思想家 河合隼雄
「思想家 河合隼雄」
中沢新一 /河合俊雄・編 2009/10 岩波書店 単行本 228p
Vol.2 972★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
この本、中沢新一のあの調子の本なのかな、と勘違いしていた。「思想家 河合隼雄」というタイトルだって、ちょっと、うがった中沢調に思えていた。しかし、これは姉妹編「療法家 河合隼雄」と対となる複数の著者たちによる編集本だった。河合俊雄は、河合隼雄の息子。
中沢 僕やとくに河合俊雄先生は、これから一生を賭して体系化の作業をしなければいけないはめに陥ったわけですけれど、それはマイスターを目に前にするという幸運を得た人間の宿命ではないかと感じます。p15
ここでのマイスターは、マスター、と読み替えてもいいだろう。それほどまでに河合隼雄を高く評価することができるということは素晴らしいことだが、例によって、中沢の「はったり」でなければいいが。
2004年に河合隼雄がバルセロナにおける学会で行った講演「アッシジの聖フランチェスコと日本の明恵上人」が面白い。そこまで類似した存在が、洋の東西に同時代に生きてていたというのは、大発見、という気がする。
養老 河合さんは脳については、面と向かってはほとんど何も言われませんでした。もう一つは日本人論です。日本人論はある程度されているけれども、私が一番聞きたかったのは、戦争のことです。それもほとんど出ていません。恐らく両方ともしまっておられた。関心がないはずがないし、考えないはずはないけれども、あまり表に出ていない気がします。p147「河合隼雄と言葉」養老猛司
なるほど、そうしてみると、「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」の中で、戦後の戦争を知らない世代であるはずの村上が、一生懸命ノモンハンについて調べ書いていることについて語っているのに、河合は割と淡々と「受けて」いたことも、意味あることに思えてくる。1931年生れの河合、終戦当時14歳。その「戦争体験」はどんなものだっただろう。
最近でた本ではあるが、河合隼雄やユングを知ろうとするなら、この書ではなく、他書に依ったほうが、早いであろう。これは副読本だ。
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