その男ゾルバ<5>
<4>よりつづく
「その男ゾルバ」 <5>
ニコス・カザンザキス (著), 秋山 健 (翻訳) 1967/08 恒文社 単行本: 387p
今回、ゾルバを読みなおしてみて、なんだか、物悲しさだけが際立った感じがする。いや、読みなおしたというより、今まで読んでいなかったのだろう。陽気でにぎやかなゾルバだけをイメージしていて、その裏の部分を敢えて読み飛ばしていたのではなかっただろうか。
彼は私の方を振り向くと、いった。
「わしはおまえさんに、わしらがどこから来て、どこへ行くもんか教えてもらいてえんでさあ。この何年もの間、おまえさんは夢中になって不思議な魔法の本を読んでなさるが、もう紙を50トンぐれえもかじりなさったに違えねぇ! それで、そんなかから何をみつけたんですかい?」
そのゾルバの聲には烈しい苦悩すら感じられたので、私はひどく心苦しかった。何とか彼の満足のいくような答えがしてやれたらいいのだが! p327
久しぶりにビデオでもゾルバを見たくなった。幸い、近くの図書館にはゾルバがある。さっそく借りてきた。ふとYoutubeでもあるかな、と思ったら、なんと、あった。「Zorba el griego 1/14」。もともと英語版ではあるが、スペイン語の字幕がなんとも愉快。14分割されているが、ほとんどフルサイズと思われる。いつまであるか分からないので、さっそく貼り付けておく。
私は自分の友人たちに、しばしばこの偉大な人物について話してやった。私たちは、この粗野な男のもつ、理性よりも深い、誇り高い、自信にみちた態度に敬服した。私たちが長い間の努力の結果、やっと到達する精神的な高みへ、ゾルバはひととびで到達してしまうのだ。すると、私たちは、「ゾルバは偉大な人物だ!」という。時として彼がその高みのはるか彼方へとび超えてしまうことがある。そんな時、私たちは、「ゾルバは気が狂った」というに違いない。p370
久しぶりにゾルバを読みなおして、初めて読んだような気がした。
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