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2010年3月の93件の記事

2010/03/31

バール・シェム OSHO「私が愛した本」<67>

<66>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <67
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「バール・シェム」  

 7番目。きわめて伝統的な、正当的ユダヤ教の中にさえ、わずかだが完全に光明を得た導師がいることは知られていない。光明を超えて行った者さえいる。そのうちのひとりがバール・シェム・トフだ。この人を仲間に入れなかったことで、私は自分を許すことができない。そして許しを乞える相手はいない。

 バール・シェム・トフとは、彼が住んでいた町の名前だ。その名前は、単に「トフの町から来たバール・シェム」の意味だ。だから彼のことはただバール・シェムと呼ぶことにする。彼については話したことがある。ハシディズムについて話したとき、本質的なことで触れなかったことは何ひとつないからだ。私はタオについて、禅について、スーフィズムについて、ハシディズムについて語った。私はいかなる伝統の人間でもないから、自分で決めたどんな方向にでも行く自由がある。私には地図すら要らない。もう一度思い出そう。

 来ては去る
 滝に跡なく
 行くあてもなし

 バール・シェム・トフは、論文など書かなかった。論文とは、神秘主義の世界では汚い言葉だ。だが彼はたくさんの美しい物語を語った。それがあまりすばらしいから、みんながこの人の人となりを味わえるように、ほんの一例として、その中のひとつを話してみたいと思う。

 ある女性がバール・シェムの所にやって来る。この女性には子どもがなく、子どもを欲しがっている。彼女はこう言ってたえずバール・シェムを手こずらせた。

 「あなたが私を祝福してくだされば、どんなことでも可能です。どうか私を祝福してください。私は子どもがほしいのです」

 ついに、うんざりして---そうだ、バール・シェムでさえ、口やかましい女性にはうんざりすることがある---彼は言う。

 「男の子がほしいのかね。それとも女の子かね?」

 喜色満面になって、その女性は言う。

 「もちろん、男の子です」

 バール・シェムは言った。

 「ではこの話しを聴きなさい。私の母にも子どもがなかった。そこで母は、自分を祝福してくれるようにとしつこく町のラビを手こずらせ頼みこんだ。ついにそのラビは、『美しい盃をひとつ私の所に持って来なさい』と言った。私の母は、美しい盃をひとつ作って、そのラビの所へ行った。

 その盃はたいそう美しく、バール・シェムの母親はこう言った。

 『どんな褒美もいりません。この盃の中に見えるあなたのお姿の美しさだけで充分です。今は感謝の気持ちでいっぱいです。あなたが礼をおっしゃる必要はありません。私があなたに感謝しているのですから。ありがとうございます、ラビさま』

 そして私の母は去った。こうして母は身籠った」とバール・シェムは言った。「そして私が生れたのだ」

 その女性は言った。

 「すごいわ。では明日、私は美しい盃を持ってまいります」

 次の日、彼女は非常に美しい盃を持って現れた。バール・シェムはそれを受け取ったが、「ありがとう」とすら言わなかった。その女性はずっと待っていたが、ついに「子どものことはどうなるのですか?」と言った。

 バール・シェムは言った。

 「子どものことなど忘れなさい。あの盃はとても美しい。あなたのお陰だ。あなたにはお礼を言わなければならない。私が話したあの話を覚えているかね? その女性は何も褒美を望まなかった。だからその女は子どもを身籠った。それも私のような子どもをね」---バール・シェムのような子どもをだ。

 「だがあなたは何かを手に入れるつもりでやって来た。この盃ひとつで、あなたはバール・シェムのような子どもを望むというのかね? そんなことは全部忘れることだ。そして二度とここに来てはいけない、二度と」

 寓話でしか言えないことがたくさんある。バール・シェムが言っているのは根本法則だ。「求めなければ与えられる」と。求めないこと---それが基本的な条件だ。

 バール・シェムの物語から起こったハシディズムは、かつて起こった中でも最も美しい開花だ。ユダヤ人はハシディズムに匹敵するようなことを他に何もしていない。ハシディズムは小さな流れだが、いまだに生きており、いまだに流れている。OSHO「私が愛した本」 p79

<68>につづく

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2010/03/30

MA TZU, the Empty Mirror OSHO<1>

Matzu_3Ma Tzu, the Empty Mirror <1>
OSHO (Author) September 1988 Publisher: Rebel Pub. House Hardcover: 10 pages Language: English
Vol.2 No.1014★★★★★(残り10冊)
Osho最後のZENシリーズ目次 

 Ma Tzu uses the word "mind", but you have to understand that his "mind" means "empty mind", a mind which is emptiness..........

 Empty mind is the origin of all -- all the dharmas, every name, all beings. Empty mind is the foundation of all things.

 Realizing that empty mind is the foundation of all things .... all that you have to do is to throw away all the furniture that you have gathered in your mind. It is all junk. It is destroying your precious spaciousness. OSHO back flap

 

<2>につづく

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2010/03/29

バガヴァッド・ギーター<5>

<4>よりつづく
バガヴァッド・ギーター
「バガヴァッド・ギーター」 <5>
鎧淳 2008/03 講談社  文庫 275p

 「オーム」と、一音節の聖者を発し、われを(心中に)想起しつつ、身を離れ、逝くひとは、無上の帰趨に趣く。p99

 神々に帰依するものは神々に適き、父祖たちに帰依するものは父祖に適く。庶物を祀るものは庶物に適き、また、われを祀るもの、われに来たる。p108

 いずれにもあれ、まさに威力あり、壮麗にして、力強きもの、そは、ことごとく、わが威光の一分より生じたりと、そなた暁悟すべし。p119

 かくも恐ろしきこのわが姿を見、そなたに動揺あるべからず。心惑いもあるべからず。怖れを去り、心和みて、そなたは、ここにふたたび、かの、わが姿をば見よ。p131

 無依無着、妻子、家庭等に恋着せざること、かつ好事悪事の到来に、つねに心平等不違なること。p140

 肉体を生ぜしむるこの三重の素因を超越せるひとは、生、死、老、苦(の諸悪)より解き放たれ、不死を亨く。p149

 かの怨敵はわれによりて討たる。他(の敵)も、われ討つべし。われは主。われは享受者。われは成功者。われは強力にして、幸運なり。p159

 そは、肉体を具するものの、隈なく行為を抛つを得ざればなり。けだし、行為の功果を抛捨するひと、そが、(真に)抛捨するひとと呼ばる。p170

 重ねて、われより、一切のうち、最奥の秘儀、比類なき言葉を聴くべし。そなたは、確かとわが愛づるもの。されば、そなたに良きこと告げん。p180

<6>につづく  

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コメンタリー モーリス・ニコル OSHO「私が愛した本」<66>

<65>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <66
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「コメンタリー」モーリス・ニコル
 
 
6番目・・・・6番目の本はふたたび「コメンタリー」と呼ばれる。モーリス・ニコルによる5巻本の大変な作品だ。(中略)

 ニコルはグルジェフの弟子だった。しかもウスペンスキーと違って、彼は決して裏切らなかった。彼はユダではなかった。グルジェフが最後の息を引き取るまで、そして息を引き取ってからも真の弟子だった。ニコルの「コメンタリー」は膨大だ。あれを読んだ者など誰もいないと思う。何千ページもある・・・・・しかしその面倒をあえて厭わないなら、大いに益するところがある。私の意見では、ニコルの「コメンタリー」は、この世の最上の本のひとつに数えられるべきものだと思う。Osho「私が愛した本」 p146

<67>につづく

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2010/03/28

HYAKUJO ; The Everest of Zen OSHO

Hyakujo_2HYAKUJO; The Everest of Zen  
OSHO(Author), Ma Dhyan Sagar (Editor) September 1989 Publisher: Rebel Publishing House Hardcover: 192 pages Language: English

Vol.2 No.1013★★★★★(残り11冊) 
Osho最後のZENシリーズ目次  

 Basho is one of the greatest poets in the world. His greatness is not in his poetry--there are far greater poets as far as the composition  of poetry is concerned. His greateness is that his poetry is not just verbiage, is not just putting words together according to a certain pattern, his poetry is an experience.

 Hyakujo never wrote any poetry. His approach is very prose and direct, and the haikus supplement what is missing in the prose, Bhasho expressed himself very graphically. His experiences are more paintings than poetry. And his undersutanding is --and I agree with him -- that where prose fails, poetry may succeed. Poetry has a more feminine way, more subtle, more graceful, of entering into the heart, I have put together two great masters. Both are Himalayan peaks, and togetherer they are going to create a tremendous harmony.OSHO back flap

continued to <2>

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バガヴァッド・ギーター<4>

<3>よりつづく
バガヴァッド・ギーター
「バガヴァッド・ギーター」 <4>
鎧淳 2008/03 講談社  文庫 275p
Vol.2 No.1012★★★★★(残り12冊)

 われ勝利をば欲せじ、クリシュナよ。また王権も愉楽をも。われら王権もていかにせん、ゴーヴィンダよ。歓楽もて、また生き永らえていかにせん。p35

 危機に際し、この臆気、いず方よりか、アルジュナよ、そなたのうちに生じ来たれる。そは卑賤なるもののならい、天上界に導かず、恥辱をもたらす。p39

 常住にして不滅、無量無辺なる霊魂の、これなる肉体は、限りありといわる。されば、戦うがよし、----バラタの獅子よ----。p43

 ヨーガに立ち、執着を抛ち、強運の士よ、成不成に等しく、行為をなせ。平等心が「ヨーガ」といわる。p49

 そは、強運の士よ、行為は心の修練より、はるかに劣ればなり。心に拠りどころを求めよ。功果を動機とするものたちは、憐れむべし。p49

 (ヨーガを)修せざるものに智慧なく、また(ヨーガを)修せざるものに静思なし。さらに静思せざるものに、寂静なし。寂静なきものに、安祥いずれよりかあらん。p52

 ひと、知識ありとも、己の本性にしたがい四肢を動かす。万物、(その)本性に帰す。抑止、(ここに、)なにおかなさんや。p61

 これなる往古のヨーガを、いま、われ、そなたに宣示せり。そなたはわが愛(め)づるもの、また、友なれば、そは、これ、無上の奥義なるゆえ。p64

 内官もて、一切の行為を捨離せるに、霊魂は大主として、九門の城邑に安座し、一塵も動かさず、一相をやぶらしむこともなし。p75

 一切のうちにわれを見、またわがうちに一切を見るひとにとり、われは失わるることなく、またわれにとり、そのひと失われることなし。p84

 また、純性、激性、暗性の性ある諸状態は、ただわれにのみ(発す)と知るべし。されど、われ、かれらのうちに在るにあらず、かれら、わが内にあり。p91

 老、死より解脱せんがため、われに依り恃み、精進する人びとは、隈なくかの梵を、また最高の自己と、行為一切とを知る。p94

 

Arjuna_2 OSHOトランスフォーメーション・タロット 53 遊び

 なにをやっていようとも、それはゲームだということを覚えておきましょう。自分の役割を遊ぶことです。もしそれが戦いだったら、そのときには戦いましょう。中心に定まったままでいることです。深刻になる必要はありません。ただ遊ぶだけでいいのです! 戦争は始まらなければならなかった。両方の軍隊が対峙して、互いに殺し合いを始めることができるように、合図がなされるのをまさに待っていた。アルジュナは何百万もの人びとを見て、少し動揺した。彼は考えた。「これはばかげている。王国のためというだけで、ただ王になるというだけで、何百万もの人びとを殺すだけの価値はない」。この考えがあまりにも深くさし込んだために、彼は自分の有名な弓を捨てて、クリシュナに伝えた――クリシュナは彼の御者、彼の戦車の御者だった――。彼はクリシュナに伝えた。「戦車の向きを変えてください。私をジャングルに連れてゆき、そこに置き去りにしてください。私は世界を放棄したい。私はもうこの王国は欲しくはないし、戦いたくはない」

 クリシュナは彼と議論した。これはお前の義務だ、お前は臆病者だ、これは現実逃避だ、と彼を納得させた。そしてついに、クリシュナは彼を戦わせた……。

 彼はアルジュナに言った。「それは神によって決められている――戦争は起こることになっている、避けることはできない。お前が逃げても、ほかの誰かがお前にとって代わらなければならないだろう。それでも戦争は起こることになっている。だから心配することはない、お前は口実にすぎない。お前がこの人びとを殺しているのではない。この人びとは殺されなければならないと神がすでに決めたのだ。そしてこの人びとは、宗教を救うために殺されなければならない。この人びとは、平和のために殺されなければならない。お前はそれをやらなければならない――それはお前の義務だ!」 そして、彼は偉大な論旨を与える。彼は言う。「そして、覚えておくがいい、お前が人を殺すとき……」。が、これはもっとも危険な論旨だ。彼は言う。「お前が人を殺すとき、お前はその人の身体しか殺さない。魂は殺されていない。魂は永遠だ。だから、なぜ心配することがる? 彼は再び生まれるだろう。彼は別の身体を、実際には新しい身体をもつだろう。お前は古いモデルを取り去り、その人は新しいモデルを得ることになる。魂は永遠だからだ」  Osho GUIDA SPIRITUALE, pp.228-229

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色はことのは Feel the colors <2>

<1>よりつづく
色はことのは
「色はことのは」 Feel the colors <2>
末永蒼生・文 /内藤忠行・写真 2003/10 幻冬舎  単行本 159p

 人類学には、バーリンとケイによる色名についての有名な調査がある。それによれば、世界のどんな文化どんな種族においても、まず、白、黒、赤の色名が順次出現する共通性があるという。もしも、人間の色彩意識ともいうべきものが、この三つの色名から始まったとするなら、そのことは何を意味しているのだろうか。

 それは、人間がこの世界を知るために名づけなければならなかったものの優先順位を、図らずも語っているように思える。いうまでもなく、白と黒は光と闇の象徴、そして、次に現れるのが火の色であり、血の色でもある赤。人間が物の色として最初に名づけたのは赤だったのだ。私たちの祖先は、赤から色彩の旅を始めた。p011

 白、黒、赤。ケン・ウィルバーの「意識のレベル」におけるカラーリングもまずは「赤」から始まるところが興味深い。まずはこのあたりから、相互リンクが起こってくるだろうか。

 赤、人間がこの色を驚きとともに初めて心に刻んだのは、火を目撃した時ではなかっただろうか。人類は火の色を見て畏怖の念の感情とともに「赤」と名づけたにちがいない。日本語の「赤」という文字も「大」と「火」を組み合わせる。 p016

 まるで赤い火に吸い寄せられるような人の群れを見ていると、人々が火の力を通して神々への信仰を深めてきたことが感じられる。赤く燃え上がる火の神に感応して、人々は自らの生命力をも解き放つのだ。赤という色は、人間に強い刺激を与える。なぜ赤が天然の興奮剤になるのであろうか。p016

 赤はもっとも呪術的な色として人間生活の中で定着してきたといえそうだ。この赤は今なお私たちの視覚中枢を刺激し、交感神経を揺さぶる。交通信号の赤ランプが緊張を与え、祝い事に飾られる赤が気分を高揚させるのだ。p017

 古代文明の権力者が、自らの地位のシンボルとして太陽を用いることが多かったのも、このような太陽信仰が影響しているのだと思う。そこには必ずといっていいほど、太陽の赤である鮮やかな赤が使われたのである。p023

 人間の勇気や力を喚起する呪術的な色であるという”赤信仰”は広く世界に見られる。特に、力の誇示をしなければならない闘いの場面では、普遍的といっていいほど「赤」が出現する。p026

 人間に潜在する力を引き出し、勇気を高める赤の力は、時を超え文化を超えて、人の本能が太古から知っていた「闘いのシグナル」なのだろう。p027

 私が、これまでにもっとも心揺り動かされたもの一つが、インドの「ホーリー祭」だ。ヒンドゥー教三大祭りの一つで、2月から3月にかけての満月の夜に、春の到来を祝い収穫を祈るこの祭典は、叙事詩「マハーバーラタ」に従って、クリシュナ神をたたえる。

 見知らぬ他人であれ旅行者であれ、相手構わず色の粉が降ってくる。女が男に、子どもが大人に、高位のカーストの主人に使用人が遠慮なく色を振りまくのだ。(略)

 まさに”色の祭典”! 色によって解き放たれたインド人の熱狂ぶりは想像以上のものだった。p035

<3>へつづく

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NANSEN : The Point Of Departure OSHO

Nansen NANSEN : The Point Of Departure
OSHO oct,1988 Publisher: REBEL PUBL Hardcover p198
Vol.2 No.1011★★★★★(残り13冊)
Osho最後のZENシリーズ目次 

 NANSEN is a tremendous departure from the past spirituality, accepting secular and sacred as together, one--two aspects of one reality.

 My love for Nansen is immense because of this understanding that the earth and the sky are not separate--are not  separable--and both should  be enjoyed. My own understanding is the same. I want the earth and the sky to be together. Only in their togetherness is wholeness; only in their togetherness is a joy, is a fulfillment. BUddha alone is half, Zorba alone is half, and unless they are together they can never whole. OSHO back flap

to be continued to <2>

 

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インテグラル・スピリチュアリティ<7>

<6>よりつづく  
インテグラル・スピリチュアリティ
「インテグラル・スピリチュアリティ」 <7>
ケン・ウィルバー /松永太郎 春秋社 2008/02 単行本 469p

 偉大なる叡智の伝統は、良い解決策を提供している。たとえば3000年前のチャクラ・システムから始まっている。それは虹の色を使う方法である。それはいつも自然な秩序で並んでいる。「レッド」「イエロー」「オレンジ」「グリーン」「ターコイス」「ブルー」「インディゴ」「ヴァイオレット」・・・・・チャクラそれ自体、「レッド」から始まり、「イエロー」へ上昇し、「グリーン」「ブルー」「パープル」、そして透明な光の虚空(清浄光)」(クリアーライト)へ消えていく。

 ナンバーや名前を使うのに加え、私は、この古代の伝統である虹の色をY軸に用いる。それは山の高度としての発達していくレベルである。図2.4に私はそれぞれ特定の発達ラインを示しておいた。認知のラインでは、ビアジェを低次に、マイケル・コモンズとフランシス・リチャードを中間段階に、オーロビンドを高次においた。  p102

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 チャクラという考え自体、決して科学的な取り組みにでもないし、色としてとらえることも、必らずしも主流ではない。ここで、あえてウィルバーがこのようにとらえたということは、メモしておく必要がある。そして、これらの色に対するコンセプティングを抑えておかないと、ある時点からウィルバーは読めなくなる。
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<8>につづく

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DOGEN, the Zen Master: A Search and a Fulfillment OSHO

Dogen_3DOGEN, the Zen Master: A Search and a Fulfillment
OSHO August 1988 ,The Rebel Publishing House Pvt. Ltd. Hardcover 196p., Language(s) : English
Vol.2 No.1010★★★★★(残り14冊)
Osho最後のZENシリーズ目次  

 DOGEN is saying that forms don't change into other forms. Winter remains winter, summer remains summer, but something inner moves from one climate to another climate which is beyond birth and beyond death, which is beyond life, which simple is.

 You can give it any shape, any form, but you cannot take away its isness.

 This isness is the greatest discovery of the East. The West has missed it completely. OSHO back flap

つづく

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2010/03/27

「私をかけのぼる朝顔」川端由継+橋本一枝(ミーラ) <1>

Meela_2  誌画集私をかけのぼる朝顔Blossoming <1>
      
川端由継/詩 橋本一枝/画 2000/09 公和印刷 
        Vol.2 No.1009

 Osho最後のZENシリーズの手持ちの英語本だけでもアップしようと思った。そして、その一方、色や形についての波が押し寄せてきた。考えてみれば、ZENシリーズの装丁は、しかもその裏表紙はmeera(橋本一枝)の絵で飾られている。Oshoの顔表紙も悪くはないが、決して目新しくはない。その点、meeraの絵は、あらためて見つめるととても新鮮。そう言えば、meeraの画集があった。

 meeraは、77年に私がプーナに行った時、すでにそこにいた。彼女のアパートに遊びに行ったこともある。その時すでに、一群の作品群があった。その後、彼女のアートグループがハプンした。多くの人が彼女の影響を受けた。

 90年に私たちのエリアでアートグループがハプンしたこともある。その時のリーダーはもちろんmeera。すごいエネルギッシュなグループだった。2000年になって、サッチャン(川端)と一緒に、またやってきた。その時、この画集は私のもとに届いた。 

 「私をかけのぼる朝顔」。ちょっと考えると、スパイラル・ダンスを連想するようなタイトルだ。

朝顔がわたしのなかをかけのぼって
新鮮な香りと彩りが溶け合う内奥で花開く
何処かであった風景なのだろうか

谷間を風に乗って
牧歌が響き
草の露は目覚めのなかで
きらめき
子牛たちは大地を
跳ね廻り
透きとおる音が
こだまする

こだまする朝の道
わたしをかけのぼる朝顔
朝顔のなかで露が落ちるように花開く
どこでもない
ここ

反歌

戯れし
朝顔落ちて
満月夜          
道 6 (朝顔の家) 

<2>につづく 

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2010/03/26

Zen: The Diamond Thunderbolt  OSHO <1>

Thunderbolt
Zen: The Diamond Thunderbolt <1>
Osho (Author) July 1988  Publisher: Rebel Pub. House;  English Hardcover 269pages

Vol.2 No.1008★★★★★(残り16冊)
Osho最後のZENシリーズ目次 

Zen is the only path that has led thousands of people to the ultimate reality・・・
It is not a morality.
It never talks about right and wrong.
It dose not belong to the ordinary category of religions, it has no theology , no God, none of the nonsense questions that have troubled people for centuries.
It has reduces the whole of religiousness to a single point within you.

It is twenty-four carat gold, no mixture.

These small anecdotes are the most precious treasure.
No other language, no other religion  has reached to such a subtle understandeing - that a small story, utterly naked, undecorated, can become a pointer to the ultimate  truth.
OSHO front flap

A man is utterly  useless, his life has no meaning, his love is futile, if he himself is not aware who is residing in.
Of course, the body is not you, nor the mind; there is something else which is witnessing both the mind and the body.
To provake that witness is the whole art of any master, and these anecdotes are about great masters.
OSHO back flap

<2>につづく

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2010/03/25

色はことのは Feel the colors <1>

色はことのは
「色はことのは」 Feel the colors <1>
末永蒼生・文 /内藤忠行・写真 2003/10 幻冬舎  単行本 159p
Vol.2 No.1007(残り17冊)

 この本は、何の予備知識もなく、ただ図書館のリストの中のより近いほうの発行の本として借り出した本だった。この地味な表紙のために、読むのが後回しになっていた。ところが、実はこの本、意表を突くような、強烈な一冊だったのである。

 内藤忠行 写真家 1941年、東京・浅草生まれ。1964年よりマイルス・デイビスなどジャズの巨人を撮り始めると同時に彼らの表現にも惹かれ、それを写真に応用する。その独自の視点でアジア、アメリカ、アフリカ、など世界規模の取材を行った膨大な写真は、映像、造形、テキスタイルなど多様に発展している。(後略)p160著者紹介

 この本は、確かに末永蒼生の一冊でもあるが、この写真家・内藤忠行とのコラボレーションとして、むしろ、内藤の名前が前にこなくてはならないような一冊でさえある。私はどうしてもテキスト型のブログを展開してしまうが、実は、それはかなり片手落ちだと、いつも思っている。ビジュアルなものや音など、ネットの環境というものは、もっともっと活用できるはずなのである。

 だから、この本を評するのに、私のようなテキスト寄りの人間には、もう最初っから手に負えないのである。まぁ、とにかく、関心のある人は、この本を開いてみるしかない。ここには何にも転記することはできない。転記したからと言って、あの映像の中から言葉だけを取り出すことによって、一体何が伝わるというのか。

 ここであらためて、本のタイトルを見直してみる。「色はことのは」。色は言葉のようなメッセージを持っている、ということだろうか。

 自分の写真を振り返ってみるとずいぶんと色にこだわってきたなと思う。最初のテーマであったジャズをモノクロームで撮影したのは、黒人のセンスとスピリチュアリチュアルを表現するのにぴったりだと思ったから。というのはモノクローム写真はあんしんつワークで墨絵のようにデリケートな表現もでき、光の化学変化を熟知しそれを即効的にあやつれば、まだまだ無限の可能性が残されている。ジャズと墨絵、モノクローム写真、暗室ワークには共通する感覚が存在し、それは私の写真の根底に流れている。内藤 p158 

 英語タイトルもFeel the colors。なるほどと思う。もちろん、内藤の写真があっただけの一冊だったら、この本の価値もまた違ったものになってしまっていただろう。この二人のコラボレーションがあってこその、この一冊、というべきか。

 浄土の色彩を超えて

 チベット密教で行われる修法では、修行僧により砂絵マンダラが描かれる。マンダラは、仏が降臨する聖なる基地として意味を持っているのだ。

 まず、直径2メートルほどの円の中に四角と円の幾何学模様の線が墨打ちされる。それを数名の僧が取り囲み、細い鉄の筒に詰めた色の砂を注ぎながら図像を描いていく。読経、供物を捧げながら、朝から深夜まで、一週間通しで完成にいたるマンダラ制作は、まさに修行以外の何ものでもない。

 極彩色に彩られた豪華な絵は、色彩にも意味がある。黄、白、赤、黒、青の五正色は、それぞれに地、水、火、風、空の象徴だという。

 東西南北を意味する色を四方に配し、その中央に智慧を意味するための青の台座が置かれている。この知恵の座に仏が降り立って浄土が完成するのである。

 僧たちにとってこのマンダラをつくることは、教えを体得し、仏と一体になろうとする行為なのかもしれない。

 しかし、何といってもこのマンダラ修行の衝撃的なクライマックスは、儀式が終わるとともに精妙な砂絵が一気に崩されることである。

 鮮やかな砂絵は瞬く間に混ぜ合わされ、白っぽい砂の粒となって池に流される。その時の、若い修行僧の清らかな表情が、じつに印象的だ。

 おそらく、この修行の隠された意味は浄土を”作り出す”ことでなく、”捨て去る”ことにあるのではないだろうか。時間をかけ細密に描かれた美しいマンダラを崩すにはよほどの勇気が要りそうだ。

 これは、いわば執着を放棄するレッスンといったらいいだろうか。魂のセラピーとしては秀逸である。末永 p134

 ここまで、来て、ふと思う。当ブログ、第二期のインテグラルは、色曼荼羅の道へとつづいているのだろうか。

Photo_2

       「曼荼羅グラフィクス」田中公明

<2>につづく

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Zen: The Solitary Bird, the Cuckoo in the Forest OSHO <1>

Solitary_bird
Zen: The Solitary Bird, the Cuckoo in the Forest<1>
OSHO(Author), Ma Deva Sarito (Editor) 1988/11 Rebel Publishing House Hardcover 269 pages

Vol.2 No.1006★★★★★(残り18冊)
Osho最後のZENシリーズ目次  

Zen should never be understood as another philosophy.
It is an anti-philosophical attitube.
It is non-thinking, no-mind - just a straight penetration into reality.

Mind has a habit to go round and round.
Its existence is peripheral; only on your circumference does it exist.
The moment you jump towards your center it disappears.
It cannot go with you, within yourself .
It can go with you towards the farthest star - and it is a great companioin as far as objective  reserch is conderned.

But the same companion becomes the greatest barrier when you turn from the outside and start searching within.
Mind is the instrument for outside inquiry; no-mind is the opening of the door of your inner world.
You are not just the body and you are not just the mind.

You are much more, you are a mystery that can never be reduced to any language.
These anecdotes are efforts to bring to your notice this inexplicable, inexpressible reality of your inner world.

You will have to be very loving, very careful in undersitanding these strange dialogues, because the language seems to be the same as we use but hidden between the words and between the lines there is a different poetry, a different song, which we are not accustomed to. OSHO cover flap

<2>につづく

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絵が伝える子どもの心とSOS

絵が伝える子どもの心とSOS
「絵が伝える子どもの心とSOS
末永蒼生 2010/02 講談社 単行本 111p
Vol.2 No.1005★★★★★(残り19冊)

 今年になってからの出版だから、一連の末永本の最新刊ということになろうか。10年前に同じ講談社から出た「答えは子どもの絵の中に」(当ブログ未読)と対になっているようで、それからの実践をまとめたものとされる。

 子どものように無心になると表現されることもあるが、もちろん子どもにも心はある。いや、むしろ、心を十分豊かに育てなければならない。この末永メソッドが必ずしも「トランスパーソナル心理学」の範疇に入らないのは、トランスではなく、プレの分野を多く扱っているからだろうか。「超」個というより「前」個と言える。

 テーマは3~17歳程度の、アトリエに通っている子どもたちの絵であり、また、その年代の子どもたちを育てている親の世代のための本である。とくにちょっと悩める話題を持っている若い母親向けに作られている本なので、薄く、きれいで、文章も読みやすい。そして話題はあくまでも具体的。もちろん、十分にプライバシーは守られているので、多少のぼかしやデフォルメはあるに違いない。

 それでも、一読して思うことは、末永蒼生という人は文章が上手だなぁ、ということ。この人の描いた絵は残念ながら一枚も見たことないが、この40年間文章は読んできたから、なんとなくわかるが、とにかく、一貫して分かりやすい文章を書く人だ。そして、優しすぎない。ポイントはキチンと押さえてある。

 子どもの絵を通しながら、実際には大人の心がいやされているのではないか、とさえ思う。すでに子育てを終えてしまった私のような世代でも、この本を読んでいると、なにかホッとするものを感じるし、もし孫でも生れたら、こんなことあんなこと気遣ってあげなくてはな、と思う。

 ただ、実際に、自分が子育て中の時、これほど、自分の子どもの絵に向かい合っていただろうか。むしろ、絵を媒介にせずとも、子どもからのメッセージは、もっともっと、別な形でたくさん発信されているのではないだろうか。言葉であり、態度であり、あるいは周囲の他の大人からの指摘の場合もある。

 子どもにとっては、自由に絵を描いたり、粘土をいじったり、工作したり、あるいはアトリエで何もしないで時間を過ごす、ということは、自らの心を練り上げるにはよい機会になるに違いない。もちろん、絵ばっかりではなく、スポーツや、音楽や、ほかの習い事もたくさんあるだろう。単純に考えれば、ひたすらゲームソフトと一日中遊んでいるよりかはずっといいように思う。

 ただ、本来で言えば、このような「遊び」は、もっともっと自由にどこでもできたはずなのだ。このような形でアトリエでカウンセラーつきで行われなければならないような環境にあるということも、現代社会の姿の一面なのであろう。

 巻末の「子育てに役立つ絵の見かた」p97には、赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫、黒、白、などの意味について語られている。もともと私がアサリ式で習った時代のものと変わっていないが、その表現はすっかり洗練されて、もとの文章を思い出すことができないくらいに新しい現代的なものになっている。配色や形、モチーフなどにも触れているが、ここでは「原理」的なものは何も提示されていない。むしろそうであってしかるべきに思う。

 私はこの本を読んで、すぐに適用するような子どもがそばにいるわけではないが、子育て中の身近な知人達のことを考えてみる。彼らは、子どもとして、大人として、どんなSOSを発しているのだろう。そんなことを考えていると、結構、自分自身がSOSを発していることに気付く。いや、むしろ、年度末の多忙期に、あれこれ振り回されている自分が一番危機状況にあるのではないか、と、ひとり苦笑する。

 そういえば、ずいぶんと萎縮しているなぁ。もっと、子ども心に帰って、自由に絵を描くような気分で生きなければなぁ、と反省する。

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2010/03/24

Zen: The Quantum Leap from Mind to No-mind OSHO <1>

Quantum_leap_2
Zen: The Quantum Leap from Mind to No-mind<1>
OSHO(Author) Swami Anand Robin (Editor) Nov 1988 Publisher: Rebel Publishing House Hardcover 258 pages
Vol.2 No.1004★★★★★(残り20冊)
Osho最後のZENシリーズ目次 

 

Zen is festive, it is not scholarly.
It condemns scholars as deeply as possible, because the scholar represents the defned mind, cultured mind, borrowed knowledge, dead scriputures.
The scholar is a grave.
Zen is a living rose of flowers.
Nothing in it is dead;
it is --always and always.
It goes on from beginningless to endless: characters change,
leaves fall from the trees, new leaves start growing,
the old ones disapppear, the new ones arrive-- it is a constant change.
But in essence nothing changes-- only on the periphery, only on the circumference, but never in the center.
And the center is Zen.
OSHO front flap

 

This is my whole effort: to introduce you to this same experience of the ancient buddhas, because it does not belong to time.
It is a question of diving deep into yourself.
The buddha is hiding in the paper bag.
The paper bag may be of any shape:
it may be male,
it may be female,
it may be young,
it may be old;
it may be black,
it may be white.....
it does not mean anything to the inner consciousness.
All distinctions are meaningless.
OSHO back flap

<2>につづく

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インテグラル・スピリチュアリティ <6>

<5>よりつづく 
インテグラル・スピリチュアリティ
「インテグラル・スピリチュアリティ」<6>
ケン・ウィルバー /松永太郎 春秋社 2008年02月サイズ: 単行本 ページ数: 469p

 年度末の繁忙期に加え、前から調子のよくなかった腰の具合が、また、このところぐずつき気味になってきた。当ブログとしては、もっと集中してなにごとか書きこみたい気分もあったのだが、なかなかそれもできない。もっとも、結論めいたことはなにもなく、何事かを発見した、ということでも勿論ない。ひたすら、一つの円環を閉じたいというだけで、そこにまた新たなる宿題が残されるだろうことはしかたない。
Photo  私は、もともとウィルバー読みではないので、この本の中の、ひとつひとつはあまり追及しないことにしている。むしろ、多岐にわたるその文脈を追いながら、自分の中にひとつの円、一円相を思い浮かべながら、どのような形で、このウィルバー・ワールドから、この円までいくのだろうか、となかば推理しながら、なかば絶望しながら、あちこちの文字を追う。

 たとえ、あなたが瞑想の座布団に何十年坐っていても「スパイラル・ダイナミクス」の段階を理解することは決してない。また「スパイラル・ダイナミクス」を完全に理解するまで勉強しても、悟りは得られない。統合的なポイントから言えば、両者を含めないと、あなたは、人間や人間と実在(リアリティ)である神との関係を決して理解することはできないだろう。

 瞑想による理解とは、「私」を内側から見る方法論であり、現象学の分野である。「スパイラル・ダイナミクス」は、「それ」を外側から研究する構造主義である。両方とも人間の意識を研究しているが、非常に異なったものを見ている。それは異なった視点に立ち、異なった方法論をとっているからである。さらに、ある個人は、どちらかに非常に長じることはあっても、別の面ではさほどではない場合もある。別々の尺度を用いては両方のことはわからない。お互いに見ることすらできないのである。
p60

 現在、当ブログは、「ブッタ達の心理学3.0」というカテゴリに日記を書きためているわけだが、残りもそう多くはない。Osho「私が愛した本」の中の、なかなか手つかずになっていた「東洋哲学(インド編)」の「ブッタ達」の転記を終え、これから、こちらも以前より手つかずになっていたOshoの「最後のZENシリーズ」英語本版を転記していこうと思う。

 転記しているだけで、面白みはないのだが、いわゆる写経に似て、その文字面を追っているだけでも何事かあり、それをキーボードで打ち込むことでも、内面的には何事かある。まぁ大したことにはならないにせよ、あと他に、どうすればいいのか分からない。だから、なにはともあれ、ひとつひとつ追っかけていくしかない。

 残り十数冊のZENシリーズに対応しうる一冊とすれば、このウィルバーの「インテグラル・スピリチュアリティ」などは、現在のところうってつけのように思える。仔細な道に入り込むと分からなくなることもあるが、巨視的に、俯瞰的に眺めていると、不思議と全体像がぼんやりと浮かぶ時がある。

 最初は粗雑なあちこちからかき集めてきた本についてメモしておいて、ようやくコンシャスネスやスピリチュアリティや瞑想、というテーマに絞り込んできて、いざ、そのテーマに辿り着いてみると、さらにそこからが深い。あるいは、ここからこそが本当の深みであり、高みであると言える。

<7>につづく

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2010/03/23

ディヴァン ミルザ・ガリブ OSHO「私が愛した本」<65>

<64>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <65
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ディヴァン」ミルザ・ガリブ
 
 
10番目、ミルザ・ガリブ、最大のウルドゥ詩人だ・・・・しかも、ただ最大のウルドゥ詩人であるだけでなく、おそらく世界のどんな言語にも、彼と比肩できるような詩人はいないだろう。彼の本は「ディヴァン」と呼ばれている---「ディヴァン」とは、単に詩集という意味だ。ミルザ・ガリブを読むのはむずかしいが、少しでも努力できるなら、途方もなく得るところがある。

