世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
村上春樹 1985/06・1999/05・2005/09 新潮社 単行本 618p (1999/05新装版を読んだ)
Vol.2 912★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆
さっそく巻末の「参考文献」にはバードランド・クーパー著「動物たちの考古学」の訳者として「牧村拓」の名前が見える。アナグラムとしての一種のお遊びだろうが、まぁ、あちこちにこのような仕掛けがあるところに村上作品の楽しみも増えるのだろう。そういえば小森健太朗の小説のどこかにも、このようなトリックというか余興がついていたような記憶がある。
「まさにまさに」と老人は言った。「まさにおっしゃるとおり。あんたは理解が速い。私の見込んだだけのことはある。おっしゃるとおりです。思考システムAは常に保持されておる。それがもう一方のフェイズではA’、A"・・・・・と間断なく変化しておるわけです。これはズボンの右のポケットにとまった時計を入れ、左ポケットに動く時計を入れておるのと同じことでありますな。必要に応じて、いつでも好きな方をとりだせる。これで一方の問題は解決します。
同じ原理でもう一方の問題もかたづけることが可能です。オリジナル思考システムAの表層レベルでの選択性をカット・オフにしておけばいいわけです。おわかりになりますかな?」p394
この記念碑的(多分)な作品が発表されたのは1985年。ということは、まさにこの作品は1984年当時に書かれていた、ということになるだろう。もっとも著者本人は、時代も空間も、とくに限定した、いつ、どこ、という形で規定していないので、かならずしもそう決めつけることはできないが、まぁ、そのようにわが身に引きつけてみたほうが、私には理解がしやすい。
1984~5年当時と言えば、私個人的には極めてイマジネーションが強い時代であったことはまちがいない。つまり端的に言うと「俺にはコミック雑誌なんかいらない」という時代だった。自分の中にストーリーが湧いてくる、というより、現実と「ストーリー」の境目が、微妙に崩れていて、「こっち」と「あっち」を行き来することができた時代とも言えるかも知れない。
もっとも、私の「あっち」の世界は、村上作品のような非リアリズム的な超「あっち」的な世界ではなかったが、それでも十分「あっち」だった。フィクションだと思えば、人間が30メートルジャンプするくらいなら当たり前だが、リアリズム系だと、通常の人間が3メートルジャンプするだけでも、極めて超常的だ。いや、ゆっくりであれば30センチ浮き上がるだけでも、なにかの「シンボル」にさえなるだろう。
だから、当時の私は、あまり小説を必要としていなかったし、フィクションとリアリティが混同するといけないので、むしろ、積極的な意味で「小説」を避けていたともいえる。自分の中に湧いてくる「イマジネーション」が、なにか外部からインプットされてでてくるものか、自らの中から湧いてくるものなのか。そこのところの見極めが、私にはとても大事な時代であった。だから、出版当時、私がこの小説を読んでいないのは当然のこととして、今でもあまり小説を読まないのは、そういう理由があるのだ、と自分に言い聞かせている。
こうして、1987年のリアリズム系の「ノルウェイの森」と、非リアリズム系の1985年の「世界の終りと・・・・・」の、どちらが好きか、と言われたら、私は基本的にリアリズム系のほうが好きだ。だが、「ノルウェイの森」ではあまりにも出口が狭すぎて、どっと肩から力が抜けてしまうような脱力感に襲われる。むしろ、非リアリズム系の「トンデモ」フィクションの中に遊んでいたほうが気が楽かもしれない。うむ、わからん。どっちも必要か。
この小説にはふたつ、ないし4つの世界が存在し、それが裏表の4つのパラレルワールドらしきものを展開する。表の表、表の裏、裏の表、裏の裏。それぞれに、「夢読み」、「影」、「計算士」、「やみくろ」が対応している。作者の意図がそうであったかどうかは不明だが、一読者としてはそう読みすすめると楽だ。
展開するストーリーにおいても、脳科学、コンピュータサイエンス、論理学、風俗、神秘文学、トンデモ世界、ポルノ、恋愛小説、哲学、心理学、などなどの要素が、要所要所で展開され、これだけの長編を最後まで引っ張っていく。作者はありきたりなシンボルを使いながら、それでもなおかつ独創的なオリジナルは概念をひねり出しては、独自の世界観を展開しようとする。そして、その行きつく先は・・・・。
「もう一度言うけれど、それだけじゃないんだ」と僕は言った。「僕はこの街を作りだしたのがいったい何ものかということを発見したんだ。だから僕はここに残る義務があり、責任があるんだ。君はこの街を作りだしたのがなにものなのか知りたくないのか?」
「知りたくないね」と影は言った。「俺は既にそれを知っているからだ。そんなことは前から知っていたんだ。この街を作ったのは君自身だよ。君が何もかもを作りあげたんだ。壁から川から森から図書館から門から冬から、何から何までだ。このたまりも、この雪もだ。それくらいのことは俺にもわかるんだよ」
「じゃ何故それをもっと早く教えてくれなかったんだ?」
「君に教えれば君はこんな風にここに残ったじゃないか。俺は君をどうしても外につれだしたかったんだ。君の生きるべき世界はちゃんと外にあるんだ」 p616
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