいしい食事は道端の葉でできた皿に乗り、やがて、その葉の皿は牛の餌になり、燃料となる。そしてまた、そこから、おいしい食事が作られる。目の前で、ひとつのリサイクルが完結していた。

 あの村の人々の暮らしがいまでも忘れることができない。あの村の人々はひょっとすると、今でもあのまま暮らしているのではないだろうか。時間がゆったりと流れている。あの風景のなかでは、たしかにクリシュナが生きている。うたや踊りが聞こえてくるようだ。

 今や日本のインド学の重鎮になっているような立川武蔵やどっかのふまじめな領事がOshoやサニヤシンをからかっている頃、私は、インドの民衆の中で、そんな体験をしていた。チョイトンノ。きょう初めて聞いた名前なのに、なんとも懐かしい。

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ネヌウェンラーの密室

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「ネヌウェンラーの密室」
小森 健太朗 1996/01 講談社単行本 301p
Vol.2 No.599★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 「ローウェル城の密室」を読みながら、思いだしたことはもうちょっと長かった。そして、こちらの「ネヌウェンラーの密室」をめくりながらも、私のあの失われていた記憶がひとつひとつ、タロットカードをめくるようによみがえってきた。当ブログにおけるブログ・ジャーナリズムの小さな見せかけ用の看板もなんだか怪しくなってきている。当ブログは次第次第にメタフィクション化していくのである。

 <1.0>においては、当ブログは、さまざまな思考錯誤を繰り返した。しかし結論としては、モノローグ、つまり、つぶやきシローであったと言える。当ブログは栃木県限定ではないので、ナマリは特にないとは思うのだが、誰かに向けて話すという作業は、すでにあきらめていた。しかし、<2.0>においては、おなじシローでも、マギー司郎に学ぼうというのである。いや別に茨城弁を学ぼうというのではない。メタフィクションとやらを学ぶのである。

 <2.0>では、誰かに話し掛ける。話す相手を特定するのだ。では誰に話すのか。それは決めていた。孫に話すのである。グルジェフは、「ベルゼバブの孫への話」という難解にして珍妙な話を残したが、当ブログもそれに倣うのだ。しかし、私にはまだ、孫はない。したがって、タイトルは「Bhaveshのまだ見ぬ孫への話」となる。

 二人の子供のうち、一人は結婚したがまだ子作りに励んでいるふうでもなく、もうひとりの子供は、この連休に彼女を初めて連れてきたばかりだ。彼らに、いきなりオレの孫は、いつ生まれることになるのか、と聞くこともできない。未定である。未知とも言える。いや、生まれないかもしれないので、不可知とも言える。生まれるかもしれないし、生まれないかもしれないのである。

 未知であり不可知である、我が孫になぜ話しかけるのか。まったく気の早い話だが、私は、万が一「名前はじいちゃんがつけて」な~んて言われたら、迷わずすぐつけられるように、いくつかの候補まで考えているのである。その中の一番気にいった名前で、私のアバターはすでに動きだしている(笑)。

 子どもたちはOshoのもとまで連れていって、サニヤシンにまでしたが、それって、幼児洗礼みたいなものだから、その後は一切なんの強要もしていない。彼らはこの世にOshoという人物が過去におり、どうやらうちのオヤジは若くしてそいつにハマったらしい、という程度の認識しかないだろう。自分の道だとは思っていないかもしれないが、あるいは、いつ突然、彼らの身の上に、なんらかのコンバーションがおこるかは、わからないので、ここも不可知領域としておこう。

 さて、孫が生まれたとしても、爺いの話を聞いてくれるのはいつのことになるだろう。おとぎ話のひとつやふたつなら3歳にでもなればOKだろうが、ちょっと込み入った話なら、10歳くらいまでは待たなければいけないだろう。いや、14歳くらいか、そのくらいまで待ってみようか。しかし、それまでこっちの爺いの方は生きているだろうか、生きていたとしても、意識はしっかりしているだろうか。死んだ子の齢を数える、というのは聞いたことあるけれど、まだ生まれぬ孫の齢を数える、というのも、なんとも奇妙な所業ではある。

 これはゆっくり待ってばかりはいられないぞ。思いついた時にすこしづつメモしておこう。と当ブログ<2.0>は始まった。

 しかし、またまた問題が持ち上がった。もし孫が結局生まれなかったらどうしよう。孫が生まれたとしてももし、子どもたちみたいに、爺いの残した話なんて興味ないよ、なんてそぽを向かれたらどうしよう。その時のこともちゃんと考えてある。その時は、私自身が生まれ変わって読むことにしようではないか。

 いや、希望としては転生してこないはずなのだが、それは未定だ。未知、不可知の世界である。万が一、未来に転生した場合、私は、自分の前世が残した「地球人スピリット・ジャーナル」を読むだろう。そして、前世でやり残したところから、再スタートするのだ。文書として残しておくと、失われてしまう可能性も高いが、こうしてネット上に残しておけば、地球上どこに転生しても、ネットで見ることができるしネ。

 日本語じゃぁ、日本語圏に転生するしかないか。いやいや、次の世に転生するころには、翻訳ソフトもモノになっているだろう。なんとかなるはずである。この作戦はうまくいくだろう。そして、さらに分かったことがある。私の活性化された脳みそは、更なる隠された記憶、忘れられていた記憶を呼び起こしてしまったのだ。実は、私が、この作業をするのは初めてではない。

 実は、この私にも過去世があった。そして、思い出してしまった。私は過去世において、おなじ作業をしていたのである。しかも複数回。私は、「まだ生まれない孫への話」をすでに何回か残していたのである。あのお話群はどうなったのだろう。あの当時の孫たちに読まれたのだろうか。役にたったのだろうか。役にたっていたらよし、役にたっていなかったら、ちょっと悲しい。

 ここは、役に立っていなかったかもしれないお話群を探しにでかける必要がある。少なくとも6つのお話を残していたはずだ。だいたいの在りかは今世においても、もうすでに大体の目安をつけてある。168冊、あるいは、その中よりも、もっと少ない中に隠れているはずなのだ。そして、過去からの5冊と、今回かかれる1冊の、未来からやってくる1冊、全7冊において、このシリーズは完結することになっている。

 メタフィクションとして、読まれるだろう。そして、「ネヌウェンラーの密室」を読みながら、そんなことを考えていた。実はこの小説、読みだし始めたのは妻の方が先だった。すっかり集中したまま長いこと読みふけっていたようだったが、しだいにウットリとなって胸元に本を抱えたまま寝入ってしまったようだ。すっかり夢の次元に誘われたのだ。

 私は、そっと妻の手元から本をはずし、しずかに読み始めた。妻が目をあけるまで、しばし時間があるだろう。それまですこし読みすすんでおこう。そして何食わぬ顔でもとに戻しておく。これで、なんとか、同じ本についての感想を話し合うチャンスが巡ってきた。熟年カップルが失っていた、ささやかな会話が、もどってくるかもしれない。妻の意見も大事だ。妻の意見もおおいにとりいれようではないか。かの書のタイトルも変えなくてはならない。「Bhaveshと妻のまだ見ぬ孫への話」。

 いくらにわかごしらえのメタフィクションとは言え、なんだか、またまた怪しい雲行きになってきた(笑)。

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ローウェル城の密室

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「ローウェル城の密室」
小森 健太朗 1995/09 単行本 出版芸術社 314p ハルキ文庫版 1998/05
Vol.2 No.598★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 そもそも5年前に、読書ブログをはじめることになったきっかけは妻にある。私たち二人は、国家資格を目指して勉強していた。私はニュートン社のCD教材を使い、社会保険労務士という資格の勉強をするため、ノートPCの前に毎日4時間ほど坐わり、画面に出される問題の5択枠のボタンを押し続けていた。

 妻の趣味は編み物で、ソファーに座りながら、せっせと編み棒を動かし続けていた。しかし、彼女の趣味も半端じゃない。文部科学大臣承認の編物検定試験の、しかもその上の審査委員というものを目指していたのである。

 すでに子どもたちが成長した熟年カップルに、それほど多くの会話があるわけではない。それでもなんとか、テレビの音を流しながら、たまにビデオでもみながら、お互いの作業を続けながらも、かたことの会話は存在していたのである。

 編み物という作業も不思議なものである。指をちょこちょこ動かし続けるだけで、あれだけ大きなセーターやらチョッキやらが生まれてくるのだ。いったい、どのようにあの模様や形のパターンが脳みそに刷り込まれているのだろうか。もっと不思議なことに、あの編み物という奴は、両手両目を駆使しながらも、おしゃべりは自由にできるのである。実に不思議だと思う。

 かく言う私のほうは、国家資格の難関と言われる社会保険労務士を目指していると公言はしていたものの、所詮、ノートパソコンの画面にでてくる諸問題の5択問題のボタンをチェックしていけばいいだけのことだから、それほど難しい作業ではない。問題などは読まず、5つのボタンのどれかをひとつクリックすれば、次の問題にいくのだから、特にメンドウではない。もちろん、このような学習態度では、脳みそへの焼き付けのほうはうまくいくはずはない。

