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2009/06/28

知恵の種子

知恵の種子
「知恵の種子」 
OSHO /スワミ・アンタール・ソハン 1999/08 市民出版社 単行本 276p
Vol.2 No.684★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 「ア・カップ・オブ・ティー」と並ぶ、Osho初期書簡集。ひとりの弟子に宛てた120通の手紙がまとめられている。初期的にはOshoも小説などを書いたようだが、書いた文章として残っているものは少ない。のちにはすべて講話録となっている。この本に収められた手紙も、もともとはインド語で書かれたものであろうが、英語に翻訳され、日本語に翻訳された。

私はアルバート・カミュの著書を読んでいた。
その本はこんな序文から始まる、
「自殺こそが、哲学の唯一重要な問題だ」
なぜだろう?
それは、現代人が生に何の目的も見出さないからだ。
あらゆる物事は意味を失い、不毛となってしまった。

何が起こったのかというならば、
私たちは生の源泉との繋がりを失ってしまった、
それなしには、生は無益な物語以上のものではない。

私たちは、人にその根を戻してあげる必要がある。
人を、大地に戻してあげる必要がある。
その根とは魂であり、大地とは宗教だ。
これがなされうるなら、
今一度、人類は開花し得る。
p85

 カミュは交通事故で亡くなった。不条理なことだ。
 10代の頃、私のもっとも親しい友人はカミュの読者だった。大ファンだった。彼は私より年上だったが、ミニコミを作っていて、そのタイトルも「カミュ」だった。

 彼は文章を書いていた。自称「遺書集」。彼は自殺することを予告していた。私は彼がなぜ自殺したいのかわからなかったが、自殺することをやめさせようとは思わなかった。せめて、彼が亡くなったら、残された遺書集を発行してあげようと思っていた。

 正直言うと、この友人はいつどのような形で自殺するだろうと、ちょっと楽しみにさえしていた。自殺の方法もいろいろ研究していたようでもある。しかし、彼の人生はそれほど行き詰った風でもなく、淡々と過ぎていった。いつまでもその研究が続いて、終わることがなかった。いつの頃からか、ああ、この友人は、もう自殺する気はないのだな、と気がついた。

 もうすっかりお互いが中年になってから、ところであの「遺書集」はどうなったのか、聞いてみたことがある。彼の答えは意外なものだった。

 ある時、数十冊分もたまった「遺書集」の原稿ノートをバッグに入れて持ち歩いていたら、電車の網棚の上に忘れてしまったという。電車会社に連絡してみたが、結局、遺失物としては出てこず、永遠に紛失してしまったのだという。

 彼の自殺はなくなったし、彼の遺書集も残らなかった。あれだけ、青春のすべてを注ぎ込んだあの膨大な原稿が、なくなってしまった。しかも、電車の網棚の上、という不条理な設定だった。

 まもなく還暦を迎える彼だが、特段に人生に目的を見い出した風でもなく、今更死に急いでいる風でもない。やや体調を崩してはいるが、一生懸命、健康になろうと努力しているようではある。

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