ソークラテースの弁明<2>
<1>よりつづく
「ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン 」<2>
プラトーン (著), 田中 美知太郎 (翻訳), 池田 美恵 (翻訳) 新潮社 1968/06 文庫: 256p
Vol.3 No.0036★★★★☆
こちらには講談社版「ソクラテスの弁明」には収録されていない「パイドーン」がある。よくよく見れば、このパイドンはかなりの長編で、この文庫の半分を占めている。それだけに各論にもかなり触れており、魂であると、死であるとか、私であるとか、突っ込みどころ満載である。
「ところで、われわれ自身は肉体と魂とからなるのではないか」
「そうです」
「そして肉体は、どちらの種類にいっそうよく似ており、種族的に近いと言おうか」
「可視的なものにであることは、誰にも明らかです。
「では魂? 可視的かね? それとも不可視か」
「少なくとも人間の目には見えません、ソークラテース」
「しかしわれわれが見えるとか見えないとか言っていたのは、人間にとってという意見ではなかったのか。それてとも君は、何かほかのものを考えていたのかね?」
「人間にとってです」
「それなら魂についてどう言う? それは可視的か、不可視的か」p153
この問答、2500年前のものだが、新しくも古くもない、普遍的なテーマだ。
「ではどうだろうか。1に1が加えられるとき、この加えるということが2の生じた原因であるとか、あるいは1が分けられるとき、この分割が原因であるとか言うのも、君は躊躇しないだろうか。君は声を大にしてこう叫ぶだろうね。個々のものが生じるのは、個々のものがそれを分かち持っている固有の本質にあずかることによってであって、それ以外の仕方を自分は知らないと。いまの例でいえば、2になることの原因は2にあずかること以外にはなく、2になろうとするものは、2にあずからねばならないし、1になろうとするもの、1にあずからねばならないと。」p197
ソークラテースが、今でもすぐ私たちの議論のグループに加わって、ああでもない、こうでもないと、ワイワイおしゃべりしている雰囲気。ソークラテース、ありふれた友人にして、時代を超越した探求者。
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