« 色彩記憶 | トップページ | Three Pillars of Zen<1> »

2009/07/05

The Life of Marpa the Translator<1>

Marpa
「The Life of Marpa the Translator」 <1>
Chogyam Trungpa (著) 1995/6/18  出版社: Shambhala; Reissue版 言語 英語, チベット語,
Vol.2 No703★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 当ブログにおけるOsho「私が愛した本」を辿る旅は、いまだ道半ばだが、徐々にその歩を進めていることは間違いない。暫定的にジャンル分けして、しかも、ブログの字数制限の関係上、いくつかに分断されてしまった168冊のリストだが「その1乙」に関してはだいぶ読書が進んだと言える。

 もっとも、原書に依らず、Oshoの言及をもってあてている本もあるし、あと数冊はまだ未読である。しかし、近日中に、「その1乙」に関しては、一通りのコメント付けは完成することになる。だから、そのプロセスの中においては、この「マルパの書」も、特段の関心がなかったとしても、その本が存在し、しかも手の届くところにある限り、わが手において、ページをめくってみないことには、一連の作業が完成しないということになる。

 マルパは、ミラレパにつらくあたったので、嫌いだ、と、シンデレラの継母に対するような感情がないでもないが(笑)、ティロパ、ナロパ、マルパ、ミラレパ、という法統のなかでは、回避できない重要な位置にある。

 10番目。今晩の私の最後の本は変わった本だ。普通なら誰も、私がこの本を中に入れるとは思わないだろう。それはマルパ、チベットの神秘家の大作だ。彼の信者さえもそれを読まない。読まれることを意図した本ではない。それはパズルだ。瞑想の対象にしなければならないものだ。ただそれを見ていれば、突然その本が消える----その内容は消える----そして意識だけが残る。

 マルパは非常に変わった人だった。彼の師(マスター)のミラレパは「私でさえマルパに頭を下げる」と言っていたものだ。師でそんなことを言ったものはいない。だがマルパはそれほどの・・・・・。ある時、マルパに、「あなたはミラレパを信じていますか? もし信じているのならこの火の中に飛び込みなさい!」と言ったものがいた。即座に彼は飛び込んだ! 人々はマルパが飛び込んだと知って、まわり中から火を消しにかかった。火が消えると、そこには結跏趺坐して陽気に笑っているマルパがいた!

 彼らはマルパに「どうして笑っているんですか?」と訊いた。
 「私が笑っているのは、信頼だけは火も滅ぼし得ないからだ」と彼は言った。
 これが、私が10番目に数える「マルパの書」という素朴な詩を書いた男だ。
 Osho「私が愛した本」p51

 ん? おかしいな。マルパの師はミラレパだったのだろうか。

 In the West, Marpa is best known through his teacher, the Indian yogin Naropa, and through his closest disciple, Milarepa. 裏表紙

 この英語本をたよりにする限り、マルパの師はミラレパ、というのは間違いということになる。この話の出典は知らないが、これに近い話ならOshoタロットの14番「信頼」で聞いたことがある。そこで火の中に飛び込んだのはミラレパであって、その師はマルパであったのではなかっただろうか。

Marpa was very strange man. His Master Milarepa used to say, "Even I bow down to Marpa." No Master has ever said that, but Marpa was such....... Somebody once said to Marpa, "Do you believe in Milarepa? If so then jump into this fire!" Immediately he jumped! People ran from all sides to extinguish the fire knowing that Marpa had jumped into it. When the fire was put out they found him sitting  there, in a Buddha posture, laughing hilariousuly! 「The Books I have Loved」 p46

 原書にもこのように書かれている限り、Osho本が日本語に翻訳するときに取り違えられたのではないようだ。ことは、チベットの聖者とたたえられる翻訳官マルパにまつわるエピソードである。1000年前の歴史とは言え、ここは、すこしクリアにしておかなければならないのではないか。歯科椅子の上で、Oshoは、なにか勘違いしたのだろうか。あるいは、ゆうべの焼酎が、まだ私の体に残っているのか。定かではないが、朝一番、? はてなマークが私の頭のなかにひとつ芽生えた。

 周囲のものも、翻訳に関わった人も、ここはすべて「YES! OSHO」で通してきたのだろうか。ことは「信頼」に関する大事なところである。私もまた、「YES! OSHO」とすみやかにスルーしておいた方が、賢明だろうか。それとも、ここは「Osho! それはちょっと違うと思います」と言ったほうがいいのだろうか。

 最初は、単に「マルパの書」という本が存在する、ということを確認する程度でとどめたかったのだが、ことはそうシンプルではなくなってきた。英語版が大学図書館書庫にあるのを確かめたことだけでは、ことはすまなくなった。「私が愛した本」日本語版では、「マルパの書」の関連としてこの「The Life of Marpa the Translator」を上げているが、この本は、アメリカに渡ったチョギャム・トゥルンパが1982年にその監督のもと翻訳させ、シャンバラ社から出版したものだ。

 1981年に語っているOshoが具体的に言っている「マルパの書」は、このシャンバラ社の刊行物ではないだろうが、はて、その辺のことはどうなっているのか。信頼深きミラレパならぬ、好奇心旺盛な、はてな小僧の当ブログとしては、はたまたおっとり刀で飛び出すことになりそうだ。

<2>につづく

|

« 色彩記憶 | トップページ | Three Pillars of Zen<1> »

48)意識とは何か」カテゴリの記事

コメント

小森さん

 マルパは商才にたけていて、チベットからインドに出かけて行っては大量に文献を集め、翻訳官という異名をもらいつつ、それをチベットに紹介して財をなしたマスターというイメージがあります。

 これに対するミラレパの献身的で純朴な求道心が、あまりにせつなくて、チベットの民衆が判官びいきをするのでしょう。まるで、チベットの源義経のようなイメージがあります。

 しかし、それでもなお、マルパ⇒ミラレパという法灯が継承されたところに、チベット密教の愛すべきダイナミズムを感じます。

 この役どころが逆になっていたら、物語のメリハリがつかなくなりますね。
\(;゚∇゚)/


投稿: Bhavesh | 2009/07/06 20:57

和尚が意っているのは、たぶんMarpaの歌のところだと思います。その箇所の英訳は既にありましたが、この
The Life of Marpa the Translator
には、マルパの歌を含めて訳されています。

ミラレパとマルパの師弟関係が和尚が意っているのが逆ですね。あのエピソードは、役割がマルパとミラレパで逆になるのが正しいです。

投稿: 小森 | 2009/07/06 20:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: The Life of Marpa the Translator<1>:

« 色彩記憶 | トップページ | Three Pillars of Zen<1> »