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2009/06/30

イーシャ・ウパニシャッド存在の鼓動 <1>

イーシャ・ウパニシャッド
「イーシャ・ウパニシャッド」 存在の鼓動
OSHO /スワミ・ボーディ・マニッシュ 1998年07 市民出版社 461p
Vol.2 No.692★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★★

 自然に帰ろうにとする大きな動きが、今日、西洋で起こっている。ヒッピーとか、ビートニクとかドロップアウトとか呼ばれる若い男女たちが、現在の、この大きな運動を担っている。それは感覚器官に回帰しようとする衝動だ。彼らは言う、「俺たちは、あんたたちの教育も、学位も、地位も、富みも、車も、豪華なビルも欲しくない。食べ物と、愛とセックスがあれば充分だ。あんたたちが持っているようなものは、何も欲しくない」と。私は、これを極めて重要な出来事だと信じている。これほど大規模の、こうした動きは、歴史的にも起こったことがなかったし、それに人々はこんなことを言っているからだ、「感覚器機から生まれた自然、感覚器官の顕れである自然、欲求と欲情に帰るため、喜んでカルマ・プラクリティを棄てる。これだけで充分だ、これ以上は望まない」と。p278

 ネット上の情報交換の場で、私はいつかこんなことを発言したことがある。「ウッドストックの映画を見ていて、Oshoは『Oh! My People』と言ったらしい」。なにかの文献かビディオで観た気がしていた。有名な話かもしれない。

 この直後にさっそく、この話に関心をもった人から、その出典の問い合わせがあった。私は、その出典を簡単に探せるものと思って、身の回りを探しはじめたが、なかなか探し出すことができなかった。

 私はこの時から、この出典探しを続けているが、いまだに探し出すことができないでいる。私が当ブログにおいて、自分が読んだ本の引用箇所がどこにあるのか頁数を書きこんでおく習慣もこの時から始まった。

 この「Oh! My People」発言も実際にあったのかどうか自分でも自信がなくなってきた。本当にあったのだろうか。あるいは、そう言ってほしいと誰かが思っただけなのだろうか。あるいは、それを面白い、と感じた私がデフォルメした形で記憶しただけなのだろうか。上の引用部分は、そんな疑問を、すこし払拭してくれる文章だ。

 この講話があったと思われるのは60年代のインドの高原。Oshoの目の前にいる瞑想キャンプ参加者たちは、インドの大衆だ。ヒッピーやビートニク、ドロップアウトは、「西洋」で起こっている「若者」たちの運動だ。Oshoがこの「運動」に、「私は、これを極めて重要な出来事だと信じている」というほど関心を寄せたのはなぜだったのだろうか。

 それ以前のアチャリア時代のOshoと、74年にプーナをアシュラムを構え、名前もバグワンと換えたあとのOshoでは、あきらかにリードの方向性のチャンネルを変えている。それに気付いたインドの大衆の中にOshoのもとを離れていった人々もいたかに聞く。それに反比例するかのように、欧米からの若者たちの訪問者が増えていく。「エスリンとアメリカの覚醒」と繋がってくる部分がここにある。

 私はインドの大衆よりも、欧米のカウンターカルチャーの波のほうにシンパシーを感じていたので、1974以降のOshoのほうにより魅力を感じる。この辺あたり関心があるからこそ、「現代社会とスピリチュアリティ」とか「スピリチュアリティの社会学」などで言われるところのORMとやらにも興味が湧いてくる。

 しかしまぁ、このORMとやらのネーミングもいまいちだが、この動きをどっか覚めて、冷やかに高みの見物だけしていただけでは、本当の醍醐味はわからないだろう。インヴォルブされて溶けていくところにこそ、本当のORMがあると思われる。

 この本のテキストとなっている「イーシャ・ウパニシャッド」はほんの小さな経典だが、すごく深い。

<2>につづく

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