ナルツィスとゴルトムント ヘッセ
「ヘルマン・ヘッセ全集(第14巻)」 ナルツィスとゴルトムント
ヘルマン・ヘッセ /日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 2007/08 臨川書店 全集・双書 331p
Vol.2 No883★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆
ヘッセの世界を知るのなら、ぜひともこの「ナルツィスとゴルトムント」を読んでみたい。今回全集を各巻パラパラとめくりながら、読みたいけどどうしても読めなかったものに「荒野の狼」があった。また、この「ナルツィスとゴルトムント」も、内容もだが、量的にもかなりの長編なので、小説が苦手な私には、簡単に読むことはできない。
量的には「ガラス玉遊戯」とほぼ同じくらいあるのではないか。前回このブログの中でブッキング版「ガラス玉演戯」を読んだ時も、読了するのに三週間ほどかかったので、こちらの一文も、それくらいのスパンで考えないといけない。
なにも小説は急いで読まなくてならないものでもない。読めるタイミングがきたら、ゆっくりと味わいながら、読み進めたいものだと思う。
さて、当ブログにおける「表現からアートへ」カテゴリもついに三ケタになった。通常、当ブログのカテゴリは、同時進行的に3つほど存在し、それぞれのカテゴリの記事数が108になったところで、ヒトくくりにして残していく、というスタイルになっている。
今回も、あと残るヘッセのいくつかの作品や本をめくったりしていれば、やがてこのカテゴリも108になるだろう。そろそろ締めにかかる時期に来ている。はて、このカテゴリはどんな形で終わるのだろう。
洋の東西を通じたひとつの人間性を追求したヘッセ。深く共感しながら、その「人間」にこだわるところに、ヘッセらしさがあり、また、ヘッセらしい「限界」があるとも、見ることができる。精神分析的に、暗闇のなかを深く照らしだそうとするヘッセの作品世界をさまよいながら、深い思索を重ねることも可能だろうが、本来、ゴータマ・シッダールタが到達したとされる「ブッタ」の境地に、あえて到達しまいとするかのヘッセがいるように思う。
ログ・ナビから当ブログに与えられたお題は「シッダールタ」であった。それは決してヘッセを意味しない。しかしながら、ゴータマ・シッダールタ、であることも直接的には意味していない。一つの可能性として大きいのは、やはりヘッセの「シッダールタ」であろう。
しかし、そこには「シッダールタ」はいずれ「ブッダ」になるのだ、という可能性が秘めている。やがて「ブッダ」になる「シッダールタ」にこそ、ログ・ナビは関心を寄せているのではないか。
とすると、どこまでも「シッダールタ」の地平にとどまろうとするヘッセの世界に、長く拘泥することは、当ブログの構成上、必ずしも得策とは言えない。もしヘッセのなかに「ブッダ」への道を見つけることができない、とすれば、ここはすこし距離をおきながら、また新しい旅へと出かけるべきなのであろう。
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