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2009/07/26

基督抹殺論

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「基督抹殺論」
Vol.2 No726★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 中庸なる穏健派を持って任ずる当ブログの読書としてはやや過激なタイトルを持つこの書籍ではあるが、明治42(1910)年前後に天皇暗殺計画を企てた首謀者として検挙された幸徳秋水、処刑前の獄中最後の書となれば、この鬼気迫る雰囲気もやや理解できないこともない。

 ポイントは、その年代からして、当時イギリスやインドで活動していたブラバッキー夫人やアニー・ベサント等の神智学運動と、日本における反体制運動、とりわけ社会主義者・無政府主義者、その中にあった幸徳秋水になんらかの通信、あるいは影響関係があったのか、どうか、という点である。

 とはいうものの、本書は、出版当時の表現方法を最大限尊重されており、この文庫本に収容された1954年当時においてさえもやや古色蒼然たる印刷物だったと想像される。したがって、この文体とこの旧漢字を多く含むこの表現方法を、読み進めるのもなかなか困難で、なおかつ、転記することなど、怖れ多いので、試みないほうがいいようでもある。

 この書がかなり長い期間にわたる相当周到な準備と研究に基づいたものであることは、右に述べたところからも、また、この書に引用あるは参照されている幾つかの著書や幾人かの著者によって知ることができる。徳川時代以来日本では少なからぬキリスト教批判の書----それは破邪書と呼ばれている----が出版されたが、それらは多くは儒教や仏教の側からキリスト教の教義を批判したものであり、西欧における科学的な聖書批評の上に立って著されたものではなかった。

 これに対して秋水は、アンニイ・ベサント等その依拠したものには科学的という点で多少問題があるが、兎も角西欧における研究の成果の上に立って、キリスト教を批判し、キリストの存在を抹殺しようとしたのである。この点においては、日本の社会主義者の書いた聖書批判としては最も科学的なものといえよう。もっともイエスというユダヤ人にとってありふれた名を、何か特殊なもののごとく考えて、これを古代神話と結び付けたりする幼稚な誤謬に陥ったりしてはいるが。p188「解題」林、隅谷

 とはいうものの、生来の記憶力の弱さをカバーするためには、そして、のちのちの正確性をともかく確保するためにも、最小限の転記は許してもらおうと思う。

 21世紀の現代において、一連のアニー・ベサントの著書等を「科学」の側に引き寄せて考える姿勢は皆無に等しいと思うが、それでもなお、当時の日本の思想界における根底には、長く続いた幕政以来の固定的な観念が渦まいており、西洋文化の流入とともに、その姿勢を「科学」的と判断することもやむを得ないことでもあっただろう。

 アンニー・ベサントは曰く「吾人は印度、埃及、西蔵、日本等に於て、十字が常に生々の力の象徴たることを見る。其は婦人少女が護符として着けたる者にして、殊に寺院神殿に奉仕する婦人少女が、彼等に取て其宗教心喚起の源たるべき者の記号として着けたるが如し。然り。十字の記号は男根の醇化(レッワイン)せる者に過ぎずして、基督教が之を有するは、偶ま以て其起源の異教に在るを示す者のみ。其は実に何れの基督教徒が之を拝し之を彫り之を着けしよりも、遥かに以前の昔しに於て、太陽崇拝者及び自然崇拝者の為めに、神聖なる記号として神殿に祀られ、飾られ、帯びられたる者なり。羅馬加特立教会および英克蘭(イングランド)教会に於いて十字の前に拝跪せる群衆は、惟だ古代異教の殿堂に於て其前に礼拝の群衆の再来のみ。現時其を身に帯ぶるのは少女は、----毫も其真意義を悟ることなきも----正に古代の印度埃及の模倣のみ」と。p72

 この書の後半において高島米峰が「幸徳秋水と僕」p157で書いていることには、大逆事件での逮捕前の秋水から、キリスト教を調べているが、これなら発売禁止にもならないだろうから、インド神話を書いた書物があれば送って欲しい旨、連絡があったという。さっそくその求めに応じて送ったというが、そのリストの中にアニー・ベサントの書も入っていたのだろうか。

 アンニー・ベサントは又た曰く、「基督(Christ)耶蘇なる語は、アノインテド即ち塗膏せる救世主を意味し(其王者及び高僧に神聖の膏油を塗るは希伯人の故事也)クレストス(Chirestos)耶蘇は善なる救主を意味す。倶にナザレの耶蘇なる者の特有の姓名にあらず。而して吾人は又たHesus, Jesouse, Yes及びIes等の語を見る。此最後のイエスIesはバッカスの尊号の一にして、語尾にusを加ふるのみにして耶蘇(Jesus)と成るべし。羅甸のI.H.S.なる神聖の符号は之より来る者にして実は希蠟語のIESなり。希蠟のH字は羅甸字の大字なるを、誤りて其儘に羅甸字のとして用いたる者也。斯して古代バッカスの異名は、耶蘇の符号と転化せるを見る、而して此文字両者孰れの場合に於ても、常に日の神の表号なる光線を以て囲繞さる」と。 p117

 この辺あたりの考証を科学的文献学と呼ぶかどうかはともかくとして、秋水はベサント等の神智学的文献を、自らの論旨に積極的に取り入れ、あるいは自らの論旨の傍証の大きな柱にしたようである。しかし、これを持って、当ブログで暫定的に用いたenlightenmentの系譜のひとつ、と呼ぶのは躊躇する。

 ここでは、19世紀後半から20世紀前半における神智学運動の波及が、イギリスやアメリカなど欧米やインドにまで及び、日本にもおいてもかなり明瞭な形で波及していた。その事実を示す一つとして、捉えておけばいいだろう。

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コメント

あびさん

アニー・ベサントは、当ブログにおいても何度かでてきました。
http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200901310000/
http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200812130001/
http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/2-ed1c.html
そのうち、シークレットドクトリンとでも一緒にゆっくり読み進めてみようと思っています。
http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-62d5.html

投稿: Bhavesh | 2009/07/26 11:59

アニーベサント、神智学協会、第二代会長。ルドルフシュタイナーを神智学協会から除名。幼子クリシュナムルティを救世主として要請するが、後にクリシュナムルティは「真理は道なき大地だ」という名言とともに、自らが救世主であることを否定。アニーベサントはせっかく育てた「救世主」にふられた形となる。後にベサントはイタリアの教育家、女性運動家であるモンテッソーリをインドに招聘。結局、現代のオルタナティブ教育の三大潮流の祖ともいえる三名のすべてにアニーベサントは関係していたことになる。(あび。)

投稿: あび | 2009/07/26 09:15

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