« 私の愛するインド 輝ける黄金の断章 <2> | トップページ | NO MIND: The Flowers of Eternity<4> »

2010/04/02

シヴァ・ブリ・ババ ベネット OSHO「私が愛した本」<71>

<70>からつづく    
Photo  
「私が愛した本」 <71
OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズジャパン 単行本 269p

「シヴァ・ブリ・ババ」ベネット

 1冊目の本は、ベネットによるものだ。彼は英国人、完璧な英国人だ。その本はまったく知られていないインドの神秘家シヴァ・ブリ・ババについてのものだ。世界はベネットの本を通して初めてのこの人を知った。

 シヴァ・ブリ・ババが、最も稀なる開花のひとりだったことは間違いない。実にたくさんの白痴たちが大聖者(マハトマ)のふりをしているインドにあってはなおさらのことだ。インドではシヴァ・ブリ・ババのようは人を見つけるのは本当の幸運か、もしくは大変な探求の賜物だ。インドには50万人のマハトマがいる。これは実際の数字だ。こういう群衆の中に本物の人物を見つけるのはほとんど不可能だ。だがベネットは、いろいろな意味で幸運だった。彼はグルジェフを発見した最初の人間でもある。それはウスペンスキーでもなければニコルでもない、他ならぬこのベネットだった。p229

 ベネットが出会ったとき、シヴァ・ブリ・ババは非常な老人だった。彼はほとんど110歳に手が届くほどになっていた。彼は本当に鉄でできていた。彼はほとんど1世紀半も生きた。彼は7フィートの長身で、110歳になりながらも老衰の兆しを見せていなかった。彼は自分で肉体を離れる決意をした。それは彼の決定だった。

 シヴァ・ブリ・ババは寡黙な人だった。彼は教えることをしなかった。特にグルジェフとその途方もない教えを知った者にしてみれば、シヴァ・ブリ・ババの許にいることはごく平凡なことに思えたはずだ。ベネットは本を書き、そして再び師を探し求め始めた。その時シヴァ・ブリ・ババは、まだ死んでもいなかった。p233

 彼の最上の著述は、「シヴァ・ブリ・ババ」だ。ベネット本人は馬鹿者であるにもかかわらず、猿でもタイプライターの上に座らせれば、あちこちのキーをただ叩いているうちに、時には素晴らしい言葉---もしかしたら仏陀のような人にしか言えないような言明---を書くことがあるのかも知れない。だが彼は、自分が書いたものを理解することはない。Osho「私が愛した本」p234

<72>につづく

|

« 私の愛するインド 輝ける黄金の断章 <2> | トップページ | NO MIND: The Flowers of Eternity<4> »

43)ブッタ達の心理学3.0」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シヴァ・ブリ・ババ ベネット OSHO「私が愛した本」<71>:

« 私の愛するインド 輝ける黄金の断章 <2> | トップページ | NO MIND: The Flowers of Eternity<4> »