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2010/06/30

タオ自然学<2>

<1>よりつづく

タオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる
「タオ自然学」 現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる <2>
F・カプラ (著), 吉福 伸逸 (翻訳), 田中 三彦 (翻訳), 島田 裕巳 (翻訳), 中山 直子 (翻訳) 1979/11/15 工作舎 単行本: 377p
☆☆☆☆☆

 ウスペンスキーの四次元やら物理学の話などに目を通していると、それこそ自然とこの本のことを思い出す。当時の日本におけるニューアカデミズムとやらのブームを起こすきっかけになった一冊でもあり、翻訳者陣の顔ぶれをみると、そうそうたる面々の若い時代が想起される。

 物理学なんぞ、得意でもなんでもないし、できれば避けて通りたい面倒くさそうな話しではあるが、話されてみれば、これがなかなか面白い話が飛び出してくるのも、また物理の世界でもある。とくに、この本のように、現代の先端物理学が、古代から東洋に伝わる経典類に通じるものがある、などという「枠組」で語られれば、興味が湧かないはずはない。

 Oshoは「禅宣言」でフリチョフ・カプラに触れている。

 私にはわかるが、カプラはただ想像しているだけだ。彼は現代物理学を知り、そして<道(タオ)>の哲学を知っている。タオの物理学、あるいは物理学のタオを作るというのは、非常にささやかなことだ。なぜなら、タオという言葉は道を意味するのみだからだ。そしてたしかに、現代物理学はテクノロジーを超えている---マインドの境界を越え、たいへんな混沌の状態にある。

 マインドの枠内にとどまっているかぎりは、物事は明確だった。ところが今、現代物理学の到達した地点は、もうマインドには理解しがたいものだ。カプラ自身も、物理学者として、現代物理学の突入した混沌をどうにか理解しようとしてタオのことを学び始めた。そしてたぶんタオも役にたつだろう。

 でも彼はタオの人ではない。いまだ一個の知識人で、何とか定義を得よう、何とか混沌から脱しようとしている。いまだ霊性の実現について考えている。でも霊性の実現というものはない。なぜなら霊性なるものがないからだ。

 あるのは無の中への消失だ。それは実現とは呼べない。非実現となら呼べるが、実現とは呼べない。何も実現しない。存在していたものでさえなくなる---ただ静寂が広がるのみだ。

 私は知っている---<存在>の混沌状態は究極的なものだ。それを体系化しようとしたら必ず失敗する。哲学は失敗したし、科学も失敗した。これからもそういう試みは続くだろう。しかし私はここでハッキリ断言するが、いかなる体系もこの広大な<存在>を説明することはない。<存在>はどこまでも神秘のままだ。

 諸宗教はそれぞれの仕方で試みたが、失敗した。哲学も失敗した。科学は偉大な体系的論理をもって現れ、そして今世紀の始めには、<存在>の神秘をすっかり解明しつくし、合理性のもとに従属させてしまう勢いだった。ところが反対に、その逆が起こった。

 より深く真実に迫るにつれて、従来の科学的な概念がすべて役に立たなくなった。もはやアリストレレスの論理は論理ではなく、ユークリッド幾何学は幾何学ではない。今や科学の立っている地点では、すべてが再び神秘になる---説明もなければ、合理もない。Osho 「禅宣言」p316

 この「禅宣言」の邦訳はあまり上手ではないと思うが、それでも私はとてもこの本が好きだ。当ブログにおいては、限りなく重要な一冊である。

 カプラは「タオ自然学」の巻頭において、次にように書いている。

本書をつぎのひとびとに捧げる
わたしを導いてくれた
アリ・アクバ・カーン
カルロス・カスタネーダ
ジェフリー・チュー
ジョン・コルトレーン
ウェルナー・ハイゼンベルグ
クリシュナムルティ
劉秀基
フィロス・メータ
ジェリー・シェスコ
ボビー・スミス
マリア・トーフェンバッハ
アラン・ワッツ
そしてともにこの道を歩んできた
ジャクリーヌ 
  p6

 聞いたこともない人もいるが、カスタネダ、クリシュナムルティ、アラン・ワッツなどの名前が見えるところに、時代性を感じる。

 つづく・・・・・

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