 それはあたかも、詩の一行一行が一冊の本を含んでいるようなものだ。そしてそれこそがウルドゥ語のすばらしいところだ。他のどんな言語もそれほど小さな空間にそれほど大きなものを含めることはできないと私は言おう。たたの二行でまるまる一冊の本を含むに十分だ。まさに魔法だ! ミルザ・ガリブはウルドゥ語の魔術師だ。OSHO「私が愛した本」 p242

<66>につづく

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2010/03/22

ダライ・ラマ 実践の書

ダライ・ラマ実践の書
「ダライ・ラマ 実践の書」 
ダライ・ラマ(14世) /ジェフリー・ホプキンス 宮坂宥洪 2010/01 春秋社 単行本 225p
Vol.2 No.1003★★★★★(残り21冊)

 ダライ・ラマ本としては最新刊に属する一冊であろう。原書は2002年に出された「実践の方法--有意義な人生への道--」(ジェフリー・ホプキンズ編)。欧米人を対象に仏教について語った講義録とされるp223。

 仏教を学ぶとは、どういうことか。古来、それは伝統的に「戒定慧の三学」として伝えられてきた。道徳な戒め、集中的な瞑想、智慧の練磨。この三つを学び修めることは仏教の実践の基本中の基本であると同時に、仏教の修行とはこれに尽きるといっても決して過言ではない。小乗・大乗を問わず、また発祥の地インドはもとより、仏教が伝播したいかなる地域においても、この仏教の原則は守られてきた。223「訳者あとがき」宮坂

 欧米人向けに語られた内容とは言え、春秋社という出版社を得て、本自体の翻訳は、まさにしっかりした日本の仏教的視点からも、かぎりなく正統的な一冊といえるだろう。翻訳者の宮坂宥洪の本は、ダライ・ラマ「ダライ・ラマ  ゾクチェン入門」、チョギャム・トゥルンパ「心の迷妄を断つ智慧 チベット密教の真髄」、同じく「タントラ 叡智の曙光」、などをめくったことがある。

 本書は単なる教義の解説書ではない。私たちは日常の実践の中で何をめざし、何をどのようにして身につけたらよいのだろうか。毎朝、数時間の瞑想を日課とされるダライ・ラマ法王みずからが実践して会得したことを、本書の中で法王は精根込めて、寸分の妥協もなく、しかもこの上なく滋味あふれる言葉で語っている。人生の実践の書として白眉の光彩を放つものである。p224「訳者あとがき」宮坂

 もうここまで言われしまうと、当ブログなどでは、不埒な気分で、内容についてどうのこうのと付け加えられることなどない。あとはひたすら拝聴するのみである。

 欧米においての「仏教」と言えば、かつては「ZEN」が主流を占めた時代もあったようだが、現在は、質量ともに、チベット密教がその主流を占めている、というレポートも読んだことがある。ダライ・ラマとチベット密教、並びに、国家あるいは地域としてのチベットが今日置かれている状況は、ただならぬ流動性のなかにあるわけだが、その中にあっての、彼らの求道の情熱は、いまだに一貫している。

 瞑想の基本形は二つあります。分析的瞑想と心を安定させる瞑想です。分析的瞑想とは、あるテーマについて論理的に考えて理解できるまで分析するというものです。たとえば、諸行はなぜ無常なのか、ということについて、いかに諸事象は原因によって生まれ、またいかに瞬間ごとに滅すかということを、つぶさに振り返って熟考します。こうして諸行は無常であるということを理解します。それは分析的瞑想の成果なのです。これに対し、心を安定させる瞑想とは、たとえば無常といったテーマなり対象に向けて心を固定するというもものです。(禅定は心を安定させる瞑想に属します。)p119ダライ・ラマ

 この本には、じつにいろいろな部分へのインターフェイスが含まれており、ここからさまざまな支線へ学びの道を伸ばしていくことができるようになっている。もしチベット密教のみならず、仏教を学ぼうとするなら、この本を再読、熟読することは、おおいなる導きとなるはずである。

 もし過去に起きたこと、あるいは将来起きるかもしれないことについて思い煩うことをやめられないならば、こころの焦点を自分の呼吸、つまり吐く息と吸う息に変えてみるのです。または、「オーン マニ・パドメー・フーン」(実際には「オンマニペメフン」と発音します)という真言を誦唱してみるとよいでしょう。人間の心には同時に二つのことに集中できませんから、こうした瞑想法はどちらも悩みを軽減させてくれるでしょう。p135ダライ・ラマ

 当ブログは、現在、当ブログなりの「ZENマスター」を尋ねる旅を始めたところだった。ダライ・ラマに、その「ZENマスター」なる役割を投影することは、あまりに不似合いな感じはする。ダライ・ラマとは、チベットの地においても、ごくごく限られた存在しかその名称を使うことができない。あるいは、それを頂点とする伝統や習俗が綿々とつづいている。

 実践の書。その意味するところは重い。「意識をめぐる読書ブログ」などといいつつ、あちこち目についた面白そうな本だけを蚕食しているような当ブログにおいては、あまりお気軽にこの本に触れるべきではないだろう。心してかからねばならない。

  オーン マニ・パドメー フーン

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ラヒム歌集 OSHO「私が愛した本」<64>

<63>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <64
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

ラヒム歌集
 
 
9番目・・・・これまで「ラヒム歌集」をリストに入れずに来たが、これ以上放っておくことはできない。彼はイスラム教徒だったが、その詩はヒンディ語で書かれている。だからイスラム教徒は、ラヒムを好まない。イスラム教徒はまったく彼に注目しない。ヒンドゥ教徒だった彼を好まない。私が、彼を尊敬している唯一の人間かもしれない。そのフルネームは、ラヒム・カーン・カーナという。

 彼の歌はカビールや、ミーラや、サハジョや、チャイタニヤ(ゴーラング)の歌と同じ高み、そして同じ深みを持っている。なぜ彼はヒンドゥ語で書いたのか? イスラム教徒だったのだから、彼にはウルドゥ語で書くことができたはずだし、ウルドゥ語の方がヒンディ語よりはるかに美しい言語だ。だが彼は分かっていてそれを選んだ。彼はイスラム教の正統派と闘いたかったのだ。OSHO「私が愛した本」 p241

<65>へつづく

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こころがよくわかる スピリチュアル臨床心理学<2>

<1>よりつづく 
こころがよくわかるスピリチュアル臨床心理学
こころがよくわかる「スピリチュアル臨床心理学」<2>
石川勇一 メディアート出版 2005/11 単行本 271p

 現在進行中の「ブッタ達の心理学3.0」というカテゴリも、残すところ40ほどのメモを書き込みだけののスペースしかなくなってきた。ほんとうにまとまりのつく結論まで辿り着くことができるだろうか。そんな思いがよぎると、もうこの辺で、手を打ちたいという妥協案が頭に浮かんでくる。

 そんな時、ふと思い出すのが、安藤治「ZEN心理療法」と、この石川勇一の「スピリチュアル臨床心理学」。なんとなくネーミングが軽く、その割には、中味は結構まとも、というバランスが素晴らしい。こちらの石川の本は、「スピリチュアル心理学入門」として2009/04に増補改訂されている。

 本書は、心や魂についてきちんと学びたいと思っている人のために、わかりやすく、しかも質の高い、最高の入門書をつくろうという気持ちで書きました。p270「あとがき」

 なるほど、その志しは十分に伝わってくる内容だ。それぞれのテーマは10章に分けられているが、一つ一つの記事は独立しており108にまとめられている。なんの意味もなさそうだが、この108という「美学」が、興味をそそる。増補改訂版では、これが118になってしまっているのが、ちょっと残念(笑)。

 あちこちで揶揄されてはいる心理職ではあるが、また、その必要性が高まっているのも事実だし、それを学んで自らの技術なり職業なり、生き方とする、というプロセスもなかなか尋常な技ではない。

 この本はよくまとまっているとは言え、これはあくまで入り口にすぎない。この108の入り口からひとつひとつ迷宮巡りをしていれば、永遠に出口に出会わない、ということにもなりかねない。

 私は逆に、この本の108の項目のうち、本当に必要なものはどれだろう、と絞りこみ作業に入ってみた。せめて21くらい(これも単に美学の上の数字だが)に絞ることができないのか。ところが、これがなかなか難しい。どうかすると、いくら絞り込んでも40を超える。なるほど、これだけ「勉強」しないと、心理学はわからないのだな、と、あらためて、めんどくさそう、と思った。でも、だからこそ、ここでは絞り込んでみよう。

001)臨床心理学とは
004)関連の資格
010)健康と病
023)統合失調症
029)初期面接の進め方
038)精神分析の誕生
047)フロイトとユング
051)集合的無意識と元型
058)行動主義と行動療法
063)人間性心理学の誕生
069)セラピストの3条件
070)エンカウンターグループ
081)内観療法
084)トランスパーソナル心理学
087)ケン・ウィルバーの三つの眼
093)サイコシンセシス
099)輪廻転生
100)臨死体験
102)生と死
105)瞑想の可能性
108)心理臨床家のための覚え書き

 絞り込んだつもりでいても、これだけのテーマが山積みとして残される。一つ一つが一生を賭けて問い続けなければならないような課題ばっかりだ。全部おっかけていたら、何回も生まれ変わってこなければならない。えいっ、ここは、もっと絞り込んで7つにしてみよう。7もまた、単に美学の問題だが。

001)臨床心理学とは
051)集合的無意識と元型
069)セラピストの3条件

070)エンカウンターグループ
102)生と死

105)瞑想の可能性
108)心理臨床家のための覚え書き

 ここまで絞り込むとすっきりはするが、すっきりしすぎている感じもする。でも、あえて、ここは、「ブッタ達の心理学3.0」のために、さらに3つに絞ってみようじゃないか。

001)臨床心理学とは
069)セラピストの3条件
105)瞑想の可能性

 と、まぁ、こんな形になるだろう。そして、また、さらに一個に絞るとすれば、予定調和的ではあるが、結果はこうなる。

105)瞑想の可能性

 ここまでくれば、最終の結論はこうなるでしょう。

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2010/03/21

ラーマティルタ OSHO「私が愛した本」<63>

<62>からつづく    
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「私が愛した本」 <63
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

ラーマティルタ」
 
 
7番目・・・・。つい今世紀の初め、あるインド人の神秘家がいた。その人が光明を得ていたとは思わない。彼が3つの間違いを犯しているからだ。その点を除けば彼の作品は美しい、純粋な詩だ。だがその3つの誤謬は覚えておかなければならない。ラーマティルタほどの男でさえ、そのような馬鹿げた間違いを犯すことがある。

 彼はアメリカにいた。カリスマをもった人間で、人々の崇敬を受けていた。インドに戻ったとき、彼は、自分はまずヒンドゥの聖地であるベナレスへ・・・・ヒンドゥ教徒たちのエルサレム・・・・彼らのメッカへ行くべきだと思った。アメリカ人たちが自分をあれほどに尊敬していた以上、ベナレスのバラモンたちも間違いなく自分を神のように敬うものと彼は確信していた。彼は間違っていた。彼がベナレスで話し始めると、ひとりのバラモンが立ち上がって言った。「先へ進まれる前に、どうか私の質問に答えていただきたい。あなたはサンスクリット語を知っていますか?」

 ラーマティルタは、究極の実在について話していた。ところがこのバラモンは、彼にこう尋ねた。
 
 「あなたはサンスクリット語を知っているのですか? もし知らないのなら、あなたは究極の実在などについて話す権利はない。まずサンスクリット語を勉強してきなさい」

 そのバラモンはどこも間違ってはいない。世界中どこでも、バラモンとはそうしたものだ。私を驚かせるのは、ラーマティルタがサンスクリット語の勉強を始めたことだ。これに私はショックを受ける。彼はそのバラモンにこう言えばよかった。「ヴェーダとサンスクリットを持ってとっとと消えなさい! 私はそんなものは問題にしない。真理を知っている私がなぜサンスクットなど気にする?」と。

 ラーマティルタは、サンスクリット語を知らなかった。それは本当だが、そんな必要もない---だが彼はそれを必要だと感じたのだ。それがみんなに覚えておいてもらいたい1番目のことだ。彼の本は実に詩的だ・・・・・人を酔わせ・・・・歓喜させる。だがその人間には、どこか欠けたところがある。

 第2に、遠く離れたパンジャビから彼の妻が会いにやって来たとき、彼はそれを拒絶した。彼は一度も他の女性を拒んだことはなかった。なぜ自分自身の妻を避けたのか。恐かったからだ。彼はまだ執着していた。私は彼を気の毒に思う。自分の妻を捨てながら、しかもまだ恐れているとは。

 3番目に、彼は自殺した・・・・もっともヒンドゥ教徒は、それをそうは呼ばない。彼らはそれを「自らガンジス河に解け込む」と言う。人は、醜いものに美しい名前をつけることもできる。

 この3つの点を除けば、ラーマティルタの本には価値がある。だがもしこの3つを忘れると、人はあたかも彼が光明を得ていたかのように思い始めるかも知れない。彼はあたかも光明を得た人間であるかのように話す。だがそれは「あたかも」であるにすぎない。OSHO「私が愛した本」 p239

<64>につづく

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現代霊性論

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「現代霊性論」
内田樹 /釈徹宗 2010年02月 講談社 単行本 300p
Vol.2 No.1002★★☆☆☆(残り22冊)

 当ブログ<1.0>における最後の一冊は内田樹の「村上春樹にご用心」だった。最後の最後、タロットカードの最後の一枚を引くような形で登場した本であってみれば、その時点では唐突ではあったが、そのあと、結局は村上春樹おっかけをすることになったのだから、まずは妥当性のある一冊であったといえるだろう。

 内田については「『街的』ということ」 の巻末にあった解説文程度しか読んでいなかったので、実際どんな人物なのかは知らなかった。ところが、ひょんなことでこの人の名前がでてきた。先日、古い友人に会い、互いのブログの話しになった。その時、私は彼にお勧めの本を三冊紹介してくれ、と言ってみた。彼は劇作家であり、本を読んでいる、という意味では、私の比ではない。しかも日々執筆に明け暮れている。

 いきなり言ったものだし、二人ともブログを書いているとは言え、それをお互い読んでいるわけでもないので、彼も戸惑ったらしく、すぐに三冊をだすことはできなかった。でも、ちょっと逡巡したあとに出てきたのが、この内田樹の名前だった。当ブログではちょうど「村上春樹にご用心」をもとに追っかけを展開中だったので、ほほほう、と、その親和性に、ほっとした。

 そこでなにはともあれ、お勧めされた「日本辺境論」をリクエストしておいたが、これがまたすごい人気本で、リクエストしてから二カ月近く経過するのに、いまだ私の前には数十人が順番待ちしているので、私が読めるようになるまでには、多分、あと半年以上かかりそうだ。

 そんなに面白い人なのだろうか、と、他の彼の古い本を実際に何冊か借り出してみた。数冊めくったところ、正直言って、タイムリーではなかった。当ブログに書き込むほどでもなく、また、流れにも沿っていない。

 そんな中でも、この「現代霊性論」は、おそらく内田の最新刊に属する一冊だと思える。こちらだってリクエストしてから結構時間が経過してから私の番になったのだし、すでに私の後にも、順番待ちが十数人いる。他の人のためにも、手早くさっさと読み終わって、返却しようと思う。

 内田はともかくとして、対談者のもう一方の釈徹宗という人もよくわからない。1961年生れの宗教思想が専門で、浄土真宗の僧侶でもあるらしい。本も何冊か出している。裏表紙の見返しに二人の写真が掲載されていて、なるほど、こういう二人が対談したのか、とちょっと「現代霊性論」という、重量のありそうなこの本のタイトルが、ますます重くなった。

 書く人が書けば「スピリチュアル・トゥディ」とか、「モダン・スピリット」とかいうタイトルにでもなりそうなものだが、敢えてこの二人の対談は「現代霊性論」と名付けられた。言いだしたのは内田のほう。どうやら女子大の連続講義として、対談が行われ、それに加筆した、というのが本書の成り立ちである。

 それまでWHOは「肉体と精神の健康」ということを大きなテーマとしていたんですが、人間は肉体と精神が健康であれば幸せかというと、そうじゃないだろう、WHOは人間の幸せを考える機関なのだから、もっとスピリチュアルな、霊的な問題をも取り上げよう、と。つまり、人間が幸せであるという状態は、肉体的にも精神的にも霊的にも健康であると考えようと、という話になったんですね。まぁ、しかしこれ、残念ながら、1999年のWHA(世界保健総会)という、WHOの最高意思決定機関で否決されまして・・・・。p011

 スピリチュアルを日本語すれば、霊性、ということになるのか。spiritual という英単語は、「スピリチュアル」という単語になることによって、十分、日本語化しているとは思うのだが、それをあえて「霊性」と言い直すところに、釈の存在意義というか、依って立つ場がある。

 これを否決したのはおもに先進国です。「現状ではそこまで言うのはちょっと早すぎるんじゃないか」ということで欧米の国々が反対しました。一方、このスピリチュアリティということを言いだしたのは、おもに中東、アフリカの国々だったそうです。p016

 思えば、当ブログは「地球人スピリット」を標榜しながら、結局は、この中東やアフリカに暮らす人々のヒューマニティや「スピリチュアリティ」に十分アクセスしきれていない。その証拠に、これらの地域からの当ブログへのアクセスは皆無である。これは重要な問題だ。なんとかしなければいけないと思う。

 そう言えば、高野山大学は2006年から、文学部にスピリチュアルケア学科を開設して、スピリチュアル・ケアの理論を学ぶ場を作ったそうです。これは、ターミナル・ケアの現場で行われてきた、霊的な痛み(スピリチュアル・ペイン)の緩和を広く社会や福祉や教育の現場で活用しようというものらしいです。p082

 たしかにこの動きには私にも注目していて、一体どうなっているだろうな、という関心は今でも持ち続けている。

 なにしろ現代のスピリチュアリズムは個人的な、ごく私的な体験を重視する傾向が強いんです。その手のものに足をすくわれないためには、伝統的主流宗教への理解や学習が必要だろうと思います。霊性はスピリチュアリティの「毒」を避けるためには、やはり体系的に制度宗教を知ることは必要じゃないでしょうか。伝統宗教教団は、長い間かかって鍛練されてきた鋼(はがね)のような体系を持っていますから。p085

 この辺あたりは、じっくり時間をかけて、お互いの言葉をほぐしあうところから対話していかないと、意味が通じないだろう。しかしそれであったとしても、釈は、その「伝統的宗教」とやらの側にどっぷりつかっているわけだから、私などはそもそもこの方との「対話」は最初から避けてしまうだろう、と思う。

 p121以降の「コナン・ドイルとスピリチュアリズム」などもなかなか興味深いものだあるが、それこそ小森健太朗の「英文学の地下水脈」あたりと合わせ読んだりしたら面白いかもしれない。だが、現在の当ブログにはその余裕はない。

 p161以降の「1975年という分岐点」という項目も関心深い。いろいろ共感する部分もあるが、敢えて付け加えておけば、この年、日本の若者文化カウンターカルチャーの総決算とも言える「星の遊行群ミルキーウェイ・キャラバン」が日本を縦断し、Oshoの「存在の詩」が登場した。

 p222以降の「『お清めの塩』の問題」も、なんだか身につまされる。昨日は、お彼岸でお墓参りしてきたし、正月には神社へ初もうでをする。教会に行けば、高らかに讃美歌を合唱してくる自分としては、まぁ、いろいろ狭い話題もあるなぁ、と、嘆息。

 なんだかこの本は、釈の言説が勝ってしまい、内田のキャラクターが十分でていないようにも思う。だが、巻末の「おわりに」あたりの釈の弁明を読んでいると、本に表れるキャラクターと、実際に感じるキャラクターには相当の違いがあるようだから、本を読んだからと言ってその人を理解したことにはなりそうにない。

 しかしまた、本を読む、ということの、その限界を知りつつ、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、これまで通り、「読書ブログ」としてのわが道を歩いていくのであった。この本、申し訳ないが、お一方に一つづつ、合計ふたつの★をつけさせていだきます。

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2010/03/20

ラーマクリシュナの福音 マヘンドラナートOSHO「私が愛した本」<62>

<61>からつづく    
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「私が愛した本」 <62
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ラーマクリシュナの福音」マヘンドラナート
 
 
6番目。私の6番目の選択は、不思議な人物の書物だ。彼は自分を「M」と呼ぶ。私は彼の本名を知っているが、彼は決して誰にもそれを知らせようとはしなかった。彼の名前はマヘンドラナートという。

 彼は、ラーマクリシュナの弟子のベンガル人だった。マヘンドラナートは、何年も何年もラーマクリシュナの許に付き従い、自分の師の周りに起こることをどんなことでも記録し続けた。この書はMによって書かれた「ラーマクリシュナの福音」として知られている。彼は決して自分の名前を明かそうとはしなかった。彼は無名のままでいたかったのだ。それこそが真の弟子のやり方だ。彼は自分自身を完全に消し去った。

 ラーマクリシュナが死んだ日、驚くだろうが、Mも死んだ。彼にはそれ以上、もう生きるべき理由がなかったのだ。私には理解できる・・・・・ラーマクリシュナが死んだ後では、死ぬことよりは生きることのほうがはるかにむずかしかったに違いない。師のいない世界に生きるよりは、死ぬ方がはるかに至福に満ちていた。

 たくさんの導師がいたが、その師について報告するMのような弟子がいたことは決してなかった。彼はどこにも姿を現さない。彼はただ報告している---自分とラーマクリシュナについてではなく、ひたすらラーマクリシュナについてだ。その師の前に彼はもう存在しない。私はこの男とその書、そして自分自身を拭い去ろうとするその途方もない努力を愛する。Mのような弟子を見つけることは稀なことだ。ラーマクリシュナはこのことでは、イエスよりもはるかに幸運だった。

 私が彼の本名を知っているのは、ベンガルを旅したことがあるからだ。前世紀の最後までラーマクリシュナは生きていたから、このマヘンドラナートという男の名前を発見することができた。OSHO「私が愛した本」 p238

<63>につづく 

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クレヨン先生と子どもたち 絵が伝える心のメッセージ

クレヨン先生と子どもたち 絵が伝える心のメッセージ
「クレヨン先生と子どもたち」 絵が伝える心のメッセージ 
末永 蒼生 (著) 2006/9 ソフトバンククリエイティブ 単行本: 184p
Vol.2 No.1001(残り23冊)

 さて、1001冊目として登場するガッツのある一冊は、どれになるのだろうか、と我ながら、強い関心があった。この一冊で、当ブログ第2期のエンディングは大きく変わる。締めにかかっているものの、そのプログラムについては、まったくのフリーハンドだ。結局は、どのような結論になるのか、いまだわからない。図書館にリクエストしておいた本の中で、まずはこの本がすぐに近くにあった。

 「クレヨン先生・・・・・・ねぇ・・・」。当ブログは鋭意、当グログ独自の意味でのZENマスター追っかけをしていたのだった。ちょっとそのイメージとは、離れすぎているなぁ、と思っていた。しかし、すこしづつ読み進めていくうちに、これもありなんじゃないか、と感じ始めた。気負って読まなかったからなお良かったのかも知れない。

 40年前、僕の自由スタイルのアトリエは、子どもたちに思い切り精神的な冒険をしてもらえる場としてスタートした。外側から教え、与えるインプットの教育ではなく、子ども自身の内側にあるものを引き出すアウトプットの場。農業におきかえれば、いわば無農薬有機農法といったところだろうか。土の養分をしっかりと吸収したくましい根っこをもつ個性的な作物が育つ。p178「あとがき」

 「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と解釈し、子供達と遊ぶことを好み、かくれんぼや、手毬をついたりしてよく遊んだ、という良寛のたとえもある。なるほど、クレヨン先生というZENマスターもあっていいのではないか。

 「末永さんがやっているアトリエって、どんな指導をするんですか?」
 アトリエを開いて以来、この質問を受けるたびに、「一切教えません。何を描くか、どう描くか、すべて子ども自身が決めていいんです」と答え続けてきた。子どもには持って生れた自己成長の力が備わっている。これが、自由スタイルのアトリエを運営してきた出発点である。
p90

 思えば、2010年の時点で45年の履歴のある末永アトリエの中でも、私自身が彼の書を読み、訪問したことある1970年代初頭は、極めて初期段階であったというべきだろうか。あれからでもすでに40年近くの時間が経過している。その後の彼の詳しい足跡を知っていたわけではないが、このように書として再会してみると、ああ、このようなライフストーリーがあっていいのではないか、と思う。

 私自身もカウンセラーとしてクライエントと10年以上の付き合いをしたこともあるし、未就学児の女の子のカウンセリングを依頼された時は、2~3年間、二人で一週間に一度のお絵かきを楽しんだこともある。その時の、モデルは、やはり末永アトリエにあった。

 もちろん、地方性もあって、なかなか口の重い来談者とのコミュニケーションをはかるために、積極的に成人のクライエントに対してもお絵かきスタイルを導入したこともあった。これは、期待した以上にすごい効果があった。言葉だけ、沈黙だけのカウンセリングでは、たぶん絶対的にでてこなかったであろう「事実」が飛び出してきたこともある。おもえば、これは河合隼雄のユング流、箱庭療法にも通じるものがあるはずだと感じられる。

 20代でそんな意気込みで始めたアトリエだったが、子ども主体の教室スタイルというものが、仕事として成り立つのかどうか見通しがあったわけではない。
 月謝をもらってアトリエを運営する以上、親はそれなりの成果を求めてくるはずである。アトリエというからには、絵らしい作品を子どもが持ち帰ることを期待するのは当然だろう。子どものストレス解消に役立ち情緒を安定させるだけのお絵かき教室に、どれだけの親が通わせてくれるだろうか。p90

 現在、当ブログはもう一方でOshoの最後のZENシリーズを読み始めている。そこには、ジベリッシュとレット・ゴーを組み合わせた、ノーマインド瞑想が形作られている最中である。カタルシスとサイレンスの組み合わせ。敢えていうならこの「末永メソッド」はカタルシスのほうにやや傾き、「サイレンス」について、強調されることはない。

 私自身のことを振り返ってみると、自分が「瞑想」と出会ったのは10歳のころだったと思う。当時、5年生、大好きだった担任の女性の先生の指導だった。帰りの時間にななると、教室の机を全部前に移動し、後ろにできた広い床に、全員で座る。そして、「反省会」と称して、ほんの数分だったと思うのだが、一日を「沈黙」でしめくくるのである。その時間だけは、私たちの教室から音が消えた。

 せいぜい、3分程度であっただろう。ほんの瞬間的なものだった。何の意味があってやっているのか分からなかった。何の効果があったのかも定かではない。だが、彼女が担任を受け持っていてくれた2年の間に、その「サイレンス」はどれほど広く、深くなっていたことだろう。すくなくとも、後の自分が瞑想に興味をもつようになったのも、あの時点に原点があったのではないか、と思う時がある。

 末永メソッドの中で、この「サイレンス」がどのように組み合わされているのかは、この本では定かではない。しかし、全体として見た場合、この面はもっと強調されてしかるべきだと思う。

 いまでこそ子どものストレスケアや、心のセラピーに役立つことに社会が関心を抱く時代だが、60年代当時はストレスや癒しという言葉すら一般の暮らしには無縁だった。
 しかし、僕の不安はやがて払拭されていくことになる。僕が出会ってきたすべての子どもたちが、絵を描く才能は誰にも生れつき備わっていることを示してくれたのだ。
p91

 2006年発行のこの本を見ると、多摩美術大学の非常勤講師となっており、1999年にはホノルル大学で心理学博士号を取得したとある(裏表紙)。必ずしもアカデミズムの中で生きていたわけではない著者にとって、このような肩書や経歴がどれほどの意味を持つのかはさだかではない。しかし、人生をこういう風に使って生きてみる、というのも、素晴らしい一生なのではないか、と、素直に思う。

 著者にはほかにもたくさんの著書がある。追っかけをしているわけではないし、まとまって読んできたわけではない。だけど、目につけば自然と手に取って読みたくなる。小難しいことを書かず、一貫して子ども目線で、ものごとを平易に語り続ける著者の力は、決して凡ならざるものがあると、敬意をこめて今思う。

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2010/03/19

チャンディダーサ歌集 OSHO「私が愛した本」<61>

<60>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <61
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

チャンディダーサ歌集」
 
 
10番目・・・・このセッションの最後だ。それは非常に小さな本だ。世界でもごくわずかな人にしか知られていない。だがそれは、あらゆる人間に、屋根の上から宣言される必要のある本だ。それは「チャンディダーサ歌集」だ---彼はベンガルの狂人、ひとりのバウルだ。

 「バウル」という言葉は狂人を意味する。チャンディダーサは、村から村へと踊り、そして歌った。そして誰が彼の歌を集めたのかも知る者はいない。その人は偉大な、広い精神の持ち主であったに違いない。彼は自分の名前をあげることさえしないほどに心が広かった。

 「チャンディダーサ歌集」・・・・この上もない畏敬の念をおぼえる・・・・・チャンディダーサという名前を聞くだけで、私のハートは別な鼓動を打ち始める。何という男だったことか、そして何という詩人だったことか! 詩人は何千といるが、チャンディダーサはソロモンと同じ範疇の人間だ、それ以下ではない。もしソロモンと比較できる者があれば、それはチャンディダーサだ。

 チャンディダーサの歌は不思議なものを歌う。たとえば、存在しない神を・・・・チャンディダーサも神が存在しないことを知っている。だが彼が神について歌うのは、神とは存在を表すものにすぎないからだ。神は存在しない、神とは、存在だ。チャンディダーサは瞑想についても歌う。もっとも瞑想については何ひとつ語りえないが---だがそれでも彼は何かを言う、何かを無視できないことを。彼は、「瞑想は無心(ノーマインド)に等しい」と言う。何んという途方もない公式だろう! アルバート・アインシュタインなら、チャンディダーサに嫉妬しただろう。ああ、アインシュタインはチャンディダーサのことも、瞑想のことも、何も知らなかった。自分以外のことなら何でも知っていたのに。

 チャンディダーサは愛の歌を、覚醒の歌を、美の歌を、自然の歌を歌う。そして何にも一切関係ない歌もいくつかある。ただただ喜びだけの、歌うことの喜びそのものの歌・・・意味など何の重要性も持たないような歌が。

 これが10番目の、今日、最後の本だ。OSHO「私が愛した本」 p225

<62>につづく

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2010/03/18

THIS, THIS: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen: OSHO<3>

<2>よりつづく  
Thousand_time
THIS, THIS: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen <3>
OSHO 1988/05~06 Rebel Pub. House , English
Vol.2 No.1000★★★★★ ★★★★★ ★★★★★(残り24冊)
Osho最後のZENシリーズ目次 

 当ブログ第一期の1000冊目は、松岡正剛の「千夜千冊」だった。そして、1001冊目は、Oshoの「これ これ 千回もこれ」だった。その元の英語本こそ、この「This, This: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen」である。 第一期は他書に譲ったとは言え、二期目においては、ちょうど「Osho最後のZENシリーズ」の英語本をめくり始めたタイミングであり、この本をおいてNo.1000を飾る本は他にはない。

 「千夜千冊」が、まさに万巻の書を重ねて、行くへも知らぬ個人エンサイクロペディアの世界へ彷徨し続けているのに対し、この「THIS、THIS」は、1から無へと向かう。

~ I have been talking about one world, one humanity ~ Osho p68

 当ブログは、現在「ブッタ達の心理学3.0」というカテゴリで走っているが、それは次なるカテゴリ「One Earth One Humanity」へと向かうプロセスだ。それは、センターの名前をもらうときのダルシャンの応答によるのだが、それはまた、Oshoの存在のもっとも極に属する概念と言ってもいい。

 ここで one world なのか、one earth なのかは、問わない。当然微妙な違いはあり、私個人の好みでいえば後者なのだが、ここでそれを識別し始めるとしたら、接頭語としてついている「One」が泣く。そこがテーマなのではない。

Become silent.
Gather yourself inward.
Just be.
No movement.
This.
This.
A thousand times This!

This is the very essence of your being.
No time, no mind, just a pure being.
p136

 当ブログは現在Oshoの「私が愛した本」「東洋哲学(インド)」編を転記中だ。インドのブッタたちは、言葉にならない言葉で何事かを示す。踊りや、歌や、あるいは沈黙。決して言葉や、ましてや「本」なんかではない。語られたとしてもそれはインドの言葉であったり、地方語の一つであるにすぎない。

 Oshoがヒンディ語で語った多くのインドのブッタたちについては、英訳されずに終わる可能性も十分ある。そして、Oshoが繰り返し言っているように、言葉にされ、翻訳されていく過程で、失われていくものも多いに違いない。

 しかるに、この「最後のZENシリーズ」にでてくるZENマスター達は、言葉を使うが、言葉を、通常の私たちが使っているような方法では使わない。何か別なアートとしてつかう。中国語から日本語に翻訳されたから、というレベルの話ではない。月と、月を指し示す指ほどの違いがあるという。まさにZEN問答だ。

 This is the most easy and the most difficult thing in the world : to trust that you are a buddha. But whether you trust or not....you are a buddha, you cannot be otherwise. You are pure consciousness, you are pure existence. p199

 聴くだけの言葉としてなら、耳に優しい。

 白痴たちは決して誰の言うことも聴かない。彼らはつんぼだ。たとえ聞いたとしても、彼らは理解しない。彼らは知恵遅れだ。たとえ理解できたとしても彼らはそれに従わない。そして従わない限り、理解には意味がない。理解とは、実行によって証明されてこそ、初めての理解だ。「私が愛した本」 220 

 私は道を尋ねているのだろうか。私が進むべき道はどこですか、私はその道を行きたいのですが・・・、と尋ねているのだろうか。それとも、あっちにも道があり、こっちにも道があり、そして、あそこにもある。と、さらなる迷いを増長させるために、疑問を造り続けているのだろうか。そこが問われている。

 Mahakashyapa is accepted as the first Zen master. Gautam Buddha had opened a new dimension of search where words are not needed, but silence.p212

 当ブログは、それを道として進むことができるだろうか。

This. This. A Thousand Times This.....is the essence of existence, is the essence of your being, is the essence of Zen --THIS.

THIS is vast:
a small word, it contains
total, universal, etarnal truth.
There are no boundaries to THIS.
It never begins
and it never ends.
It is always here.
p232

 

Sekito                     photo p246

<4>につづく

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2010/03/17

バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ アディ・シャンカラチャリヤ OSHO「私が愛した本」<60>

<59>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <60
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ」アディ・シャンカラチャリヤ
 
 
6番目---これこそは私がいつも話そうと思ってきた本だ。英語での朝の講話の予定にさえのぼっている。私はそれについてヒンディ語で話したことがあるし、それも翻訳されることがあるかも知れない。その本はシャンカラチャリヤによるものだ。現在のシャンカラチャリヤと呼ばれているあの馬鹿ではなく、アディ・シャンカラチャリヤ、始祖の方だ。

 この本は1000年を経ており、小さな歌でしかない。「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ---おお、白痴よ・・・・・」。さて、デヴァギート、注意して聴きなさい。私はお前に言っているのではない。これはこの本のタイトルだ。「バージ・ゴヴィンダム---主の歌を歌え---ムードゥ・マテ、おお、白痴よ、主の歌を歌え」。だが白痴たちは聴かない。白痴たちは決して誰の言うことも聴かない。彼らはつんぼだ。たとえ聞いたとしても、彼らは理解しない。彼らは知恵遅れだ。たとえ理解できたとしても彼らはそれに従わない。そして従わない限り、理解には意味がない。理解とは、実行によって証明されてこそ、初めての理解だ。

 シャンカラチャリヤはたくさんの本を書いたが、そのどれも、この歌「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ」ほどすばらしくはない。私はこのわずか3つか4つの言葉についてたくさん、ほとんど300ページにもわたって話している・・・・・だが私が、どんなに歌を歌うのが好きかはお前たちが知っている。機会さえあれば、私は終わることなく歌い続けるだろう。だがここでは、とりあえずこの本に触れておきたかった。OSHO「私が愛した本」 p220

<61>につづく 

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LIVE ZEN OSHO <1>

Live_zen
「LIVE ZEN」 <1>
OSHO 1988/11  Rebel Publishing House ハードカバー p299 英語

Vol.2 No.999★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り25冊)
Osho最後のZENシリーズ目次

  当ブログ第二期の999冊目は「LIVE ZEN」だ。999だからと言って、とくに意味はない。だが、どんな本がこのナンバーにくるか、興味はあった。「Osho最後のZENシリーズ」、いつかは読み込みたいとは思っていたが、今期でも、十分な機会がなかった。だが、今期において、リストだけでもアップしておかないと、どこか不十分だ。現在、手元にある英語本だけでも、アップして簡単にメモしておこうと思う。

Niskriya1  この本の特徴は、ついにドイツ人のZENマスター、ニシクリヤが登場するところだろう。そして、新しい瞑想としてジベリッシュがクローズアップされるところ。

 

 現在走っている当ブログのカテゴリは「ブッタ達の心理学3.0」のみ。そして、インドのブッタ達の足跡を追い、心理学の可能性も探った。しかし、その中に、具体的な姿がほのかに見えてきたのが、meditation master、あるいは、思い切ってZENマスター。なんだかんだ言って、探求者、瞑想者、カウンセラー、セラピスト、心理臨床家、などといいつつ、やっぱり、そのプロセスの完成形は、ZENマスターになる、ってのが一番かっこいい、と思う。Niskriya2

 

 しかるに、なかなかなれないのがこのZENマスターである。なろうとするからなれない。そうあればいいのだ。だから、まずは自分がありのままでいることに全エネルギーをそそげるようにすこしづつチューニングしていけばいいのだ。そして、まったく意識の孤島のように一人で生きているのではない限り、他の人々とのエネルギーが混ざり合う。影響しあうなかで、ZENマスターのワークは、ひとりでに動き始めるはずだ。

 

 北山修とか、吉福伸逸とか、村上春樹とか、末永蒼生中沢新一、とかとか、み~んなZENマスターになればいいのだ。ないしは成り損ねている。遠慮しているのだろうか、見逃しているのだろうか。とにかく、ここに、ひとつのひな型がある、ということに気がつかなければならない。

I call Zen the only living religion
because it is not a religion,
but only a religiousness.

