「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
村上春樹 /絵・安西水丸 2006/03 朝日新聞出版 ムックその他 205p
Vol.2 No894★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
出版は2006年なのでちょっと眼には新し目なのだが、実際はネット上「村上朝日堂ホームページ」1996/06~1999/11に寄せられた読者=アクセス者からのメールに返信を書く形で構成されている一冊。類書の「そうだ、村上さんに聞いてみよう」2000/08が好評だったので、余った材料で、もう一冊こしらえました、というフェイクな本なのかな。いやそんなこともないだろうが・・・。
このプロ野球のファン感謝デーにも似た、穏やかな雰囲気は、普段のペナントレースの真剣さを欠いたものだが、ファンにはこたえられない魅力のあるものなのだろう。村上春樹ファンに取り巻かれた村上春樹、という構造は、当ブログが追っかけしようと思う「クラウドソーシング」としての「ハルキワールド」とはかなり違う。
この本に書かれている質問は、実際にHPに寄せられた質問であろうが、どれひとつとして生のまま掲載されているものはないだろうし、場合によっては全文が編集者によってねつ造されたものだろう。二つの質問を寄せ集めたり、ある質問の一部分だけをとったり、うまく意趣替えをして、別な答えを村上春樹から取り出そうとしたりしているに違いない。
だから、ここに書かれている村上春樹を追っかけることは、当ブログにおいてはほとんど意味がないし、ここには村上春樹はいないだろう。
さはさりながら、330の質問はそれぞれに面白い。私なぞは、まずは車の話題を拾い読みをする。
1)、BMWとメルセデスの比較
2)、オープン2シーターの乗り心地
3)、ホンダS2000がほしい
4)、夏の2シーターの心得は?
5)、車の運転はどうしてあんなにむずかしい?
6)、有料道路の料金所でいらいらしますか?
という一連のクルマネタを拾い読みし、大体の人物像を想像する。「1Q84」でもそうだったが、トヨタクラウン・ロイヤルサルーンのタクシーとか、赤いスズキアルトの群馬ナンバーは、バンパーがへこんでいたとか、殺害すべきDV株屋男は、新車のジャガーに乗っているとか、まぁ、村上春樹は、超常的なストーリーを書きながら、卑近な小物をひっぱってきて、原寸大のリアリティを増加させようとする。
だから、これらの質問に対する答えは一連のフィクションのながれのなかで読まれるもので、村上春樹に「あなたはだれか」などと質問していることにはならない。むしろ、ここで得られる答えよりも、その質問している「群衆」たる村上ファンにこそ関心を持つが、これらの一群を理解するには、レヴェ=ストロースの文化人類学の手法でも持ってこないと理解できないだろう。すくなくともその雑多性は、「クラウドソーシング」と呼べるほどまでには高まっていまい。
次なる関心ごとは、パソコンネタだ。
1)、振袖かパソコンか
2)、マックを選ぶ生き方
3)、マックに追悼?
4)、ワープロか手書きか
5)、ホームページの現状
6)、マックユーザーの理由
7)、英文メールでの注意点は?
8)、メール友達ができない理由
9)、手書きからワープロにきりかえると、違和感は?
などなど、すでに10年以上の前の設定なので、質問自体が意味をなしていない部分もあるが、まぁ、大体の想像がつくような答えが書いてある。このへんも「ファン感謝デー」でしかないので、取り立ててなにも言うことはない。しかし、ひとつひとつの質問に「答えている」というファクターが、リアリティを盛り上げるのだろう。
その次は、ドストエフスキーへの言及だったり、当ブログが現在読み進めている「海辺のカフカ」についてのQ&Aだったりするが、そこはうまく斜め読みして、ネタばれ的なところは読まないようにする。「日本の読者から」の次は、「台湾の読者から」や「韓国からの読者から」へと続くが、この作家が最初からグローバルな読まれ方をしている、というところには、大いに着目しておく必要を感じる。時代性を国境を越えて体験しているとすると、そこには大きなクラウドソーシングのベースとなる「ハルキワールド」の基礎が作られつつあるからだ。
私は村上春樹「ファン」ではないので、この本は別に「ありがたい一冊」ではないが、彼はこういう読まれ方をしている、ということを記憶しておく必要はありそうだ。
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