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2009/06/27

ゴールド・ナゲッツ

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「ゴールド・ナゲッツ」
OSHO /スワミ・アナンド・チダカッシュ 1994/06 和尚エンタープライズジャパン 単行本 219p
Vol.2 No.682★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 いつの頃からか、Oshoの本をあまり買わなくなってしまった。Oshoが肉体を離れる前あたりまでは、ほとんど新刊で購入するか、発行前に手元にあることが多かった。まとめて仕入れて瞑想センターで販売する手前、いち早く入手することが多かったのである。

 ところが、90年代に入り、さらに95年以降のインターネットの時代になると、どこかOshoの本からだんだん離れていく自分を感じていた。一冊にまとまった単行本になるまえに、ニューズレターのような形で読むことも多くなり、また、本の形になる前に、ビディオで見ることも多くなった。そして21世紀になると、興味の範囲も拡散してしまい、あえて「Oshoの本」に集中することがすくなくなった。

 正確に数えたことはないが、100冊以上になるだろうと思われるOsho邦訳本も、最近でた本はあまり購入しないことが多くなった。もともとOshoの本は、私にとっては、さっさと読み捨てるような本でもなく、いちど読み始めると、なかなか読み終わらないことが多い。読む、ということ自体が、他の本とはちょっと違うスタイルになってしまいがちなのである。

 さらには、Osho本が図書館にはいる確率も高くなってきた。わざわざ自分でそろえなくても、図書館から借りてOsho本を読めるというのは、ある種の快感だ。すくなくとも、私がリクエストしたのではなく、他の誰かがOsho本をリクエストした、という事実が、私にはうれしい。現在のところ、全国の図書館でOshoの本が入っていないところのほうが少ないのではないだろうか。

 というわけで、五月雨式にOsho本を図書館にリクエストしていたら、何冊もたまってしまった。いざ手元にたくさんOsho本がたまると、これまた、一気に読むということはできないので、困ってしまうのだが、しかし、たまってしまった、ということを口実にして、ざっと目を通していくのもわるくないかな、と思い直した。この本も英語本を持っていたので、日本語を読むチャンスを逃していた。

 この本は、Oshoのワールドツアー中の「神秘家の道」など5つの講話録から選ばれた言葉で構成されている。あの大事件のあとの渦中にあって、しかもまるでジプシーのような生活の中で語られた講話録なのに、この一冊から一切そのようなドラマ性は排除されている。

 科学がただひとつしかないとしたら
 宗教もただひとつしかあり得ない
 客観的世界を探求するのにひとつの科学で充分なら
 人間の内面世界を探求するのもひとつの宗教で充分だ
 そして、そのただひとつの宗教には
 キリスト教的、ヒンドゥー教的、道教的といった
 いかなる形容詞も必要ない
 
 まさに科学がたんに科学であるように
 宗教はたんに宗教だ
 
 実際、私によれば
 ふたつの次元を持ったひとつの科学が存在するだけだ
 ひとつの次元が外面に働きかけ
 もうひとつの次元が内面に働きかける
 私たちは「宗教」ということばさえ排除することができる

 できるだけ少数の仮説を用いるというのが科学の原則だ
 それなら、なぜふたつのことばを用いる?
 ひとつのことばで充分だ
 そして「科学」ということばは素晴らしい
 それは「知ること」w意味する

 他者を知るのがひとつの局面であり
 自己を知るのがもうひとつの局面だ
 だが「知ること」はその両方に当てはまる 
p198

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