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2010/01/23

謎とき村上春樹

謎とき村上春樹
「謎とき村上春樹」 
石原千秋 2007/12 光文社 新書 332p
Vol.2 926★★☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆

 2007年に出た比較的新しい解説本ではあるが、扱われている作品は、「風の歌を聴け」1979、「1973年のピンボール」1980、「羊をめぐる冒険」1982、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」1985、「ノルウェイの森」1987、のいわば前期的村上春樹の作品である。小説そのものについては、「それぞれの文庫の新しい版」p13を使い、論じているのは、1955年生まれの大学教授。

 僕が村上春樹を初めて読んだのは、病院のベッドの上でのことだった。p9

 僕がその売店でこの風変わりな小説を買ったのは1988年9月30日のことだ。p9

 夏目漱石を専門とするこの文学教授でも、必ずしも、発表と同時に村上作品を読み進めてきたわけではないようだ。年齢は私とほぼ同じ。違っても学年で二つ彼のほうが若いというくらいなので、この解説者と、ごくごく最近からの読者としての自分を並べてみて、なんとまぁ、読み方に違いがあるのだろう、とびっくりした。

 著者が耳の病気で入院している頃、私自身も交通事故で数カ月入院することになった体験があったので、なお、時代をだぶらせながら、互いの存在している空間の類似性と、相違性について考えていた。

 はっきりと言えば、今回「1Q84」でようやく、村上作品を読んでみようと思い立った程度の新参の読者でしかない私だが、もし、いちばんとっぱしに、この「謎とき 村上春樹」を読んだら、二度と小説なんぞ読むまいと誓ったに違いない。少なくとも、この解説本を村上春樹はどう読むだろうか。解説本や評論などは一切読まないとされている村上春樹だから、多分読まないだろうが、それが意外と、こういうひねくれた解説だからこそ、目を通しているかも知れない。

 ざっと考えると、前期的作品群と、中期的ノンフィクション的なアプローチを経て、後期的(あるいは現在的)作品群があるとするならば、ここで石原千秋は、2007年において、これら前期的作品群にターゲットを絞ったのはなぜなのだろうか。

 村上春樹は29歳まで小説を書いたことがない、とされているが、この前期的な作品群についての推測が仮に石原の図星であったとしても、であればなお、中期的なノンフィクション(つまり麻原集団についての考察だが)を経て、変貌を遂げた(であろう)後期的(あるいは現在的)作品群に言及しないのは、とても片手落ちのように思う。

 小説は小説なのだから、まずは「面白く」ストーリーを読むことが最初なわけで、それをあれこれ「文学」することは、それぞれの読者に与えられた「自由」であったとしても、ここで展開されている「謎とき」のようなものが、仮に有効なものとして活用されるなら、永遠にひとつの作品で遊べるに違いない。それはそれでいいのだが、はて、そこまで深読みしたり、めちゃくちゃに愛でることが、本当に小説を愛することになるのだろうか。

 当ブログの小説の読み方、なかんづく村上春樹作品の読み方は、やはりひねくれていて、もちろん中心たる村上作品を読むことは大事なことであるが、それにまつわる周辺を、作品と等価なものとして読み込んでみようと試みている最中なので、このような解説本があることについては、たいへん興味深い。この手の本をもっともっと読み込んでみようと思っている。

 しかし、それにしてもこの解説本は、かなり偏っているなぁ、というのが実感である。ここまで故事つける必要はあるのだろうか。それともうひとつ。村上春樹は、積極的に「時代」を読み込もうとしている。とくに「前期的」な作品の中ではその兆候が強い。その時代背景的な風景を愛している読者も多いだろうと想定しているのだが、そのあたりについての石原の「同時代人」としての言及がない。つまり、文学評論家として、学生たちに「文学」に興味を持たそうとしているのはわかるが、同時代人としての石原本人が見えてこないことに、どうも歯がゆい思いがした。

 「ホモソーシャル」などの視点からの村上作品へのアプローチも面白いことは面白いし、例によって、私なんぞの読解力では見落としているところのほうが多いのだろうが、しかしまぁ、ここまでして、小説というものが「解説」されなきゃいけないものなのかな、と、改めて首をかしげた。

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