It has no dogma, it does
not depend on any founder.

I has no past; in fact
it has nothing to teach you.

It is the strangest thing that has
happened in the whole history
of mankind--strangest because:
in enjoys in emptiness,
it blossoms nothingness.

It is fulfilled in innocence,
in not knowing.

It does not discriminate between
the mundane and the sacred.
For it, all that is, is sacred.
OSHO (front cover)

These small anecdotes
in their very smallness
just like dewdrops
contain the whole secret
of the ocean.

If you can
understand the dewdrop
there is no need
to understand the ocean.
You have nunderstood it.
OSHO (back cover)

Niskriya3

 

(Photos p27、p76、p299)

<2>につづく

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ダヤバイ歌集 OSHO「私が愛した本」<59>

<58>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <59
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ダヤバイ歌集」 
 
 
10番目。私が今話そうと思っている10番目の本は、またもや、いわゆる宗教書ではない。それは瞑想してこそ、初めて宗教的になるような本だ・・・・読むのではなく、瞑想してこそ。それはまだ翻訳されていないので、ヒンディ語の原書しかない「ダヤバイ歌集」だ。

 ラビアや、ミーラや、ラーラや、サハジョに触れておきながら、それ以上に触れる価値のあるひとりの女性ダーヤだけ放っておいたことを、私は若干申し訳なく思っていた。これでほっとしたよ・・・・「ダーヤの歌」だ。

 彼女は、ミーラやサハジョの同時代人だが、このふたりよりもはるかに豊かだ。この女性には番号はつけられない・・・・。

 ダーヤはちょっとした郭公だ。だが心配はいらない。実際インドでは、郭公はコヤルと呼ばれる。そしてそれには気が狂っているという意味はない。ダーヤはほんものの郭公だ・・・・狂っているのはではなく、インドのコヤルのような甘美な歌い手だ。インドの夏の夜の・・・・遠い郭公の呼び声、それこそがダーヤだ・・・・この世の暑い夏の最中での遠い呼び声だ。

 私はダーヤについて話したことがある。多分いつか、その翻訳が可能になるだろう。だがそれはありえないかも知れない。というのも、どうやってああいう詩や歌を翻訳できる? 東洋は純粋な詩だ。ところが西洋とそのあらゆる言語は、すげて散文、純粋な散文だ。私は英語で書かれたほんものの詩に出会ったことがない。ときには私も西洋音楽の偉大な古典を聴くことがある・・・・先日、私はベートーベンを聴いていた。だが途中で止めなければならなかった。

 一度東洋音楽を聴いたら、それに比べられるものなどない。一度インドの竹笛を聴いたら、他のものはすべて平凡だ。だからこういう、私がヒンディ語で話した歌い手や、詩人や、狂人たちが、いつか翻訳されるかどうは分からない・・・だが私は彼らの名前を挙げずにはいられない・・・もしかしたら名前を挙げることが、彼らが翻訳されるためのきっかけになるかも知れない。OSHO「私が愛した本」 p179

<60>につづく

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2010/03/16

三位一体モデルTRINITY <2>

<1>よりつづく 
三位一体モデル
「三位一体モデル」 TRINITY<2>
中沢新一  2006/11 東京糸井重里事務所 /ほぼ日ブックス 赤瀬川原平 (イラスト) 単行本 p104

 たまたま50人程度の前で中沢が行ったレクチャーが大受けしたために、洒落と悪乗りでできてしまったような一冊と言っていいのかもしれない。しかし、そこで「遊んで」いるのは、当代一流の「遊び人」たちであってみれば、なるほど、その「遊び」の中に、冴えた「粋」がないでもない。

 だが、本当か! という突き詰めた、醒めた、冷ややかな、まったく地平の違ったところからの、一読者としての視線を向けると、この本は、やっぱりおかしい。

 この「モデル」というタイトルは、編集スタッフがつけたようであり、中沢本人は「三位一体模型」を主張したようである。いずれにせよ、講演者は必ずしも、こういう形で本になることを予想もしていなかっただろうし、期待もしていなかったようだ。

 敢えていうならこの本が誕生したのは、その「芸術人類学研究所 青山分校」とやらの、糸井重里一派が、この講義のなかから、自分たちの「飢餓感」を潤すべきなにかを必死になって探し出そうとした衝動から生れた一冊と言っていいだろう。

 彼ら広告産業、とくにコピーライティングなどの場合、「父」としての広告主のクライエント、そして「子」としての代理店が、一体自分たちにとっての「霊」とは何かを探しだそうとしているのであり、結局はこの三位一体モデルの中に、ブランクのマスを作って、さぁ、そこに何が入ればいいのか、あれこれ文字をはめてみようと、「遊んで」いるにすぎない。

 本当にそれでいいのだろうか。

 先日久しぶりに、佐々木俊尚の本を読んだ。彼の最近のお気に入りの三位一体モデルは、「コンテンツ」、「コンテナ」、「コンベア」である。限りなく下降線をたどり、インターネットITの発達によって、情報はどうなっていくのか、という話題を限りなく、物質化、モノ化の方向へと持っていこうとする。これは悪しき「三位一体モデル」の使用例であり、物事の打開策にはなりようがない。所詮はどん詰まりである。

 それに比して、梅田望夫は、最近著の中で、「コンテナ」、「コンテンツ」、の上に、なんと、「羽生善治」を持ってくる。こちらも、方向性はまちがってはいないものの、他のふたつに比べたら、いかにも偏狭で、とってつけたような、あてがいものである。

 その本のタイトルは「シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代」2009/04。読むには読んだが、こちらの<2.0>に書き込むのはあまりに流れが悪いので、しかたがないので、緊急避難的に<1.0>にメモは残しておいた。彼が現在模索しているのは、当ブログでいうところの「コンシャスネス」。しかし、それは、天才、とか、ハイソ、とか、一流、などという概念でごまかしているだけであり、こちらも先行きあやしい。

 そもそも、三位一体モデルは、いわゆる「思考モデル」なのであり、「思考」が持っていける世界に限界があるとすれば、それを超えていく概念が必要となるのである。思考をどのように回転させるか、ではなく、思考をどのように終わらせるか、思考をどのように落とすか、というところに向かわないことには、この三位一体モデルの本当の意味はない。むしろ、足かせとなる。つまり、この三位一体は、どれか一つが肥大して二つを内包していく必要がある。Photo_3  そしてやがては、一円相へと向かう、というプロセスを経ないでは、完結しないことになる。この図式を使ったほうが、はるかに三位一体から、一円相、無、へとつづく円環が分かりやすい。経済にしても、宣伝業界にしても、それぞれの「あせり」はわかるが、とってつけたような、にわかの「三位一体モデル」ゲームでは、業界人の「思考」遊びにはなっても、究極の詩にはならない。
Photo_4

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グランタ OSHO「私が愛した本」<58>

<57>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <58>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「グランタ」
 
 
6番目。私はいつも、著者が分かっていないある本を愛してきた。それがカビールの弟子によって書かれたということは知られているが、著者は匿名だ。誰が書こうが問題ではないが、誰にしろ書いた人は光明を得ていたに違いない。それだけは何のためらいもなく言うことができる。

 それは小さな、きわめてつたない詩集だ。おそらくその人は、あまり教育を受けていなかったのだろう。だがそんなこともどうでもいい。問題はその中味だ。そうだ中味が問題だ・・・内容が。その本は出版さえされていない。自分たちの財産としてその本を持っている人々が、出版に反対しているからだ。そして私にはその人たちの感じが理解できるし、また彼らに完全に同意する。

 出版されれば、本は世間の一部になるから、自分たちはそれを出版したくないという。その本が欲しいという者があれば、行って、それを自分の手で書き写すことができる。だからインドにはたくさんの写本がある。だが彼らはみんなそれを出版しないと約束している。出版は、確かに本に何かをする。本は機械的なものになる。それは印刷機の中を通り抜けている間に何かを失う。それはその精神を失う。本は死体として出てくる。

 この本には名前がなかった。一度も出版されたことがないから、タイトルは必要なかった。私は、その原本を持っている人たちに、「あなたたちはそれを何んと呼んでいるのか?」と尋ねた。

 「グランタ」と彼らは答えた。

 さて、「グランタ」という言葉をみんなに説明しなくてはならないだろう。それは本が紙ではなく、葉っぱに書かれていたころからの古い言葉だ。ある種の葉っぱは文字を書くことができ、そういう葉っぱを綴り合わせたものは「グランタ」と呼ばれる。「括ること」というのが「グランタ」の正確な意味だ---「葉っぱを括ること」だ。

 その本には、この上もなく勝ちのある言明がいくつかある。2、3みんなに紹介しよう。ひとつ。

 「言葉で言い得ることは気にするな。それは真理ではありえない。真理は言えない」とそれは言う。二つ目。「神とは言葉に過ぎない---意味は深いが、存在はしない。神とは、ある体験を表す象徴に過ぎない。客観物ではない」と。三つ目。「瞑想(メディテーション)とは、心想(メンテーション)ではない。それはマインドがするものではない。逆に心を落とすことが瞑想だ」と。そういったようなことだ。私が「グランタ」を挙げておきたかったのは、それがどこでも触れられておらず、また一度も翻訳されていないからだ。OSHO「私が愛した本」 p173

<59>につづく 

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2010/03/15

転生者オンム・セティと古代エジプトの謎

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「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」 3000年前の記憶をもった考古学者がいた!
ハニー・エル・ゼイニ /キャサリン・ディーズ 2008/10 学研マーケティング 単行本 363p
Vol.2 No.998★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り26冊)

 インドのブッタ達の深遠なる神秘の世界に対応し得るヴォリューム感のある世界というと、そのひとつには、エジプトの遺跡であり、スフィンクスや一連の建造物、そしてその絵文字ヒエログリフがもたらす古代文明の神秘がある。この古代エジプトの謎は、いまだかつて人類が解くことのできないでいる世界の不思議の一つである。

 当ブログは、スタート当初、こちらのほうにも強い関心があったが、途中からしだいしだいに足が遠のいてしまった。その当時の読書歴は「アガルタ探検隊必携本をさがせ」というリストに残っている。しかし、当ブログのこのジャンルに対する追っかけは、決して十分なものではない。チャンスがあれば、こちらの探検を再開したい。(所詮、図書館からエジプト本を山と借りてきて、休みの日に、寝っ転がって何冊も読んでみたいな、という域にとどまるのだが・・・汗)

 なぜ、この領域に入り込んで行かなかったかというと、いくつかの理由がある。

1)他にもいろいろ面白いことがたくさんあり、先にかたづけなくてはならないことがいろいろあったこと。

2)ネット上の読書ブログとして、あんまり無知なことばっかりさらけ出し続けるのも格好わるいな、と思ったこと。

3)そして、全体の中で、他の部分とのつながりがいまいち悪い、ということ。

4)つまり、よき導き手となる本とで出会わなかったこと。積極的に探さなかったとも言える。

5)この領域は、科学なのかフィクションなのか、インスピレーションなのか、判然としなくなり、一重に、ひとつバランスを崩すと、トンデモないことになる可能性があること。

6)いつかは行きたいと思ってはいるが、エジプトの、ピラミッド、という存在が、結局は、自分の中での想像的な存在でしかないこと。たとえば、インドのタジマハールやガンジス川などは一度足を向けているから、それなりのリアリティを持つことができるのだが、今生において、私がピラミッドの地を踏むチャンスは来るだろうか。

7)いずれ、そのチャンスが来るだろう、という予感。

 心理学を新しい科学と呼ぶこともあるが、見当はずれもはなはだしい。心理学はおそらく最古の科学だろう。だが不幸にも、そのもっとも本質的な特徴が忘れ去られた科学になってしまったようだ。ウスペンスキー「人間に可能な進化の心理学」p11

 とウスペンスキーが語る時、逆推すると、私たちは、古代エジプトのピラミッドやスフィンクスの、その姿に見とれるのではなく、本来の、本質的な「心理学」の、ほんとうの姿を、このエジプト文明の中にも探すことが可能なのだということだ。いや、これこそが、ピラミッドが作られた理由であり、また、この21世紀にまで残されている理由なはずなのである。

 この本にでてくる「オンム・セティ」は過去世の記憶を持っていたという。その真偽や、表現の仕方を、今ここで語ることの意味はない。ただ、そのように生きた、ひとりの現代女性がいた、ということは記憶しておく必要がある。

 彼女については、他に「転生--古代エジプトから甦った女考古学者」(新潮社2007)がある。転生、というテーマなら、実は、当ブログもいろいろ隠し味でいろいろ書いている。それらがメインストリートになることはないが、ひとりの瞑想者としてなら、旅の道々におけるエピソードのひとつやふたつは、誰にでもあるはずである。

 Oshoには700年前のチベットにおける何事かがあっただろうし、「自由へのスパイラル・ダンス」のSin Cha Hong も何事か書き残している。その他、いろいろなことを聞いたり体験したことがある。だが、それらは、科学的に証明したり、開発したりするものではなく、また、小説や何事かの芸術作品として表現されたから、といって完結する世界ではない。やはりこれは、三つ目の領域「意識」に深く関わる問題だ。

 だから、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログの読書領域には当然、本書のような本も含まれてくるが、そのことについてのコメントどのように残すか、ということは、なかなか難しく、今後の課題と言える。さはさりながら、今期の中ではなかなか読み進めることのできなかった領域であり、またチャンスがめぐってくるとすれば、そのチャンスをしっかり受け止めてみたいものだ、と今は思っている。 

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インドの心 ムーアヘッド&ラダクリシュナン OSHO「私が愛した本」<57>

<56>からつづく    
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「私が愛した本」 <57>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「インドの心」ムーアヘッド&ラダクリシュナン
 
 
6番目。ムーアヘッドとラダクリシュナンによる「インドの心」だ。ムーアヘッドもラダクリシュナンも、インドのことなど何も知らない。だが不思議にもこのふたりは、まさにインドの遺産をすべて代表するような美しい本を書いた。ただその頂上だけは欠けている。まるでブルドーザーがヒマラヤのすべての頂上を均し尽くして平野にしてしまったかのようだ。そうだ、このふたりがやったのはブルドーザーの仕事だ。もしインドの精神を知っている者があれば---私はそれを「心(マインド)」とは呼べない---その本のタイトルは「インドの無心(ノーマインド)」となるべきだ。

 だが、この本が、インドの最高の高みを代表していないとはいえ、それはなお最底辺を代表してはいる。そして最底辺こそが、多数、99.9パーセントだ。だから実際、この本はほとんどインドのすべてを代表している。それは美しく書かれてはいるが、単なる推測にすぎない。ひとりはイギリス人であり、もうひとりはインド人の政治家だ・・・大した組み合わせだ! そしてふたりしてこの「インドの心」という本を書いた。OSHO「私が愛した本 p158

<58>へつづく 

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「永遠の別れ」 悲しみを癒す智恵の書 エリザベス・キューブラー・ロス

永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書
「永遠の別れ」 悲しみを癒す智恵の書 
エリザベス・キューブラー・ロス (著), デーヴィッド・ケスラー (著), 上野 圭一 (翻訳) 2007/1 日本教文社 単行本 388p
Vol.2 No.997★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り27冊)

 Oshoの「私が愛した本」の「東洋哲学(インド)編」で、本として見つける数冊は読み込み済みで、本として発見できないものは、深追いせずに、Oshoの本をそのまま転記しておくことで、あとへのつながりを作っておくことにした。

 しかしよくよく考えてみれば、Oshoはこれらの本を、他の本と一緒に、あちこちに散りばめておいたのである。それを、いかにも残ったものをひとまとめにしたかのように、一括して転記していく作業というものも、なかなか、感慨深いものがある。このような方法を取ったことを悔いてもいる。

 そもそも当ブログの「ブッタ達の心理学3.0」というカテゴリの中で、この「ブッタ達」というものは、これらの、インドの、本すらない、文字すらもたない、人々、いや、もうすでに、人々とさえいえない、ブッタ達の存在を持ってしてしか、指し示されえないなにかがある、という、ものもしさを感じる。

 当ブログは、あの「私の愛した本」を一通り読みこんだあと、「Osho最後のZENシリーズ」を、本の存在を確認する程度になるだろうが、まずは、それを読みこんでいくことで、最終ステージを迎えようと思っている。

 そのはやる思いから、インドの「ブッタ達」と交互に読んできた「心理学」カテゴリの本を、この辺で外して、一気に「ブッタ達」だけの転記を済ましてしまおうか、とさえ思う。これらの「ブッタ達」に対応できるほどの、「心理学」の本は、なかなか思いつかない。

 そんなはやる気持ちに待ったをかけるのが、このキューブラー・ロスである。彼女の本は図書館で容易に読むことができる。むしろ、心理学を学ぶ者にとっては、避けては通れない定番の本ともいえる。当ブログでは読みこまなかったが、すでに30年前に心理学を学びつつあるときから、彼女は、すぐそばにいた。

 最近読んだ読んでは、84年のトランスパーソナル心理学のシンポジウム報告書「宇宙意識への接近」の中で、キューブラーロスを読んだ。彼女の本は、どんとシリーズで借りてきて、何度も当ブログで読み込もうとしたが、果たせなかった。これほど「死」に臨み続けられる人などいない。私は少なくとも、一冊で十分だ。いや、一冊だって、一息、一息つきながら、ゆっくりとしたスピードで読まないといけない。

 そんなわけで、この「永遠の別れ」という本についてというより、少なくとも、インドの「ブッダ達」に比することのできる「心理学」の本というと、そう言えば、キューブラーロスがいたな、と思い出した、そういうことを記録するために、この一冊をここに登場させておくことにする。彼女の本は、そのうち機会をとらえて、一度、一気読みしてみようと思っている。

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2010/03/14

シュリ・バシャ ラーマーヌジャ OSHO「私が愛した本」<56>

<55>からつづく    
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「私が愛した本」 <56>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「シュリ・バシャ」ラーマーヌジャ
 
 
私が話そうと思っているの8番目の本は、ヒンドゥ教の神秘家ラーマーヌジャによって書かれた本だ。それは「シュリ・バシャ」と呼ばれている。それは「ブラーマ・スートラ」についての注釈だ。「ブラーマ・スートラ」にはたくさんの注釈本がある---バーダラーヤナの「ブラーマ・スートラ」についてはもう話したね。ラーマーヌジャはバーダラーヤナについて独特のやり方で注釈をしている。

 原本はきわめて乾いた、砂漠のようにまったく乾ききった本だ。むろん砂漠にも、それなりの美しさも真実もある。だがラーマーヌジャはその著「シュリ・バシャ」で、それを庭園に、オアシスにする。彼はそれを潤いのあるものにする。

 私はこのラーマーヌジャの書いた本を愛している。ラーマーヌジャ自身は好きではない。というのも彼は伝統主義者だ。私は心の底から伝統主義者や政党派が嫌いだ。私はそういう人間を狂信者だと思っている。だが私にどうしようがある---その本の方はすばらしい。ときには狂信者にさえ、すばらしいことができることがある。だからこれを中に入れるのを許してほしい。OSHO「私が愛した本 p149

<57>につづく 

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「やさしいかくめい1」 リアリティ<1>

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「やさしいかくめい」 シリーズ(1)リアリティ <1>
プラサード編 1978/07 草思社 
Vol.2 No.996★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆(残り28冊)

 私がラジニーシのサンヤシンとして彼のアシュラムで学んだと言うと、こう言われる。

「本当なの。教えて下さる、彼はどんな人だったのか」

 夕食の食卓を囲んで、あるいはティータイムの限られた時間に、彼についてのすべてを話せと言う。彼らは単純に好奇心を感じているだけだ。私のあのとても言葉で言い尽くせない体験の結果を、そして彼の無限の教えを、一言か二言で要約してくれというのだ。

「だから簡単に言って、彼の教えの要点は何なのよ」

 彼らは直接出向いて、体験して、自分自身のものを直接探そうとはしない。何一つ投資しようとはしない。時間も、エネルギーも、はなはだしくはお金も。ただ座って、でなければパーティに出かけて、短い皮相的な対話の切れ端から面白いことだけをそっくり知ろうとするのだ。「生」自体をそんな怠惰の中で受け入れようとする彼らに、私が言えるのは何だろう。Sin Cha Hong「自由へのスパイラル・ダンス」p237

 そして、彼女はまた、こうも言う。

 ラジニーシ・・・・・

 どれほど多くの人が彼を正しく理解できずにいるのかと思うと、ただ驚くばかりだ。今は永遠のサマディの世界に旅立ったが、彼は熱烈に崇め慕われると同時に痛烈な批判を浴びながら生きなければならなかった。Sin Cha Hong「自由へのスパイラル・ダンス」p234

 これは韓国語の「自由のための弁明」がでた1993年の時点のSin Cha Hong の偽ざる心境であろうし、邦訳がでた1998年の時点においても、特段に訂正されてはいないらしいところをみると、韓国人としてのサニヤシン第一号としてのSin Cha Hong の心の中では、いささかも彼への信頼は揺るがないように見える。

 それに比して、日本人サニヤシンの自称「第3号か4号」(「地球感覚,」p144,スワミ・プレム・プラブッダ)などは、早々と、1980年代初頭には、自らのマスターにダーティな言葉を投げつけるようになる。それをどのように妥当化するのかは、ご本人の問題だが、ここにおけるSin Cha Hong のゆるぎない愛と信頼感とは、極めて対比的な、表現と言わざるを得ない。

 1975年にでた小部数の「存在の詩」のあと、1978年7月にでたムック形式の「やさしいかくめい1」には、極めて興味深い記事が掲載されている。当ブログでは、この本について、何度かタイトルのみメモしてきたが、本としては紹介してこなかった。また、この本についての、ネット上の情報は極めて少ないようだ。なんせ、すでに32年前の小部数発行の本である。私の手元に残っているのが不思議なくらいだ。

 当ブログでは何回も触れてきたこの本だが、資料性が高いと思われる部分を大量にアップしておきたいと思った。だが、、著作権の問題もあろうし、技術的な問題もあり、今回は表紙と簡単なデータを貼り付けておくにとどめる。

 そもそも当ブログは、一般公立図書館の開架棚にある、誰でも読める本、を中心に据えて、ブログを展開している。あまり深追いするのは、ここではやめておこう。

<2>へつづく

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神が語る メハー・ババ OSHO「私が愛した本」 <55>

<54>からつづく    
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「私が愛した本」 <55>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「神が語る」メハー・ババ

 7番目はジュナイドなら愛したはずの男、メハー・ババによる本だ。彼は30年間、沈黙していた。これほど長く沈黙していた者は誰もいない。マハヴィーラは12年間沈黙していたに過ぎない。それが記録だった。メハー・ババはあらゆる記録を破った・・・・30年間の沈黙だ! 彼は私が話す時にそうするように、手で身振りをした。なぜなら身振りによってしか表わせないことがいくつかあるからだ。

 メハー・ババは言葉を捨てた。しかし身振りを捨てることはできなかった。彼が身振りまで捨てなかったのは、私たちにとって幸運なことだ。彼といっしょに暮した身近な者たちがその身振りの言葉を記録し始めた。そしてメハー・ババの30年間の沈黙の後に出版された本のタイトルは、かくあるべき奇妙なタイトルだった。その本のタイトルは「神が語る」だ。

 メハー・ババは沈黙に生き、そして沈黙のうちに死んだ。彼は一度も話さなかったが、彼の沈黙はそれ自体彼の言明、彼の歌だった。だからその歌を「神が語る」と題したのもさして不思議ではない。

 「花は話さない・・・」と言っている禅の本がある。それは間違っている。まったく間違っている。花も話す。もちろん、それは、英語や日本語やサンスクリット語では話さない。それが話すのは花の言葉だ。花は芳香で話す。芳香に対してアレルギーのある私にはそれがよくわかる。私には何マイルも離れた所から花が話しているのが聞こえる。だから、私がこれを言っているのは自分の経験からだ。

 これは比喩ではない。もう一度言う。花も話す。だがその言葉は花の言葉だ。「神が語る」とは、それがいかに奇妙にひびこうとも、メハー・ババについては真実だ。彼はまったく口をきくことなく話した。 OSHO「私が愛した本 p114

<56>につづく

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荘子 哲学者たちの死に方 The Book of Dead Philosophers<4>

<3>よりつづく  
哲学者たちの死に方
「哲学者たちの死に方」 <4
サイモン・クリッチリー (著), 杉本 隆久 (翻訳), 國領佳樹 (翻訳)  2009/8 河出書房新社 単行本: 372p 原書 The Book of Dead Philosophers 2008

 荘子(Zhuangzi : 前369~286年)

 私の考えでは、中国古典哲学者の中でも、最も魅力的で機知に富んでいたのは、荘子である。孟子の高尚な道徳主義や、老子の格言や、孔子の道徳主義的な礼節とは異なり、荘子による哲学の世界は、言語学的にもまばゆく、思想的にも人の心を動かさずにはおれないものである。p95

 通常、荘子の英語表記はChuang-tzu となるものと思っていたが、Zhuangzi という表記に出会ったのは初めてだったので、ちょっと新鮮に感じた。ウィキペディアなどでは、後者を採用しているようだ。当然のごとく、その他、多くの表記の仕方があり、どれが正しいとか争うような点ではないだろう。

 しかし「荘子による哲学の世界」という表現は、いささか戸惑ってしまうのは仕方ない。老荘思想と一口に言われる世界であるが、老子とともに荘子は「思想」とは表現されることはあるけれど、いわゆる西洋哲学的センスでの「哲学」とは、いささか趣が違っているだろう。この本が多くの哲学本を書いている哲学者による、「哲学者たちの死に方」というタイトルの本であってみれば、この文脈では、荘子もまた「哲学者」の一人ということになってしまうのだろうか。

 「中国古典哲学者の中でも、最も魅力的で機知に富んでいるのは、荘子である」という言い切りは、「中国古典哲学者」という限定の仕方には、いまいち納得はいかないが、その結論が「荘子」であってみれば、大目にみてあげよう、という寛容な心になることができる。

 Oshoは「私の愛した本」p13の中で、「彼こそは最も愛すべき人間であり、これこそ最も愛すべき本だ」と語っている。列記するのもおこがましいが、先日、私は、「世界のスピリチュアル50の名著」を読んでいて、「この中の最後の一冊となれば、「荘子」、ということになるのではないだろうか。」という直感をメモしておいた。

 荘子の道教解釈の核となっているのは、万物はその本性にしたがって配分されるべきであるという信条である。正しい行いとは、意志の力や空虚な思索に没頭することを通じて何か別なものになるよう強いたりせずに、存在する物事にしたがうことである。これが「無為」という考えに達する方法の一つである。それは何もしないという行為を意味するのではなく、物の本性にしたがって行動するということを意味している。p95

 さすがに哲学者だけにあって、なかなか筋道たてて説明はしてくれるのだが、やっぱりわからない。ごまかされている感じがする。「物の本性」とは何か。つまり「私は誰か」が問われてないと、やはり「無為」も分からない、ということになる。

 そう言えば、ふと、Oshoが荘子を題材とした講話録「虚空の舟」があったことを思い出した。当ブログは、第二期の1024冊の締めに向かって、最後の一冊探しをしているところである。なるほど、このような文脈から考えていけば、「虚空の舟」=「Empty Boat」もまた、当ブログ最後の一冊に成り得る可能性があるな、と思う。

 しかし、それはOsho本の円環を繋ぎ、2500年の東洋の円環を繋ぐことになったとしても、ちょっと古すぎて、そして、常識的結論に帰結しすぎてはいないだろうか。少なくとも荘子に戻るにしても、Chuang-tzu なり、Zhuangziなりとして、何か新しいリフレッシュした切り口がほしい。

 ところで、荘子はどんな「死に方」をしたのだろうか。

 荘子が死を迎える際、弟子たちは儒教的な豪華絢爛な葬儀の準備にとりかかりたがった。だが、彼はこう言ってそれを拒んだ。「太陽と地球が私の棺になるだろう。」 すると弟子たちはこう意義を唱えた。「あなたのお体が、烏や鷲に食べられてしまうのが怖いのです」。すると荘子は、驚くような答えを出した。

 火葬されない体は烏や鷲たちに食い尽くされてしまうだろう。だが火葬された体は蟻たちにすっかり食べられてしまうだろう。されば、おまえたちは烏や鷲の口から食料をひったくり、それを蟻たちの口に与えることになる。なぜお前たちは蟻に好意を示すのか。p96

 先日、映画「おくりびと」のモデルとされる青木新門の「納棺夫日記」を読んだ。親鸞にまつわる思索や、葬祭業としての業務上のあれこれはともかくとして、あの小説では、本当に「死」を見つめているのか、「死体」を見つめているのか、分からなくなるところがある。

 荘子はこう記している。

 死と生は決して途絶えることのない変質である。この二つは始まったものが終わることではない。
 我々がひとたびこの原則を理解すれば、生と死を平等に扱うことができるだろう。
p96

 思えば、当ブログを登録したのは2005年の9月だった。だが、何も書くことがなかった。ネット上の自分のパーソナリティをいかに作るかに悩んだ日々だった。無言、沈黙の日々。その沈黙を破らせたのは梅田望夫の「ウェブ進化論」だったが、それは半年後の06年3月のことだった。

 あれから4年間。私は十分楽しんだ。いま、1024冊の読書のサイクルを二つ経過し、こちらのブログに移ってきてからも7つ目のカテゴリも108に達しようとしている。口の悪い友人たちは、私の名前と、おしゃべり瞑想ジベリッシュの名前を合成して、バヴェリッシュなどと冷やかしてくる。当たっているだけに、なかなか反論もできない(汗。

 もし、当ブログがひとつの円環を求めるとすれば、それは一冊の本に帰結する、ということではなく、沈黙、静寂、虚空、そういう世界に戻っていくことだろう。荘子をめくっていると、自然に、素直に、そんなことが納得できるようになってくる。

<5>につづく  

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ダドゥ OSHO「私が愛した本」 <54>

<53>からつづく    
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「私が愛した本」 <54>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ダドゥ」

 
9番目。もうひとりのインドの神秘家だ。お前たちは彼のことを聞いたことがないかも知れない。彼はダドゥと呼ばれていた。兄弟という意味だ。彼があまりにも愛すべき人間だったので、人々はその本名を忘れてしまった。そしてただ、彼をダドゥ、兄弟として記憶した。ダドゥが歌った歌は何千とある。だがそれは本人が書き残したものではない。それは他の人たちによって集められたものだ。ちょうど、ずっと前に落ちた花を庭師が集めるようにして。

 私がダドゥについて言っていることはあらゆる聖者に当てはまる。こういう人たちは書くことをひどく嫌う。彼らは歌い、話し、踊り、指し示しはするが、自分で書くことはしない。何かを書くということは、それを非常に限定されたものにすることだ。言葉とは限定だ。そうして初めて言葉になりうる。限定されていなければ、それはあらゆる星々を内に含む空になる。それが聖者の体験だ。

 私自身も何も書いていない・・・・自分にきわめて近しかった人たちにいくつかの手紙を書いたことがあるだけだ。相手が理解するだろうと思って、あるいはそう信じてだ。その人たちがそれを理解したかどうか、私は知らない。だから「一杯の茶(邦訳「ア・カップ・オブ・ティー)は私が書いたと言える唯一の本だ。それは私の手紙を編纂したものだ。それ以外に私は何ひとつ書いていない。

 ダドゥの歌は収集されたものだ。私は彼について話したことがある。彼は人が望みうる最高の高みに達している。OSHO「私が愛した本 p98

<55>につづく

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死のアート 哲学者たちの死に方 The Book of Dead Philosophers<3>

<2>よりつづく  
哲学者たちの死に方
「哲学者たちの死に方」 <3
サイモン・クリッチリー (著), 杉本 隆久 (翻訳), 國領佳樹 (翻訳)  2009/8 河出書房新社 単行本: 372p 原書 The Book of Dead Philosophers 2008

 もし私がつよくSin Cha Hong の「自由へのスパイラル・ダンス」に魅かれたとするならば、そこに漂うつよいタナトスのちからであっただろう。もし、私が例えば北山修とか、吉福伸逸とか、村上春樹とか、末永蒼生中沢新一とか言った人々に、当ブログなりの洒落ではあるが、独自の「ZENマスター」の称号を贈れないとするならば、これらの人々からはタナトスの光が立ち上ってこないからだ。

 いや、彼らもまたおおく「死」を語ってはいる。そして、多くの場合において、散漫な読者でしかない私は、大事な部分を読み落としている可能性は大である。しかし、それでもなお、彼らのイメージは、他者における死、概念としての死、哲学的な意味としての死を問うことが多いように思う。

 Sin Cha Hongに私の何かが感応するとすれば、それは、自らの死、死を厭わない、むしろ、自らその死に入っていこうとする彼女独特のタナトス、そこから再生されるエロスの、かぐわしい香りに包まれてしまうからであろう。

禅と死の技芸(Zen and the art of Dying)

 私は禅の専門家ではない。そして禅は様々な形で西洋に導入されているが、私はそれらに対して懐疑的である。しかし禅僧が死の間際に書く辞世の句(詩)という日本の伝統は魅力的である。禅僧は、一般的な遺言以外に、俳句か挽歌形式の短い詩で生への別れを綴る。死を迎える僧は、その瞬間を予測し、死を記し、筆を置き、腕を組んで背筋を伸ばし、そうして死ぬというのが理想的な死に方とされている。やや極端に過ぎ、かつ滑稽な例が日本の禅の創始者の一人である栄西(1141~1215)の死に様である。

 彼は死に方を教えに京都に赴いた。まず観衆に向かって長々と説明をして、それから静かに禅の流儀通りのポーズを取ると、彼はそのまま死んでしまったのである。ところが、彼があまりに突然死んでしまったことを弟子たちが嘆いたため、栄西は一旦生き返り、その5日後に全く同じ様になくなったそうである。これらの辞世の句は、次の古楽の俳句のように、この上なく秩序が保たれた厳格で美しい形式で書かれている。

 元の水に
 帰るぞうれし
 草の露

 あるいは、道教慧端による次の詩

 末期の句
 死、急にして道い難し
 無言の言を言とし
 道わじ道いわし

 だが次の馬仏の俳句のように、辞世の句の多くは驚くほど控えめで、かつユーモアに富んでいる。

 いつ抜ける
 底とも知れぬ
 桶の月

 あるいは、ずば抜けて上手い例として、蟻の餌としての死体という荘子の考えを喚起させる森川許六の辞世の狂歌を挙げておきたい。

 下手ばかり
 死ぬる事ぞと
 思いしに
 上手も死ねば
 くそ上手なり       
 p100

<4>につづく

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シヴァ・スートラ OSHO「私が愛した本」 <53>

<52>からつづく  
Photo  
「私が愛した本」 <53>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「シヴァ・スートラ」

 
7番目。大いなる神秘の数、7だ。私はこの数を、まことに神秘的な男、ヒンドゥ教の至宝の善の概念であるシヴァに与えたい。シヴァの名を冠する本はたくさんある。その多くは本物ではない。もっともらしくするためにその名を使っているだけだ。だがこの本「シヴァ・スートラ」は最も真摯な著作のひとつだ。この本のことはヒンディ語で話したことがある。私はこれについて英語で話すことも考えている。その日程さえ決めてあるのだが、私の知っての通りだから・・・・。

 この「シヴァ・スートラ」という本の中にはあらゆる瞑想の技法が入っている。この本に含まれていない他の技法などありえない。「シヴァ・スートラ」は、瞑想者にとってのバイブルそのものだ。

 アシュ、彼らがなぜ笑っているのか分かっている。笑わせておきなさい。自分がひどくゆっくり話しているのは知っている。だから彼らは笑っているのだ。だが私はそれを楽しんでいるし、彼らは笑うのを楽しんでいる。実にいい、アシュ・・・・・こんなにいい女性が見つかることはめったにない。この世に美しい女性はたくさんいるが、善良な女性となると、やれやれ、なかなか見つかるものではない。馬鹿者たちには笑わせておきなさい。私の方は好きなだけゆっくり話すことにする。

 「シヴァ・スートラ」について話しているところだった---これに似た本はない。これは独特(ユニーク)だ。比類のない本だ。OSHO「私が愛した本p97

<54>につづく

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ゴドーを待ちながら<2>

<1>よりつづく   
ゴドーを待ちながら新装版
「ゴドーを待ちながら」 <2>
サミュエル・ベケット /安堂信也 2009/01 白水社 単行本 196p
★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 先日まで、当ブログは、「フロイト、ヘッセ、グルジェフ」追っかけなるものをしていた。彼らは必ずしも、私のお好みの人々ではない。まぁ尊敬すべき、端倪すべからざる人々ではあった。しかし、何故に彼らを追っかけたかというと、当ブログへのアクセス数の相当数が、この人々関連のキーワードでやってくるのである。

 当ブログには彼らについての記述などそれほど多くない。ほんのちょっとだけだ。しかるにアクセス者たちの絶え間ない来訪をどう考えればよいのか。そこに問題点があった。だから、むしろ、アクセス者たちの影が、当ブログを牽引する効果を生み始めていた、ということになる。

 その意味では、このサミュエル・ベケット「ゴドーを待ちながら」も、その類に属する一冊である。当ブログでは、前回の一回した書いていない。にも拘わらず、このキーワードでの検索で、当ブログがヒットすることがあるようなのだ。

 そのアクセス数に引かれながら、何度も何度も、図書館からこの本を借りてきては、再読み込みのチャンスを狙っていた。しかし、なかなかその機会が訪れない。半年以上、まもなく一年になってしまう。なかなか、この本は単独では書ききれない。

 そこで、今回ようやくそのチャンスが訪れたと判断する。この機会を逃せば、残り数十というところまできた、第二期のサイクルの中ではメモすることはできなくなってしまうだろう。そのチャンスとは、Sin Cha Hong の「自由へのスパイラル・ダンス」との出会いである。

 本についてはすでに5回連続で書いた。そして、アウトラインもそれなりになぞってみた。だが、あの本は1998年出版の本であり、その後の彼女はどうしているのだろう、という最近の消息を尋ねてみることにしたのだった。

Godot_2  出てきたのは彼女の、この数年内の作品である「GODOT」であった。 もちろんこれは、Waiting for Godot、ベケットの「ゴドーを待ちながら」に対するSin Cha Hong 理解のステージなのである。

 う~ん、なるほど。これは決まりだな、と思った。他の記事を見たりすると、"Thoughts of Godot," or "Meditations on Godot," or "My Godot," などという文字が踊っている。

 ゴドーへの瞑想、とでも翻訳するのだろうか。彼女とゴドーなら、ぴったりだと思った。そして、むしろ、ベケットの「ゴドーを待ちながら」を止揚して、Sin Cha Hong 独自のDODOTになるのではないか。そう、それは「ゴドーを待ちながら」ではない。「ゴドー」そのものに、成り得る可能性がある。

 もちろんそのステージを見たわけではないので、無責任なことはこれ以上は言えない。だが、少なくとも、ベケットの「ゴドーを待ちながら」という脚本は、あらたにSin Cha Hong という肉体、その存在を得ることによって、まったく別なステージへ駆け昇っていく可能性があるのではないか、と思える。

Godot2  また、Sin Cha Hong のアートが、単にハワイの小屋や、韓国の郊外の家、あるいは、インドやチベットの雑踏のなかでの、モノローグではなく、「舞踊」として「観客」を必要としている限り、彼女のアートもまた、ベケットの脚本を得ることによって、よりダイアローグとして、広く観客を得ることができるのではないか、と感じられた。

 そんなことを考えながら、また、たいくつするだろうな、とこの本をめくり始めると、これがなんと、以前とはちがって、やたらと、生き生きとした脚本に読めてきた。

エストラゴン  腹がへった。

ヴラジーミル 人参をやろうか?

