雨天炎天 チャイと兵隊と羊―21日間トルコ一周
「雨天炎天」チャイと兵隊と羊―21日間トルコ一周
文・村上春樹/写真・村松映三1990/08 新潮社 2冊組/函入 p82
Vol.2 938★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆
トルコに来たら何をしよう、何をしたいという希望は殆どなかった。愛想のない話だけれど、ただトルコに来て車で回って土地や人々の姿を見てみたいと思っただけだった。でもあえて言うなら、もしできることならヴァン猫に会って、ヴァン湖で泳ぎたいと思っていた。それが僕のささやかな希望であった。でもそれもどうしてもというほどのものでもない。できたら、ということである。僕の希望というのは昔からだいたいその程度のものである。p62
どこに線引きをするかではあるが、トルコと日本じゃ、まったく対局に位置する文化や日常がある。どちらが極ということではなく、どちらも文化であり、日常である。日々、男と女が、大人と子供が、人間と動物たちが、山や川や湖が、空と大地、それらはまったく同じなのに、トルコと日本じゃ、まったく対局に位置するような、大きな違いがある。
そこに、装備満載の三菱パジェロと、あらゆるカメラ機材を積み、空手の達人のカメラマンを同行し、最初から、旅行記を書くための「旅」は、本来の旅とは、言えないのではないか、と思う。それは、どこか邪心が入っている。とくに作家・村上春樹のような人が、小説の材料になるかも知れない、などと思って旅することは、なんだか、許せない、と思ってしまわないわけではない。
日本を、あるいはよく知られた町を旅したら、村上春樹なら不思議ワールド仕立ての小説として表現するだろう。「日常」はあまりに日常すぎて、小説にならない。「日常」から非日常の世界へと自らの思いを馳せ、読む者を非日常へと道づれにする。
しかるに、トルコ人にとっての「日常」は、旅人・村上春樹の非日常だ。だから、目に見えるもの、触るもの聞こえるもの、すべてが珍しい。それらひとつひとつを描写すれば、それで村上小説の読者にとっては「非日常」的な作品として、消費されることになる。手法としては、ノンフィクションとか、ルポルタージュとか、旅行記と言われるものであろう。
たとえば「分け入っても分け入っても青い山」と山頭火がつぶやく時、あるいは「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」と芭蕉が辞世の句を残す時、おのずとその旅は、目に見える世界や、触って感じる世界からは、遠く離れたところを歩んでいる。何も、村上春樹ひとりに、その「旅」は嘘だ、と言っても始まらないが、なにはともあれ、ここでの旅は取材旅行であり、見るもの聞くものすべてが珍しいおのぼりさん的「旅」である、ということを明記しておかなくてはならない。
当ブログにおける三コン論に対応させておけば、コンテナとしての三菱パジェロと高機能カメラがあり、コンテンツとしての村上春樹とカメラマン松村映三があったとして、そこで完結してしまようでは、当ブログが一カ月の時間をかけて村上追っかけをしている意味はない。意味はない、とまでは極言しなくても、その意味は薄くなる。
この旅行記にどのようなコンシャスネスを見るのか。トルコという地平がなくても構わない。時代有数のアーティストたちの手を借りなくてもよい。コンシャスネスはコンシャスネスとして存在しており、そこにどのようにして入っていくか、ということだ。
整理しておこう。これから、トルコやギリシャに旅する可能性は、通常の人々、とくに私のような日本における地域的な職業人には、ほとんどない。そして、村上作品のような優れた旅行記に触れることができる人ばかりではない。ほとんどはその存在さえ知らない。また、その地を訪れ、その地で感じた人があったとしても、「それ」を必ずしも、このような文章や画像を含む、本として表現するとは限っていない。しかし、それでもコンシャスネスという地平はある。
つまり、ことコンシャスネスに至る道だけを考えるなら、旅するのはギリシャやトルコでなくても、もちろん構わない。文章ととして、あるいは写真として表現する必要も、本当はない。しかし、その人間にはコンシャスネスがある。だが、ダイレクトにコンシャスネス云々を述べたところで、必ずしも意のままに到達するとは限らない。結論としては、ギリシャやトルコへの村上春樹の旅行記を活用して、自らのコンシャス領域に入っていく道筋を見つけることは最良のことのようである。
休憩したときに、カフェなりチャイハネなりのテーブルでそれまでにあったことを逐一書きとめるようにする。次でどこで書けるかわからないし、書ける時に書いておかないと、どおで何があったかすぐ忘れてしまう。いろいろなことがあり、似たような町が続くので、前後が混乱してしまうのだ。旅行について何かを書くときには、とにかく何でもいいから細かいことをすぐにメモすることが肝要なのだ。p100
なにはともあれ、このような二冊組の旅行記を残してくれていることに感謝する。
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