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2009/05/17

音の神秘

音の神秘
「音の神秘」 生命は音楽を奏でる
ハズラト・イナーヤト・ハーン /土取利行 1998/05 平河出版社 単行本 378p
Vol.2 No.626★★★★☆ ★★★★★ ★★★★★

 「『場所』論」を読んで、「当ブログとしては、コミュニケーション=ハーモニー=コンシャスネス、という要素をもうすこし探求すべきなのだ」と痛感したところだったが、まさにそこんところを補完してくれる、強力な一冊と言える。

 世の中にはなにかと不思議なものを探し求める人がいますが、気をつけて見さえすれば、どんなに世の中が不思議なことばかりなのかが分かるはずです。現象という現象は、何もかも謎につつまれているのです。p21

 現代社会にスーフィー文化が広く理解されるようになっているとすれば、このハズラト・イナーヤト・ハーンの名前をはずすことはできない。1882年、スーフィーのマスターにして音楽家の家系に生まれ、西洋社会にスーフィー文化をその活動と著書を通じて広く紹介した。44歳で亡くなったが、その仕事は、その息子、ピール・ヴィラヤット・ハーンに受け継がれた。

 7番目。7番目は臨済のように光明を得た人ではないが、きわめて近かった。ハズラット・イナヤット・ハーン。西洋にスーフィズムを紹介した人物だ。彼は本を書かなかった。だがその行為がすべて12巻の書物に集められている。そこここにすばらしいところがある。申し訳ないが、それが全部すばらしいという言うわけにはいかない。だがそこここに、ときたま、特にスーフィーの物語を語っているところが素晴らしい。

 彼は音楽家でもあった。音楽では彼は本当の巨匠だった。精神世界では巨匠ではなかったが、音楽の世界では間違いなく巨匠だった。だが彼はときたま精神世界を飛び立つ。雲を超えて上昇する・・・・・むろんその後でドスンと落ちてくるのだが。彼はあれで苦しんだに違いない・・・・デヴァラジ、あれは何と言ったかね? 多重骨折(マルティ・プラクチュア)かな? 複雑骨折(マルティブル・」フラクチュア)、多分それが正しい言葉だろう。Osho「私が愛した本」p131

 「むろんその後でドスンと落ちてくるのだが」というあたりが、ちょっと気になるが、Oshoがいわんとしていることは分かる。ハズラト・イナーヤト・ハーンの「著者略歴」をみると全14巻などの著書があると書かれている。この「音の神秘」はそのどの部分かは明確ではないが、その代表的部分で重要部分、と理解していいだろう。

 色彩や音のもつ魅力は、それらの背後には神秘が隠されており、聴き知ることの色彩や音の言語があるのではと、人を不思議がらせます。しかし、色彩や音の言語は魂の言語であり、私たちの外的な言語がその内なる言語の意味を混乱させてしまいます。色彩や音は生命の言語です。生命は自らを、ありとあらゆる存在のレベルに、色彩と音の形で表現します。ところが、外部に現れる生命はとても硬直してにぶいので、それらの本質や特性の秘密は表面下に埋もれてしまいます。p83

 当ブログにおける探求途中の、コミュニケーションとかハーモニーとは、必ずしも、人間社会における世渡り法のようなものと理解してはいけないだろう。それは天上とか宇宙との調和、とかいうものでもないだろう。コミュニケーションは、何か外在するものとの交流でもなければ、他のものとの調和でもない。

 霊感は直観のより高度な形です。というのは、霊感はある着想として、即興的に作られる完全な主題として、詩を生みだす一つの詩句としてやってくるからです。霊感は流れです。人をとまどわせる不思議な流れです。真に霊感を受けた人は、作家であれ詩人であれ作曲家であれ、その人の仕事が何であろうと、ひとたび霊感を受け取れば、自分自身にではなく、自分のものとにやってきたものに満足をみいだします。それは、その人の魂をとても安心させます。魂は何かに引き寄せられ、引き寄せていた当のものが魂に従い、魂が求めていたものをあたえたからです。それゆえ霊感は魂の報酬ともよばれるでしょう。p352

 Oshoはその息子の本も紹介しているが、当ブログとしては、いつになったら読めるか分かったものではない。ましてやこの本も、ハズラト・イナーヤト・ハーン全体のどの程度を紹介しているのか、わからない。だが、この一冊だけでも、たくさんのインスピレーションに彩られており、現代のスーフィーを理解しようと思ったら、グルジェフ・ウスペンスキー以外の流れのなかで、この本ほど重要度が高い本もそれほどない。再読の価値あり。

 8番目。ハズラット・イナヤット・ハーンの息子だ。その名前は、西洋の求道者にはよく知られている。ハズラット・ヴィラヤット・アリ・ハーンだ。この人はすばらしい人だ。まだ生きている。父親の方は死んだが、ヴィラヤットは生きている。私が生きているといえば、それは本当にそのとおりの意味だ・・・・・ただ息をしているというのではない・・・・むろん息はしているが、ただ息をしているだけではない。
 彼の本もすべてここに含めておく。ヴィラヤット・アリ・ハーンも、父親とまったく同じように音楽家でもある。ただもっと高い質の、より深みのある音楽家だ。彼の方がより深遠だ・・・・この休止を聴いてごらん・・・・・より静かでもある。
「私が愛した本」p132

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