エストラゴン  ほかのものはないのかい?

ヴラジーミル 大根がすこしあったかな? p28

 もう、どうでもいいような会話でしかないのだが、もしこれが、Sin Cha Hong なら、どう演ずるのだろう、どう舞踊として止揚されるのだろう、という新たなる興味が掻き立てられた。

 そんなわけで、ここに来て、ようやくベケットの「ゴドーを待ちながら」が身体性を獲得したことで、にわかに立体的な空間に、生命が、魂が、湧いてきた、生れてきた、という感じがする。

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2010/03/13

ゴラクナート OSHO「私が愛した本」 <52>

<51>からつづく  
Photo  
「私が愛した本」 <52>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

ゴラクナート」
 
 
5番目。もうひとりの神秘家、タントリカのゴラクだ。彼が練達の士であり、タントラのあらゆる技法に精通していたため、インドではたくさんのことに精通している人間をゴラク・ダーンダと呼ぶ。ゴラク・ダーンダとは「ゴラクの仕事」という意味だ。人は自分の本業からそれるべきではないと考えられている。ゴラクはあらゆる方向に、あらゆる領域に進んだ。

 ゴラクのフルネームはゴラクナートだ。これは弟子たちによって与えられた名に違いない。ナートとは王の意味だから。ゴラクは内なる神秘に入って行くためのありとあらゆる鍵を提供した。彼は言葉で言えることはすべて言った。ある意味では彼は全休止だ。

 だが世界は続く、私もそうだ。世界は全休止など知らない、私もそうだ。私は文章の途中で死ぬつもりだ。そうすればみんなは、いったい私が何を言うつもりだったのかと・・・・その文章をどんなふうに言い終わるつもりだったのかと考えるだろう。私はゴラクナートを尊敬している。私は彼についてはたくさん話している。いつか翻訳されるだろう。だからこれ以上この男に時間を費やす必要はない。OSHO「私が愛した本p96

<53>につづく

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「覚醒の舞踏」グルジェフ・ムーヴメンツ 郷尚文<2>

<1>よりつづく
88178053_2

「覚醒の舞踏」 グルジェフ・ムーヴメンツ <2> 
スワミ・アナンド・プラヴァン 2001/06 市民出版社 単行本 343p
★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 偶然Ma Prem Vartiya「自由へのスパイラルダンス」を見つけて、すっかり舞い上がってしまった。

 「あなたは天性の舞踊家だ。決して舞踊を中断してはならない。続けなさい。あなたには踊りがすなわち求道の道となるだろう。あなたはその道を通って悟りに行き着かねばならない」Osho「自由へのスパイラル・ダンス」p60

 彼女の「舞踊」という言葉で、こちらの「舞踏」を思い出した。この二つの漢字の間にどのような違いがあるのか、今は問うまい。かたやスパイラル・ダンスであり、かたやグルジェフ・ダンスだ。ダンスに変わりはない。

 さて、「覚醒の舞踏」を昨年の5月に読みかけておきながら、何故かぜんぜん進んでいなかったことを発見した。本来であれば、「グルジェフ&ウスペンスキー」の数ある本の中の一冊として読み込まれるべき一冊で、かのリストの中では比較的新しく、なお、書き手がOshoのサニヤシンということもあり、もっと早く再読されるべき一冊であったはずである。

 しかるに、私は、本質的にグルジェフは得意ではないのだ。それこそ、だれかにまた揶揄されるが、Oshoが言ったから、どれ、グルジェフもひととおり目を通してみようかな、という、どこか不純な動機がある。Oshoがグルジェフ&ウスペンスキーに触れなかったら、私は、一切知らないままでも、なんの不足もなかったに違いない。

 そもそも、当ブログは「意識をめぐる読書ブログ」を標榜している現在ではあるが、こうして第二期目の1024冊に向けて、締めにかかってみると、結局は、私が目指しているのは、「意識」なんて漠然としたものではなく、「Osho」オンリーなのではないか、と思う。もうすこし具体的に言えば、「Oshoが言うところの意識」をめぐる読書ブログ、ということになるだろうか。

 どこか偏狭なようでもあり、またターゲットを絞り込んでいる最中でもあるのだから、この狭さは、ある程度必要なことであるだろう、と自分では納得することにする。また「読書ブログ」としてはいるが、本来なら、その情報源なりウォッチすべき領域を「ネット」ととしたいのだが、今は、あまり大枠を変更することはやめておく。それはVOL3の課題ということになろう。

 さて著者の名前でググってみても、この本以外にヒットはなく、1961年生れの科学技術分野でのフリーランス翻訳家ということだが、著者はこの本一冊しか確認できない。ネット上には「グルジェフ 創造と進化の図絵」というHPがあり、ここから著者の近年の情報は得られるかもしれない。

 「実際にワークすることは、ワークを志願することほどむずかしくない」とグルジェフは言う。ムーヴメンツのワークでも、もっともむずかしいのは。それを始めることことかもしれない。生活のためや、エゴの満足のため、あるいはあれこれの「夢」の達成のためならば、ふつう人は、超人的な努力さえいとわない。だが、グルジェフは、人々が「夢」を抱いてワークに接近することを意図的に拒んだ。個人の探求は、状況の恐ろしさと、ワークが提供する可能性の大きさに対する、バランスのとれた理解から始まらなければならない。そして、そのような理解が原動力となるには、それは知的な理解というより、感情的な理解がなければならない。この章の主題となるのは、そうした感情的な理解である。p84

 当ブログにおけるグルジェフ・ワークへの接近においては、この本は、避けて通れないばかりか、一番の入り口になってくれそうではあるが、それを「始める」には、まだその機縁が熟すのを待つ必要があるようだ。それまで、待とう。

<3>につづく

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ラーラ OSHO「私が愛した本」 <51>

<50>からつづく  
Photo  
「私が愛した本」 <51>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ラーラ」
 
 
4番目。私はまったく大丈夫だ。私の番号が正しいからといって心配することはない。時には偶然そういうこともある・・・・。4番目はカシミールのあの女性ラーラだ。カシミールの人たちはラーラをこの上もなく愛している。彼女に対する尊敬のあまり、自分たちにはふたつの言葉しかない、ひとつはアッラーで、もうひとつはラーラだ、と言っているほどだ。カシミール人の99パーセントはイスラム教徒だ。だからその彼らが、自分たちはふたつの言葉しか知らない、アッラーとラーラだ、と言うとしたら、それは大変なことだ。

 ラーラは一度も本を書かなかった。彼女は文盲だった。だが実に勇敢だった・・・・。彼女は生涯裸で通した---いいかね、これは100年前の東洋でのことだ---しかもラーラは美しい女性だった。カシミール人は美しい。インドで本当に美しい人々は彼らだけだ。彼らはモーゼが探し求めていた失われた部族の人たちだ。基本的に彼らは、ユダヤ人にその起源を発している。

 モーゼが自分の同胞をイスラエルに率いて行ったとき・・・。ところであの狂人は何をしていたのだろう。なぜイスラエルへなのかね? だが結局のところ狂人は狂人だ。そこに説明などありはしない。モーゼは自分の仲間のための場所を探していた。彼は40年間砂漠をさまよい、そしてイスラエルを発見した。そのあいだにモーゼは、自分の部族のひとつを失っていた。その部族がカシミールに達していた。

 少なくとも時には迷子になるのもいいものだ。モーゼは彼らを発見できなかった。失われた部族を探し求めて、モーゼがついにカシミールに達したことを知っているかね・・・・そしてそこで死んだ。モーゼの墓碑はイスラエルにはない。それはカシミールにある。

 不思議だ。モーゼはカシミールで死んだ。イエスはカシミールで死んだ。私はカシミールに何度も行ったことがある。だから私は知っている。そこが、「ああ、今この瞬間に死ぬことができたら・・・・! あまりにも美しい。このさき生きることに何の意味があるだろう」と言わずにはおられないような場所だということを。

 カシミール人は美しい。貧しくはあるが、途方もなく美しい。ラーラはカシミールの女性だった。文字は読めなかったが、それでも、歌うことも踊ることもできた。だからわずかだが、彼女が歌った歌が残されている。むろん、ラーラ本人を救い出すことはできなかったが、その歌は今に残っている。私はそれらの歌をこの追補に含める。OSHO「私が愛した本p94

<52>につづく

 

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聖魔女術―スパイラル・ダンス

聖魔女術―スパイラル・ダンス (魔女たちの世紀)
「聖魔女術―スパイラル・ダンス」  魔女たちの世紀
スターホーク (著), Starhawk (著), 鏡 リュウジ (翻訳), 北川 達夫 (翻訳) 1994/11 国書刊行会 単行本: 449p、原書The Spiral Dance 1979,1989
Vol.2 No.995★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆(残り29冊)

 「魂の螺旋ダンス」「自由へのスパイラル・ダンス」に続いて、三冊目の「スパイラル・ダンス」がある。こちらは出版年がすこし遡り、1979年が初版となる。1950年生れの著者が20代の時にだした本であり、のちにシリーズ化している。もっとも、こちらの本も十年後の1989年に改訂されている。日本語翻訳者の名前に「鏡リュウジ」の名前が見えるところから考えても、この本の位置づけがどの辺にあるか、大体想像はつこう、というもの。

 鏡リュウジの名前は書店のタロット・カードなどの本のコーナーにいくとよく見かける。あの少女漫画がさらにきらびやかになった世界の住人、ということになるのだろうか。いつぞや、テレビか雑誌の類でこの方の写真をみたような気もするが、なかなかハンサムで、う~ん、面食いのおいらが女性なら、この男性をみただけで、彼の世界に引っ張っていかれそうだ(なんだか混乱した話だがw)。

 さて、この本、原題は「The Spiral Dance」であるが、邦訳名は「聖魔女術」という。このタイトルは三つに分解されて理解されるべきであろう。「聖」--「魔女」--「術」。

 まずは、真ん中の「魔女」のイメージだが、中世ヨーロッパの魔女狩りを連想するが、まさにその魔女のことであり、本書でのメインのテーマである。そして「ウィッチクラフト」という名称が使われているが、「ウィッチ」--「クラフト」であり、これが「魔女術」となる。それを「聖」という言葉で装飾することで、さらに崇めている。

 「術」であるからは、技術であり、技であり、アートである。本書はその実践の書となっており、当ブログのような斜め読みには向いていない。むしろ、この「術」を自らの「道」するべき人々(もちろん男性を含む)が、座右の書として、日々研さんする上において活用されれるべき本であろう。

 この本を一気に読んで一気に理解するのは、当ブログにとっては負担である。しかるに、この本を理解するには、よいガイドがある。先日、まためくることになった「世界のスピリチュアル50の名著」の中の一冊としてダイジェスト等が容易されているのである。

 この本はスターホーク20代半ばの作品だが、その基となる種子がミリアム・サイモス(現在のスターホーク)の内にまかれたのは、彼女がまだ17歳の頃である。高校卒業から大学入学までの夏の間、サイモスはヒッチハイクでカリフォルニアの海岸沿いを旅し、海辺でキャンプを張って寝泊まりするが、そこで初めて、自然との間に官能的ともいえるつながりを実感したのである。大学一年では人類学の授業をとる一方、課外活動としてウィッチクラフト(魔術)のセミナーを開設する。「世界のスピリチュアル50の名著」p300

 この本、かぎりなくカリフォルニアナイズされているので、完成度は高いが、どちらに向かってその度を高めているのかの判断は、早まるべきではない。

 スターホークによると、ウィッチクラフトは3万5千年ほど前に北ヨーロッパで生まれた。地球の寒冷化で氷冠が急激に南下してくると、そこにすむ民には生き残るための切り札が必要となった。その切り札というのが、一部の者---シャーマンたち---に備わっていた、動物の意識と一体になる能力だった。「世界のスピリチュアル50の名著」p300

 私なんぞは、ここまで来れば、さぁ、来たぞ、と、即、身構えてしまうのだが、カリフォルニアナイズされた文化には、どうしてもこのような舞台装置は必要なようだ。

 14世紀になると、教会は躍起になってウィッチクラフトを邪悪なものだと決めつけ始め、1484年にはローマ法皇インノケンティウス8世が古代宗教の慣行として残るものを根絶すべく、異端審問を開始する。ウィッカの伝承にある男性の有角神は、野生的でありながら非暴力的な男らしさを具現化したものであるのに、悪魔だと片づけられた。そして悪名高い魔女狩りの教本「魔女の鉄槌」が二人のドミニコ会修道士によって書かれると、ウイッチクラフトが信仰と実践を伴ったまともな宗教である認められる権利は、とどめを刺されたも同然だった。「世界のスピリチュアル50の名著」p301

 現在、当ブログがめくっているOsho「私が愛した本」の中に登場するインドの「ブッタ達」の風景も、すぐには理解できない異文化での歴史であるように、ヨーロッパにおける信仰やいわゆるグノーシスと言われる教義化されない文化の底流も、その素地がない者にとっては、なかなか踏み込めない領域として残る。

 クラフトの伝統になじみのない者には、「聖魔女術」は驚きと発見に満ちている。出版20周年記念版の序文で、スターホークはウイッチクラフトの発展を振り返り、初版でウィッチクラフトの歴史を概観した自分の文章は、非ヨーロッパ文化においてウィッチクラフトが伝統的に強い力を持っていたことを適切に考慮していなかった、と記している。

 スターホークが言わんとするのは、女神信仰の広がりゆえに、ウィッチクラフトは古代宗教となったばかりか、世界宗教にまで発展したということである。後代の宗教は、この古代の遺産を覆い隠したり、その一部を盗用したり、破壊したりした。「世界のスピリチュアル50の名著」p305

 ウィッチクラフトをかばうあまり、ひいきのひいき倒しになるような表現がやや気になるが、いわゆるこのような表現は、「カリフォルニア文化」(あえて言う)に特徴的な性向であると感じる。

 彼らの中には動物の群れを罠や崖っぷちに「呼びよせる」能力を付与された者がいました。呼びよせられた動物は自ら進んで捕えられてしまうのです。この能力を付与されたシャーマンは動物の精神レベルに自らを調整するすることができたのです。こうすることによって、彼らは全ての生命に息づく拍動を、生きとし生けるものに去来する「二重螺旋のダンス」を感じることができるようになりました。そして彼らはこの感覚を言葉を超えた豊かなイメージで表現したのです・・・女神---生命を与えるもの---全ての生命を存在せしめるもの、狩猟神---狩人そして獲物---狩られたものが死の門口に立つとき新しい生命が生れ出る永遠の理(ことわり)。「聖魔女術」p36

 本書p179には「二重螺旋(ダブル・スパイラル)」というエクササイズも紹介されている。  

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グル・グランダ・サヒブ OSHO「私が愛した本」 <50>

<49>からつづく  
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「私が愛した本」 <50>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「グル・グランダ・サヒブ」
 
 
2番目はシークの本「グル・グランタ・サヒブ」だ。これはひとりの人間によって書かれたものではないので、私にはその著者の名前をあげることはできない。これは代々編纂を重ねてきたものだ。それはあらゆる源泉から編集された。世界中にこんな本はほかにない。

 「旧約聖書」はユダヤ教の聖典に過ぎない。「新約聖書」はキリスト教の聖典にすぎない。「バガヴァッド・ギーター」はヒンドゥ教の聖典にすぎない。「法句経(ダンマパダ)」は仏教徒の聖典にすぎない。「ジャイナ・スートラ」はジャイナ教徒の聖典にすぎない。だが、「グル・グランダ・サヒブ」は、ありとあらゆる源泉から採られた世界で唯一の本だ。その源は、ヒンドゥ教からも、イスラム教からも、ジャイナ教からも、仏教からも、キリスト教からも来ている・・・・このおおらかさ。いささかの狂信もない。

 タイトルの「グル・グランダ」とは、「祖師たちの書」、あるいは「師の書」を意味する。その中にはカビールも、ナナクも、ファリドもいる。さまざまな伝統、さまざまな学派に属する神秘家たちの長い列がある。あたかも何千という川が海で出会っているようなものだ。「グル・グランダ」は、海に似ている。

 ナナクのの文章をひとつだけ訳してみよう。ナナクが開祖だ。だからもちろん彼の言葉は「グル・グランダ」に編集されている。彼がシーク教徒たちにとって最初の導師だった。それからほかの9人の導師たちの列が後に続く。シーク教は10人の導師たちによって創られた。これはめずらしい宗教だ。なぜなら他の宗教はどれも、ただひとつの導師によって創られたものだからだ。

 ナナクは言う。

 「真理、究極の真理は語りえない。だからどうか私を許してほしい。私はそれについては話すまい。ただそれを歌に歌おう。音楽の言葉を理解できるなら、それはおそらくそのハートの琴線に触れるだろう。その明りの伝承は、言葉を超えている」と。

 「グル・グランダ・サヒブ」・・・・シーク教徒たちがこれを「サヒブ」と呼ぶのは、彼らがこの本を、あたかもそれが生きてでもいるかのように、それが師の霊そのものであるかのように崇めているからだ。

 だが本は本だ。そしてそれぞれの師が立ち去るやいなや、その本は死ぬ。その言葉は死んでしまう。だから彼らは、まさにほかのすべての宗教と同じように、美しい死体を運んでいるのだ。ついでだが覚えておきなさい。宗教とは、ほんの一瞬、ひとりの導師の臨在の下でのみ生きているものだ。その導師がいなくなれば、それはひとつの信条(グリード)になる。そして信条とは醜いものだ。

(中略)

 「グル・グランタ」は、10人の生きた導師たち、10人の光明を得た人たちの言葉を編纂したものだ。ほかのどんな本も、これと比べることはできない、と言おう。それは比較を絶している。ナナクは言う。「エク・オムカール・サダナ---真理はひとつしかない。その名前を言い表すことはできない」と。東洋ではそれはオムカールと呼ばれる。オム---ただひとつ真理であるもの。無音の音、音が消えた後、そこに広がる沈黙・・・・エク・オムカール・サダナ。OSHO「私が愛した本p90

<51>につづく

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自由へのスパイラル・ダンス<5>

<4>よりつづく

Spiral_4
「自由へのスパイラル・ダンス」<5>
洪 信子 (著, 原著), 兪 澄子 (原著, 翻訳) 1998/08 フィルムアート社 単行本 253p

 洪 信子、シン・ホンジャ、Ma Prem Vartiya、Hong Sin-ja、Sin Cha Hong、など、さまざまな呼称の可能な彼女ではあるが、ハングルの文字での名前「홍신자」で画像を検索してみると、たくさんでてくる。はて、どこまでが彼女や彼女関連の画像か分からないが、これは彼女だろう、という画像も一杯でてくる。


Rajneesh_7  「푸나의 추억-라즈니쉬와의 만남」が「プーナの追憶 ラジニーシとの出会い」(精神文化社刊)1993年292pということになる。すでに古書として流通している。

 この本を読んでみたいが、ハングル文字のたった一個さえ読めない現在の私にとってはかなわぬ夢である。この本を買って、一頁一頁ずつスキャナで読ませて、それを翻訳機にかける、という手はあるが、それでも、大体の概略はつかめるはずだ。もっとも、だれかが翻訳して出版してくれるのが、もっともよいことなのだが、それはどこまで可能性があるのか、いまのところはまったくわからない。

 ひょっとすると、すでに邦訳がでていたり、英訳がでていたりするかもしれない。あるいは、そのプロジェクトが水面下で進行しているかもしれない。なにはともあれ、ここに、読んでみたい、という読者のひとりがいますよ~、と大声で宣言しておこう。

 ウィキペディアでSin Cha Hongを見てみると、短いがすでに a meditation master として紹介されている。なにも今更、当ブログがおっとり刀で彼女に、当ブログ特製の「ZENマスター」の称号を贈るまででもないようだ(笑)。インタビュー記事やニューヨークタイムスの彼女について記事などもリンクされている。

 ネット上では、彼女は1943年生れという紹介のされかたもしているが、1963年に淑明女子大英文科を卒業しているp246とすれば、この「自由へのスパイラル・ダンス」巻末略歴通り、1940年生れととっていいのであろう。

 このまま、彼女の韓国語に翻訳したOshoの本や、あるいは中国語に翻訳された彼女の本などを検索してみたいとは思うが、現在、収束過程にある当ブログとしては支線に入り込んでいく危険性を感じるので、この本をめぐる話題もそろそろこの辺で収束をめざそうと思う。

 1973年、「祭禮」でニューヨークの舞踊界へのデビューを飾り、韓国の国立劇場で凱旋公演をはたしたホン・シンジャ。彼女の舞踊は当時の韓国人にとって衝撃以外のなにものでもなかった。時代は戒厳令下である。言論の自由、集会の自由を禁止する政治は芸術活動にも大きな壁として立ちはだかっていた。

 金大中氏拉致事件、金芝河氏の筆禍事件等の例を挙げるまでもない。女性のミニスカートもだめなら、男性の長髪も禁止だった。日常生活に暗い影を落とす政治の重圧に打ちひしがれて、ただ暗欝な日々をすごすしかなかった人々は外の世界に、何よりも自由に渇きをおぼえていた。

 そんなときにである。憧れの自由の国アメリカで、韓国人が、それも女性が自由に羽ばたいているということを知った時の驚き。その驚きはホン・シンジャの舞踊、「祭禮」への評価に勝っていた。というのも彼女は1970年代の韓国社会の先の先を歩いていて、その舞踊が理解できるほど社会はまだ成熟していなかったのだから。

 渡米して7年目にして、彼女は韓国を振り向いた。そして幼児体験とも重なる姉の死をモチーフに韓国の伝統的なシャーマニズムの<招魂>の心を自分の舞踊に取り込んだ。新たなスタイルで組み立て直したのだ。が、それはニューヨークでの評価はさておき、当時の韓国舞踊界の常識を破る異空間の体現だった。

 国立劇場の舞台の上で、それは外の世界の存在を暗示していた。

 なぜ生きるのか。なぜ死ぬのか。なぜ踊るのか。兪 澄子p250「訳者あとがき」

 この本がフィルムアート社から出版されていた、ということもなかなか象徴的なことだと思う。ましてや1998年という年代がまた曲者である。この年代、日本は例の麻原集団事件の影響で、いわゆる精神世界の本は全体的に苦境に立たされていた。その時代にあって、この本は、芸術分野の本として、芸術分野に強い出版社からでていたことは、日本の時代を考える時、なかなか興味深いものがある。

 それはそれとして、彼女が提出する課題は、時代を超えて、私たちを心から動かす。

 なぜ生きるのか。なぜ死ぬのか。なぜ踊るのか。

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マルクダーサ OSHO「私が愛した本」 <49>

<48>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <49>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「マルクダーサ」

 今日の1番目の名前は、西洋では聞かれたことすらない名前、マルカだ。この人はインドでは最も重要な神秘家のひとりだ。フルネームはマルクダーサだ。だが彼は、あたかも自分が子どもでもあるかのようにマルカとしか呼ばなかった。そして彼はほんとうに子どもだった。「あたかも」ではない。
 
 私はマルカについてはヒンディ語で話したことがある。だがあれはほかの言葉に訳されるまでには長い時間がかかるだろう。理由は簡単だ。マルカはあまりにも変わっていて、あまりにも神秘的だからだ。驚くべきことに、注釈者や、学者や、バラモン学者がこれほどいっぱいのインドで、マルクダーサについて注釈しようと思った者はひとりもいない。マルカはそれほどにも難解だ。彼は私を待たねばならなかった。私が彼の最初の注釈者だ。そして多分、最後の注釈者になるだろう。

 ほんの一例だが・・・・・

 アジガル・カライ・ナ・チャカリ・パンチ・カライ・ナ・カム・ダス・マルカ・カハ・ガエ・サブ・ケ・ダタ・ラム・・・

 さて、今度は訳してみよう。正確に同じにはならないだろうが、それは私のせいではない。貧弱な英語に、このような豊かさが込められるはずがない。マルカは言う。「蛇は一度も仕事に出かけない。鳥も働くことはない。そして」とマルカは言う。「実際そんな必要はない。存在がみんなを養ってくれているのだから」と。マルカはゾルバなら好きになりそうな人だった。彼は若干の狂気と、深い瞑想の人だった。

 マルカは深く瞑想に入ってこう言った。

 マラ・ジャポン・ナ・カル・ジャポン・ジビヤ・ジャポン・ナ・ラム、スミラン・メラ・ハリ・カライン・メーン・パヤ・ビスラム

 彼は言う。「私は神の名を呼ばない。また祈りのためにロザリオも使わない。私はまったく祈らない---そんな馬鹿げたことを誰がする!」と。マルカは続ける。「本当は、神が私の名前を覚えている。私が神をおぼえている必要はない・・・」と。分かるかね? 若干の狂気と深い瞑想だ。マルクダーサは、私が何のためらいもなく、光明を超えていると言うこのできる人のひとりだ。彼は十牛図の十番目の絵になっている。OSHO「私が愛した本」p88

<50>につづく

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自由へのスパイラル・ダンス<4>

<3>よりつづく

Spiral_4
「自由へのスパイラル・ダンス」<4>
洪 信子 (著, 原著), 兪 澄子 (原著, 翻訳) 1998/08 フィルムアート社 単行本 253p

 悟りにたどり着く道、その道は無限に多い。それは山に登るのと同じことだ。既に出来上がった道から登ることもできるし、道を作りながら登ることもできる。連れ立って登ることもできれば、一人で登ることもできる。運がよければ、すでに登ったことのある人に出会い、その人の案内で無駄足を踏まずに正しい道をすぐにもたどれるだろう。そして、運が悪ければ、道を間違えて数十回の試行錯誤の末に結局は登れないかも知れないのだ。
 
 私たちは悟りの山を登るための道中にある。宗教と師がその道案内をすることもある。しかし、その案内者の手を握って山に登っても、ある時期にその手をすっかり離さなければならない。彼らが私たちの代わりに山に登ってはくれないからだ。
p238

 彼女はシャーマニックな舞踊家とされる。アマゾンや図書館の本の紹介を見るとこうある。 

 なぜ踊るのか、なぜ生き、死ぬのか? 現代韓国の前衛舞踏の第一人者、洪信子の波瀾の人生と繊細かつ大胆な感受性を告白した舞踊と人生の告白録。(「BOOK」データベースより)

 現代韓国の前衛舞踏の第一人者であり、そのシャーマニックな宇宙的動きが世界的評価を受けている洪信子。彼女の破天荒な人生と繊細にして大胆な感受性を告白した舞踊と人生の書。(「MARC」データベースより)

 それほど使いなれた言葉ではないが、シャーマンやシャーマニック、と言い放ってしまうところに、何かを類型化し、軽くスティグマを張ることによって、近寄りがたいものとして分離してしまいかねない危険性があるのではないか。著者の魂のベクトルは、決して特別なものではない。むしろ人間としての、より本質的な、根源的なものである。

 アメリカで暮らしはじめて10年の間に、私は思いがけず前衛舞踊家となり、いわゆる成功なるものをおさめた。そして、一時帰国した韓国では舞踊界を騒がせる公演も何回か行い、それによって有名にもなった。その後、私はすべてを清算して出家さながらにインドへ旅立った。1976年のことである。私がなぜインド行きを決めざるを得なかったというのは、とても言葉では言い尽くせないが「生の根本的な問題に懐疑を感じて」とだけ、まずは言っておこう。

 当時私は悟りを開くのだという途方もない欲望を抱いていた。p31

 この本は、アメリカのニューエイジ風に、エンターテイメント風にアレンジされていない。つまり、ドラマツルギーが「確立」されていない。だから、2時間の映画をみるように、強烈なエキサイティングな感動と、急に戻る日常生活への着地点を、ほい、ほい、と簡単に切り替える娯楽作品のようにはできていない。たんたんとしつつ、いきつもどりする、もどかしさがある。まるで、この本自体が、ひとつの彼女の舞踊のようだ。

 だから私には踊りの弟子があまりいない。舞踊学徒より、むしろ修行と求道、とりわけ踊りをとおしての求道に関心を持つ人が教えてもらいたいと、連絡してくるほうが多かった。そして、彼らの熱意のほうが学校の弟子たちのそれよりずっと大きかった。おそらく私が当時、「サラハの歌」と「マハムドラの歌」を翻訳出版した直後だったからかも知れない。この2冊の本はタントラ仏教の根本であるサラハ(Saraha)とティロパ(Tiropa)が残した各々の頌歌についてラジニーシが講義したものだ。韓国の読者はこの本をとおして初めてラジニーシに出会えた。ラジニーシを直接たずねて行くことのできなかった彼らが、その渇きを私をとおしていやしたかったのかも知れない。p239

 一志社という出版社から「マハムドラの歌」が出たのが1979年、「サラハの歌」が1980年。ほとんど、日本と同じころに韓国でもOshoが紹介され、人々に読まれていったということになる。p249参照。

 このように熱心な人々が引き続き集まってくるので、今も年に1、2回は1週間、もしくは10日間ずつの瞑想キャンプを開いている。私は自らが悟りへの道の立派な案内者になれるとは思わない。しかし、私の手を握って山を登ろうとする人には私の手を差し伸べる。十分とは言えないが、私の手を握ってでも、あるところまでは行けるからだ。私はただ、私が引いて行けるところまで、手を握っていてあげればいいのだ。たとえ山の中腹までしか登れないにしても。p242

 これは1993年にでた「自由のための弁明」という原題の韓国書籍の中にある言葉だから、この年代の著者の心境と思われる。

 検索してみると、彼女のインタビュー記事などもでてくるし、Youtubeでは、Sin Cha Hongの「Dream of Life」2003という作品の短い動画があった。彼女のどのような位置づけになる作品かわからないが、とりあえず貼り付けておく。

<5>につづく

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2010/03/12

ジャイナ・スートラ マハヴィーラ OSHO「私が愛した本」 <48>

<47>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <48>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ジャイナ・スートラ」マハヴィーラ

 2番目。「ジャイナ・スートラ」--「勝者の経典」だ。「ジャイナ」とは美しい言葉だ。それは征服者--「自らを征服せる者」を意味する。
 私はこれらの経典について、何巻にもわたって話したことがある。だがそれらのは本、まだ英訳されていない。ひとつ言っておきたいのは、私がこの「ジャイナ・スートラ」をこの追補の中に含めるということだ。

 誰ひとりマハヴィーラほどに静かでもなければ、裸でもない。沈黙だけがそれほどにも裸でありうる。いいかね、私はヌードとは言っていない。裸と言っている。このふたつの言葉はまったく違う。「ヌード」はポルノグラフィックだ。「裸」とは、完全にオープンであるということ、傷つきやすく、覆われていないということだ。子どもはヌードではなく、裸であるだけだ。裸のマハヴィーラは実に美しい。

 マハヴィーラはこの経文を、誰にも一度も語ったことがないと言われている。ただ、その傍らに坐っていたごく親しい者たちだけが、心の内にこれらの経文を聴いた。彼らはそれをただ聴いた。これこそ最大の軌跡のひとつだ・・・。マハヴィーラを囲んだ11人の親密な弟子の内なるサークルがあった。そして全員が同時に同じ言葉を聴いて、それは記録に値すると考えた。マハヴィーラは、口に出しては何ひとつ言わなかったが、微妙な方法で、ある波動を通して語った。

 この「ジャイナ・スートラ」は、世界中のほかのどんな本ともまったく違った方法で書かれた。師は沈黙したままだった。そして11人の弟子が同時に--この「同時に」という言葉を強調してもらいたい--同じ言葉を聞く、そしてそれを記録する。このようにして「ジャイナ・スートラ」は生まれた。何という本の生まれ方だろう! これ以上美しい生まれ方を考えることはできない。そしてそれらの経文は、たしかに人間が達しうる最高の光を、そして自らを征服する科学のすべてを含んでいる。OSHO「私が愛した本」p72

