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2010/05/28

山上の垂訓 聖書<3>

<2>よりつづく

Photo_3
「聖書」 新改訳 <3>
新改訳聖書刊行会 1970/9 日本聖書刊行会

 「山上の垂訓」

 「Books I Have Loved」セッション1における7番目は「The Sermon on the Mount」、山上の垂訓である。それは新約聖書の一番最初にある「マタイの福音書」の中にあり、ごく短い、数ページの物語である。Oshoには、この「山上の垂訓」について語った講話録「I Say unto You」がある。

 イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。
 イエスは言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」
 彼らはすぐに網を捨てて従った。
「マタイ」4-18

 そう言えば、このシーンは、Oshoタロットカードの一枚にもなっている。

 

Photo_3Let the dead bury the dead

 これは、あなたがひとたび神を見い出す道に踏み込んだら、後戻りはないことを思い出させるためのものです。これには途方もない勇気が必要です。
 
 あるときイエスは、朝早く湖に来た。ひとりの漁師が網を打ったばかりで、太陽はまさに地平線上を昇ろうとしていた。イエスが漁師の肩に手を置くと、漁師は彼を見た。一瞬の間、彼らの間にことばは交わされなかった。イエスはただの彼の目を見入った。その人は恋に落ちた。なにかが起こった。
 イエスは言った。「いつまでお前は魚を捕まえてばかりいて、自分の生涯を無駄にするつもりなのか? 私といっしょに来るいい。お前に神を捕まえる道を見せてあげよう」
 その人には途方もない勇気があったにちがいない。彼は網を湖に捨て、ひとつの問すらたずねることなく、イエスについて行った。
 彼らが町を出たばかりのところで、ある人が走って来た。彼は漁師に言った。「どこに行くんだ? 気でも違ったのか? 家に帰って来い! 病気だったお前の親父さんが死んだんだ。だから俺たちは親父さんの最後の儀式と礼拝の手筈を整えなければならない」
 漁師は初めてイエスに話しかけた。彼は言った。「死んだ父の息子としての義務を果たすために、三日間だけ家に帰るのを許していただけますか?」
 イエスは言った。「心配することはない。町には死んだ人びとが非常にたくさんいる――彼らが面倒をみてくれるだろう。死人が死人を埋めるのだ。お前は私といっしょに来るがいい。そして、もしお前が私といっしょに来たら、そのときには後戻りはない」
 そこで、その人はついて行った。
Osho TAO : THE GOLDEN GATE, Vol.1, pp.236-237
 
 Oshoはたくさんのことをキリストについても話しており、他のキリストに関するタロットカードもある。にも関わらず、聖書の中においては、この部分からつづく「山上の垂訓」だけ(!)をかなり高く評価しているのみである。しかるに、Oshoが語るキリストは生き生きとして生命力に満ち満ちているのは、その源泉を「聖書」にではなく、キリストその人に見ているからであろう。

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