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2010/03/18

THIS, THIS: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen: OSHO<3>

<2>よりつづく  
Thousand_time
THIS, THIS: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen <3>Zen Discourse Series
OSHO 1988/05~06 Rebel Pub. House , English
Vol.2 No.1000★★★★★ ★★★★★ ★★★★★(残り24冊)

 当ブログ第一期の1000冊目は、松岡正剛の「千夜千冊」だった。そして、1001冊目は、Oshoの「これ これ 千回もこれ」だった。その元の英語本こそ、この「This, This: A Thousand Times This: The Very Essence of Zen」である。 第一期は他書に譲ったとは言え、二期目においては、ちょうど「Osho最後のZENシリーズ」の英語本をめくり始めたタイミングであり、この本をおいてNo.1000を飾る本は他にはない。

 「千夜千冊」が、まさに万巻の書を重ねて、行くへも知らぬ個人エンサイクロペディアの世界へ彷徨し続けているのに対し、この「THIS、THIS」は、1から無へと向かう。

~ I have been talking about one world, one humanity ~ Osho p68

 当ブログは、現在「ブッタ達の心理学3.0」というカテゴリで走っているが、それは次なるカテゴリ「One Earth One Humanity」へと向かうプロセスだ。それは、センターの名前をもらうときのダルシャンの応答によるのだが、それはまた、Oshoの存在のもっとも極に属する概念と言ってもいい。

 ここで one world なのか、one earth なのかは、問わない。当然微妙な違いはあり、私個人の好みでいえば後者なのだが、ここでそれを識別し始めるとしたら、接頭語としてついている「One」が泣く。そこがテーマなのではない。

Become silent.
Gather yourself inward.
Just be.
No movement.
This.
This.
A thousand times This!

This is the very essence of your being.
No time, no mind, just a pure being.
p136

 当ブログは現在Oshoの「私が愛した本」「東洋哲学(インド)」編を転記中だ。インドのブッタたちは、言葉にならない言葉で何事かを示す。踊りや、歌や、あるいは沈黙。決して言葉や、ましてや「本」なんかではない。語られたとしてもそれはインドの言葉であったり、地方語の一つであるにすぎない。

 Oshoがヒンディ語で語った多くのインドのブッタたちについては、英訳されずに終わる可能性も十分ある。そして、Oshoが繰り返し言っているように、言葉にされ、翻訳されていく過程で、失われていくものも多いに違いない。

 しかるに、この「最後のZENシリーズ」にでてくるZENマスター達は、言葉を使うが、言葉を、通常の私たちが使っているような方法では使わない。何か別なアートとしてつかう。中国語から日本語に翻訳されたから、というレベルの話ではない。月と、月を指し示す指ほどの違いがあるという。まさにZEN問答だ。

 This is the most easy and the most difficult thing in the world : to trust that you are a buddha. But whether you trust or not....you are a buddha, you cannot be otherwise. You are pure consciousness, you are pure existence. p199

 聴くだけの言葉としてなら、耳に優しい。

 白痴たちは決して誰の言うことも聴かない。彼らはつんぼだ。たとえ聞いたとしても、彼らは理解しない。彼らは知恵遅れだ。たとえ理解できたとしても彼らはそれに従わない。そして従わない限り、理解には意味がない。理解とは、実行によって証明されてこそ、初めての理解だ。「私が愛した本」 220 

 私は道を尋ねているのだろうか。私が進むべき道はどこですか、私はその道を行きたいのですが・・・、と尋ねているのだろうか。それとも、あっちにも道があり、こっちにも道があり、そして、あそこにもある。と、さらなる迷いを増長させるために、疑問を造り続けているのだろうか。そこが問われている。

 Mahakashyapa is accepted as the first Zen master. Gautam Buddha had opened a new dimension of search where words are not needed, but silence.p212

 当ブログは、それを道として進むことができるだろうか。

This. This. A Thousand Times This.....is the essence of existence, is the essence of your being, is the essence of Zen --THIS.

THIS is vast:
a small word, it contains
total, universal, etarnal truth.
There are no boundaries to THIS.
It never begins
and it never ends.
It is always here.
p232

Sekito                     photo p246

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