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2009/10/28

道路整備事業の大罪 道路は地方を救えない

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「道路整備事業の大罪」 道路は地方を救えない
服部圭郎 2009/8 洋泉社 新書 221p
Vol.2 No800★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 普段からあまりまともに政治的な話題に取り組んでいるわけでもないので、細かいことは分からないが、それでも最近の鳩山政権は、かなり亀井静香に揺さぶりをかけられているように思う。民主党に期待をして投票した有権者は、議席数でいえばわずか100分の1の国民新党のこの「活躍」をどう見ているのだろう。

 もっとも、自民党政権時代においても、連立の他党の閣僚がやたらと目立ったことは確かだった。このような夾雑音は民主党としても織り込み済みなのかどうか。少なくとも、亀井静香のルサンチマンがやたらと目につくこの頃である。

 さて、本書において、「道路」とは、高速道路や国道など国が関わる道路行政のことであろうし、「地方」とは、地方行政や地方経済ということになるだろう。大筋で本書の趣旨は山崎養世の「日本列島快走論」にも通じるところもあり、また八ッ場ダムなどのコンクリートものからの脱却問題ともつならなるところがある。

 個人的には、近くの生活道路はほとんどこれでいいと思っているし、近くに信号機さえ一か所増やしてもらえば、それ以上余計なリクエストはしないでもいいと思っている。むしろ、むかしの凸凹道やカエルが鳴いていた田んぼ道が懐かしいとさえ思う。だが、まだつながっていない高速道路は早く繋がらないかなぁ、と首を長くして期待して待っている区間もいくつかある。

 ただ、ETC1000円の旅などで、他所を走って思うことはいろいろある。高速道路の対面交通の話題があったが、あれも70キロ制限がついている限り、危なくて走れない、というものでもない。無人地域にムダとも思える広い道路が二本ついているのを見たりすると、はてこれは何のため、と考えたりもする。

 道路は地域住民のためばかりではなく、道路業者のためでもあるわけだから、一概にムダとばかりも言えないが、なるほど「道路は地方を救えない」という考え方にも一理ある。だが口当たりのいいキャッチフレーズだけで全てを解決するわけにはいかない。

 本書で書いたことは、学術的に見れば試論の域を出ないレベルである。だが道路を整備することで地方が活性化するというのは早計な考えである。p213

 このような「試論」が「政策」となり、実際に実施さえるには幾多の変遷があり、その本質はどこかに消え去ってしまうことがよくある。この本の主張は、地方が栄えるとは、人が栄えることであり、道路や車社会からの脱却こそ、より地方経済も栄えるということであろう。

 コンクリートから人へ、というメッセージとともに民主党が行おうとしている政治は、これから日本に何をもたらすのか、予断はできない。少なくとも自民党政権下では行われえなかったような政策が意欲的に試みられることだろう。しかし、実験的な短期間だけの試みならば、実質的な成果を上げることなく、「失敗」に終わる「実験」も多く出てきそうだ。

 むしろ、開腹手術の途中に政治がかわり、そのまま放置されてしまような事業もいろいろ出てきそうで心配だ。まずはともあれ、安定した雰囲気の中で、透明化した議論を踏まえて、確実な「改革」が進行していくことを期待する。 

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