こころの生態系-日本と日本人、再生の条件<1>
「こころの生態系」日本と日本人、再生の条件 <1>
河合 隼雄 (著), 中沢 新一 (著), 小林 康夫 (著), 田坂 広志 (著) 2000/10 講談社 単行本: 220p
Vol.2 971★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
なにもこんな古い本を取り出してくることもないとは思うのだが、それなりに意図はある。中沢新一の最新刊は「思想家 河合隼雄」という。この本を読もうと思うのだが、どうも中沢にしても、河合にしても、当ブログとしては、ミッシングリンクが長すぎる。
中沢に関しては、ひととおり追っかけを終了しているのだが、どうも納得感がない。みごとにこちらの関心をそらし続けられて、すり抜けられてしまっている、という感じがつきまとう。河合については、日本における「臨床心理」というものを根付かせることに尽力された立役者というイメージはあるが、かと言って、まだ追っかけをするところまで気分は盛り上がっていない。
そんなわけで、昨日読んだ「ブッダの夢―河合隼雄と中沢新一の対話」とともに、この「こころの生態系」でなんとか、アウトラインを形成しようとしているわけである。とくに、この河合と中沢のコラボレーションが目下のお目当てである。
当ブログは「クラウドソーシング」が気になっていた。アクセスログ解析から、当ブログへのアクセスをより分けていくと、「フロイト 精神分析」、「シッダルタ」、「グルジェフ」というキーワードが多いことが気になった。そこで、フロイト、ヘッセ、グルジェフ+ウスペンスキーを「再読」してみようと思った。
フロイトは最初から読み進めていはいなかったが、最近になって「精神分析学の手引きブックガイド50冊」を手がかりに、いざフロイト島へ、と意気込んだが、なかなかエンジンがかからなかった。そこで、どうやらフロイトの流れを継承しているであろうと推測した北山修追っかけに変更した。追っかけはそれほど難しくはなかったが、どうも時代とマッチしていないことが再確認できたにとどまった。
ヘッセについては追っかけ中であるが、さらに新しく全集がでたために新たなるヘッセをお楽しみ中である。文学(小説)というジャンルで言うと、現代日本においたら誰だろう、と思って、村上春樹追っかけもしてみた。こちらもまた「1Q84」を中心として、進行中ではあるが、つまり、「謎解き」は完結しない可能性が高い。
さて、グルジェフ+ウスペンスキーだが、こちらも本の存在を確認するという意味では追っかけは終了しているが、内容的な読み込みは、むしろこれからの再読、再々読、にかかっていると言える。さらには、それらは、当ブログなりの「ブッタ達の心理学」探しの旅へ連なっていくはずなのだが、こちらもなかなか手がつかない。
そこで、フロイト---北山修、ヘッセ---村上春樹、という安直なリンクを張るとしたら、グルジェフ+ウスペンスキーに対応させるのは、河合+中沢あたりになるだろうか、などと、網を張っているところであった。ちょっと毛色は違うが、ケン・ウィルバーも気になるところである。
当ブログは、自らを「意識をめぐる読書ブログ」と規定している。「読書」は近場の公立図書館から借りてきてお気軽に読める本を中心に読む、ということにしている。「ブログ」は、あまたあるサービスの中でも、誰でもお手軽に使える無料サービスではあるが、できればアクセスログ解析がもっとも優れたものであってほしい、という期待がある。
さて、「意識」についてであるが、なかなかこちらについては、細かな規定が進んでいない。曖昧模糊としている。「意識とはなにか」というブックリストを追っかけてみようかとも一時思ったが、どうもいまいちニュアンスが違う。「意識」という単語でさえ適切であるかどうか、定かではない。今後は、ここに切り込みを積極的に入れていく必要がある。
そういったプロセスの中での河合と中沢のコラボレーションにちょっとだけ関心が戻ってきたところでの、この「こころの生態系」という本との出会いである。
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