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2009/06/05

死のアート<1>

死のアート
「死のアート」 <1>
OSHO /スワミ・ボーディ・マニッシュ 2001/04 市民出版社 単行本 401p
Vol.2 No.647★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 最近でこそ、一ヶ月に50冊くらいの本を手にしているが、このブログを始める前の10年間ほどは、ほとんど本を読まなかった。読むとしたら、ほとんどがパソコンの技術的な本で、ひたすらインターネットの成長に付き合わされたような10年間だった。1995年の例の事件がひと段落して以来、ほとんど本など読む気がなくなっていたのだ。

 それがひょんなことでパソコンを通じて、「ウェブ進化論」という本に出会い、またまた読書の世界に戻ってきたのだった。私の人生の中での読書生活というものには、そうとうなムラがあって、時には、仕事柄、ちゃんと予算がつけられて、キチンと読むなら、いくら図書を購入してもよい、という境遇にあったこともある。もちろん、だからと言って無限に読めるわけでもなく、限界はあったが、それでも、必死に読み続けていたことも、時にはある。

 実はこの「死のアート」という本が2001年にでていたなんてことは、今回図書館の検索をいじっていて初めて気がついたような状態で、自分なりにちょっと恥ずかしいな、と思った。出ていることさえ気づかなかったのだが、気づいたとしても読まなかったに違いない。本には読むチャンスというものがある。

 今回この「死のアート」も、実はすこし違和感があった。本のタイトルがいまいち納得がいかなかったからだ。もともとは英語で1978年に出た本だが、タイトルは「The Art of Dying  Talk on Hasidsm」だ。講話が行われたのは、「オショウの講話タイトル:年代順」によれば、76年の10月の10日間ということになっている。この英語本は1978年にインドにいた時から初版本を持っていて、タイトルとか、なかなかお気に入りの一冊だったのである。

 すでにこの本を読んでいて、自分なりのイメージを持っていたものだから、この日本語の直訳とも言うべき「死のアート」というタイトルが、どうもいまいち気に入らなかった。原書は「The Art of Dying」だ。だから決してはずしているとは思えないのだが、どうもこの「Dying」を「死」と訳されてしまったことが違和感があった。Deathなら「死」とされてもしかたないが、むしろここは「死ぬこと」とか「死に行くこと」くらいのニュアンスにしてほしかったな、と思う。

 「死」では、本当に死んでしまう。固定的なもう枯れてしまった無生物を連想してしまう。本書のあるところでは「The art of living」p207という単語も使われているが、ここも翻訳では「生のアート」となっている。ひとりの読者のわがままとしては、ここは「生きること」と訳して欲しかった。Lifeだったら「生」と訳されてもしかたないかも知れないが、それではOshoが言わんとしている生き生きした雰囲気が消されてしまっているように思える。

 私は、あなたが成長のアートと呼んでほしがっているのを知っている。そう呼べば、あなたの自我はすこぶる心地よく思うだろう---「それは成長の問題だ。だから、ここに留まって成長しよう」自我は常にそうしたがる。
 私は、意図的に死のアートと呼んでいる。瞑想が死のアートなら、あなたの自我にはショックだろう。
 また、死のアートと呼ぶ方が、より正しいという面もある。自我が育たず、瞑想の中で死んでいくことになるからだ。二つの可能性しかあり得ない---自我が成長し続け、どんどん強くなっていくか、あるいは消えていくか。自我が成長し続け強くなっていけば、あなたは一層泥沼にはまる。さらなる足かせをはめられ、どんどん自我の束縛の中に落ちていく。あなたは窒息するだろう、あなたの生全体が地獄となるだろう。
 自我の成長は癌の増殖だ。癌のようにあなたを殺す。瞑想は、自我の成長ではなく自我の死だ。
p74

 ここでのアートという単語の翻訳され方も、私はあまり好みではない。Artをアートと訳して何が悪いのか、ということになるが、では、なぜ、ここで芸術としなかったのだろうか、と思う。「死の芸術」では、やっぱり重くなりすぎる。そしてその重さだけではなくて、何かが表現されていないように思う。Artという言葉の中に「技術」というニュアンスがあったと思うが、私はこのニュアンスが一番あっていると思う。だから、翻訳には門外漢な一読者ではあるが、無邪気に言わせてもらえば、やはりここは「死ぬことの技術」と翻訳して欲しかった。「アート」では、なんとも軽く、ハイカラな美しさだけが、イメージとして残る。

ーーーーーーーーー

 とここまで書いて、素晴らしい名文(笑)で、さらにどんどん驚異的な展開が続いたのに、パソコンの操作ミスで、ぜ~んぶ消えてしまった。

。゜゜(´□`。)°゜。

 しかたがないので、再現は次回として、今日はここまで。

<2>につづく

 

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コメント

ENIさん

早く読むコツなんてなにもありません。ただ、私の場合は、長いことサボっていたので、読むべき本がいっぱいたまってしまったということなのでしょうね。

とにかく面白い本がいっぱいあるんです。

そして、ここだけの話、これを全部ポケットマネーで購入していたら大変な金額になります。

ところが最近は図書館ネットワークが発達して、ほとんどなんでも無料で読める時代なんです。

今日も、なんと国会図書館から取り寄せてくれた本が一冊、もよりの図書館が届いたと連絡がありました。

ありがたい時代です。(◎´∀`)ノ

投稿: Bhavesh | 2009/06/06 00:22

こんばんは、Bhaveshさん。

ひと月に50冊を手にするというのは、半端ではない数です。
私は月に8~10冊程度が限度ですから、脱帽です。

Bhaveshさんの読まれている本はウスペンスキーにしろOSHOにしろ
ほとんどが600ページくらいの本ですよね。
速読などされているのでしょうか?

早く読むコツがあれば教えていただきたいです!

投稿: ENI | 2009/06/05 23:06

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