 それでもなんとか、子育てが終わった熟年カップルとしては、まずまずの会話を確保していたのである。夫婦円満の秘訣はなんですか、などと聞く人があれば、私は「家庭内の大きな問題は私が決定し、小さなことはすべて妻にまかしている」と答えたものだ。

 「小さなこととはどういうことですか」と聞くので、それは「たとえば、家のローンはあと何年残っているのか、借り換えたほうがいいのか不利なのか。今度の車検でハイブリット車に乗り換えるべきなのか、さらに13年目の車検を目指して、今のリッターカーを乗りつづけるべきかどうか、子どもたちの学費の何割を奨学金で負担させるか、などの決定である」と答えた。

 では「大きいこととはなんですか?」と聞くので、「この宇宙に果てはあるのか、神はいるのか、意識と無意識を隔てるものはなにか、超意識、宇宙意識は、どのように達成されるべきか、そのような家庭内の重要な課題については、私が決定している」と答えた。どこかでムラ・ナスルディンも同じようなことを語っていたが、あれは私の受け売りである。

 そのようにして続いていた我が家のささやかな静寂はやがて、妻の合格、私の不合格という、資格試験の結果に基づいて、破られた。妻の努力と、私の怠慢さから推理すれば、当然の結末ではあったが、その結末は意外な影響を生み出し始めた。

 ちょうどその頃、妻の職場が変わり、中学校図書館の司書をすることになったのである。仕事に忠実な彼女は、学校では図書の整理をし、ノートに図書一覧を作り始めた。初めてみかけるような本は、自宅に持ち帰り、実際に自分で読んでみて、いつ中学生から質問されてもいいように「読書ノート」をつけはじめたのである。

 彼女の仕事熱心さにはいつも敬服するのだが、思わぬ影響を受けたのは私の方である。彼女は常に5~6冊の本を自宅に持ち帰っては、本に目を通し、ノートを書いている。以前は編み物をしながら、ささやかに維持されていた、かたことの会話が失われたのである。編み物をしている彼女に話しかけるのはなんでもないが、読書中の彼女に声をかけることは、ちょっとはばかれる。

 私の方はといえば、すでに2年連続で資格試験に失敗していたし、あの資格CD教材のコースは終了していたので、当面の課題を失ってしまっていた。ニュートン社の教材はちょっと高価なのだが、うれしい特典がついていて、教材を修了して、資格試験を受験しても、もし不合格になれば、教材費用の全額を返金してくれる、というシステムになっていたのである。

 つまり、私はCD教材を修了したにもかかわらず、本番の試験は不合格になったので、全額が戻ってきた。もちろん合格すれば、全額を没収されるシステムである。だから、本当は、私は知識だけを身につけて、教材費を取り戻し、3年目に全精力をかける予定でいたのである。生まれつきセコイというか、転んでもただでは起きないのは、生来の私の哲学である。

 しかるに、世の中の空気が変わった。社会保険庁や厚生労働省の不祥事の発覚がつづき、いかに社会保険のシステムがいいかげんなものかが暴露されはじまったのである。このことは、私はとうの昔に社会保険を勉強しながら気づいていた。ピラミッド形の硬直したシステムで、このシステムがうまく稼働すればそれこそ素晴らしいが、下からは何にも言えないシステムだ。もし、上のほうがいい加減なことをしたら、このシステム全体は崩れる。

 そう気づいていたけれども、私の当面の課題は、資格に合格することである。間違っていようがいまいが、そんなことにかかずらっていたのでは、本番の勉強がすすまない。見て見ぬふりをして、5択のボタンを押し続けていたのだが、この勉強をし続けることに、2年も3年もモチベーションを維持し続けることは、実に困難になっていったのである。

 うちつづく社会保険庁と厚生労働省の不祥事報道に、ちょっと嫌気がさしていた私の社会保険労務士の勉強は頓挫した。自分がなにゆえにこの資格試験勉強を中止したかの理由を挙げることは簡単だった。いくつも理由を挙げることができる。そんなわけで、あえなく私のボケ防止を兼ねた資格取得の夢は途絶えたのである。

 目的を失ってハリを私ではあったが、妻の読書が救いであった。彼女が借りてきた本の何冊かを一緒に読めば、本を読みながら会話をするということはできないまでも、食事の時間とか、たまに一緒にでかける買い物の時などに、おなじ本について語り合い、話題を共有できるのではないか。読書をしている時の妻の熱中度はかなりのものである。さぞや面白いに違いない。

 と思って彼女が居間のピアノの上においていた何冊かのうちの一冊を手に取って読み始めてみた。愕然とした。読めない。面白くない。メンドクセー。こんなの読んでられるかよ。なにが、こんなの、何が面白いんじゃぁ、怒りさえこみあげてきた。中学校の図書館に入るような本と、熟年の域に達した私の嗜好には、これほどの差があるのか。あらためて、そのギャップを思い知らされた。

 それで私は、妻との対話を渇望しつつも、自らの道を開拓しなければならなくなったのである。当ブログ「地球人スピリット・ジャーナル<1.0>」の初期からの読者諸氏であれば、それ以降の顛末については、ほぼお察しいただけるだろう。私の努力も涙ぐましいものであったのではないか。今振り帰って、我ながらにタメイキをする。Hoo!

 そして、今朝、私は、小森健太朗の「ローウェル城の密室」を読んだ。このなにやら、日本ミステリー界のマギー司郎とかの異名をとる中年作家の、デビュー作である。16才当時に書かれたというからびっくり。江戸川乱歩賞の最終候補にも残ったというからなおオドロキだが、この本自体は1995年に加筆されているから、もとのままではない。

 この後に書かれたのは「コミケ殺人事件」だが、こちらもまた私のもともとの読書領域ではない。未読のうちからそう決めつけてはいけないが、まぁ、ざっと考えれば、こうして横のソファーに優雅に座って、適度の集中度を維持しながら読書を続けている妻にまかせるべきだ。

 妻に読ませて、そのダイジェストと結論だけを聞いておこう。そう考えて、それを依頼するためにも、その経緯を話す必要があると思い、ちょっとだけページをめくったのが失敗だった。結局、「ネメシスの哄笑」を読んだ時と同じことがおきてしまったのである。いや、おなじこととは言うまい。あの時は、床で寝入りがしらにめくってしまって、すっかり眠りを阻害されたのであるが、今回は、朝方である。しかも、刺激された脳みそのどこか部位が違ったのではなかろうか。

 私は、自分が16歳のころのことを思い出していた。自分もミニコミを作っていた。朝日ジャーナルの「ミニコミ」特集のリストにも掲載され、全国の人々から手紙をもらった。「見本誌をおくれ」という依頼にはまいった。いや、中学生のときだって、クラスメイトと漫画肉筆誌をつくっていた。同人でもあった親友の一人はあれからすっかり芝居人生を送っている。私から見れば、人生を棒に振ったようにも見えるし、初志貫徹で芸術人生をまっとうした羨ましい奴、ということにもなる。

 いや、小学生のときだって、ワラ版紙に4コマ漫画を書いて、友人と批評しあっていたし、ガリ版で学級新聞なんかを作っていた。小森健太朗の二作目は「コミケ殺人事件」とかいうらしいが、手作り漫画なら、こっちのほうがよっぽど先輩だ。まぁ、たしかにあのコミケとかコスプレとかいうブームは、現在のニューハーフ・ブームやクール・ジャパン・ブームにつながってくるのだから、ないがしろにはできない。

 とかなんとか言いながら、「ローウェル城の密室」を読みながら、私の意識は、あちこちあらぬところをランダムに動き始めたらしい。紙数も尽きた。先を急ごう。つまり、私はあることに思いついた。いや今初めて分かったわけではない。先日から知っていた。しかし、あまり顕在化させたくないという思いからか、すっかり忘れてかけていた、と言ったほうがただしいか。それに、今や小森健太朗から、「メタフィクション」という手法を教わったのである。

 「芸能界では売れなくなった女優が脱ぐというのはよくある」所業であると小森は言うが、現在の私が陥っている落とし穴から這い出るには、このメタフィクションとやらは、結構使える技かもしれない。これから先のことは一気には書けない。あとは、当ブログ<2.0>の中で徐々に展開されるだろう。

つづく

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2009/05/04

眠れぬイヴの夢

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「眠れぬイヴの夢」
小森 健太朗 1997/11 徳間書店 単行本 210p
Vol.2 No.597★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 奥付に、「ミルダッドの書」「漂泊者」に続いて三冊目のタイトルが「訳書」として並んでいる。あれ? おかしいな、この作者に三冊目の翻訳書はあったっけ。著者名は違うが、タイトルは、どこかで聞いたような気がする。しかも、更におかしいことに、その一行だけ、二重線で消されている。ははん・・・・。