<49>につづく

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自由へのスパイラル・ダンス<3>

<2>よりつづく

Spiral_2
「自由へのスパイラル・ダンス」<3>
洪 信子 (著, 原著), 兪 澄子 (原著, 翻訳) 1998/08 フィルムアート社 単行本 253p

 ラジニーシに出会ってから私は舞踊にたいする概念を完全に考え直すようになった。彼は踊りについて今まで誰からも教えられなかった偉大な話で私を目覚めさせてくれた。彼は舞踊から離れようとしていた私に、舞踊の何たるかもしらずに闇雲に踊っていただけの私に、あらたに舞踊に目覚めさせてくれたのだ。p62

 芸術家やアーティスト、あるいは表現にたずさわる人間達が、Oshoに近づくと、一時的に、あるいは永遠に、その道から遠ざかってしまう、という現象を、私なりに感じてきた。かくいう私などは、もともと才能がなかったにせよ、何かを表現せんと、文字を書いたり、印刷機を回したりしていた。しかし、Oshoの言葉に出会ってから、それまでの自分の存在基盤そのものが瓦解するような現象を体験し、その道は私の道ではなくなった。

 こうして著者のように、自らの道から離れようとしていた時期にOshoと出会い、あらためて自らの道を歩もうと決意したところに、彼女の稀有さがある。そもそも、彼女自身のテーマの立て方、道の見つけ方が、最初の最初から、Oshoとチューニングされていた、ということだろう。だからこそ、その後の彼女の道のりが、いわゆるOsho追随の道ではなく、一定程度の距離がでてくるのに、それでもなお、読者としての私は、彼女の道が彼女のいうところへの「自由」へのスパイラルダンスである、ということに圧倒的に説得されてしまう。

 やっと歩けるようになった時、私はラジニーシをたずねて、彼に体の具合が悪いことを訴えた。彼は私の目を見て、すべてわかったと言わんばかりに話した。

 「今のあなたの体の病気は精神に起きた変化によるものだ。その病気の後はあなたの体が新鮮になるだろう。時には、私たちには心身の毒を洗い流すために病気が必要になる」

 私は理解できた。p106

 ある時、20代のサニヤシンが亡くなった。

 彼女の屍はアシュラムに移され清められた後、きれいなオレンジ色のサンヤシン服に着替えて火葬場に運ばれた。出発する前、ラジニーシは私たちに、死をいかに受け止めるべきかについて短い説教をした。

「彼女は死を素直に受け入れた。それは最も難しいことだ。なぜならば人間はそのように教育されたからだ。死は人生の終わりで、恐怖で、そして苦しいものであると。しかし、死は生の部分であって生の終わりではない。それは人生の絶頂であるだけだ。人生の絶頂を恐れるならば、どうして人生を楽しめることができるのか」

 だからそれを祝福するお祭りの夜を過ごすよう、彼は私たちに言った。たくさんのサンヤシンたちが彼女の後に続き、火葬場で彼女の屍が炎に包まれると、歌い踊りはじめた。夜の闇は屍を燃やす火柱と踊るサンヤシンたちのオレンジ色の衣装を美しい花模様に浮かび上がらせた。夜明け方、最後の煙が細く天に上がって行くまで私たちの踊り、私たちの歌は終わることがなかった。

 死はこのように美しい儀式だった。死はこのように美しい祝祭だった。死はこのように美しい踊りであり、歌だった。p107

 私は、このブログで何をしようとしているのだろうか。たくさんの素晴らしいと評価される本を手にとり、時には笑い、時には難解な文章を放り投げる。時には長い小説に再チャレンジし、また論敵には、汚い言葉を投げつける。新しい本を立ち読みし、古い本を国会図書館からわざわざ取り寄せてもらい、もよりの図書館に通いづめになる。

 いろいろな本との出会いがあるが、思わぬところでOshoと出会うと、それだけで私は舞い上がってしまう。期待していなかっただけ、突然のOshoの出現に、体が舞い上がる。心も舞い上がる。私はこのブログで、そういう本たちと出会いたいのだと思う。そのことが一番したいのだろう。

 著者の文章は、多分、韓国の人達が話す言葉で書かれているのだろう。それが邦訳されて、私は日本語で読んでいるのだが、英語から翻訳されたものとはちょっと違う、なにか優しさというか、深みを感じる。それは彼女のもともとの魂の状態によるところも大きいのだろうが、もちろん、女性であるとか、舞踊を道としている、とか、さまざまな要因はあるにせよ、おなじ東洋のすぐ近くの半島に生きている人、という近さにあるのかもしれない。近くて遠い半島から、Oshoに対するこれだけの強いメッセージが送られていることに、私は身ぶるいする。

 「生命は死なない。死ぬのはあなたのエゴだ」

 死についてのそれまでの悟りを圧縮したような一文が私の頭をかすめた。ラジニーシの言葉だった。
 私は地団太を踏むのはもうやめて、あたかも師にひれ伏すように諦めの中で波に自分を完全に預けてしまった。頭がぼんやりしはじめ、体が鈍くなってくると、もう息をすることができなかった。水がどんどん喉を声、もうこれ以上とても飲めないくらいたくさんの水を飲んだ。ところがこんな苦しい状態を越すと、急に私の体は楽になり始めた。楽になるというより恍惚になるまでだった。すでに私の意識ではなかったからだろう。と、一瞬のうちにすべてがぴたりと止まった。
p110

 女性であること、舞踊家であること、韓国の人であること、ニューヨークで暮らした人であること、ハワイに自分のスペースをもっていること、インドやアジアを旅したこと。そして、もう、だいぶ高齢であるらしいこと。それらの、外面的なさまざまな形容を使っても、彼女の魂は、十分に表現できない。彼女は彼女の独自の魂をもっている。

 私はインドという地理的な空間は離れたが、インドで学んだ瞑想から離れることはできなった。瞑想はいつも私の生活の中にあった。私にとって瞑想とは精神と肉体が、実際にこの二つは一つである。同時に参加する一つの運動だ。この運動で私は自らの病気まで治療することができたのだ。p127

 彼女の表現は、決して詩的ではないし、もちろん論理的でもない。時には、彼女の原文がそうなのか、翻訳が十分でないのか、文化や習慣が違うのか、と、ややいぶかしくなるところもないではない。しかし、その距離感が心地いい。手を伸ばしてもう届かないところに行ってしまっているわけでもなく、剥がそうとしても撞着しすぎていて、もう剥がしようがないというほどの近さでもない。心地いい距離感がある。

 そのたびに私は自らの体験をとおして得たことを彼らに伝えた。生活を投げうって求道の道に進もうとする人を対象にしたのではなかったので、私が伝えたのは生活の中でたやすく実践できる難しくない瞑想法だった。しかし、どれもすべて瞑想の基本的な原理と真髄を取り入れるようにした。p130

 彼女には気負いもなく、ためらいもない。これまで私のブログでいろいろと登場してくれて、私の良い遊び相手になってくれた人々、例えば、北山修とか、吉福伸逸とか、村上春樹とか、末永蒼生中沢新一、とか、そういった人々に、当ブログの独自の範疇で「ZENマスター」トレーニングコースをほどこそうか、と思っていた(笑)。しかし、ここまで読んできて、彼女こそ、そのZENマスターの称号にふさわしいのではないか、と、思った。

 前世でおそらく私は一生懸命に修行をしていた行者ではなかったろうか。ところが現世でふたたび修行したのを考えると、どう考えてても前世で私は完全に解脱できなかったらしい。前世で私は何に失敗したのだろう。ひょっとすると結婚してみなかったということではないだろうか。だから現世で遅まきながら結婚もし子供も産んで人間として経験すべきあらゆる過程を踏まねばならなかったのか。p150

 家庭については、さまざまな異論がある。しかし、私はここでの彼女の述懐に賛成である。

 ラジニーシ・・・・・

 どれほど多くの人が彼を正しく理解できずにいるのかと思うと、ただ驚くばかりだ。今は永遠のサマディの世界に旅立ったが、彼は熱烈に崇め慕われると同時に痛烈な批判を浴びながら生きなければならなかった。p234

 このワンフレーズ、ワンセンテンスが、私には目新しい。「どれほど多くの人が彼を正しく理解できずにいるのかと思うと、ただ驚くばかりだ。」 この言葉を日本語で聞いたことがあるだろうか。やや近いものに玉川信明の「知識人の怠慢というより悲劇」という言葉があるが、玉川の場合は、Osho理解がやや書籍に偏り、しかも日本語文献のみがその依拠すべきところであった。しかもその言葉が向けられたのは、いわゆる「知識層」やマスコミに対するものだった。

 私の目には、むしろこのMa Prem Vartiya、あるいは洪信子(ホン・シンジャ)の視線は、傷ついたイエスを抱く、聖母マリアが天に向かってつぶやいている姿とさえ重なってくる。

<4>につづく 

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ヴィヴェク・チュダマニ シャンカラチャリア OSHO「私が愛した本」 <47>

<46>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <47>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ヴィヴェク・チュダマニ」シャンカラチャリア

 10番目。私はいつもシャンカラチャリアについて話したいと思っていた。現在のではなく、初代の、本当のシャンカラチャリア、元祖シャンカラチャリアだ。私は、彼の有名な本「ヴィヴェク・チュダマニ---(「覚醒の峰の宝石」)」について話そうと決めたことがある。最後の最後になって、知っての通り私は狂人だから、最後の土壇場になって、私はそれについて話さないことにした。理由は単純だった。この本は、愛よりも論理に傾いた本だ。だから私は、その論理で苦しむことになるはずだった。

 それは小さな本ではない。大きな本だ。私は、8ケ月間、休まずにそれについて話すことになっていた。それは長い旅になっていたことだろう。だから中止した方がよかった。そこで私はそれについては話さないことに決めた。だが、今数えあげている偉大な書物の中には入れておかねばならない。

 このシャンカラチャリアによる「ヴィヴェク・チュダマニ」にはむろん、そこここにダイヤモンドや、花や、星がある。だがその間にはバラモンのがらくたがあまりにもたくさん、うず高く混ざっていて、私にはとても我慢できない。だがその本は偉大だ。ただ石や泥がまわりに多すぎるからというだけで、ダイヤモンドの鉱山を放棄するわけにはいかない。OSHO「私が愛した本」p66

<48>につづく

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自由へのスパイラル・ダンス<2>

<1>よりつづく

Spiral_3 
「自由へのスパイラル・ダンス」<2>
洪 信子 (著, 原著), 兪 澄子 (原著, 翻訳) 1998/08 フィルムアート社 単行本 253p

 「あなたは天性の舞踊家だ。決して舞踊を中断してはならない。続けなさい。あなたには踊りがすなわち求道の道となるだろう。あなたはその道を通って悟りに行き着かねばならない」。このOshoの言葉を聞いているうちに、そういえば、「Dance Your Way To God」と言うダルシャンダイアリーがあることを思い出した。邦訳名「生命の歓喜」。そういえば、あの本も76年のダルシャン風景ではなかっただろうか。

 さっそく探してみると、それは1976年の7月28日から始まっていた。Ma Prem Vartiyaのテイクサニヤスからわずか2日後のことである。はてはて、不思議なものだ。これは正しい日時の記述であるのだろうか。実は、この本、いくらかの誤植や翻訳上の不正確さが感じられるところがある。

 1996年6月。アメリカに発つ日、昼間家族の見送りを受けてキンポ(金浦)空港まで来たのだが、実際に見送りに来た皆が皆、私が出発するということにまだ驚いていた。ずっと内緒にしていて、前々日になって突然知らせたからである。p82

 などというところは、「1996」年ではまずいだろう。これは「1966」年の6月であるはずだ。日本にビートルズがやってきた時である。誤字脱字のオンパレードの当ブログが他人の誤植をあげつらうのもどうかと思うが、まま、文章にはこういう大事なところで間違いもある。

 アメリカの地に数万人の弟子を引き連れてきて2年目に、強制追放される身となった。彼の祖国、インドも彼を排斥していたが、自由の象徴であるアメリカでも排斥されたのだ。20世紀の聖者、彼を死ぬまでに一目見ようと大騒ぎする群衆はいても、彼の居場所はどこにもなかった。p237

 ここらあたりでも、「2年目」とは、ちょっと短すぎないだろうか。私の記憶では、Oshoは80年にアメリカに渡り、85年にアメリカを離れたわけだから、ここは「5年目」となったほうが、より自然に思う。まぁ、しかし、それは、表現のちょっととした違いによるところも多い。

 ただ、このMa Prem Vartiyaのテイクサニヤスの日の記述が、本当にこれで正しいのかどうか、それを調べるには、その正確性が確保されないと、探しようがない。もしあの記述が正しければ、そのダルシャン風景は「A Rose Is A Rose Is A Rose」あたりにありそうなのだが、まだ見つけていない。

サンニャーシンたちを生み出すことによって
私が望んでいるのは、何人かの踊り手たちをつくることだ
彼らのそのダンス、そのお祝い
そのよろこびやその歓喜を通して
彼らは地上に神を祝うことだろう 
Osho「生命の歓喜(Dance Your way to god)」p9

 まさに、ここにミッシングリンクのひとつが発見されたような喜びがある。

 ネット上を見ると、Ma Prem Vartiyaは韓国人としては初めてのサニヤシンのようだ。そして4冊のエッセイ集があり、一冊に「プナの追憶--ラジニーシとの出会い」(1994)p59があるとのことだが、どうやら邦訳はまだされていない。ここでのプナとは当然poonaのことであろう。

 私の作品はどれも、究極的に自由に行き着きたいという人間の身もだえだ。数ある作品の中でも、そんな身もだえがエネルギーとして最も純粋に表出されたのは、1984年に発表した「螺旋形の姿勢(Spiral stance)ではなかったかと思う。ソロ公演で、自分なりに完成度も高かったと思っているこの作品は、ひたすら求道に精進していた一人の修道女を修道院から飛び出させてしまった。p67

 この辺あたりから、本書のタイトル、「A Spiral Dancing for Freedom」へと繋がってきたものと思われる。

 現在、私はソウルから一時間ほど離れた京畿道竹山郡の小さな村に住み、私の生と芸術の場をあらたに築くのに追われている毎日です。でも、どんなに忙しくても一年に一度はハワイのビックアイランドのボルケーノにある私の小さな小屋をたずねます。
 自分自身を振り返るために。
 また、そこは私の生を整理して結局は死を準備する場所でもあります。
 私はボルケーノをのぞむ私の小屋にいつの日か(death & dying center)を建て、死について考える場所を準備したいからです。
p9「序文」

 これは1998年の著者の心境である。その後、この小屋はまだあるのだろうか。そして、一年に一度の滞在は続いているのだろうか。

 その鎧を射抜く矢を放ったのはラジニーシだった。私は彼が射た矢に当たるために自分から身を投げだした。彼のサンヤシン(弟子)になったのだ。彼は死についてサンヤシンたちに話した。

 「生命は、本当の生命は死なない。死ぬのはエゴなのだ。エゴは死の部分であって生命ではない。あなたにエゴがなければ死もない。あなたがエゴを意識的に捨てられるならば、あなたは死に勝ったのだ。死が突然にあなたの意識を叩いたならば、あなたは恐らく人生の虚無を感じるだろう。人生の無意味を感じるだろう。死は人生の真実をそのまま見せてくれるからだ。

 彼の言葉は私が何と戦うべきかを教えてくれるヒントになった。アシュラムで彼の説法を聞く生活をしながら、私なりに一人だけの戦いをはじめた。それは自らを問い詰めるような絶え間ない質問の鎖だった。

 死が怖いのか。何が死ぬのか。肉体は死ぬ。肉体が死ぬのをなぜ怖がるのか。それは固体が消滅するからである。ならば、固体とは存在しているのか。p102

 もともとは韓国語で書かれた文章なのであろう。一般的なイメージではあるが、韓国の人達がもっている情念の強さが、良くにじみ出ているような表現がつづく。

<3>につづく 

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2010/03/11

ナナクの歌 OSHO「私が愛した本」 <46>

<45>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <46>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ナナクの歌」

 9番目は、シーク教の開祖ナナク、彼の歌集だ。ナナクは当時知られていた世界を、ただひとりの弟子マルダナとともにさまよった。マルダナとは、男らしいということ---「真に勇敢なる者」の意味だ。弟子になるには、勇敢でなければならない。マルダナがシタールを弾き、ナナクが歌った。そのようにしてふたりは、究極の香りをふりまきながら世界をさまよった。ナナクの歌はあまりにも美しく、私の目には涙が浮かぶ。

 ナナクの歌だけのために、新しい言語が創られた。ナナクがどんな文法にも、言語の規則にも、規制にも従おうとしなかったからだ。ナナクは自分の歌だけでパンジャビ語を創り出した。それはまさに剣の刃のように鋭い、途方もなく強力な言語だ。OSHO「私が愛した本」p65

<47>につづく

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自由へのスパイラル・ダンス<1>

Spiral
「自由へのスパイラル・ダンス」<1>
洪 信子 (著, 原著), 兪 澄子 (原著, 翻訳) 1998/08 フィルムアート社 単行本 253p
Vol.2 No.994★ ★ (残り30冊)

 すばらしい。思いがけず、このような本と出合うと、背筋がゾクゾクッとする。これだから図書館めぐりはやめられない。すでに10年以上前の本だし、ましてや韓国で出版されたのはそれよりさらに以前のことだろう。だが、今読んでもリアリティがあり、とてつもない説得力と吸引力がある。

 1940年生れの韓国の女性舞踊家。韓国の裕福な一族の生れらしく、60年代にアメリカ留学している。そこで舞踊と出会い、10年ほどアメリカで暮らしたあと、インドやアジアに旅をする。ハワイに自らのスペースをもち、また母国の大学で教鞭をとりながら、なお40代にして子供を授かり、ニューヨークのアパートで子育てをする。

 パラパラとあちこちを蚕食するような私の読書では、この方の全存在を理解することはできない。しかし、それであったとしても、この本は極めて貴重な一冊と言える。当ブログがいままで図書館から借りてきた約2000冊の本のベスト10には間違いなく入る。

 現在、当ブログはOshoの「私が愛した本」「ミーラの歌」「サハジョの歌」のところをめくっているところだった。そんな機縁が、この本との出会いを誘ってくれたのかもしれない。先日「魂の螺旋ダンス」を再読していて、そのタイトルが、「The Spiritual Spiral-dance」であったところから、類似のタイトルを探してみたところ、この本がヒットした。この本の英語タイトルは「A Spiral Dancing for Freedom」と名付けられている。

 彼は鋭い眼光を真っすぐ私に向けた。私はその光彩を放つかのような大きな目を見ていることができなかった。何かの罪を犯した人のようにうなだれて、床に土下座したいような気持だった。彼の声が聞こえた。

「どんな動きでもいいから、一度してみなさい」

 戸惑うと同時に、ある種の逆らえない気運を感じた。言葉より動作のほうがまだ自由が利く私には、むしろ幸いな要求だった。考えている余裕などなかった。私は無心に手から腕、肩、胸、ついには全身を座ったままでゆっくりと動かしてみせた。

 ラジニーシは大きく息を吸った。

「よし。あなたは舞踊をやめてはならない。私はあなたの腕と足の美しさを見たかったのではない。私はあなたの動作の美しさを見たかったのではない。私はただ、あなたが踊りの中でどのくらい自分を消すことができるのかが見たかっただけだ。あなたは天性の舞踊家だ。決して舞踊を中断してはならない。続けなさい。あなたには踊りがすなわち求道の道となるだろう。あなたはその道を通って悟りに行き着かねばならない」

 彼は踊りが好きだった。彼は舞踊家が好きだった。彼はすべての芸術の中で最も純粋なのが舞踊であると考えていた。彼の言葉は短かったが、大きな啓示が私をゆさぶった。p60

 この本はかならずしも、サニヤシンの立場でかかれたわけではない。そのあとの彼女の足取りも必ずしも、いわゆるOsho追随の道を選んでいるわけでもない。地名や人名などの表記の仕方から考えて、翻訳者も、必ずしもOshoについて詳しい人が担当しているわけではないだろう。だが、それにしても、なにごとかの本質をズバリと表現しているような、鋭さ、シャープさがある。

 彼のサンヤシンになるということは、俗世でもっている私のすべてを捨てなければならなかった。数日間、私はためらい続けた。しかし、結局私は彼のサンヤシンとなった。1976年7月26日だった。その日、彼は私にマ・プレム・バーティヤ(Ma Prem Vartiya)という新しい名前と一緒に戒を下した。プレムは愛を、バーティヤは旋風を意味した。紙に書いてきた戒を自らゆっくりと読んでくれた彼の奥ゆかしい声を私は一生忘れられないだろう。

「・・・・・あなたは完全に死んで、また生き返らなければならない。覚えておくのだ、愛の旋風を。生のエネルギーがあなたを虜にするままに生きよ。
 
 歌を歌いたいか。しかし、決してあなた自身が歌ってはならぬ。生の沸きたぎるエネルギーがあなたを通って歌になって流れるようにすることだ。踊りを踊りたいか。しかし、決してあなた自身が踊ってはならぬ。生の、この野生のエネルギーがあなたを通って踊りとなって流れ出すようにすることだ。これすなわち、本当の宗教の道であり、求道者の姿勢である。これすなわち生の充満であり、永遠の世界に生きることだ。

 バーティヤ、生の、この野生のエネルギーがあなたをどこに導いて行くか知る人は誰もいない。あなたの動作はもはや純粋な動きに変わる。ここは何の目的もない。ただ純粋な法悦とエネルギーの充満あるのみだ・・・・」

 私は胸に溢れんばかりの思いでそれを聞いていた。そして、それは私の体の中に流れこんできて、そのまま私の体の一部になった。p62

 現在、彼女がご健在であれば、すでに70歳になられる方である。その人生は舞踊にささげられたものであっただろう。Oshoレクチャーの英語から韓国語への翻訳として「サラハの歌」や「マハムドラの歌」(日本名「存在の歌」)があるp239。

<2>につづく

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サハジョの歌 OSHO「私が愛した本」 <45>

<44>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <45>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「サハジョの歌」

 もうひとりの女性は、サハジョだ。その名前さえ詩的だ。それは「自発性のまさに精髄」を意味する。サハジョについてもヒンディ語で話したことがある。英語では、私はそれほど詩的になれないからだ。私には英語という言葉があまり詩的だとは思えない。それに英語で詩と呼ばれているものも、私にはあまり詩的には見えない。だから、どうしてそれに誰も反逆しないのかと不思議なほどだ。なぜ英語をもっと詩的に改造しようとする人がいないのだろう? それはますます科学者の言語に、技術者の言語に、あるいはもっとましな言い方をすれば、技術的な言語になりつつある。不幸なことだ。いつの日にか私がサハジョについて語ったことが、広く世界に知られるようになることを望むばかりだ。OSHO「私が愛した本」p62

<46>につづく

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「お経 禅宗」桜井 秀雄 他 <1>

お経−禅宗
「お経 禅宗」 <1>
桜井 秀雄 (著), 鎌田 茂雄 (著) 横尾忠則(装丁)1983/4 講談社 282p.
Vol.2 No.993★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆(残り31冊)

修証義

第一章 総序

生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。人身得ること難し、仏法値うこと希れなり、今我等宿善の助くるに依りて、巳に受け難き人身を受けたるのみに非ず、遇い難き仏法に値い奉れり、生死の中の善生、最勝の生なるべし、最勝の善身を徒らにして露命を無常の風に任すこと勿れ。無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身巳に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし。熟観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し、無常忽ちに到るときは国王大臣親暱従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり、己れに隋い行くは只是れ善悪業等のみなり。今の世に因果を知らず業報を明らめず、三世を知らず、善悪を弁まえざる邪見の党侶には群すべからず、大凡因果の道理歴然として私なし、造悪の者は堕ち修善の者は陞る、毫釐も忒わざるなり、若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず。善悪の報に三時あり、一者順現報受、二者順次生受、三者順後次受、これを三時という、仏祖の道を修習するには、其最初より斯三時の業報の理を効い験らむるなり。爾あらざれば多く錯りて邪見に堕つるなり、但邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く。当に知るべし今生の我身二つ無し、三つ無し、徒らに邪見に堕ちて虚く悪業を感得せん、惜しからざらめや、悪を造りながら悪に非ずと思い、悪の報あるべからずと邪思惟するに依りて悪の報を感得せざるには非ず。p99

 ルビが振ってあると、すごくよくわかるのに、漢字だけとなると、読めないばかりか意味も分からなくなってしまう。読み下し文なので「禅語事典」などに比べればはるかに読みやすいのだが、それでも普段はまったく使わない文字もでてくる。なんと読むのか分からない文字がいくつもあった。

 それでも、自分の原点探しをしていくなら、この「修証義」もその一つということになろう。8歳の時に父の葬儀の時にこのお経を聞いていた。もちろん、意味などよくわからない。しかし、最初の「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」という部分がやたらと印象に残っている。「生を明らめ死を明らむる」とは、何んと不思議な言葉かと思った。

 後年になると、
「生死の中に仏あれば生死なし、但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。」あたりも分かるようになり、なるほど、と腑におちるところもあった。この後や、二章以降などは、何かの法事のときなどに読むだけだけど、それでも、なんだかありがたくなるから不思議ではある。

 道元の教えを元に造られた経文であり、ここを契機として仏典に触れていくのもよいきっかけとなるだろう。この本、装丁を横尾忠則がしている。自分のひとつの原点としてみることも可能ではあるが、しかし、最後の一冊としてこの本を据えるのは、いくら「死を問う」ことが目下の関心となっている当ブログとしても、ちょっとはばかられる行為である。

<2>につづく

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2010/03/10

ミーラの歌 OSHO「私が愛した本」 <44>

<43>からつづく
Photo  
「私が愛した本」 <44>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ミーラの歌」

 6番目。「ミーラの歌」だ。ブラヴァキーの後で、ただものごとをもう一度美しく、バランスをとるために、私はミーラを含めなければならない。ブラヴァッキーはひどく重々しい。だからそれとバランスをとるためには、もう2,3人の女性が必要だ。そうするとしよう。

 6番目は、ミーラの「歌」だ。それはかつて、男性あるいは女性によって歌われたものの中でも最も美しい。それは翻訳不可能だ。ミーラは言う。「メーン・ト・プレム・ディヴァニ---私は狂ったように恋している。あまりに愛されて私は狂った、狂った、狂った!」と。おそらくこれで、この女性がどんな歌を歌うかの若干のヒントにはなるだろう。ミーラは王女だった。女王だった。だが王宮を捨てて路上の乞食になった。ビィーナを弾きながら巷を踊り歩いた。村から村へ、町から町へ、都市から都市へ、自分の心の歌を歌い、全存在を注ぎつくした。私はミーラについてヒンディ語で話したことがある。いつかどこかの狂人が、私の話したことを翻訳するかもしれない。OSHO「私が愛した本」p61

<45>につづく

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ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる 梅田望夫 <43>

<42>私的検証目次:よりつづく 
ウェブ進化論
「ウェブ進化論」 本当の大変化はこれから始まる<43>
梅田望夫 2006/02 筑摩書房 ちくま新書 249p
★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 当ブログは、現在、いかにその円環を閉じるのかを考えている。そもそも円環するということはあるのか、それとも物事はスパイラルとして螺旋状態に進むのか。樹木のように体系化されたものとはあるのか、あるいは、可動的な構造としてあるのか。

 当ブログがスタートした原点は、この梅田望夫の「ウェブ進化論」にある。何か書きたいけど、何を書いたらよいか分からない。ネット上に、自分はどのように存在したらよいのか、まったく分からない。。自分のキャラクターはどのように作ればよいのか。そんな初期的な課題を、この本に対してひと月かけてひとつひとつ検討していく中で、だんだんと自分の姿を見えてきた。鏡になってくれた、と言ってもいいだろう。

 ちょうど一年ちょっと前に「何回もページをめくった本ベスト10」というリストを作ったことがあったけれど、その時は、圧倒的にこの本が第一位の地位を占めた。その後、当ブログの方向性は大きく変わってきたのだが、それでもなお、原点に位置していることに変わりはない。

 さて、その梅田望夫だが、その最近刊は「シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代」だとか。なにか、ウェブからは身を引いているように見える。著者の本は「シリコンバレーは私をどう変えたか」「ウェブ人間論」「フューチャリスト宣言」「ウェブ時代をゆく」「ウェブ時代 5つの定理」などをめくってきたが、「将棋」と来ては、さすがに当ブログとしては手を出す気がなくなっていた。(でも近日中に確認しよう)

 さて、ネット上には彼の情報がいろいろある。現在は長期休業中だとかで、それなりのスタイルがあっていいのだろうが、ちょっといただけないことがいくつかある。「ウェブはバカと暇人のもの」などに反応しながら、こんな発言をする。

 「ぼくが将棋に魅せられるというのも、ものすごく優れた人たちが徹底的に切磋琢磨するプロフェッショナルな世界に惹かれるから。そういうところでやってる人がものすごく努力して至高の世界に行く。そういう中で最高峰の世界をみせてくれるじゃない。そういうのに惹かれるから。」 日本のWebは「残念」

 ヘッセでも、北山修でも、吉福伸逸でも、村上春樹でも、みんなそうだけど、ある程度本が売れたり、歌がヒットしたりすると、そこから「逃げ出し」たくなるらしい。梅田の本は合計で80万部売れたと本人は言っているけれど、それって多いのか少ないのか。ただ、今でも売れているとすれば、今その本を読んで梅田を慕っても、ご本人は、かなり違った世界に行ってしまっている、ということになる。

 つまり、当ブログの出発点にはたしかに「ウェブ進化論」はあったけれど、原点に戻ろうとした場合、当然、あの本に戻っていく、ということにはならない。いろいろなサイクルがあるわけだから、一旦あそこに戻ることがあったとしても、もう同じポイントには戻れない。そう言った意味では、スパイラル状態に前に進んでしまっている、と言ってもいいだろう。

<44>につづく

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カビールの歌 OSHO「私が愛した本」 <43>

<42>からつづく
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「私が愛した本」 <43>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「カビールの歌」

 4番目、カービル、「カビールの歌」だ。それに似たものはこの世に存在しない。カビールは信じがたいほどに美しい。誰の子かも分からない、無教育な、生れながらの機織り・・・母親は彼をガンジス川のほとりに捨てた。きっと父(てて)なし子だったのだろう。だが父親があればそれでいいというものではない。カビールはたしかに私生児だったが、愛から生れたのだ。そして愛こそが真の法だ。私はカビールについてもたくさん話している。だから何度も何度も「カビール、私は他の誰にもましてあなたを愛している」と言うこと以外、何も付け加える必要はない。OSHO「私が愛した本」p58

<44>につづく
 

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キリスト最後のこころみ

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「キリスト最後のこころみ」
ニコス・カザンザキス (著), 児玉 操 (翻訳) 1990/03 出版社 単行本: 489p
Vol.2 No.992★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り32冊)

 先日、「その男ゾルバ」を読みなおしたあと、カザンザキスのこの「キリスト最後のこころみ」と「アシジの貧者」を借りてきておいたのだが、読み終わらないまま返却期間が来てしまった。もともと小説を読んでメモするようなブログではないのだが、やはりここはカザンザキスをじっくり読んでおきたいところだった。倦土重来を期す。

「いったいどこへ行くの?」と彼女はたずねた。
「砂漠へ」
「どこだって? もっと大きな声で」
「砂漠へ」
 歯の無い口をゆがめると彼女の眼に激しいものが光った。「修院へ?」予期せぬ怒りをこめて彼女はたたみかける様にたずねた「何のために? どんな用がそこにあるというんだい、その若い身空で?」
 それに対して彼は何も答えなかった。老婆は頭を横にふると蛇の様に陰にこもった声で「神を探したいのだね」と皮肉たっぷりに言った。
「そうです」と低い声で若者は答えた。
 老婆は彼女の葦の様な細い足にまといついていた犬をけったが、それは若者に近づいて行った。
「おう、このろくでなし」と彼女は叫んだ。「神は修院に居られるのではなく、人間の家庭の中に在るということが分からないのか、良人と妻が居る所は、どこでも神が居られる所だ。子供達が居り、ちょっとした心づかいや料理や言い争いや、また仲直りやそんな事がある所には神が居られるのだ。あの去勢された男達の言う事なんか聞いて何になる、修院なんかに居る神ではなく家庭に居る神、これこそ真の神であり、あんたが崇めねばならぬ方だ」
 老婆は話せば話すほど押さえようのない怒りの炎が燃え上がった。しゃべるだけしゃべり復讐の念を思う存分まき散らすと静かになった。
「ごめんなさいよ、勇敢な若い衆さん」と若者の肩に手を置きながら彼女は言った。「それと言うのも実は私にもあんたのように立派な息子がいたんだよ。ある朝急に頭がおかしくなって家を出たきり砂漠の修院、あの偽医者共の所へ行ってしまったんだよ---あいつ等は皆、疫病にかかって死んでしまったらいいのだ。あいつ等の手ではどうかただ一人の病人もいやす事が出来ませんように---そんな訳で息子は居なくなりこの通り釜でパンを焼いては、また空にして---いったい誰に食べさせるために? 子供達のために? 孫達ののために?・・・・今ではこの様にしなびてしまって実らない木同然の姿なんだよ」
p71

つづく

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ナラダ・バクティ・スートラ OSHO「私が愛した本」 <42>

<41>からつづく

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「私が愛した本」 <42>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

ナラダ「バクティ・スートラ」

 2番目は、ナラダの「バクティ・スートラ」だ。ナラダは、バーダラーヤナのちょうど反対だ。そして私は、是非このふたりを並べておきたい。ナラダとバーダラーヤナを同じ部屋に入れて、ふたりの間に何が起こるか単しみに見ていたいものだ。ナラダはいつも糸が一本しかない楽器、一弦琴(エクターラ)を持ち運んでいた。エクは一を意味し、ターラは糸を意味する。ナラダはいつもそのエクターラを持って、それを弾き、歌い、踊っていた。

 バーダラーヤナは、これにはまったく我慢できなかっただろう。私はあらゆる種類の人びとを我慢できる。バーダラーヤナならナラダを怒鳴りつけ大声をあげたことだろう。ナラダは、バーダラーヤナの言うことなどきくような男ではない。彼なら、バーダラーヤナを苛立たせるためにもっと大きな声で歌い演奏を続けただろう。私は、ふたりが同じ部屋にいるところを見て、大いに楽しんだに違いない。2番目の本にナラダの「バクティ・スートラ」を選んだのはそういうわけだ。

 その経文(スートラ)は「アタト・バクト・ジギャーサ---今こそ愛の探求を・・・・」で始まっている。愛の探求こそ最も大いなる探検、最大の探求だ。他のものはすべて、原子エネルギーでさえそこまでは届かない。アルバート・アインシュタインのような力量を持った科学者になったところで、愛を知らないかぎり、真の探求がどんなものかを知ることはない。それも愛だけでなく、愛プラス意識だ・・・・。そうすれば、それは愛の探求になる。この世で最もむずかしい仕事だ。

 くり返させてほしい。それがこの世で最も困難な仕事だ---意識をともなった愛。人は愛に落ちる。人は愛の中で無意識になる。その愛は生物学的なものにすぎない。それは引力だ。人は大地に引きよせられる。だがナラダが語っているのは、それとはまったく別の愛だ。瞑想としての愛、意識としての愛だ。あるいは、科学的な言い方をするなら、引力に対抗する浮力としての愛だ。引力(グラビテーション)など墓(グレーブ)にまかせておけばいい。浮上しなさい。昇るのだ! そして、人が愛するために上昇し始めるとき、星に向かって飛び始めたとき、それが「アタト・バクティ・ジギャーサ」だ。

 みんな何をそんなに心配している? 私は悪魔が大好きだ---悪魔には仕事をさせておきなさい。好きなだけ騒がせておけばいい。私に関するかぎり、彼らには邪魔はできない。そしてお前たちはといえば、お前たちはもう邪魔をされている。連中にこれ以上何ができる? だからすべてはまったく申し分ない。これがあるべき姿だ。

 私はナラダの本をこの上もなく愛してきた。私はこの本について話したことがあるが、英語でではない。英語は私の言葉ではないし、何よりもあまりにも科学的、数学的、現代的だ。ナラダのことはヒンディ語で語った。ヒンディ語は私の母国語であり、その方が容易に歌うことができる。その方が私のハートに近い。

