アメリカ 村上春樹と江藤淳の帰還
「アメリカ 」 村上春樹と江藤淳の帰還
坪内 祐三 2007/12 扶桑社 ハードカバー 225p
Vol.2 952★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆
著者は1958年生れ、文芸評論家。07年に出版された本ではあるが、収録されているのは03~06年当時に雑誌等に書かれた8つ程の文章。「アメリカ」というタイトルが重く、江藤淳の名前もあるので、どこか社会学的で理が勝った一冊であろう、という思いが、最後の最後まで、この本に手が伸びなかった理由である。
しかるに、一旦読み始めてみれば、60年代、あるいは戦前戦後からの歴史背景のなかで、村上春樹がどのような小説を書いてきたかを、自らの視座から書きとめているのであり、後半になって登場する江藤淳の評論活動と、きわどくリンクし損ねた村上春樹をリンクしなおして、戦後日本にのしかかる幻影としての「アメリカ」を問う、という形になっている。
もちろん、そこでは、日本の論壇が中心に論じられているのであり、問われているのは、国家としての日本であり、文化としての日本人である。数日前、91歳で亡くなったサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を、村上春樹が「キャッチャー・イン・ザ・ライ」として翻訳しなおしたことを捉えて、日本から見るアメリカと、アメリカで見るアメリカ、そしてアメリカで見る日本から、日本で見る日本へと、視点を変えながら、時代を問う。
彼(村上)のアメリカ憧憬は、もはや逃避家の幻想ではなく、陳腐な現実となった。アメリカのショッピングモールで買物をし、ペーパーバックやロックンロールでしか知らなかった町にも行ってみた。思い描いていたものは、その魅力を失ってしまったことに気付いた。「ジム・モリソンはアメリカで聞くのと日本で聞くのでは大違いだ」と彼は言う。西洋は隠喩の神秘性を失ってうんざりするものになってしまった。p54
1995年を契機に村上は日本に「帰還」するのだが、一方の江藤淳は62年にロックフェラー財団の招きでアメリカに留学し、63年に一時「帰還」した。
江藤淳はアメリカに暮らし、そこで、日本を(幻の日本を)を発見した。
それは皮肉なパラドックスを含んでいる。
幻の日本、と書いたように、江藤淳は、アメリカで、一種の脱日本人化したからこそ、日本を発見したのである。p162
江藤淳は70年代の日本の文藝の選考委員となり、村上龍を批判し、田中康夫を強く支持p174した。
話はいきなり変わるが、この一週間ほど、中国当局とGoogleの「検閲」をめぐる激突が表面化した。Googleは急拡大する中国市場にこのまま参入し続けたいが、「検閲」されつづけることに「理念」の破たんを感じている。一方の中国当局は、国家体制の上からも言論統制は絶対必要であるとしつつ、対外的に「自由」がない中国を、あまり明確にしたくない。
当ブログの村上春樹追っかけは、まもなく終了する。最初「表現からアートへ」カテゴリで始まった一連の読書は、途中から「クラウドソーシング」へと雪崩込んできた。しかし、もともとこのカテゴリも「クラウド・コンピューティング」から途中で名前を変更したものだ。そして、ここでいったん追っかけを減速させるにしても、テーマそのものは少しづつ変質させながら、続けていきたい。
残っているのは「私は誰か」と「地球人として生きる」の二つのカテゴリだ。どちらもあと2~30の空きしかないが、ここからは「地球人として生きる」カテゴリの中で、村上春樹を読んでいきたいと思う。日本の芥川賞や直木賞をこそ逃したもの、カフカ賞やエルサレム賞を受賞するなど海外での評価も高くなり、つぎなる賞も期待されている村上春樹である。
しかし、賞取りプロジェクトはとりあえずとして、ここまで追っかけてきているクラウドソーシングとしての「ハルキワールド」は、本当にグローバルなポピュラリティをかち得ているのだろうか、という問題が残っている。日本の戦後文化論や、60年代以降の対抗文化としての文学論で語られるのであれば、どこまでも「地球人として生きる」というカテゴリにははまり切れないだろうと予想される。
しかし、ここは「地球人として生きる」という視座から、もういちど「ハルキワールド」を問い直してみる必要はあるだろう。とりもなおさず「地球人」という概念の捉えなおしとともに、「生きる」という意味も考えなくてはならない。
そもそも小説を書く、という行為は「生きる」ことになっているのか。あるいは一作家の「小説」を好き勝手に論じているだけで、それは「生きる」ことを意味しているのか。ちょっとバブリーな雰囲気を残しながら、バーチャルワールドの仮想世界のような世界が展開する一小説にうつつをぬかし、目の前にある戦争や環境問題や経済、あるいは政治に対する姿勢を明確にしないまま、「文学」にふけることは、「地球人として生きる」行為足りえているのか。
そんな問題意識をさらに培養してくれそうなのが、この「アメリカ 村上春樹と江藤淳の帰還」である。
| 固定リンク
「45)クラウドソーシング」カテゴリの記事
- 中国行きのスロウ・ボート(2010.02.03)
- 村上春樹にご用心 <4>(2010.02.02)
- 村上春樹と物語の条件(2010.02.02)
- アメリカ 村上春樹と江藤淳の帰還(2010.02.01)
- 村上春樹の二元的世界(2010.02.01)
コメント