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2009/07/19

Zen Buddhism<3>

<2>よりつづく

Zb   
「Zen Buddhism」 <3>
Christmas Humphries 1999/01 Pilgrims Publishing,India ハードカバー 241p 言語 英語 初版1949年 1961年George Allen & Unwin, London発行の版を読んだ

 当ブログは、速読でもなければ多読でもなく、また精読でもない。たまたま手に取った本の存在を確認し、自分の中から湧いてきた何事かのメモを残しているに過ぎない。ブログを始めて、いつの頃からか、読書ブログになってしまったが、思えば、それまで長いこと読書も休んでいたので、読むべき本は山と積まれていた。

 だから、いざ読もうとすれば、勢い多読にならざるを得ず、遅れを取り戻そうとすると、そそっかしい速読にならざるを得ない。しかし、一辺では理解できず、あるいは、かなり面白くて、自分なりに精読しようと思い立つ本もある。忘れた頃にその重要性に気づいて再読ということもある。再々読、再々々読、という本も少なからずある。

 そのうち、座右の書、ともいうべき本も何冊かはでてきたが、多くはない。非常に乱脈な読書スタイルだが、今のところ、大きなマイナス要素はなさそうなので、このまま続けていこうと思う。

 この「Zen Buddism」は、英語本なので、私の得手とするところではない。ましてや、行きがかり上、速読気味になっているので、意味の取り違えなどの前に、大体何が書いてあるのか、という概略がつかめればそれでいい、という読み方をしている。だから、総体的な評価などできるわけはないのだが、それでもなお、ひととおり目を通したかぎり、今回なりのイメージをメモしておく。

 もともと1949年にロンドンで出た本だから、時代がかっている。日本の書籍だって、昭和24年発行の本を読むとすれば、それなりに覚悟しなければならない。その上、テーマは禅である。中国、韓国、日本の仏教を、特に禅を中心として英語圏に紹介しようという本だから、日本人の私が読むと、ひとつひとつの紹介の部分が、ややまどろっこしいものに思えてくるのは仕方ないことだ。そして、また、新たなる何かをここから学ぼうというより、もっと、客観的な事実を覚めて見ているようなところがあるので、やや本としては面白みに欠けてしまう。

 それでもなお、日本の文化として、その幾分かは身にしみて知っている禅・仏教について、英語で表現すればこういう形になるのか、ということを知る面白さは充分にある。ましてや、Oshoなどは、ダイレクトに日本語で禅を理解しているわけではなく、このような形で英語で紹介された文献から禅を引用していることもあるだろうから、その意味では、Oshoの言葉使いの、一般性と個性とが、すこし客観的に見えるような気もする。

 エンライトメントとか禅マスター、あるいは瞑想、などの基本的な言葉使いは、それぞれ、著者や本の性格によって違っているが、そのブレの中にあっても、結局はOshoが採用したスタイルが、どういう位置にあるのか、などという確認も、なかなか面白い。

 この本を今後、再読するチャンスがあるとすれば、それらの違いの中から、クリスマス・ハンフリーならどう表現していたか、という点が気になる時だろう。もっとも、彼は鈴木大拙の門下にあったわけで、生涯その道にあったとすれば、個性を出すと言っても限定されたものだったろう。

 正直言って、この本に精神的に啓発されるところは少ないが、その西洋からエキゾチックな東洋を見る視線自体が、こちら東洋側から見れば、それもまたエキゾチックだ、ということができる。すでに半世紀以上の時間が経過して、西洋&東洋という対比もすっかり変わりつつあるが、それでもなお、時間軸の中から、現代人として、この半世紀前の古書のエキゾチズムを楽しむことはできると思う。

 こういう本が、いろいろあったんだな、ということは確認した。

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