 私の教授のひとりは、「愛を語ることと喧嘩は外国語ではできない」とよく言っていたものだ。
 喧嘩となれば、自分のハートの言葉を話したくなる。愛を語るとなったら、これはもっとだ。喧嘩にもまして深みが必要になるからね。

 英語で話せば私はまちがった話し方をせざるをえない。私にとっては二重の仕事なのだから。私はいまだヒンディ語で話して、それを英語に翻訳している。きつい仕事だ。ありがたいことに(サンク・ゴッド)に、直接英語で話すことはまだ私に起こっていない。神(ゴッド)が存在しないことをおぼえておくこと。神は、我々が誰かに感謝できるようにするために創られたものにすぎない。私がナラダについて話したことを誰かが翻訳してくれるといいのだが。

 英語では話していないことで、やむなくヒンディ語で話していることはたくさんある。英語で話すのは不可能だったからだ。そしてその逆もある。ヒンディ語で話せないたくさんのことを、私は英語で話した。これまでの私の仕事はいくぶん変わったものだった。私の本がすべてヒンディ語から英語へ、また英語からヒンディ語へ翻訳されたら、みんはは今よりもっとまごついて、もっと分からなくなるだろう。私は大いに笑うだろう。

 肉体の中にいようがいまいが問題ではない。大いに笑ってやる。どこにいようが約束する。この宇宙のどこかにはいるにちがいない。戸惑い、混乱し、頭をかかえて信じられなくなっているお前たちを見ながら。何しろ私はこのふたつの言語で、それぞれ別の次元を話してきたからだ・・・・。私が英語で話すことを選んだのは、ヒンディ語ではどうしても表現できない次元があるからにすぎない。OSHO「私が愛した本」p55

 日本人の私は、ヒンディ語→英語→日本語、と翻訳されてきたものを読んでいる場合がある。ただ、ヒンディ語にされる前に、言語化され得ない領域があり、また、どんなに翻訳スタッフチームが上手に訳してくれても、私の注意力散漫な理解力では、簡単に見逃してしまう領域もあるだろう。

 やはり、この「インド編」は、単に、日本語や英語に翻訳された本を探しだした、という喜びだけでは到達しえない領域に足を踏み入れてつつある、ということである。それでもなお、このように文字化されているところに、なにかがあるかもしれない、という探求心を起こさせてくれるだけ、ありがたい、と言わざるを得ない。

<43>につづく

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THE SACRED YES:OSHO<1>

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THE SACRED YES. Initiation Talks between Master and Disciple <1>
OSHO 
during the period November 1-30,1978 given at the Shree Rajneesh Ashram in Poona,India Publisher: Rajneesh Foundation Date Published: 1983
Vol.2 No.991(残り33冊)

 

 最後の一冊という意味では、「The Open Door」よりも、こちらの方がさらにふさわしいかもしれない。これは、一年の滞在を終えてのリービング・ダルシャン。その際に、瞑想センターの名前をもらうときの応答。

 

This will be the new name:Svagat.
It means welcome. And the world of my sannyas welcomes everyone, with no barriers--barriers of caste, religion, natinonality, sex.  Sannyas believes in one earth and one humanity.  All the religions belong to us but we don't belong to any particular religion.
   So let that be the name for your center:Svagat.
 OSHO p196 14 Novevmber 1978

 

 次のカテゴリ名に予定している「One Earth One Humanity」に依拠しているわけだが、「当ブログへのアクセスマップ<世界地図編」を見る限り、当ブログにとって、One Earth One Humanityというところまでいくことは至難の道のようだ。当ブログへのアクセス履歴のあるのは10数言語にとどまる。ほとんどはもちろん日本語であるが、一部英語と、他の言語。

 

[ja] Japanese
[en] English
[zh] Chinese
[ko] Korean
[fr] French
[de] German
[pt] Portuguese
[es] Spanish
[ru] Russian
[it] Italian
[sl] Slovenian
[vi] Vietnamese

 

 いずれにせよ、当ブログの主テーマはOne Earth One Humanityに移行していく。

 

<2>につづく

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ラーマクリシュナの寓話集 OSHO「私が愛した本」 <41>

<40>からつづく

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「私が愛した本」 <41>
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「ラーマクリシュナの『寓話集』」

 残りの「ブッタ達の心理学3.0」カテゴリの中で、「Oshoが愛した本のジャンル分け」(不完全版)「東洋哲学(インド)」編のミッシングリンクを探して行こうかなと思っていたが、どうも書籍として追いかけていくことに疲れてしまった。ここは、残り本については、Oshoの文章を転記しておくことで、一旦収束の方向に向かわせようと思う。

 リストの中でブランクになっているものの一番上は「ラーマクリシュナ」だ。ラーマクリシュナなら、図書館を探せばありそうなものだが、それは後回しにしよう。ましてや「寓話集」となると、はて、日本語文献があるかどうかも、今のところ定かではない。

 7番目。ラーマクリシュナ、彼の「寓話集」だ。みんなも知っているように、私は聖者はあまり好きではない。それは少し好きだという意味ではない。私は彼らが全然好きではない。実際は、正直を言えば、私は彼らが大嫌いだ。聖者とは偽者、ごまかし、中身は牛の糞(ブルシット)だ。だがラーマクリシュナは、その仲間ではない---またもや、ありがたいことに(サンク・ゴット)! 少なくとも聖なる人でしかも聖者ではないという人が、わずかはいる。

 ラーマクリシュナの「寓話集」は非常に素朴だ。寓話は素朴でなければならない。イエスの寓話を覚えているかね?---まあ、あんなようなものだ。寓話が難解だったら、もう役には立たない。寓話は、あらゆる年齢の子どもたちが理解できるために必要なだけだ。そう、あらゆる年齢の子どもたち、と私は言っている。10歳の子どももいれば、80歳の子どももいるといった具合だ・・・・。だが、みんな浜辺で貝殻を集めて遊んでいる子どもたちだ。

 ラーマクリシュナの「寓話集」が7番目の本だ。
Osho「私が愛した本」p49

 この寓話集については、ネット上では情報があるが、本としてまとまった物があるかどうかは未確認。確認できれば、その時に、読み込んで、リンクを張り直すこととする。

<42>につづく

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2010/03/09

THE OPEN DOOR : OSHO

Osho__the_open_door

The Open Door : a Darshan Diary
OSHO  - Talks given from 1/12/77 to 31/12/77 Darshan Diary 28 Chapters Year published: 1980
Vol.2 No.990(残り34冊)

 この本もまた、VOL2の最後の1024冊目に登場させるにふさわしい一冊。私にとっては大事な大事な一冊。

 テイクサニヤスの時、何か質問あるかね、と聞かれたから、いっぱいありますと答えた。するとOshoは

Mm mm ,then slowly, mm? Ninety-nine percent of them will disappear without asking (laughter)・・・・and the one percent cannot be answered ! (laughter) So don't be worried ! p102

 なんだか、最初から(笑)の連続だったなぁ。

 すべてはあそこから始まった。

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魂の螺旋ダンス はるかなる今ここへ<8>

<7>よりつづく 
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「魂の螺旋ダンス」はるかなる今ここへ <8>
長澤靖浩 第三書館 2004/12単行本 245p
★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 一度はあきらめた巻末の「主要参考文献リスト」総めくり作業だが、やはり、このVOL2の中の残り30数冊というキャパシティでは無理な状況になってきている。しかしながら、VOL3において、その情熱が再燃しないとも限らないし、この「魂の螺旋ダンス」を今一歩踏み込んで感じてみるためには、どのような本がリストアップされているのか、再確認しておくのも悪くなさそうだ。

 すでに当ブログの中で読んだものも一割強あるし、あいつは絶対読みたくない(笑)という偏見に固まってしまっている作者のものも含まれているが、まぁ、いちどはタイトルだけでも確認しておく必要がある。リストは、当ブログなりに分かりやすいように、本のタイトルを前に持ってきて揃え、一部年代なども付け加えた。翻訳者名は原則割愛した。

「魂のスパイラルダンス」主要参考文献リスト p241

「意味への渇き 宗教表象の記号学的考察」竹内芳郎 筑摩書房
「ポストモダンと天皇教の現在」竹内芳郎 筑摩書房
「シャーマン 異界への旅人」ジョージ・ハリファクス 平凡社
「シャーマンへの道」マイケル・ハーナー 平河出版社
「ナヌークの贈り物」星野道夫 小学館
「神話の力」キャンベル、モイヤーズ 早川書房
「神に追われて」谷川健一 新潮社
「古事記」角川日本古典文庫ほか
「神道用語の基礎知識」鎌田東二編著 角川選書
「道教と日本文化」福永光司 人文書院
「天皇霊 総特集」月刊アーガマ1990年11,12阿含州総本山出版局
「謎のサルタヒコ」鎌田東二編著 創元社
「日本の歴史00巻 日本とは何か」網野善彦 講談社
「異形の王権」網野善彦 平凡社
「日本王権論」網野善彦 上野千鶴子 宮田登 春秋社
「日本文化の深層を考える」網野善彦他 日本エディタースクール出版部
「ヤマト少数民族文化論」工藤隆 大修館書店
「長髄彦の謎」木村武俊 創栄出版
「日本列島・南への旅」桜井徳太郎 法蔵館
「天皇の国賎民の国 両極のタブー」沖浦和光 弘文堂
「神国日本への挑戦 アメリカ占領下の日本再教育と天皇制」ロバート・バーロウ 三交社
「末賀能比連」市河匡麿 日本思想闘争史料7 東方書院
「宣長選集」本居宣長 野口武彦編注 筑摩叢書
「古事記と日本書記 天皇神話の歴史」神野志隆光 講談社新書
「エリアーデ日記 旅と思索と人」(上)(下)ミルチャ・エリアーデ未来社
「続日本紀」新訂増補国史大系 吉川弘文館
「日本紀略」新訂増補国史大系 吉川弘文館
「近代の集落神社と国家統制」森岡清美 吉川弘文館
「黒潮の道の猿田彦と巨石信仰」山下陽一(「あらはれ」第3号 猿田彦大神フォーラム)
「沖縄におけるジェンダーシンボリズムの研究」成定洋子(「あらはれ」第2号 猿田彦大神フォーラム)
「鬼への畏怖 その偉大さと弱さと」鎌田東二インタビュー中外日報2000/2/1
「ネイティブタイム先住民目で見た母なる島々の歴史」鎌田東二地湧社
「最澄と空海 日本仏教思想の誕生」立川武蔵 講談社選書メチエ
「空海の夢」松岡正剛 春秋社
「空海の風景」(上)(下)司馬遼太郎 中公文庫
「歎異抄」岩波文庫ほか
「真宗聖典」東本願寺出版部
「日本的霊性」鈴木大拙 岩波文庫
「日本的霊性からの解放 信仰と歴史認識・菩提心の否定と浄土真宗」ジョアキン・モンティロ 金沢出版社
「新日本史」家永三郎 三省堂
「念仏もうさんとおもいたつ心」長澤靖浩 第4回暁鳥敏賞
「螺旋 精神宇宙と大地の神々の統合へ」長澤靖浩(「あらはれ」第3号 猿田彦大神フォーラム)
「新約聖書」日本聖書協会ほか
「聖書の人生論 いのちの存在感覚」谷口隆之助 川島書店
「民族学者のユートピア」(「神々と妖精たち」)中沢新一 平凡社
「宗教的経験の諸相」(上)(下)W・ジェイムズ 岩波文庫
「神々の糧」テレンス・マッケナ 第三書館
「アウトサイダー」コリン・ウィルソン 紀伊国屋書店
「存在の詩」バグワン・シュリ・ラジニーシ めるくまーる社
「キリスト教新講 イエスから現代神学へ」由木康 中公新書
「インディアスの破壊についての簡潔な報告」ラス・カサス 岩波文庫
「銃・病原菌・鉄」(上)(下)ジャレド・ダイアモンド 草思社
「イスラム世界」前嶋信次 河出書房新社
「ムハンマド 神の声を伝えた男」小滝透 春秋社
「イスラームの流れといま」小滝透 第三書簡
「アメリカの正義病・イスラムの原理病」岸田秀+小滝透 春秋社
「イスラームのロジック」中田考 講談社選書
「ムハンマド」ジアウツディン・サーダー ザファール・マリク 心交社
「諸子百家」貝塚茂樹 岩波新書
「<日本人>の境界」小熊英二 新曜社
「意見書 大地の豚からあなたへ」加藤三郎 思想の科学社
「カルトとしての創価学会=池田大作」古川利明 第三書簡
「創価学会と水滸会記録」山崎正友 第三書簡
「創価学会とは何か」山田直樹 新潮社
「激突!部落解放同盟VSオウム真理教」月刊現代1992/2講談社
「現代宗教の可能性 オウム真理教と暴力」島薗進 岩波書店
「日本社会がオウムを生んだ」宮内勝典,高橋英利 河出書房新社
「善悪の彼岸へ」宮内勝典 集英社
「オウムと身体」片山洋次郎 日本エディタースクール出版部
「オウム真理教の深層」中沢新一責任編集(イマーゴ1995臨時増刊)
「ラジニーシ堕ちた神」ヒュー・ミルン第三書簡
「裸のサイババ」パンタ笛吹 株式会社ヴォイス
「臨死体験」立花隆 文藝春秋
「神秘体験」山折哲雄 講談社新書
「自己発見の冒険 ホロトロピック・セラピー」スタニスラフ・グロフ 春秋社
「ホロトロピックセラピーの原理」(アメリカ現代思想1)阿含宗総本山出版局
「プレイ・オブ・コンシャスネス」スワミ・ムクタナンダSDYAファンデーション
「チャクラ 異次元への接点」本山博 宗教心理学研究所出版部
「世界は恋人 世界はわたし」ジョアンナ・メイシー 筑摩書房
「マインドフルの奇跡」ティク・ナット・ハン 壮神社
「仏教学序説」山口益 平楽寺書店
「般若心経・金剛般若経」岩波文庫
「屋久島水賛歌」星川淳 南日本新聞社
「環太平洋インターネット紀行」星川淳 NTT出版
「非戦という希望」星川淳 七つ森書館
「ワークショップ」中野民夫 岩波新書
「意識のスペクトル」1・2 ケン・ウィルバー 春秋社
「無境界」ケン・ウィルバー 平河出版
「万物の歴史」ケン・ウィルバー 春秋社
「進化の構造」1 ケン・ウィルバー 春秋社
「神々の和解 21世紀の宗教間対話」田丸徳善他 春秋社
「リチャード・ローティ・ポストモダンの魔術師」渡辺幹雄 春秋社
「紛争の心理学 融合の炎のワーク」アーノルド・ミンデル講談社新書
「ドリームボディ・ワーク」アーノルド・ミンデル 春秋社
「プロセス指向心理学」アーノルド・ミンデル 春秋社
「24時間の明晰夢 夢見と覚醒の心理学」アーノルド・ミンデル 春秋社
「うしろ向きに馬に乗るプロセスワークの理論と実践」アーノルド・ミンデル他 春秋社
「プロセス指向心理学入門」藤見幸雄・諸富祥彦編著 春秋社

 こうしてみると、当ブログとしての既読本は後半にかたまっており、前半のいわゆる日本の歴史的文化論とも言うべきコーナーは、当ブログとはほとんどかぶっていない。当ブログとして、このコーナーをまったく読んでいないわけではないのだが、選んでいる書籍に違いがあるようだ。もうすこし近づけてみる価値はある。

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2010/03/08

生きのびるためのコミューン―幻覚宇宙そして生活革命

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「生きのびるためのコミューン」 幻覚宇宙そして生活革命
末永蒼生 (著) 1973/03 三一書房 単行本 237p
Vol.2 No.989★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り35冊)

 「もし僕らが生き続けるなら」ときたら、やはりこの「生き続ける」からの連想で「生きのびる」という単語が出てくる。出版されたのは殆ど同時の時代性。当時は、末永蒼生あたりと連携を組んで音楽ミニコミ紙「ニューヴァーブ」などを発行していた菅原秀 あたりがさかんに「サバイバル・セミナー」などを主催していたので、10代の私はよく参加させてもらった。当時「サバイバル=生きのびる」というのが一種の流行語だったのだろう。

 この本をこのタイミングで思い出したのは、ぜひ読みなおしてみたい、というより、せっかく「末永蒼生関連リスト」を作ったのに、なかなかこの本をリンクするチャンスがなかったので、この機会しかない、というところにある。この本よりさらに以前に出版された「ウルトラ・トリップ」となると、さらに貴重で、かなり入手不能ということになろう。

 一時はサニヤス名を持っていた人だが、最近の心境はどういうものかわからない。余人の察するところではない。さて、色彩学校とか、クレヨン先生、というようなイメージに駆け抜けてきた著者ではあるが、それはそれでいいとして、はて、たとえば当ブログで探求中であるところのZENマスター的視点から考えると、末永蒼生って、どうよ、ということになる。

 ハプニングイベントとしてのアーティストから、子どもの絵の教室、そして、「精神分析学がわかる。」あたりにも執筆するなど、いわゆるセラピスト的な側面を見せ、まぁ、そこに安住の地を見つけたかのごとく、彼にしかできないような存在位置を獲得しているようではある。

 そのことは慶賀に堪えないし、個人の内面についての考察は外側からはほとんどなにもできない、というのが本当のところだ。ただ、一読者としては、「ウルトラ・トリップ」や、この「生きのびるためのコミューン」に見られた、「ぜんえい」的な「かくめい」性は、はて、どの辺でどうなってしまったかな、ということが、ちょっと気になる。

 7月9日ぼくは三重県春日山の山岸会本部を会場に設定した「頭脳戦線恍惚合宿」に向かった。山形サーバイバルのちょうど一週間後である。
 これは名古屋でゴミ裁判を進めている<ゴミ姦団>や若いグループ<キック>を中心としてやはり50人くらいが参加していた。
 予定されたプログラムは一切なく、やってきた人間によって次々にテーマは動く。山岸会の若者と討論する以外には、ほとんど野外へ飛び出し、山道を数時間歩きまわったり、湖ですっ裸になって泳いだりといった具合だった。
p21「スローガンから生活実践へ」

 これは72年の夏のことで、私もその場にいた。このところ村上春樹の「1Q84」の影響で、やたらと旗色の悪いヤマギシではあるが、当時はもっと開放的で未来性に満ちていたようにも思う。ただ、玉川信明の「評伝 山岸巳代蔵」を読んだりすると、ヤマギシの今日の姿があるのは、よくもわるくも、もともと因果として抱えていたのかな、と思う。

 いずれにせよ、この本は面白い。どのページをめくっても、思い出すことが一杯あって、めくりだすと停まらなくなる。この人は絵を描く人、というより、文章を書いたほうがはるかに才能があるように、私には思える。当時のミニコミに原稿をもらったことがあるけれど、字も本当にきれいだ。後半では諏訪優と対談している。

 物から離れ、”見えざる世界”を知覚しようとする新しい生き方の人間が世代的に登場したのが日本では60年代半ばである。当時18歳くらにぼくにとってはそれが”本当の自分”への眠りから醒めるはじまりだった。音楽や花、セックス、ラブ、ドラッグやヨガ、宗教などが新しい世代の生活の中心点に据えはじめられるようになる。p233「あとがき」

 すべては、古き良き時代の物語である。あれから40年も経過してしまったのだ。世代だって、二世代変わったって不思議ではない。著者が「クレヨン先生」と呼ばれてもいいじゃないか。うん、それは分かっている。しかし、長い70年代後半から80年代前半を過ぎ、やがて80年代後半になって再登場した著者には、なにかの割り切りの良さがある。

 その割り切りの良さがゆえに、「クレヨン先生」としての、彼にしか醸し出せないポピュラリティを獲得したのであろうが、古くからの彼の活動を支持してきた読者たちには、どこか寂しい思いを持った人が少なからずいたに違いない。

 いや、それは彼個人の問題とは切り離して考えよう。彼には彼の存在様式があった。はまりどころにはまり役としてはまった。それは慶賀に堪えない。しかし、それでいいのか、という思いがある。それの思いは、もちろん、読者としてのこちらに向けられている。なにはともあれ、この一冊のことはメモしておかなくてはならない。

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世界のスピリチュアル50の名著<2>

<1>よりつづく
世界のスピリチュアル50の名著
「世界のスピリチュアル50の名著」 エッセンスを知る <2>
T.バトラー・ボードン /鈴木 尚子 2007/09 ディスカヴァー・トゥエンティワン 単行本 403P

 この本も一度手をかけておきながら、ずっと気になったまま放置している本である。取り上げられた50冊の中には、当ブログですでに読みこんだものも多く、また、お互いの好みの違いもある。しかし、敢えてこの50冊からさらに10冊、3冊、1冊、と絞り込んでいくとしたら、残る一冊とはどの本になることだろう。

「メッカへの道」 
「告白」
「カモメのジョナサン」
「ブラック・エルクは語る」
「宇宙意識」 
「タオ自然学」   
「呪師に成る--イクストランへの旅」   
「アシジの聖フランチェスコ」   
「チベットの生きる魔法」   
「荘子」   
「ビー・ヒア・ナウ」   
「要録」   
「ガーンディ自叙伝」   
「幸福の錬金術」   
「預言者」   
「注目すべき人々との出会い」   
「道しるべ」   
「シャバット--安息日の現代的意味」   
「シッダールタ」   
「知覚の扉」    
「宗教的経験の諸相」   
「ユング自伝--思い出・夢・思想」   
「マージェリー・ケンプの書」   
「子供たちとの対話--考えてごらん」   
「悪魔の手紙」   
「マルコムX自伝」   
「カバラの真髄」   
「かみそりの刃」   
「癒しの旅--ピースフル・ウォリアー」   
「死後の世界が教える『人生はなんのためにあるのか』」 
「マインドフルの奇跡」   
「アナム・カラ--ケルトの知恵」   
「禅とオートバイ修理技術」   
「聖なる予言」   
「四つの約束」   
「奇跡のコース」   
「スーフィーの道」   
「聖魔女術--スパイラル・ダンス」   
「禅へのいざない」   
「天界と地獄」   
「霊魂の城」   
「マザー・テレサ語る」   
「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」   
「タントラへの道--精神の物質主義を断ち切って」   
「神との対話」   
「人生を導く5つの目的」   
「神を待ちのぞむ」   
「万物の理論」   
「あるヨギの自叙伝」   
「魂との対話」

 以上、50冊中、すでに当ブログとして読み込み済みが16冊、すでに読んで手元にあるのが4冊。この際だから読んでもいいかな、と思うのが4~5冊。つまり、当ブログの絞り込みの過程でダブってくるのは、上のリストの半分ということになる。そして、さらにこれらの中から三冊に絞り込むとしたら、今夜の私なら、「カモメのジョナサン」「荘子」「シッダールタ」、の三冊ということになるだろう。そして、この中の最後の一冊となれば、「荘子」、ということになるのではないだろうか。

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「もし僕らが生き続けるなら」 自由の世界への出発 塚本晃生<1>

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「もし僕らが生き続けるなら」自由の世界への出発 <1>
塚本 晃生 1972/12 大和書房 単行本 204p
Vol.2 988★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆(残り36冊)

 当ブログVOL2の1024冊まで、あと残すところ30数冊というところまでやってきた。さて、心の中では、最後の1024冊目を何にしようかと、密かに思案中。Oshoのことを考えれば、最後のレクチャー「禅宣言」かあるいは「ノーマインド」か、などと考えてみたが、よくよく考えれば、VOl1の1024冊目は「The Zen Manifesto(禅宣言英語版)」であった。

 所詮、頭の中にあるポケットには限界がある。結局は、同じようなアイディアしか出てこないのだろう。それにしても、同じ本を最後に持ってきたのでは意味がない。そこで考えたのがこの本。なんだかよく有りそうな本ではあるが、私にとっては、格別な味のある一冊である。

 出版されたのは、今から40年近く前、著者は塚本晃生。あらためてこの本を見直してみて、この名前を新たにしたのだが、ネット上をみると、まだご健在で活躍中の人である。この本には、つまり70年前後のカウンターカルチャーとしての「若者文化」が描かれており、著者が直接面接したりして取材したものである。

 登場する人物もそうそうたる面々である。小田実、唐十郎、横尾忠則、東京キッドの東由多加、末永蒼生、あるいは当時流行の共同体、夜迷亭、石神井コミューン、もぐら、わが家、振出塾、さくらんぼユートピアなども登場する。いきなり沢村浩行なんて名前も登場するから、知る人ぞ知る「世界のサワムラ」を以前から知っている人なら、この本の貴重さが偲ばれようというもの。その他、当時の状況が満載されている。

 これらの多くの叛逆する若者たちの意識や行動の背景には、一体何があるのか? 激しく揺れ動く現代社会を、彼らはその内面でどのように受けとめているのか?
 このような素朴な疑問をかかえ、ぼくは多くの若者たちと直接的に交流を行ってきた。その結果生れたのが本書である。
p6「はじめに」

 1936年生れの著者、36歳の時の作品である。2010年の現代であれば、36歳はまだまだ「若者」の範疇に入っていてもおかしくはないが、この本の出版当時は「30歳以上の大人は信じるな」という雰囲気が強い時代である。彼は大人であり、若者にすり寄ってきた稀有な「大人」のひとりであった。

 私はこの著者に会ったことがある。当時発行していた個人ミニコミが「週刊朝日ジャーナル」のミニコミ特集のリストに載り、日本中から手紙やら電話が舞い込んだ。(この時の懸賞論文に優勝したのは、奥野卓司の「飛べ!ぼくの紙ヒコーキ」だった。)

 著者は、当時高校生だった私にアンケートを送り、その後面会を求めてきた。確かに私は友人とともに彼と会った記憶がある。しかし、その記憶もすぐに消え去っていた。その後、5~6年してから、ある別な友人から、お前が取材されている本があったよ、と教えてくれた。

 すでに新刊とういう時期も過ぎていて、その友人も古書店でこの本を求めたらしい。今でもシールが貼ってある。「アベノ近鉄南一丁西側 天海堂書店」。今でもある書店なのかどうか知らない。私もポイっと投げ出されたこの本を、時期がはずれたアルバムのように、所蔵はしてきたがよく読んだことはない。

 でも、今から考えてみれば、この本は私個人にとっては、とても貴重な記念碑的なものになっている。そうそうたる並みいる存在感のある人々に交じって、私も取材されているのだ。当時の私は17歳。ミニコミ発行者の一人として、アンケートに答える形になっている。この本の中では最年少の登場人物だろう。

 私は思う。あの当時17歳の私がガリ版とわら半紙で作った個人ミニコミと、今現在進行中のこのブログは何の切れ目のない、同じものなのではないか、と。あの時の17歳の少年は、単に55歳の初老の男になった。しかし、ハートは、魂は、あの当時のあのままだ。取り上げられているテーマも「ぼくらの意識 ぼくらの行動」p154である。「意識をめぐる読書ブログ」を標榜する現在の当ブログへの繋がりもほんのり見えてくる。

 出合った多くの若者たちに対し、ぼくはぼくに負わされた義務を、十分に本書で果しえたかどうか自信がない。それもこれも再びかかえこんで、今後もヨタヨタと歩き続けることになるのであろう。

 本書が出版されるころ、僕は約一カ月の予定でヨーロッパを歩き回ってくるつもりである。その主な目的は、海外に何かを求め、長期間滞在している様々な日本の若者たちに直接会って話をしてくることである。日本の若者に限らず世界の若者たちが、お互い他国の自然、社会、風俗、文化を体験し合い、さらに”言語”の交換をさかんにしていくことは、これからますます重要な意味を帯びてくるのではあるまいか。204

 1972年、この年、私は仲間たちとともに、ヒッチハイクで日本一周をした。北は網走、南は沖縄、18歳の少年として見たものは、今でも目に焼き付いている。その後、Oshoと出会い、インドやアジア、アメリカなどにも行った。そして、あっという間に「死」を迎える初老の男に変身した。

 でも、心は変わらない。この本がどのような営業成績を残したか知らない。だけど、この本は成功したと思う。少なくとも、ひとりの男に、この私に、この言葉を残した。「もし僕らが生き続けるなら」。あれから40年間、生きてきた。いや、私ばかりではない。著者も、登場人物たちも、そして仲間や、世界中の人々も。

 もし、1024冊を経巡り、原点に戻るとしたら、この一冊がふさわしいと思う。特にそのタイトルが大好きだ。「もし僕らが生き続けるなら」。また、原点に戻って、ここから出発だ。しかし、なんだか、ハッピーエンド臭い。それでいいのかな。

 最初は隠し玉として取っておいて、実はこの本で締めくくるつもりでいた。でも、なんだか今からこの本を最後の一冊にするためにとっておくのは、予定調和的で、ちょっと欺瞞臭く感じないわけでもない。だから、とにかく、ここで一旦暴露してしまうおう。そして、本当にふさわしければ、最後にもう一回登場させる。ふたたび登場しなくても、もうここでメモしたから、この本を好きだってことは、誰にもわかる。

 もし、僕らが生き続けるなら・・・・ いや、僕らは生き続けてきたのだ。もう何十年も生き続けてきたのだ。仮定ではなく、生きてきた、という実績のもとに、新たなる言葉を紡ぎだすべき時期なのである。そのことは、しっかり確認すべきだ。そして、ふたたび、あらたに、もういちどつぶやくのもいいだろう。

 もし、僕らが、生き続けるなら・・・

<2>につづく

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当ブログへのアクセスマップ<世界地図編>

 これまでも「大学からのアクセス」 やら「地域ケーブルネット」からのアクセスなどで、一応日本列島とはすべて繋がっていることを確認している。すでにあのトリップは終わってしまっているが、その後ももっとアクセスがあり、大学名とかケーブルネットの名前を列挙しつづけると限りがない。

当ブログへのアクセスマップ<世界地図編>

Map

 さて、世界とはどうなっているのか。データをみてみると、すでにBBS(2010/02/28 00:03)に投稿しているように、世界各国約50カ国からのアクセスが確認されている。もちろん、日本列島が中心なのだが、質や量などをとりあえず置いておくとしても、これだけ繋がりえるのだ、と、あらためてインターネット上のブログ機能の可能性に驚く。

 そしてまた、一部の中近東やアフリカからのアクセスがまったくないのには、ちょっと寂しさを感じる。今後、この人々と話題を共有するには、どのような方法があるのか。まずは、その地域のネット状況を知り、そこから日本人関係者がアクセスしてくる可能性も考えながら、なにか、みんなの話題の共通項をさぐってみるのも一考であろうと思う。

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2010/03/07

魂の螺旋ダンス はるかなる今ここへ<7>

<6>よりつづく
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「魂の螺旋ダンス」はるかなる今ここへ <7>
長澤靖浩 第三書館 2004/12単行本 245p
★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 ケン・ウィルバー「インテグラル・スピリチュアリティ」をぱらぱらめくりながら、以前めくった「魂の螺旋ダンス」を思い出した。思えば、あっという間に3年が経過したわけだが、まぁ、あの本のすべてを読んでいたわけではない。

 私にとってこの本が気になったのは、著者がOshoのサニヤシンとしての自覚があり、自らの個人史の中で、多少のエピソードを交えながら話しているわりには、なんだか私のOsho体験とはかなり違っているなぁ、と思った点。

 もっとも、この本の中にはOsho以外のことがたくさん書かれてあり、この本の中からOshoに関わる部分だけ抜き出して書いた以前の書き込みは、必ずしもフェアなものではないな、と思う。でも、さて、それ以外に、どのような接点を見つけて、この本を読めばいいのだろう。

 本稿の元となる原稿「螺旋 精神宇宙と大地の神々の統合へ」は、1999年に猿田彦大神フォーラム研究助成論文に選ばれ、2000年の秋に発表したものである。その後、その原稿をより大きな構想で膨らませた本書の執筆に取り掛かった。p240「あとがき」

 もともと「猿田彦大神」という存在ありきの論文なのである。「研究助成論文」というあたりも気になる。つまり純粋な論文というより、何らかの「懸賞金」のようなものが掛かっていた論文であったのかもしれない。それはそれで構わないのだが、まずは、そのことは留意しておかなくてはならない。

 扱う領域は、この島の精神文化史全般であり、そこにはまた世界史的な視野も取り入れなければならければならなかった。そのため文献の読破に時間をとられる一方、精神文化の螺旋モデルの具体的造形や肉付けにも、産みの苦しみを味わった。p240「あとがき」

 「この島」とは、多分、日本列島のことを言っているのだろう。「世界史的な視野」とは、はて、どういうことをいうのだろう。つまりここでのキーワードは、「日本」と「世界」だ。正しそうなのだが、どこまでもこの本が読みこなせなかったとすれば、ここのところにも、当ブログの取り組みなどとは決定的に違うものがある。

 当ブログが対峙させようとしているのは、「個人」と「地球」だ。「個人」という言葉でもアバウトすぎるとすれば、「個人としての<私>」と「地球」と、言い換えてもいい。あるいは、「地球」という言葉もアバウトなのだが、それ以上のリアリティある単語は今のところ他に想いつかない。

 本稿には今なお、不十分な点が多々ある。が、まずこれを叩き台に各方面の批判を仰ぎながら、今後の思索を進めていきたいと考え、本書を世に問う次第である。p240「あとがき」

 前から気になっていたケン・ウィルバーだが、図書館ネットワークがどんどん繋がっていく中で気づいたことは、すくなくとも私が利用できる公立図書館(大学も含む)には、ウィルバーはあまり収容されていない、ということである。私の周囲などの受け止め方からすると、一般的なウィルバーの認知度や人気度は、ちょっと過小評価すぎるのではないか、と思う。しかし、そのような現象がまずは現実としてある。

 つづいて、この「魂の螺旋ダンス」をみると、さらに所蔵数はすくない。私のエリアでは、最寄りの図書館に私がリクエストしてようやく入庫した一冊のみである。他にはない。「まずこれを叩き台に各方面の批判を仰ぎ」という著者の希望だが、残念ながら、この本を題材として話を共有できる人たちは、現在のところそう多くはない。ネット上でも売り切れの表示がでている。(注、この本はアマゾンなど、ネット上で簡単に手に入るし、本屋への配本も終わっていないので注文すれば来ます。2010.03.09追記) 

 この本の巻末には「主要参考文献リスト」がついている。およそ100冊の、いずれも難解そうなハードカバー本が中心となっている。著者が「文献の読破に時間をとられ」たのは、当然のことであっただろうと、その状況が目に浮かぶようだ。しかし、よくよく見ると、このリストは飽くまで「主要参考文献」なのであって、ここに明記されてなかった資料がさらに膨大な量としてあるに違いない、と想像できる。

 さて、そうなってくると、さらに疑問が立ちあがってくる。なぜにそんなに本を読まなければならないのだろう。そこまで本を読まないと「魂」は「ダンス」しないのだろうか。「螺旋」プロセスの、通過すべき一地点であったとしても、あまりに重厚なダンスではないか。軽やかなスキップを踏むようなダンスはできないものか。

 「ケン・ウィルバーによるフラットランド批判」p212あたりが、今回、振り返って読んでみようと思い立った部分であるが、図版を除いてみれば、全245pの本書の中では、わずかに3ページだけであった。書籍のタイトルなどが列記されており、ホントに重要な部分はほんの数センテンスだけだが、ウィルバー読みではない私は、その部分についてのコメントはさけておく。

 いずれにせよ、この本は情報が満載(というか、いまいち整理しきれていなかったのかも)で、言わんとする方向性は分からないのでもないのだが、ズバリ、というキレ味よいコメントは、本のタイトル以外には、ぼうっとした読者でしかない私には、なかなか響いてこない。

 この本をまためくってみていて、ウィルバーの「インテグラル・スピリチュアリティ」のことをまた思い出した。やっぱり、あの本も、イメージとしては同じだなぁ、と感じる。なかなか狙いはいいし、タイトルや腰巻のキャッチフレーズもなかなか気に入っている。コピーとしては素晴らしい。

 しかし、一旦、ページを開いて読み始めると、軟弱な読者でしかない私などには、ズバッと、ハートにダイレクトに響いてくるものがない。インテグラル、統合、という文字は踊るが、たくさんの情報が順序よく整理されているようでいて、実は、体系化に失敗したものを、たんに構造と呼んでいるだけではないか。

 先日読んだ渡辺公三著「闘うレヴィ=ストロース」の孫引きの部分が思い出される。

 第一は、この定義が、要素と要素の関係を同一の平面上においている点です。別の言い方をすると、ある観点からは形式と見えるものが、別の観点では内容としてあらわれるし、内容と見えるものもやはり形式としてあらわれうる。[・・・・]

 第二は「不変」の概念で、これがすこぶる重要な概念なのです。というのも、わたしたちが研究しているのは、他の一切が変化するときに、なお変化せずにあるものだからであります。