 探偵学なるものを、ちょっぴり自己流で学び始めた当ブログは、もうこのへんでピピンと来る。自慢するのもなんだが、だんだんと、ネタばらし手品ミステリー作家の、だいたいの手のうちが読めてきた。

 芸能界では売れなくなった女優が脱ぐというのはよくある話だが、メタフィクションと称して自分の周りの人間を登場させたり内輪話に走るのは、作家にとって「脱ぐ」にも等しい所業であろう。あとがきp208

 なるほどやっぱりそうであったか。「ネメシスの哄笑」「神の子(イエス・キリスト)の密室」を読んで少しは気がついていたのだが、この手の技法がミステリー推理小説には存在しているのだ。しかもこの本は、「神の子の密室」の続編という形になっていた。順番が逆にならなくてよかった(笑)。

 手品の世界に、いろいろタイプがあれど、ほぼ3つのスタイルを想定してみる。一番ポピュラーなのはミスター・マリックのような、手品の技術は一流で、手品であることは分かっているのだが、ほとんどネタが分からない手品師。

 それに比して、少ない存在だとは思うが、技術は甘そうに見えるし、ネタはバラすし、三流に見えるが、結局、ステージを務めると、結構客席の人気が高いのが、マギー司郎、タイプ。

 そして一番始末が悪いのが、手品と言っていいのかどうか分からないが、トリックも見破れないし、自分もこれは手品だと言わず、真実だと言いきってしまうユリ・ゲラー・タイプ。

 この3タイプでいうと、私には、この小森健太朗という作家は、日本ミステリー界のマギー司郎に見えてくる。そう思って写真を見てみると、ひげこそ生やしてはいないが、どこか似ているようにも見えてくるから不思議だ。このあと、どのように作品が変化していったのか分からないが、この段階では、このメタフィクションとやらの手法を使って、着々とページを確実に稼いでいるようだ。

 このようなジャンル分けでいうと、当ブログでは、たとえば「ドンファンの教え」とかシャリー・マクレーンのシリーズのようなものは、どのようにとらえればいいのだろう、といつも悩んでいる。ドン・ファンについては、中沢新一から最近読んだ「聖なるマトリックス」まで、一貫して高く評価する人々は多い。

 私は、この本の第一巻の出版当時から知っていて、なぜかほぼ全巻手元に持っているのに、好きにはなれない。ウソくさいのだ。Oshoもどこかでカスタネダに触れ、「人は霊的虚構(スピリチュアル・フィクション)を書くべきではない。その理由は単純で、人々が霊性(スピリチュアリティ)とは虚構にほかならないと考え始めるからだ。」と言っている。

 当ブログでは、カスタネダもシャリー・マクレーンも、メタフィクションを使っていると思う。程度の差はあれ、どこかで醒めて、その技法を活用している。これが、最初から「エンターテイメントですよ」と、マギー司郎を演じてくれればいいのだが、演じているうちに、すっかりミスターマリックレベルになってしまい、しまいには、自分自身まですっかり騙してしまうユリ・ゲラーに陥っているのではないか、と見えるのだ。

 たとえば、実体はよく知らないが、一連のフィンドフォーン関連本も、みずから自己催眠に陥っているような、あやうさを感じる。少なくとも私にはあのようなメタファーは必要なさそうだし、効力もない。

 さて、日本ミステリー界のマギー司郎についてだが、この手の本については、我が家では圧倒的に多く読んでいるのが、わが奥さんである。彼女に言わせれば、95%の真実に5%位のウソをたくみに混ぜるのが、一番面白いのよ、という。だが、私にしてみれば、その「面白いのよ」というところが、どうも気にくわない。

 Oshoは「そこに髪の毛一本の隙間があっても、それは真理の外側でしかない。」と手厳しい。つまり、当ブログは、ユリ・ゲラーがもし手品師であったら、もっとも犯罪的であると思う。もちろん、ミスターマリックの手品には手品である限り、大いに楽しみたいが、すでに手品である限り、どこかにネタがあることは推測できる。マギー司郎においてや。

 しかし、人はなぜにマギー司郎の手品(といえるかどうか)に魅力を感じるのだろう。それは、すでに手品ではないからだ。手品師のように見せていて、実は彼は話術師だ。話術で客席を魅了している。

 つまり、当ブログが推測するに、日本ミステリー界のマギー司郎は、密室トリックなどという推理小説を書いている振りをしながら、せっせとなにかほかのメタファーのための文章修業をしている、と思えるのだ。

 「ネメシスの哄笑」あたりでは、公衆電話や留守番電話、郵便局留めの手紙類が小道具として使われていたが、この「眠れぬイヴの夢」になると、ファックス、ワープロ、フロッピーディスクが小道具として使われ、わずかな間に時代が変化していく様子も読みとれる。

 しかし、時代の変化は予想よりはるかに進んでいる。ブロードバンドやケータイが当たり前に普及し、クラウド・コンピューティングが台頭してきている現代において、我らが日本ミステリー界のマギー司郎は、いかに生き残りをかけているのだろうか。あやうし・・・。

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探偵小説の論理学<1>

探偵小説の論理学
「探偵小説の論理学」<1>ラッセル論理学とクイーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説
小森健太朗 2007/09 南雲堂  291p
Vol.2 No.596★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 この本をめくっていて、ふと思いついたことだが、この本のどこかに書いてあったのか、他の本のどこかに書いてあったのか不明だが、あるひとつの考えが浮かんだので、忘れないうちにメモしておく。

 もし、既知、未知、不可知、の領域があるとして、仮にある一定量の「知られるべき領域」があったとして、既知の領域がどんどん増えていって、未知なる部分が減っていったとしたら、不可知なる領域は限りなく狭められ、次第次第にほんの線一線、ほんのわずかな一点としか残らないものであろうか。

 そんなことはあるまい。不可知なものは不可知なまま、残る。であるなら、不可知なるものはどんどん増加していくのだろうか。これも違う。既知なるものも、実は必ずしも増えて続けてはいないのではないか。

 新月から満月になり、やがてまた新月になる。月が満ちかけする、という表現はあるが、実際には月の質量は一定(だと思うが)している。決して増えたり減ったりしているわけではない。ただ、その月を見る位置と、その月を見る見方によって、そう見えるので、そう表現しても、まぁ許されるという範囲だ、ということだろう。

 同じように、たとえばビッグバンという、極最小から、爆発しつづけて、無限大に宇宙は拡大している、という表現が使われるが、それはあくまでも新月がどんどん満月になるように、見えるだけと同じように、宇宙が拡大し続けているように見えるだけで、実際には、拡大も縮小もしていないのではないだろうか。

 縮小しつづけた宇宙はついにブラックホールとして極小状態になってしまうというが、どうもあやしい。そう見えるだけではないか。ただ、月の満ちかけのようにそのように表現してもおかしくない、というレベルなのでないだろうか。

 類推はさらに続く。既知、未知、不可知、というけれど、既知なる領域はどんどん増えていくのか。いつかこの宇宙は人間にすべてを「発見」されてしまうのか。

 違うのではないか。

 というのが、今日の閃きであった。つまり、既知なるものは、やがて、未知なるもの、不可知なるものに帰りつづけていくのではないか。人間が「進化」していく方向に既知なる領域が増えていくかに見えるが、未知なるもの、不可知なるものもどんどん増えているのでではないか。

 それはまるで、車に乗って、GPSナビゲーションで、自分の走っている位置を確認している作業に似ているのではないか。自分の周囲の半径何100メートルか何キロかの地域については感知しているが、すでに走り去ってきた数10キロ、数100キロ後のことについては、すでに知っているつもりだが、ナビゲーションから外れ、どんどん見えなくなって、消えていっているのではないか。

 これはマジックなのではないか。日本道路地図をナビゲーションという小窓から覗いて、全体を見ているように錯覚しているだけであって、結局、運転者が見ているのは、このナビゲーションに映っている、小さなエリアだけではないのか。

 たとえば豚インフルエンザが登場する。これは不可知領域からやってきた、未知なる病原体である。人類が初めて体験する(はずの)病原体である。いずれはこの病原体も既知なるものとして、人類に体験され、やがて対処法も発見されるだろう。

 しかし、では、いままであった病原体は、既知なるものとして人類の戦利品のリストに掲載され続けるのだろうか。どうもそうとは思えない。この既知なる病原体は、新種の豚インフルエンザに、その位置を明け渡したあとは、やがて、次第に未知なるもの、不可知なるものの領域に帰っていくのではないか。

 生命の進化過程において、さまざま生命体は、わずかな痕跡をのこしたまま絶滅していく。絶滅して不可知領域に帰っていく。恐龍などの骨などが発見されて、わずかに類推されるデータはあるにせよ、この世に恐竜はもう存在しない(はず)。しかるに、その不可知領域に帰ろうとしているデータの中に、たとえばドラゴンという形で、記憶の「夕暮れ」のような形で、人類に感知されているものもないではない。しかし、それはもう神秘なる存在としかいいようがないのだ。

