村上春樹ワンダーランド
「村上春樹ワンダーランド」
宮脇俊文 2006/11 いそっぷ社 単行本 239p
Vol.2 942★★★★★ ★★★★★ ★★★★★
タイトルもお手軽だし、表紙も、中に綴じられているイラストや、画像も、カラフルなものが多いので、わりと軽めの本なのかな、と思ったが、これがなかなかハードパンチャーによるボディブローのように、横っ腹にドスンと来るような、一冊と言える。
この本を読んでいて、ああ、やっぱり私は村上春樹のことをぜんぜんわかってないな、と痛感した。おもなる長編小説のタイトルは大体年代順に言えるまでにはなったが、そのひとつひとつのストーリーだって、いろいろな読み方があるのだ。ましてや、各章に挟まれたエピソードのひとつひとつなど、完全に見逃している可能性がある。
短編やエッセイに至っては、あれ、今まで私は一体何を読んでいただろう、と思うくらい、着眼点がちがう。翻訳や、インタビュー記事に至っては、まったくノーチェックだったし、今後も手が伸びそうにないが、その辺までが、コンパクトにまとめられているこの本は、とても貴重な一冊に思える。発行年が2006年なので「1Q84」については触れられていないが、それを補ってあまりある全体性がある。
ひとつには永年、著者が作家・村上春樹を愛読してきたことがベースになっているが、数年後輩とは言え、おなじ学生寮を住まいにしていたという体験があったりすることが大きな要因にもなっている。あるいは、もっと、感性的に、村上に近いのではないだろうか。
(略)もうひとつの大きな理由として、村上がアメリカに住んでいたということを挙げている。日本では常に「独立した個人」になることに必至になっていたが、アメリカでは「個人であるというのは、もう前提条件」だから、「個人になりたいという意思というのはそこでは何も意味を持たない」ことに気づいたという。したがって、「逆に、個人でありながら、そこからどう発展していけるかというところに意識が移る」といっている。そこに、三部を書きはじめたきっかけがあったと回想している。p220「新潮」1995/11 「ねじまき鳥クロニクル」についてのインタビュー記事より
著者は私と同じ学年なので、ほぼ同じような時代背景の中で青春時代をおくっていることになる。もちろん地域も違えば、方向性も大いに違っていたようだから、当時、どこかで出会っても、友達になった可能性などは、かなり低い。だから、この本に表現されているような村上作品への「のめりこみ」はこの人特有のものであろうと思うし、私がこれまで、とくに村上春樹に特別の感慨をもたずに生きてきたことに、なんの負い目はない。だが、それにしても、ここまで愛せる世界を持てた人、という意味では、うらやましい。
なぜ外国で受け入れられるかについて、次のように自己分析している---「僕の作品がある程度外国で受け入れられているとしたら、それはやはり、僕が日本人であること、日本の作家であるということに対して意識的だからだと思いますよ。外国に行って、たとえば朗読会なんかやって話をすると、僕の日本的なものというのに対する質問が多いです。僕がグローバルであるということよりは、僕が日本的であるということに対する興味が大きい。こほどニュートラルな文体で物語を書きながら、どうしようもなくその物語の質が日本的であるということに対して外国の人はかなり意識しているみたいな気がする」。227p「文學会」2003/04インタビュー記事より
英語への翻訳を多く手掛けているジェイ・ルービンは、著書のなかで、論争的なミヨシ・マサオの表現を紹介している。
村上が陳列するのは、「異国情緒あふれる日本のインターナショナル・バージョン」である。村上は「日本に心を奪われている。もっと正確に言えば、海外バイヤーたちが日本に見出したがっていると[村上が]考えているものに心奪われているのだ」とミヨシは言う。ジェイルービン「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」p16
どうもこの辺の両面からの評価を考えてみると、村上春樹のグローバルなポピュラリティというものは、地球サイズの平均値、というものではなくて、「クールジャパン」や「カワイイ」文化へとつながってくる、日本のもっている異国情緒の外国市場への進出、ということになってしまうのだろうか。なるほど、そう考えることはできる。村上本人の言葉からも、そのように理解してもいいだろう。
だから、もし、村上春樹や、この本の著者のような存在に注目しつつも、当ブログが、どうもいまいち、自分が求めているものは、もうちょっと違うものだな、と感じるとすれば、その理由は、この辺にあるように思う。One Earth One Humanity。グローバルなスピリチュアリティとは、異国情緒であったり、バイヤーたちがやり取りする市場原理のできごとではない。もっと本源的なものであるはずなのだ。
なにはともあれ、宮脇俊文は決して多作な作家ではないが、数少ない著書の中にこの「村上春樹ワンダーランド」を持っているところに、いかにこの作家を愛しているのかを推し量ることができる。私のような新参者へのナビゲーションとしては、ベスト本の一冊だ。
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