 第三は「変形(変換)」の概念で、これによって「構造」と呼ばれるものと「体系」と呼ばれるものの違いが理解できるように思います。というのは体系も要素と要素間の関係からなる全体と定義できるのですが、体系には変形が可能ではない。体系に手が加わるとばらばらに崩壊してしまう。これに対し構造の特性は、その均衡状態になんらかの変化が加わった場合に、変形されて別の体系になる、そのような体系であることなのです。「闘うレヴィ=ストロース」p24 「構造の逆説と歴史」

 レヴィ=ストロースという人の業績などよく知らないが、すくなくとも、この表現の中に現れている「柔軟性」や「深淵性」が、どうもウィルバーやそれを評価する人々に感じられないところがある。

 統合やインテグラル、といいつつ、どうもますますグチャグチャと迷路や袋小路になってしまい、少なくとも、私の住んでいるようなエリアの一般的な公立図書館に所蔵されるような道を拒んでしまっているのではないか、と思える。

 「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、ハードなヘッドトリップに耐えられるほどの頭脳明晰さを欠いているので、まぁ、このへんあたりで、ウィルバーやそれに類するものとは、一旦お別れかな、と思う。なんせ、当ブログは現在、締めにかかっている。それはどうやら統合というより、溶解や蒸発に近いような現象だ。(つまり頭の中が空っぽになりつつある、ということ)笑

<8>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊-2010~13

再読したいこのカテゴリこの3冊-2010~13

「ブッタ達の心理学2.0」編

「意識とは何か」編 その1

「意識とは何か」編 その2

「表現からアートへ」編

「地球人として生きる」編

「クラウドソーシング」編 3冊+1冊

「私は誰か」編

「ブッタ達の心理学3.0」編

One Earth One Humanity」 編

No Earth No Humanity」編

No Books No Blogs」編

「メタコンシャス 意識を意識する」編

「森の生活」編

「3.11天地人」編

「3.11後を生きる」編

「センダード2011」編

「地球人スピリット宣言草稿」編

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」編

「プロジェクト567」編

「Meditation in the Marketplace1」編

「Meditation in the Marketplace2」編

「Meditation in the Marketplace3」編

「Meditation in the Marketplace4」編

「Meditation in the Marketplace5」編

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「地球人スピリット・ジャーナル曼荼羅2007」

「このカテゴリこの三冊曼荼羅2009」

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再読したいこのカテゴリこの3冊+1冊「クラウドソーシング」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊 + 1冊
「クラウドソーシング」編

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「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
村上春樹 2000/08 朝日新聞出版 ムックその他 217p

Photo
「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
村上春樹 /絵・安西水丸 2006/03 朝日新聞出版 ムックその他 205p

490
「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
村上 春樹 (著), 安西 水丸 (イラスト) 2006/11 朝日新聞社 単行本: 393p

 もともと「クラウド・コンピューティング」としてスタートしたカテゴリであったが、当ブログの流れとはそぐわず、途中から「クラウドソーシング」と改名した。同名の本「クラウドソーシング」に感動したせいでもある。しかし、そのIT関連における書籍はそう多くもなく、また、途中から当ブログは、コンテナ論やコンテンツ論から足を引き上げ始めたので、このカテゴリにふさわしい本は、実際にはなかった。

 そんな中にあって、確かに試みてきではあるし、「ファン感謝デー」的で、いまいち納得はいかないが、ネット上のやり取りをできるだけ一冊の本にまとめようとしたこれら村上春樹本は、なかなか光っていると感じた。初読の時は、全部などとても読めないと思ったし、読むもんか、と思った。しかし、ひととおり村上春樹本を巡り終わってみれば、あの雑踏がなにか懐かしい。あの中には読み落としていることがたくさんあるのではないか。そんな再発見の旅もいい。

 上記3冊はシリーズの形を成しているが、もう一冊「少年カフカ」もまた、同じような形でできている。ただこちらは「海辺のカフカ」と連動しているため、ちょっとセールスプロモーション臭さが気になる。

少年カフカ
「少年カフカ」 村上春樹編集長
村上春樹 2003/06 新潮社 単行本 495p

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再読したいこのカテゴリこの3冊「地球人として生きる」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊
「地球人として生きる」編

世界の葬送 
「世界の葬送」
125の国に見る死者のおくり方
松涛弘道 / 「世界の葬送」研究会 2009/06 イカロス出版 単行本 166p

新しい宇宙像(上巻) 
「新しい宇宙像」
ピョ-トル・デミアノヴィチ・ウスペンスキー /高橋弘泰 2002/06 コスモス・ライブラリ- /星雲社 単行本 406p

私の愛するインド
「私の愛するインド」
輝ける黄金の断章
OSHO /スワミ・プレム・グンジャ 1999/11 市民出版社 単行本 257p

 「死とは何か」と哲学的に問うこともできるだろうし、「おくりびと」のように他者の死体に畏敬の念を抱きつつ、自らの生を問うこともできるだろう。もっと視野を広げて、世界の葬送の俯瞰を見る時、そこにあるのは、生死を超えた地球人全体の生きざまだ。まさに「世界の葬送」で問われているのは人間そのものだ。

 グルジェフ+ウスペンスキーに対する読書は全然進んでいない。その資料の存在は確認した。しかし、本を読んだからといってシステムに触れることにはならないし、ワークに参加していることにもならない。しかし、それでも「新しい宇宙像」のようなビジョンにふれることは、地球人として生きる、可能性の拡大を意識することになる。

 「私の愛するインド」 輝ける黄金の断章。美しい本である。「India My Love」。Oshoの本から一冊だけ選べと言われたら、私はこの本を選ぶだろう。この本だけで十分だ。だからこそ、私はこの本を所有していない。もっと、もっと、したら、私はこの本の中に没入していきたい。そんな時が来るに違いない。

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再読したいこのカテゴリこの3冊「表現からアートへ」編

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再読したいこのカテゴリこの3冊
「表現からアートへ」編

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「ザノーニ」
エドワード・ブルワ=リットン /富山太佳夫 1985/04 国書刊行会 全集・双書 239p

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「ミケランジェロの生涯」苦悩と歓喜
アーヴィング・ストーン (著), 新庄 哲夫 (翻訳) 1966/02 二見書房 486ページ

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「炎の人ゴッホ」 
アーヴィング・ストーン /新庄哲夫 1990/07  中央公論新社 文庫 831p

 「物語」としての当ブログの中に、もう一つの物語がある。それは「アガータ:彼以降やってくる人々」という。まだ全文が語り終えられているわけではない。あるいは形あるものとして、ほとんど語られていない。しかし、それはエドワード・ブルワ=リットンの「来るべき民族」に裏打ちされたなにか、ということになる。「ザノーニ」はそこに下りていくための、ひとつの足がかりとして、探索されている。

 「ミケランジェロの生涯」は読みやすい小説である。しかるに、小説嫌いを標榜する当ブログでは、いまだ読了していない。途中で一旦図書館に返却したため、そのままになってしまった。そっそっかしい読み方しかしていない当ブログにとって、長編小説はなかなか読了するまでが難しい。

 ゴッホについてのこの伝記「炎の人ゴッホ」はなかなか印象に残った。ミケランジェロと同じくアーヴィング・ストーンが手掛けた伝記である。ゴッホについては何度も読んでみたい。絵も見てみたい。Youtubeになかなかお気に入りの動画があったので、こちらにも貼り付けておこう。

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再読したいこのカテゴリこの3冊「意識とは何か」編 その2

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再読したいこのカテゴリこの3冊
「意識とは何か」編 その2


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「ディオニュシオス・アレオパギテス」 
「中世思想原典集成3 」後期ギリシア教父・ビザンティン思想
上智大学中世思想研究所 1994/08 平凡社 単行本 975p

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「達磨二入四行論」 
「禅家語録 1」世界古典文学全集 36A <1>
西谷 啓治, 柳田 聖山 1972/12 : 筑摩書房 単行本 519p

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「シークレット・ドクトリン」 宇宙発生論 上 神智学叢書
H・P・ブラヴァツキー (著), 田中 恵美子 (翻訳), ジェフ・クラーク (翻訳) 1994/02 神智学協会ニッポン・ロッジ 761p

 幸か不幸か、この「意識とは何か」カテゴリには魅惑的な本が多すぎた。「その1」の3冊に絞り切れなかったので、さらに3冊を追加する。

 「ディオニュシオス・アレオパギテス」に関しては、この本のタイトルを見ているだけで眩暈がする。なにが書いてあるかより、こちらの方向に視線を向けること自体、当ブログにとては冒険のなにものでもない。敢えて踏み込むべき領域かどうか怪しむ。しかしながら、未踏なままに放置されてしまってよい領域とも思われない。

 「達磨二入四行論」は、「六祖壇経」「臨済録」「三祖僧燦」「摩訶迦葉」「頓悟要門」「黄檗伝心法要」などとともに、当ブログへのアクセスの中のZENワードとしては、おびただしい数が見られる。ZENのZENたる部分に直接アクセスするインターフェイスだが、やや伝統的表現法にかたより過ぎているのが難。

 「シークレット・ドクトリン」は、マダム・ブラバッキーの主著。日本語訳は完結しておらず、また、当ブログはこの本を所有しているにもかかわらず、いまだに読みだす機会がない。いや、勇気がない、と言ったほうが正しい。いずれは超えていかなくてはならない、目のうえのタンコブ的な、いつも気になる存在。

次へつづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「意識とは何か」編 その1

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再読したいこのカテゴリこの3冊
「意識とは何か」編 その1


「ツォンカパの中観思想」 ことばによることばの否定
四津谷孝道 2006/11 大蔵出版 単行本 389p

Hasidism
「ハシディズム」
マルティン・ブーバー /平石善司 1997/03 みすず書房 全集・双書 262p

Tomas
「トマスによる福音書」
「聖書の世界」 第5巻 新約 1
田川 建三ほか著 1970 講談社 全集 p330

 ツォンカパはチベット密教の鬼門である。表層だけではなく、その真意に迫ろうとすると、チベット密教の陰にはツォンカパがいる。しかもその岩盤は厚い。しかし、その岩盤を穿つ方法を見つけることができれば、そのさらに深部に存在する底流に合流することができる。中観という意識の本流に合流することができれば、もう「チベット密教」という色分けはすでに必要なくなる。

 ハシディズムは当ブログにとっては未踏の原野である。魅惑的ではあるが、その地に足を踏み入れる必然性を見つけかねている。よもや日ユ同祖論などと底触することがあらば、すわ、と色めきたつのだが、それもまた腰の落ち着かない出歯亀根性の現れでしかない。ひたすら待とう。きっとどこかにインターフェイスがある。

 「トマスの福音書」は、キリスト教文化の中に育ったわけではない者にとっては、その異端性とその貴重性の価値は分からない。通り一遍にこの本を読んだだけでは意味がない。Oshoの「愛の錬金術」などと合わせながら、再読、精読されていく中で、なにごとかの秘法が花開いてくると思われる。

 このカテゴリ、「その2」を追加した。

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再読したいこのカテゴリこの3冊「ブッタ達の心理学2.0」編

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再読したいこのカテゴリこの3冊
「ブッタ達の心理学2.0」編

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「ターシャム・オルガヌム」第三の思考規範―世界の謎への鍵
P.D. ウスペンスキー (原著),  高橋 弘泰 (翻訳), 小森 健太朗 (解説) 2000/06 コスモスライブラリー 単行本 451p

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「サイコシンセシス」
統合的な人間観と実践のマニュアル
サイコシンセシス叢書4
ロベルト・アサジョーリ /国谷誠朗 1997/06 誠信書房 全集・双書 483p

覚醒の舞踏
「覚醒の舞踏」
グルジェフ・ムーヴメンツ
スワミ・アナンド・プラヴァン 2001/06 市民出版社 単行本 343p

 「ターシャム・オルガヌム」「グルジェフ+ウスペンスキー」の中で読まれなくてはならないし、またその中の中核的位置ととして再読・精読されなければならない重要な一冊と言える。本格的な一冊ではあるが、またその本格的あることが逆に再読・精読を阻むという矛盾はあるが、機会をとらえて、ここにもどらねばならない。

 「サイコシンセシス」はフロイトの精神「分析」に対する位置づけとして精神「統合」を打ち出しており、OSHOのお薦め本ベスト10(私家版)」の流れの中で精読される必要がある。しかし、資料的には日本語文献は多くなく、また理解しやすいとはけっして言えないところが難点。

 「覚醒の舞踏」「グルジェフ+ウスペンスキー」の中では比較的新しい資料で、しかも著者にOshoサニヤシンを得ていることが貴重な一冊と言える。そのアルファベットに慣れるにはそれ相応のプロセスが必要となるが、それでもやはり再読する価値はある。そして、本当の評価はなかなかむずかしい一冊。

次へつづく

 

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2010/03/06

再読したいこのカテゴリこの3冊「私は誰か」編

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再読したいこのカテゴリこの3冊
「私は誰か」編

心を生みだす脳のシステム
「心を生みだす脳のシステム」 「私」というミステリー
茂木健一郎 2001/12 日本放送出版協会 全集・双書 277p

神の詩
「神の詩」 バガヴァッド・ギーター
田中嫺玉 /ラーマクリシュナ研究会 2008/09 TAO Lab 単行本 300p

哲学者たちの死に方
「哲学者たちの死に方」

サイモン・クリッチリー (著), 杉本 隆久 (翻訳), 國領佳樹 (翻訳)  2009/8 河出書房新社 単行本: 372p 原書 The Book of Dead Philosophers 2008

 当ブログではその時々におよそ3つのカテゴリを進行させ、ほぼ108で終了してきた。そして、その中から記憶に残った3冊を取り出して、「地球人スピリット・ジャーナル曼荼羅2007」や、このカテゴリこの三冊」曼荼羅としてまとめてきた。

 すでに20カテゴリについてまとめてきたが、現在第二期の1024冊に向けて集約中の当ブログであってみれば、残り7つのカテゴリについてもこの辺で「再読したいこのカテゴリこの3冊」を作っておくのがいいだろう。

 一時期、当ブログは茂木健太郎追っかけをしてみた。近頃の脱税スキャンダルで人気を落とした茂木だが、それ以前に、どうもその本の質が最近になればなるほど落ちているように思えるところがちょっと気になる。それでもいくつも名著があり、「心を生みだす脳のシステム」などもいつかは読みなおしてみたい。

 当ブログにたどりつくにはさまざまな経路があるが、もちろん検索サイトからたどってくるアクセスが一番多い。その検索ワードのなかにバガヴァッド・ギーター」もかなりあり、当ブログで触れたのはごくごく少ない回数なのだが、その集中度は驚くべきものがある。せっかくアクセスしてくれているのだから、この本もまた、再読、精読することも必要ではないか。

 「哲学者たちの死に方」は現在読書中だが、初読である。まだ再読までいかない。精読する、ということでもなさそうだ。あまりに集約されている本なので、座右の書のように、辞書のように使われてもいいのかもしれない。いずれにしてもこの書名になんとも引かれる。「The Book of Dead Philosophers」という英語のタイトルもなかなか生かしていると思う。

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2010/03/05

臨床心理士への道

臨床心理士への道
「臨床心理士への道」 AERA books
馬場礼子1999/03 朝日新聞出版  単行本 205p
Vol.2 987★★★☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 いつもは使っていない部屋に探し物のために久しぶりに入って、ギョッとした。心理学関係の本がゴロっと固まって出てきたからだ。なになに・・? 自分もだいぶ心理学関係の本を持っているが、私が読んでいない本がこんなにあったのか。私以外の家族の誰かが読んだのだろう。その中から、目についた本を一冊だけ抜き取ってきた。それがこの本。

 1999年の段階の本だから、まだ「臨床心理士」というネーミングもまだ一般的ではない時代。AERA books だから、どこかおしゃれな装丁がなんともいい。そう言えば、この時代の本に「精神分析学がわかる。」1998/11がある。あれはAERA mookだったが、いずれにせよ、このシリーズは、若い女性には人気の本なのかもしれない。

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 この「各心理臨床の領域」p17を見ていて、なるほど、と思った。当ブログでは、仮称としてZENマスターという概念をすこしづつ手探りしているのだが、この図の中に、どう関わってくるのだろう。見ていて、目がチカチカしてきた。

 先日、当ブログのZENマスターは、教育学も、病理学も関係ないよ、と、つれない態度をとった。ましてや、介護などとも直接的には関係ないし、司法などはさらに縁がない。福祉、産業などにも限定されたくない。とすると、あとは「その他」か「個人開業」しかない。「個人開業」かぁ。まぁ、これかなぁ。

 個人開業その他

 (略)来談者に心理療法を行い支援する、という最も典型的な心理臨床家らしい職域とも言えますが、この個人開業の場合、どこか前記のそれぞれの領域で訓練を積んだ者が開設する、ということが基本です。臨床心理士の資格を取ったからすぐオープン、というわけには参りません。p36

 そりゃ、そうだろうなぁ。

 個人開業だと(略)、何もかも一人でこなしていかなくてはなりません。逆に言えば、こなしていける人であって初めて独立できるわけです。だから、最低でも十年は臨床経験を積んでいなけないでしょう。p37

 この辺は、資格そのものは別にして、経験と年月、というだけなら、私の友人たちはわりとクリアしている人たちは多い。
 
 本当は、長年の経験・訓練がなければやっていけないはずの仕事なのです。このあたりは声を大にして言いたいのですが、このごろは臨床心理士資格を取ったらもう個人開業していいのか、と思っている人も見受けられます。それをこわいもの知らずと、と言います。p37

 医師でも弁護士でも税理士でも、資格だけでできる仕事なんてない。訓練と経験は必要ですね。

 自分がぜんぜん悩んでいない人というのは、人の悩みが分かりません。いささか強い言い方になりますけれども、人生をまともに考えて生きていれば、そういうことでまったく何も悩まない、ということはきっとありえないことだと思います。
 悩まない人の人生は浅い、とまでは言いませんけれど、悩んでいる人はこの仕事については適性があるです。
 ただし、ひととおり、いちおう自分の悩みが解決している、自分の悩みを脱却しているというのも、また必要なのです。
p122「向いている人 いない人」

 小学生にもわかるくらい平易に書いてある。

 不向きな人

 一般に、心理療法の仕事に向いていない人というのは、常識的な価値判断がその人にしっかり身についていて、それが崩しがたいというようなタイプです。
 これは、別の観点からすると、社会的に通用する、きちんとしてまじめな人で、路線から外れないで物事をきちんと処理していける人、でもあります。いわゆる常識人、役に立つ人ですね。
 だけど、例えば礼儀対面社会性、といったものを重んじる常識家がセラピストになった場合、理不尽なことを言ってくる相手が心の底から受け入れられるでしょうか。心理療法の場では、反発してくる来談者に対しても、平気で常識はずれなことを言う人に対しても、「あーその気持ちわかる」と言えるくらいの型くずれをこちらがしている、あるいは常識の殻が相当突き崩せるのではないといけないわけです。
p132

 面白い職業だなぁ(笑)。

 雇用形態から見ると、不安定な場合もすくなくありません。将来、フリーター的に仕事ができるほうがいいと思うような適性の人というと、現代社会の現実からすると女性になりがち、ということになるわけです。p127「志望者は女性が多い」

 この本、「入門読本」とあるだけに、実に分かりやすい。だけども、この本がでて更に10年が経過しているのに、心理職の認知度や待遇は、ほとんど改善されていないかも。まだまだこれからが大切な職域と言える。

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哲学者たちの死に方 The Book of Dead Philosophers<2>

<1>よりつづく
哲学者たちの死に方
「哲学者たちの死に方」 <2>
サイモン・クリッチリー (著), 杉本 隆久 (翻訳), 國領佳樹 (翻訳)  2009/8 河出書房新社 単行本: 372p 原書 The Book of Dead Philosophers 2008
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★

 この本は、この半年の中ではもっとも気になっている本と言ってもいい。その証拠に、図書館から借りてきては延長し、返却してはまた借りてくる、という連続作業をやり続けている。幸いにして、ちょっと辺鄙なあの図書館には、私の他にこの本のファンはいないらしい。だから、ほとんどこの本は、半年間、私の独占状態だ。

 この本について何度も書こう書こうと思っても、なかなか書けない。いや、書けないどころか、読めない。独占状態にして図書館から借りだしていながら、読めないとはこれいかに。前回読んでメモしておいたのが11月10日。年末に向けて仕事は忙しさを増していた。ようやく年末になり、正月を挟んで、当ブログはすっかりクラウドソーシングとしてのハルキ・ワールドおっかけに夢中になってしまった。

 なかなかこの本に向かうチャンスをつかむことができなかった。だが、私の心にはずっと、底音としてこの本が鳴り響いていた。この本は、「2009年下半期に当ブログが読んだ新刊本ベスト10」の第2位に登場している。第1位に輝いた「新・平和学の現在」も大好きな本だが、今なら、この順には逆転しているかもしれない。

 この世に平和が来ようが来まいが、私には必ず「死」はやってくる。「平和」より、「死」の問題のほうが、もはや差し迫った課題であり、重要度は日々ますます増してくる。

 小さい時は自分はジャーナリストになるものだと思っていた。でもそれは10代から作っていた小さなミニコミを発行することによって、その欲望はすこし満たされた。20を超えてOshoのところに向かい、サニヤシンになったことによって、何かに「なった」という感覚はあった。しかし、それは社会的な意味合いのものではなかった。それを社会的な意味のあるものにしようと、心理学を学びカウンセラーになった。フルタイムのカウンセラーではなかったが、それは私の人生を豊かにした。人々と生きることの意味を何度も何度も繰り返し考えさえられた。

 インターネット時代になる前から、私はパソコンの大ファンだった。その証拠に「携帯コンピュータ4級」(爆笑)という検定資格を持っている。Basicの数百行限りではあったがソフトにも挑戦したことがある。プログラマと自称することはできないが、あれから仕事の中の必須条件として登場したパソコンやインターネットには、他の人より先行して取り込むことができた。

 もしこの世で、自分がジャーナリストや、カウンセラー、プログラマとして活躍できたら、基本的に、私は自分の人生はこれでよかった、と思ったに違いない。どの職業でも、立派な人生になったと思う。

 幸か不幸か、私はこれらの三つの職業をフルタイムの自らの肩書とすることはなかった。いま就いている職業も、その名前に集約はできないが、それぞれの要素をいくらかづつ持っている。だから、今の職業を愛しているし、これはこれで、立派な人生になりえるはずだ、と自分では思っている。

 あるいは、今こうして「意識をめぐる読書ブログ」なるものを、趣味として書き続けているのは、その自分が「なりたい」状況を補完するためと言っていいかもしれない。サニヤシンという「形容詞」も無駄ではない。必ずしも第三者に私の存在を理解してもらうのに役立つ用語ではないが、私の人生を量り知れないほど豊かにしてくれた。それはそれで、満足している。

 しかし。いずれ、すべては「死」の前に顕わになる。すべての虚飾は脱ぎ棄てられる。いつか必ずやって来る。そして、すでに現役世代を終えなくてはならない人生の曲がり角に来て、私の人生の中でも、「死」はごく当たり前にやってくる機会を待っている。

 若いころ、交通事故で、よもやあと一瞬の違いで死亡事故という惨事にあったことがある。かろうじて一命を取り留めたが、死がすぐ助手席に座っていることを意識した。あるいは病気で「余命半年」と宣言されたことがある。本人には告知されなかったが、体調や周囲の動向からそのことを知っていた。だが、生への執着が強かったか、やるべき仕事が残っていたか、私は死ななかった。

 さらには、社会的な死という、生きながらにしての地獄も体験したことがある。このことは、小説にでもして書かない限り、私の人生のなかでは表現されないだろう。生々しすぎる。しかし、いずれにしても、私は三度「死」から立ち上がってきた。

 バルーフ・デ・スピノザ 1632-77

 死後に出版され、これまでに書かれた最も偉大な書物のひとつである「エチカ」の第4部で、スピノザは次のような定理を提起している。

 自由の人は何についてよりも死について思惟することが最も少ない。そして彼の知恵は死についての省察ではなく、生についての省察である。

 この定理の証明のなかで、スピノザは以下のように論じる。すなわち、自由の人間は理性にのみ従って生きる者であり、恐怖に支配されることがない。自由であることは直接に善を欲することであり、ひるむことも失敗することもなく、この欲望に固執するという仕方で行動し、生きることである。これが、自由な人間は何よりも死について思惟することが最も少ないということの理由である。

 もし、精神に固有の、すなわち理性に固有の知恵としてスピノザが理解したものを私たちが用いるならば、そのとき私たちは死の恐怖に打ち勝ち、「エチカ」の最後のページで述べられた「至福」のようなものを成し遂げることができるだだろう。「至福」という言葉は、この著作のなかでこれまでまったく使われなかった言葉であるが、この「至福」は神に対する知的愛であり、スピノザは「精神が神を愛することの多ければ多いほど、それだけ死が有害でなくなるということである」と書いている。p199

 スピノザは難解である。「エチカ」には、ヴァージョンを変えて、なんども挑戦しているが、いまだに「征服感」はない。難攻不落の絶頂としてそびえ立っている。何度もあそこに戻ることになるのだろう。今はふもとに立って見上げるばかりである。ふと、指を挟んで開いたページが、まずはスピノザであった。

 この「哲学者たちの死に方」という本、例の「新刊本ベスト10」のトップにならなかった理由がある。「哲学者たち」というネーミングが悪い。ソクラテス、プラトン、老子、荘子、を始め、禅やキリスト教など、多くの具体的な人物たちを取り上げながら、すべてを「Philosophers」と括ってしまったところに、難がある。

 私ならここで「Philosophers」を「ブッタ達」と読みなおしたい。そして「死に方」を「生きるための心理学」と読みなおしたい。「ブッタ達の<生きるための>心理学」。それが目下の、当ブログのテーマである。

<3>につづく

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2011年新聞・テレビ消滅<2>

<1>よりつづく
2011年新聞・テレビ消滅
「2011年新聞・テレビ消滅」 
佐々木俊尚 2009/07 文藝春秋 新書 237p
★☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆

 著者のいうところは、こういうことだ。つまりインターネット時代になってメディアのコンベアが変わっているのだから、コンテナとしての旧メディアは消滅しますよ。アメリカの3年遅れで現象が起きる日本だから、2008年にアメリカで起きたことは2011年に日本で起きますよ、ということだ。

 ことごとく外側の世界のことだから、今から最終的に当ブログが突入しようとしているターゲットとはまるで方向性が違う話だが、この本をめくっていると、反面教師的にいくつかのことに気付かされる。

 この人にとっては、コンテンツとは極端に言ったら「コンテナ論」だ。コンテナ論に飽き足らなくなって、コンベア論を持ち出しているまでで、言ってることは本質的にコンテナ論と変わらない。いや、この人にとっては、コンテンツも結局は「コンテナ」になってしまっている。

 この人がコンテンツとしてあげているものは、新聞記事、番組、楽曲、吉本興業のお笑い番組、小説やノンフィクション、プロダクションが所属させているミュージッシャン、エイベックスがプロデュースするミュージッシャン、制作会社、などなど。

 マス・マーケティングで商品化されたものばかり。結局はマス・メディアの視点からしか世の中が見えない。ましてや、自らの内面の振り返りなど、なにもない。「あとがき」などに新聞記者時代の振り返りなどがないでもないが、結局は、自分のなかに残った他人に対するわだかまりを吐露しているだけだ。

 いや、別にそういう本なのだから、それ以上のことを求めようとするのは酷というもの。人にはそれぞれのキャラクターがある。しかしながら、例えば梅田が「ウェブ進化論」のヒットのあとに出した本が「ウェブ人間論」だったことを考える時、この両者のインターネットに向かう姿勢の違いが大きく開いていく。

 インターネットが台頭し、標準化することによって、旧来の巨大産業は倒壊しまっせ、ってことの警告を発し続けていることはわかる。しかし、そんなことははっきり言ってもはやどうでもいい。つぶれるものはつぶれるしかない。嫉妬心や競争心、猜疑心や執着心を掻きたてられても、反応したい人だけが反応すればいい。

 あえていうなら、梅田望夫のメタファーを借りるなら、もう「ウェブ進化論」なんて当たり前のことなのであり、すでに問題は「人間論」に入っている。とくに当ブログではインターネット=コンテナ(+コンベア)論は、とうに後ろにしてしまい、前に進み始めている。

 本書は、コンテンツ→コンテナ、そしてコンベアへの流れ、つまり箱物コンテンツの大手作り手たちが、新しいコンベアの出現に、いったい、これからどうするのよ、と、うろたえている図式を浮き彫りにしているだけだ。それは、単に旧来のものをどう維持するかという保守的な思考がぐるぐる回っているだけで、所詮は、「消滅」の憂き目をみるのはすでに明らかなのだ。

 ここで流れを一変しなければならない。もしその「コンベア」に何事かの優位性を見るならば、まずそのコンベアありきで考えなおさなければならない。コンベアが変わったのだから、コンテナも変わらなくてはならない。コンテナが変わったのだから、コンテンツも変わらなくてはならない。当たり前のことなのだ。

 そして、マス・マーケティングに慣れてしまった、旧来の「箱物コンテンツ」の作り手たちは、コンテンツをモノ化して考えすぎている。コンテンツとは表現であり、創造だ。歌であり、踊りであり、詩でなくてはならない。それは「楽曲」や「画像」や「書物」ではない。ことごとく、表現や創造をモノ化して考える癖のある著者の本は、まさに、その権化と言っていい。

 当ブログが、敢えてコンテナ→コンテンツ→「コンシャスネス」の流れを考えるかと言えば、まさにこの箱物コンテンツから、いかにして離れていくか、ということを考えているからだ。マス・マーケティングの商品など、もはやどうでもいい。「人間」を数量的にとらえる視点では「人間論」は語れない。人間を語るには、人は、静かに「個人」としての、自分自身に降りていかなくてはならない。

 そして、当ブログにおける「個人」というテーマはさらに、深化していかなくてはならない。最近まで、茂木健一郎の「意識とはなにか」についていたブック・ガイドもたどってみようと思っていた。しかし、何かが違う。「なにか」と問うてしまった時に、まさにその第一歩でこの「意識とはなにか」という問いかけは答えを見失ってしまっているのではないだろうか。

 池田晶子の「私とは何か」の問いかけに違和感を感じ、あえて「私は誰か」という問いに直した当ブログであってみれば、「意識とはなにか」という問いかけも、結局は間違いだ、と断定しても構わないのではないだろうか。「なにか」と問うた時にすでに、まさにその第一歩目で答えは見失われてしまっている。

 なぜなら、その第一歩目で、外に歩を進めてしまうからだ。意識は中にある。個人個人の自らの内側にしか意識はないのだ。だから、もし、「意識」という言葉に何らかの妥当性があり、重要性があるとすれば、内側を尋ねるしかないのだ。

 かつてのあの三つの問いかけを考えてみる。「私は誰か」、「魂はどこにあるか」、「いかに死ぬか」。この答えとして、例えば「意識」を当てはめてみる。「私は意識である」、「魂は意識の中にある」、「意識して死ぬ」。語呂合わせのようではあるが、結構、これが当てはまる。

 本当は、これは「意識」でなくてもいい。なにか<A>というものであっていい。「私は<A>である」、「魂は<A>にある」、「<A>として死ぬ」。もしこの<A>に当てはまるものであれば、「意識」でなくてもいいし、言葉ですらなくてもいい。

 ただ行きがかり上、当ブログでは<A>≒「意識」≒「コンシャスネス」として扱っていく。現在のところ仮説でしかないが、妥当性がないわけではないし、証明は、本当はできない。それは科学として語られるより、詩として語れられなくてはならない。あるいは絵とか踊りとして表現されるかも知れない。しかし、それは体系化された言語による合理性では表現できない。可動的な流動性の構造の中にあるなにかだ。いやこの「可動的な流動性の構造」こそ「意識」と言っていいかもしれない。そしてそこにさらなる「普遍性」が加わることになるだろう。

 このような地点から、この本の著者には、「コンテンツ」から下さがりの箱物化ばかり論じてほしくない。もっと「コンテンツ」から、さらなる創造性へと舞い上がっていく「コンシャスネス」論を語れないものだろうか。そこが、すでにこの著者の一連の著書に距離を感じている理由である。著者の「ブログ論壇の誕生」なども惨憺たるものだ。

 著者などの視点から考えれば、当ブログのような視点は少数派かもしれない。しかし、この少数派が「生きてくる」、「生かされてくる」時代こそが、新しい時代なのであり、著者がおののいている未来なのだ。そこを見ておかないと、佐々木俊尚というライターの「コンテンツ」そのものが「消滅」するだろう。(私の読みとしては、著者の本からは本質的な「コンテンツ」はすでに「消滅」して久しい、と推測している)。

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2010/03/04

2011年新聞・テレビ消滅<1>

2011年新聞・テレビ消滅
「2011年新聞・テレビ消滅」 <1>
佐々木俊尚 2009/07 文藝春秋 新書 237p
Vol.2 986★☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆

 えっ、もうとっくに当ブログでは、IT関連の本などは読まないと宣言したばかりではないですか。いまさら、また、この手の話に戻るの? と、われながら、もんどり返るような気分になる。しかしながら、この本だけは、ちょっと違う。

 著者の本は、すでに何冊か読んだ。初期的にはこの人の本がサブ・メインであったとさえいえる。しかし、ある時期から、当ブログとはどんどん距離ができて行った。

 もともと、当ブログは、新聞記事で梅田望夫の「ウェブ進化論」のことを知り、それを読んで感想を書き始めたのが、きっかけだった。そして、いつの間にか私は新聞を読まなくなって、それももうすでに3年近くが経過する。

 まもなくテレビも地デジとやらに全面転換しなくてはならないらしいが、うちはアンテナだけは地デジ対応にしたが、テレビ本体は買い替えず、コンバーターだけで済まそうとしている。大体において、そんなにテレビは見ない。

 グーグルの及川卓也氏は、これを「コンテンツ」「コンテナ」「コンベヤ」という三つの層(レイヤー)に分けて説明している。コンテンツは記事そのものでコンテナはそれらの記事を運ぶ容器、そしてコンベヤは容器のコンテナを配達してくれるシステムだ。新聞で言えば、

コンテンツ=新聞記事
コンテナ=新聞紙面
コンベヤ=販売店

ということになる。これまでもメディアをコンテンツとコンテナという二層に分けて説明することは多かった。及川氏はここにコンテナを運ぶコンベヤという新しい概念を持ち込んで、三層モデルにした。いずれもCからはじまる語呂の良い言葉で、「3Cモデル」とでも呼ぶべきだろうか。
p31「第二の波・プラットフォーム化」

 今回、異例な形でこのIT関連の本に登場してもらったのは、一にも二にも、この記事のところにある。コンテンツ、コンテナ、コンベヤ、とはなるほどよくできた3Cモデルだ。当ブログの3Cモデルと相対させてみようと思ったのが始まりである。

 ところが、どうもうまくない。コンベヤとコンシャスネスでは、どうもまったく意味が違うではないか。それにコンテンツとコンテナの順番が逆になっている。ここであらためて、これはいわゆる発信側の3Cモデルであることが分かってきた。

 受信側としての当ブログの3Cモデルは
コンシャスネス ← コンテンツ ← コンテナ 
の順になっている。しかるに、発信側の3Cは
         コンテンツ → コンテナ → コンベア 
となっているのである。

 つまり、ここでのお互いの3Cモデルは、方向も目的も、かなり違ったものになっている。コンべアとコンシャスネスを対応させるどころか、まったく逆の対極に位置する方向に離れていっている。著者たちの発信側の論理と、受信側としての、当ブログの論理が、現在のところ、噛みあうはずがないのだ。

 当ブログは現在「意識をめぐる読書ブログ」と銘打っている。ネットというコンテナの中から図書館コンテンツを引き出して、意識コンシャスネスに何事かを得ようとしている。これはこれでいいのだ。「読書」という作業を中心としているかぎり、これはこれでいい。現在はネット上におけるin isolationの状態で、「in silence」のバッチを胸につけて、アシュラムの中をふらついているようなものだとご理解いただければ、大変ありがたい。

 しかし、ネットには「受信」能力もあるが、「発信」機能があることも忘れてはいけない。現在は読み手としての意識しかなく、ブログで書いていることもほとんどモノローグだ。ダイアローグとはまではいかないまでも、何事かを発信しようとするなら、上の、コンベアを交えた発信側の3Cモデルもキチンと意識する必要があるのではないか。つまり、当ブログにおいては、いずれは「4Cモデル」としてキチンと整理していく必要を感じたのである。

