宇宙で暮らす道具学
「宇宙で暮らす道具学」
宇宙建築研究会 /松村秀一 2009/08 雲母書房 単行本 205p
Vol.2 No815★★★★★ ★★★★☆ ★★★☆☆
当ブログ2.0の半年の書き込みに対するアクセス数を見てみると、数は決して多くないのだが、コンスタントに上位に位置しているのが「テラフォーミング」に対するものだ。このテーマに関する本は、この一回しか書き込んでいないのに、これだけの関心があるのはどうしたことだろう、といつも不思議に思う。ロングテール現象のひとつであろうか。
テラフォーミングとは、基本的に人類が生活する環境にない、地球以外の星々を、人類が住める環境にかえてしまおうというプロジェクトだが、この「宇宙で暮らす道具学」に通じるところがある。道具学、といえば、当ブログでかつて触れた「おまるから始まる道具学」とさえつながってくるかもしれない。
オバマが大統領選挙に当選してからすでに1年が経過したが、アフガニスタンの戦争は泥沼から抜け出す気配がない。オバマは、教育問題、医療保険問題、グリーン・ニューディールを大きな政策の柱に掲げている。そして、ふたたび月面に人間を届けようという提言も行っている。戦争より宇宙旅行のほうがいいに決まっているのだが、現実はなかなか複雑だ。
アーサー・C・クラークの「20001年 宇宙の旅」の世界も、ふと考えてみれば、ほとんど現実になりつつあるのではないか。コンピュータHALの「意識」の目覚めの問題も、まっとうに、まじめに論じられている。テラフォーミングも、宇宙で暮らす道具学も、現在ではまだすこし非現実的ではあるが、まったく絵空事、ということではない。何かのきっかけさえあれば、地球人たちの意識は、これからさらに「宇宙」に向かい始めることは大いにあり得る。
宇宙という特殊な環境条件が生んだ哲学として、「無形の哲学」を挙げておきたい。宇宙への挑戦は、すなわち重量との格闘といってもいい。地球の重力を振り切る宇宙速度を、いかに生み出すかにかかっている。そのためには、不必要な重量を可能な限り排除し、また必要なもんですら切り詰める決断も必要である。「無形の哲学」とは、必要なものを形や重量のあるものとして宇宙空間へと運び出すのではなく、食料品を種子のまま、建築材料を地球の祖とにある物質で賄うといった、重量のあるものを知恵によって削除したり置き換える哲学である。p62
意識には、形も重量もないし、宇宙空間でも十分存在できそうだ。
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