自叙・精神分析 フロイト
「自叙・精神分析」
ジークムント フロイト , 生松 敬三 1999/09 みすず書房 104p
Vol.2 No.590★☆☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆
ジークムント・フロイトは、精神分析を生み出すという偉大な仕事をしたが、それは半分にすぎない。もうひとつの半分は、アサジョーリによってなされた「精神統合」(注・サイコシンセシス)だ・・・・・だがそれも半分にすぎない----もう一方の半分だ。私の仕事が全体だ----「精神テーゼ」(注・サイコテーゼ)だ。Osho「私が愛した本」p208
と申し渡されている限りは、アサジョーリとバランスの取れるくらいには、当ブログにおいてもフロイトを読みこんでおく必要がある。であるなら「精神分析学入門」をストレートに読んでいればいいのだが、図書館に行ったら、となりのこちらの本の方が薄くてとっつきやすい感じがしたので、まずはこの本を手に取った。つまるところは「精神分析学入門」の入門というところだろうか。
フロイトにはフロイトのアルファベットがあり、また、いわゆる近代心理学の祖であってみれば、当時の状況に対するのみならず、後世においてもその与えた影響は甚大なものがある。しかし、その後の、ユングやマズロー、あるいはライヒ、アサジョーリといった人々によって乗り越えられ、塗り変えられた部分も多くある。「夢判断」がでたのが1900年であってみれば、まるまる一世紀をかけて「心理学」が成長してきたはずだった。しかし、そうであっても、ジークムント・フロイトの礎ははてしなく堅固に見えてくる。
精神分析では、病因となる抑圧やその他これから述べられる諸現象の研究によって、「無意識」という概念を真剣に考えざるをえなかった。精神分析にとっては心的なるものはすべてまず無意識なのであり、意識という性質はあとから加わったり、加わらなかったりすることのできるものであった。もちろんこれは、「意識的(ペブスト)」と「心(プシーヒッシュ)」とは同一であり、「無意識的なる心的なもの」というような不合理なものは表象しえないと断言する哲学者たちの反対論とは衝突することになる。p38
フロイトの足跡を学び直しておくことはとても重要だ。科学的な心理学という未踏な世界にまずは足がかりをつけたのだから。だが、それから100年も経過してみれば、さまざまな不足が指摘されざるを得ない。フロイトが「無意識」という概念を生み出しても、はて、それ以後、さまざまな概念が生み出され、その道の専門の徒ならざる当ブログのような遊歩者は、概念の羅列の荒道を歩まざるを得なくなってしまっている。
たとえばフロイトは「超意識」などという単語は使っていない。だけど、この言葉もまた概念のひとつでしかない。その概念を操る人々が、その概念を示す地平に生きているかどうかは、さだかではない。いやむしろ、その地平に至った人々は、これらの概念からは自由になってしまっている、という可能性があるのだ。
その辺を、当ブログでは、なるべく手垢に汚れておらず、なおかつ共通認識に耐えうるように、その「ある」地平を「トゥリーヤ」と呼び始めている。この地平に到達してしまえば、無意識やら超意識やら、という単語を使っていること自体、何ともまどろっこしくなってくる可能性がある。しかし、ここではまず、フロイトという人がいて、たくさんの仕事をし、時には道に迷ったら、ここまで戻ってもういちどやり直せばいい、という一つの指標とはなっている。
もちろん今日でも、精神分析が精神医学、心理学、精神科学一般に対してもつ価値について後世の決定的な判断がどのようなものとなるかを知ることはできない。しかし、われわれが生き抜いてきたこの段階のことを書こうとする歴史家がいつの日かあらわれるとしたならば、その歴史家は当代の代表的な人たちの態度はドイツの学問にとって決して名誉となるものではなかったことを認めざるをえないだろう、と私は思う。p64
ひとりのユダヤ人として生きたフロイトの身になってみれば、さまざまな制約のなかでの葛藤を100年後の私たちも十分理解しておかなければならない。
ヨーロッパでは、1911年~13年の間に精神分析から2つの離反運動が行われた。それは、これまでこの若い学問において相当な役割を演じてきた人びとによって惹き起こされたものであった。p69
その離反者たちであるアドラーやユングについては、当ブログでもすこしづつ読み込んできている。のちのD・H・ロレンスやライヒなどの言節にも思うところがある。そして、さらには、これら心理学全体が、「トゥリーヤ」意識のもとでは、すべてが無に帰してしまう可能性だって、残っているのだ。
ある一つの分析上の発見ないし視点を、他のすべてを犠牲にしても主張しようとして、分析の共同研究者のうちの一人が孤立してしまうといったことは、いつの世でもよく起こることである。しかしながら、全体として高い水準で真剣な学問的研究が行われているという印象を受けることは、まことに喜ばしい。p101
フロイトは、憎くきヒールであっても、強い横綱であることに変わりはない。
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