 ただ、現在の当ブログは、3Cモデルどころか、「コンシャスネス」の一本立ちを狙っている。まさに「1Cモデル」構築のために、日々研鑽しているのである(笑)。まぁ、そう長くは続かないだろう。せいぜい、この「ブッタ達の心理学3.0」が終了する頃には、4Cでも5Cでもドンと来い、という気分になるやも知れない。

<2>につづく 

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闘うレヴィ=ストロース

闘うレヴィ=ストロース
「闘うレヴィ=ストロース」
渡辺公三 2009/11 平凡社 新書 302p
Vol.2 985★★★★ ★★★ ★★★

 当ブログには、目につく本をとにかく読んでやろう、という漠たる思いしかなかった。次第に自分向きの本とか、自分が面白いと思う本がでてきた。そして、初期的には、チベット密教とネイティブ・アメリカンの本に手をかけた。

 チベット密教については、ひととおり目を通せたと思う。基本的には仏教の流れと、チベットの文化の流れ、その中にあってタントラの発達の仕方、そしてツォンカパに体系化された理念によってダライ・ラマの法統が生れ、現在に至る。しかし、すでにその理念は母タントラの段階でひとつの円環を成就しており、あとは現実がそれを追認するだけ、という読みが成立する。

 一方のネイティブ・アメリカンについては、かなり手こずった。ひとつひとつの事例を読みこむのはいいのだが、それを整理する手段がない。チェロキーやアパッチ、などなどの主なる集団の歴史や現状、特性というものをそれなりに手探りしていっても、これが尽きることがない。そしてまた、それは「読書」という限界から、ミッシングリンクを発見しようがないことが、次々と分かった。

 だから、当ブログでは、多分、ネイティブ・アメリカンについての本はすでに100~200冊は読んでいるはずなのだが、まったく整理しようのないまま放置してある。インデックスの付けようがない。あるいは、その方法を知らない。

 あの時、ああ、これはレヴィ=ストロースの力を借りなければならないな、と、漠然と思った。文化人類学という、なにか手法があるのではないか、それを理解するまでは、このアメリカ・インディアンについての読書は中止しよう、と思った。

 さて、レヴェィ=ストロースのなんたるかも分からないままではあるが、ここに一つの文章がある。孫引きではあるが、当ブログにとっては、大きな視野が開かれる文章である。

 第一は、この定義が、要素と要素の関係を同一の平面上においている点です。別の言い方をすると、ある観点からは形式と見えるものが、別の観点では内容としてあらわれるし、内容と見えるものもやはり形式としてあらわれうる。[・・・・]

 第二は「不変」の概念で、これがすこぶる重要な概念なのです。というのも、わたしたちが研究しているのは、他の一切が変化するときに、なお変化せずにあるものだからであります。

 第三は「変形(変換)」の概念で、これによって「構造」と呼ばれるものと「体系」と呼ばれるものの違いが理解できるように思います。というのは体系も要素と要素間の関係からなる全体と定義できるのですが、体系には変形が可能ではない。体系に手が加わるとばらばらに崩壊してしまう。これに対し構造の特性は、その均衡状態になんらかの変化が加わった場合に、変形されて別の体系になる、そのような体系であることなのです。p24「構造の逆説と歴史」

 なるほど、この構造と体系の違い、そして変形の概念が面白い。

 例えばチベット密教を考えると、かなり「体系化」されている。あの曼荼羅図などは、完全体系化されていて、もはや崩しようのないくらいだ。ツォンカパの中間思想だって、ガチガチに体系化されていると言ってもいい。どこか窮屈な思いがする。Photo_6  これをもっと極端な言い方をすると、現在のダライ・ラマを頂点とするチベット密教体系は、もしダライ・ラマが失われてしまえば、バラバラになってしまうのではないか、という懸念にもなる。変形に対する柔軟性を、チベットの民衆の「構造」は持ち得ているだろうか。

 逆のことが、ネイティブ・アメリカンに言える。彼らについての関心は(読書してみたいというレベルにとどまっているが)とてつもなく大きいのに、それがなかなか進まない。彼らがバラバラであるからである。どこからどう手をつけていいかわからなくなってしまう。

 それはネイティブ・アメリカンが「体系」を持っていないからだ。互いに関連する共通の理念というものがない(ように読書子には見える)。しかるに、大まかな、大地と大空に生きる星を見つめる存在としての人間像は「構造」として、共通している。

 中沢新一の「三位一体モデル」の表紙には、下記の三つ円が描かれている。

Photo_4

   私はこの図にすこし違和感を感じる。この図がもっと極端になると、河合隼雄「ナバホへの旅」の中にでてきたような三角形に発展していく。

Photo_5

 ドストエフスキーの「カラマーゾフ兄弟」を読んでいて、さらにこの思いは星型正四面体に及ぶに至って、ちょっとこの体系化はやばいんじゃないか、と思うようになった。

Photo_7

 仏教の中には仏・法・僧という三つの宝がある。日本語では語呂もいいので、これ以外に語られることはないが、Oshoなどは、この順番が違う。仏(ブッタム)、僧(サンガム)、法(ダンマム)の順になっている。なぜにそうなのか、当ブログはその解決に至っていない。

 ある時、禅寺のお坊さんに聞いたことがある。その時の答えはこうだ。「仏の陰には法と僧があり、法の陰に仏と僧があり、僧の陰には仏と法があるのです。だから、どの順番でもいいのです」。

 なるほど。私はこれで納得した。しかるに、ロバート・E・ディクホフ「アガルタ 虹の都」などでは、サンガ(僧)・ブッタ(仏)・ダルマ(法)の順で登場する。「僧仏法」ではいかにも語呂が悪く、日本語受けしないことになるが、しかし、この書き手ゆえに、この順は間違っている、と一蹴することは難しいのではないか。もし、上の禅僧の答えが正しかったら、ディクホフの表現も決して間違いではない。

 つまり、当ブログは、「父」と「子」と「聖霊」という、上の中沢新一の本のカバーのような三角形の体系はまずいんじゃないか、と思うようになった。三角形を作ると、どうしても、河合隼雄が上に描いたように、三角形の中になにかを描きたくなる。そもそも、三つのシンボルが、一体化するという仕組みをどう作るか、ということになる。

 当ブログでは1→3を三つの円で著しているが、この図式は3→1への回帰をも意味している。Photo_10  さて、この図式の中に先ほどの仏法僧をあてはめたら、どんなことになるだろう。

Photo_12  Photo_13 Photo_14   

 これらがあるかどうか知らないが、とにかくこういう図は作ることは可能である。とするなら、父と子と聖霊も、同じことが言えるであろう。
Photo_18  Photo_19   Photo_20

 これらはあくまでも図柄遊びに過ぎず、一体全体、このような図柄が存在しうるのかどうかさだかではないが、それもこれもすべては、全体回帰への試みのために過ぎない。

Photo_21

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Beyond Psychology

Beyondpsychol
「Beyond Psychology」
Osho,  1988? A REVEL Book、 Hard Cover 416p
Vol.2 984★★★★ ★★★ ★★★

 私の手元のあるのは別なカバーの別なヴァージョンだが、まあいいだろう。ワールドツアー中のOshoが1986年4~5月に、周りの限られたサニヤシン達にむけて語ったウルグアイ・レクチャーの一つ。日本語訳がすでにある「神秘家の道」と前後して語られたものであり、内容も同じ方向性にあるものである。

 英語の苦手な私には、この本を一気に読むことはできない。しかし、読まずとも大好きな一冊となっている。というのも、この本のタイトルが大好きだからだ。「ビヨンド・サイコロジー」。心理学を超えて、というタイトルがなんとも大好きなのである。

 当ブログが「ブッタ達の心理学」というカテゴリ名にこだわっているのは、この「ビヨンド・サイコロジー」という考えがあったればこそと言える。心理学はまだ完全に開発されたものではなく、「ブッタ達の心理学」もその最高形態ではない。限りなく開発された心理学は、やがて、超えて行かれなくてはならない。その向こうにあるのは「神秘家の道」である。

 「ブッタのサイコセラピー」という本を店頭で見つけて立ち読みした。本格的に仏教を学び、アカデミズムの中で心理学を研究する人々の手によるもので、一読に値するかな、と図書館に入るのを待っていたが、なかなか入らない。だからまだ精読する機会がないが、かと言って自分で購入するほどでもない、というのが本音のところ。

 まず、この本を私が読むとしても、最初から批判的に読むことになってしまう。「仏教心理学と精神分析」という魅力あるテーマであるとか、第一部「ブッダの心理学」などというタイトルそのものが、極めて吸引力のある本であるが、最初からどうも、自分との違いを考えながら読むことになりそうなのである。

 まず当ブログにおける「ブッタ達」とは必ずしも、仏教を意識しているわけではない。そしてゴータマ・ブッタ個人に依拠しているわけではない。むしろ、ゴータマ・ブッタの個人性を薄めるために、わざわざ「ブッタ達」の「達」をつけつづけてきている。つまり、その意識のステージを共有する人々の、いわゆる大きな意識のプールのようなものをイメージしている。

 「心理学」と言った場合でも、ハーバードであるとか、どこどこ大学であるとか、そのようなアカデミズムの中で育まれてきた合理性を基本とした心理学をイメージしているわけではない。いや、むしろ、そこを離れたい。不可知、不可視、不合理の彼方に視線が向いている。

 したがって、例えばこの「ブッタのサイコセラピー」という本をめくるにしても、最初から批判的に読むことになってしまう。そこで問題なのは、この本ではなくて、一読者としての私の姿勢の方である。ことは微妙な段階に入っている。

 道を尋ねるとするならば、真摯に道を尋ねなくてはならない。私はどこかに行こうとしている。どこに行けばいいのか分からない。とことん困惑している時に、ふと道端に人がいる。「どこどこはどちらに行けばいいでしょう」と聞く。

 その人は、親切に道を教えてくれるだろうか。教えていただけるなら、それは大変ありがたいことだ。その教えに重きをおくなら、私はそのお礼を言い、すぐその道をたどって歩み始めるべきなのだ。

 しかしながら、「それはこちらの道ですよ」と教えてもらったのに、「ありがとう」と薄っぺらなお礼を言いつつ、反対の方向に歩み始めたら、それは道を聞いたことにはならないし、そもそも道を聞いたこと自体、大変失礼なことになる。

 もし、真摯に道を尋ねるとしたら、私はその教えに真摯に従う用意がなければならない。従う用意がなければ、そもそも他人に道を尋ねることなど無意味なのだ。そのような問いを発してはならない、ということになる。

 だから、「ブッタのサイコセラピー」という本を「読書」するだけなら、それはそれでいい。今回も近くの図書館にすでにリクエストしているが、入庫すればもちろん真っ先に読んでみたい。入庫しても読む気がなければリクエストする資格はないのである。

 しかるに、読んだとしても、その道を歩こうとする姿勢がなければ、読む資格はないのではないか。「意識をめぐる読書ブログ」を標榜する当ブログではあるが、ことは「道」に関わり始めている。

 まぁ、それほどうまく行くかどうかはわからないが、この「ブッタ達の心理学3.0」は、このタイトルでは最後となるカテゴリである。私は誰か、魂は何処にあるのか、いかに死ぬべきか、注意深く、目覚めて道を進めなくてはならない。 

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2010/03/03

納棺夫日記

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「納棺夫日記」  
青木 新門 (著) 1993/03 単行本: 188p 桂書房
Vol.2 983★☆☆☆ ★☆☆ ★☆☆

 読書ブログとしては、この本も記録として残しておかなければならない一冊である。なにを持って一番この本の特徴とするかというと、実は、この本は、図書館にリクエストしてから、私の番が来るまでなんと一年もかかったのである。リクエストしたのは去年の2月25日だった。

 、地域のコミュニティ・センターで町内会の寿会がアカデミー賞をとった映画「おくりびと」の上映会を開催した際、隣組の高齢者たちと一緒になって観賞したのは、去年の5月23日だった。あれからだって、ゆうに9カ月は経過している。

 この本にはいろいろなヴァージョンがあるらしく、あとで気がついてみれば、本当に早く読みたいのなら、文庫本とか増補改訂版があったのである。でも、この初版本が読みたいと思ったことと、当時アカデミー賞ブームもあって、リクエスト数のもっとも多い本でもあったので、一度記録に挑戦、と思って、リクエストしたまま放置しておいたのであった。

 まぁ、それにしても1年は長い。世の中一巡している。こちらの関心もあっちこっち振り回されて、すっかりこの本のことなんか忘れてしまっていた。なぜにこの本はこれほどまで時間がかかったのだろうか。あるいはこの時期、このタイミングで読みなおすべき一冊であったのだろうと、理解することにする。

 もともと人気があったのだろうけれど、図書館の蔵書がすくなく、初版本を読みたいと思う人が多かったなど、いくつか理由があったに違いない。だけど、こんなに時間がかかったことの一番の理由は、この本は、高齢者を中心として読まれているからではないか、と思う。

 あと3人、あと2人、と残りが少なくなっているのに、一向に私の番に回ってこなかった。ひとりひとりが自分の持ち時間(2週間)をたっぷり使って、読んでいたのだろう。若い人たちなら、それほど時間はかからない。本木雅弘が主演の「おくりびと」であるからこそ、映画のほうは、若い人たちにも人気がでたけれども。そもそも、若い人たちはこの本を読まないだろう。

 しかし、それにしてもすごい本である。ある時、古本屋で線香の匂いのする仏蹟めぐりの本を手にとったことがあるけれど、仏壇にでも備えてあったのだろうか。今回、私の手元に来た本からは、なんだか、本当に死臭さえ漂ってくる感じがするのだった。

 この本には「納棺夫日記」と他にふたつの小説が含まれている。悲しい本である。この本を読んで、率直な感想は、山尾三省の詩を読んだ時の、吉福伸逸の感想にやや近い。

吉福 (山尾)三省は、気骨のある男ですから、彼の語っている根っこのところには嘘は全然ないんです。ただ、詩人ですから、言葉が紡がれていくときに、彼の操作が入るんです。ぼくなんかは、「またぁ」っていう感じがすることもあるけれど(笑)。「楽園瞑想」p126

 三省のことは好きだし、いつも彼の本を当ブログで読もうとするのだが、ほとんどそのようにはならない。なぜなのだろうと、いつも思う。だけど、この「納棺夫日記」の悲しさを感じながら思ったのは、結局、三省は「悲」の人だったけれども、すくなくとも私のブログには「悲」は似合わないんだな、ということであった。

 「おくりびとの原作」ではなく、「おくりびとのモデル」とされる青木新門だが、結局は、後半部分を親鸞解説に多くのスペースを割いている。海外において盛んに「禅」を語った鈴木大拙も、晩年は親鸞を語ったという。独自の愛し方でOshoを語った玉川信明も、結局最後は、親鸞の本を一冊ものしている。

 そんなこともあって、いつかは当ブログでも親鸞をやろうと密かに計画を練っていたのだが、この本を読んで、それはやらなくてもいいのではないか、という方に傾いた。自力と他力と言われ、禅と対極のように親鸞が語られたりするが、このアルファベットを使っていると、けっきょくは、過去の余計な文化がへばりついていて、本来の本質が見えなくなることがあるのではなかろうか、と危惧する。

 当ブログでは、ざっくりと、「愛」と「瞑想」のふたつの翼、というOshoの割り切りで行こうと思う。もちろん、愛も、瞑想も、よくわからん言葉ではあるが、だからこそ、面白いのではなかろうか。手あかのついた、時には線香の匂いがし、さらには死臭さえ漂うようなアルファベットを使う「悲」のアルゴニズムはほどほどにしよう。もっと、笑いや踊りに満ちた、歓喜溢れる人生を生きようではないか。

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2010/03/02

シッディ・スヴァバーヴァ タラン・タラン <2>

<1>よりつづく

Tarantran
「シッディ・スヴァバーヴァ」 <2>
タラン・タラン 現在のところ日本語訳未刊行
★★★★★ ★★★★★ ★★★★★ 

 さて、新しいカテゴリとしての「ブッタ達の心理学3.0」をスタートするにあたって、まずは、この「書」からスタートするのがふさわしいだろう。もともとは、英語や他の外国語どころか、インドの国内でもヒンズー語にさえ翻訳されていないのではないか、という文献。

 小森健太朗氏の提供による資料だ。いくつかのプロセスを経て、日本語になったもので、いつかは書店にも並ぶだろうし、日本の公立図書館にも収蔵されるだろう。だが、今はたぶん、日本のどこにも出回っていない。

 とはいうもののPDFファイルにしてもそれほどの数ではない。行数にしても、あっと言う間に「読めて」しまいそうなものだ。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と格闘した時に比べたら、なんとお手軽なことか、と思ってしまう。ところがどっこいそうはいかないのである。

 「意識をめぐる読書ブログ」と自己規定している当ブログではあるが、じつに自己矛盾にみちている。ブログというアウトプットのコンテナを活用するために、読書というコンテンツを読みこむインプット作業をしながら、実は、そのコンテンツを超えているコンシャスネスについて語らねばならない。つまり、語られ得ないものを語るというパラドックスを根幹に持ってしまった、ということになる。

 さて、このタラン・タランばかりでなく、Osho「私が愛した本」東洋哲学(インド編)においては、すべからく、これらすべての本において、その矛盾を抱えながら立ち向かわなければならない、ということになる。タラン・タランについては、本当に幸運なことにこうして資料の一部の提供を受けることができた。しかし、その他の資料については、その資料の存在の有無すら確認できないものが多い。

 いっそのこと、このパートはカットしようかなとも思ったが、待て待てと自分を戒める。あの「私が愛した本」の「完読」を目指すばかりではなく、「ブッダ達の心理学」における「ブッダ達」とは誰か、という問いかけに対するヒントを探すなら、この部分はさけては通れないのではないか、と覚悟する。

 もともと資料の引用は許されていないが、仮に許されたとしても、現在の私にはこの資料の本当の価値は分からない。それ相当の解説者のもとで学ばなければ、まったくと言っていいほど、その意味は理解できない。いや、文字面だけなら、類推を重ねれば、大体のことは要約できるかも知れない。しかし、そこに含まれた膨大な記号は、結局は私のものにはならない。

 しかし、これでいいのではないか。「意味」や「理解」に落ちてしまうことによって、「意味」も「理解」も失うことがある。むしろ、「意味」も「理解」も、とても到達し得ないものとして、それがあるべきところにあるようにした時に、ひょっとすると見えてくるものもあるかもしれない。

 ものごとは、不可視、であり、不合理であり、不可知の領域である。ゲシュタルトを転ずると、ひょっとすると、一瞬かいま見えてしまうこともあるかも知れないではないか。図地反転の瞬間が、まったくゼロとは、まだ決まっていない。

 「読書」という作業が、文字や表現を追いかけるだけではなく、文字や表現に与えられた機能を超えて、まったく別な作用をすることが、ひょっとするとあるかも知れないのだ。いや、あるのだ。と、そういう期待感をもちながら、これらの存在達に触れていくのも面白いのではないかしらん。

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さがしてごらんきみの牛―詩画・十牛図

Photo_2 
「さがしてごらんきみの牛」 詩画・十牛図
絵と文 マ・サティヤム・サヴィタ  河合隼雄・解説 1992/10 禅文化研究所 単行本
Vol.2 982  

 この一冊をもって、当ブログの「私は誰か」カテゴリは108の書き込みに達した。残すは当ブログ<2.0>の7つ目のカテゴリ「ブッタ達の心理学3.0」の、新たなる108の書き込み、ということになる。そして、当ブログの2順目の読書であるVOL2も現在982目。あと42冊の新しい本を読めば、VOL2も1024冊の定量となる。

 つまり、残る42冊の新しい本を読んで感想の記事を書き、再読した本の記事を66個を書く、つまり合計108の記事を書けば、当ブログにおける何事かのサイクルの一つの終点ということになる。

 当ブログは自然と、コンテナ、コンテンツ、コンシャスネスの3つのステージを意識することとなった。こうしてみると、最初のVOL1は、ネット上のコンテナとしてのブログ機能を確認するための1024冊だったと言える。そして二番目のVOL2は、読書コンテンツとしての図書館機能の活用のための1024冊だったと言えよう。

 さて、やがてこの5~6月あたりにスタートするであろうVOL3は、はたして「コンシャスネス」のための1024冊となり得るだろうか。「意識をめぐる読書ブログ」としての、コンシャスネス「意識」をめぐる、とは一体どういうことであろうか。そんなことに思っていたら、今回monju氏の推薦(コメント書き込み)があった、この本のことを思い出していた。「さがしてごらんきみの牛」は、その図式をより明確にしてくれる一冊である。

とうさんもかあさんも知らない
小さい時から一緒に育ったぼくさえ知らない
だのに
なぜ
あのひとは知っていたのか・・・・・
見つかればわかる とあのひとは言った
でも 本当はみつかるかしら
ぼくの牛は 
0 「プロローグ - 一杯のお茶が教える牛の不在」

 十牛図については当ブログでもいろいろ見てきた。

「自由訳 十牛図」 新井満 2007/06

Three Pillars of Zen」 Roshi P. Kapleau 1908/07

「Zen Flesh, Zen Bones」 Paul Reps 1959

「究極の旅」 Osho 1978/3

「年賀状あれこれ」 2009年の年賀状アラカルト

 しかし、その中にあっても、この「さがしてごらんきみの牛」は、カラフルで、柔らかくて、深い、実に女性的感性が豊かな十牛図である。いや、これは円環しているから、もやは十牛図とさえ呼ばないかもしれない。解説の河合隼雄は書いている。

 10はまさに1+0である。それは終わりであり始まりでもある。
 この作品の出来上がる過程を知っているものとして、ここにひとつのエピソードを述べておこう。これは最初の1図から10まで描かれ、10図を描いているとき、作者によれば、「どこからか絵の片隅に不思議な人物が登場し」、どうもそれが形象化してプロローグの0図の2番目の不思議な老人になったらしいのである。つまり、この作品は0から始まったのはではなく、10の次に0へと続き、それはまさに円環を構成することになったのである。
河合隼雄「解説(コメント)」

 いままでも何度か借りてきたけれども、この美しい本を近くの図書館が所蔵してくれていることがとてもうれしい。多くの人の目に止まりますように。

 さて、当ブログも、大きなサイクル、小さなサイクル、日々日常の、終わりと始まり、始まりと終わりの円環の地点にいる。いや、よくよく考えれば、始まりもなく、終わりもないはずなのである。そういえば、オレゴンのコミューンのお祭りのとき、食べたクッキーの中におみくじが入っていた。

 「みんなが手をつなぎ、大きな輪になった時、誰が最初で、誰が最後か」

 この公案をとくために、一期一会、また新たなる旅にでることとしよう。

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2010/03/01

心を商品化する社会―「心のケア」の危うさを問う <2>

<1>よりつづく
Kokoro
「心を商品化する社会」 「心のケア」の危うさを問う  <2>
小沢 牧子 (著), 中島 浩籌 (著) 2004/06 洋泉社新書: 222p
★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 「心ブーム」について時代を逆にたどっていくと、1980年ごろにひとつの山を見ることができる。それは90年代のカウンセリングや「心のケア」ブームとはやや趣を異にし、これに先駆ける、「精神世界ブーム」というべきものであった。瞑想、魂、霊と言った言葉群に代表される世界である。

 1980年に出版された「別冊宝島・精神世界マップ」の序文には、次のような言葉が並んでいる。「『理性の時代』から『精神の時代』へと、いま歴史の流れは大きく転換しようとしている」「さまざまな精神療法、禅やヨガ、東洋思想や神秘主義への関心が高まっている」「内へ向かう旅、魂の進化をめざす旅がニューエイジの合言葉になるだろう」など、現在の心理主義ブームとはいささか異なる雰囲気を持っていることが察せられるだろう。

 1985年に新宿の大書店紀伊国屋書店で催された「精神世界フェア」は人気を集め、このフェアに協賛した平河出版が発行していた雑誌「メディテーション」が、大きく売り上げを伸ばしたと言われる。ただしこの「精神世界ブーム」は、いささかおどろおどろしいもの、または「オタク」的な一部の人びとのものとして受け止められ、社会に大きく広がることはなかった。しかしこの現象は、人々の関心を内面へいざなうという意味で、のちの心理主義ブームへと水を引く役割を果たしている。

 このいささか重たい「精神世界」への関心が、一気に軽いムードに代わって「心ブーム」が作り出されたのが、90年代に入ってすぐのことである。1991年のTV番組「それいけ!! ココロジー」の人気に乗った同名の単行本が爆発的に売れたころから、「心」「心理」「カウンセリング」への関心が、急速に広がっていく。精神という漢字ではなく、心というカタカナを使ったあたりが、商品化に成功をもたらした要因のひとつだったのであろうか。重たいものは流行らない。軽いノリで、と。しかしそのことは逆に、人の暮らす状況が90年代に入ってますます重いものになってきたことを暗示してもいそうだ。p41小沢「作り出された『心』ブーム」

 こういうとらえ直しもまんざら悪いものでもなく、最初は面白かったのだが、だんだん、読んでいて苦痛になってきた。読み進めている自分がマゾヒストのように思えてくる。なんでそうなのだろうと考えた。これを書いている人は、分裂しているのではないだろうか。すくなくとも、これは、ひとりの人の体験が描かれたものでもなく、ある種のカリカチュアライズされたものだ。つまりフィクションだ。たしかに社会学的に、物事を並べて俯瞰しようという試みはそれなりに価値がありそうではある。だが、結局は自らが創り出したフィクションにハマっていっているのである。

 80年に「別冊宝島」を読み、85年に紀伊国屋に行き、91年に「それいけ!! ココロジー」を見ていた人はどのくらいいるだろう。この3つの体験に絞り込んだとしても、ひとりひとりの人間は、同じバランスでこれらの外界と接しているわけではない。ある人は、雑誌は好きだったけれども、テレビは嫌いだったかもしれないし、紀伊国屋には行ったけれど、「メディテーション」は買わなかった、という人もかなりいるはずである。

 これらを一面的に定型化してしまう作業の反面、この図式からずり落ちていく事象は、実は、ここに書かれていることより、はるかに多いことを忘れてはいけない。上の文章は、多少の具体的な事例を交えたフィクションとして読んだほうがいい。結局、この人はなにがいいたいのか。そこのところがポイントだ。

 この人は、「心」が嫌いなだけでなく、「瞑想、魂、霊」と言った世界がもともと嫌いなのだろう。いや、かくいう私だって瞑想も決して得意ではないし、魂やら霊という言葉だって、かなり苦手な分野に入る。しかしながら、それとこれとは大違いなのだ。好きとか嫌いとかの問題以前に、それらは「ある」のだ。このポイントに留意しなければならない。それが隠されていようが、表にでて表面的に流行しようが、「ある」ものは「ある」のである。少なくとも、「ない」ものとして蓋をしてしまったとしても、わずかこの新書一冊では隠しようがない。

 このようにして読んでいくと、自分がある程度わかっている部分については反論ができるけれども、いままであまり関心を持ってこなかった部分については、具体的に反証するほどの材料がない。ついついそのまま鵜呑みにしてしまいかねない。極端に言うと「洗脳」されてしまう。

 この本を読んでいて、感じるのは、ある重苦しい一つのトーン。まるで、どこかで一つの単音がずーっと鳴り響いている感じがする。最初は気になっていたのだが、ずーっと聞いていると耳が慣れてしまって、音が出ているのか出ていないのか忘れてしまう。だが、その空間を離れてみると、ふたたび、その音がずーっと鳴り響いていたこと気づくことになる。

 その鳴り響いているトーンは、一体なんであろうか。こだわりとか、執念とか、怨念とかに近い、モノトーンの悲鳴に近いなにかだ。泣いている少女の声がどこかでずーっと聞こえて続けているような、ちょっと背筋がさむくなるような、悪意にさらされているような奇妙さだ。

 当ブログにおけるZENマスターをめぐる冒険は、いまのところ、教育学や病理学、あるいは産業や介護とかの現場には距離をおいておく。そしてこのような社会学的なとらえ方にも拘泥しないことにする。より「私」であるために、もうすこし絞り込んでいこうと思う。

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「心の専門家」はいらない <2>

<1>よりつづく 
「心の専門家」はいらない
「『心の専門家』はいらない」 <2>
小沢牧子 2002/03月 洋泉社 新書 218p
★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆

 同じ著者の「心を商品化する社会(共著)とともに、忘れてしまってはいけない一冊と言える。「マズローの心理学」を読んだ時も、ちらっと彼女たちのことを思い出した。この本をここで再読して、当ブログとして確認しておくべきことはいくつかある。

1)当ブログが現在ターゲットを絞り込み中であるZENマスターとは、教育学や病理学から一線を画す位置にあるべき存在である。また、技能的に必ずしもゼネラリストであることを求められるわけではない。

2)診療臨床家の資格の法制化がこの本のテーマのひとつになっているが、ZENマスターとは、法制度のなかに組み込まれるような存在とは言えないが、法的な立脚点や、技能の公開性、透明度が高いことが求められる。

3)そもそもクライントありきでZENマスターを考えるのではなく、単独で、誰にも知られずに存在する可能性を残す。あるいは、クライエントは、一体、なにを求めているのかを絞り込む。教育学、病理学的解決策を求めるクライエントを、とりあえず、この段階では外して考える。

4)テーマとすべき問いかけは、「私は誰か」、「魂はどこにあるか」、「いかに死ぬか」の三つに、限りなく絞り込む。そして、安易な解決策はとりあえず用意されてはいないことを、クライエント、ZENマスターともに確認しておく必要がある。

5)求められているものは、フィクションや、薬物使用を前提とするような変性意識を必要とするものではなく、象徴的言えば、現実に、この地球の上に二本の足で立つことができる、個々の地球人に益するものであるべきである。

6)用語を作ったり、メタファーを活用することは構わないが、それらをやがては不要とする道をあらかじめ用意する。技能は技能としてあるが、その技能は固定的なものではなく、流動的かつ並立的である可能性がある。

7)これはあくまでも「意識をめぐる読書ブログ」としての今後の読書のテーマを求めているだけであって、これらの興味や関心を満たしてくれるような、面白い本はないかしらん、という程度の個人的な嗜好性である。

 学校や病院、あるいは産業の場や、介護施設など、隣接する分野はさまざまあるが、当ブログでいうところのZENマスターは、もうちょっと佇まいが違っているところに存在する。そして、もしその姿に妥当性があるのなら、現在のいわゆる「心の専門家」たちとの差異はどこにあるのかを、あらためて検討してみたい。この本を読みながら、そんなことを考えていた。

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ファミリー・コンステレーション創始者バート・ヘリンガーの脱サイコセラピー論

<1>よりつづく 
ファミリー・コンステレーション創始者バート・ヘリンガーの脱サイコセラピー論
「ファミリー・コンステレーション創始者バート・ヘリンガーの『脱サイコセラピー論』 
バート・ヘリンガー /西澤起代 2005/10 メディアアート出版 単行本 249p
★★☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆

 この本の英語版のタイトルは「Acknowledging What Is」という。英語の苦手な私には、よくこのニュアンスがつかめない。Google翻訳では「何かを認め」となる。エキサイト翻訳では「承認して、何がありますか?」となる。まぁ、直訳的には、そういうことなのだろう、とAcknowledging するしかない。だが、すくなくとも、英語が苦手な私でも、ここから「脱サイコセラピー論」というところまで持っていくのは、かなりしんどい。

 どうしてこのようなタイトルの本ができあがったのだろうか。へリンガーはサイコセラピーを脱せよ、と言っているのだろうか。それとも新しく「脱」とかいうサイコセラピーを開発したのだろうか。仮に、サイコセラピーを「脱」っせよ、という教えだったとしても、サイコセラピーを超えて行け、というニュアンスがどうもつかめない。

 むしろ、サイコセラピーという概念を使いながら、そのサイコセラピーをやんわり否定することで、一つの自らの存在する位置づくりを探っているような、狡猾なニュアンスが伝わってくる。これは当然、著者の意図ではなく、翻訳者の意図であろうから、ひょっとすると誤訳、ということにもなろうかと思う。この本全体に、無意識から超意識へ、という方向性が見えているわけでもない。

 私自身確実に心理療法から多大なる恩恵を受けてきました。ほとんどすべての心理療法は、もともと経験から発達してきたものだということを忘れてはいけませんよ。
 フロイトの洞察は今日でも基本です。しかし、さらに、様々な分野において発達してきています。彼の手法の枠内に留まっている人は現在おそらくいないでしょうが、だからといって彼の洞察に価値がないわけではありません。それらは今でも心理療法の基礎であり、起源であり続けています。
p135

 へリンガーがそう言ったとしても、まだまだ「彼の手法の枠内に留まっている人」は、少なくとも日本なら、北山修などという姿を借りて存在している。さまざまな手法があり、さまざまな技法が開発されつづけるなら、古いものも新しいものもいろいろ出てくるのはあたりまえだろう。そして、それらをすべて統合的にマスターしているセラピストはいないだろうし、クライエントのことを考えれば、むしろそれは必要ないことだ。

 さて、現在、当ブログにおいて問うているのは、セラピストはZENマスターになりえるか、否か、ということである。あるいは、ZENマスターへと移行していかなければ、セラピーそのものが瓦解するはずだ、という仮説の検証である。

 あたりを見渡すと、地に足がついていない人びとがたくさんいるということに気がつきます。そのような人びとは、仕事に精一杯の力を注いでいる人と比べると、重みがありません。毎朝、牛に餌をやり、そして農場へ出て一日中働く、そんな生活を送っている農夫---この人が持っている重みと、「私は瞑想をしています!」と言う人の重みを比べてください。p91

 なるほど、この人の目からみれば、畜産業の人たちには瞑想はいらず、瞑想などにうつつを抜かしているひとは、牧場に行って、牛に餌でもやっていればいい、ということになるらしい。

 多くの「ニュー・エージ」の訓練が、ファスト・フードのスピリチュアル版のように私には見えてしまう---長期に渡る準備の必要なしに、あるスピリチュアルな姿の即席の訓練で到達できるとでもいうように。私がここで話しているのは成長のプロセスです。知恵とはただ求めたからといって、現れるようなものではありません。それは、たくさんの充実した行動から育まれるものであり、そしてただ現れるものなのです。それに向かって努力することなく。p108

 なるほど、世の中にはいろいろな考えがあるものである。とにかく当ブログは現在のところ両論併記で進もうと思う。しかし、それにしても、ニュー・エイジの「伝道者」を自任する吉福伸逸などというお方は、ゴールデン・ウィークの9日間と、243,000円さえあれば、「本当の自分自身と出逢える」と豪語しているらしいのだが、この考え方を挟んで、両者はどのように対峙することになるだろうか。

 真の自己実現は自分の内側からの招聘に従って歩むことで到達します。内側からの招聘とは、それぞれの人が仕えるよう招かれた特別な任務です。それをする人は誰でも実現しています。内的な平和があり、自分の領域において重みがある。職人でも、ビジネスマンでも、百姓でも、母親でも、父親でも、ミュージッシャンでも。フィールドは無関係です。あなたはただ、人生があなたを導くところで実現しなければなりません。それが達成することなのです。
 セラピーにおける私の第一のゴールは、クライエントがこのような自己実現に向かう手助けをすることです。
p171

 さて、この辺はそうとうに微妙な発言だ。まず、この方にとっての自己実現とは、なにかの役割=特別な任務に招かれることのようである。そして、クライエントがそのようになるように手助けをするのがセラピストだという。そうだろうか。当ブログのZENマスターは、クライエントが特別な任務に招かれるように手助けなどはしないのではなかろうか。

 私は心理療法をどちらかといえば魂のケアとして理解しています。私がクライエントの魂に何かをし、そしてクライエントは自分の強さとつながる。それはどこか宗教的で、スピリチュアルです。私の前からクライエントが去る時、彼らはより平和で、自分の運命がなんであろうが、それと調和して生きていける。もし私が彼らの運命を私の手中に収めようとするなら、私はおそらく心理--資本家でしょう、ある意味で。p175

 ふむ~。セラピストにはそれぞれのアルファベットがある。この方にはこの方のアルファベットがあるので、それに慣れるまでが大変だ。これは翻訳が適当でないのだろうか。それとも、この人の持っているキャラクターなり思想なりなのだろうか。

 この方には原書で約30冊の著書があるということだから、一冊めくっただけで全部をわかろうとするこちらが無理を言っているのは間違いない。それでも、いい線行っているようにも思うし、ちょっと違うと思ったりするところもある。もっと日本語文献があればいいのに、と思うが、現在のところ、当ブログが読めるのは、この本一冊である。 

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