 だから、ここで確認しておきたいことは、意識とは増えもしなければ、増えもしない、GPSナビゲーションのディスプレイのようなものである、と仮定してもいいのではないか。つまりそのディスプレイに移っているのは、既知なる領域である。その領域は分かっている。

 さらにそこから東に移動すれば、そちらに向かって未知なるものであった領域が既知なるものとして感知されていくが、次第にディスプレイから外れていく領域は、未知なるもの、不可知なるものへと、戻っていっているのではないか。

 「知っている」というのは幻想で、どの領域も知ることは可能であるが、それは「知っていない」のと同じことなのだ。ただ、そこに車があってナビがある。つまり、人間が生きているから、「知っている」と思っているだけで、本当は何も知らないのと同じことなのだ。

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 てなことが頭のなかで渦巻き始めた。この本をめくっていると、いままでの自分が使わなかった脳みその領域までかき回され始めているような感覚になった。

<2>につづく

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神秘家の道<6>

<5>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 珠玉の質疑応答録 <6>
OSHO /スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 この社会はすべて、あらゆることについて偽善的だ。もし本物の、真摯な人間であろうとするなら、アウトサイダーになることだ。その人はインサイダーにはならない。その人はいたるところで外国人でなければならない。その人は他所者でなければならない。誰もあなたを信頼しない。誰もあなたと親しくはならない。あなたはこの大きな世界に、一人取り残されることになる。

 将来の見込みのことを考えたら、見通しは暗いように見える。だが真実はまったく違う。もしそれを生きたら、それこそがまさに光りの道、それこそが生きるべき唯一の道だ。自由がもたらすものは、どんなものでもすべていい。真実がもたらすものは、どんなものでもすべていい。だがその途方もない美や善の経験は、単に観念的なものではない。人はそれを生き、味わうことだ。p341

 ここで言っているOshoのアウトサイダーは、コリン・ウィルソンが言っているアウトサイダーと同義であると言っていいだろう。ただ、それを本読んだり、他人の言葉をかき集めて観念的にわかっただけでは何の意味もない。それを自らの道として生きてこそ、途方もない価値が生まれてくる、とOshoは言っているに違いない。

 この辺で、当ブログなりの定義をひとつこしらえておきたい。もちろん暫定的なものだが、とりあえずa,b,cでまとめておき、いくつか、6~7個作ってみて、全体的な感覚がつかめ始めたら、それを1~6,7の順番に置き換えて、さらに眺めてみよう。

 まず考えたのは、これ。

定義:a かもめのジョナサンは、アウトサイダーとして、トゥリアに到達する。

 「ターシャム・オルガヌム」において「原注」として、次の文言がある。

 南インドの秘教学派の解釈によれば、意識の4つの城たはいくらか異なった順序で理解されている。最も真実から遠い、最も幻影的なものは、(普通の意味での)「目覚めた状態」である。2番目のものは「眠り」であり、すでに真実に近づいている。3番目の夢のない「深い眠り」は真実との接触、4番目の「サマーディ(恍惚)」とは真実との融合である。「ターシャム・オルガヌム」p294

 この辺は、各「証言」者、言葉のさだまらいところだが、「無意識」と言った場合、不注意で失敗した、みたいな意味にとれないことはないが、「意識」より真実に向って歩き始めた、という意味になる。この辺は、あちこちランダムに読書を続けるかぎり、更なる混乱を生み出す可能性がある。サマーディという言葉も手垢のついた言葉なので、あえて、4番目の意味であるトゥリアで、当ブログでは統一していこう。

 とにかく「意識」といった場合、それは一番はじまりであり、「無意識」より真実より遠いのである。交通事故で意識を失った、などという情けない状態は、なんだか普段よりもみっともない状況になっているようにも思うのだが、混乱しないで、使っていきたい。

 しかし、実は、この「事故」で「無意識」状態に「上昇」する場合も有り得るのだ。スタニスラフ・グロフ「魂の航海術」などには貴重なレポートがあり、私個人も自らの体験として共感できる部分でもある。Oshoのこの本の中にも、意識、無意識、超意識、宇宙意識、集合意識、集合無意識、などの単語がでてくるが、いまはとりあえず、見過ごして気にしないでおく。

 精神分析に欠けているところは、意識的なマインドの態度を変えないということだ。それは意識的なマインドをそのままにしておく。そして実際、もし意識的マインドを変えようとしたら、社会は精神分析を容認しようとはしなくなるはずだ。精神分析は、私が巻き込まれているのと同じ面倒に巻き込まれるに違いない。それは尊敬される職業ではなくなり、排そされるに違いない。そして教会は、魔女に行ったのと同じことを、精神分析医に行うだろう。Osho p195

 なにはともあれ、ここからだ。

定義:a かもめのジョナサンは、アウトサイダーとして、トゥリアに到達する。

<7>につづく

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フロイト 精神分析学入門

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「フロイト」 精神分析学入門 世界の名著(60)
フロイト 1978/4 中央公論新社 全書 559p
Vol.2 No.595★★☆☆☆ ★★★★★ ★★★★★

 ここにおられるかたがたのうち、若い男性諸君におききしたいと思います。みなさんは自分が女性から好意をもたれているということをほんの小さな徴候から読み取っているでしょう。まさか赤裸々な恋の告白をされたり、情熱的な抱擁を受けて、はじめてそうだとお考えにはなりますまい。

 人には気づかれないくらいのまなざしや、ちょっとした身のこなし、ほんの一秒くらいながく握手をするだけで、もう十分ではないでしょうか。また、もしみなさんが刑事として殺人事件を調べるとしたら、犯人が自分の写真に現住所を書き添えて現場に置いておくことを期待しますか。

 そうではありますまい。みなさんは犯人の残した、薄弱な、はっきりしない犯跡だけでもよしとするでしょう。ですから、ほんの小さな徴候を軽んじてはならないのです。10中8・9までは、このほんの小さな証拠から重大なものの手がかりをえることができるからです。

 だが、私も、みなさん同じく、世界や学問上の大問題が私どもの関心を第一にひく権利があると考えてはいます。ただ、これこれの大問題をさあこれから研究するぞ、と鳴り物入りで計画を立ててみてもあまり効果はないようです。

 そう決心してみても、なにから始めればよいかわからないでしょう。学問上の仕事は身近にあるもの、すでに研究の道がそなわっているものから手を染めることのほうが期待がもてるものなのです。

 小さな問題も大きな問題も、すべてはつながっているのですから、なんの予想もなんの期待ももたず、白紙の態度で研究を根本から始めても、幸運にさえ恵まれれば、まったく地味な研究からでも大問題の研究への糸口がひらけてきます。p84

 さすが偉大なる近代心理学の祖・大フロイト。当ブログにおいて、難解を予想された「精神分析学入門」読書は、この一文を持って、すでに報われたといえるだろう。当ブログ「(暫定)カビール達の心理学」研究は、まずは、この大フロイトの金言をもって、正式なるスタートとする。

 これまでの手掛かりもないでもない。追っかけるべき「犯人」が、自分の写真に現住所を書きそえて現場に置いていってくれなかった限り、当ブログでも「小さな徴候」から手探りで始めなくてはならない。そろそろ探偵学を学ぶ必要もでてきたようだ(笑)。

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2009/05/03

神の子(イエス・キリスト)の密室

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「神の子(イエス・キリスト)の密室」
小森 健太朗 1997/05 講談社 単行本 211p
Vol.2 No.594★★☆☆☆ ★★★★★ ★★★☆☆

 この本がでたのが1997年。この年代、世はまだまだ麻原集団事件の余波が残っていたはずであり、かくいう私なども、話題はできるだけインターネット話に逃げて、いわゆる精神世界の話題には触れたくなかった時代であった。何を言っても、何も語っても、うまく伝わらず空しいムードが漂っていた。

 この時代に、この本を書いた著者は、1965年生まれだから30歳をいくつか超えたあたり。ある意味では麻原集団の中心を成していた世代の一員にもかかわらず、この時代にこの話題に触れ、しかも、かの集団の影響を一切感じさせないところに、なんとも痛快というか、堅固というか、あっぱれな感じがする。すくなくとも、あの泥水をかぶらなくても良い位置にいたのかもしれない。

 私は17歳のときにバブテスト教会に通っていたことがあり、バイブルキャンプに参加したり、賛美歌を習った以外、ほとんどキリスト教とのダイレクトなつながりはない。さまざまな友人知人を介してのキリスト教とのつきあいは今でもあるが、個人的には自らの道として意識したことはない。

 カリール・ジブランやカザンザキスによるイエス伝に触発されて、自分なりのイエス・キリスト伝を書いてみたいという長年の夢に挑戦したのが本書です。これは謎解きの物語であると同時に自分の中の失われた肯定(イエス)を探し求める遍歴の物語でもあります。「著者のことば」カバー見返し

 ジブランカザンザキスに影響を受けているというか、何事かの重きを置いていたであろうことは、他の著書でも類推できた。しかし、この時に、このような著書を一冊モノしていた、ということを今回初めて知って、うん、なるほど、と納得した。

