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2009/06/12

草の葉<2>

<1>からつづく

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「草の葉」(中)   (下)
ウォルト・ホイットマン /酒本雅之 1998/02~3 岩波書店 文庫 439p 448p
No.659~660★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

鳴らせ、打ち鳴らせ、太鼓(ドラム)よ---吹き鳴らせ、らっぱよ、吹き渡れ、
窓を突きぬけ---ドアを貫き---情け知らずの軍隊さながらなだれこめ、
厳かなる教会のなかへ、そして会衆を追い散らせ、
学者が研究に励む学校のなかへ、
花婿だとて目こぼしするな---今は花嫁相手に幸福になってはいけないときだ、
のどかに暮らす農夫にも、畑を耕し穀物を取りいれるのどかさなんか許してはならぬ、
いざ君ら太鼓(ドラム)を激しく高鳴れ響き渡れ---いざ君ららっぱたちよ耳をつんざき鳴り響け。
(中)254p

 中巻の前半は、ぼく、後半は、わたし、の一人称が混在している。36歳のときに初版が出されたが、改訂が重ねられて72歳まで出版された。まるで、この一冊がホイットマンの人生そのもののようだ。

 決して恵まれた家庭環境とはいえず、農夫や大工をしていた父親から早く自立し、法律事務所の下働きや、まったく無名のジャーナリストとして働いた。政治的な活動を経て、30代半ばにして異例の詩人への転身を図った。同時代人の「森の生活」ソローや、エマーソンなどとの絡みが気になるところだ。

もう限界だ、これ以上は待てない、
わたしたちも船に乗ろう、さあ、魂よ、
わたしたちも嬉嬉として道なき海に乗り出して、
大胆不敵に、未知の岸辺をめざしつつ、恍惚の波を走り行こう、
吹き寄せる風のなかで、(あなたがわたしを、わたしがあなたを、強く抱きしめ、おお魂よ)、
喜びの歌を自在に歌い、自己流で神の賛歌を歌いつつ、
愉快な探検を讃える歌を思うがままに口ずさみつつ。
(下)114

 詩人や哲学者にはよくありがちな男色の噂がホイットマンにもある。兄弟たちも決して幸福な人生だったとは思えない節がある。その中からスキャンダルのひとつやふたつを探し出すことはそれほど難しくはなさそうだ。しかし、詩人は詩人として言葉を残す。生きた人生の記憶を残す。

人は幾らでもいるけれど、君に伝えたいことがあって、わたしは君を選び出す、
君はやがて死なねばならぬ---他人は君に何と言おうと、わたしはごまかしが言えない質(たち)だ、
歯に衣着せず容赦もしないが、やっぱり君が大好きだ---いいかい、君には逃げ道がない。
 (下)p380「ほどなく死んでいく人に」

「さようなら」わたしの「空想」、
ごきげんよう、いとしい仲間、いとしい恋びと、
いよいよこれでお別れだ、行先がどこなのか、
どんな定めに出会うのか、君に再会できるのか、何一つわたしにも分からないが、
ともかくこれで「さようなら」わたしの「空想」。
(下)399p

<3>につづく

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