‘THE SCRAP’ 懐かしの一九八〇年代 村上 春樹
「‘THE SCRAP’―懐かしの一九八〇年代」
村上 春樹 (著) 1987/01 文藝春秋 単行本: 219p
Vol.2 925★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
雑誌に連載されたのが1982年4月~1986年2月号であり、それらが編集されて出版されたのが1987年2月であったことを考えれば、「懐かしの一九八〇年代」と括ってしまうには、かなり中途半端な表現ということになる。全何巻とか、上中下巻とか、そのようなシリーズになっているのかも知れないが、そうでもなさそうだ。
どうしてこんなに長くつづけたかというと、理由は簡単で、書くのが楽しかったからだ。まず月に一回か二回「ナンバー」経由でアメリカの雑誌・新聞がドサッと送られてくる。送られてくるのは「エスクァイア」「ニューヨーカー」「ライフ」「ピープル」「ニューヨーク」「ローリング・ストーン」その他いろいろ、そして「ニューヨーク・タイムズ」日曜版である。僕はごろりと寝転んでパラパラと雑誌のページをめくり、面白そうな記事があるとスクラップして、それを日本語で原稿にまとめる。これで一丁あがり。
どうです、楽しそうに見えるでしょ? 実と言うと本当に楽なのだ。p1
村上作品には、その突拍子もないストーリーの展開を支える形で、さまざまな小道具たちが登場する。現代においてグローバルなポピュラリティを支えている一要素はこの小道具たちにもあることは多くの人々が語るところだ。もともとジャズバーを経営していて、ひろく音楽の要素が必要とされ、また日常的にその音楽を聴いていたとして、さらに、テレビを持たず、これらのアメリカの雑誌に日常的に触れることのできる環境があったところに、村上作品の土壌が熟成されていった、ということができるだろう。
当時著者は30代半ば、時代もアナーキーなバブルと突出していく前夜とみてもおかしくない時代。アメリカの雑誌から題材をとったアメリカンな話題が続く。「NY・ジャズ・クラブめぐり」、「アメリカ・マラソン事情」、「カレン・カーペンターの死」、「オリンピック・ユニホームについて」、「ニューヨークにおけるペットの死」、「コーラ戦争」、「グルメ・アイスクリーム」などなど。東京ディズニーランドの訪問記なども添えられている。
「ピープル」によれば、カレン・カーペンターの本当の恣意は彼女がいつも「グッドガール」でいなければならなかったというところにあるようである。カーペンター兄妹はしつけのしっかりした中産階級の家庭に生まれ、小さい頃から親に対して反抗ひとつできないまま成長し、成人してシンガーとして成功してからもそのようなしめつけから脱け出すことができなかった。あのリチャードはその鬱屈したエネルギーを妹に対してカリスマ的影響力を及ぼすことで解消できたが、カレンだけはそれをどこに持っていくこともできなかった。そのくせ誰も彼女に対して「グッドガール」であることを求めていた。p57「カレン・カーペンターの死」
芸能人やスターたちへの「精神分析」的アプローチは、当時はまだまだ珍しい時代だった。彼女の死は多くの話題を呼んだ。「マイケル・ジャクソンそっくりショー」などという文章も二回にわたって連載されている。当時の彼の人気がどれだけのものだったかよくわかる。テーマはさまざまだが、この本の中から、その後の村上作品につながってくるラインを発見する楽しみもあるだろう。
さてそれではどうすれば比較的楽に年をとえるか? あきらめることである、と「エスクァイヤ」は結論を下している。あきらめて相応の年齢を気持よく受け入れていくことである。どれだけつっぱってみても、老いはその取りぶんを確実に奪い去っていくのだ。p27「老いるとはどういうことか」
現在62才の著者は、今後この「老い」をテーマにどのように作品を展開するのか興味深いところだ。
吉祥寺で「ぐわらん堂」を経営していた村瀬春樹さんという人もいる。安西水丸画伯はこの村瀬春樹さんと知りあいで、僕が文芸誌で新人賞をとって新聞に名前が載ったとき、てっきりこの村瀬さんだと思いこんで「おめでとう」と電話したんだそうである。どうでもいいようなことだけれど、この方は実は僕の女房の大学時代のクラブの先輩であります。彼女に言わせると、あなたなんかよりずっとしっかりした立派なヒトなんだから、ということだけれども、そんなこと私は知らない。名前が似ているというだけで人間性まで比べて論じられるいわれはない。p209
ははは、やっぱりいたんだなぁ、ふたりの春樹を混同する人は。私なんぞも、以前に「ぐあらん堂」ものぞいていたこともあったりしたので、そのままずっと同一人物だと思い込んでいた。その違いに気付いたのは、実に数年前の話である。
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