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2009/06/28

永久の哲学1

永久の哲学(1)
「永久の哲学」(1) ピュタゴラスの黄金詩
OSHO /スワミ・プレム・グンジャ 2004/09 市民出版社 単行本 390p
Vol.2 No.686★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 数年前にたしかにこの本を読んだはずなのに、ちっとも記憶に残っていない。私のようなそそっかしい読書では、何も覚えていないのかもしれない。あるいは、この本を読んでいる、といいながら、私は別のことをしていたのかもしれない。それとも、もともとこの本はそういう風に出来ていて、まんまとその罠にはまっているのかも知れない。

 若い時分に、年配のサニヤシンが、ペンと定規を持ちながら、赤いアンダーラインを引きながら、Oshoの本を読んでいるのを見たことがある。Oshoの本には、ペンもアンダーラインも不似合いでしょう、と内心思っていたが、自分が実際に年取ってみると、こりゃ、やっぱりペンとアンダーラインは必要かなぁ、と思い始めた。

 しかし、実際にペンと定規を使ってOshoの本を読み始めてみたとしても、結局おなじような結果になりそうな気がする。他の本なら、なにか目的があり、一定の情報なり知識なりを見つけてしまえば、それで読書の目的は果たされた、という思いがある。ところが、Oshoの本はそうはいかない。

 ピュタゴラスはほとんどひとつの原型だ。一段と優れた真実の探究者であり、「フィロソフィア・ペレニス」、永久の哲学の発見に全生涯を捧げた人だ。その可能性はあらゆる人のなかにある。それは実現されなくてはならない。だが私たちは無用で無益なゲームにあまりにも夢中になっている。まったく子供じみたおもちゃを夢中で集め、生を浪費し、エネルギーや時間を無駄にしている---人生は短いのに! それは瞬く間に過ぎていく。そして時間はあなたの手から滑り落ちていく。p59

 哲学にはいきつくところがない、と言っていたOshoがここでは「永久の哲学」と言っている。はて、などと、いちゃもんをつけているべきところではない。そんなことに振り回されているから、毎回、自分がOshoの何を読んだのか、すぐ忘れてしまう。ロジックや知識、それらを「子供じみたおもちゃ」と一喝されてしまえば、あとは、自分の内なる心の動きをみているしかない。そして、自分の意識のありようを眺めている。やはり、本の中身など覚えている余裕などなくなるのだ。

 たしかに、人生は短い! 紅顔の少年少女もいつのまにか後期老齢者へとなり果てる。瞬く間に過ぎ去った時間の中で、探求された真実とは何だったのか。永久の哲学、という象徴のなかで、Oshoは何を言わんとしていたのだろうか。

 ピュタゴラスは、初めて「哲学(フィロソフィー)」と「哲学者(フィロソファー)」という造語を用いた人だった。「哲学」は知恵の愛を意味し、「哲学者」は知恵の友を意味する。ピュタゴラス以前には、別の言葉が同じ目的で用いられていた。哲学には「知(ソフィア)」という語が用いられていた。「知(ソフィア)」の意味は知恵だ。そして哲学者には「知者(ソフォス)」が用いられていた。「知者(ソフォス)」とは賢い人、賢者を意味する。それらは美しい言葉だったが、それは堕落し、間違った人たちを連想させるようになった。悪い時代、それらは堕落してしまった。言葉にも良い時代と悪い時代があり、栄光と屈辱の日々がある。p202

 この本の中には、ウスペンスキーの「ターシャム・オルガヌム」や、慧能の「六祖檀経」、ニーチェの「ツラトゥストラ」などなど、Osho講話の定番メニューが満載となっている。

 この定理(三平方の定理)だけのために、ピュタゴラスは長いこと誤解されてきた。西洋の人々は、彼が覚者(ブッダ)だったことなどすっかり忘れている。彼らはピュタゴラスを偉大な数学者としか思っていない。歴史の本には、彼は数学者として言及されている。学校や大学では、彼はこの定理のおかげで記憶されているに過ぎない。
 この定理はまさしく命取りだった。この定理を見つけなかった方が、どんなによかったことだろう。彼は神秘家として知られていただろうし、定理に関しても、他の誰かが見つけることになたはずだ。そいう物事は長くは持たない。そんな科学的発見であれ、2,3年はかかるかもしれないが、それは必ず起こることになっている。
p360

 この本からひとつの定理のようなものを探し出す必要はない。ただ、探究を自らに向ける、ただそこだけを抑えればいいだろう。ペンもアンダーラインも必要なさそうだ。

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コメント

あびさん

へぇ~、そういうのがあるんですね。
チャンスがあったら、覗いてみたいと思います。

投稿: Bhavesh | 2009/06/28 21:11

ディズニィーの「ドナルドダックの数学マジックワールド」は超おすすめ。
僕はそのビデオでピュタゴラスに目覚ました。
というか、数学が神の設計図のひとつの現れであることに、覚醒しました。

投稿: あび | 2009/06/28 20:57

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