 文献学というものが学問としてどのような位置にあり、どのような評価を受けているのか分からないが、最近読んだ本では、津田真一「反密教学」が痛烈だった。自嘲気味に文献学といいながら、文献を詳細に調べあげることによって、津田はほとんど仏教の2500年サイクルにとどめを刺してしまったと、言える。

 こちらの小森作品も「架空の読み物として面白く読んでくだされば、著者としてそれに過ぎる満足はない」前書きp9とはいうものの、その持っているインパクトは、いわゆるキリスト教の伝統の夢を一遍で醒ましてしまうほどであるはずだ。さまざまな文献を駆使しながら、それを「密室」ものの推理小説にしてしまうところに、著者の力量が感じられる。

 「Just for fun(それが僕には楽しかったから)」といいつつコンピュータ社会にリナックス革命を起こしてしまったのはリーナス・トーバルスだった。Oshoも結局は、本を読むのはただ楽しいからだ、と言っていたと思う。当ブログにおける、怪しげな「(暫定)カビール達の心理学」プロジェクトとやらの試みも、結局は「Just for fun」スピリットで楽しんでいこうと思っている。

 ジブランやカザンザキスのイエス・キリストは、聖者としてではなく、人間としてのイエスを際立たせていたと思う。こちらの小森作品は、むしろイエスを登場させずに、イエスと接触したことのある登場人物をルポルタージュするという「証言もの」の形でイエスの姿を浮かび上がらせていく。その手法は、佐野眞一のノンフィクション反骨のジャーナリストたちの手法にも通じるものがあるはずだ。

 しかるに、著者が軽く「架空の読み物として面白く読んで」もらえば、それでいい、という姿勢を見せるのは、ちょっと納得がいかない。たしかにエンターテイメント(娯楽)としてこの小説を読むことはできるだろう。だが、もし最初からこの小説がエンターテイメントとしてのみ書かれているのなら、私は読まない。当ブログは、アンチ・エンターテイメントである。いかに技は未熟でも、とにかく自分でやってみようというDo It Yourselfに賛同するし、アマチュアリズムに酔っているからこそ、拙いブログを露出しつづけている。

 確かにこの作家の力量は、ほとんど小説やミステリーに無縁な私にもうっすらと理解できる。ただごとではない。しかし、もしその力量が「単に」エンターテイメントに終わるのであれば、当ブログの探索範囲から次第にはずれていくことだろう。

 もし、イエス・キリストについてこれだけ書けるなら、自らがメサイアの役割を引き受けるくらいの覚悟があるのではないだろうか、と私は推測する。当ブログは漫然と、おっとり刀で図書館の棚の前をうろうろしているだけだが、ひょっとすると、一連のこの作家の作品の中に、その「覚悟」が秘められているのではないか、と「推理」しているのだ。

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聖なるマトリックス

聖なるマトリックス
「聖なるマトリックス」 世界とあなたを変えるための20のカギ
グレッグ・ブレーデン /福山良広 2008年04 ナチュラルスピリット 単行本 294p
Vol.2 No.593★★★★☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 この本は当ブログ<2.0>の中にメモされるべきなのか、<1.0>のバックヤードで控えてもらうべき本なのか、ちょっと判断はしかねるところ。もし店頭に並んでいるだけなら手にとって数ページめくるだけで終わってしまうだろうし、購入することはないだろう。でも、身近な公立図書館の一般開架のなかにあるのなら、やはりひととおりは目をとおしたくなる一冊と言える。

 当ブログも、多少おっとり刀ではあるが、トンデモ本にも手をださないわけでもなく、「アガルタ探検隊『必携本』を探せ(暫定版)」なんてところにひとまとめにしておいた。浜の砂子は尽きるとも、世にトンデモ本のタネはつきまじ、ってことで、探索範囲を広げれば、かぎりないジャンク本もないではない。だが、読み手としての、時間も、空間も、オーバーフローしてしまう。中年(そろそろ初老かな・・)図書館フリークとしては、まぁ、おっかけにも限度がある。

 「聖なるマトリックス」。なんともタイトルがイカしている。THE DIVINE MATRIX。なにごとかあらん、というこのタイトルだけで、もう存在感の80%は獲得しているのではないだろうか。いまどき出る本なら、2012年がどうしたの、アセンションがどうしたの、と、つながっていきそうなのだが、その傾向性がまったくなさそうなのが、この本の持ち味で、当ブログとしては高感度アップの一票をいれたポイント。だが、その手のグルービーたちには、ちょっともの足らない部分かも。

 では、客観的にこの本を観察するという他人行儀ではなく、「(暫定)カビールたちの心理学」的見地からこの本を見た場合、どうであろうか、と考えた。本体となるボディの部分は、これでいいのではないだろうか。これだけすっきりとまずまずなイケメンぶりと統合度を示されれば、まずはケーキの台はできた、ということだろう。

 しかし、「(暫定)カビールたちの心理学」的見地から考えれば、まずはなぜに「かもめのジョナサン」は飛行訓練をはじめるのか、というポイントが、いまいち弱い。なぜに「聖なるマトリックス」を目指すのか、という導入項のインパクトが弱すぎる。なぜに「聖なる」地平えと旅立つのか。そのモチベーションがいったいどこからやってくるのか、という点については、アメリカン的風土を借りていることは分かったが、人間的初発の「発菩提心」がよく見えてこない。

 それと、当ブログでも「マジックナンバー7」については、まだこまかく踏み行ってはいないが、「聖なるマトリックス」の「20のカギ」というところがなんとも情けない。ヌメロジー的に言って、この20よりも、21にした方がカッコよかったのではないだろうか。かのカビールなども、さりげなく「マジックナンバー7」のパワーを援用している。

ラマイニー 1
3 ひとりの創造主が家を建てた。14層の場所を創った。
「宗教詩ビージャック」p16

 この14は、7+7の伝統的宇宙観を借りているわけだが、「聖なるマトリックス」も、もうすこし秘められた伝統とのすり合わせを行えば、パワーはアップするだろうに、ちょっと惜しい感じがする(笑)。

 そして最後の「トゥリーヤ」としての表現として「THE DIVINE MATRIX」というスローガンの一本槍では、なんとも心もとないのではないか。ここはなんとか手を変え品を変え、48手(49手でもいいが)、あらゆる複合構造を練り上げて欲しかった。

 巻頭言のジャラルーディン・ルーミーの引用や「信心銘」p20や様々な文献に触れるあたり、そして「コンタクト」や「スターウォーズ」などの多くの映画をイメージを借りるあたりは、なんともその努力はわかるのだが、次第にオリジナリティに欠けていく論旨になってしまっているのではないだろうか。

 この本を読んでこの本を批判することはそれほど難しくはない。しかし、ここでは図地反転させてみれば、わが「(暫定)カビールたちの心理学」とはなんなのかが、ほのかに見えてくる効果がある、ということが分かった。

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2009/05/02

宗教詩ビージャク カビール

宗教詩ビージャク
「宗教詩ビージャク」 インド中世民衆思想の精髄
カビール /橋本泰元  2002/06 平凡社 文庫 408p
Vol.2 No.592★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★★★

 次第に「私が愛した本」東洋哲学(インド)編の読み込みを始めようと思う。「小説(文学)」編が当ブログにとっての表鬼門なら、こちらのインド編は、さらに込み入った裏鬼門ということになる。文学編はメンドクサそーというのが最も大きな障害だが、インド編のほうは、もう「わかっている」気になっているという落とし穴がある。

 もともと青年時代にインドを旅したのは、ヒッピーにあこがれたこともあるが、もちろん、目的は仏教であった。ブッダガヤやスリランカなどの仏蹟を訪ねて、それなりの体験をしたから、もうそれでインドは仏教でしめくくり、という傾向がなかったわけではない。

 まして、我が師Oshoはさまざまな潮流に触れながらも、主トーンは仏教にあり、ましてや禅宗になにごとかの重きを置いていた。もともと自らが日本においての仏教や禅宗の風土でそだったものだから、インド系列は、もうZENでオシマイ、という早合点がなかったとは言えない。

 だがしかし、「(仮称)ブッダたちの心理学」のおっかけを加速するにあたって、ふと考えてみると、自分は決して、それほど仏教を知っているわけではないことを、あらためて痛感することになった。あるいは、もっと困ったことに、なまじ「ブッダ」という単語を使っていると、いかにもブッダについて何事か知っているかの如く自己欺瞞に陥ってしまうのである。

 そこで、かの仮称を、ここから暫定的に変更することにする。「(暫定)カビールたちの心理学」というのはどうだろう。(^-^;

 「仏陀の心理学」とすると、ゴータマ・ブッダの心理学的把握と勘違いしそうなので、一般名詞としてのブッダを採用して「ブッタたちの心理学」としたのだが、ひとつ問題が持ち上がった。この「心理学」をより明瞭に把握しはじめると、一般名詞としてのブッタでは、あくまで概念的であって、架空のコンセプト、ということにもなりかねないことが分かってきたのだ。

