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2010/02/20

ブッダの夢―河合隼雄と中沢新一の対話 <2>

<1>よりつづく
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「ブッダの夢」 河合隼雄と中沢新一の対話 <2>
河合 隼雄 (著), 中沢 新一 (著) 1998/01 朝日新聞社 単行本: 237p
★★☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆ 

 当ブログにおける目下のテーマは「ブッタ達の心理学」であり、すでにいくつかの仕込みは終えていて、さらに積み上げるべき資材の在り処もだいたい目安がついている。最後の仕上げの状態もほぼイメージできるところまで来ている。

 直線的にそちらに進んでいけばいいのだが、なかなかそうはならない。なぜかというと、すでにこの段階で「ブッタ達の心理学」というテーマそのものが破たんしていることに気がついてしまっているからだ。あるいは、最初からわかっていながら、ボロ船に乗って、ありえない幻の島を求めて航海をし始めてしまっている、ともいえる。

 なぜにそのような愚かな行為をしているのか、と言えば、まぁ、それが人生というものだからだ、というしかない。幻の島に辿り着こうとしながら、本当の宝島を偶然発見する可能性はゼロではない。それにいかに幻の島とは言え、「ブッタ達の心理学」というテーマは、なんと魅力的な芳香を漂わせているではないか。

 この本も再読である。しかも「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」と同じくほぼ3年ぶりに戻ってきたのであった。再読とはいうものの、当ブログのような粗い読書では、まったく新たな読書と同じようなもので、はぁ、こんなことが書いてあったんだ、という新発見の連続だ。なるほど、なるほど、と読み落としていたところがやたらと目につく。だけど、本の印象というものはそれほど変わらない。いかに速読とは言え、その価値そのものはズバリ直視してしまっている可能性がある。

 この本、雑誌に掲載された対談が再構成されて一冊にされているもので、加工という意味では、限りなく手が入れられたあとの「作品」である。なので、雑味は取り除かれているのであろうが、それでも、なお、対談者たちが醸し出す乱反射な方向性が読者に落ち着かないイメージを与えるのではないだろうか。

 河合の心理学はすでにユングの領域をはみ出していて、いわゆる河合心理学になっているのであり、中沢ペディアはあいも変わらず、話題を360度方向にふりまきながら、自ら悦に入っている。この本自体も「ブッタ達の心理学」をテーマにしているはずなのだが、やはり、テーマそのものが破たんしているので、どこにも辿り着かない。たんに雑誌の対談スペースを埋めたという、夜店における裸電球の下だけの輝きにとどまっている。

 前半の「心理学」の部分については、正直言って、河合の箱庭療法なんてものは、末永蒼生らの「自由想画法」に置き換えることが可能だと思うし、ユングも、日本に限らず、世界的潮流から考えても、ちょっと時代遅れになっているのではないか、と思うところが多い。もちろんフロイトはさらに前現代的だが。

 中沢の「ブッタ達」についても、結局は足元がしっかりしていないので、どんな話をしても、すぐ「ブッ倒れて」しまう。自ら、嘘つき、道草、フェイクと語っているのだから、それ以上の深追いをする必要はないのだが、この本の出た1998年という時代や、対談が行われた90年代前半という時代性を考慮しても、やはり、雑誌の対談を再録しました、という事実以上の感動はない。

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