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2009/06/27

六祖檀経

禅語録<1>よりつづく
禅家語録<3>よりつづく

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「禅語録」 世界の名著 18 <2>
1978/08 中央公論新社588p 
「禅家語録 1」世界古典文学全集 36A <4>
西谷 啓治, 柳田 聖山 1972/12 : 筑摩書房 単行本 519p

「六祖檀経」
★★★☆☆ ★★★★★ ★★★★★

 ボーディダルマからの法統を受け継いだ六代目の祖・慧能が、ある時、一万人もの求道者たちを前にして、壇上に登って講話した時の記録。もちろん、当時、テープレコーダーもなければ、ビデオもないわけだから、一字一句違いもなく残されているわけではない。ただ多くの人が同時に体験し、普段から弟子たちに語りかけていた内容でもあり、また自分の人生を語った一代記にもなっているので、よくまとまっており、慧能のみならず、禅の要諦をよく抑え、その流れを象徴的に示していると言える。

 9番目。私が9番目に選んだのは、ボーディダルマの法を継ぐ中国人、慧能だ。「六祖檀経」はまだ知られていないし、日本以外では翻訳されていない。

 慧能は、ひとつの絶頂だ。人間が登りうる最高の高みそのものだ。慧能はあまり多くを語らない。彼が与えるのはヒンドだけ、ほんのわずかなヒントだけだ。だがそれだけで充分だ。それは足跡のようだ。辿って行ければ、人は到達する。彼が言っていることは、本質的にブッダやイエスと違ったものではない。だがその言い方は彼一流、まさに彼独自のものだ。慧能はそれを彼一流の言い方で言う。そのことが、彼がオウムではないこと、法王や司祭ではないことを証明している。

 慧能の言葉を要約することはたやすい。だがそれは自分の持てるすべてを賭けることができる者にしか実現できない。彼の言葉はごく簡単にまとめられる。なぜなら慧能の言っていることのすべては、ただ、「考えるな、在れ」ということだからだ。だがそれを実現するには、非常な知性を持っていないかぎりいくつもの生涯が必要だ。またその知性があるなら、この瞬間にも、今ここでも、それはお前たちの中で現実(リアリティ)になりうる。私の中ではすでに現実(リアリティ)だ。どうしてみんなにとってもそれが現実になりえないのか? 自分以外にそれを妨げている者など誰もいない。Osho「私が愛した本」p119

 そもそも、この言行録が一冊にまとめれたのは後世になってからであろうし、それこそ如是我聞の世界だから、必ずしも一定の経本に収まっているものではない。しかし、そのみちしるべが板書してあろうと、岩にペンキで書かれていようと、手持ちの印刷された地図であろうと、すべてが自らの内を見よ、と指し示している限り、みちしるべの表記方法の違いはなにほどのこともない。

 もともと漢文でまとめられたものであろうが、現代の私達はこうして現代日本文のきわめてわかりやすい読み下し文で味わうことができる。Oshoは日本語にしか訳されていない、と言ってはいるが、Osho自身は、なにがしかの英語文で読んでいると思われる。

 現在、私の手元にはたまたま二種の「六祖檀経」がある。「禅語録」と「禅家語録」に収録されているものだが、二冊ならべて読み進めてみると、おなじことが書いてあるのだが、やはり、表現方法やニュアンスがかなり開きを持っている。それは意味が違うということではなく、翻訳する立場の人によって、話の膨らまし方がおのおのの個性がでている、ということになろう。

 君たち、しずかに聞いてくれ。おら(慧能)がおやじは、洛陽が本籍であった。左遷で嶺南に流されて、新州の百姓になりもうした。おらが幼いときに、父はもう死んでいた。老いた母とみなしごは、南海に移って来た。つらい貧乏で、町に出て薪を売った。あるとき、一人の客が薪を買ってくれて、おらに旅籠までとどけさせた。客は薪をもってゆき、おらは銭をもらった。門の前に引きかえすと、ばったり一人の客が「金剛経」をよんでいるのに会う。おらは、それを聞いただけで気持ちが晴れて、すぐに悟った。そこで、客にきいた、「どこから、そのお経を受持して来られたか」 「禅語録」p98

 慧能の一人称に「おら」を使わせるところが、いかに彼が民衆に慕われてきたかの証明でもある。「ダイヤモンドスートラ」を聞いただけで、「すぐに悟った」ところに「頓悟禅」の真骨頂がある。弟子たちのリーダーであり、もっとも秀才とうたわれた神秀の歌に対して、慧能は痛烈にカウンターパンチを食らわせる。

 悟りは、もともと樹などでない、きれいな鏡も、台の上にはない。元来、何ひとつないのである、どこに塵やほこりがよりつこうか。「禅家語録」p78

 文字を読み書きできない慧能であったが、この歌ひとつで、慧能がどのような心境にあるのか、周囲の者たちにもすぐわかった。わかる周囲の者たちも偉い。

 その翌日、祖(五祖)はこっそりと米つき小屋にやって来られた。恵(慧)能が腰に石をつけて、米をついているのに気がつくと、わたしにつげていわれた、「道をめざすものは、真理のために生命を顧みぬはずだ。当然、こうなくてはならぬ。」 そこでたずねていわれた、「米はつけたか。」 恵(慧)能はいう、「米は前々からつけておりますが、まだふるいにかけておりません。」 祖(五祖)は杖で臼を打ち、三度くりかえして出てゆかれた。恵(慧能)はすぐに祖(五祖)の本意を了解した。「禅家語録」p79

 周囲から沸き起こるであろう嫉妬心から慧能をまもるため、五祖は夜中にひっそりと慧能に法を伝授し、その証左となる衣を授けて、地方へと逃がした。

 おらは、袈裟を手にとって、真夜中に出発した。五祖はおんみずからおらを九江の駅までお送りくださる。二人は、すぐに起った。五祖はいいつけられた、「お別れだ、つとめよや、法を南にもって行け。三年まで、この法を広めてはならぬ。妨害が起るにちがいない。その後で世の中に広めて、迷える人々を巧く導くんだ。心が開けさえすれば、そなたはいつも俺と一緒だ。「禅語録」p107

<達磨>につづく

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