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2010/03/13

聖魔女術―スパイラル・ダンス

聖魔女術―スパイラル・ダンス (魔女たちの世紀)
「聖魔女術―スパイラル・ダンス」  魔女たちの世紀
スターホーク (著), Starhawk (著), 鏡 リュウジ (翻訳), 北川 達夫 (翻訳) 1994/11 国書刊行会 単行本: 449p、原書The Spiral Dance 1979,1989
Vol.2 No.995★★★☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆(残り29冊)

 「魂の螺旋ダンス」「自由へのスパイラル・ダンス」に続いて、三冊目の「スパイラル・ダンス」がある。こちらは出版年がすこし遡り、1979年が初版となる。1950年生れの著者が20代の時にだした本であり、のちにシリーズ化している。もっとも、こちらの本も十年後の1989年に改訂されている。日本語翻訳者の名前に「鏡リュウジ」の名前が見えるところから考えても、この本の位置づけがどの辺にあるか、大体想像はつこう、というもの。

 鏡リュウジの名前は書店のタロット・カードなどの本のコーナーにいくとよく見かける。あの少女漫画がさらにきらびやかになった世界の住人、ということになるのだろうか。いつぞや、テレビか雑誌の類でこの方の写真をみたような気もするが、なかなかハンサムで、う~ん、面食いのおいらが女性なら、この男性をみただけで、彼の世界に引っ張っていかれそうだ(なんだか混乱した話だがw)。

 さて、この本、原題は「The Spiral Dance」であるが、邦訳名は「聖魔女術」という。このタイトルは三つに分解されて理解されるべきであろう。「聖」--「魔女」--「術」。

 まずは、真ん中の「魔女」のイメージだが、中世ヨーロッパの魔女狩りを連想するが、まさにその魔女のことであり、本書でのメインのテーマである。そして「ウィッチクラフト」という名称が使われているが、「ウィッチ」--「クラフト」であり、これが「魔女術」となる。それを「聖」という言葉で装飾することで、さらに崇めている。

 「術」であるからは、技術であり、技であり、アートである。本書はその実践の書となっており、当ブログのような斜め読みには向いていない。むしろ、この「術」を自らの「道」するべき人々(もちろん男性を含む)が、座右の書として、日々研さんする上において活用されれるべき本であろう。

 この本を一気に読んで一気に理解するのは、当ブログにとっては負担である。しかるに、この本を理解するには、よいガイドがある。先日、まためくることになった「世界のスピリチュアル50の名著」の中の一冊としてダイジェスト等が容易されているのである。

 この本はスターホーク20代半ばの作品だが、その基となる種子がミリアム・サイモス(現在のスターホーク)の内にまかれたのは、彼女がまだ17歳の頃である。高校卒業から大学入学までの夏の間、サイモスはヒッチハイクでカリフォルニアの海岸沿いを旅し、海辺でキャンプを張って寝泊まりするが、そこで初めて、自然との間に官能的ともいえるつながりを実感したのである。大学一年では人類学の授業をとる一方、課外活動としてウィッチクラフト(魔術)のセミナーを開設する。「世界のスピリチュアル50の名著」p300

 この本、かぎりなくカリフォルニアナイズされているので、完成度は高いが、どちらに向かってその度を高めているのかの判断は、早まるべきではない。

 スターホークによると、ウィッチクラフトは3万5千年ほど前に北ヨーロッパで生まれた。地球の寒冷化で氷冠が急激に南下してくると、そこにすむ民には生き残るための切り札が必要となった。その切り札というのが、一部の者---シャーマンたち---に備わっていた、動物の意識と一体になる能力だった。「世界のスピリチュアル50の名著」p300

 私なんぞは、ここまで来れば、さぁ、来たぞ、と、即、身構えてしまうのだが、カリフォルニアナイズされた文化には、どうしてもこのような舞台装置は必要なようだ。

 14世紀になると、教会は躍起になってウィッチクラフトを邪悪なものだと決めつけ始め、1484年にはローマ法皇インノケンティウス8世が古代宗教の慣行として残るものを根絶すべく、異端審問を開始する。ウィッカの伝承にある男性の有角神は、野生的でありながら非暴力的な男らしさを具現化したものであるのに、悪魔だと片づけられた。そして悪名高い魔女狩りの教本「魔女の鉄槌」が二人のドミニコ会修道士によって書かれると、ウイッチクラフトが信仰と実践を伴ったまともな宗教である認められる権利は、とどめを刺されたも同然だった。「世界のスピリチュアル50の名著」p301

 現在、当ブログがめくっているOsho「私が愛した本」の中に登場するインドの「ブッタ達」の風景も、すぐには理解できない異文化での歴史であるように、ヨーロッパにおける信仰やいわゆるグノーシスと言われる教義化されない文化の底流も、その素地がない者にとっては、なかなか踏み込めない領域として残る。

 クラフトの伝統になじみのない者には、「聖魔女術」は驚きと発見に満ちている。出版20周年記念版の序文で、スターホークはウイッチクラフトの発展を振り返り、初版でウィッチクラフトの歴史を概観した自分の文章は、非ヨーロッパ文化においてウィッチクラフトが伝統的に強い力を持っていたことを適切に考慮していなかった、と記している。

 スターホークが言わんとするのは、女神信仰の広がりゆえに、ウィッチクラフトは古代宗教となったばかりか、世界宗教にまで発展したということである。後代の宗教は、この古代の遺産を覆い隠したり、その一部を盗用したり、破壊したりした。「世界のスピリチュアル50の名著」p305

 ウィッチクラフトをかばうあまり、ひいきのひいき倒しになるような表現がやや気になるが、いわゆるこのような表現は、「カリフォルニア文化」(あえて言う)に特徴的な性向であると感じる。

 彼らの中には動物の群れを罠や崖っぷちに「呼びよせる」能力を付与された者がいました。呼びよせられた動物は自ら進んで捕えられてしまうのです。この能力を付与されたシャーマンは動物の精神レベルに自らを調整するすることができたのです。こうすることによって、彼らは全ての生命に息づく拍動を、生きとし生けるものに去来する「二重螺旋のダンス」を感じることができるようになりました。そして彼らはこの感覚を言葉を超えた豊かなイメージで表現したのです・・・女神---生命を与えるもの---全ての生命を存在せしめるもの、狩猟神---狩人そして獲物---狩られたものが死の門口に立つとき新しい生命が生れ出る永遠の理(ことわり)。「聖魔女術」p36

 本書p179には「二重螺旋(ダブル・スパイラル)」というエクササイズも紹介されている。  

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