 だからこそ、「トゥリーヤ」へと到達した実在の存在たちの力を借りることが必要になってきたので、当ブログでは、上記のインド編からその境涯を採集することにしたのだ。つまり、カビールたち、というのは、実在のリアリティ性の高い彼らの代表であるカビールの名前を借りたのであり、とりあえず読むべき図書として一番最初に私の元にやってきたのがこの本であった、ということなのだ。であるがゆえに、暫定である。今後、さらにより実態に沿ったかたちで変更されていく可能性はたかい。

ラマイニー 2
1 個我として一者が内部にいる。内部で光が輝いた。
2 意欲という女が生まれた。その名前はガーヤトリーであった。
3 その女に3人の息子ができた。
  ブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシュラヴァラ(シバ)であった。
 p17

 このマヘーシュヴァラと言う単語と、ヘーヴァジュラという単語を連想して、ごそごそとマインドがうごめきだす。しかしまぁ、ここは、あまりそういう形でマインドを使うべきではないだろう。

14
9 身体と心をもって崇拝せよ、私の帰依者よ。実にカビールは真実を説く者。
p27

 ここで語っている私は誰か。カビール本人か、カビールの体を借りた神か。帰依者とは、カビールへの帰依者ではなかろう・・・などと、ここはここでのアルファベットに適応するよう努めてみる。

84
サーキー 自ら己に目覚めなければ、私が言っても怒るばかり。
       カビールは言う、自ら目覚めなければ虚妄も真実もない。
p74

 この詩篇は、もともと口伝や詠唱で伝えられたものではないだろうか。ましてや文献化され日本語されれば、現代人にも意味はすこしは分かるが、本当の意味や美しさは、失われてしまっているに違いない。そのような可能性を想定しながら、読み進める。

サバド 7
2 光り輝く宝石、不壊で無比、客もなく持ち主もいない。
p81

 うむ、どこかで聞いたことのあるようなフレーズ。出典はここだったか・・。

26
1 兄弟よ、多くのことをどうして語ろう、私の[考えを理解する]友人は稀なり。
p96

 この本、小さな本だが、だんだんとトーンが太くなる。

49
1 よくよく考えよ、パンディットよ、涅槃の境地を、夕刻を過ぎてどこにあるのか太陽は。
p112 

 THE SUN RISES IN THE EVENINNG」というフレーズを思い出した。

104
6 とても喧嘩っ早く、見よ、とても狡賢い、見よ、六派徹学が衣服を纏っている。
7 カビールは言う、聞け、人々よ、帰依者よ、虚栄の魔女が全世界を喰らう。
p149

 ここで大事なことは、こういう経典があって、それを読んでいて、いくつかのさざ波が自分の意識のなかに立ち始めている、という物事全体を見ている自分がいる、ということだ。

サーキー
161 目覚めた姿が個我である、[正師の]言葉は白い硼砂である。
    黄色の滴と赤い水[で身体ができる]、カビールは言う、誰か[これが]分かるか。
p161

 チベット密教の潅頂の儀式を連想した。チベット密教はインド仏教の正統な後継者であってみれば、カビールの詩と底触していることは当然なことだろう。

331 心の秘密を知る者は誰も見つからなかった、見つかった者はみな我欲に満ちた者ばかり。
    カビールは言う、天空が裂けたら、裁縫師にどうして縫えようか。
p200

 使われているシンボリズムには、一読しただけではわからないシステムが隠れている可能性もある。このコンパクトな本の後半は、詳しい訳注や解説となっている。興味深くはあるが、ここは、あまりそちらのほうにマインドを使うのは、今回はやめておこう。詩は詩として、素直に味わうことに慣れよう。

 Oshoは語っている。

 11番目。私が11番目に選んだのは、「ビジャーク」だ。「ビジャーク」は、カビールの歌集だ。ビジャークは「種子」を意味する。そしてむろん、その種子は微細で、非常に微細で目に見えない。それが芽を出し、木にならない限り、人には見えない・・・。 Osho「私が愛した本」p193

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感動する脳

感動する脳
「感動する脳」 
茂木健一郎 2007/04 PHP研究所 220p
Vol.2 No.591★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 当ブログへのアクセス者は、ある程度分類することができる。当ブログ<1.0>から継続して来訪する人、某SNSからほとんど身内としてやってくる友人たち。そして、ネット上の検索を頼りにやってくる人たち。この人たちはほぼそれぞれ30%くらいずつ占めている。残り10%は、グーグルロボットや何やら意味不明なジャンクなアクセスもないではないが、ごく微量にとどまっている。

 さて、継続的にアクセスしてくれている人々以外にやってくる「検索」というチャネルもなかなか興味深いので、いつか触れてみたいが、とにかく、当ブログにおいては、この「茂木健一郎」つながりで訪問してくれる人たちが結構いる。これは「オバマ」チャンネルとはちょっと違う。

 本当はオバマ問題もかなり突っ込んでやりたいのだが、現在の流れでは、なかなか触れることのできない雰囲気ができてしまった。であるので、大体において当ブログにおけるオバマに触れているところがすくないので、検索にひっかかかる確率が少なくなる。それに、なんと言ってもネット上にはたくさんのオバマ情報が流れており、圧倒的な情報量のなかでは当ブログの存在などは、あってなきがごとしである。

 それに比べ、たとえば「エコテロリズム」とか「テラフォーミング」などは、当ブログでも、ほとんど一回しか触れていないのに、このキーワードから当ブログへアクセスしてくる人が結構いる。これは、ネット上に情報が少ないからであろう。そういう意味でいうと、「Osho」という文字はかなり使っているのに、このキーワードでようやく当ブログへたどりつくというひとも少ない(笑)。

 その比較でいうと、当ブログは、このところ積極的に書きこんだせいもあろうが、「茂木健一郎」関連のキーワードからのアクセスが結構多い。これだけの流行学者なのだから、ネット上の情報もあふれているのだろうが、それに輪をかけて、この人を検索する人々が多いと推測できる。

 テーマの面白さや類似性から、当面この方の一連の著書には触れていきたいのだが、それは、この同時代性、空間的広がりの可能性の大きさ、という魅力があるからだ。

 今やインターネット時代で、ほとんどのものは家の中のコンピュータ画面で見ることができます。わざわざ足を運ばなくても、短時間で多くのものを目にすることができる。しかしそれはあくまでも画像であることを知るべきです。記憶の一端としては残るかもしれませんが、脳に刻みこまれるような体験としては残りません。この差を理解しておくことが重要だと思います。p47

 当ブログは、読書をテーマとしている限り、美術やお芝居や映画、音楽とは違い、ネットにアクセスして得られるものと、実際に本で読んだ場合とでは、もちろん、本の質感や行間などの大事なクオリアの違いはあるが、本質的にネットつながりで欠損するものは少ない、と考えている。あるいは、ネットつながりでの中の可能性はどこまであるのか、というのが逆説的な当ブログの視座と言える。

 「クオリア」とは、もともとは「質」を意味するラテン語です。私たちが心の中で感じる、さまざまな質感。それらすべてを、脳科学の世界で「クオリア」であると位置づけたのです。p69

 当ブログの目下のキーワードは「トゥリーヤ」だ。クオリアとは似た語感だが、全く意味は違う。起きている。夢見ている。熟睡している。それら三つをすべて含んだ形で、その状態を把握している「私」という状態、それが「トゥリーヤ」と呼ばれているらしい、というところまでやってきた。だから、クオリアとはトゥリーヤの中で感知され得る何かの属性ではあろうが、トゥリーヤを超えたなにかではない、という現在の認識である。

 またTVゲームだけではなく、いろんなことにおいて、本物を体験させることが必要です。たとえば絵画ひとつにしても、今はインターネットなどで簡単に見ることができます。ピカソの絵だってゴッホの名作だって、ボタンひとつで部屋の中でみることができる。でも、それも薄味の感動でしかありません。82p

 当ブログにおいては、ネット上で何かの情報を交換したり、感動したりすることも大切だが、もっと違うことを実験したいと思っているのだ。それは、ピカソやゴッホの「絵」の問題ではない。ネット上のパソコンの前に坐っているひとりひとりが「トゥリーヤ」の状態にいることができるかどうか、というのが主テーマなのである。

 これは当然、なにはともあれ、ネットを抜きに、自分自身が「トゥリーヤ」である必要があるのだが、はて、その「トゥリーヤ」が連鎖した場合、何がどうなるのか、というのが、目下の「コンシャスネスとしてのブログ」という意味合いなのだ。

 自分の世界観やポリシーに合わないものは世の中にいくらでもあります。そうした未知のものに出会った時に、ついついそれを拒否してしまう。一種の精神の免疫系みたいなものができてしまって、異物が入ってこようとしたら排除する気持ちが生まれてくる。これが感動の妨げになってしまうわけです。p115

