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2010/02/19

村上春樹、河合隼雄に会いにいく <2>

<1>よりつづく 
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「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」 <2>
河合 隼雄 (著), 村上春樹 (著) 1996/12 岩波書店 単行本 198p

 この本を最初に読んだのは、当ブログがスタートした直後であり、すでに3年が経過している。あの時点では村上春樹なんて小説家のことなんかまるで関心はなかったが、ひととおりの村上春樹追っかけを終了した現在では、もうカマトトぶってばかりはいられない。とにかくこの3年で、当ブログも一巡してきたことになる。

 対談が行われたのは1995年11月。何度もこだわってきたが、いわゆる「19Q5」年であることに留意すべきであろう。作家・村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」第三部まで書き終えた時点であり、心理療法家・河合隼雄はその小説をも飲み込む形で話を「受ける」。

河合 (略)「ねじまき鳥クロニクル」の場合は、二巻で終わりとしてストラクチャーを考えるか、三巻で終わりと考えるかという問題が出てきますが、ぼくが考えるに、とくに三巻まで考えに入れたらすごい構造を持っていますし、そのうえ、まだ不可解なところが残されています。ですからこういう調子でいかれたら、またつぎができると、そう思いましたね。

村上 ただ、ぼくが「ねじまき鳥クロニクル」に関して感ずるのは、何がどういう意味を持っているのかということが、自分でもまったくわからないということなのです。これまで書いてきたどの小説にもまして、わからない。
 たとえば、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、かなり同じような手法で書いたものではあるのですが、ある程度、自分ではどういうことかということは、つかめていたような気がするのです。
 今回ばかりは、自分でも何がなんだかよくわからないのです。たとえば、どうしてこういう行動が出てくるのか、それがどいう意味を持っているのかということが、書いている本人にもわからない。それはぼくにとって大きいことだったし、それだけに、エネルギーを使わざるをえなかったということだと思うのです。
p113

 「ねじまき鳥~」については別途書いたので、ここには細かくは書かない。ただ、心理療法家・河合隼雄の前ではこのように述懐しているけれど、作家・村上春樹がこのように自分の作品を述べることはそう多くないことと思われる。

村上 なぜ小説を書き始めたのかというと、なぜだかぼくもよくわからないのですが、ある日突然書きたくなったのです。(略)
 その最初の作品が「羊をめぐる冒険」という長編です。ぼくの場合は、作品がだんだん長くなってきた。長くしないと、物語というのはぼくにとって成立しえないのです。(略)
 そういうふうに物語をつくっていると、どんどんどんどん長くなっていくんですよ。そういうふうにして「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」まできた。
 それから自分がもう一段大きくなるためには、リアリズムの文体をこのあたりでしっかりと身につけなくてはならないと思って、「ノルウェイの森」を書いたんです。これが日本を出て書いた最初の長編小説です。
 そして「ねじまき鳥クロニクル」はぼくにとってはほんとうに転換点だったのです。物語をやりだしてからは、物語が物語であるだけでうれしかったんですね。ぼくはたぶんそれで第二ステップまで行ったと思うのです。
 「ねじまき鳥クロニクル」はぼくにとっては第三ステップなのです。
p64

 ことしのお正月休みにようやく重い腰を上げて村上ワールドを読み始めた当ブログのような読書においては、すでに解決済みの問題を今頃追いかけている、というような可笑しな状況が生れているかもしれない。しかし、ここで、河合が「ですからこういう調子でいかれたら、またつぎができると、そう思いましたね」と発言しているのが、何やら興味深い。この調子ででてきたものひとつが、昨年200Q年にでた「1Q84」ということになるだろう。

 この対談において、村上は「暴力」をなぜ書くかについて語り、それを受ける形で河合は容認的に受ける。あるいはやんわりと挑発さえする。

村上 今回のオウムの事件でも、評論家の中には、「フィクションが現実に負けた」と言う人がよくいますね。でも、ぼくはそうは思わないのです。結局、オウムの事件をそのままフィクションにしても、これはだれも読まないでしょうね、装置そのものがあまりにも粗雑にすぎて、小説としてなんの説得力もない。だから、この場合フィクションが現実に負けたという言い方は成り立たないと思うんです。ほんとうは事実とフィクションは永遠の補完関係にあるはずです。勝ち負けじゃなくて。でも、そういう単純化した言い方で、多くの人が納得しちゃうんですよね。p128

 かの麻原集団事件を、たんに1995年に発覚したものとして捉えずに、1984年の教団設立以来、あるいは、さらにはその背景を考慮すれば、「フィクションVS現実」などという単純比較はできないだろうが、ただ、ここでは村上は、「フィクションが現実に負けた」発言を否定している、ということだけはメモしておく。

村上 夢を見ないものなのですか、別の形で出していると。

河合 やっぱり見にくいでしょうね。とくに「ねじまき鳥クロニクル」のような物語を書かれているときは、もう現実生活と物語を書くことが完全にパラレルにあるのでしょうからね。だから、見る必要がないのだと思います。書いておられるうえにもう無理に夢なんか見たりしていたら大変ですよ。
p159

 夢を見る。あるいは、なにか他の表現方法、活動方法をとっていれば、かの麻原集団のような事件を起こさないで済んだはずだ、という発言は、「現実」が起こったあとなら、誰でも言える。小説家や心理療法家が、ましてや「プロ」を自称する人々が、もっと前から指摘することが可能だったら、あの悲惨な事件は起きなかったのか。

 そのことでとやかく言う必要はもう感じないが、すくなくとも、ここでの矛盾点がいずれ村上が「1Q84」を「書かされる」ことになる一因になっているはずである。河合については、このあと、2,3の関連本を読む予定。

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