Zen Buddhism<1>
「Zen Buddhism」 <1>
Christmas Humphries 1999/01 Pilgrims Publishing,India ハードカバー 241p 言語 英語 初版1949年 1961年George Allen & Unwin, London発行の版を読んだ
Vol.2 No710★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆
私が触れようと思っている9番目の本は、クリスマス・ハンフリーズの「禅仏教」だ。もともと彼はこの本を---チェラヴェディ、チェラヴェディ、の翻訳として---「続けよ、続けよ」とか、「歩け、歩け」というタイトルにしょうとした。だが結局イギリス人はイギリス人だ。最終的にはその考えを捨て、この本を「禅仏教」と呼んだ。この本はすばらしい。だがそのタイトルは醜い。
なぜなら禅は、仏教(ブッディズム)であれ何であれ、どんな「教(イズム)」とも関係ないからだ。「禅仏教」とは、タイトルとして正しいものではない。ただ「禅」で充分だった。ハンフリーズはその日記の中で、最初自分はそのタイトルとして「チェラヴェディ、チェラヴェディ」というのがいいと思った、だがその後で・・・・・「歩け、歩け・・・・続けよ、続けよ」では長すぎると思ったと書いている。彼はそのタイトルを変え、決めたのは「禅仏教」という醜いものだった。だがその本はすばらしい。彼は無数の西洋人に禅の世界を紹介した。この本は途方もない貢献をしている。Osho「私が愛した本」p224
この本についてはすでにその表紙をアップしておいたが、私が手に取ったのは、1961年にロンドンの出版社から出た上記の本だった。この本の情報をもとめるためにググってみたが、ダイレクトにはこのヴァージョンについての画像は出てこず、他の情報がたくさんでてきた。表紙だけでも何種類もある。これだけ、多くの人々に愛されてきた一冊、ということになるだろう。
巻末には、この本についての脚注がある。
「鈴木大拙に禅を学んだイギリスの裁判官・著作家のクリスマス・ハンフリーズによる体系的な禅思想の研究書。」「私が愛した本」p264
Zenはどちらかというとカウンターカルチャー的な見方をされていたのかな、という思いがあったが、この著者はむしろ国家の中枢の側にいる立場であったようだ。それだけに、体制に与える影響力も大きかったのだろう。
Zen Buddhismという用語は別にハンフリーズの独創的な言葉ではないだろうし、大拙などの著書にも多く登場してくる。ここでは、Oshoにとっては、その本の内容がすばらしいだけに、タイトルも、もうちょっとひねってほしかった、ということなのだろう。
もともと本当はZenという用語でだって、真実は表すことはできないのだ。Buddhaにismをつけてしまったことにも納得しがたい面があるし、ismそのものがZenから外れている、と捉えることもできる。
20世紀の前半から中盤においては、やはり東洋思想を西洋世界に紹介する、という流れがあったわけだから、そのラベリングとしては「禅仏教」という呼び方は決して間違ってはいないし、それ以外になかったとさえ言える。しかし、その内容が少しづつ理解され、それを実践する人々が増えてきたとするなら、肝要な点は、その内容を生きることであり、そして、それを生きるということに注目した場合、「禅仏教」というコンセプトを脱ぎ捨てて、さらに純化された普遍性を表す言葉が求められてくる。
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