精神的マスナヴィー<1>
「精神的マスナヴィー」<1>世界文学大系〈第68〉アラビア・ペルシア集
ルーミー 1964 筑摩書房 全集 p442
Vol.2 No.617★☆☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
7番目、ジャラルーディン・ルーミーの「マスナヴィ」だ。それは小さな寓話を集めた本だ。偉大なことは寓話でしか表現できない。イエスは寓話を話す。「マナスヴィ」もそのように話す。なぜ、私はこれを忘れたのだろう? 私は寓話が大好きだ。忘れるはずはなかったのだが。私はそこから何百という寓話を使った。おそらく、あまりにも私自身のものになってしまっていて、別個に言及するのを忘れてしまったのだ。だがそれでは弁解になるわけではない、やはり謝罪は必要だ。Osho「私が愛した本」p20
お、これは異な事を。「偉大なことは寓話でしか表現できない」とは・・・・・。ブログ・ジャーナリズムとは言え、当ブログはジャーナリズムにそれなりの重きを置いている。真実は言葉で表現できるはずだ、という幾ばくかの期待はいまでも持っている。しかし、よくよく考えてみれば、はるか10代の頃から私はすでにジャーナリズムに決定的な限界をも感じていたことも確かだった。
最初にインドに行って、Oshoのヒンディー語のレクチャーにでていたときのことを想いだした。1977年のこと、当時はインド人の聴衆はかならずしも多くはなかったが、それまでの流れで、Oshoはヒンディーのレクチャーを二か月に一遍、10日間づつやっていた。
英語の講話を聴きとるのもどうかという状態なのに、ヒンディー語のレクチャーなど、出席しても聞き取れるわけがない。単語ひとつすらわからない。しかし、私だけではなく、欧米人たちも、積極的にヒンディー語レクチャーにでていた。それは、必ずしも言葉としてのOshoだけではなく、エネルギーとしてのOshoを感じたいという現れであった。
ある日、Oshoの住まいである老子ハウスの中にある荘子オードトリアムで座って、ヒンディー語を聞くともなく聞いていた。目を閉じたり、鳥のさえずりを聞いたりしていた。静かな静寂の中で、Oshoの声だけが静かにながれていた。目を開けると、英語レクチャーが行われる仏陀ホールよりもこじんまりとした荘子オードトリアムでは、Oshoが一層近くに見えた。
Oshoは講話を続けていたが、ふと、Oshoをみると、その姿がエネルギーとなってみえた。それはまるで、大きなガジュマルの老木にみえた。大木だった。しっかりと根をはやし、幹はあくまで太く、枝は限りなくこんもりとして、大きくを両手を広げて広げているかのようだった。まさにOshoのエネルギーそのもののように思えた。
そして、しばらくその姿を楽しんでいると、なにかOshoの肩あたりから上に伸びてきたものがあった。羽根だった。大きな大きな羽根だった。それは鷲なのか鷹なのか、とにかく巨大な鳥だった。まさにいま飛び立たんとしていた。まさに飛翔の瞬間だった。
ヒンディー語の講話は流れつづけているのだが、私は自分が今見ているビジョンに圧倒されていた。まさに大木としてしっかりと根付きながら、巨大な羽根を持つ大鳥として飛び立たんとしている。二つのビジョンが重なっていた。
Oshoの言葉のなかに「Roots and Wings」という寓話があったことを知ったのは、それからずっと後のことだった。この言葉を知って、あらためて、あの時の自分のビジョンの確かさに再び圧倒された。
「神秘家の道」を読んでいて、それはまるで、意識から、超意識、集団的超意識、そして宇宙意識への高見へと飛翔する翼を連想する。「上昇して、土台のことなど忘れることだ。」とOshoは強調する。なるほど、と納得した。
しかし、どうも腑に落ちない。いや、これはひょっとすると、半分の真理なのではないか。ウルグアイでの「神秘家の道」の前に、Oshoは1986年4月に「Beyond Psychology」という講話をしている。ひょっとすると、この二つの講話は対をなしているのではないだろうか。
Oshoの文脈で言えば、心理学とは、意識、無意識、集合的無意識、そして宇宙的無意識へと下降していく、まるで、神秘が、意識、超意識、集団的超意識、宇宙意識へと上昇することに対応しているかのようだ。
しかるに、上昇するはずの「神秘家の道」は、「神秘家の天空」とは言っていない。上昇しながら「道」へと、地上へと舞い降りている。そして「心理学」という暗黒へと下っていくはずなのに、そこには「Beyond」という単語がある。
これはまるで、「易経」にある。陰と陽、のふたつのエネルギーを表しているかのようだ。下位にあるものは、上へと上昇する。上位にあるものは、下へと下降する。そして、エネルギーは一つになるのだ。これはどうやら新刊「神秘家の道」を読み終わった今、ここであらためて「Beyond Psychology」を続いて読む必要があるようだ。
神の秘密をわきまえた者に
創造されたものの秘密とはいったい何ぞ!
天体を行くものに
地上を歩くことがなんで困難であろう! p358
この「精神的マスナヴィー」、本書のなかでは30ページほどの中に収まっているが、やはり三段組みなので、文庫本にしたら、やっぱり一冊分くらいにはなりそうだ。小さな寓話集のなかに、幾重にもかさなる意味が隠されている。
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