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2009/11/03

インターネットが死ぬ日 そして、それを避けるには

インターネットが死ぬ日
「インターネットが死ぬ日」 そして、それを避けるには
ジョナサン・ジットレイン /井口耕二 2009/06 早川書房 新書 466p
Vol.2 No812★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆ 

インターネットを論じた、よくある手の本だが、煮詰めて言えば、つまり、現在の当ブログ的な枠組みで考えれば、クラウド・コンピューティングの行き過ぎを防ぎ、クラウド・ソーシングを強化せよ、ということになろう。しかし、複雑なのは、この二つが対抗する勢力として対峙し当ていることではなく、インターネット自体が特質として、この二つの側面を合わせ持っているということ。そのバランスが問われる。

 同一人物(スティーブ・ジョブス)がiPhoneとアップル2、両方を世の中に紹介したわけだが、その結果としてスタートした大変革の内容は大きく異なっている。発展する技術がまったく違うのだ。アップル2は本質的に生み出す力を持つ肥沃な技術である。プラットフォームであり、いじってみたいと多くの人が思う技術だった。(略)

 iPhoneの性格は真逆である。独創性を刺激することがなく、いわばやせた不毛な技術である。イノベーションを促進するプラットフォームではなく、すべてがきっちりと決められている。機能はすべて決められ、ロックされている。p7

 そもそもインターネットとは何か、が問われる。著者がその成功例としてリナックスやウィキペディアを挙げるように、つまりは、その可能性と危険性の中で生まれてくる芸術品たちに対する信頼こそがインターネットそのものである、と言っているようだ。

 インターネットとパソコンは、過去に成功をもたらした特性を持つがゆえに弱体化しつつある。混沌とした設計であったからこそ情報革命は起きたわけだが、インターネットがあらゆるところに浸透した結果、そこから大きく外れる部分が生まれた。そして、反革命的なこの動きにより、革新と混乱を生む肥沃なインターネットからアプライアンス型ネットワークへと移動するユーザーが増えているのだ。インターネットの力強さを残しつつ、インターネットの革新する力を大きく制限し、かつ、よきにつけあしきにつけ管理性を強化したネットワークへだ。p17

 一般論としてのクラウド・コンピューティング化は、過渡的な反動と見ることができるだろう。絶対に単純な端末化した貧相なパソコンを好む人間オンリーになることはないだろうし、ネット上の冒険者たちの姿がなくなることもないだろう。しかし、現在のインターネットのスパムの増加や構造的な混沌は、次第にピークへ向かいつつあるようにも感じられる。

 オープンなインターネットの進歩を停止させ、パソコン通信サービスの時代へと逆戻りすれば、ウィキペディアを初めとする、生みだす力を持った組織が生まれるチャンスも減ってしまう。p121

 最近、ふと気づいてみれば、日本SNSの草分けキヌガサや、テクノクラティ日本版の閉鎖がひっそりと進んでいる。さまざまなサービスが浮き沈みしていくのは仕方のないことだし、その結果、よいサービスが生まれているのだから、新陳代謝と考えれば、当然のことのようではあるが、その分野の独り勝ちが進み、囲い込み、管理強化につながっていく姿は、あまり好ましいものとは思えない。

 インターネットとパソコンの歴史をmると、ITが大きく進歩したとき、先頭に立っていたのは市場のことなど考えもしないアマチュアであり、大小の企業市場モデルが何度も好機を逃してきたことがわかる。p153

 次第にインターネットもパソコンもブラックボックス化しつつあり、もはや、その仕組みを手にとってわかる人間はすくなくなってきた。すくなくとも私なんぞは最初からよくわからなかったが、「分かるかもしれない」という可能性を秘めていた。しかし、現在花型になりつつあるサービスは、ほとんどが一方的な享受型の受け取り型のサービスで、消費だけが先行し、生産がしにくくなっているように感じられる。

 ひも付きアプライアンスやロックダウンパソコンへのシフトが進めば、サイバー法関連でずっと続いてきた問題にも少しづつ影響が出るだろう。問題の多くは、オンラインの活動から被害を受けた、あるいは受けたと思っている人とサイバースペースで自由に活動したい考える人が争っているものだからだ。p186

 当ブログはどちらかというと、サイバースペースで自由に活動したい派に軍配を上げる。

 オープンなパソコンとインターネットの限界、そして、XOに関するおそれは、貢献と革新について驚くほどのオープン性を持ち、だからこそ成功したシステムに何が起こり得るのかちう普遍的なケーススタディだと考えるべきだろう。成功ゆえに発生した問題に対し、その成功をもたらした力をなくすことなく対抗するにはどうしたらいいか、なのだ。p446

 そのいくつかの具体的な対策案がこの本に提示されている。しかし、いままでの、必ずしも長くもないその歴史を振り返ってみると、決して想像内で物事が進んでいったことは少ない。とんでもない横波が来る。だから、このパソコンやインターネットは未来において、現在では想像し得ないような発展を遂げる可能性は十分ある。あるいは、もちろん、失敗し形骸化して生命力を失ったものにもなりうる。

 しかし、大きく構えれば、それでいいのではないだろうか。死ぬ可能性があるからこそ、生きようとする。それはまるで、生命の本質と同じ構造を持っているように思う。最後は人間そのものであり、生命そのもの、意識そのものがテーマとなるだろう。

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