 当ブログは比較的間口を大きく取ってきたつもりではいるが、拡大期と縮小期があり、いまはどちらかというと、異物を排除しながら、より自らを純化しようという過程にある。だから、茂木健一郎というキーワードにはさまざまなクオリアがくっついているので、どんどん吸収はしてみたいのだが、逆にわずかな差異があったとしても、逆に自らを純化していくうえでは、この差異をより明確化することで、前に進むジェットエンジン燃料になるやもしれない、という期待感がある。いままでも積極的に読みすすめてきたが、彼の本はまだまだある。もうすこし読みすすめてみたい。

 茂木健一郎関連リストを作っておく。 

「脳とクオリア」 1997/04 日経サイエンス社

「意識は科学で解き明かせるか」 2000/03 講談社

「心を生み出す脳のシステム 『私』というミステリー」 2001/12NHKブックス

「脳とコンピュータはどう違うか」 2003/05 講談社

「意識とはなにか」 2003/10 筑摩書房

「脳と仮想」 20004/09 新潮社

「クオリア降臨」 2005/11 文藝春秋

「プロセス・アイ」 2006/01 徳間書店

「感動する脳」 2007/4 PHP研究所

「フューチャリスト宣言」 2007/5 筑摩書房

「芸術脳」 2007/08 新潮社

「脳と日本人」 2007/12 文藝春秋

「思考の補助線」 2008/02 筑摩書房

「脳を活かす仕事術」 2008/09 PHP研究所

「クオリア立国論」 2008/10 ウェッジサイズ

「偶有性幸福論。」 2008/10 ぴあ

「脳はもっとあそんでくれる」 2008/12 中央公論新社

「今、ここからすべての場所へ」 2009/02 筑摩書房

「涙の理由」 2009/02 宝島社 対談

「偉人たちの脳 文明の星時間」 2009/03 毎日新聞社

「化粧する脳」 2009/03 集英社

「疾走する精神」2009/05 中央公論新社

「クオリア再構築」2009/6 集英社 共著

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アウトサイダー<4>

<3>よりつづく
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「アウトサイダー」<4>
C.ウイルソン , 福田 恒存 , 中村 保男 1957 紀伊国屋書店 333p

 再読してみれば、この本も実に面白い。本好きにはたまらない魅力がある。皿洗いをしながら、大英図書館に通いづめ、あらゆる本を読みこんだウィルソンならではの濃~い魅力がある。場合によっては、「私が愛した本」に匹敵するか、あるいは時代背景を考えたら、それさえも凌駕するガイドブックにさえなっている。

 しかし、であればこそ、「この本は読むに値する。ただ読むだけだがね、学ぶ価値はない。」と斬って捨てるOshoの言は重い。

 インターネットが発達し、図書館ネットワークが発達した今、21世紀の人間は、なにも大英図書館に通い詰める必要はない。そのために生活を犠牲にして、皿洗いの毎日に任ずる必要はない。そしてまた、異文化の統合は、天才たちの読み込み作業を必要とせず、ある程度のプラットフォームはすでに提出されているのだ。

 で、結局、Oshoの場合は「私が愛した本」の次に「神秘家の道」が用意されているが、ウィルソンの場合は、それがない。「アウトサイダーの道」をウィルソンが、どう歩んだかが、本当は問われなくてはいけない。

 いや、同じ1931年生まれのウィルソンとOshoを比較検討しているだけでは、結局は「神秘家の道」とはならない。実に危なっかしい道行きだ。問われるべきは、ウィルソンでもなければ、もちろんOshoでもない。問われるべきは「私」だ。当ブログも「(仮称)ブッタ達の心理学」を、いずれはビヨンドしていかなければならない。

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自叙・精神分析 フロイト

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「自叙・精神分析」
ジークムント フロイト , 生松 敬三 1999/09 みすず書房 104p
Vol.2 No.590★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆ 

 ジークムント・フロイトは、精神分析を生み出すという偉大な仕事をしたが、それは半分にすぎない。もうひとつの半分は、アサジョーリによってなされた「精神統合」(注・サイコシンセシス)だ・・・・・だがそれも半分にすぎない----もう一方の半分だ。私の仕事が全体だ----「精神テーゼ」(注・サイコテーゼ)だ。Osho「私が愛した本」p208

 と申し渡されている限りは、アサジョーリとバランスの取れるくらいには、当ブログにおいてもフロイトを読みこんでおく必要がある。であるなら「精神分析学入門」をストレートに読んでいればいいのだが、図書館に行ったら、となりのこちらの本の方が薄くてとっつきやすい感じがしたので、まずはこの本を手に取った。つまるところは「精神分析学入門」の入門というところだろうか。

 フロイトにはフロイトのアルファベットがあり、また、いわゆる近代心理学の祖であってみれば、当時の状況に対するのみならず、後世においてもその与えた影響は甚大なものがある。しかし、その後の、ユングやマズロー、あるいはライヒ、アサジョーリといった人々によって乗り越えられ、塗り変えられた部分も多くある。「夢判断」がでたのが1900年であってみれば、まるまる一世紀をかけて「心理学」が成長してきたはずだった。しかし、そうであっても、ジークムント・フロイトの礎ははてしなく堅固に見えてくる。

 精神分析では、病因となる抑圧やその他これから述べられる諸現象の研究によって、「無意識」という概念を真剣に考えざるをえなかった。精神分析にとっては心的なるものはすべてまず無意識なのであり、意識という性質はあとから加わったり、加わらなかったりすることのできるものであった。もちろんこれは、「意識的(ペブスト)」と「心(プシーヒッシュ)」とは同一であり、「無意識的なる心的なもの」というような不合理なものは表象しえないと断言する哲学者たちの反対論とは衝突することになる。p38

 フロイトの足跡を学び直しておくことはとても重要だ。科学的な心理学という未踏な世界にまずは足がかりをつけたのだから。だが、それから100年も経過してみれば、さまざまな不足が指摘されざるを得ない。フロイトが「無意識」という概念を生み出しても、はて、それ以後、さまざまな概念が生み出され、その道の専門の徒ならざる当ブログのような遊歩者は、概念の羅列の荒道を歩まざるを得なくなってしまっている。

 たとえばフロイトは「超意識」などという単語は使っていない。だけど、この言葉もまた概念のひとつでしかない。その概念を操る人々が、その概念を示す地平に生きているかどうかは、さだかではない。いやむしろ、その地平に至った人々は、これらの概念からは自由になってしまっている、という可能性があるのだ。

 その辺を、当ブログでは、なるべく手垢に汚れておらず、なおかつ共通認識に耐えうるように、その「ある」地平を「トゥリーヤ」と呼び始めている。この地平に到達してしまえば、無意識やら超意識やら、という単語を使っていること自体、何ともまどろっこしくなってくる可能性がある。しかし、ここではまず、フロイトという人がいて、たくさんの仕事をし、時には道に迷ったら、ここまで戻ってもういちどやり直せばいい、という一つの指標とはなっている。

 もちろん今日でも、精神分析が精神医学、心理学、精神科学一般に対してもつ価値について後世の決定的な判断がどのようなものとなるかを知ることはできない。しかし、われわれが生き抜いてきたこの段階のことを書こうとする歴史家がいつの日かあらわれるとしたならば、その歴史家は当代の代表的な人たちの態度はドイツの学問にとって決して名誉となるものではなかったことを認めざるをえないだろう、と私は思う。p64

 ひとりのユダヤ人として生きたフロイトの身になってみれば、さまざまな制約のなかでの葛藤を100年後の私たちも十分理解しておかなければならない。

 ヨーロッパでは、1911年~13年の間に精神分析から2つの離反運動が行われた。それは、これまでこの若い学問において相当な役割を演じてきた人びとによって惹き起こされたものであった。p69

 その離反者たちであるアドラーユングについては、当ブログでもすこしづつ読み込んできている。のちのD・H・ロレンスライヒなどの言節にも思うところがある。そして、さらには、これら心理学全体が、「トゥリーヤ」意識のもとでは、すべてが無に帰してしまう可能性だって、残っているのだ。

 ある一つの分析上の発見ないし視点を、他のすべてを犠牲にしても主張しようとして、分析の共同研究者のうちの一人が孤立してしまうといったことは、いつの世でもよく起こることである。しかしながら、全体として高い水準で真剣な学問的研究が行われているという印象を受けることは、まことに喜ばしい。p101

 フロイトは、憎くきヒールであっても、強い横綱であることに変わりはない。

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ネメシスの哄笑

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「ネメシスの哄笑」 
小森健太朗 1996/09 出版芸術社 単行本 235p
Vol.2 No.589★★★☆☆ ★★★★★ ★★★★★

いやはやヤラレたよ。図書館から借りてきたのは良いけれど、読むか読まないかチラッとみて明日決めようと思ったのに、表紙をめくったのが間違いだった。せっかく床に横になり眠くなりかけていたのに、最後の最後まで読み切ってしまった。(◎´∀`)ノ

