ツァラトストラかく語りき 上 <4>
「ツァラトストラかく語りき 上」 <4>
ニーチェ (著), 竹山 道雄 (翻訳) 1953/01新潮社 文庫: 280p
Vol.3 No.0025 ★★★★☆
Osho「Books I Have Loved」第一日目の10冊を読みなおすにあたって、まずはこの本から手をかけてみたのだけど、思いのほか進まない。中ほどに来て、止まったきりだ。このままでは、このままいつのまにかフェードアウトしてしまう。
今回の読みなおしにあたって、全部揃えてみようと思い立ち、手元の在庫を調べてみると、全168タイトルのうち、約40タイトルほどしかない。もともと50タイトル位は入手不能だろうし、ひとつのタイトルでも数冊に渡ったり、いくつもヴァージョンがあったりするので、「完本」というわけにはいかない。
それにしても、手元の在庫を整理して思ったことは、思いのほかニーチェ本があったということ。しかも、この竹山訳の上下本は2セットあった。いつどのタイミングで買いそろえたのかさえ忘れてしまったが、古い方は、10代の高校生の時に読んだものだ。
Oshoにはニーチェを語った本が、「Zarathustra : A God That Can Dance」や「Zarathustra: The Laughing Prophet」があるし、ごく一部の抄訳ではあるが「Osho、ニーチェを語る」があるので、そちらから入ってしまったほうが確かに早い。しかし、ここでせっかく再読モードになったので、もういちど、ざっともともとの小説上下巻に目を通しておくことも悪くないだろう。
書店にでてみれば、結構ニーチェ関連の新刊本がでている。
今やニーチェに対する関心のリバイバルがある。私はリバイバルがあることを望んでいた。哲学者は偉大であればあるほど、それだけ同時代人に理解されない可能性が大きいからだ。そういった人は理解されるのには少なくとも百年はかかる。天才は常に百年時代に先駆している。今やリバイバルがある。人々はフリードリッヒ・ニーチェを読みつつあり、そこに新しい光、新しいビジョン、新しい洞察を見出だしつつある。 西洋には多くの哲学者がいたが、あなたは一人だけ挙げろと言っているので、私はフリードリッヒ・ニーチェを選ぶ他はない。Osho「Socrates Poisoned Again Aftrer 25 Centuries」p95、小森訳「Osho、ニーチェを語る」p16
Oshoが語ったのは、1986年だったけれど、1900年に亡くなったニーチェ、まさに、その没後百年にして、ニーチェは静かに確実にリバイバルしているようにも思われる。
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