 「なお、この小説はフィクションであり、実在する人物・団体・事件とはいかなる関係ももたないことを、最後に付記しておく」とはなっているものの、どうもこのコメントすら怪しいものに見えてくる。作家から出版社や、同級生や恩師まで、なにやらかにやらまでが実名ででてくるので、どこからどこまでが真実やフィクションやら。これはミステリー小説の常套手段なのか、禁じ手を使っているのか、そんな初歩的なことすらわからない私ではあるが、まぁまんまと最後まで読み切ってしまいましたよ。

 以前よりこの作家に関心を持っていたのは、彼がどうやらOshoの「私が愛した本」の中の本を題材にすることが多いようだ、と気がついたからだった。この本がでた1996年当時でも、奥付けを見ると、Osho激薦のミハイル・ナイーミ「ミルダッドの書」やカリール・ジブランの「漂泊者」などをすでに翻訳している。

 村上春樹は、イスラエル賞の受賞式において、自らをプロの嘘つきと自己紹介したが、当ブログはこのような「嘘つき」たちとのお付き合いは慣れていない。しどろもどろするだけだが、嘘でなければ表現しきれない真実というものも、この世にはあるらしい、と少しは気がついている。ゲシュタルトが転じて、嘘から出たマコト、なんてこともないとは言えない。

 最近の情報によれば小森は「私が愛した本」168冊を集めきったという。英語本やヒンディー本などは最初からあきらめている当ブログではあるが、あるかないかさえ明確でない本をも含む、これらの168冊を集めるのに、20年かかったという。w(゚o゚)w オドロキ その情熱には圧倒される。

 この小説は、表紙の絵のとおり、本好きの人たちがいっぱいでてくる。なんせ自らの蔵書が崩れて死んでしまう、という設定なのだから、凄い。しかも、ひとりだけではない。本好きには失笑してしまうシーンが次から次とでてくる。このような風景は、きっと作家本人の状況かもしれないなぁ、と察してみる。

 当ブログは、現在のところ1600冊ほど読みこんだが、そのほとんどは図書館から借りてきた本である。自らすでに持っている本と、どうしても読みたいのに、どうしても図書館ルートでは借りられない本は何冊か購入しているが、入手困難な本の深追いはしていない。なるべく蔵書もしない方針だ。近くの公立図書館が私の図書館である。最近の図書館ネットワークの発達にはとても感謝している。

 今回、当ブログは、たとえば、ブログ・サービスでも有料ソフトなり有料サービスを使えば、もっと便利な機能があることは分かっているのだが、あえて、無料サイトを利用している。読書ブログとして読みこむ本も、基本的には、公立図書館の一般開架コーナーでだれでも読める本を中心に読みすすめている。逆にトンデモ本でも、一般の目に触れるものなら、一度は手に取ってみよう、という精神だ。

 だから、コンテナ、コンテンツに合わせて、当ブログの三本柱のひとつであるコンシャスネスにおいても、あまり高踏なことや秘儀にまつわるあれやこれやは深追いしないことにしている。お手軽で、だれにでも手がとどきそうな世界観がお好みなのだ。

 この本の登場人物たちのように本に埋もれて暮らしている人たちもいることは、決してフィクションではないだろうと思う。しかし、もしGoogleブックサービスなどが発達したら、夏目漱石とか芥川龍之介のような、どこでも手にはいるような本ではなく、あのどうしても手に入りにくそうなヒンディー本やら稀少本やらがネットで見れるようになるといいのにな、と首を長くして待っている。それこそがインターネットの特性ということになるやもしれない。いろいろ問題はどこまでもつきまとうが・・・。

 この「ネメシスの哄笑」をめくってみようかな、と思ったのは、この表紙の絵に誘われたところもある。なんともアイロニックでかわいい。じつはこの画家についてはちょっとだけエピソードがあって、最近、とある投稿誌の雑誌に娘が入選して見開きページに掲載してもらったのだが、その時に全面のカラーイラストを添えてくれたのが、この画家だった。小説の中にも、ある売れない中年の小説家とその娘が登場していた。そんなことも、なんだかどっかで聞いたことあるような話だなぁ、とついつい、寝ぼけ眼が次第にパッキリしてきて、最後まで読み切ってしまった理由の一つだった。

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2009/05/01

神秘家の道<5>

<4>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 珠玉の質疑応答録 <5>
OSHO /スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 あなたは3つの事に気がついた。だが実際には4つの事が起こっており、その4番目こそが一番重要だ。あなたが数え上げられなかったその1つは、あなたの中にある部分がそれに気づき、それを見ているということだ。その部分は、その3つのすべてに気づいている。夢のある部分がそれに気づき、それを見ているということだ。その部分は、その3つすべてに気づいている。夢がより深く無意識の中に入って行くということ、あなたが夢だと気づいたときに、いつでも目が醒めるということ、そしてあなたの中にその夢を楽しんでいる部分があるという、その3つのことにだ。その3つはすべて真実だ。だが、4番目ほどに意味が深くはない・・・・その3つのことに気づいている者ほどには。

 だから、今していることを続けなさい。ただ、その4番目も意識するようになりなさい。その4番目にもっと注意をはらい、もっとエネルギーを注ぎなさい。それこそが、あなたの中で唯一の本物----観照者だからだ。p269

 当ブログ<1>において、ある時から、某SNSでの発想を受けて[OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2]という名前のカテゴリを始めた。それは108の定量に達し、やがて次なる[osho@spiritual.earth]  という次なるカテゴリに成長した。そして、そのガラガラポンは、だいたい「英知の辞典 小さな検索(ちょっぴり分)」「(私家版)Oshoのお勧め本ベスト10」へと集約されてきているのだった。

 そして、あまり自覚のないまま「(仮称)ブッタ達の心理学」なるものを再スタートさせようとしているのだが、実に気がついてみれば、それは上記カテゴリの結果を引き継ぐもの以外の何物でもなかった。だから、ここはさらに一歩すすめていくしかない、とあらためて眠い目をこすって、目を開け続けることにしよう。

 手掛かりがまったくないわけではない。なにかが、カチリカチリとはまり始めた。いくつかのことを削りながら、いくつかのことをつけ足したりしていると、自然と形づくられてくるものもあるようだ。しかし、なんとも「(仮称)ブッダ達の心理学」という名前はイカさない。なんとかしなければいけないのだが、当面は自己睡眠におちいらないようにするためにあえて(仮称)というレッテルを付け続けよう。

 Oshoには、この「神秘家の道」と前後してウルグアイで講義した「BEYOND PSYCOLOGY」という本がある。これは「ビヨンド心理学」(笑)読まれるべきではなく、「心理学を超えて」と読まれるべきだ。つまり、心理学は乗り越えていかれなくてはならないのだ。そこのことをちょっと留意しつづけないと、当ブログの目的を大きく誤ってしまうことになる。いや、その危険性はあまり高くはないが、ただ、落とし穴は旅の途中には限りなくある。足元に気をつけよう。

<6>につづく

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覚醒の舞踏<1>グルジェフ・ムーヴメンツ

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「覚醒の舞踏」 <1> グルジェフ・ムーヴメンツ
スワミ・アナンド・プラヴァン 2001/06 市民出版社 単行本 343p
Vol.2 No.588★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 実際にムーブメンツをもっとも簡単に見るために、著者は映画「注目すべき人々との出会い」を見ることを薦めている。

 この映画の最後の10分間には、きわめて質の高いムーヴメンツの演舞が、断片的ではあるが収められている。この10分間の映像を消化するためには、それを何度も見る必要がある。ムーヴメンツが伝達する情報量は驚くほど多いため、一回見ただけでは、とても消化しきれず、記憶にも残らない。映画館でこの映像を見た人は、おそらく呆然とするだけであろう。p27

 この本が出された2001年の段階では、これほどインターネット機能が拡大してくることは想像できなかったかもしれない。だけど、2009年の現在ではYoutubeなどネット動画システムが発達してきたので、断片的であっても、そのムーブメンツをお手軽に自分のPCで見ることができる。いや画質さえ問わなければ、約2時間の映画全体(全パート11)でさえ、見ることができる。いつまで視聴できるかは不確定だが。

 この本は、Oshoのサニヤシン郷尚文(プラヴァン)によって書かれており、文中、Oshoとの関連に触れるところもかなりある。

 Oshoの指摘によれば、自己想起は、グルジェフの専売特許ではなく、太古より伝わる覚醒のための技法の精髄である。インドに太古より伝わる経典である「ヴィギャン・バイラバ・タントラ」は、シヴァがその伴侶のシャクティに伝えたとされる、覚醒のための112の技法を、きわめて濃縮された意味をもつ詩文のかたちで伝えている。そのうちのいくつかの詩文は、グルジェフが自己想起と呼んだものの本質をあらわす。p114

 Oshoへの踏み込みもかなり興味深いものがあるが、当面、当ブログの主テーマが「人間に可能な進化の心理学」研究にフォーカスされていく限り、「グルジェフ+ウスペンスキー」についての精度もすこしづつ高めていかなくてはならない。

<2>つづく

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